壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
あーあ、やってしまった。
真っ暗な場所でへたり込む。
悪魔に乗っ取られてたとはいえ、シリルを抱き締めてそのまま押し倒してしまった。
しかも、それを解決したのはディオネだし。
大人の立つ瀬がない。散々、あいつらのことをガキ扱いしてたのに、守られる側っていうね。
……それと、今さらになってようやく今は女の体を使ってるんだってことをちゃんと理解し始めた。
いやその、わかってはいたんだけどな。ディオネの体に入ったばかりの頃は、体に違和感があった。
何せ、身長すら違うんだから。そういうときは正しく認識できていたと思う。
でも、今は慣れてしまった、ディオネの体に。それでも、最初はディオネを演じていたから問題なかった。
最近はそうじゃない。その体に宿る別の魂であるライとして振る舞ってる。
だから、散々シリルにも言われてたけど距離感とか危機感みたいなものがおかしくなってた。
……その結果が、あんな風になってしまって気まずい。
抱きしめた時の感じとか、押し倒した時の表情がまだ頭に過る。
ディオネは、そりゃあもう聖女なんて称号もぴったりなぐらいには美少女なわけで。そんな容姿のやつにベタベタとくっつかれたら、普通は困るし。
……やっぱり、シリルは怒ったかな。
――俺も男なんだけど。
掴まれた手を壁に押し付けられた時のことを思い出す。急に、あんなことをしてきたのも、きっとそうなんだろうな。
……っていうか、あれは壁ドンってことでいいんかな。
あそこまでして、忠告してくれたわけだ。
――例えば、あなたはそのままの体でいると、女であることに慣れていくのか、とかね。
いつか、ヴァレンティナに言われた言葉。
――例えば男に迫られたときに、それを受け入れてしまう場合があるのか、とか。
きっと、その時からちゃんと考えておくべきだったんだ。気持ち悪いことを言ってるな、ぐらいしか思ってなかった。
――お前は女だろう。
イェルクにも、そんな話をされたな。
――女の中にいるのなら、それは女じゃないのか。
独特な価値観だとは思った。でも、そんな風に思ってたのは俺だけかもしれない。
少なくとも、シリルは俺の事情なんて知らないわけで。手を握ったときに余計な感想を言ったりとか、彼氏面だとかナイト様だとかからかったりもしたし。
……嫌われてないといいけど、なんて甘い考えだろうか。
どうやら、シリルはもう俺と一緒に仕事しないように決めたみたい。詳細は教えてくれなかったけど。
やっぱり、嫌われたかな。
あいつとのやり取りはなんか、楽しかった。親戚の子供でも構うような態度で接してたけど、わりと楽しかった。
もう、ああいうことができないのはちょっと寂しいな。
にしてもな、悪魔も嫌なことをする。体を乗っ取って発情させて襲わせるとかさ。あれがなければ、自覚はしなかったと思うけど。
でも、あれがなければまだシリルとの仲がこうなってしまうことも防げただろうし。……いつか、同じようなことをしてしまうかもしれないけど。
あの時の感覚をふと思い出す。熱を帯びた体、変な感覚と頭がろくに働かない状態。
……気持ち悪い。これを受け入れそうな気持ちと、拒絶する気持ちに解離しそうになる。
一旦、忘れよう。……シリルとはお別れなのが、ガチで辛いな。数少ない俺の癒しだったのにさ。
……でも、あんな風に気安いやり取りもやっちゃダメなんだから、結局は同じか。
『自分の体が恋しくなりましたか?』
ふと、顔を上げるとディオネがそこにいた。そうか、ここは夢の中だったのか。
『ちょっと油断しましたね、ライさん』
「……それは本当に反省してる。この体だって、そもそもディオネのものだし」
『それは、まあ……とても複雑な気持ちではあるんですけど』
そりゃそうだろう。自分の体を勝手に使ってるやつが、異性との接触とかしてるし。
『でも、本当にライさんが体を許したいような人がいたんだったら、そのときはライさんに体をあげてもいいですよ?』
ふふっ、とディオネはいたずらっぽく笑う。これは、どういう風に受け取ったらいいんだ。
「ダメだろ、そういうの」
『別に、私はいいですよ。ライさんのためなら。ちゃんと体を受け渡せたら、魂のことも解決するかもしれませんし』
「……本気で言ってる?」
『本気ですよ。知りませんか?私、結構ライさんのこと好きですよ』
へたり込んでいた俺に視線を合わせるようにディオネは座り込んだ。
『ずっと、塞ぎ込んでいた私をデコピンしたり、ガキ呼ばわりしたりしてくれたあなたに救われたんです。まだ、私の心は結構ぐちゃぐちゃですけど、それでもあなたのお陰でこうして夢の中でぐらい話せるようになったんです』
「……酷い救い方だな」
『本当ですよ』
二人して、軽く笑った。
自分の体が恋しくなった、か。どうかな、段々とその気持ちは薄れていってしまってる気がする。
結局、邪教のことは解決してないし、ディオネのことも別に何も進展してない。
こんなところで、へたり込んでる場合じゃないか。
顔を上げて、立とうとしたときに柔らかい感触に包まれた。
ディオネに抱きしめられている。
『ライさん、好きですよ』
「……急にどうした。それって――」
『ふふっ、恋愛的な意味だとか好ましいとかそういうのじゃない…………と思いますよ。私は、あなたから無償の愛をもらいましたから』
「何、無償の愛って」
『私のために、ここまでしてくれたじゃないですか。見知らぬ世界に拉致されてきたのに、あなたは私のことを考えてくれてる。そんなあなたに、私は愛を返したいんです』
「なんだ、そりゃ」
無償の愛って、そんな大袈裟なもんじゃない。ただ、泣いてるガキを見捨てないってのは大人として普通の行動だから。
『だから、今みたいに辛いときはいつでも呼んでください』
「……別に、ガキに慰めてもらう趣味はないけどな」
『強がっちゃって。あの神官の少年のことでこんなに悩んでるのに』
「言うようになったね」
『ええ』
耳元でくすり、と笑うディオネの声が聞こえる。ぎゅっ、と少し抱きしめる力が強くなった。
周囲に、少しずつ光が浮かんでくる。
小さな光がやがて、それぞれ小さなディオネになって踞ってるのが見える。
すすり泣くような声が、辺りに響いてる。
『ああ、もう今日はダメそうですね』
「……これは?」
『私の、傷ついた心って感じでしょうか』
……まだ、ディオネのやつはちゃんと立ち直れてないみたいだ。きっと、ちゃんと立ち直ってるなら体の主導権を完全に奪って、無理やり俺を元の体へと返そうとするだろうしな。
こいつのことも、きっといつか救ってやりたい。
『ライさん、大好きです』
改めて、そう言うディオネに抱きしめられたまま、視界がぼやけていく。
この触れ合った体温が、酷く心地いいように感じた。
◇◇◇
シリルとの仕事はもうないって話はすでに聞いてたので、そのせいでいきなりしてもらいたい仕事もないんだとか。
そんなわけで、自室でぐったりと倒れている。
「あっ、ライさん。だらしないですよ」
「ん」
「……どういう反応ですか?」
「んんんんん」
なんか、シリルのこと考えたりとかディオネとのやり取りとかで少し頭が疲れた。そのせいで唸り声しか出ない。
「もう、しっかりしてください」
「してるよ~」
「なんかもう子供みたいになってません?」
「ままー」
「殴りますよ?」
「ごめんって」
アクイラは雑な対応しても、割と聞いてくれるので嬉しい。好きになっちゃいそう、というのは冗談だけども。
……まあ、まだ邪教のこともあるし、しっかりするか。
にしても、あいつらなんなんだろうな。最近の悪魔の出没もどうやらあいつらが絡んでるらしくて、そこでおかしな様子の神官が発見されたらしい。
どれも、二の腕に変な模様があるとか。……あの発情の呪いみたいなやつか。エロ宗教でもしてんのか?
悪魔の出現場所は、どちらかといえば人があまりいないようなところだった。洞窟の中とか廃墟とか。邪教が関係があるなら、そういうところで活動してそうなのに、俺を襲ったときは結構街中だったんだよな。
……これ、普通にそこら辺に紛れてたりしない?あっ、でも衣装が統一されてるのか。なら、わかるのか?
今までわからなかったのは、判明してなかったとかなのかな。
まあいいや、今日は仕事がないんだし。
「あっ、ライさん。仕事ですよ」
ごめん、あるみたいです。
はあ、面倒だけど準備をするか。
……ちゃんと、今日からは気安い感じで変に男とベタベタしないように気を付けよ。