壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
エオスによって、一瞬で家に連れてもらうことができました。いや、すごいなこれ。準備がいるらしいけど。
あれかな、RPGで見かける一度行った場所なら転移できるみたいなタイプなんだろうか。
なんてことを思いながら、なんとなくシリルに嫌われてなさそうだなとか、一人の仕事へ気負いすぎたせいで、急に感じた疲労感のせいで、今日は早めに寝てしまった。
なので、今日も緩やかに微睡んで、そのまま夢の世界に来ている。
『どうも、ライさん』
いつの間にか、隣にディオネが座っている。手首を掴まれてるのが少し気になるがまあいいか。
「こんばんは、ディオネ」
横を向くと、こちらをじっと眺めているディオネと目が合う。吸い込まれそうな瞳、雪みたいに白い肌、可憐というよりは綺麗な顔立ち。改めて見ると人形みたいだ。
『……その、じろじろ見られると照れるというか』
「いや、ディオネってやっぱ綺麗だよな」
『えっ、えっなんですか!?口説かれてます!?』
「この体で、距離感バグってたんだなあって」
『……そっちですか。ライさんは特に気を付けてほしかったですよ』
「えっ、なんで?」
『……なんでもです』
頬を膨らませて、ぷいっと顔を背けてくる。こうしてみると、かわいいやつだなと思う。
「えい」
『みゅっ!?』
なんとなく、ほっぺをつねってやると驚いてディオネが跳ねた。そんな声出すんだ、すごいな。
「うわ、柔らか」
『ライひゃんっ』
「あっ、ごめん。触りすぎた」
『……もう、心臓が持たないです。好きになりますよ?』
「どういう脅しだよ。前から思ってたけど、お前俺のこと好きなの?」
『……大好き』
ぴと、と肩を寄せてきた。体温がゆっくりと伝わる。夢の中なのに、こうやって接触できるのも不思議だな。
『甘やかしてほしいし、甘やかしたいし、抱き締めたいし、ずっと独り占めにしたいです』
「……重っ」
『ライさんが悪いんです。傷ついた私の心の中に、簡単に入り込んでくるんですから』
「そりゃ、泣いてるガキを放っておけないのは普通だろ」
『そういうところですよ』
さらに体重を預けてくる。肩に頭が置かれた。
『……というか、ひとつ聞きたかったんですけど』
「どうした?」
『あのシリルっていう神官の子、好きなんですか?』
「…………お前も、すごいこと聞くね」
少なくとも、この夢のような世界では俺は男なわけで。起きてる時みたいに女の子の体だったりはしない。
『だって、ライさんはもう私に影響されて女の子っぽいように変質しててもおかしくないんですから』
「……そりゃそうだけど。だからって普通は急に好きってならないだろ」
『でも、ライさんはあのシリルって人に一喜一憂してるし』
「まあそれは、やらかしたからこその後悔というか」
……実際は、あの呪いみたいなのを受けたせいもあるだろうけど。あの、妙な感覚を忘れたくてもなかなか忘れられなくて、ピンクに寄りそうな脳をなんとか塞き止めている。
嫌な意識のさせ方だよ。
『ふーん?』
「何?」
『……ちゃんとライさんが女の子になっちゃうと、取られちゃうかもなーってだけです』
「どういう想像だよ」
こうやって、緩やかに話せてる時間ももうあんまりないんだろうな。
自分の魂だからこそわかる。もう、俺のままでいられる時間はあんまりない。本格的にどうするかな。分裂でもできれば話は早いけど。
『……ちょっとだけ、魂のことは解決策を考えてます』
「それって、俺を元の世界に帰して、この世界にディオネが苦しむってパターンじゃないよな?」
『それでもよかったんですけどね。私には、もうこのライさんのちょっとした思い出だけで生きていけそうでしたから』
「……いやいやいや」
こいつの中で、俺がすごいことになってないか?
『安心してください。それ以外でなんとかして見せますから』
くすり、と笑うディオネと共に少しずつ視界がぼやけていく。
『ライさんのこと、助けさせてくださいね』
「聖女の矜持ってやつ?」
スッと、抱き締められた。
『ただ、一緒にいたかっただけですよ』
よくもまあ、聖女様にしては俗っぽい願いだなと思った。
……こいつへの気持ちもそろそろ考えないといけなさそうだな。
そこから、すぐには目覚めなかった。長い夢を見た。
村娘の一人のディオネが、ただの女の子として暮らしている。
怪我した誰かを助けようとして、意図せず
そこから、神官として働くことになって、村の中でみんなを助けている。
昔から、人の幸せばかり祈っていたお陰でいつの間にかそんな力が身に付いていたらしい。
この頃は、まだ笑えているみたいだ。誰でも見境なく助けていくけど、それが嬉しそうだった。
場面は移り変わって、教会本部に連れていかれている。
「信仰序列は3位ですか」
「
「新たな聖女の誕生を祝いましょう」
どうやら、正式に聖女としての認定を受けているみたいだ。元々は、ひとつの村での活動しかしてなかったのに、色んな場所へ助けに行けるようになったらしい。
聖女ってのはたぶん、称号だと思ってたんだけど、そういう融通も利くのかもしれない。
いろんな村で、ディオネが人を助けていくのがわかる。
そのうちの一つに留まることを選んだみたいだ。
「聖女様、今日もありがとう!」
「いやあ、助かったよ」
村人との良好な関係を築いている。
それが変わったのは、ほんの少しの出来事。
ディオネの腕に、木の枝が掠めて少しだけ肌が切れた。
「聖女様、大丈夫で……あれ、傷が」
確認すると、ディオネの体には傷がない。
しかも、治り方がおかしい。血液が勝手に体の中に戻って、そのまま傷が塞がっていく。
それを見た、村人が騒ぎ立てた。あれは聖女を騙る魔女だと。
ディオネは抵抗しない。話せば、まだわかってくれると思っているから。
「待ってください、私は魔女では」
「じゃあ、その力はなんだ!」
「聞いたけど、
「もう一度、傷をつけてみればいいじゃないか」
「それもそうだな」
「皆さん、待って……ぐぁっ!?」
けれど、そんな言葉も通じない。捕まえられて、痛め付けられて、勝手に治る。それの繰り返し。
パチパチ、と火が点いた。捕まったディオネの足元から燃えようとする。
ディオネは、ずっと神に祈り続けていた。みんなが、こんなことをしなくても済むように。まるで人が変わって取り憑かれてしまったようなみんなが戻ってくれるように。
足元に火が移る。
けれど、人は変わらない。いつしか、誰かがなんとかするしかないんだから。
この人たちが、これ以上何かをする前に、自分が止めないと。
そう思ったときに、勝手にディオネの体が動いた。縛っていたものを引きちぎり、炎に包まれたまま、その腕を――
やがては、燃える火と血塗られた聖女だけがその場所に残った。
自分では、こんな風にしか救うことができない。
それから、ディオネは異端殲滅局に所属するようになる。
いつも、人を助けようとするけど、救いようがなくて、結局は処理しないといけなくなってしまう。
聖女なんて皮を被った、人殺しの兵器。救う人間よりも、処理した人間の方が上回ったときに、ディオネの心はポッキリと折れた。
やがて、昔いた村に勝手に向かっては、そこも悪魔の手に掛かっていて……その後はもう覚えていない。
それが聖女。傷だらけの女の子の結末。
◇◇◇
ひどい夢を見た。ディオネのこれまでの人生。
……それが、よくあそこまで回復したな。
にしても、大好きか。……いやまあ、純粋な好意なんかじゃないんだよな。傷心の女の子を慰められたのが俺だけってことだし。
「おはようございます、ライさん」
「おはよ、アクイラ」
アクイラがもう来ているんだな、と思ったときに酷い違和感を覚えた。
……何か、嫌な感じがする。
「どうしたんですか?ライさん」
起き上がろうとして、スッとアクイラを抱き寄せた。
「えっ、ライさん……?」
「外になんかいる」
強化をかけて、アクイラを背後に移動させる。
起き上がって、扉を見つめた。
……背筋に嫌な汗が流れる。こんな感覚が過敏とかでもないんだけど、外に何かがいるのがわかる。
――ばきっ
扉が、割れた。無理矢理何かで破壊されている。
そして、入ってくるのはあの妙な衣装の集団。……邪教か。直接狙ってくるのはありかよ。
そもそも、ここはそんな人の多い場所じゃないけど、それでも人目につくはずだ。こんな大胆な真似を。
「ら、ライさん……」
震える手で、アクイラが俺の手を握る。
「大丈夫」
そう返しながら、邪教の連中を確認する。一気に突っ込んでいくのはまずい。ここにはアクイラもいる。
だから、様子見だ。
きらり、と何かが光る。ナイフだ。
そういえば、前もナイフで襲われたっけな。……もしかして、呪いはこれでかけてるとかある?
じっくりと見る。ナイフの先端に黒いものが見える。あれが呪いの根源か。
それが、ゆっくりとこちらに向けられる。
まずい、背後にはアクイラがいる。今は呪いらしきものが見えてるからよけられるだろうけど、避けると、アクイラに当たってしまう。
……しょうがない、覚悟を決めるか。
黒い何かが一斉に放たれた。
「……っ」
ちくり、と身体中に突き刺すような痛みが走る。どくん、と鼓動が早くなっていく。
体が熱い。ぐるぐると、何かが渦巻いて思考が纏まらない。
「ライさんっ!?」
「……だいじょうぶ、だから……」
喉が、酷く渇く。体がふらついた。
……でも、アクイラは守らないと。この連中は腹が立つ。
どくん、と鼓動が強く跳ねた。ころん、と何かが落ちた。石のようものだ。……これは、エオスが渡してきた通信のアイテム。返してなかったっけ。
邪教の連中はすぐには動かない。ゆっくりと、こっちを見ている。人が弱りきってるのを待つらしい。腹が立つ連中だ。
不思議と、体から力が溢れてきた。なんだこれは。
まあ、いいか。
「アクイラ、これ使ってて」
「えっ、なんですか?これ」
「通信のやつ」
一瞬だけ、体の調子が戻る。体の奥底から神聖力が溢れてくる。体が妙に軽い。
これは、ディオネの
ぐっ、と床を踏みしめて相手に飛びかかりにいく。今ならこいつらを倒せる気がした……けど、またぐらりと体が揺れた。
ダメだ、呪いが重たい。動けそうだったのは一瞬だけか。
――一瞬で移動できるコツがあるんすよ。
なんとなく、エオスの言葉を思い出した。
――移動したいポイントを、事前に頑張って結んでおけばいけるっす!
別に確証とかはない。それが、なんとなくできる気がした。
そう思ったときに、寄ってくる邪教のやつらをいつの間にか目で捉えていて、感覚的に何かを結んだ気がした。
ああ、そうか。この力はこうやって使うのか。
視界が一瞬で切り替わる。
――気付けば俺はこいつらと一緒に見知らぬ空間にいた。
薄暗い洞窟のような場所にいたと思えば、体が倒れて、邪教の一人に体を掴まれても抵抗できなくて、ぐったりと力が抜けていく。
そのまま、俺は意識を手放した。