壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
ライさんが、消えた。
朝だから、いつもみたいにお世話しないと、と思っていたのにいつの間にか、誰かが襲ってきて、ライさんと一緒に消えてしまった。
なんで、何があってこんなことに?
疑問だけがずっと頭の中を過った。
……もしかして、私を庇った?ライさんの背後にいたせいで、何が起こったのかがわからない。
急に調子が悪くなっていたのは、何か攻撃を受けて?
ディオネ様は、いつしか心を閉ざして話せなくなってしまった。
今度は、ライさんまで……?
嫌だ。
毎日、ライさんと顔を合わせて、くだらない話をするのは楽しかったのに。それまで奪わないで。
そうやって、視線をふと下げると、手に何かを握っているのを思い出す。
手を開いた。ライさんから渡された、通信用の聖具。
……もしかしたら。
「……あの、聞こえていますか?」
掠れた声で呼びかけた。
『……うわ、なんか来たっすって、これライさんに渡したやつ?もしもーし!ライさーん?』
声が応答してきた。
「あの、もしもし……」
『ん?ライさんじゃない?あっ、お世話してるアクイラって人っすか?どうも、通信局所属のエオスっす!』
「……っ、そのライさんがっ、消えてっ……」
人と話せたせいか、安心して堰を切ったように溢れ出してきた。急に溢れて、うまく言葉にできない。
『は?えっ、ちょっと待ってほしいんすけど??』
「変な衣装の人たちが襲ってきて、ライさんが私を守ろうとしててっ、それでそのまま……だから、ライさんを早く助けて!」
『ちょいちょーい、落ち着くっすよ。変な衣装?邪教じゃないっすか!?えっ、マジっすか』
感情が収まらない。自然と流れてでてきてしまう。
言い切った後に、向こう側の人がなにか言ってる。
邪教?それが、襲ってきたあれか。
『ちょっと、そっち行くんで待っててくださいっすね』
それだけ聞こえてくると、通信は止まってしまった。私はただ、その場に座り込んだ。
疲れてしまって、それ以上なにかできそうになかったから。
それから、しばらくして何かが近づいてきた。
ふと、扉を見ると無惨に破壊された跡が残っている。そういえば、破壊されたままだった。
「うわっ、これえぐいっすね」
破壊された扉の向こうから、神官が顔を覗かせる。
「あっ、どうも。さっきの通信してたエオスっす」
「……えっ、あっ、そのアクイラです」
「……うわー、これはやばいっすね」
破壊された扉を越えて、キョロキョロと辺りを見渡しては、顔をしかめる。
「やばいって、何がですか?」
「あちこちに呪いの痕跡みたいなのが転がってるんで。これ、ガチで邪教っぽいすよね」
「……邪教、ですか」
悪魔を崇拝してたりするような、私たち神官とは異なる人たち。そのどれもが、人を生け贄にするだとか冒涜的な儀式とかをしているらしい。
時々、神罰執行局がそれの対処をしてるって話を聞いた気がする。
「最近、ちょっと悪魔の出現が多いんすよね。どうも、人間と関わってくる悪魔が増えてるんすよ」
「人間と関わる、悪魔……」
悪魔は直接人間を害してくることもあるけど、人間を堕落させるために何かを持ちかけてくることもある。
そのうちの一つが邪教ってことなのかもしれない。
「んで、どうやら結構悪魔に傾倒してる人間たちがでてきてるみたいで、そいつらが狙ってるみたいなんすよね」
「……それで、もしかしてライさんを?」
「うーん、そうっすね。というより、魔王の件もそれ関係っぽい気がするんすけど」
「……魔王?」
「ああ、こっちの話っす。それよりもライさんを探すっすよ」
確かに、先に気にするべきなのはライさんの行方だ。
「……急に消えてしまって」
「まあ、それはわかるんすよね。……昨日、一瞬で移動させるコツを見せたばっかなはずなのに、もう使えてるってわけっすか」
「……一瞬で、移動させる?」
「"夫は悪魔を押し止めて、私だけを逃がしたのです"と"約束の場所、いつか私たちがたどり着く安寧の地"の合わせ技っすね」
神聖印は、聖典の内容下にして奇跡を起こす力だ。
夫が身を挺して逃がしてくれた逸話と、神から教えられた場所へ旅する逸話をなんとか合わせて、それを元に移動するようなものを作り上げてる?
それよりも。
「でも、ライさんがそんなものを使えるとは思えないんですけど」
「まあ、そうなんすけど。状況がよくないっすね。これ、アクイラさんを守ろうとして邪教の連中と一緒に消えたわけで。"夫は悪魔を押し止めて、私だけを逃がしたのです"の状況とある程度合ってしまってて、さらに一瞬で移動する方法があるのを知ってたので試そうとしてできたってことっすよ」
「……そんなことが?」
神聖印は、確かにイメージのようなものが大切と聞いたことはある。祈りが形になるには、願いとかそういったものがあった方がいいとか。
……ライさんは、私を助けようとしてその結果、聖典の内容と被ってしまったってこと?
「こういうのは、状況の再現が一番強いんすよ。まあ、痕跡は自分が辿れるので、助けに行くっすよ」
……とりあえず、助けてはくれそうなのでよかったけど。ライさんは無事だろうか。
どうか、ディオネ様もライさんも、無事で戻ってきますように。
◇◇◇
ぴちゃん、と水滴の落ちる音がする。倦怠感が体を包み込んで、うまく起き上がれない。
ぱちぱち、と火の粉が飛んでいるような音が鼓膜を震わせた。
どうなったんだっけ。ゆっくりと目を見開いた。
まず目に入ったのは、山羊のような頭。それが人間の体に繋がっている。
いや違う。被り物か。
「おや、目を覚ましたか」
それは喋った。人でいいのか?
返事をしようとしたときに、体がふらついた。かちゃり、と金属がぶつかるような音がする。
……手足を枷のようなもので拘束されている。奴隷かよ。
それに、体もまだ不調だ。やっぱり、呪いみたいなのを食らったからか。
甲高い声が聞こえる。女の声がいくつも、鳴り響いている。
……あー、これはあれだ。そういう行為をしてる時のやつ。
これ、やっぱりマズいかな。敵の本拠地みたいなところにたぶん連れてこられたな。アクイラを巻き込まずに済んだけど。
冷や汗が背中を伝う。ちょっとだけ、怖い。拘束されて何もできない。
もし、この呪いが前みたいに発情とかそっち系だったなら、なんかこう、されることに想像がつくし。
ディオネの体に変なことをさせるわけにはいかない。なんとかならないか。
……そういうことをされるのはさすがに嫌だな。
「聖女の肉体、の中に宿った別の魂か」
山羊頭がこちらを見て……見ているのか?わからないが、品定めされてるような視線を感じた。
「……お前は?」
なんとか絞り出して、それだけの声が出た。
「君たちを、倒さんとするものだよ」
俺たちを倒す?神官をってことか?
そういえば、邪教は神官を狙ってるんだったか。そのために、何か儀式でもしてるってことだろうか。
ふと、辺りを見渡した。遠くで女が男と交わってるのが見える。……これは見なくていい。
それよりも、人ではない奇妙なものが闊歩している。四足歩行の、獣から別の頭が生えているような怪物。……異端実体か?
それと似たようなものがいくつかいる。
待て待て、異端実体は生み出す何かがいるはずだ。前回は魔王がそれをやっていた。
だったら、今回は?目の前のこいつか?
どくん、と急に鼓動が高鳴った。熱に浮かされたみたいに、うまく考えられたい。
「例えば、今の君のように呪いを打ち込んでみればある程度の神官なら倒せるだろう」
「……そう、かよ」
「でも、それを試していた私たちの仲間の多くは惨殺された。なぜか?規格外の存在がいるからだ。君のように」
「……っ」
これは、異端殲滅官のことを言ってるのか?
確かに、あいつらを倒すのは難しいだろうけど。
「事実、本来なら神官に対して強いはずの魔王を、君はいとも容易く屠ってみせた」
「……お前」
「ああ、そうだとも。我々が、魔王を生んだ。そして」
「ぐぅぅっ」
肩に触れられただけで、体に熱がこもる。ぐるぐると渦巻いて、気持ち悪い。下腹部が熱い。いや、体がどこも熱い。じんわりと熱を帯びていく。
「今、君をこうして倒す準備をしている。どうやら、君は傷ついても治るらしい」
こいつ、ディオネの体のことまで知ってるのか。だから、捕まえてるのになにもしないんだ。
「例えば、君を悪魔に乗っ取らせればなんとかなるだろうと思ったが、それもダメらしい。この呪いは、神官ですら悪魔が乗っ取れるためのものだ。体を弱めて、体内の神聖力で抗えないようにする。けれど、君にはそれもダメらしい」
「んひぃっ……触る、なぁっ!」
手首を捕まれると、そこが熱を帯びる。気持ち悪い。体を嫌なものが駆け巡る。それが、下腹部に集中してくる。
手を離されると、一気に熱が収まった。
やっぱり、そういう呪いか。まだ、どくどくと強く脈打っている。
「だから、君の腹から生まれたものなら、なんとかなるんじゃないかと思うんだ」
「……それは、もしかして」
ちくり、と太ももが痛んだ。視線を下げると、そこには何かが刻まれている。前と同じような奇妙な模様。
そこが徐々に熱くなってくる。
……それよりも、俺から生まれたものってまさか。
「なにやら、変な想像をしているようだがそういうものではないよ。君の神聖力に耐えるなら、その内側から生まれたものなら耐性があるかもしれないってことだ」
「何を、言って……」
「君に刻んだものは、そういう呪いというだねだよ」
「……ぐぅっ、なに、これ。中から何か」
「そうだ。それだ」
「あついっ、お腹から何か……っ」
下腹部にまた熱がこもる。ぐるぐると渦巻いて、熱くなってくる。何かが、這い出てきそうになってる?力が抜けていく。
体内の神聖力が、そこにかき集められてるような。
ああ、そういうことか。俺の腹から生まれたもの。俺の体からエネルギーを吸い取って、何かの化け物を産み出そうとしてる。
……まずい。たぶんこれは、ディオネの力をうまく使えてもダメな気がする。
汗が全身に浮かび上がる。体にもう力が入らない。体が揺れて、目の前の山羊頭に支えられた。
……気持ち悪い。屈辱だ。このまま、何もできないなんて。せめて、普通にエロいことされてたら、その過程で抵抗するチャンスとかありそうなのに、なんてわけのわからないことを考えてしまう。
『ライさん』
ああ、ディオネ。ごめん、お前の体を守れないかも。
『私が、なんとかするので大丈夫ですよ』
何を言ってるんだ。これをなんとか?できそうにないのに。
『……ちょっとだけ、さよならです』
腹から、一気にこもった力が少しずつ這い出てきた。
ただ、それはおぞましい何かじゃなくて。
黒いものを抱え込んでいる薄く透けているディオネで。
それは、するすると俺の中から出てきた後にすぐにどこかに消えていってしまった。
俺は、それを止めることができなくて。
力もうまく入らないまま、倒れることしかできなかった。