壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい   作:あまぐりムリーパー

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仕事をするのはつらいね

「あなたの境遇は理解しましたか?」

 

 男の声が響いた。

 

 赤い法衣に金の装飾が施されている年配の男、それが俺に語りかけている。

 

 こちらを見下すような瞳で見ながら。

 

 これが、この世界に来てしまったときの記憶だ。

 

 目覚めてから、自分の状況を教えてもらった。

 

 俺が聖女の中に入っていること。

 聖女が塞ぎ込んで動かなくなって、それを無理やり動かすために誰かを中に入れる必要があったこと。

 

 実際、女の子の体になっているし、勝手にこの体の記憶が流れてきていたから、本当なんだということは理解できた。

 

 俺に、何をさせたいのかはわからない。

 

 でも、ここは敵地だ。断れば何されるかわかったもんじゃない。拉致されてるようなものだから。

 

 なので、できるだけ従順にすることにした。

 

「あなたには、教会の仕事をしてもらいたいのです」

 

 身構えていたのに、やらせたいことは仕事らしい。聖女じゃないとできないとか、そういうものだろうか。

 

「こちとら聖女の中に入ってても、一般人だぞ」

 

 おどけてそう言ってみると、男はくつくつと笑う。

 

「聖女の肉体を持ってるのであれば、それで問題ありませんよ。聖女の肉体は、どれだけ傷を受けても直ぐ様修復します」

「修復する?なんだ、それ」

「――ああ、体験してもらった方が早いですね」

 

 何かが横切った。風が頬を撫でる。

 

 よく見ると、男の手には光の槍のようなものが握られている。その先端は赤い何かが付着していた。

 

 ()()()、と何かが左の方に落ちる。

 

 体が軽くなった気がする。まるで、左の方の何かがなくなったかのような。

 

 ふと視線を下げると、地面には腕が落ちていた。

 

「あっ、ああっ、あああああああっ!!」

 

 左肩ごとすっぱりと切られている。

 

 痛い、痛い痛い痛い。

 

 咄嗟に、地面に落ちた左腕を取った。

 

 それを元の場所に合わせるようにくっつける。

 

 確か、この世界の神官は不思議な力で回復できるはず。

 

「治れ、治れ治れ治れ治れ……っ!」

 

 だから、それが発動するように祈る。

 

 きっと、神官の使う力だ。祈ればもしかしたら。

 

 光が、握った手から持ってる腕に流れていく。これなら――

 

「そっちではありません」

 

 手首が、落ちた。右手首と、持っていた左腕がそのまま落ちる。

 

「――」

 

 もはや、悲鳴も出ない。

 

 視界が薄れていく。

 

 ――そのときだった。

 

 地面に散らばった血液が、体へと戻っていく。それと同時に地面に落ちた右手首と左腕が、勝手にくっついていく。

 

 聖女の肉体の修復はこういうことだったらしい。めちゃくちゃだ。

 

「どうです?あなたの体のことを理解できました?」

「……加虐趣味のクソ野郎」

 

 最後にそうぼやくと、男は愉快そうにくつくつと笑った。

 

◇◇◇

 

 嫌な夢を見た。

 

 あのクソ野郎にやられた記憶を思い出すの、本当に最悪だ。

 

「おはようございます、ディオネ様」

「……アクイラ、今日は早いね」

「ディオネ様がお寝坊なだけです」

 

 変な夢見たせいで、すっきり起きれなかったか。

 

 いや、普通に疲れただけじゃない?

 

 だってさ、普通にもう仕事を数件こなしているんですよ。わかりますか?

 

 ってかさあ、女の子になりました!ってシチュエーションなら、もっとかわいさを堪能するとか色々あるじゃん。

 

 俺だけ、死ぬほど痛い思いずっとさせられてるの意味わからなくない?

 

 そもそも、仕事内容もめちゃくちゃなんだよな。

 あのクソ野郎からの指示がアクイラ経由して来てるみたいなんだけど、場所だけ指定されてそこにいったら、あの異端実体とやらがいて酷い目に合うわけ。

 

 せめてさ、敵がいるとか教えてくれよな。

 

 はー、クソみたいな仕事。そりゃ、聖女も病むだろ。

 

「どうしたんですか、ディオネ様」

「疲れた」

「起きたばっかですよ?」

「いや、きつい仕事ばっかじゃん!休みたいよー!」

「……中身はおじさんなんですよね?」

「じゃあ、女の子になる~」

「うわ、気持ち悪いです。ちゃんとしてください」

 

 甘ったるい声を出してたら本気で気味悪がられた。酷い。

 

 しょうがない、ちゃんと起きるか。

 

 いつものように着替えて、髪を整えてもらう。朝食を取って、ぐったりと椅子にもたれた。

 

「だらしないですね。本当に疲れてます?」

「そう言ってんだろ」

「うわ、口悪。何かありました?」

「あのね、毎回殺されて復活してんの。疲れるでしょ」

「……異界の来訪者様も大概、人間離れしてますよね。普通、疲れるとかで済みませんよ」

 

 異常なものを見るように、アクイラはこちらを眺めてきた。

 

 失礼な、こちとら全うな一般人だぞ!

 

 大学入ったけど、なんか面倒くさくて昼夜逆転して退学した後、専門学校経由で就職したぐらいには!

 

 いやー、にしてもアクイラとの会話は癒されるな。この世界にきてから、優しい人間とろくに会ってないし。

 

「はあ、せめてまともに異端実体倒せたらなあ」

「異端、実体……ですか?」

「あれ、知らないの?」

「はい。悪魔じゃないんですか?」

「悪魔ぁ?うわ、めんどくさ。異端実体とは違うやつがいるのかよ」

「普通、神官が倒しに行くのは悪魔ですからね」

 

 ……んん??

 

 もしかして、異端実態は普通の神官では太刀打ちできないから、聖女に押し付けてるとかある?

 

 仕事できるやつに、負荷の高いのが回ってくるみたいな感じか。

 

 どう思います?ディオネさん!

 

 ――そう、心に問いかけたときに胸の奥の方で何かが動いたような気がした。

 

 どくん、と跳ねる鼓動と共に何かが溢れてくるような。

 

『あなたは頑張らなくてもいいですよ』

 

 そう、声が聞こえた気がした。

 

「どうしたんですか?ボーッとして」

 

 アクイラの声にハッとした。

 

 なんだ、さっきの声は。……もしかして、この体に宿ってるディオネの声、みたいな?

 

 沈んでる魂が一度浮上したのか?

 そもそも沈むってなんだよ。

 

「もう、無視しないでくださいよ」

「ごめん、ボーッとしてた」

 

 ふに、と頬をつつかれた。こいつ、結構気安いな。

 

「にしても、そんなにきついんですか?仕事って」

「致命傷受けないとなんか倒せないんだよね」

「……毎回思ってたんですけど、どういうことなんですか?それって」

「あれ、ディオネの能力ってそういうものじゃないの?」

「いや、聞いたことはないですよ」

 

 ……ディオネのこの力ってあんまり知られていないのか?

 

 かいつまんで、アクイラに伝えることにした。

 

 伝え終わると、アクイラは顔をしかめて口を開いた。

 

「うげ、なんですかその呪いみたいな能力」

「かわいそうだよね、ディオネが」

「いや、聖女様の力はそんな感じではなかったとは思いますけど。わざと致命傷を受けにいった、なんて話は聞いたことないですし」

 

 えっ、それは本当ですか?

 じゃあ、今の状態のは何?

 

 ……もしかして、致命傷を受けると勝手に発動してるだけで、本来はコントロールできるような能力、みたいな?

 

 というか。

 

「そもそも、なんで倒せてるのかもわからないんだよね。普通ってどうやって倒すの?」

「まあ、その異端実体?とかじゃなくて、悪魔なので違うかもですが……神聖印(ホーリーサイン)で倒しますけど」

「……なんか、あったなそんなの」

 

 神聖印(ホーリーサイン)ってのは、神官の使う不思議な力だ。

 

 回復とか強化とかできる。白魔法、みたいな位置付けって感じだな。

 

 今の俺でも、神聖印(ホーリーサイン)のうちの回復の力とかは使うことができる。

 

神聖印(ホーリーサイン)の中でも悪魔祓いのための術があって、エクソシズムって言うんですけどね?それで倒すんです」

「ふーん、教えてもらうことってできる?」

「いえ、その……私って信仰序列最下位ですので」

「よくわかんないけど、苦手ってことであってる?」

「はい」

「そっすか……」

 

 希望を持たせるだけ持たせるんじゃないよ。

 

 にしても、なるほどね。神官が悪魔倒す術みたいなのあってもおかしくないか。

 

 それが使えればなー、こんな痛い思いしなくて済むってこと?

 

 死に際にしか魔法使えない魔法使いみたいなもんだもんな、俺。

 

「ちなみに、エクソシズムって誰かから学べたりするの?」

「他の神官から教えてもらえますよ?」

「神官の知り合いが、あのクソ野郎とアクイラぐらいしかいないんだけど」

 

 ……いや、ヴァレンティナもいるか。あれはいいや。

 

「ちょうどいいので、一人じゃなくて二人以上でやる仕事とか頼んだらいいんじゃないですか?ついでに教えてもらえますよ」

「えっ、頼んだりとかできるの?」

「できますよ。というか、異界の来訪者様はどうせすぐ音を上げて、助けを求めるだろうという想定なので」

 

 仕事を言われるまま頑張ってたせいで、きついままだったの?

 

 社畜根性極まったせいで、難易度ハードで聖女のお仕事をしてたらしい。

 

 先に言えよ!助けてもらえるならさあ!

 

 ……次からそうしてもらうか。

 

「んで、今日の仕事は?」

「今日はお休みです!」

「それも先に言って!!!」

 

 こっちに来てからの初めてのお休みだ!

 

 ところで、休みって何するの?

 

◇◇◇

 

 私――アクイラにとっては、ディオネ様は恩人だ。

 

 私はシスターとしての出来はとても酷い。ろくに何もできなくて、こうして聖女様のお世話ができていることが奇跡に等しい。

 

 少し前に、悪魔たちが群れを成して、人間を陥れようとした時があり、たまたまそれに巻き込まれてしまった。

 

 それに巻き込まれて、殺されそうな私を助けてくれたのがディオネ様だった。

 

 悪魔のせいで疑心暗鬼になっていた人間たちを説き伏せ、元凶の悪魔を一人で倒して去っていった。

 

 その日からずっと、あの人に憧れるようになった。聖女だと知ったのはかなり後だ。もう一度遭遇したときは運命だと思った。

 ぜひ、お世話させてください!そうお願いすると、最初は拒否していたけど、次第に受けれてくれた。

 

 ……なのに、あの人は閉じこもってしまった。別の人があの人の体を動かしている。

 ディオネ様に何があったのかはわからない。でも、あの人とはもう会えなくなってしまった。

 

 異界の来訪者様も巻き込まれた側で、文句を言うけど淡々と仕事をしている。不思議な人だ。

 せめて、来所者様が無理やりディオネ様を乗っ取っていたら文句でも言えたのに。

 

 ……というよりも、あんなハードな仕事を毎回平然とこなして、帰ってくるのが不気味ではある。普通の神官でもあんなに覚悟は決まってないと思う。

 

 軽口を叩いてるし、教会に恨みすらあるだろうけどその一員の私には優しいし。

 

 私よりも向いてるよね。そう思いながらも毎日、お世話している。

 ディオネ様の中に入ったのがこの人でよかった。

 

 もう少し、ディオネ様の体を大事にはしてほしいけど。




TIPS:神聖印
神官が使える力。四つの種類がある。
ディオネの肉体が持つ、あらゆる負傷を癒す力は神聖印は関係ない。

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