壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
ステンドグラスから、重苦しい空気の中に日が差した。
一人、赤い法衣の男――グレゴリー・コーエンが座る。
その向かいには、同じく赤い法衣の男――アルフ・ストラング。
そして、二人の横には紫の法衣の者たち――司教たちが何人か並んでいく。
教会上層部による会議。邪教による神官襲撃に、枢機卿と司教数名が、本格的に話し合う場。
ライへの襲撃によって急遽集められたにしては、誰もが落ち着いていた。
「おや、やはり教皇様はいらっしゃらないのですね」
くつくつ、とグレゴリーが笑う。
「教皇様は別の仕事がある。それだけだ」
そんなグレゴリーの様子を見て、アルフは吐き捨てた。空気が一段と重くなる。
「そうですか。……たとえ、邪教が神官を狙っていても、教皇様は興味がない、とも捉えられますね」
「我々を信頼してくださってるのだろう。……お前のお気に入りも攫われたらしいじゃないか」
「ああ、ライのことですか」
グレゴリーは、口角を上げた。空気が重く沈むように感じたのか、その周囲にいる数人の司教たちは、それに気圧されて息を飲む。
「――よくもまあ、あれに手を出したものです。元から、あれらは何か目的があったように見えてましたが、まさか聖女の肉体を狙うとは」
「……何をそんなにおかしそうにしてるんだ。こちらで勝手に救出と、邪教の排除の手配をしているが問題ないな?」
「ええ、どうぞ。とはいっても、イェルクは勝手に行ってしまったようですが。どこで聞き付けたのやら」
「ああ。イェルク含めた数人で先に突入している。元々はもう少し整えてからにしたかったが、あれだけの戦力があるなら多少は問題ないだろう」
「……そうですか、手が早い。どうやら、件の少年とエオスが行ったとか。面白いメンバーですね」
「面白い、か。お前はいつもそういうことばかり話すな」
「そうでしょうか。あなたが神罰執行官だけではなく、通信局まで掌握してるのは驚いてますよ」
二人の会話に、周りの司教たちは口を挟めない。グレゴリーとアルフは常に、お互いを見張っているようなもので、毎回二人が激突しては周囲の神官たちはそれを見守る形になっていた。
異端殲滅局を抱え、強気な姿勢のグレゴリーと、それを防ぐように立ち回るアルフのにらみ合いは教会内では名物のようなものだ。
「そうか、お前も驚くことがあるんだな」
「人をなんだと思っているのでしょうか。……まあ、ライを手放すのは惜しいのでできればこちらで助けたかったですが」
「そうか。邪教の目的は、元から女の神官ばかりで、恐らく最初から聖女を目的としていた。お前は何か知ってたんじゃないか?」
「少しばかりは想像がついていましたよ。でも、寝床を襲撃してくるとは思いませんでしたね」
どこまでも本当かわからないように笑うグレゴリーに、アルフは顔をしかめた。
そうして、上層部による話し合いは進んでいく。
誰もが予想だにしない結果になるとは知らないまま。
◇◇◇
「俺は全体に
「そうか、だったらこっちは槍を使おう」
「まずはどこに悪魔がいるかだが――」
とある森。通信局からの伝達で、この付近に悪魔がいるという連絡があった。それを確かめて、排除すべく三人の
「何か聞こえなかったか?」
「……近くに悪魔がいるかもしれない」
木々を揺らして、その隙間から何かが顔を覗かせる。
ずりずり、と両手を垂らしながら、巨大な魚のような図体のものが近づいてきていた。
不気味なそれに、少しだけ三人の動きが止まる。
「な、に。この気持ち悪いやつは……」
「悪魔、か?」
それを迎え撃とうと、光の矢を放つと途端にそれは跳び跳ねて、三人の頭上まで飛んだ。
急な行動に、三人は対処できない。大きく口を開けたそれが、落下して迫ってくる時に――びゅん、と風を切る音がする。
光の槍が、それの胴体に突き刺さって、そのまま吹き飛ばされていた。さらに、2、3本と投擲されてはそれに突き刺さっていく。
光の槍、それは救世主の武器を模したもの。
それを複数本出せる
「……ボーッとしすぎじゃない?」
無愛想なくすんだ灰色の髪が揺れる。
はあ、とため息をついて光の槍を持っている少年がやってきた。その法衣には、槍のような刺繍が施されている。
槍を軽く振るい、寝そべっているその化け物の首をはねた。
「もしもし。……は?ライが襲撃された?」
ずっと、不機嫌そうにムスっとしていた少年は、通信用の聖具から連絡を受けると一目散に駆け出していく。
「……なんだったんだ」
本当は、今日はちょっと悪魔を倒しに行くぐらいのつもりだった。異端実体がいたけど、そういうことじゃなくて。
昨日、ライからエオスの仕込みでライの声が聞こえて、より一層強くなるために、頑張ろうとしてたのに……勝手にいなくなって、あのバカ。まったく守らせてくれない。
抱き締められた時の、あの細い体を思い出す。
……自分だってまだ、子供の体の癖に大人ぶって。
俺の力が足りないって思って、
「……シリルさん、それにしてもこっち来るの早かったっすね?」
イェルクから隠れるように、人の背後に来たエオスがあはは、と軽く笑った。
元々、俺は枢機卿アルフ・ストラングの下にある通信局経由で仕事をしていたこともあって、エオスとは知り合いだった。枢機卿の前ではびしっと構えてるけど、こうしてそれ以外の場所になると、やけに陽気なやつになる。
「……襲撃されたって聞いたら、そりゃそうなるでしょ」
「そうっすかね。自分は短縮移動使ったっすけど、シリルさんもそうっすか?」
「別に」
短縮移動は、そうポンポン使えるものじゃない。ある程度、事前に設定する必要があるし、長距離の使用にはかなりの神聖力を消費する。
……ある程度は使ったんだけど、ライのことが心配だからと言うと変にからかわれそうだから、正直には言わない。
「そんな急がなくても、イェルクがいるならあんま問題ないっすよ」
「……ふーん」
気に入らない。イェルクだっけ。全部、興味なさそうなのに、ライの話だけ少し食いついてくるし。
……この前も、こいつがライのそばにいたんだったら、あんなことにもならなかったって思ってしまうから。
というか、こいつ強すぎる。
しゅるしゅる、と影が伸びていったと思えば敵がいつの間にか細切れにされている。異端実体の攻撃も軽く弾いて、バラバラにしていた。
力に際限がない。この影から出た触手のようなものは、何でも切り裂いていくし本来一撃で人が死ぬような攻撃も軽々と受け止めている。
「いやー、やっぱ強いっすよね。あっ、イェルクさん。敵はあっちと、その道の先と――」
それに、このエオスもおかしい。見えてないはずの敵の居場所をバッチリと把握している。……探索できるような力があるのか?
この二人がいるせいで、できることは特にない。
強いてあるとするなら。
「きゃっ」
「危ない」
光の壁を出して、急に飛び出してきた邪教徒のナイフを弾く。光の槍で、そいつの腹を殴り倒して、無理矢理気絶させた。
「……ありがとうございます」
「別にいいよ。やることないし」
「その、私が勝手についてきてしまったので、迷惑を」
「……ライが心配だったんでしょ」
「わかっちゃいますか」
「わかりやすいことだと思うけど」
「……あなたも、同じみたいですし」
「……あっそ」
そう、このアクイラという子の護衛ぐらい。神聖力はショボいけど、ずっとライのお世話をしてるらしいし、そりゃ心配にもなる。
……いつも、あの危なっかしいライのお世話をしてるなんて、とんだ物好きだ。
――がんっ
そうやって歩いていると、強い衝撃が地面から伝わってきた。
「……向こうから、すごい神聖力が来るんすけど」
びりびり、と肌に凄まじい神聖力が伝わってくる。
「……これは、まるでディオネみたいだ」
ポツリ、とイェルクが呟く。ディオネ……?それって確か、聖女様の名前のはず。
似てるとは思ったけど、関係があったりするんだろうか。
「ライさん!」
一際、神聖力が強くなってきたときに、急にアクイラが走り出した。
何かと思えば――遠くに揺らめく影がある。
金色の髪、薄暗い中に映えるような白い肌。手足には、強引に引きちぎったような枷がついていた。
……ライだ。髪もぼさぼさで、服もぼろくなっていて、ろくな目にあってないことがわかる。
倒れそうなライを、アクイラが抱き締めて支えている。その後を追う。エオスとイェルクも、同じように付いてきた。
「……どういう集まりだよ」
俺たちを見て、最初に言うことがそれなんだ。いつもみたいな軽口。でも、覇気がない。ひどく弱々しくて、思わず抱き締めたくなるような、そんな気持ちが浮かんでくる。
「ライさん、大丈夫ですか?」
「……ディオネがいなくなっちゃった」
……ディオネ?やっぱり、聖女様と何か関係が?
「俺を守るっていって、勝手に呪いを引き連れてどっか行っちゃった。せめて、あいつを探しながらここを潰そうと思ったのに、お前らが来てるなら、なんかもうやらなくてよさそうだし」
いまいち、状況が理解できない。とりあえず、ライは無事だけどそのディオネという人――聖女様が何か犠牲になった?
そもそも、聖女様なんだろうか。
視線を下げると、曖昧に笑って、泣いてるようにも見えるライと目が合った。
「……俺が捕まってからさ――」
そして、ライは起こったことを話し始めた。