壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
巨大な影を追う。距離が近くなっている気がしない。……いや、普通にでかいな。おかしい、でかすぎるだろ。
「……本当にでかいわね」
「あれ、魔術でなんとかできたりしないんすか?」
「無茶振りやめてくれない?魔術って、そんなすごくないから」
魔術をちゃんと見てないせいでわからないんだけど、そうなのか。すごいことしてほしかったな。
やっぱ、夢があるからさ。
ふと、地面に視線を下ろすと木々の枝が落ちてるのが見える。
というよりも、折られてる枝?
ヘンゼルとグレーテルみたいな感じかな。
「……これ、折ってる枝っすね。目印みたいな感じっすか?」
同じこと考えてる。まあ、わかるか。
「それ、俺も考えてた。もしかしたら、この先にあの集落の他の人間がいるんじゃないかって」
「じゃあ、これ追っていけばいいってこと?」
「あのでかいやつのところに向かってるのが気になるけど、それでいいと思う」
でも、どうしようかな。
集落の人間は助けたいけど、あのでかいやつを放っておくのも嫌だし。……まあ、今のところ行き先一緒なんだけど。
結局、このまま進むしかないか。
山を登るような形で進んでいく。少しずつ、瘴気が濃くなってきたな。
「にしても、あれって本当になんとかできるのかしらね?見た感じ、悪魔とかそっち系のタイプでしょう?」
「わかるん?そういうの」
「これでも、多少は戦ってるもの。瘴気がきつすぎて、あんたら神官に任せないとやってけないけど。それ以外なら多少はやれるわよ」
ん?
「悪魔とか以外っているの?」
「……ライって、思ったよりも特殊そうねえ」
「ライさんはその、事情があるタイプっすから」
「そうよね。この世界には、たくさん化け物がいるってこと。でも、あのでかいのは瘴気と関係ありそうだから、きつそうねーって話」
……なんか、哀れむような目を向けられてるんだけどおかしくないか?
しょうがないだろ、この世界に来てあんまり日付が経ってないんだから。
というか、仕事に忙殺されてそこら辺の常識ないの、あのクソ野郎に文句言っときゃよなったな。
「魔術で、遠方から攻撃する系ってあるんすよね?」
「まー、あるんだけどね?それでも、そこまで強いのじゃないのよ。例えば、こういう感じで」
手のひらに、小さな光が集まって大きな玉になる。
手を、押すように動かすと光が一直線に突き進んでいった。
ただ、それは瘴気の中に消えていって、霧散していった。
「こんなものよ。使えないでしょう?」
「これって、瘴気と干渉してる?」
「まあ、そんなものね。神聖力以外とは打ち消し合うことはないけど、魔術とぶつかると摩擦みたいに少しずつ削れていくの」
「へー、そういうもんなんだ。おもろ」
「あら、魔術に興味がある?っていっても、神官だから難しいでしょうけど」
えっ、神官って魔術使えない感じ?
ちらり、とエオスの方へ視線を向けると、頷かれた。そういえもんなんだ。
「神官の持つ神聖力と、魔術師の持つ魔力は、あんま相性がよくないんすよ。だから、二つとも持ってると気持ち悪くなるらしいっす」
「さすがに、欲張りは無理か」
「そういうことっすねー」
なんて、緩く話してるけど瘴気は濃くなるばかり。枝はずっと、続いている。
その先にはやっぱり、あのデカブツがいる。
――ずんっ、とまた動いた余波で振動が伝わっていく。
見上げても、もう全身が見えない。何メートルあるんだ、これ。うっかり踏まれたりして死んだりしない?
でも、足がどこかもわからないんだけどさ。でかすぎてよくわからんしな。……これ、本当にどうやって倒そうかな。
濃くなってきた瘴気を打ち消す。
すると、この先の道が下り坂になってるのがわかる。谷にでも続いてんのかな。
でも、上り坂はきついから助かったかな。
くいっ、と法衣を引っ張られた。エオスが、俺の法衣の裾を握られてる。
「どうしたの、エオス」
「……この先、嫌な感じがするっす。特に、瘴気が濃くなってる気がして。大丈夫っすか?」
言われてみれば、少しずつ濃くなってるような。肌に感じる瘴気が重たくなっている気がする。
体にまとわりついて、動きを阻害しているみたいに。
でも。
「この先に誰か倒れてたりしたら、見捨てたくはないだろ」
ディオネだって、そうしたかもしれない。
だから、そこに誰もいなかったとしても、助けにいきたいから。
「……なんか、みんながライさんのこと好きなのも、わかった気がするっすね」
「なんだよ、それ」
「いい人すぎるってことっすけど。もうちょっと、自分のこと考えて生きててもいいのに」
あはは、と軽く笑われた。そのまま、握っていた裾を離して、ぐいっと引っ張られる。
強引に肩を組まれて、そのまま進む形になる。
「さっさといくっすよ、ライさん」
「急にテンション上げんな!」
「あの?私のこと放っていくのやめてくれない?」
エオスに引っ張られるままにして、坂を下っていく。その後ろを、なぜかエヌマエーラが走ってくる。
なにこれ。俺、人を助けたいって話をしてただけなのに。
枝が増えていく。よくここまで折ってるな。
これ、谷じゃなくて窪みみたいになっているな。だから、下り坂みたいになっているんだ。
そのまま、少しずつ下っていくと坂が急になる。
そこには、大きな穴があった。
下には何があるか見えない。
……普通なら。
呑気に肩を組んでいた、エオスの手も思わず俺の肩から離れた。
枝が続く先に、脱ぎ捨てられた服のようなものが、穴の途中に生えている木に引っかかっている。
ちょうど、ここから人を投げ捨てると、そうなるように。
「……これ、は」
思わず、声がかすれた。理解したくない思考が、浮かび上がってくる。
「下に、人がいる……」
いつもの口調を忘れたみたいに、エオスがぽつりと漏らした。
「しかも、何人もいる……っす」
この穴は急だ。少し下がっていけるようなものじゃない。落ちたら、たぶんもう戻ってこれないだろうから。
だから、これはきっと。
そこに捨てられた人がいたってことだろうから。
だからそれはもう。この先に突き落とした人がいるわけで。
俺は、そんなものを受け入れられずにいた。
――おおおおお
それに答えるように、巨大な影から叫ぶような声がした。