壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい   作:あまぐりムリーパー

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捨てるための穴

 黒い塊がいくつも蠢いた。一つは、手のような形。もう一つは足。

 

 それぞれ、人間の部位の形になる。それがいくつも周囲に拡散していく。

 

「異端殲滅局所属、信仰序列1位―イェルク。これより、神の敵を排除する」

 

 それに対して、するすると影が伸びていき――一瞬にして切り裂いた。

 

「うわ、なんですかその影。インチキすぎませんか?」

 

 イェルクの影から、ひょっこりとアクイラが、ひきつった顔で飛び出した。

 

「……ねえ、俺の出番ないんだけど」

 

 その後ろから、シリルがぼやく。手に握った光の槍を、手持ち無沙汰でぐるぐると回している。

 

「……っていうか、あれって大丈夫ですかね?」

 

 見上げたアクイラの視線の先には、巨大な影が動いている。

 

 それが、ゆっくりと動いたと思えば、そこから小さな黒い粒がぽろぽろ溢れていく。

 

 それが、地面に落ちたと思えば、大きく肥大化する。

 

 人の大きさほどの手になったと思えば、イェルクから伸びた影に直ぐ様切断された。

 

「あれから、異端実体が産み出されている……いや、違うな。あれが集合体なのか」

 

 イェルクは、その無造作に伸びた髪の隙間から、虚ろな瞳をそれに向けた。

 

 巨大な影が、瘴気から少しだけ姿を現す。

 

 それは、手や足が集まっていて、人の形を作っている群体のようなもの。いくつもの異端実体がくっついて、巨人のようになっている。

 

 ――おおおおお

 

 本来、これは一つの生命体とかではない。集合体のようなものなのに、口らしき部分から叫び声のようなものを上げている。

 

「……なにあれ。異端実体?」

「おそらく、そうだろうな。ここまで大きなものは見たことがない。よほどの恨みでもあったか」

「……うわあ、あんなにでかいものになるような恨みってあるんですかね?」

「そうだな。見たところ、一人のものじゃない。いくつもの恨みでも集まってるんじゃないか?」

 

 と、言いながらイェルクの影が無数に伸びていく。元の大きさの影から、何倍にも。

 

 それが、巨大な異端実体の足元まで来るとその体に巻き付いて、さらにそのまま影が膨張していく。

 

「一先ず、こいつはここで足止めをしておくか」

 

 と、涼しい顔で言っているうちに、その巨大な体躯をほぼ全身が影で覆い尽くされそうになっている。

 

「……いやいやいや、待って。何その力」

「何がだ?」

「あんたの恩寵、強いなって思ってたんだけどさ。なにあれ、無制限に伸ばせるの?」

「さあ、限界は確認したことはないな」

 

 影に縛られて、巨大な影は動けない。体をぶるぶると震わせて、その場にとどまっている。というよりも、止められている。

 

「……なんか、私って場違いじゃないですか?」

「別に、俺でも正直戦力的には微妙でしょ」

「えー、神罰執行官なのに?」

「……異端殲滅官に比べたら、そんなもんでしょ」

 

 言い合う二人と、それを見守るようなイェルク。イェルクは、あれを止めるために、その場から動けない。

 

 アクイラとシリルも、イェルクから離れても合流できる気がしなくて、ライたちを探しにいけないでいた。

 

「いっそ、向こうの方から見つけてくれないですかね」

「……エオスがいるから、いけるかもしれないけど。でも、ライが向こうで無茶してないか心配になる」

「うわ、もういいですよそういうの」

「……何が?」

「時間があるとすぐライさんの話をするの」

「俺も、ライが転んだりしていないか心配になるが」

「ダメだ、もう重症の人しかいない。ライさん、この人たちもなんとかしてくれないかな……」

 

 目の前に、巨大な怪物がいるはずなのに、妙に安全なせいで、緩い空気の中三人はライたちを待つことにした。

 

◇◇◇

 

「よし、降りるか」

「待つっす!?」

 

 下に人がいるはず。この場所なら、きっと突き落とされてるんだと思う。

 

 さっきの枝は、たぶん本来帰るための目印として置いてたんだと思う。捨てる側か捨てられる側かわからないけど。

 

 っていうか、そういうのはいいや。早く助けないと。さっさと飛び込もうとするのを、エオスに掴まれて邪魔される。

 

 力が、ぐんっと上がる。ディオネの持つ恩寵の力。身体能力を何倍にもするような強化。これがあるなら、この下の方の穴に向かっても問題ないはず。

 

 ……って思ってたのに。ガッチリとエオスにホールドされてうまく動けない。いや、ギリ動けそうかも?

 

「ちょちょっ、ライさん!」

「へえ、エオスって力強いんだ」

「そんなこと言ってる場合っすか!?その先に行くのはさすがにやばいっすよ!」

「でも、助けに行かないと」

「そんなこと言ってる場合っすか!?」

「なんでエオスってこんなに力強いの?」

「いやその、通信は強化の範囲内なので得意なんすよね。だからこうやって、ギリギリ踏ん張ってるっす!」

「そっか」

 

 力だとギリギリこっちが勝ってるんだけど。さすがにあんま動けない。このまま落っこちるとエオスごと巻き込んじゃうしな。

 

「あの、何してるのかしら」

「だから、人がしたにいるんでしょ。助けないと」

「無茶すぎるっすから!」

 

 呆れた様子のエヌマエーラが、真剣な瞳でこっちを見据えた。

 

「あの集落、人が少ないって言ったけど。どこにもいない人たちがいたわ」

「……何の話?」

「いいから聞きなさいな。どこにもね、老人がいないのよ」

「……それは」

「それに、この穴は相当深いわ。だって、今回だけじゃなさそうだもの」

「今回……?」

 

 エヌマエーラが空間に指を滑らせる。文字のようなものが浮かび上がった。

 

「少しだけね、この下を覗き見たの。そうしたら、予想通りのものが積みあがっているのよ。地層みたいに何重にも」

 

 その言葉の意味を、すぐには理解したくはなかった。

 

「まあ要するに、恒常的に老人を投げ捨てるような場所ってことでしょうね」

 

 エヌマエーラは目を伏せる。

 

 異端実体は、こんなに巨大にはならないとは言うけど。それはつまり、なるだけの理由があったってこと。

 

 いくつもの積み重ねられた怨念がここにはあって。それが形を成したってことだと思う。

 

「……そっか」

 

 不意に力が抜けた。じゃあ、たぶん助けられないんだろうなってなんとなく理解してしまったから。

 

 ……悔しいな。

 

 そんな俺の様子を見かねたのか、エオスがそのままぎゅっと抱き締めてきた。なんだよ。ホールドしてたから、抱き着きやすかったってか?

 まあ、いいけど。

 

 そもそもだ。ここには人が投げ捨てられていて、それはおそらくあそこの集落の人間で。しかも、ずっとそうしてきたような歴史がある、みたいな話ってことか?

 意味が分からない。

 

 嫌な気持ちに沈んでいきそうなのが、なんか抱き締められているせいでちょっとだけましになる。

 

 ……こんな俺って弱弱しいやつだっけ。いけないな、この状態だと。ディオネの前にいるときは格好つけたいしな。

 

「……にしても、あれの動き止まってないかしら?」

 

 視線を上げると、あの巨大な影がぴしりと動きを止めている。……何かがまとわりついているみたいな。

 

「あれ、イェルクのやつっすよ」

「……は?」

 

 いやいやいや。ここから見て怪獣みたいな大きさしている敵を、そのまま拘束してるってこと?

 

 ……無茶苦茶過ぎない?

 

「じゃあ、そっちに行きましょう。……ここのことはどうにもならないものね」

「そうっすよ。一旦、合流が先っす!」

 

 エオスに押される形で、とりあえずイェルクの方に向かうことにした。

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