壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
影が、するすると伸びて巨大な異端実体の体を削っていく。
ただ、それは小さな触手のようなもので、対面する異端実体は数十メートルはありそうなほどに膨張してるせいで、それは決定打にならない。
なによりも、削れた部分から膨れてその体をすぐに再生させていく。
――おおおおお
叫び声と共に、振り上げた腕が地面に向かう。
「
光の壁がそれを阻もうとするが、巨大なその腕とぶつかった瞬間に軋んで、みしみしと音を立てて割れていく。
「やっぱり、これぐらいじゃ無理か」
その中心にいたシリルが、棒状のものを取り出した。
メイス、神官が使うことのある打撃武器。
通常、神官は武器を形態することは少ない。刃物を使わないという決まりが一応あるため、使われているからだ。
シリルの持っているメイスに、少しずつ光が宿る。
それをそのまま、その巨大な腕にぶつける。腕が軽く弾かれて、異端実体が体を揺らした。
「こんなもんか」
本来なら、シリルの力でそれを弾き飛ばすことはできないはずなのに、シリルは易々それを成し遂げてみせた。
光が宙を舞う。崩れた異端実体に、光の矢と電撃が襲いかかる。
「すっすっすっ、ちょっとぐらいなら加勢するっすよ」
「その口調って素なの?」
「っす」
「そう」
「……これ、会話成立してるんですか?」
異端実体を攻撃しながら、話す二人の影にアクイラは隠れる。あくまで、アクイラは戦闘要員ではないので、ライを待つことしかできない。
「確かに、これは滅ぼそうとしてもなかなか厄介だな」
「そうだね、ライが戻ってくるまでに倒せるかなと思ったんだけど」
「さすがに、積み上がった怨念を全部消しきるまで戦うのは無理っすよ」
「んー、あれを解析してなんとかならないかしらねえ」
どれだけ攻撃を受けても、平然と異端実体は立ち上がる。肉が膨れ上がったような、その腕を地面にぶつけると強い衝撃が振動となって伝わっていく。
ぐらぐら、と揺れる中で慌てているのはアクイラぐらいで、全員がその場で踏ん張っている。
これから、異端実体がさらに攻勢に出てくるか。
そう、全員が思っていたところでライが立ち向かっていた黒いもやのようなものが動いた。
その中から――金髪の少女が吐き出される。
全員の視線が、そこに集まる。
白銀の法衣、少し小柄で端正な顔立ちの少女。
ライが戻ってきたのか、全員がそう思っていた。
だが、それは一言で否定されることになる。
「ライさん!」
金髪の少女からそう発せられる。
自分の名前を言うはずがない。だったら、この少女はディオネになるわけで。
まだ、ライはそのディオネの伸ばした手の先、黒いもやの中にある。
黒いもやが動く。ゆっくりと、異端実体の方へ。
「……なにこれ、瘴気が減っていくんだけど」
周囲の瘴気はすべて、その黒いもやに吸い込まれていく。
するする、とそのもやの中から腕が飛び出る。細くて白い腕、持つと折れてしまいそうなそんなものが。
「……これは、異端実体に向かっているのか?」
「たぶん、そうっす……けど、あれは」
「……ライ、なの?」
ぺたり、とその手が異端実体に触れる。
おかしい。全員が気付くよりも前に、そこまで黒いもやが移動していた。
確かに、予想だにしないようなことが起きている。
それでも、イェルクやエヌマエーラは気を抜いていない。だから、本来なら見失うはずもない。
瞬きの間に、その場所まで移動されたようにしか見えない。
「おなか、すいた」
もしも、鈴の転がるような声というものがあるなら、きっとこれなのだろうと思わせるような、そんな声。
触れた手から、少しずつ異端実体が吸い込まれていく。
急速に、異端実体が萎んでいく。黒いもやが少しずつ晴れていく。
もうひとつの手が出てきた。
そして、足も。
さらさらと流れる黒い髪と、血の気が失せているような、少し青白い顔。
それが、黒いもやからゆっくりと飛び出してきた。
ぺたぺた、と地面を歩く。
あの巨大な異端実体は跡形もなく消えてしまった。
この少女が食べてしまったのだろうか。
「ライさん!」
そこに、ディオネが駆け寄っていく。
再び、みんなが固まった。
これが、ライであるということが、すぐには飲み込めなかった。
「……えっ、これがライ?」
「言われてみれば、ディオネさんと顔立ちがなんか似ているような?」
シリルとアクイラもディオネの後を追って、走りよっていく。
「でぃおね?」
こてん、と小首を傾げた。
「はい。ライさん、大丈夫ですか?」
「なんか、さむい」
とても、あのライとは思えない。まるで幼児のようで、ディオネにぎゅっとしがみついている。
「ディオネ様……?」
「アクイラ、迷惑をかけましたね」
「えーっとその、そっちがライさん、ですか?」
「そうです」
「おうち、かえりたい」
うとうと、とライらしき少女はディオネに寄りかかって眠たそうに目を擦る。
アクイラは自分では対処できない気がして、とりあえずライの元によって、お世話でもしようかとぼんやり考える。
「えっ、と。ライなんだ、本当に」
「あなたが、シリルさんですね?」
「えっ、はい。聖女様」
「ディオネでいいですよ。……負けませんからね?」
「えーっと、どういうことですか?」
「あなたにライさんのこと、あげませんから」
「しりる」
まるで、敵意……とまではいかないが、ライバルでも見てるようなディオネの態度にも、その後ろから指を指してくる、ライの様子にもシリルは混乱を隠せない。
初恋、でいいのかはわからない。色々あって、中身が男であると知っても気になる存在だったのに。
なぜか、そのライが小さい女の子になってしまっている。
その場で頭を抱えた。
「これは、なんというか。なんすか、これ?」
「僅かに、呪いらしき気配を感じるな。これは、そういうものか?」
「あら、これは……不思議な感じになってるわね?」
後ろから、エオスとイェルク、エヌマエーラがやってくる。
状況には困惑しているが、冷静にライを見据えていた。
ライの体からは、呪いらしき気配が充満している。
それもそうだ。ライの体を構成しているのは、呪いと瘴気と異端実体から作り上げたものなのだから。
「……とりあえず、どこかで休みませんか?」
ひたすら、困惑しているみんなに、ディオネはそう提案した。
休むために、少しばかり歩いているとエオスの短縮移動前に乗っていたはずの馬車を見つけて、そこの中で休憩する。
ディオネの横に、ライがもたれ掛かった。
ライの見た目は、酷くディオネに似ている。
すやすやと、ディオネに体重を預けて寝ている様は、まるで綺麗な人形のよう。
「ライさん」
さらさら、と髪を梳かすようにディオネはその頭を撫でた。
「ふうん、仮の体だからうまいこと馴染んでいないんでしょうね。恐らく、本来の体が別にあって、そこから魂を取り出して、実体を生み出すタイプの呪いと一体化して、受肉したってところかしら?」
「えっ、誰ですか?あなた。……あなたもライさんに毒されたタイプですか?」
「私はエヌマエーラ、魔術師よ」
「ふーん……あんまライさんに近づかないでくださいね?」
「厄介な保護者ね。さっきまで、あなたの体にいたのがライだったから、頭がおかしくなりそうよ」
はあ、とエヌマエーラは深く息を吐いた。
ゆっくりと、ライは肩を揺らせる。
結局、寝ているライを起こせないこともあって、これ以上は触れられないでいた。
◇◇◇
なんか、からだがつめたい。
でぃおね、もとのからだにもどれたんだ。
からだが、へんなきがする。
しりる、なんかいつもめいわくをかけたっけ。
あくいら、えおす、いぇるく。
ひさしぶりにあったみたいな、きぶん。
えぬまえーら、へんなやつ。
だめ、あたまがふわふわしてる。かんがえられない。
わたしって、こんなからだだっけ。
まあ、いいや。
逆に衝撃展開だと、みんなも困惑してうまく反応できないよねって