壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
動いていない馬車の中で、静かに隣に目をやる。
華奢で、抱き締めたら潰れてしまいそうな女の子がいる。
――ばーか。
いつの日か、私の体に入ってきた人。
兄がいたなら、こんな人なのかなと思った。
――大人っていうのはガキを慰めるもんだよ。
でも、きっと違う。
傷ついていた私を引っ張り出して、その心を溶かしてしまった人。
「すぅ……」
その人が、今はこんな姿になって私に体を委ねている。
私の、好きな人。
私を助けるために、色々と無茶をやらかしてた人。
……本当に、無茶をしますよね。
本当に、私は一生眠っていたかったぐらいにはもう疲れていたのに、こんなことされたら平然と眠ってなんかいられない。
でも、何かが違う。
可愛らしくて、庇護欲をそそるこのライさんも、まあその、いいんですが。
それでも、私が好きなライさんはあくまで男のライさんであって、女の子になったライさんではないというか。
ライさんと夢の中で出会った時は、男の人だった。とても甘えたくなるぐらいには、そんな可愛らしいところはなかったんですけど。
だからその、なんというか。元にもどってほしい気持ちだとか、そもそも男の姿になってほしかったなと思ってる。
「んぅ……」
ゆっくりと、ライさんの目が開かれる。
「なんか、本当に子供みたいですね……」
興味深そうに、アクイラがライさんを眺めていた。
アクイラは、私が昔助けた女の子。神官とはいっても、神様というよりは私に心酔してるらしいですけど、それほど大した人間ではないといいますか。
そんな子だから、比較的に普通の女の子で。それだから、ライさんの心の支えになってくれたのは、嬉しいやら羨ましいやら。
「それにしても、呪いから生まれたからだというのは不思議だな」
穏やかな視線を向けてくるあなたの方が不思議ですよ、とは言わないでおいた。
イェルク、ただ神の敵を抹殺するだけの狂信者。
一緒に仕事をしていても、血の通っていない人形か何かだと思うぐらいには、人間らしいところを見たことがない。
そもそも、私と彼とはお互い教会に逆らってないか睨み合ってるような仲なので余計にそうなのですが。
なので、そんな彼がライに対して保護者のような視線を向けているのが気持ち悪い。
「……呪いから生まれたって大丈夫なの?」
シリル、という少年神官はただただ戸惑っている様子。
シリルは、女の子のライさんが好きな人。
……ライさんから、あんなに気安く話されてるのずるい。べたべた触ってたし、なんかその……押し倒したりとかされてたし。
だからつい、見る目が厳しくなってしまう。
どうせ、綺麗だとか言われてる私の見た目で気安くされてるから惚れてるだけでしょって思っていたけど、中身が男だと知っても様子が変わらないから、少しぐらいは認めてあげている。
きっと、それはちゃんとした愛でしょうから。
いや、恋なのかな。
「うーん、呪いだとか瘴気から作られてるにしてはちゃんとした肉体っすね?たぶん。神聖力とかぶつけても消滅はしないっす」
エオスはまあ、いいでしょう。
便利な人ってだけで、あまり言うことはないし、ライさんからあまり強く影響を受けてないですから。そのうちコロッとやられそうだなとは思いますが。
「そうねえ、あくまでそれらを燃料にして肉体を生成したんでしょうね。どういう原理かは気になるけれど。元は邪教とやらの呪いで、それは魔術を参考にしてるのなら、私が調べたらわかるかしら」
それから、この人。エヌマエーラ、とか言いましたっけ。
なんか、この。ライさんをどうにかしてしまいそうで怖いので、とても警戒しています。
「でぃおね?」
くいっ、と服を引っ張られる。ライさんの瞳が、私を見上げていた。小首を傾げる様も可愛らしい。
「どうしましたか?ライさん」
「……わたしって、らい?」
「ええと、それは」
「らいって、だれ?」
ライさんの状態のことはよくわかりませんが、人の名前を覚えていることからはある程度の記憶があるはず。
なのに、自分が"ライ"と呼ばれることを覚えていない?
そもそもですが。この名前は、異界の来訪者から取ってきた、仮の名前でしかないはずだから、それを名前と認識してないとかでしょうか。
それ以外にも、俺ではなく"わたし"と呼んでいることも気になるんですけども。
「では、名前を教えてくれますか?」
「かぶらぎ、みなと」
「カブラギ、ミナト……さん」
「うん!」
にへら、と頬を緩める。
……一瞬、意識を失いそうになった。危ない。
ふと、周囲を見るとアクイラとシリルも顔を伏せている。
この状態のライさんは危ない。
なんて、そんな冗談を言ってる場合じゃないですね。
だって、これは本来のライさんの状態じゃなくて、明らかに異常な状態になってしまっている。
……しかも、私を助けた結果がこれなんですから。
だから、今度は私が助けてあげますからね、ライさん。もとい、ミナトさん。
◇◇◇
「で、これどうするの?」
「どうしましょうか」
ライさんが、私の服をぎゅっと掴んでいる。この人は、実際どういう状態なのかもわからない。
「そうっすね。そもそも、自分は予定ではそのうち治癒局のところにいくつもりだったんすよね」
「ああ、そういうことですか」
エオスは、治癒局の方に知り合いがいるからきっとその人に会いにいくつもりだったんでしょうね。
通信局だとか、多くの部局は基本的に教会本部にあります。
ただ、治癒局だけは遠く離れた西の方にあるのです。
人通りが少ない場所の方が、すぐに出発できるだとか場所の確保がしやすいとか、色々と言われていますが理由はよくわかりません。
……ただ、今のライさんの状態は正常ではなくて、何かしらの呪いとかが影響している……ともいえます。
そもそも、魂を核にして呪いや瘴気で肉付けをするという無茶苦茶な方法を取っているのですから。
だから、呪いだとかそういったものを普段から相手にしている治癒局の人たちならばこの状況を打開できるのではないでしょうか。
ちらり、とエオスに目配せすると、こくりと頷いた。
「なので、そのままライさんを戻すためにそっちにいくのもありかなってことっすよ」
「ふうん。魔術院に戻るまではご一緒させてもらおうかしら」
「そうだね。ライには早く元にもどってほしいし」
「せっかく、ディオネ様が戻ってきたのに、ライさんがこのままっていうのも嫌ですからね!」
……そういえば、私を助けるための旅だったんですね。
なんというか、確かにライさんに助けてもらえるんだろうなとは思っていましたけど。
ここまでのメンバーを集めてもらっていたとは、なんともむず痒い。
ひさしぶりに、あの嫌な称号――聖女らしく微笑みを浮かべる。
「皆さん、ありがとうございます」
「なんだ、今さら」
虚ろな瞳のイェルクと目が合う。この人は本当に、ライさん以外にはちっとも靡かなさそう。
「ライさんについてきたとはいえ。私を助けるために、ここまで来てくれたのですよね?だったら、お礼を言わないと」
そう。まず、感謝をしないと。人として、それは大事なことだから。
「それから、ライさんを一緒に助けてくれますか?」
聞かずともわかっていた。皆が、首を縦に振っていた。
……本当の名前を知っても、まだライさんと呼んでしまうけど。戻ったら、たっぷり甘えるので覚悟してくださいね。
まさかの名前判明回だし、話は進まないし
残業しながら書いているせいで、毎回めちゃくちゃな話運びになってないか心配になっている