壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
頭の中を情報がぐるぐると回る。今までのこととか、今のこととか、すべてが急に入ってきて割れそうになるぐらい痛い。
少しだけ、思い出していたのに。
だから、手を握ることと、抱きつくことを求めた。まるで、赤ちゃんみたいに。
小さい頃、寝込んでいたときに姉に手を握ってもらったことがある。
「手ぇ握ってあげるから、寝てな」
「……うん」
ぶっきらぼうに言いながら、寝ている俺の手をずっと握ってくれた。
ずっと、気持ち悪かったのにそれがスッと消えていった気がする。
そのせいで、手を握ることにすごく安心するようになった。
それから、何か悲しいときがあったときに母親に抱き締められたとき。
ずっと胸の中に広がっていた、薄暗い感情が少しずつ晴れていった。触れているところから体温が伝わって、胸の痛みが癒えていく。
「――」
その時に言われたことはあまり覚えていない。
でも、酷く安心したことだけは覚えている。
だからかな。こうして自己が不安定になっている今、それを思い出してずっと求めてしまうのは。
元々、俺はろくでもない人間だった。大学に受かったはいいものの、普通にそのまま留年して退学したし。
ここまでやってこれたのは、俺の精神が強かったとかじゃなくて。ただの意地だ。
傷ついてるディオネを見捨ててしまえば、人間としてきっと終わってしまうから。
それも、もうたぶん大丈夫だ。ディオネは立ち直って、なんなら俺の世話を焼いてるみたいだし。
そういうこともあって、フッと気が抜けてしまったのもあるのかもしれない。
もう、不安定になって自分が何かわからなくなってしまった。記憶がぐるぐると渦巻いている。気持ち悪い。
私、俺は……なんだっけ。忘れちゃった。
酷く頭が痛い。ただ、体を包む温かさには少し安心した。
◇◇◇
ゆっくりと目を開ける。何かとくっついている。
体の前まで、腕を回されている。誰かに抱き締められている。……なんで?
ふと、視線を下げると俺の手が何かを掴んでいた。両隣にいる誰かの裾を掴んでいるらしい。
これ、どういう状態?
「おっ、ライちゃん。おはよー」
どうやら、左側にいたのは……誰だっけ。確か、イリスって人だったはず。
寝てたのか。確かにイリスの服装も寝巻きみたいだし。
そもそも、ここどこ?
……あーえっと、なんか俺を助けるために治癒局に行くとか言ってたっけ?じゃあ、そこか。
っていうか。
「ライちゃんってなんだよ」
「ん?君のことだけど。っていうか、今は普通なんだね」
「……俺、もしかしてやばい状態になってる?」
「そうだねえ。ずっとみんなに抱きつこうとしてたり……」
……なんか、少しだけ記憶があるな。そんなことをしてた気がするけど。
待って待って、マジか?俺って、そんなことしてたの?
……してた気がするな。
確かに、安心するけど。今も、回されてるこの腕にすごい安心感がある。
っていうか、そもそもこれ誰に抱きつかれてるんだ。
「ちなみに、君を後ろから抱き締めるのはディオネで、右手に掴んでるのはシリルくんね」
「マジか」
右をちらりと見ると、シリルが寝ている。……こいつの寝顔を見るのも初めてだな。
まあ別に、誰も見たことないけどさ。アクイラには死ぬほど見られてそうだけど。
するり、と俺が無意識に掴んだままの手からイリスの手が抜ける。
そして、逆にぎゅっと手を握りしめられた。
不思議と胸が温かくなる。
「ライちゃん。みんなが起きるまでさ、ちょっとだけお話ししない?」
「まあいいけど」
抜け出せないしな。ディオネにずっと抱き締められてるのも、なんか悪くないな。
「君はさ、何したの?」
「どういう質問??」
「いやね?ディオネとか、尋常じゃない執着じゃん。恋とか愛とかそんなんじゃなくない?」
「……すげー、ド直球に来るな。別にさ、デコピンしてお前はまだ助けられるガキなんだぞって教えてあげただけだよ」
「あはは、なにそれ」
けらけらとイリスは笑う。ただ、瞳は笑ってないように見えて、手を握る力が強くなった気がした。
「君だって、今はガキだよ?」
「……元はそうじゃなかったんだけどな」
「そうかな。今まで気張ってただけで、実はそうでもないんでしょ」
「――」
胸の中を言い当てられてるみたいで、思わず黙ってしまった。
そんなことも構わずに、イリスは話を続ける。
「どうせだからさ、今までのこと全部教えてよ。ディオネのことはもうなんとなくわかったからいいけど。シリルくんとかどうやったの?」
「なんだよ、その聞き方。……まあちょっとやらかしたけどさ」
シリルが生意気なガキで、久々に普通に話せる男でテンションが上がってしまって、距離感とか考えずにぐいぐいと近づいてしまったこととか、そういう内容を話すと、イリスが「うわー」と声を漏らす。
「君はなんというか、やりすぎだね」
「……うっさいな。反省してんだよこれでも」
「でも、それだけで済んだの?」
「……」
「まだあるんかい」
「邪教の攻撃を受けたことがあって。シリルは守ってくれたんだけど」
「おー、かっこいいね」
「それがどうにも、発情する呪いみたいなやつで」
「おっと?」
「なんか、すげー体が熱くて、悪魔にそそのかされてさ」
「もうなんとなく先がわかっちゃうな」
「……そのまま押し倒したことがある」
「はい、有罪」
ぺち、と軽く頭を叩かれた。痛くはないけど。
「普段からそんなことしてるの?」
「してるわけないだろ!」
「でも、イェルクだっておかしいし。そういうことしたんでしょ?」
「してないから。一回殺されたから、ムカついてちょっと文句言ったりしただけだよ」
「……おお、すごいね。普通はイェルクにそんなことできないよ」
そりゃそうだけど。死なない体だったし。
……そういや、今の体ってどうなってるんだっけ。
ずきり、と頭が痛む。ダメだ、深く考えるとダメになる。
「あー、ライちゃん。もうそろそろ休む?」
「……ライちゃんじゃない」
「そうはいっても、今の君は女の子じゃん?元は男なんだっけ?」
「……イェルクも言ってたけど、体が女だったら女になるもんでもないだろ」
ここだけははっきり言っておきたい。でも、頭がまだ痛い。ゆっくりと、後ろにいるディオネにもたれ掛かる。
「ふーん。イェルクもそんなこと言ってたってのも、意外だね」
「そうなの?」
「だって、興味なさそうじゃない?」
「でも、俺のこと普通の女の子みたいとか言ってきたし」
「なんかもうあれじゃない?好きなんじゃない?」
「口説いてんの?って聞いたら否定してたけど」
「なんてことを聞いてるの??」
確かに、気持ちを誤魔化すための軽口だったけど。思い返せばすごいこと言ってたっけ?
頭がふわふわしてきた。
「まあ、イェルクはいっか。とりあえず君は一旦、ディオネとラブラブの恋人になろうよ」
「……何を言ってるの?」
「そして、その後シリルくんにお嫁に貰われるの」
「……???」
「それぐらい責任取った方がいいでしょ?」
「うう、頭痛い」
「あらら、ライちゃんそろそろ限界か。寝てなよ、後で起こすからさ」
頭をさらり、と撫でられた。ゆっくりと目蓋を閉じる。
「君も幸せにならないとダメだよ」
最後に、そんな声が聞こえた気がした。
本来はこの作品はここまで人間関係で掘るつもりはなかったのは内緒の話