壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
治癒局は、山岳地帯のトラウゴットを越えた西の方にある。
そのため、王都と比べるとあまり栄えている場所でもなく、周囲は自然に囲まれている。
「にしても、イリスがこっちからライさんのことを報告しろって頼んでくるとは思わなかったっすね」
「そうか?聞いてみれば納得の話だろう」
「そりゃそうっすけど。誰も、イェルクさんから報告されて反対はできないっすよ」
木々が風に揺れる。その中で、イェルクとエオスが並んで歩いていた。
「エオス、お前は俺に対する態度が違わなかったか?何か、変わるきっかけでもあっただろうか」
「ん?ああ。最初はそりゃ怖かったっすけど。ライさんのことになると、やたらと人間味に溢れてるので、恐怖が薄れたっすね」
「そうか。俺は怖いのか?」
「怖いっすよ」
エオスがどこかを指差すと、するするとイェルクの影が飛び出す。
そして、そのまま一直線に突き進んで何かを突き刺した。
「……うーん、外れっすね」
それは、煙のような何かで。そのまま薄れて消えていく。
消える前は、犬のような形をしているように見えた。
「イリスが、ここら辺を調査しろと言ったときは何かと思ったが」
「まあ、報告するからついでに周り見てきてってことなんすかね。治癒局はあんま祓魔に長けた人間はいなさそうっすからね。イリスなら多少、追っ払いそうっすけど」
そう、二人は報告のついでにここら辺を見てきて、と頼まれている。
そもそも、イェルクから報告する必要があり、連絡手段はエオスの通信しかないため、その二人ならちょうどいいという判断だが。
イリスの話からすれば、どうやら周囲に悪魔がよく発生するようになったらしい。それを確認しろ、とのことだ。
「前から思っていたが。エオスはイリスとどういう関係なんだ」
「えっ、そんなこと気になるんすか?」
うーん、とエオスは首を捻る。
「まあ姉みたいなもんすね、イリスは。別に生まれとかは違うんすけど、たまたま世話を焼かれて、頼ることが増えて仲良くなったみたいな」
「そうなのか。よくわからないが」
「……なんで聞いたんすか。ってか、イェルクさんこそ、ライさんのことどう思ってるんすか?」
二人が歩いていく中でも、風で木々が揺れるだけで、他の音は聞こえてこない。
ただ、周囲に漂う嫌な瘴気が立ち込めていた。
それを気に介さず、二人は話を続ける
「どう思っている、か。ライはいいやつだな」
「いやまあそうなんすけど。そうじゃなくて、好きなんすか?」
「好きか嫌いかと言われると、好きになるんじゃないか?」
「そういうんじゃなくてっすね。恋愛的な意味でっすよ」
「恋愛?よくわからないが。普通なんじゃないか?」
「……本当っすか?」
「それ以外何があるんだ?」
軽く手を振るうと、周囲の瘴気が一気に晴れていく。
「……まあ、いいっすよ。にしても、あれ大丈夫っすかね?」
「ああ、グレゴリーが言ったことか?」
「そうっす。イェルクが言ってたとはいえ、ライさんを処分する方には踏み込まなかったっすけど、まさか――異端殲滅官に新たに認定するなんて」
「異端殲滅官に認定されて、ライは大丈夫だろうか」
「なんか、やっぱイェルクさんもおかしくなってるっすね」
「そうか?」
◇◇◇
ふと、目を開けると頭がふわふわしている。
あんまり、頭が回らない。
「ライさん」
ぎゅっ、と何かが抱き締めている。
「ディオネ?」
「はい」
ふふっ、と笑う声が耳元から聞こえる。
「なんで抱き締めてんの?」
「したいからですけど」
「んん?」
「あと、覚えてないかもしれないですけど、ライさんからそうして欲しいってたくさん言われましたよ?」
……おかしいな。そうだっけ。いや、そうだった気がする。
なんか、ずっと不安定になっている。
……俺、どうなってるんだ?
新しい体になったのはわかった。
えっ、新しい体になってんの?今度は思いっきり女の体じゃん。マジかよ。
今まで、変になってたせいで忘れてたけど。
それで、その状態で抱きついたり手を握ったりしてたような?
甘えすぎじゃない?さすがに恥ずかしくなってきた。
「とりあえず、解放してくれない?」
「…………」
「おーい、ディオネさん?」
「……しょうがないですね」
パッと手を離された。少しだけ、寂しさを感じる。
いやいやいや、どうしてしまったんだよ俺は。
「ちょっと私はやることがあるので。ライさん、またあとで」
「うん」
と、ディオネが出ていくと同時に入れ替りでイリスとシリルがやってくる。
「……ライ、起きたの?」
「よっ、シリル」
「おっ、ライちゃん」
「なんでまだちゃん付けなんだよ」
「かわいい女の子だからかな?」
……なんか、扱いがおかしいし。
イリスは、こっちのことを見透かしてそうだけど、ふざけたことも言う変なやつだ。
なんか、恋人になったりお嫁に貰われたりしろとか言ってなかった?
ならないだろ、普通に。俺なんかと一緒になっても仕方ないし。
「さあさあ、ライちゃん?自分の状態はわかってますか?」
スッと、イリスの顔が覗き込んできた。
「たぶん?新しい体になったはいいけど、なんでこんな女の子になってんだか」
「そうだねえ、ディオネに似てるしね?」
ディオネに似てるのか?そういう感じなんだ。
髪の色はどうやら黒いっぽくて、手足も小さいし、体もそんな感じだ。ディオネよりも一回りぐらい小さいかもしれない。
「よくわからないんだけど、俺は不調ってことでいいの?」
「うん、そうだね」
「ふーん、なんかねむい」
「うわ、すごい勢いで変わるなあ」
なんなの、眠いのに。抱き締めて運んでくれないかな。
じゃない、なんかおかしいな。たまに、自分が薄れていくような感覚になる。
ずっと、何かに浮いてるみたいだ。なんだよ、これ。
「ライちゃんは、自己があやふやだったから治したんだけど、一気にやっちゃったせいで負荷がすごくてね。たまに幼児に戻るんだよね」
「幼児に……?」
「っていうか、幼女だよね。ね、シリルくん。可愛かったよね、ライちゃん」
「……なんで俺に聞くの」
答えづらそうに、シリルは視線を逸らしてる。俺、本当にそうなってたの?
幼女か、マジか。
「その治療をまだしないといけないってことです。それにはシリルくんも付き合ってくれるって。よかったね、ライちゃん!」
「なにがだよ」
「シリルくんも助けられるから嬉しそうだよ?」
ちらり、とシリルの方を見るとなんとも言えない顔をしてる。
「……俺の恩寵は、何かに性質を付与できる。だから、これでライの体に記憶を定着させやすくできるんだよ」
ああ、シリルって恩寵持ってるんだ。にしても、結構便利そうだなそれ。
ってか、治してくれるんだ。なんか、迷惑かけちゃうな。イリスにもそうだけど。
「イリスとシリル、なんかありがとね」
「……どうしたの、ライ」
「何々、ライちゃん」
「治してくれてるっぽいからさ。俺、なんもできないのに」
と、そこから先は続けられなかった。いつの間にか後ろにいたイリスが、しなだれかかってくる。
そして、そのまま頬を突かれた。
「君は自分の心配だけしとけばいいよ」
「……お前、距離近くない?」
「んー。だって、ライちゃんは人たらしみたいだから、こっちから強きに行かないと惚れさせられちゃうかもしれないしね?」
「なんだよ、それ」
「ねえ、シリルくん?」
いたずらっぽく、俺に抱きついて笑うイリスの言葉に、シリルは少し顔を赤くして答えなかった。なにその反応。
っていうかさ、イリスの俺の扱いが完全に子供なんだよな。
たまに幼児になるとか言われたけど、そのせい?
でも、なんか胸がぽかぽかするな。
少しだけ眠くなってきた。体が揺れる。
「シリルくん、ライちゃん抱き締め係変わって?」
「なんで!?」
「抱きつくと安心するみたいだから」
「あんたがやればいいだろ!」
「ほらほら、チャンスだよ?」
「……からかうのもほどほどにしてくれない?」
なんだか楽しそうに笑う二人の声だけか聞こえてきた。
なんかふわふわライのターンが長くなってしまった
そろそろちゃんと話進めます