壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
村の中が、静まり返っている。いつもは、みんなが騒がしいぐらいに話しているのに。
とことこ、と歩いていっても誰も見つからない。
何かが立て掛けてある。棒のようなもの。そこに、誰かが吊るされてる。磔みたいに。
よく見ると、それが何個もあった。
ああ、きっと。私はたまたま、逃れてしまったんだろう。
それを、なんとなく理解した。
村への入り口に添えてある、守り神のような像が砕かれている。
母親から聞いたことがある。この像は神様の力が宿っていて、災厄を退けてるって。
それが、砕かれてしまっている。だから、みんな死んじゃったんだ。
……私に、そういう力があったらよかったのに。
神様、見ているのなら。
私に、何かを守るような。災厄を弾いて、遠ざけられるような。
せめて、そんな力を下さいませんか。
なんて、きっと聞いてくれないだろうけど。
少しだけ、もしかしたら。聞いてくれるかもしれないから。
そっと、そう祈った。
◇◇◇
……久しぶりに、昔の夢を見てしまった。
あーあ、私ってたまに神経質になっちゃうなあ。
気だるげに体を起こした。
さて、今日も治癒局長として頑張るぞー。治癒師イリス、頑張ります。
……もぞもぞ、と腕の中に動くものがある。
ふと、視線をそちらに向けるとさらさらとした黒い髪が覗かせた。
そういえば、ライちゃんを抱き締めて寝たんだった。
もう、ライちゃんのことはちゃんと治したんだけど。やっぱり、きちんと治すためにはもう少し調整したい。
……という理由をつけて、ディオネから借りてきたんだよね。
ライちゃんってさ、抱き心地よさそうで気になっちゃって。
昨日、ライちゃんをしっかり治して、異端殲滅官になることがわかって、そのまま仕事して終わったんだよね。
で、そのときに借りてきたって訳です。
というわけで、抱き締めて寝たんだけど。とてもよかった、とだけ。
柔らかいしね。
にしても、この体すごいよね。とても、邪教の呪いから生まれたとは思えない。
にしても、昨日はすごかったな。ディオネが本気で怒ってたし。正直、ちょっと怖かったけど、私はディオネとの相性はよかったから。
私の恩寵は、手のひらであらゆるものを弾いて逸らすことができる。だから、どんだけ強力なディオネの拳も、受け流すことができる。
イェルクのは無理だけどね。手のひらでなんとかできる範囲じゃないし。
この子はすごいね、ディオネがあそこまで入れ込んでるんだもんね。人たらしめ、うりうり。うわ、ほっぺ柔らか。
「……ううん」
少しずつ目が開いていく。起きちゃった。
「おはよう、ライちゃん」
「……なんでお前と寝てんの?」
この子って、ちょいちょい口が悪いなあ。
「ディオネから、ライちゃんを抱き締める権利を得ただけだけど?」
「何を言ってんの?」
「治療をちゃんとするために、という理由でライちゃんの感触を楽しんでたの」
「……本当に何?」
眉が下がる。本当に困っている様子もかわいらしい。
これで、元男っていうのも信じがたいけど。体に引っ張られるものなのかもね。
「ちなみに、体の方はちゃんと確認したよ。あの悪魔狩りの魔女も大丈夫って言ってたから、問題なさそうだよ」
「ん、そっか」
小さく頷くようなその仕草もかわいらしいのずるいよね。
それにしても、ディオネはどうするんだろ。聞いた限り、この子を男として見ていて。男だからこそ好きになってそうなんだけど。
逆にシリルくんは、女の子として見ていて好きになってるんだよね。中身が男って知っているのに、そのままらしいし。
先行きはちょっと気になるけど。さっさと帰ってもらわないとね。
っていうかさ、この人たちが来てから面倒見てるせいで、本当にみんなに迷惑かけてるからよくないよね。
そもそも、私ってそういうキャラじゃないし。元々は治癒局は私じゃなくて、おばあさんみたいな人が仕切ってたんだけど、なんか私に任せて去っていってしまったの。
困るね。ちなみに本当に困っている。
困ったので、ライちゃんの頬をこねくりまわします。柔らかい。
「いひゃい」
「ごめん、ついライちゃんセラピーを受けたくて」
「……急に触るのやめてくんね?びびるじゃん」
もぞもぞ、と私の腕の中からすり抜けていく。そんな。
「しょうがないから、そろそろ起きるかな」
「なに、お前朝弱いの?」
「最近、君たちのせいでちょっと疲れてるの」
「……それはごめん」
冗談で言ってるのに、普通に謝ってくるしいい子だなあ。
平穏に生きてほしいね。
……とは言ってるものの。ライちゃん、ちょっとヤバイんだよね。
元々、邪教の呪いの器から生まれてたけども。その後異端実体を食べちゃって、尚且つ救世主の伝説をなぞっているバフを受けている。
だから、この子一人にとんでもないパワーが集まっちゃって下手すると破裂しそうだったんだよね。治したんだけど。
でもさ、一人にとんでもないパワーが集中してるからどうなるかわからない。分裂しちゃったりしてね。
まっ、それは置いておいてちゃんと起きてやりますか。ついでに、ライちゃんをなでなで。
「……何?」
睨まれるけど、意外と拒否はしないんだよね。こういう接触とかは、意外といいんだね。
「かわいいから」
「うざ」
なんて、悪態をついてくるライちゃんを連れてみんなのところに行く。
なんだかんだ、治癒局は人を泊めることができるので、そこで泊めてはいるんだけどね。さすがにちょっと、スペースを取りすぎだからさ。
「ねえ、別に手を握らなくてもよくない?ガキじゃないんだから」
「はいはい、君の体はガキ」
「ちぇっ」
そういえば、最近ここら辺でいやーな気配があったから、イェルクとエオスにちょっと確認してもらったけど、結局よくわからなかったな。
どうにも、ライちゃんに引き寄せられてるものな気がする。私じゃどうにもならなさそうだから、そこは任せちゃいますけど。
「というわけでみんな!帰ってね!」
みんなが集まってから、それを宣言した。
もう、ここにいる意味もないでしょってこと。
「そうね。私は元々成り行きだもの。魔術院に帰ろうかしら」
悪魔狩りの魔女のエヌマエーラさんは、本当になんでいるのかわからないけど、そのまま帰るんだってさ。
まあその。いてくれたから、解析とかは確認しやすくて助かったけどね。エオスから渡された邪教のナイフも、あの人の説明以上に調べられることもなかったし。
そもそも、呪いを解くのがメインで別に専門じゃないのにね。
「俺たちは先に帰ろう」
「そうっすね」
エオスとイェルクは、すぐに戻るらしい。
「エオスー、こんなところで暇してるような立場じゃないもんね」
「うぐっ、それはそうなんすけど」
まあ、ディオネ関連で緊急事態だったみたいだし?
イェルクも戦力としてさっさと活用してもらいたい。教会最強が、こんなところにいるんじゃないよ。
「私たちも、ゆっくり帰ります」
「おーおー、帰った帰った」
「……そんなに帰ってほしかったんですか?」
「こっちは忙しいからね。異端殲滅官やめたら、戻っておいで」
「考えておきます」
ノリで誘ってるけども、これは本気。
ディオネの方が、私よりも上手いもん。
にしてもね。ディオネって相当凹んでたというか、擦りきれてた気がするんだけど。ここまで復活するとは。ライちゃんすごいなあ。
……っていうか、ここの戦力密度がすごくてみんなびびってるから早く帰ってほしい。
私しか対応できないせいで仕事回ってないからね!
「なんかその、助かったよイリス」
「ライちゃんは、ちゃんとみんなの責任取ろうね」
「……」
はあ、とため息をつかれる。それできる立場かなあ。
君の被害者は思ったよりも多いと思うけど。
シリルくんとかずっと、ライちゃんのこと気にしてるけど話しかけにくそうにしてるよ!
……アクイラちゃんとかなら残っててもらっても構わないんだけど、あの子もディオネとライちゃん好きそうだしダメかな。
結局、ライちゃんは異端殲滅官やるのかな。
まあそれは、私に関係のない話か。
「じゃあね、みんな」
軽く見送ってあげよう。
それぐらいしかやることはないだろうし。
「じゃあ、先に行くっす!」
「また機会があれば会おう」
イェルクとエオスが去っていく。
「私たちも行きましょうか」
「そうですね、ディオネ様」
「またな、イリス!」
「……今度は手伝いとかで来るよ」
シリルくん、別に無理してそんなことはしなくてもいいよ。あっ、でも恩寵は治療に使えそうだし、よければ来てもらうか。
四人が、去っていった。
「残りは私ね」
「何か、やることでも?」
「いいえ?ただ――」
エヌマエーラが、妖しく微笑んだ。
「あの子たちは、まだ災難がありそうだなと思っただけ」
意味深なことを言って帰っていく。なんなの。
……まあいいや。
さて、今日も働きますよ。
私は、あのときに壊された像と違って、みんなの災厄を退けないといけないから。
治癒局所属、信仰序列6位――イリス。
みんなの不幸をすべて、弾き飛ばしていそうと思います。
治癒局編はここまで!
現在のライは抱き枕適正ありすぎてみんなに抱き締められているらしい