壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
帰ってきて、いきなり仕事をしてね!という連絡をアクイラ経由にもらったときは最悪だなって思ってたんだけどさ。
ディオネから、無茶すると閉じ込めるだとか、クソ野郎に殴り込みに行くだとか言い出すから無茶はできないしな。
なんてことを思っていたら、ヴァレンティナと仕事をすることになってしまった。
というか、そもそも王都を担当してるのはこいつとイェルクなんだっけ?
あーあ。イェルクならまだ、よかったのにな。
……まあ、一人で仕事できないからそうなるか。
「うふっ、ライ。よそ見しないで?」
「……お前は距離感が近いんだよ」
「あら、そう?ふふっ」
するり、と手が前に回されていく。髪が頬に当たって、くすぐったい。
こいつ、いちいち後ろから抱きついてくるんだよな。勘弁してほしい。
「何?」
「かわいらしいライを、楽しんでるだけよ?うふっ」
少しずつ、抱き締めていく力が強まっていく。
吐息が耳に触れて鬱陶しい。
「かわいくねーよ」
「かわいいわ?例えばここで、愛を囁くと顔を赤らめてくれそう」
「んなわけねーだろ」
「――愛してるわ」
体が強張った。さっきまでとは違って、真剣な声色に思わず固まってしまった。
「うふっ、ほらかわいいわ」
「……赤らめてはないだろ」
「そうね?でも、子猫と接してるみたいで、楽しいもの」
「おい、誰が子猫だ」
……この体になってから、扱いが全体的におかしいだろ。そもそも、抱き締められすぎだし。
いや、こいつは元からそうしてたわ。
「ふふっ、まあいいわ?仕事、だものね?」
「そうだよ、早くするぞ」
今回は馬車じゃなくて、普通に徒歩で歩いている。
まだ、この服装に慣れないな。
そう、この体になったせいでろくに服がなかったんだけどさ。なんか用意されてたんだよな。怖いわ。
元々、呪いの器として生まれたときはなんか服着てたんだけどそれしかなくて。イリスのところで、何着かもらったんだよな。
んで、法衣なくね?ってなったところを新しくもらったって話。どうやら、小さいやつがなっても用意できるように、すでにあったものなんだとか。
なんでだよ。確かに、異端殲滅官は若いやつが多いけどさ。
なんとなく慣れなくて、ひらひらと法衣を振ってみた。白い法衣に銀の装飾。目立つな。
元々、白い法衣は教皇のものだ。それににてるようなこれは、すごい特別感があるというか。
……周囲の視線が、なんかあれだし。
「で、今日は何やるの?」
「別に、そんな大したことはないわ。見回りよ」
「……あっそ」
仕方なく、ヴァレンティナの横に並んで歩く。
こいつの顔を見ると、見上げる形になる。
背がだいぶ小さくなったな。前は並んでた気がする。いや、向こうの方が上だったか。
「聞いた話だけども、どうやら不穏な影がいるらしいわ?」
「……不穏な影?」
「敵のようなものを見かけるけど、探してみても影のようなものしかいないってことよ」
……そんなものまでいたのか。治癒局にいたときに、そういえばイェルクとエオスが見回りしてたな。あのときもなんかいたのかもしれない。
だとしたら、こんなところにもいんの?ってことだけどさ。
「それって、見つけられるもんなの?」
「見つけるのは難しいんじゃないかしら?」
スッと伸びた手が、俺の頭をさらりと撫でた。なんだ、こいつ。
「あのさ、人を子供扱いしてない?」
「あら、あらあら。ライはまだ、大人のつもりなのね?うふっ、おかしいわ」
心底おかしそうに、くすくすと笑う。そのまま、撫でる手を止めることもない。
「だって今、撫でる手をまず止めてないものね」
「それ、は」
言われてはじめて、撫でられて別に嫌な気分じゃないことに気づいた。それに、この手を止める気がないことも。
「それに、ライはあの頃に比べて、だいぶ幼くなったわ?そんな、弱々しい子供染みた心は、大人ではないでしょう?」
くすり、と笑うその表情が妖艶に見えて。
俺よりもよっぽど、大人に見えた。
……ちょっと、ムカつくな。人のことをわかったみたいに言いやがって。
撫でてくる手を押し退けて、少しだけ背伸びする。
こいつの顔がよく見える高さ、同じだけの背丈になる。
驚いたように、ヴァレンティナの目が見開いた。
その額を、ぺちっと弾いてやる。
深紅の瞳が揺れた。ぱちぱち、とその目を瞬かせている。
「勝手に、人のことをわかった気になるなよ」
「……そう、ね?」
強がりでそう言ってみると、何もわかってないみたいに小首を傾げている。
「お前はいちいち、ベタベタしすぎ」
「……うん」
「うん?」
なんか、様子がおかしいな。こいつ、こんなキャラだったか?
うふふとかあははとか言いながら、怖そうな雰囲気だしてただろ、お前。
「ライは、変わってない……のね?」
「なんだよ。子供っぽくなったとか色々言ってたくせに」
「……子供っぽくはなったけれど。中身は、芯は変わってないのね?」
「なんだ、そりゃ」
言ってることがようわからん。
壊れたロボットみたいになってる。強く叩きすぎた?
少しだけおとなしくなった、ヴァレンティナの歩く速度が少し落ちる。小さくなったな俺の方が遅いはずなのに。
「えっと、ごめんな?なんかデコピンしちゃってさ」
「別に、いいわ。痛くはないもの」
「……じゃあ何?」
「そうね、少しだけ。ライのことが気になったわ?」
……気になった?何が?
ヴァレンティナの足が止まる。それに合わせて、俺も止まってヴァレンティナと目を合わせた。
「ディオネの代わりにいる、普通のあなたがいるのが面白かったけれど。普通に、あなただけでも面白そうだわ」
ヴァレンティナの口角が少し上がった。
そして、ヴァレンティナの指がしなやかに伸びて、俺の鼻先をつついた。
「ライのこと、やっぱり好きよ?」
いつも通りに、くすくすと笑うものだから。こいつの変化についていけなくて、大きくため息をついた。
「お前のことはよくわかんねーわ」
「私はライのこと、少しわかったわ。口が悪いけれど、いい人。あなたみたいなのが、神官の近くにいるのは毒ね?」
「えっ、何?毒呼ばわりされる流れだった?」
いい人から毒になることないだろ、普通。なんなんだよ。
こいつはやけに楽しそうだし。
それにしても、見回りって言うけど別になんもないな。特に何もいないような気がする。
「ライ、今のあなたって何ができるのかしら」
「……今度はなんかばかにされるやつ?お前、なんもできないだろって」
「そういうことじゃないわ。あなたの体のことは聞いたけれど、ディオネと同じような力があるの?」
ああ、俺の体のことが気になってたのか。
俺は今、なんか知らんが神聖力が沸いている状態だ。それで神聖印は使える。
それ以外にも、ディオネとなんか繋がってるので、ちょっとだけあいつの力も使えるらしい。
「俺の力は――」
そう言い出した時に、何かがスッと生えてきた。
ヴァレンティナからは見えない、俺の影に。
それと、目が合う。
ディオネと似たような顔つきの、黒い髪の女の子が俺の影からするすると出そうになってる。
と思えば、そのまま俺の影の中に戻っていった。
……見ない振りをするか。
「どうしたの、ライ」
「なんでもないよ」
「そう」
ぺたり、とヴァレンティナの手が俺の頬に触れる。
「何かあったら、聞いてあげるわ?」
妖しく笑うこいつも、やけに変わったような、変わらなかったような気がして。
今後、どうしていいかも悩みそうで困るなと思いながら、無駄に触ってくるこいつの手を振り払った。