壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
何かがするする、と体から抜けていく。
いつもと同じ、体の再生する嫌な感覚だ。
――からん、と何かが落ちた。体から抜けたものか。
視線を下に落とすと、地面には鎌が落ちていた。なるほど、体に刺さってたのはこれか。
二つ目が落ちた。今度は鍬。農具で滅多刺しされていたらしい。
どろどろ、と流れていた血液が体に戻る。
ふと、手を見た。べっとりと血がついていた。
戻らないということは、それは自分の血じゃない。
「やっぱり、私じゃ救えない……」
勝手に口が動いた。
……やっぱりこれはあれか、ディオネの夢か。
視界が暗転した。たまにこうやって、ディオネの記憶が流れてくることがある。
どれも、ろくでもない内容だ。
にしても、いつの間にか寝ていたらしい。
昨日は普通に疲れきっててすぐに寝たんだったな。
「つーか、体が再生するとすげー疲れるんだよな。……おっ、声が出た」
『あなたは、なんでそんなに平気そうに』
「うわっ」
暗い空間に、うっすら光る何か――ディオネがいた。それも、目の前に。
また、悲痛な面持ちをしてこちらを見ている。
『あなたを、早く帰さないと……』
「ばーか」
『いたっ、何を……』
ずっと、陰鬱な顔をしていたのでその額にデコピンする。
ここって、ちゃんと接触できるんだ。
「考えすぎ。せっかく綺麗な顔が台無し……って思ったけど、別にお前はそうでもないか。どんな顔してても綺麗だし」
ぽかん、と口を空けて呆けている聖女様の顔を見ながら、視界をぼやけていった。
『口説いてるんですか?』
ディオネの表情が、少し和らいだ気がした。
◇◇◇
あまり良くない寝覚めだ。目を開けると、朝焼けの光が部屋に入り込む。
気だるげな体を起こす。
起きたばっかなのに、すごい疲れてる気がする。
やっぱり、夢の中でも思ったけど体を再生させると、どっと疲れる。
……にしても、今日もディオネと夢らしきところで会うとは。あいつの魂が起きようとしてるんだろうか。
そうしたら、どうしようかな。帰りたいけど、放っておくのもやっぱりなー。
とりあえず、顔でも洗うか。
僅かに残った眠気が、顔を拭くと共にさっぱりと消えた。
「あ、ディオネ様……じゃなかった、ライ様でしたっけ。起きていたんですね」
「今日は早めに目が覚めて、暇だったな」
「いつも、ぐーぐー寝すぎなだけですよ。神官は結構、起きるのが早いですからね」
入ってきたアクイラはすぐに支度を始める。
……ずっと思ってたけど、アクイラの存在はありがたいよな。
この世界にきていきなり生活できるわけないから、すごい助かってる。
やっぱ、アクイラ以外ダメだわ。
ヴァレンティナもちょーっとだけ、まともかなと思ったけど、ダメだわ。
あれ、気に入られてもヤンデレみたいなもんだろ。
そういえば、昨日のヴァレンティナを見てて思ったんだけど、名乗りとかやるんだな。
俺もやった方が良かったりする?
なんて名乗るんだっけな。異端殲滅なんたらかんたらとか。
……所属みたいなのがあるんだ。ディオネってどうだったんだろう。
信仰序列、とかが何位とかも言ってたな。
「ねえ、アクイラ」
「はいはい、なんですか?この法衣って、なんかあまり汚れてないですね」
「ああ、体が復活してるときについでに汚れ取れてるんじゃない?いや、それは置いといてさ、信仰序列って何?」
「ああ、それはそのままの通りで、信仰の強さをランキングにしてるんです」
「……信仰の強さってランキングにできるようなもんか?」
「うーん、それこそ神聖力の強さだとか、神聖印の強さだとかでわかるみたいですよ?」
それで測定できるもんなんだ。
ヴァレンティナって第5位って言ってたよな。アクイラは最下位らしい。
教会ってさ、見る感じ人結構多いはずで、数万人ぐらいの神官がいてもおかしくないわけで。
その中で5位ってすごい高いし、最下位は低すぎないか……?
ディオネは何位なんだろう。高いのかな、聖女だし。それこそ、1位だったりして。
いや待て。
「それって教皇が1位だったりするのか?」
「あー、その教皇様みたいな上層部の方々は序列内には入ってないんです」
「えっ、なんで?」
「その、入れるのも失礼だとかそういうのじゃないんですか?」
「免除されてるんだ」
「免除って……噂によると、本物の狂信者に序列が負けてしまうと権威が薄れるって話もありますよ」
権威が薄れるって、教皇ってそんな偉いものか?
偉いわな。教会ってかなり大きな組織だ。そのトップを張るってなればそうなるか。
にしても、狂信者ねえ。ヴァレンティナは普通にネジが外れてるし。あいつの方が上層部よりも上でもおかしくないな。
……いや、あのクソ野郎もそういや枢機卿か。だったらいい勝負か?
「そういや、昨日ヴァレンティナがなんたら局所属みたいなの言ってたんだけど。神官ってもしかしてそういうのあるの?」
「ああ、ありますよ。例えば悪魔祓いが得意なら、祓魔師になりますし、回復が得意なら治癒師になったりします」
「ふーん。異端殲滅官ってわかる?」
「……それ、私は知らないのでたぶん一部にしか知られてないやつだと思います。これ、知った私が消されたりしないですよね……?」
「えっ、そんなやばいやつ?」
「やばいやつかもしれないです」
……まあ、大丈夫でしょ。
にしても、所属も色々あるんだな。
ヴァレンティナとかは秘密の部隊に所属してるみたいなもんなのか。ディオネもたぶんそうなんだろうけど。
「気になるなら、枢機卿に聞いてみてはいかがですか?」
用意されたパンを食べて、スープを飲んでるときにあの男の嫌な顔が思い浮かんで、手を置いた。
「食事中にあのクソ野郎の話をするのはちょっと」
「どんだけ嫌いなんですか。でも、今日は仕事はないですけど、枢機卿が会ってほしいと」
「…………はあ」
会いたくねえ。
初対面で腕切ってくるやつと会いたいやついないだろ、普通に。
……まあ、しょうがない。文句だけ言いに行くか。そのまま帰ろう。
「わかったよ、帰ったらアクイラに癒してもらおう」
「うわ、なんですか。まあ、いいですけど」
「すきー」
「気持ち悪」
◇◇◇
アクイラに叩き出される形で、クソ野郎――枢機卿のところに向かうことになった。
……というか、すでに枢機卿の目の前に来ている。
教会本部、とかいうお偉いさんがたくさんいる場所でこっそりと案内されて、秘密の部屋らしきところに来た。
扉を開くと、重苦しい空気の中に一人の男が椅子に座っていた。
赤く、金色の装飾が施されている法衣。それは枢機卿の証らしい。
「おや、ディオネさん」
こちらに気付いて、その顔を上げた。
――枢機卿グレゴリー・コーエン。俺をこの世界に呼び寄せた本人。
「俺になんか用って聞いたけど」
くつくつ、とグレゴリーは笑う。
「あなたは相変わらず口が悪いですね」
手が、僅かに動いた。腕を切り落とされたあの時を思い出して、思わず体が強張った。
「……何か御用でしたか、枢機卿」
「別に、口が悪いぐらいで処罰はしませんよ。それで、どうですか?仕事の方は」
なんとか、息を整えて用意されてる椅子に座った。
「……一人でやらなくてもいいなら、それを先に伝えてくれませんか?」
「あなたが音を上げてからにしたかったのですが。にしても、しぶといですねえ」
枢機卿が、こちらを見ながら目を細めた。鋭い視線とぶつかる。
「しぶとい?この体は死なないから、普通では?」
「あなたの魂の話ですよ。内側に入った異なる魂でも、擦りきれるぐらいボロボロになったなら、閉じこもってる聖女も出てくると思ったのですが」
本当にこいつ最悪だな。
聖女の炙り出し目的もあったのかよ。
思わず、握った手に力がこもる。
「はっ、俺が耐えれたせいで目論見が外れて残念だったな」
「いえ、あなたが聖女の代わりをしてくれるなら、それでも構いませんよ。それと、せめてここ以外ではその口調は封じてくださいね」
ざまあみろ、と鼻を鳴らしてみるけどダメか。どっちでもよかったってことかよ。
「では、私が壊れて聖女様も出てこない場合はどうするんですか?」
「そんなことにはならないでしょう。聖女ディオネは、自分が動かなければ助からない命があることを理解している。それでも、今は疲れて眠っているだけですよ。いずれ、勝手に出てくることになる」
「……じゃあ、少しぐらい休ませてやればいいのでは?」
ははは、と枢機卿は笑う。
「疲れたぐらいで休ませておけると思いますか?異界からの来訪者であるあなたの方がわかっているはずですよ。この世界は、とてつもない不条理に包まれている」
枢機卿と目が合う。
とてつもない不条理、か。そんなことを言い出したら、村を焼いたりしてるのもそれに当てはまるだろ、と言いたくなるけどたぶんそういうことじゃない。
あまり外に出ていない俺でもわかる。毎日、あの異端実体とやらが出てくるような世界は、まともじゃない。
俺が遭遇してないだけで、悪魔とかもいるらしい。そういうのを対処していくためには、この寝ぼけた聖女の力でさえ必要ってことか。
気分がよくない話だ。
「……そうですか。理屈はわかりましたが、納得はできませんね」
今日の夢のディオネを思い出す。
あんなガキを追い込まないといけないのが正しい、なんて俺は思いたくない。
――口説いているんですか?
マシな顔を見たのはあの瞬間だけだった。笑ってくれるならいっそのこと口説いてやろうか。
「まあ安心してください。異端実体がこれだけ発生しているのも、ここ最近だけです。そして、それもそろそろ終わりますよ」
これは異常発生だったのかよ。
「では、なぜ異端実体がそんなに発生を?」
「最初に異端実体の話をしましょうか」
枢機卿は大きな紙を取り出した。
「この世界には、あなたも聞いたかもしれませんが悪魔という存在がいます。別世界から、門のようなものを作り、この世界へとやってきます」
さらさら、と紙に文字を書く。読めないがたぶん、悪魔のことを書いているんだろう。
そこに、小さな絵を張り付けた。羽根が生えた人型の存在、人間とは目や耳、牙などが違う異形。
おそらくこれが悪魔か。
「悪魔はこの世界にやってきて、人間を襲ったり企みによって、人を堕落させます。それを、我々神官が止める必要があります。やつらは神と敵対していて、神の庇護を受けている我々人間を狙ってきます」
四足歩行の獣のようなもの、手が異様に伸びた熊のようなもの、触手がいくつも生えた丸い何か、その絵が貼られていく。
「それとは別に、ただこの世界で暴れまわる化け物たちがいます。それが、異端実体と呼ばれる存在です。やつらは別世界からやってくる悪魔と違って、この世界に生まれたものです」
貼られた絵はどれも、俺が遭遇したことのあるやつだ。
「異端実体の性質はおおよそ悪魔と同じ。神聖力に弱く、人間を襲う。神聖力が通用するので悪魔と何かしら関係があるのかもしれませんね」
「では、悪魔とあまり変わらないのでは?」
「そうでもありません。悪魔は、この世界ではある程度力が制限されています。おそらく、この世界に来るまでに何かしら消耗しているのでしょうね」
「それはつまり、異端実体の方が強いと?」
「ええ。とはいっても、悪魔にも強いものと弱いものがいて、強い悪魔は異端実体を遥かに凌駕することもありますが」
変な話だ。神と敵対してるはずの悪魔の相手の方が楽ってか。いや、異端実体も敵対してるかもしれないが。
「そして、異端実体は勝手に発生するわけではありません。何かしら、発生させる存在がいます。まあ、これはその時々に変わります」
「発生させる存在?それこそ、悪魔とかですか?」
「いいえ、そういうことではありません。まあ、これに関してはそのうちわかります」
「……そうですか。で、そろそろ発生が終わるというのは?」
「発生源の場所がある程度わかったからです。発生し出した頃に、子供が失踪するという話が出ました」
子供の失踪……?どこかで聞いたような。
そうだ、祈祷をしにいったときにそんな話をしていたような。
「子供の失踪地域を調べていたところ、どの子供も一部の場所に向かっていた、という話がありました」
「……その場所に何かがいる?」
「ええ。子供を攫うような何かがいて、それが異端実体を発生させているのではないか、ということです」
なるほど、それを解決すれば当分異端実体は出なくなるってことか。
「あなたを呼んだのはこの件を解決してもらうためです」
「……今回も助っ人を用意してくれますか?」
その言葉を待っていたかのように、枢機卿は口角を上げて微笑を浮かべた。
「あなたの同僚たちが、あなたと一緒に解決してくれますよ」
「同僚?」
「ええ。そういえば、まだヴァレンティナとしか会ってなかったですね」
やっぱり、ディオネが所属しているのは、ヴァレンティナと同じところなのか。
確か――
「――異端殲滅局、異端実体をはじめとした教会に仇なす存在を全て殲滅するための集団、あなたの所属してる部局ですよ」
「物騒な名前」
「どうせなら、顔合わせしてきますか?」
「え?」
「そのつもりで呼びましたので」
ヴァレンティナみたいなのがたくさんいるってこと?
……帰りたいなあ。
そう思いながらも、それも仕事なら仕方ないかと覚悟を決めることにした。
TIPS:所属
神官たちは所属した部局によって振り分けられる仕事が決まる
組織構造は以下の通りで、神官はいずれかに所属する
上層部(教皇・枢機卿・司教など)
├─ 祓魔局
├─ 神罰執行局
├─ 通信局
├─ 治癒局
├─ 補助局
└─ 事務局
話の方針、どれが好き?
-
緩め
-
暗め
-
えぐめ