壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
熱風が吹き荒れる。
「うふふっ、あはは」
ヴァレンティナが手に灯した火に、ふーっと息を吹き掛けると、火が霧散して蝶のように形状を変化させた。
そして、それらは拡散して飛びかかってくる獣に触れる。
ぱちり、と火が弾けた。
その瞬間、ごうごうと獣たちが燃え上がり、火にくるまれていく。ヴァレンティナにたどり着く前に、形を保てずに灰になって朽ちていった。
「――」
叫ぶような、唸っているかのようなその声を上げて、消えていく。
「……消えて」
そして、クラリッサが前に立って、手を翳す。口元から、白い息が漏れている。
風が吹くと、周囲に立ち込めていた冷気が一気に獣の方へ向かっていく。
今にも飛び掛かりそうな獣たちの足を凍り付かせる。そのまま凍結がみるみる、全身を覆っていき、気づけば氷像がいくつもできていた。
相変わらずこいつらの恩寵はえげつないな。
一応、俺も向かってくるやつはどついて倒してるんだけどさ、二人とも範囲攻撃だから、あんまりやることがないんだよな。
まあでも、ディオネの身体強化の力はあってよかったな。だって、寒い攻撃と熱い攻撃がバンバン飛び回ってるからさ、普通状態でいるとやばかったと思うんだよね。
寒いし、熱いしさ。
「……ライ、大丈夫?」
クラリッサが、氷像にした獣たちを背にして、心配そうに――とは言っても表情は動いてないが――こちらを覗き込んでくる。
「よそ見してまで心配しなくても」
「……問題ない、よ?」
パキパキ、と崩れていった氷像を通りすぎて、獣たちがクラリッサの背後に飛びかかるが、ぴたりと止まった。
「……そこの周囲ごと、寒くしてるから」
もう、獣たちが凍りついている。
そして、クラリッサがそれに触れると、綺麗に崩れていく。
「あら、あらあら。ふふっ、ライが戦わなくても私たちだけで十分そうね?」
くすくす、と笑いながらヴァレンティナは、その背に炎を巻き上げている。
炎の中に、獣らしき影が見えたと思えば崩れていく。
……これに一回燃やされたのか。そりゃ、トラウマになりかけるぐらいにきついわけだな。
「うるさいな、お前らがやりすぎなんだよ」
「うふっ、そうね?」
「……ん、ライはなにもしなくても、いいよ?」
「そうかよ、じゃあ任せた」
なんて、言いながら二人の後ろに行く。
……で、終わらせるのもなんかむかつく。
結局さ、神聖力垂れ流せばよくない?
そういうことするのは、効率が悪いからなんだから。
でも、なんか知らんけどこの体はやたらと神聖力が溢れてるらしい。
だから、それをぶっ放してもさ、いいんじゃない?
そう思って、イメージを浮かべる。
そういえば、今のままでもディオネの時と同じように祓魔を使いにくいとかあるんだろうか。
まあいいや。
体内の神聖力を探る。ぐるぐると回っているのがよくわかる。
だから、体に出口を作るようにイメージして、一気に流す。
手のひらに、一気に神聖力を集めていく。
少しずつ、光の粒が漏れていく。
なんか、綺麗だな。
手を振るうと同時に、これを一気にぶん投げるイメージで。
急激に自分の目の前から、波のように神聖力が流れていった。
「……ライ?」
クラリッサが急に振り向いてきた。いつもと違って、目を見開いている。
「なにこの、神聖力?」
ヴァレンティナは、いつも浮かべている笑みが消えている。困惑したように、周囲をキョロキョロと眺めている。
二人を通りすぎて、獣たちに突き進んでいく。
眩しい何かが一気に駆け抜けていく感じに見えて、幻想的かもしれない。
向こうにうじゃうじゃといた、獣たちが一気に止まっていく。
その場で座り込んで、するすると消えていく。
ぺたり、と何かがいくつも落ちていくのが見える。
「……ライが、やったの?」
「うん。ってか、なんか落ちてるな」
もう、獣の鳴き声は聞こえない。あれでなんとかなったのか。
「ライって、特殊な状態とは聞いてたけれど。あなた、規格外過ぎないかしら」
「異端殲滅官に言われると、なんかやだな」
「……この広範囲で、その量の神聖力は、普通は出せない、よ?」
「そういうもんか」
この二人に言われると、いよいよおかしいんだなとわかっていく。
……ぐらり、と少し体が揺れた。
うん?なんか、変だけど問題ないか。
獣たちが居た場所を見に行く。……たぶん、元になっている獣たち、その死体がそこに落ちている。
これはたぶん、死体に取りついてるみたいなもんなのか。
だとすると、こいつらはなんで取りつかれてるんだろう。
この前の山のことを思い出す。あそこにはたくさんの怨念があって、それが呪いと結び付いていた。
だったら、こいつらにもあるのか?そういう、怨念みたいなのが。
「……ライ、もう敵はいなさそう、だよ」
「ああ、そうだな。お前らよりも俺が早く倒しちゃったし」
「ライのは卑怯よ。あんなの、だいたいの異端実体が倒されてしまうわ?」
「これ、異端実体なの?」
「……普通の悪魔とかじゃないし、たぶんそう?」
「たぶんそうね?」
こいつらもそういうのあんま判別できないのか。
悪魔かどうか、ってだけ?
――どくん、と不意に鼓動が跳ねた。
体の中を何かが渦巻いている。
なんか、おかしい。うまく立てない。
思わず、膝をつく。
「ライ?どうかしたのかしら?」
「……わかんね」
答えるぐらいならできるのか。
何かが、足りない気がする。なんだ、これは。
……ああ、そっか。体の中にあったバカみたいな神聖力が、一気に溢れ出してたから。
それを使いすぎて、バランスが崩れてるんだ。
イリスが、うまくやってくれたから。まだ、なんとかなってるのか?
「……ライ?」
「あはは、ガキが二人いるよ」
おかしい。俺じゃない俺が答えている。
下を見ると、そこからするすると俺の顔が生えていく。
それが、いくつも。
「……こんな世界滅ぼしてもよくない?」
「アクイラに甘えたいなー」
「先にあのクソ野郎をぶっとばしたいだろ」
「そういや、イェルクとかどうしてんだろな」
「俺は魔術院とか気になるけどな。エヌマエーラ以外のやつとか見てみていし」
「ディオネをこれからどうやって宥めていくかとか、考えた方がよくない?」
「そもそも、俺って帰れんの?」
「やっぱ、からかうならシリルだよな。ガキでも、少年って感じのやつの反応が一番面白いだろ」
「そろそろ抱き締められる立場は勘弁したいよな」
なんだ、これは。何人もの俺が溢れてる。
口々に好き勝手言ってる。たぶん、俺が思ってそうなことを。
気持ち悪い。体が、うまく制御できない。
溢れた俺が、重なっていく。
そこに自然と、俺も飲まれていく。
「……ライっ」
「ライ、これはどれもライでいいのかしら?ああ、もう!」
焦ったようなヴァレンティナとクラリッサの声が聞こえた。
そっちに手を伸ばそうとして、でも届かない。
あの二人も、溢れた俺に阻まれてこっちにこれない。
たぶん、遠慮して恩寵は使ってないんだろな。
……ああくそ、調子乗って神聖力使いすぎた。
こういうこと起きるなら先に言っとけよ。いや、誰もわかんないだろうけどさ。
……なんだ、眠いな。
罪悪感を抱えたまま、ゆっくりと眠りについた。
◇◇◇
そこにいるのは、無数のライ。
それが、影から溢れていく。
本来は、呪いの器としての特殊な性質を、溢れ出てる神聖力で抑えていたはずなのに、その枷が外された。
その身に宿った呪いの器が、本来の力を取り戻していく。
どれも、同じ見た目でありながら、すべてが繋がっているように見えるように、何人ものライが結合してるような、怪物が形成されたと思えば、何人かがぽとりと落ちる。
獣たちの亡骸を、その身に抱えて取り込んでいく。
どれもこれも、悲しそうな表情をしながら。
その様子を見て、ヴァレンティナとクラリッサは、何もできずにいた。