壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
ゆっくりとした意識のまま、獣の亡骸を抱えている。
周囲に、捨てられるようにして落ちていたから、それを思わず抱き抱えてしまった。
俺……俺たちがこれを拾ってから、なんとなくこいつのことがわかった。
これも、異端実体なんだ。怨念……というか、病気だとか人間とか他の動物に襲われて、死んでしまった獣たち。
それが、俺に当てられるような形で、ああなってしまったってことだけだと思う。
……あーあ、なんかさ。俺がこっちやってきて、いいこともあったんだろうけど。
それよりも、俺のせいで色々と起こりすぎ。
にしても、どういう状態なんだ。視界は塞がっているような感覚がする。なにかに飲み込まれて、体を動かせたりはしないのに。
周囲の様子はなんとなく把握できる。
これは一体、どういう状態?
魔獣とでも呼ぶべき獣たちは、たぶん俺のせいで発生していて。
それを倒すために変に神聖力垂れ流したから、バランスが狂って俺の中身が暴走してしまっていて。
目の前にいるクラリッサと、ヴァレンティナは慌てている。
「……ライ、ライがたくさん、いる?なっ、なんで」
「あなたって慌てることあるのね?っていうよりも、これは……どうすればいいかしらね」
……まあ、そうだよな。急に増殖してる俺を、なんとかできるわけないし。
というか、問答無用で倒しに来るかと思ったけど、そうでもないのか。
……これ、なんとかできるのか?
「あはっ」
俺の一人が、歩いていくのが見える。何人もの俺がくっついて、ここにいる俺は身動きが取れないのに。
こうやって、何人かの俺だけが動き出している。
……なんだこりゃ。そもそも、くっついてるこの俺の集合体はなんなんだよ。
「あはは、おもしろ。めっちゃ俺が増えてるじゃん」
俺の一人が、にやりと笑う。
……いや、なんかおかしい。口角が上がっていくのがわかる。なんだ、これ。
その笑顔はやけに歪で、その奥に悪意が潜んでいるのが見える。
また、一人の俺がするり、と俺の集合体から抜けていく。
それが何度も続いて、何人も。
「やっぱりさ、この世界ってムカつくよな」
「散々、人を痛め付けてくれてさ」
「別に、恨みがあるってほどじゃないけどさ」
「ちょっとぐらい、気が晴れるまで暴れててもいいよな」
あはっ、と何人もの俺が笑う。
……まずい、これはやばい。俺が敵になろうとしてる。
しかもなんか、制御できないし。これ、あの巨大な異端実体取り込んだのが原因とかだったりするのか?
あー、もう!わからん!
……助けてもらうしかないか。俺、いっつもそのポジションじゃね?
救出を待ってるお姫様かっての。
「あーあ、きっついなあ」
独り言が漏れる。ああ、喋るぐらいはできるんだ。
「……クラリッサ」
「……ん、このライたちはここで止める」
仲の悪い二人が、俺を止めるために一致団結してるらしい。
そこに、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべた数人の俺が向かっていくのが見えた。
◇◇◇
「やっべ……」
ライが、急に頭を抱えている。元気を取り戻したと思ったら、なんかこれだしどうしたんだ。
「ねえ、シリル。私がさ、こう……分裂してたとしてさ」
「……うん?」
「なんかそのまま、暴れそうになったらやばいかな」
「……よくわからないけど、やばいんじゃない?」
「だよなー!あー、もう!」
なにそれ。その口ぶりだと、暴れるってことなんじゃない?
……いや、そうじゃない。そうじゃなくて、それだとまるでライが分裂でもした、みたいな?
確かに、このライはいつもに比べて変だけどさ、そういうことなの?
「……よし、行くぞシリル!」
急に立ち上がって、俺の手を掴んできた。突然だったから、少しだけびっくりする。
引っ張られるようにして、連れていかれそうになるのを、なんとか手を解放してもらって阻止する。
「えっと、どこに?」
「んー、まずはディオネとか連れていくか。余裕があればイェルクも見つけたいな。そのまま、クラリッサとヴァレンティナを回収したい」
「ごめん、なにもわからない」
「まー、そうだよなあ。いやそのね、このにいる私って、君たちの知ってるいつものライとは違うんだけどさ」
……やっぱり、そうなんだ。いやでも、分裂?
確かに、ライの体は特殊だけど。
いやいやいや、そんなことが起こるのか?起こってるんだろうなあ。ライだからこそ、理解できるというか。
「それで、なんかこう暴走したみたいな」
「なんで?」
ごめん、理解できないかもしれない。
「なんでだろうね?なんか、やったんだろうな。それは置いといて行こうぜ!」
「勢いでごり押しすぎでしょ」
「うるさいな、好きな子の頼みは聞くもんだぞ」
どきり、と鼓動が跳ねた。フッと頬を緩めるライから視線がうまく離せない。
「……ライと違って、そういうのずけずけ言うの、何?」
「こっちの私は、自分のクソボケさを自覚してるからね」
「タチ悪い」
「知ってるよ。こう、好かれてるって自覚するのも悪くないな」
あはっ、と笑うその笑みが憎たらしい。
……やっぱり、なんで俺はこんな人を気になってしまったんだ。
いや、俺以外もだけど。本当にこいつ。
「……どこ行けばいいの?」
「おっ、いいね。とりあえずディオネんとこね。まず、状況がわかるようでわからんから」
「そう、わかった」
「急に、物わかりいいじゃん?」
こてん、と首を傾げるその仕草に、ふと目を奪われた。ああもう、こんな自分が嫌になる。
「……好きな子の頼みは聞くもんじゃなかったの?」
「おっ、告白か?クソガキは範囲外だよ」
「うるさいな」
ばしばし、と肩を叩いてけらけらと笑うその様子がなんとなく気に入らなくて。
ライの手をぎゅっと握って、掴んだ。
「……どうした?」
驚いたように、ライが目を見開いている。
「別に。行くよ」
「おう。……こういう手を握ってるときってどういう気持ちなん?」
すぐにこういうこと聞いてくるし。……いや、ちょっとニヤついてるからわざとか。
もういいや、好き勝手言ってやる。
「なんか柔らかいなって」
「きしょ」
「……そっちから聞いたんでしょ」
「お前らなんか、ゴツゴツしてんね」
「それも前に聞いたよ」
……状況がやばいのはわかるんだけど、こっちのライを止めてくれない?
今から行く、聖女様に任せるしかないか。なんとかしてほしい。アクイラって人の方が、なんとかしてくれるかもしれないけど。
「やっぱ、男同士みたいで気楽でいいね。あっ、私女の子だった。あははっ」
……無視してやろうか。
「そういや、私って増えたじゃん?そうなると、シリル的には一人ぐらい欲しかったりする?」
やっぱり、無視できないかもしれない。
「欲しいって言ったら?」
「そうだなあ、お前がちゃんと大人になってても気持ちが変わらんなさそうなら、もらってくれる?……なんてね」
「……なんでそんな楽しそうなの?」
「状況がやばいから現実逃避してんだよ。ガチでどうするんだよ、何人にも増えた私とか」
……とりあえず、事態を把握するのが先か。
――もらってくれる?
さっき、くすりと微笑んだライの表情が頭の中をぐるぐると回りそうになった。
この人たぶん、みんなにこんなことしてるんだろうな。
そんなことを思いながら、握った手の熱が伝わってくるのを感じた。
シリルくんはいじられてる時が一番輝いてる
嫉妬してるディオネと同じだね