壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
「ああ、もう。キリがない、わね?」
ふーっ、とヴァレンティナが疲れたように息を吐いた。
周囲には、炎がごうごうと燃えている。
「何が?」
「そうやって、また燃やすんでしょ?」
「やってみてよ」
増殖したライが、ゆっくりと群がってくる。
「――あはっ」
一人が、下卑たように笑うとその体がぐにゃりと変化する。
不定形になったそれが、一斉にむらがってきて、ヴァレンティナの周囲の炎が揺らめいてそれを焼こうと急激に広がっていく。
それを、私は動けずに見ている。
「捕まえたよ、クラリッサ」
ただ、ライの一人に抱きしめられてるだけなのに。
なぜか、私は動けずにいた。
周囲には、いくつもの凍りついたライたちがいる。
別に、害してくるような雰囲気を感じないけど。それでも、なんとなくこれは危険だとわかって、対処しようとしたはずなのに。
「……離してくれる?」
「そっちが、無理矢理離せばいいじゃん?」
「……それ、は」
なんでできないのか、それがうまく言葉にならない。
「クラリッサはさ、俺が触ったときにすごい興味を示していたよね。それで、ディオネが触ったらだめみたいな話もしてた」
ゆっくりと、ライの言葉が私の耳から侵食してくる。
「そこまでくると、普段から人と触れあったりしてないってのはわかるじゃん?表情もうまく動いてないし。だからさ、こうやって抱きしめ合うのとか、嬉しいんだろうなって」
その言葉に、鼓動が跳ねた。
そう、なのかもしれない。あまり意識したことはなかったけど。
「だって、人と触れあったこととかなさそうだもんな。たぶん、触った人が凍りついてしまうとか、そんなんじゃないん?」
「……よく、わかるね」
「誰でもわかるって」
そう、なんだ。わかるんだ。
生まれてきてから、別に私は普通の人だった。人形みたいで、不気味なだけで。
――表情が凍りついてるみたいで気持ち悪い。
いつしか、そんなことを言われた。私は、何を考えているかわからなくて気持ち悪いらしい。
それだけじゃなくて、人のこととかもあまり理解できたこともない。
きっと、私は欠陥品なんだ。それだったら、氷像にでもなった方が、それらしいのかもしれない。
ふと、そんなことを考えたせいだろうか。触れた人が凍りつくようになってしまったのは。
それだけじゃなくて、冷たいものならなんとなく自分みたいで、安心できるだとか。色々と思ったことはあるだろうけど。
あらゆるものを凍らせて、私の体はとても冷たくなってしまった。そんな私を利用するように、グレゴリーは私を異端殲滅官にした。
それに、何か嫌だと思ったことはないけど。
……でも、いつしかたまに寂しくなってしまって。
こうやって、温もりを求めていたんだろうなとわかってしまった。
私はきっと、人形じゃなくて人間になりたいから。
「クラリッサ、俺たちは触ってるだけじゃ凍らないよ。だから、一緒に行こう?」
柔らかく、甘いようなライの声が、じわじわと侵食してくる。
「……ライは、そんなずるいことしないと思う」
でも、それを否定するような声が出た。
自分でもびっくりする。これに抗えそうになかったから。
抱きついてるライを引き剥がした。
「へー、いいの?触りたいんじゃない?」
「……そういう、ベタベタしてるのは、苦手」
ぺたり、とライに触れる。冷気が一気に吹き出した。
「……なんだ、お前意外とちょろくないじゃん」
「……普段のライなら、ころっといってたかも」
「はいはい」
あはは、と警戒に笑いながらそのライが凍り付いた。
「……ちょっと、手伝ってもらえる?」
「……ん」
ライに囲まれながら、それをなんとか炎で遠ざけているヴァレンティナに、恨めしげに睨まれる。
……そもそも、このライたちは燃やしたりしてもいいのかな。
と思ったけど、本体らしきのはあれの奥にいる気がする。
肥大化した、ライの集合体。
ぶよぶよの塊から、いくつものライが顔を見せている。そこから、何人かが溢れ落ちる。
「まだ、遊んでくれるの?」
「あはっ、二人ともやっぱ強いね」
「そうやって、俺たちを何人殺すの?」
……この存在は、正直何を目的としているのかもいまいちわからない。ライの気持ちの一部のようで、そうでもない気がする。
少なくとも、これは膨れ上がった呪いの塊だから、なんとかしないと。
あんなにタチの悪いやつを、放置してはおけないから。
◇◇◇
……はあ。
自己嫌悪に陥ったまま、ライさん……ライちゃん?の隣で歩きます。
「どしたの、ディオネ」
「……なんでもないですよ」
不思議そうに眺められますけど、なんと答えていいのかもよくわかりません。
最近の私は、どうにも感情に振り回されすぎています。
ライさんのことを考えてると、制御できなくて。
でも、しょうがないじゃないですか。駆け落ちだとか言ってたライさんが、なんかシリルと手を繋いで帰ってくるし。
冗談で好きとか言ってくるし。
かと思えば、どうやら非常事態のようで。敵みたいになってしまった、増えたライさんに抱きしめられてしまって、そのまま動けませんでした。
……私って、そういう人じゃなかったと思うんですけどね。
深呼吸をする。
聖女と呼ばれていた私は、たとえどれだけ嫌なことがあったとしても、それを平然と受け流すことができたはずだから。
もう救えないような人の命を奪ってしまったりだとか、そういうときみたいにすれば、きっとやっていけるから。
「……それよりも、ライさん」
「ん、何?」
「なんで、私にぴったりとくっついてるんですか?」
なぜか、ライさんが私に引っ付くみたいにして、歩いています。近いどころじゃないんですけど。
「んー、私の影からうようよ沸いてきたじゃん?だからさ、私そのものが危険みたいな感じかなーって」
「まあ、そうかもしれないですけど」
「だったら、とりあえず一番強そうなディオネのところいたら、変なことがあっても対処してもらえないかなって」
「……なるほど」
正直、ライさんの姿で迫られたらちょっとやりづらいですけど。あれはきっと、ライさんの本心とは違ってそうですから。
それだったら、なんとかなるかもしれません。
まあそれはともかく、とりあえず私たちはそのライさんの発生源というか、そのヤバい状態になってるライさん本体のところを目指しています。
他に手伝ってくれそうな人もいないですしね。
例えばエオスとかはいけそうな気がしますけど……あのライさんは放置しておくと、あまりよくない気がしますから、さっさと対処した方がいいでしょう。
「……聖女様、大丈夫ですか?」
「うーん、その呼び方以外ですかね?」
「えっ?」
「いい加減、やめないですか?その呼び方。ディオネでいいですよ」
「いや、それは……」
ずっと、名前でいいと言ってるのに、なかなかシリルは呼んでくれない。
あなたは、ライさんを取り合う仲なのに。そんなよそよそしくされても。
……まあ、私が最終的には貰うんですけど。
いけない、こんなことばっかり考えていると、付け込まれてしまう。
気をしっかりと持つようにしながら、前を向くと、突然ライさんに手を掴まれた。
……いや、これは影から?
「つーかまえた」
明るく響くような声が、反響する。
ぐるり、と視界が急に別のものに変わった。
そういや、章を切り分けてなかったなと
新章ではさらに多くのライが登場