壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
かつかつ、と足音が響く。
枢機卿に連れられて、俺は通路を歩く。
誰ともすれ違わない。ここは教会の本部、神官たちがいくらでもいる場所だったはず。
「人がいないのが気になりますか?」
「……いえ、別に」
俺は今、枢機卿の後ろに付いて歩いている。こいつはこっちを向いていないのに。
なんで、人が気にしてる様子がわかるんだよ。気味の悪い。
「ここは、一部の者のみが通れる通路ですから、普段は誰も通らないのです」
「それは掃除が大変そうですね」
「ふむ、では今度からあなたが掃除をしてみますか?」
「今の仕事をするぐらいなら、そっちの方がいいですね」
と、軽口を叩いている間に大きな扉の前に到着した。
「着きましたよ」
「……ここが?」
「ええ。滅多に集まりませんがね。
……我々?
こいつも、一応それの一員みたいな扱いなのか?
枢機卿って、所属とかなくない?
……まあいいか。そんなこと考えてる場合じゃない。
だって、扉の奥からとんでもない圧を感じる。嫌な感覚が、悪寒が背筋を這っていく。
気持ち悪い、震えた手を握りしめて誤魔化した。
「では、開けます」
――ぎぃ、と扉が開いた。
枢機卿がその中に入っていく。
深く息を吸う。一歩、室内へと踏み込んだ。
冷や汗が伝う。
「あら、あらあら。昨日ぶりね?ライ」
瞬きの間に、目の前に銀の髪が揺れて、深紅の瞳がこちらを見た。
そのまま、なぜか俺の後ろに回ってくる。
「暑苦しい」
「好きよ、そういう態度。ディオネらしくないもの。ねえ、ライ」
ヴァレンティナがしなだれかかって、髪が頬を掠めてくすぐったい。
ぎゅ、と抱き締めてきた。暑い。
適当に名乗った俺の名前をやたらと呼んでくるし。
……いや、違うか。俺の名前を周知させようとしてる?
ふと、焼かれた時のことを思い出して跳び跳ねそうになった。鼓動がどくん、と酷く高鳴りそうになって、それをバレないように平常を装う。
「ヴァレンティナ、ちょっと離れてくれませんか?」
「あら、ごめんなさい。うふっ、緊張を解して上げようと思ったのに、ね?」
ヴァレンティナが離れる。
くすり、と妖しい笑みを浮かべてするすると部屋の中に戻っていく。
すでに、枢機卿は中心に座っている。その横に、ヴァレンティナが座る。
ヴァレンティナから教えてもらって、神聖力を見れるようになった。
だから、わかる。こうして見るとヴァレンティナの神聖力は密度がやたらと濃い。それはいい。信仰序列とやらが、5位らしいから。
問題は枢機卿だ。
――こいつの神聖力の密度は、ヴァレンティナと同じぐらい。いや、下手するとそれ以上だ。
いや、それだけじゃない。ここにいる全員が同じぐらいの神聖力を秘めている。
信仰の強さが神聖力になるなら、こいつらは全員おかしくなるぐらい祈りまくってるってことか。おぞましい。
「ヴァレンティナにはライと名乗ったのですか?では、我々もそう呼びましょうか」
そう枢機卿が言うと、ヴァレンティナと反対側にいる少女がこちらを見た。
艶のある黒い髪をさらさらと流して、青い瞳でこちらをじっ、と見てくる。目が合うだけで、ぞっとする。
鏡を見たときに、ディオネは人形のように見えるなと思うことがあるし、たぶん出会った何人かはそう思ってる。
でもこの女の子は別格だ。隣に立てば、そりゃもうディオネの方が人間らしい。
一見した容姿は、酷く美しい。
でも、人間らしい綺麗さじゃない。
血の気の失せた白い肌、ぴくりとも動かない表情が本当に人形のようで、動いていなければ生きているのかわからない。
ゆっくりと、口を開く。
「……ディオネじゃなくなってから、初めて見た。私はクラリッサ。よろしく、ライ」
ふう、と吐く息が白くなっている。一人だけ冬にいるみたい。
「よろしくお願いします、クラリッサ」
「……ん」
喋ると、まだ人間のように見える。何を考えているかわからなくて不気味だ。
「おう、久しぶりだなディオネ!」
大きな声が響いた。
クラリッサの隣、体格の大きな好青年がそこにいる。
包んでいる法衣の隙間から見せる二の腕の筋肉から、かなり鍛えてるように見える。
ムキムキ、と表現するほど筋肉隆々というほどではないけど、神官の見た目じゃない。
……それでも、こいつもイカれた信仰狂いってことか。
「今の私は、ディオネではないですが」
「おう、そうだったか?俺はレオンハルトだ、よろしくな!えっと、ライだったか?」
「はい、よろしくお願いします」
話してる限りは、普通のやつだな。……仕事を一緒にしたら、おかしくなったりしないでほしいな。
会話はできそうだからな。
最後に、ヴァレンティナの隣にいる中性的な男がこちらを見た。
「俺はセシルだ。異界からわざわざ来て大変そうだな」
灰色の髪の隙間から見える黄色い瞳が、興味を失ったようにこちらから逸れた。
一応、挨拶を変えようとした時に気づいた。
――体が動かない。指先一つすら、動かすことができない。
何かが体に張り付いている。いや、巻き付いている?
何かが光った。線のようなものが見えて……まるで糸のような。
いや、これは糸なんじゃないか?
目を凝らすと、光を反射した線がいくつも見えた。それが俺に絡まっている。
それが、セシルの方から伸びている。こいつの攻撃か?
「どうした。ライ、だったか?」
ぎりぎり、少しずつ締め付けてくる。
なんだ、これは。動けないのはわかる。でも、なんで声もでない?
腕を締め付けてくる糸が、強く巻き付いて浅く皮膚を裂いた。
「……いつっ」
呻くように声が出た。糸が緩んだ。
「……セシル、そこまで」
部屋の温度が急激に下がる。
クラリッサが、息を吐く。その口から出た白い息が凍って、氷の破片となって俺の前を通りすぎた。
体に絡まった糸が緩む。
……助けてくれた?
「すまない、俺はディオネの本気を見たかった。だから、挑発するようなことをした。……これでは見られないらしい、あの一撃で葬られたかったが」
周囲の糸が一気に消えた。
痛い、そんなことのためにいちいち攻撃してくるな。
なんだ、こいつは。聖女の信奉者か?
こっそりと傷を治しておく。
神聖印の一つ、
なぜかわからんが、これだけは使いやすい。
ディオネは
「さあ、これで挨拶は済んだでしょうか。一名いませんが」
静観していた枢機卿が、口を開いた。
「あら、イェルクはいないのね?」
ヴァレンティナがうふふ、と笑う。
「……今、みんな忙しい。ここに集まれてる方がおかしい」
表情をぴくりとも変えずに、クラリッサが呟いた。
「ここのみんなで、神敵を滅ぼせるのだろう?なら、いいじゃないか!」
元気よく、レオンハルトが叫ぶように言う。少しうるさい。
「なんでもいい、このメンバーならすぐに終わるだろう」
気だるげにセシルはため息をついた。
この面子とやっていかないといけないのか。先が思いやられる。
しかも、もう一人いるらしい。
「ライ、あなたのことを我々は歓迎しますよ。まだ壊れぬあなたの魂は、意外とこの場所が相応しいのかもしれないですね」
「……それは、光栄ですね」
「ようこそ、異端殲滅局へ。あなたも今日から、
物騒な肩書きだ。こんなやつらを紹介されても、嫌すぎるだろ。
異端殲滅局に所属する神官を、そう呼ぶのか。
「それで、私たちを集めたのは紹介のためかしら?」
「いいえ、仕事ですよ。あなたたち全員で最近発生してる異端実体の発生源を叩きます」
全員の視線が枢機卿に向く。
「とはいっても、今日はその報告と顔合わせです。決行は明日、連絡は追って知らせます」
その言葉を最後に、俺たちは解散した。
……というか、この場所にいたくなかったので、もう用事がないと判断して会釈だけしてさっさと出た。
息が詰まる。
こっちに何か言いたそうにしてるヴァレンティナと、じっと眺めてきたクラリッサのことは放置する。
ちょっと、面倒だ。
扉を出てから、ようやくちゃんと呼吸ができた気がする。
どっ、と疲れた。そもそも、ここでも攻撃されるんだ。警戒しておくべきだったか。
いや、ああいう連中のは警戒しても防ぎようがないか。
「はあ、面倒だな」
ぽつり、と呟いた時に――体が強張った。
体が、震えている?
隣に、何かが過った。
目の端に、何かが映る。
人だ、黒い何かだということはわかる。
思いきって、後ろを振り向いた。男の背中が見えた。
「……っ」
喉がひゅ、と鳴った。鼓動が酷く跳ねている。
あれは、なんだ。
今日、
でも、あれは違う。それ以上だ。
体そのものが信仰でできているんじゃないか、そう錯覚するぐらいには。
まるで圧縮された神聖力の塊が人の形を取っている。
――なるほど、あれが本物か。あれが、本当の狂信者だ。
◇◇◇
「アクイラ~」
「はいはい、なんですか?」
「狂信者が怖いよ~」
「また枢機卿の悪口ですか?」
「それ以上のバケモンがいたよ~」
「……それ、どんな存在ですか?っていうか、何ですかそのテンション」
「変な人にばっか会ったから、疲れちゃった」
「ライさん、無理せず休んでくださいね」
「優しいなあ、本物のディオネじゃなくてごめんね」
「……たまに、ぶっ込んできますよね」
帰ってから、ノリでアクイラと会話をした。
普通に疲れて、それだけ言ってご飯も取らずに眠気に身を任せてしまった。
TIPS:異端殲滅局
一般には秘密にされている教会の部局
あらゆる異端を殲滅するぞ
メンバー
・イェルク(不在)
・グレゴリー・コーエン
・ディオネ
・クラリッサ
・ヴァレンティナ
・レオンハルト
・セシル
話の方針、どれが好き?
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緩め
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暗め
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えぐめ