壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい 作:あまぐりムリーパー
ふわり、と笑う中性的な人物。これが、教皇?
……確かに、有無を言わせぬような圧はある。
神聖力の密度がすごいわけじゃない。なんか、プレッシャーを感じるというか。
……ってか、いつの間にいたんだよ。怖いだろ。
「やあやあ、諸君。私こそ、この教会をまとめてる存在、教皇だ。名前はまあ、恥ずかしいので教えないでおくよ」
ぱちん、とウィンクしてくる。……ノリが変に軽くてよくわかんないんだけど。
後ろを確認すると、全員が困惑してるように見える。
「教皇様、こんなところに何を」
「だから言ったじゃないか。大事になってそうだから来たと」
ぴしゃり、とグレゴリーの言葉に割り込んで黙らせている。あのクソ野郎がやり込められてるのは、なんか見てて気持ちいいな。
「どうやらそこの、異界の来訪者……にしては妙な気配があるが。その存在の処遇について決めあぐねてるようなことだろう?」
一歩、こちらに近づいてきた。
「この可愛らしい女の子が、どうも聖女の中に入ってた大人だというのは、不思議な感覚だけども。暴走してしまいそうなこの子を処置だとか色々いじくり回して使えるようにしたいグレゴリーと、そういうのは嫌な君たちってことだね」
そして、こちらに目線を合わせてにっこりと笑う。
「確かに、教会としては手放すのは惜しい。でも、無理やりそういうことをして、下手すると異端殲滅官にすらそっぽ向かれるのもよくない。で、君は帰ろうとしてたんだったかな?」
まっすぐな視線が、俺を貫く。さっきまでの軽い雰囲気じゃなくて、真剣にこっちに聞いてる。
「……そうだけど」
なんとか、声を絞り出した。
「確かに、君は我々がこの世界に勝手に連れてきてしまったから、そりゃあすぐに帰りたいだろうね」
困った困った、とそうは思っていなさそうに頬に手をあてた。
「――けれど、そうなら。すぐに帰ればよかったんじゃないのかい?」
思わず、唾を飲み込んだ。まるで、心が見透かされてるみたいだから。
頬にあてた手を解いた。
「きっと、君はもっと前から帰れることに気付いてたんじゃないかい?それで帰らなかったってことはさ。きっと、ディオネたちのことが気になってしまった。もしくは、この世界での生活も意外と居心地がよかった。違うかい?」
軽く笑うその瞳が、酷く怖かった。
「ああ、そうだよ」
迷ってるってことを知られると、あんまりよくない気がしたけど。知られてるなら、隠してる方がダメな気がする。
気持ちで負けたら、それ以上強く出れないから。
教皇は、たぶん明確に敵じゃない。でも、味方じゃないと思う。
俺の様子を見てから、どう動くかを考えてるんだと思う。
正直にぶつけて、相手のペースに巻き込まれないようにするしかない。
「なるほどなるほど。君はここに残りたい気持ちも、帰りたい気持ちもあるってことだね。うんうん。私個人としては帰ってもいいんじゃない?と思ってるけどね」
「……え?」
「だって、君は結構頑張ってくれたじゃない?まあ、その分神官たちを随分と誑かしたみたいだけどね」
「……本当に帰ってもいいの?」
「うん。でもね、一つだけ気になってるんだけどね。君って分裂してるでしょう?じゃあ、魂はどうなるんだい?帰っても、それは分裂したままだったりする?」
「……それは」
確かに、考えたこともなかった。
今、俺の中には複数体の俺がいる。全員、魂の繋がりは感じるけどある程度独立している気がする。
じゃあ、これはもしかして俺が返ってもこいつらここに残る?
そもそも、ここに来た時に俺は魂だけだったし。そうなると、この体もそもそもここに残るんじゃない?
え、これ。帰っても実は大丈夫か?
「その感じだと、君の魂が帰っても残りの君は残るらしいね。じゃあ、帰ってもいいんじゃない?残ってもいいけど、その時は君がちゃんと危険じゃないことを確認してから働いてもらうけど」
「……全員連れて帰ってもいいけどな」
「ははは、どうやら君は負けず嫌いみたいだ。いいよ?それでもさ。どうするかは君次第だから」
そっか、帰ってもいいのか。
「どうせなら、君の仲間たちに聞いてみたらどうだい?ほら。グレゴリーには邪魔させないから」
ぐいっ、と後ろを向かされた。
「はっはっはっ!ライは帰るのか!お前を見たのはほんの少しだったが、まるで主人公みたいいな行動力でとてもよかったぞ!」
「……興味を持ってみないかなんて言いながら、すぐに帰るなんてな。なんでもいいが」
なんで、最初に来るのがレオンハルトとセシルなんだよ。いいけど。
「うるさいな、お前ら。ってか、セシル。軽口だからそれ」
「そうか。誰にでも言ってるなら、本当になんとかした方がいいぞ」
「たいして関わりのないやつに言われたくないけど」
「そうか?俺たちは、ここまで他人と話すこともないから、これでも多い方だが」
いやいやいや。お前らコミュニケーション取らなさすぎるだろ。
「じゃあな、ライ。今回の件はもう、お前の選択次第だろうから、俺は戻る」
「そうだな!こっちも、本来やるべきことが他にあるから失礼するぞ!」
セシルと、レオンハルトは部屋から去っていく。
「あらあら、ライ。本当に帰るつもりなのかしら?」
「……そうするかもな」
「そう、残念だわ。あなたのこと、好きだもの」
銀色の髪が揺れた。深紅の瞳がしっかりとこちらを見ている。
「ヴァレンティナ、お前は本気で言ってるのかよくわかんないんだけど」
「本気よ?最初は、あなたのことは面白そうだとしか思っていなかったけれど」
おい、それが本音だったのかよ。
ヴァレンティナは、いつでも本気かよくわからないやつだったけど。最近は、結構ましな気がする。
普通に、人と話してる感覚だ。何がきっかけでそうなったんだか。
「だからね、あなたのことは好きよ?それだけ」
くすり、と妖しく笑う。その好意を、どう受け止めていいかわからない。
「……ありがとな」
「あら、あらあら。そうやってちゃんと返事されたらもっと好きになってしまうわ?」
「おい、真面目に答えてんのに」
「うふっ、こっちも本当のことしか言ってないわ?あなたが、元の世界に帰っても分裂した魂は残るらしいけれど、それは私の好きだったライとはちょっと違う気がするから、少し残念だわ」
「あっそ。じゃあ、帰らない方がいいってか?」
「いいえ?あなたはきっと帰るだろうから、残念だなって思ってるだけよ」
なにそれ。よくわからん信頼だ。最初から、こういうやつだったら、燃やされたりせずに済んだりしたのかもな。
「じゃあね、ライ。私の番はこれだけよ」
「はいはい」
ヴァレンティナは、手をひらひらと振って後ろの方に下がった。
「……ん、ライが帰るなら少し寂しい」
「いきなりだな」
「……私のことも、他の人みたいに救ってほしかった、から」
「なんだ、そりゃ。俺をなんだと思ってるんだよ」
「……なんだろうね?」
黒い髪が揺れた。青い瞳がじっと見つめている。
こてん、と首を傾げているけど、表情が読めない。
「クラリッサは、俺に帰ってほしくない感じ?」
「……そんなことはない、けど。寂しいね」
「そっか」
「……うん。私は、それだけだから」
クラリッサも、ヴァレンティナの隣辺りまで歩いていった。
伝えたいことは寂しいだけだったのか。確かに、付き合いもあんま長くないけどさ。
「よっす!ライさん」
「ライちゃん、帰っちゃうのも唐突だねー。一応、調整するつもりだったのにさ」
「もっと前から調整してもらったらよかったよな。ってか、お前らも帰ってもいいみたいな感じ?」
「そうっすよ。元々、この世界の存在じゃないライさんにそこまでの負担を強いるのも変な話っすから」
「そうだよー。ライちゃんは、ちゃんとお家に帰って休むのも大事!」
エオスもイリスも、こっちで出会ったやつの中だとまともだったな。
変な距離感ではあるけども。
「帰るときは、こっちに残るかもしれない分裂体のライさんの様子でも見てるっす」
「なんだそれ」
「見てると癒されそうだよね。もっと増えて抱き枕としてほしいから」
「おい」
なんて、軽口を叩きながら二人とも戻っていった。
「ライ」
「イェルク、お前はどういう立場なの?」
「俺は、お前のことをどう思っているかはよくわからないが、この世界に残って苦しんでほしくはないという気持ちはある」
「心配されてるってことはわかった。でもいいのか?教会的には、俺がこっちで仕事してた方がよさそうなのに」
「それを、ライが望まずにやってるのは、あまりいいとは思わない」
「……最初に比べたら、だいぶ優しい感じでびっくりしてるよ」
「そうだな」
イェルクとは、まあなんか殺されたところから始まったにしては結構いい感じに関係を築けていた気がする。
こいつがいなかったら困るときもあったしな。
「お前はもうちょっと、コミュニケーション取った方がいいよ」
「肝に銘じておこう。……どうせなら、お前とは友人になっておきたかったが」
「そっか。ここで、恋人とか言い出したらどうしようかと思ったわ」
「言ってもいいのか?」
「……え?」
「冗談だが」
……びっくりした。お前、そういう冗談も言えるのかよ。
顔を見ても、わかんないからびっくりするだろ。
「じゃあな、ライ」
「おう、お前とは友達になってやってもいいよ」
「そうか。どうせなら、恋人も期待して置いた方がいいか?」
「うっさいな、もういいよそういうの」
「そうか」
とだけ言って、イェルクも後ろの方へと下がっていく。
「ライ」
「シリル、お前はどう思う?」
「……正直、個人的にはずっといてほしいけどね」
「すげー、素直に言うじゃん」
「だって、好きだから」
思わず、言葉を失った。ここまでストレートに言ってくるとは思わなかったから。
「……何その反応。そっちが散々、そういうの言ってきた癖に」
「いや、からかってただけだけど」
「そのせいで、こうなってるんだけど。ライのせいで、もうまともに他の人を好きになれなさそうだよ」
「いやいやいや」
俺のせいなの?ってかさ、これで好きになられることないだろ。
なんか、生意気なガキだったからちょっとからかって遊んでただけなのに。最初の方にほっぺを触ったのとかは、やりすぎたか?
「だから、本当は残っててほしいけど。でも、ライは帰るべきだと思うよ」
「なにそれ、よくわからんこと言ってる」
「……っていうか、女の子っぽいライの分裂体がすごいぐいぐいくるから。分裂体が残るならそれ以外にしてほしいけど」
「……なにやってんだあいつら」
「もし残るから、返事ぐらいは聞かせてよ」
「うるさい」
そういうこと言うなら、ここで聞いていけばいいのにな。シリルも、後ろの方へと移動していく。
「ライさん」
「アクイラ、お前にはめっちゃ世話になったわ」
「いや、本当にそうですよ。なんか、私だけ扱いがおかしくないですか?」
「えっ、そう?たまに甘えてたこととか?」
「いや、それですよ!なんなんですか?あれ」
「アクイラみたいなまともな人を困惑させて、安心感を得たくて」
「……まあ、いいですけど!ライさんは本当にちゃんと帰ってくださいね!毎日、疲れてそうでしたから」
「わかったよ」
アクイラは、本当にいてくれてよかった。俺だけだと、たぶん耐えきれなかったから。
やっぱり、普通のやつってだけで安心感がすごいわ。
アクイラも同じように、後ろに行った。
そして、最後にディオネが歩いてくる。
「ライさん」
「うん」
たぶん、ディオネが一番帰ってほしくないはずだから。
なんていうか、自惚れていいのかわからないんだけどさ。めっちゃ重たい感情を向けられてるんだよな。
なんでこうなっちゃったかな。夢の中で、泣いてるディオネをなんとかしたかっただけなんだけど。
「ライさんは、帰ってください」
そうやって、身構えていたのに。ディオネが口にしたのは予想外の一言だった。
「いいの?」
「はい。私のわがままで、ライさんをこの世界にずっと縛り付けておくわけにもいきませんし。それに、分裂したライさんが残るなら完全に消えるわけでもないんでしょう?」
「まあ、そうだな」
分裂体の件は、正直どうしようか迷うけど。
「でもきっと、私はそれだけだと満足できなくなると思うんです」
「……ん?」
雲行きが怪しい。
「だから、私もライさんを追いかけていきますから。覚悟してくださいね?」
「えっ、待って」
「じゃあ、ライさん。また今度」
追いかける?えっ、まさか。
あっちの世界まで来るつもりってこと?
その答えを聞くまでもなく、ディオネは離れていく。
「どうやら、決まったみたいだね」
教皇の方に向き直った。
「そうだな」
「すぐに帰れる?」
「たぶん。もう道は見えてるから」
俺の体までの魂の通り道は見えてる。
「そうか。じゃあ、さっさと帰りかよ。あっ、分裂体は残すかい?」
「残すつもりだけど」
「そうかいそうかい。なら、さっさと行きなよ」
とん、と教皇に押されると。何か力のようなものを流し込まれて。
するする、と体から俺の魂が抜けてどこかへと通り抜けていく。
きっと、この先には。俺の体がある。
分裂体の魂たちとも別れて。
俺は元の体へと戻っていった。
ちょっとだけ、こんなノリで帰るのいいのかな?と思う自分がいる