旧校舎から帰還したリィンたちは、報告のため学院長の部屋を訪れていた。
一通りの報告ののち、引き続き、調査をⅦ組に依頼する、ということで話がつき、その場は解散となった。
ようやく解放されたルオンは、どこへ行くとなしに町中をぶらついていた。
ふと、キルシェの前を通りかかると、屋外の席でマキアスがテキストを広げている光景が目に入った。
ルオンとマキアスは、特別オリエンテーリングの日以来、あまり話したことがない。
いや、基本的にルオンは用がなければ話しかけるということ自体、あまりないため、離す機会を逸してきた、と言うべきなのだろう。
ルオンはマキアスの方へと寄っていき、声をかけてみた。
「よ、マキアス」
「……うん?……あぁ、君か。何の用だい?」
声をかけられたマキアスへ怪訝な目を向けて、ルオンに答えた。
どうやら、マキアス自身はルオンにあまりいい印象を抱いていないらしい。
手元にあったコーヒーカップに口をつけながら、マキアスはルオンに問いかけた。
ルオンはあっけらかんとした態度で、その問いかけに答えた。
「いんや、何やってんのかなと思っただけだが?」
「……君と言うやつは……」
マキアスは帰ってきた答えに、思わず脱力してしまった。
ルオンはからからと笑いながら、マキアスの正面に腰かけ、ウェイトレスにコーヒーを注文した。
「……ま、半分はその通りなんだが、もう半分は謝罪の意味もあってな」
「謝罪?……あぁ、いや……あの時は僕も大人げなかった」
マキアスはルオンの言う「謝罪」が何に対する謝罪なのか、理解し、そう返した。
ルオンはその答えに薄く微笑み、それ以上、追求することはなかった。
そういえば、とマキアスはコーヒーカップを置き、ルオンに問いかけた。
「一応、聞いておきたいんだが、君は貴族なのか?平民なのか?」
「ん?質問に質問を返して申し訳ないが……その問いに、何の意味が?」
マキアスの問いかけがどのような意図を持っているものなのか、分からないものだったため、ルオンは思わず聞き返してしまった。
「いや、特に意味はない。ただ、何というかな……性分、というやつさ。自分のクラスメイトの誰が貴族で、誰が平民なのかは把握しておきたいのさ」
「あぁ、なるほど……身分ってもなぁ……東方から流れてきたから、あえて言うなら平民か?まぁ、母の話ではご先祖は貴族だったらしいが……」
「そ、そうなのか?ということは、故郷では貴族だったということか??」
マキアスはルオンが貴族の血を引いていることを聞き、険しい目でルオンを見た。
だが、その言葉に、ルオンはコーヒーを一口すすり、ため息をつきながら答えた。
「さぁ?まぁ、どうであれ追放された俺には関係ないんじゃないか?」
「え?……追放された??」
「……曰く、不貞を疑われて身の潔白を証明する間もなく、生まれて間もない俺と一緒に追放されたんだとさ」
ルオンは再び、どこから取り出したのか、細いパイプのようなものをくわえながらそう話した。
もっとも、聞いた話であるうえに、物心ついた時から平民として暮らしていたため、自分が貴族の血を引いていると言われても、いまいち実感はわかないし、はっきり言ってどうでもいい、とすら感じているのだ。
「しかし、身分制度ってのも考えものっちゃ考えものだわな」
「そうか?僕は今すぐにでも撤廃すべきだと思うがね」
空を仰ぎながらそう口にしたルオンに、マキアスは苛立たし気にため息をつきながら返した。
たしかに、身分の差、というものは時として人の間に不和を生む。
それが原因で、内乱が発生したことで国家が転覆したということが少なくない。
それが今が起きていないということは、貴族と平民にうまくガス抜きを行っているからなのだろう。
少なくとも、それができるのなら、政治的にはしばらくは問題ないだろう。
国民の心情はどうだかはわからないが。
「今すぐってのは……まぁ、難しいんじゃないか?てか、いまだに大きな動きは見られないけど、水面下ではドロドロんだろ?今の帝国は」
「……だろうな……」
ルオンは自分が放浪する中で見てきた、水面下の動きを思い出し、そっとため息をついた。
だが、再びコーヒーカップに口をつけ、ほんの少しだけ、気分を変えた。
「……まぁ、それはそれで仕方がないんじゃないか?人の世はどこかしら何かしらで争うことが宿命だからな」
「どういう意味だ、それは……ふぅ、まぁ、いいさ。とにかく、君が
「おいおい、一応かよ……ま、満足したならそれでいいさ」
ルオンは空になったコーヒーカップの隣にミラ硬貨を数枚置き、立ち上がった。
「勘定はここに置いとくから、ついでに払っといてくれや」
「わかった。それじゃ、また後で」
「あぁ」
立ち去りながら、ルオンはひらひらと手を振り、マキアスの言葉に返答した。
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自由行動日の翌日。
リィンたちは実技試験のため、グラウンドに集合していた。
「さて、と。それじゃ、始めるわよ」
正面に立つサラが、パチッ、と指を鳴らした瞬間、何もない空間から金属製の光沢をもつ奇妙なカカシが姿を現した。
「……魔獣?!」
「いや、命の息吹を感じない」
突然現れたそれに、リィンたちは少なからず動揺していたが、ルオンとガイウス、そしてフィーだけは、冷静さを失わずにいた。
「……機械?けど、こんなの見たことないぞ?」
「そりゃそうよ。ある筋から押し付けられちゃったもので、まだ世の中に出回ってないもの」
ある筋、というものが気にはなったが、これ以上、追及しても何も答えてくれそうにないことを察したリィンたちは、問いかけることをやめ、試験に集中することにした。
「さて、試験の内容はいたって簡単よ。この案山子と戦ってもらうわ。ただし、この試験はただ目標を撃破すればいいってわけじゃないわ。その時々の状況なんかもみて、適切に立ち回れるか、それも見てるからね」
「……要するに、戦闘の結果じゃなくて内容も加味する、ってわけですか」
「まぁ、そういうことよ」
にやりと笑いながら、サラはルオンの問いかけに答えた。
その言葉を聞き、エリオットはただでさえ緊張にゆがんでいた顔をさらにゆがめ、緊張してきた、とつぶやいていた。
だが、そんなエリオットにはお構いなしに、サラは試験を受けるメンバーを呼び出した。
「最初はリィン、ガイウス、エリオットよ。三人とも、前へ!」
指名された三人は前に出ると、自分たちの武器を構えた。
その顔は、このメンバーならやれる、という自信に満ち溢れていた。
「……はじめっ!!」
サラの合図と同時に、案山子から駆動音が聞こえてきた。
それと同時に、リィンたちも戦術リンクを結んだ。
「敵ユニットの傾向を解析!」
「エリオットを援護するぞ、ガイウス!!」
「あぁっ!!」
エリオットを援護するように、リィンとガイウスが前衛に立ち、案山子の攻撃と注意を自分たちに向けさせた。
かかしは狙い通り、リィンとガイウスを集中的に狙い始めた。
だが、その装甲は少しばかり分厚く、リィンの刃も、ガイウスの槍もなかなか決定打を与えることはできていない。
「解析完了!」
「行くぞ、リィン!」
「わかった!!」
エリオットの声を皮切りに、リィンとガイウスは的確な攻撃を次々に繰り出した。
リィンの刃がかかしの腕と思われる部分に現れた、緑色の
さらに、そこから生じた隙を狙って、エリオットが導力魔法の詠唱を開始し、さらなる追撃をかけた。
そうこうしているうちに、たいして苦労することなく、案山子を倒すことが出来た。
「なかなかやるじゃない。戦術リンクも使いこなせているみたいだし……やっぱり、旧校舎での実戦が効いてるんじゃない?」
つい前日、ヴァンダイク学院長直々に依頼された件について口に出され、試験を受けた三人はそうかもしれません、と答えたが、その場にいたルオン以外の全員が唖然としていた。
マキアスに至っては、ぽかんとした顔つきで、いつの間にそんな対策を、とつぶやいていた。
もっとも、ルオンは一人だけ得心が行かない、と言いたげな顔をしていた。
「……やっぱ、その意図があったのか。けど、なんで俺だけ仲間はずれれ?」
同じ旧校舎の依頼を受けた人間として、ルオンは自分がなぜ最初の試験にはずされたのか、疑問を覚え、問いかけてみると、サラは人が悪そうな笑みを浮かべながら答えた。
「あら?だって戦術リンクを使いこなせている人間が四人もひとまとまりでいたんじゃ、不公平じゃない?」
「あ、一応考えてたんだ」
サラの返答に即座に返したルオンのつぶやきが聞こえたのか、それともルオンがわざと聞こえるようにつぶやいたのか。
そこのところの真偽は定かではないが、ルオンの言葉にサラは若干、眉をひそめて反論した。
「当たり前じゃない!もぅ、まるで私が考えなしで動く人間みたいじゃないの!」
「……いや、実際そうでしょ……」
そっとため息をついたルオンに、反論する気力を失ったのか、サラはそっとため息をつき、次の組を呼んだ。
「まぁ、いいわ――次っ!ルオン、ラウラ、エマ、ユーシス!!」
呼び出された四人が前に出て、各々の武器を身構えた。