ケルディックに到着したリィンたちA班一同は、最初だから初回説明を兼ねて、とやってきていたサラと合流し、宿泊することになっている"風見鶏亭"に入った。
しかし、ここで大きな問題が一つ。
「手違いで部屋が一つしかない……?」
「そうなのよ、すまないね……サラちゃんにも言ったんだけど、これでいいって取り合わなくてね」
そういいながら、女将はサラの方へと視線を向けていた。
当の本人は、おいしそうにグラスに注がれた地ビールをあおっていた。
そんな彼女に、ルオンは殺気のこもった冷たい視線を送っていた。
「……あんたのせいかよ、サラ」
「る、ルオン……」
「……ルオンって、時々、すっごく怖いよね……教官に対して」
「こいつにゃさんざん煮え湯飲まされたからな。おちょくられるだけならまだしも、使い走りにさせられたことが何度あるか」
ぶつぶつと文句を言っているルオンをしり目に、サラは半眼になってその文句に反論してきた。
「あんたねぇ、ぶつくさ文句言ってるけど、その使い走りのおかげでどれだけ稼げたと思ってるのよ?」
「主にあんたの酒代で消えただろうが。トヴァルの兄貴だけじゃなく、エステルの
「……一体、どんな使い走りをさせられてたんだ?」
ルオンの文句に、リィンは冷や汗をほほに伝わせた。
だが、それを今ここで問いかけても仕方がないこと。
今は、目の前にある問題の解決に努める必要がある。
「しかし、弱ったな……」
「うむ。私は別に構わないのだが」
「ん~……廃材か何かで衝立でも作るか?あるいは、男子が野宿するとか」
「いや、けれどそれだと実習の意味がないんじゃ」
「まぁ、どこぞの誰ぞがどっかの誰かさんにちょっかい出されたことが一番の原因だけどな」
そういってルオンは冷めた視線をリィンに向けた。
その場にいた四人は、ルオンが言っていることが、リィンとアリサの間がぎすぎすすることになったそもそもの原因をさしていると察するまで、それほど時間はいらなかった。
だが、今なお渋るアリサに苦言を呈したのは、ルオンでもエリオットでもなく、アリサを除き、唯一の女子であるラウラだった。
「だが、アリサ。軍に入れば男女ともに同じ部屋で過ごすことも多いと聞く。今のうちに、そういう環境になれておいた方がよいのではないか?」
「そ、そうだけれど……あぁ、もう。わかったわよ!ただし、不埒なことをしたら承知しないわよ!!」
普段、目つきがやや鋭いためか、あまり本気の表情とは思えないが、その語気に込められた感情から、アリサのその言葉が本気である事を何よりも物語っていた。
そのことにルオンはため息をついた。
「それを知られたら最後、エマに何されっかわからねぇからな」
反論しながら、ルオンは事故でエマの恥ずかしい光景を見てしまったことがあるが、あの時にはお得意の炎の魔法で黒こげにされる寸前だったことを思い出し、ほほに冷や汗を伝わせた。
もっとも、誰も好き好んで不埒な真似をしたいと思っているわけではないということはわかっているので。
「まぁ、リィンとエリオットもそのあたりは大丈……」
そう言いかけて、ふと、視線をリィンの方へ向けると、目元を手で覆い、うなだれた。
実際の前科持ちがここにいたことをすっかり失念していたのだ。
ルオンのその様子に気づいたリィンは、苦笑を浮かべて、しないから、と反論していたが。
「……まぁ、なんだったらリィンを簀巻きにして構わねぇから、それで勘弁してくれや」
「……はぁ、わかったわ。それで妥協してあげる」
「おいおい、簀巻きって……」
「そ、それはやりすぎ……」
一応はルオンの提案に納得してくれたアリサだったが、不埒なことをやらかしたらただでは済まさない、となおも視線を向けていた。
なお、生贄にされたリィンは最後まで、納得いかない、とため息をついていた。
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到着して早々の一悶着を終え、ルオンたちは女将マゴットから実習の課題が記されている封筒を手渡された。
早速中身を確認すると、そこには三つの課題が記されていた。
一つ目は、東ケルディック街道に出没する魔獣退治。二つ目は、壊れた街道灯の交換。三つめは、薬の材料の調達。
どれも依頼人はケルディックに住んでいる人々で、ご丁寧にどこに行けば会えるかまで記載されていた。
そして、最後に。
「……『実習範囲はケルディック周辺、二百セルジュ以内とする。なお、一日ごとにレポートにまとめ、後日、担当教官に提出すること』……ねぇ」
ルオンはどこか見たことがあるようなその内容に、眉をひそめ、リィンはしばし沈黙した後、何かに納得したかのようにつぶやいた。
「なるほど、そういうことか」
「……はぁ、学生にこんなのよこすって、世も末だな……」
「え?何、二人とも??何かわかったの??」
ルオンとリィンがほぼ同時につぶやくと、それに気づいたエリオットは何も分からない、といわんばかりの顔で二人に問いかけた。
ルオンはそれを黙殺し、サラがいるであろうカウンターに向かって行った。
リィンも確認したいことがあるから、一緒に来てほしい、と残ったメンバーに伝え、階段を下りていった。
階段を下りた先のカウンターでは、昼間だというのにサラがなおもジョッキをあおっていた。
その様子に、リィンたちは呆れつつも自分の推測が正しいかどうかを確かめ、完全に納得しきってはいないまでも、ひとまず実習に向かうことにした。
だが、ルオンだけはその場に残り、かつての口調でサラに問いただした。
「……サラ、この依頼の内容だけど。お前さん、俺たちに"代わり"をさせようって肚か?」
「察しがいいわね、さすがに……まぁ、さっきも言ったけど、
「……それをするのがあんたの仕事。生徒に頼ってどうするよ」
呆れた、といわんばかりのため息をつき、ルオンは反論したが、サラはそれを意に介することなく、なおもビールをあおっていた。
その態度に、もはや何を話しても無駄だと悟ったルオンは、再びため息をつき、折れた。
「わぁったよ。せめてあいつらに"火の粉"が降りかからないように気をつけるよ」
「あら、いつも無意識に火種の中に飛び込んでいくわりには慎重ね」
「……余計なお世話だ」
吐き捨てるようにそう返すと、ルオンは宿の外に出て、リィンたちが出てくるまで待つことにした。