特別オリエンテーリングから数日が経ち、四月もすでに半ばを過ぎていた。
入学式早々、結成を宣言された"Ⅶ組"のメンバーも、
そんな中、いまだルオンだけはリィン以外の男子とまともに会話を交わしたことがない、という状況に陥っていた。
人見知りをする人間、と言うわけではない。
が、共通の話題が見つけられていないため、どう話しかけたらいいものか、まったくわからないでいたのだ。
――さすがに……気まずいな……
ルオンはそんなことを考えながら昼休みを過ごしていると、リィンが赤毛の少年と褐色肌の青年とともに、ルオンの近くに寄ってきた。
「ルオン、ここいいか?」
「あぁ、大丈夫だ……っと、二人はオリエンテーリング以来、まともに話したことがなかったな」
ルオンは赤毛の少年と褐色肌の青年の方に視線を向けた。
少年と青年は、特に悪い印象を抱いたわけではなさそうで、かすかに微笑みながらルオンの言葉に同意した。
「そうだね。僕はエリオット、エリオット・クレイグ」
「ガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」
「改めてってのも変かな?ルオン・ツクヨだ。よろしく頼む」
ルオンはそう言いながら微苦笑を浮かべた。
その後、リィンも交えて、四人は歓談しながら昼休みを過ごした。
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その日の授業を終え、ルオンは帰り支度を整え、図書館に顔を出していた。
手にしているのは、帝国史に関する論文や伝承などを集めた資料などだ。
苦手、というわけではないのだが、流れ着いてからというものろくに歴史を学んだ機会がなかったため、ルオンはエレボニア帝国の歴史には疎い部分がある。
いや、より正確に言えば、大きく偏っているのだ。
とある人物に拾われるまで、ルオンは各地を放浪しながら生きてきた。
その中で、帝国の政治情勢や地理を学んできたのだが、どうにも歴史や工学については学びきれなかった部分があり、現に入学試験の成績も実技系統の部分で筆記をカバーしていたほどだ。
エリオットがみんなの足を引っ張らないか心配だと話していたが、それに関してはルオンも他人事ではないため、こうして図書館で勉強しているのだ。
もっとも、それだけではなく、ルオン自身、各地に伝わる伝承や伝説の類に惹かれるものがあるらしい。
特に『暗黒時代』と呼ばれる時代区分に興味があり、旅の途中で遺跡を独自に調査したり、帝國学術院の発掘調査に無理を言って同行させてもらったりして、独学で研究まがいなことを行っていたこともある。
そのため、帝国史に関しては少しばかり自信があるのだが、それでも、好奇心は抑えられないらしい。
――と、ここのこれってあそこで見たあれか……へぇ?
何気なく手に取った一冊の学術書を開き、その中に記されている研究の結果や考察を、旅する中で見聞きしたものと比較しながら、読み進めていくうちに。
「おやぁ~?帝国史のお勉強ですか~?」
ふと、ルオンの耳にいやに間延びした声が聞こえてきた。
声のした方を見ると、そこには丸眼鏡をかけた、いかにも温厚そうな人物が立っていた。
「トマス教官でしたか。こんにちは」
「はい、こんにちは。それで、ルオン君はどの分野に興味があるんですか?」
なんだったら、時間の許す限り奥深いところまでぐいぐい教えちゃいますよ~、と間延びしてはいるが、本気だと言わんばかりの視線を向けながら、トマスは話した。
エレボニア帝国有数のエリート校であるトールズ士官学院には、生徒もさることながら、教員も個性的な人材がそろっている。
目の前にいるトマスを除けば、面倒くさがり屋のマカロフ教官、貴族至上主義を隠さぬハインリッヒ教官、現役の軍人で"軍人の鏡"ともいえるほどの堅実さを持ったナイトハルト教官。そして、ルオンの所属する《特科クラスⅦ組》の担任を務めるサラ教官。
皆が皆、個性的な性格をしており、唯一、まともと言えるかもしれないのは吹奏楽部の顧問を務めるメアリー教官か擁護のヴェアトリクス教官くらいのものだ。
――思えば、教師陣もⅦ組と似たような感じだよな……
ルオンの脳裏には、個性的なⅦ組の同級生たちの顔が浮かんでいた。
面倒見はいいが、どこか一線を引いているような気がしてならないリィン。
頑固で他人を頼らないくせに、他人を気遣うことを忘れないアリサ。
温和なように思えるが、どこか一本芯が通っているエリオット。
質実剛健を絵にかいたようなラウラ。
猫のようにすばしこく、なかなか心を開かないフィー。
どこまでも穏やかで、しかしその実、物事の本質を見極める目を持っているガイウス。
傲岸不遜、天上天下唯我独尊という言葉が似合うが、実はかなりお人好しなユーシス。
基本的に面倒見がいいが、貴族がかかわると一瞬で空気を悪くしてしまうマキアス。
そして、穏やかで面倒見がいいが、その胸に秘めている大きな使命を明かすことのないエマ。
そこに、異国から流れ着いて、多くの時間を放浪に費やしてきた自分が加わっているのだ。
個性的すぎる、といっても過言ではない。
思わず、笑みがこぼれると、それを不穏に思ったトマスは、いかがわしげな、しかし楽しそうな口調でルオンに問い詰めた。
「おや~?もしかして、私の言葉、どこかおかしかったですか~?」
「あぁ、いえ。そういうわけでは……これからトマス教官の歴史講義が聴けると思うと、面白くてつい」
その言葉に気を良くしたのか、トマスはそれ以上追及することなく、それでは帝国の暗黒時代について、と語り始めた。
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「……まさか、三時間もぶっ続けで講義を聞かされるとは思わなかった……」
ルオンがトマスからの歴史講義から解放され、図書館を出たとき、外はすでに夜の帳が下りていた。
――このぶんじゃ、寮での夕食は望めないな……キルシェに行って、何か適当に注文するか
そっとため息をつき、ルオンは校門へと足を運んだ。
「……ルオン?」
不意に、背後から声をかけられた。
振り向くと、そこには見慣れた眼鏡の少女がいた。
「エマ?どうしたんだ、こんな時間に」
「それはこちらのセリフよ。もうとっくに寮に戻っているかと思ったのに」
普段は同級生に対しても敬語を使うエマであるが、幼馴染であるルオンには砕けた口調になるのだ。
もっとも、それはルオンに対するものだけなのだが。
「私は調べ物を。ルオンは?」
「トマス教官につかまって、というか捕まえて?……とにかく、教官から暗黒時代についての講義を三時間も、そりゃたっぷりと」
いかにも"疲れました"という雰囲気を醸し出しながら、ルオンは乾いた笑みを浮かべた。
「お、お疲れみたいね」
「わかるか?いくら興味がある時代区分とはいえ、三時間も延々と語られるという所業の恐ろしさが……」
実際問題、今思い出すだけでも、少しばかり冷や汗がにじみ出てくるのだ。
ある意味、トラウマものだ。
ほんの少しだが、がくがくと震えているルオンを見て、エマはどれだけの恐怖がそこにあったのか、思わず想像してしまった。
「な、なんとなくは……そういえば、ルオン、晩御飯まだなのよね?」
「……ん?あぁ、そうだな。寮のご飯は無理っぽいから、キルシェで何か頼もうかと思っていたところだよ」
「なら、私も一緒に行くわ。私も、晩御飯まだだから」
「そっか。んじゃ、行こうか」
にっこりと笑いながら、ルオンは校門の外へと出ていった。
その少し後ろを、エマは追いかけるようについていき、校門を出た。
キルシェまでの道中、二人の会話は尽きることがなかった。その会話の様子は、はたからみていれば、幸せ全開のカップルを思わせるような雰囲気をまとっていた。