転生せずスキルをもらった件 作:匿名
三上悟の意識は、アスファルトの硬い感触とともに急速に冷えていった。
後輩の田村を突き飛ばした直後、背中に鋭い衝撃が走り、そのまま崩れ落ちた。刺された箇所の熱さが、じわりと全身に広がっていく。
(あ、熱い……。なんだこれ、マジかよ……)
『確認しました。耐熱補正を獲得。成功しました』
(痛いのは……嫌だぞ……。勘弁してくれよ……)
『確認しました。痛覚無効を獲得。成功しました。続けて、物理的損傷による負荷を軽減するため、物理攻撃耐性を獲得。成功しました』
その瞬間、全身を支配していた激痛が、嘘のように引いていった。
感覚が麻痺したのではない。痛みという「情報」だけが、脳に届く前に遮断されたような感覚だ。
(血が……出すぎだ。嫌だな……)
『確認しました。出血耐性を獲得Bound。成功しました』
(……ああ。三十七歳で童貞か……。あっちの世界なら、賢者になれてたかもな……。いや、大賢者だって夢じゃなかったかも……)
『確認しました。エクストラスキル**「賢者」を獲得。成功しました。続けて、獲得した全スキルを統括するため、「大賢者」**への進化を試みます。……成功しました』
(……大、賢者……?)
『解。ユニークスキル「大賢者」への進化が完了しました。以後、私はあなたのサポートとして機能します。……警告。脊髄周辺の神経束に致命的な損傷を確認。現代医学での下半身機能の完全回復は不可能と判断されます』
その冷徹な宣告を最後に、悟の意識は深い闇へと沈んだ。
***
「救急車だ! どけ! 道をあけろ!」
現場に到着した救急隊員の佐藤は、現場の惨状に息を呑んだ。
背中を深く刺された男が倒れている。周囲には凄まじい血溜まりができている。佐藤は手際よく容態を確認したが、その表情は険しい。
「意識レベル、ゼロ! 背部に深い刺創! 急げ、車内へ運び込め!」
ストレッチャーが救急車に運び込まれる。ドアが閉まり、閉鎖された空間にサイレンの音が鳴り響いた。佐藤は悟のスーツを切り裂き、その患部を確認する。
「……ひどいな。刺された場所が悪い。脊髄までいってる可能性がある。止血を急ぐぞ!」
救急車内には緊迫した空気が流れるが、すぐに別の異変が救急隊員を襲った。
「隊長、バイタルが……!」
若い隊員が叫ぶ。
「…ひどいな。刺された場所が悪い。これは……助かっても。」
『報告。**「出血耐性」により、損傷した主要血管を完全に封鎖。また、「大賢者」**の並列演算により、失われた神経伝達機能を代替する仮初めの魔力回路の構築を開始します』
「……信じられん。まるで、体が死ぬことを拒否しているみたいだぞ」
救急車が病院の玄関へと滑り込む。
待機していた外科の医師達が、一斉にストレッチャーを取り囲む。
「三十代男性、背部刺創! 至急、ICU(集中治療室)へ!」
「先生、この傷の深さは……!」
「……厳しい。命は助かるかもしれないが。」
騒然とする廊下を、ストレッチャーが疾走する。
背中に消えない傷と後遺症という重い現実を突きつけられた三上悟は、深い、深い眠りの中にいた。
痛みも感じず、未来を奪われながらも、その内側で「大賢者」と共に生きるための、そして「生活」を取り戻すための戦いを続けている。
ICUのランプが赤く点灯した。