タクティカル祓魔師、活動記録   作:Ⅵ号鷲型

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犬になった日

 無機質な部屋に必要最低限の生活必需品。そして全く変化のない鉄格子越しに見える廊下の風景。

 そんな直ぐに飽きる風景を見ているのは10代後半の少女、周防汐莉は真っ赤な光のない瞳はいつも天井近くにある小さな窓から見える空を見つめていた。

 ただ絞首刑を待つにしてもあまりにもやることが無い。

 食事を持ってくる時にしか見ない刑務官はいつも通りに食器を回収しては何処かへと消える。

 一体いつになったらこの退屈な時間と何もない部屋から解放されるのだろう。行き先が電気椅子だろうと絞首刑台だろうと、この部屋から出られるのならなんだっていい。あまりにも退屈だ。

 

「…………」

 

 やるならさっさとやって欲しい。

 そう思いながらお世辞にも寝心地がいいとは言えない布団に寝転ぶ。文句を言った所でしょうがない。

 

 数分が数時間に感じる退屈な空間だったが、どこからか複数の足音が響く。数人分の重い足音はいつもの看守のものじゃない。

 ふと鉄格子に目を向ければ数人の刑務官とスーツを着こんだ初老の男性だった。警務官達が無表情でいる中、初老の男性はその鋭い目でこっちを品定めしている様子だ。この老人は何様のつもりだろう? 

 

「これが■■刑務所の誠意か」

「はい。犯罪歴から見てこれが適材かと思われます」

 

 右目に刀疵を追った老人はこっちを見下ろしてる。

 どうも死刑執行ではなさそうで少しだけ落胆した。また死期が伸びてしまったのが残念で仕方ない。

 

「周防 汐莉。

 孤児院育ちで入院してから幾つかの殺人に関与。一昨年は○○高校に於ける黒不浄弾乱射及び界異を放っての器物破損と殺人。昨年は○○町黒不浄通り魔事件。一連の事件で約150名を殺害、負傷者はその倍、祓魔師も3名殺害。17歳の小娘にして生粋の殺人鬼だな。しかも呪詛犯罪者組織"イキシア"の直系構成員との情報もある」

 

 まるで蔑む用に自分の犯罪歴をつらつらと話すが、正直そんなものはどうでもいい。この男はただの面会に来たわけではないのは確か。

 ならばここに来た目的をさっさと話して欲しい。蔑むだけに来た冷やかしはお断りだ。

 

「……何しに来たの」

「なに、飼い殺しても問題ない野良犬を探しに来ただけだ。そしてここにその丁度いいのもいると聞いて見に来ただけの話だ」

 

 それを聞いた汐莉は露骨に嫌悪感を顔に出しながら老人を睨みつける。殺人犯だが、見世物になったつもりはない。

 犬扱いされるのは癪に障るし、会ってすぐに高圧的な態度を取る老人に汐莉はただ睨む。だがその汐莉の反抗的な態度に気に入ったのか、表情こそ変わらないが満足そうに頷いている。薄気味悪い老人だ。

 

「もし、お前をその牢から出してやるって言ったらどうする?」

「……」

「お前はここの暮らしに満足してるのか? 

 この何も無い牢の中で刑が実行されるまでただ何もせず、ぼーっと待っている気か?」

「……それ正気?」

 

 目の前の老人が行くべきはここじゃなく精神科だろう。仮にこの老人の言っていることが事実だろうと、目の前のご老体は間違いなくまともな人間じゃない。

 だが、どうせもう先は長くない。ぼーっと何もせずこの牢屋の中で腐るより、娑婆の空気を少しでも吸うことが出来ればそれでいい。

 提案を聞いても悪くはないだろう。

 

「……退屈してる。

 ……って言ったらどうする?」

 

 老人は少し思案してから不敵な笑みを浮かべる。

 明らかにろくでもないことを考えているに違いないが、汐莉はとその答えを待ちながらじっとその顔を見つめた。

 

「私はお前に取引を申し入れる」

「取引……」

「そうだ。お互いにとって悪くない取引のな」

 

 ほんの少しだけ眉をひそめた汐莉に老人は相変わらず不敵な笑みを浮かべたままだ。まるでもうこの取引が成立しているかのように。

 老人はそのまま言葉の先を続けた。

 

「お前をこの牢から出し、全ての罪を抹消してお前は新しい人生を得て太陽の元に戻る。代わりに私の犬として、その技術と共に私に奉仕してもらう。

 悪くないだろう?」

「……」

 

 悪くないといえば悪くない。どうせこの牢獄を出たとしてもマトモな道を歩けるはずが無いのは分かっている。

 だが、その道をもう歩けない身からすれば屁でもない。むしろそれ以外の道を歩く苦労をするくらいなら喜んでそっちを選ぼう。

 

「……出すだけで終わり?」

「陽の光の下でも歩けるようにしてやる。祓魔師としてこの牢よりも遥かにマトモな生活もな」

 

 条件を提示してきた老人が座っている自分を見下ろす。どうだ悪くない条件だ、断るのは勿体ないだろうとでもいたげな顔で。

 だが断る理由もないし、どうせ死ぬ以外の選択肢がないのなら少しでも好き勝手できる方が良いに決まってる。

 

「……別に良いけど」

「そうかそうか。それならば……」

「……あともう一個」

 

 嬉しそうに話を先に進めそうにする老人の言葉を汐莉が遮って、まるで狩人のような鋭い目付きでたった一言だけ発した。

 

「……裏切るな」

 

 その声は年頃の少女が放つものとしては酷く冷たかった。

 老人の周囲にいた刑務官達が少しだけざわめくが、老人は不敵な笑みを浮かべる。

 

「良いだろつ取引成立だな。手続きをさっさと済ませるぞ」

「…………」

「なんだ?」

 

 じっと老人の顔を見つめる汐莉。その目にさっきのような鋭さはない。オンオフの差が激しいタイプなのだろう。

 

「……名前」

「はっ?」

「……名前。まだ名乗ってない」

 

 汐莉の疑問に老人は一瞬だけフリーズしたが、すぐに思考を取り戻す。彼女からすれば権力のある老人程度の情報しか分からないから、聞くのは当然だろう。

 

「これは失礼した。上冷泉、上冷泉 道恒。これからお前の飼い主になる者だ」

 

 上冷泉た名乗った老人は鍵が開けられた牢の中へと入り、しわが目立つが大きく角張った手を差し出す。

 

「……よろしく」

 

 汐莉は迷う事なくその手を取り、上冷泉に連れられて牢の外へと出ていった。

 

 この瞬間に囚人としての周防汐莉は死に、特別運用班に所属する影の祓魔師として生まれ変わった。

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