リコリス・リコイル 〜Gunner's high〜 作:立河真諺
熱で蒸したナニかを突っ込まれてかき回される不愉快な感覚。いや、不愉快どころか、味わいたくない痛み。
血と硝煙の残り香がわずかに記憶へ残り、後は必死に走り回る足音と──相棒の悲痛の叫び声。
「千束!しっかり!!」
心配かけちゃったか。まぁ、心配してくれるの嬉しいからいいけど。
でも、今はそれよりもこのどうしようもない──逃れようもない痛みが不快でたまらない。
あー意識飛ばしたい。いっそ、死ねたなら苦しまなくて済むのかなと思ったところで考え直す。
死ねるかクソ。こちとら最近一回死にぞこなっただばかりぞ?
まだまだやりたいことややりたいこと・・あぁもうとにかくいっぱい!あるんだから、そんなに心配しないでよ・・・。
頭上から聞こえる必死に自分の名を呼びかける声が段々と遠のいてく。
何でこんなことになっちゃったのかな・・・。確か、私たちは旅行に来ていて、それで──
それを最後に千束の意識は混濁の中に消えていく。事の発端は今から一日と数時間前のこと──
卍
「え、旅行?」
「ああ、喫茶リコリコはまだ復帰したばかりだからな。色々と応援に駆けつけるところからやり直さないといけないわけだ。なんで、遠出の出張も兼ねてついでに観光も行ってくるといい」
井上たきなは開店前のテーブルカウンターを掃除していたときそんなやりとりを偶然耳にした。
Direct Atack──通称DA切っての[[rb:ファースト > すご腕]]、錦木千束とその育ての親であるミカ。二人がこうして会話をするところを見ると本当の親子のようだと最近思うことがある。どこか、あの事件を通して溝がぬけたようなそんな感じだ。
あの事件──廷空木での事件の後、喫茶リコリコは営業を停止せざるを得ない状況となり、海外で店舗を出すことになった。ほとぼりが冷めてから、DAの司令官である楠木から日本帰国の命が下されたのが一週間ほど前。
場所は当然ながら前とは違う。準備に追われる中で、休暇込みの旅行というきな臭い話しが持ち上がった。
「旅行って、なんですか?」
「あっ!たっきな~、早い出勤だね!」
「貴方が遅いんですよ千束」
このやり取りも一体何度目のことやら。でも──これがたきなにとって守りたいと思っていた日常でもあった。
「そういえばさ、見てくれた?あたしの貸したやつ!」
にこやかな笑顔で距離を詰めて問いかけてくる。たきなはげんなりしつつも、この慣れた茶番ごとをどこか観念したように軽く息を漏らす。
「千束が貸してくれた漫画のことですか?」
「そそ!」
良くは分からないが、千束は好きな物事を共有するのが好みらしい。
たきなにしてみれば自分は自分だし、他人は他人なのだから共有する意味は未だに分からないところでもある。これがもし[[rb:作戦 > ミッション]]とかならばまだ理解は出来る。でも密かだが最近はそれもどこか心地が良いのだと思う自分もいるのは確かな事実だった。
「一言で言えばありえませんね。あんな銃撃戦の最中、無駄口を叩きながら主要メンバーが一人も死んでないのが」
千束から貸して(無理矢理)もらったコミックはほとんどが銃撃戦主流のアクションコミックだ。しかもノリが海外が舞台だからなのか、ついて行くのが難しい。
「エンタメじゃん!それが良いんだよ~!」
「あんな軽いノリで民間人が死んじゃダメでしょ?」
銃撃戦が始まれば即座に何人も死人が出るのに主要人物は都合良く生き残るのは中々に不条理な気がするとたきなは思う。
「いやあのね、たきな、フィクションだから!現実じゃないのが漫画なの。それに[[rb:あの場所 > ロアナプラ]]に民間人いない!全員ならず者![[rb:are you ok? > そこんとこわかってる?]]」
「なら、千束の趣味が悪いんです」
「ぶー、たきなの石頭!」
頬をリスみたいに膨らませる姿はどこから見ても一般人のそれだ。本人曰くどこにいても女の子を捨てたくないとのこと。
「じゃあ、たきなは何の漫画好きだった?何冊か貸したでしょ?」
「そうですね。イタリアのフィレンツェが舞台の政府と[[rb:反政府 > パダーニャ]]が争うあの作品は共感しました」
たきなはチラリとカウンターテーブルに目配せする。読み終えたので返そうと持ってきた年期の入った件の漫画をまとめた紙袋が置かれていた。たきなの感想に千束は呆れた表情でため息を一つ吐く。何か問題なことでも言ったかとたきなは頭にクエスチョンマークがよぎる。
「あの暗い作品のどこが良いの?たきなこそ趣味悪いよ・・・」
「なっ・・!一番現実に近いじゃないですか!我々DAに通ずることも描いてますし、物語も良かったです」
「その話しで行くとあたしたちの行く末バッドエンドだから!フィクションなんだからもっと砕けて良いんだってば!」
二人のやり取りはいつも通りで、そんな光景をカウンターからミカは微笑みながら見守っていると小気味の良い鈴音が店内に響き渡る。いち早くミカが気づくと見知った顔に「いらっしゃい」と一応客対応の軽い会釈をする。
「お、おはようございます。先生」
本日最初に来店してくれたのは小柄ながらに鋭い目つきの少女、春川フキだった。DA東京支部が誇るファーストリコリス。その実力はかつて訓練教官の立ち位置にいたミカからも認められている。
礼儀正しく会釈をするフキはそのまま若干ぎこちない動作で店に入ってくる。
どうにもこの少女ミカと対面すると緊張しているようで、おそらく訓練を担当していた頃に厳しくし過ぎたからだとミカは思い込んでいるが、真実は違うということに気づいていない。
「うわ、会いたくない奴が来たよ・・・今日は厄日かも」
「あ?人の顔を見るなり喧嘩吹っかけるしか脳がねぇ猿に厄日なんていう概念があんのか?」
ピリッ─と空気が変わる。
フキに気づいた千束が心底嫌そうな顔で出迎えるとスイッチが入ったようにドスの効いた声で千束に近づいていく。
「[[rb:猿 > さぁる]]だァ~?あんたには動物と女の子の区別がついてないわけ?目が悪いの通り越して腐ってんじゃないのォ!」
千束も負けじとフキとの距離を言葉数と共に詰めていく。まるで一戦交える雰囲気だ。だが、ミカからすれば同期がじゃれ合っているように映るらしく、どこか子を見る親目線で二人を見守っている。
「止めないのですか?」
いつものことだが、一応ミカには確認を取る。最悪のことを考えるとリコリコの開店時間が遅れるかもしれない。
「まぁ、放っておけ。あれで二人は仲が良いんだ。本人たちなりの付き合い方って奴だろう」
「はぁ・・・」
アレが仲の良いかというと疑問が残るが、もしかしたら二人と長い付き合いでもあるミカにしか見えないものがあるのだろうとたきなは思う。
「キーキーやかましく鳴く生き物が猿以外の何だってんだ!是非聞いてみてぇもんだな!」
「んだとコルァ!?」
・・・とてもそうは見えないが。
とりあえずは開店準備に急いで色々とやることもあるので見守るのもここまで。
「千束、開店前なのですから遊んでないで手伝ってください」
「こんなのと遊んでない!」
「こんなのと遊んでねぇ!」
見事にハモった。本当に仲は良いのかもしれない。そんなことを脳裏に留め、二人をスルーしつつたきなはモップで床拭きに勤しむ。その後を「たきな~」と千束が続く。
喧嘩相手が去ったのでフキは軽く舌打ちをしてカウンターにいるミカに改めて会釈する。「[[rb:あの人 > 楠木]]の使いか?朝早くからすまんな」
「いえ、全然そんなことは・・・」
荷物の紙袋をカウンターテーブルに置くと同じような紙袋が陣取っていたことに気づく。「あの・・この荷物は?」
「ん?・・あぁ、それは千束の漫画だ。たきなに貸してたらしくな」
千束のというワードから苦虫を噛み潰してしまった顔になってしまう。もはやフキにとって条件反射のようなものだ。そして別に見るつもりはなかったのだが、隙間から漫画表紙が目に入る。体に見合わない大きな銃を抱える小さな少女の絵。年齢はフキよりもさらに下だろうか。無垢な表情がなおさら悲壮感漂わせる。ずいぶんと悪趣味だなとフキは侮蔑する。
「まぁ、元は俺の所有物なんだが」
「そうなんですか・・・・・っ!?」
鳥の首動作よりも速くミカを見る。そして再び漫画へと──。一瞬聞き違いかと思いつつミカに視線をまた移すも落ち着いた雰囲気は何も語らず、カウンターの支度をしていた。一体全体どういうことなのだろう?
フキにとってミカは強さの憧れそのものだ。そんなミカとかけ離れたような[[rb:漫画 > ブツ]]が目の前に鎮座している。いや、それは別に構わないのだが、それよりもフキにとって気になる点が一つある。
(先生──。先生にとって・・まさか女性として見る対象は・・・)
中身が見えてしまった漫画の表紙は銃と少女。どう見ても小学生くらいにしか見えない女の子。銃ならば分かる。この目の前にいる貫禄ある男にはピッタリと合う。だがしかし、セットでついてくる無垢な女の子は何か違うことを想像してしまう。もちろんリコリスであるフキもそのくらいの年齢の時から訓練は積んできたのだから別に変では無い。だけど・・万が一にもし、ミカの年齢の好みが実は・・・ということがあると考えると気が気でなかった。
(年下か!?先生は年下が──)
「それで──」
「はい!私はもう少し年上の方が良いかと──あっ、いえっ・・・」
「?」
急に話を振られそうになったのでトンチンカンなことを口走ってしまった。穴があったら入りたい心境が理解でき、フキは顔を真っ赤にして沈黙する。
「毎度[[rb:あの人 > 楠木]]にはこき使われるな。お前だって忙しいだろうに」
「全然、そんなことはありません」
変なことを口走ってしまったというのにミカは気にした素振りも見せず落ち着いたものだ。漫画くらいでたじろぐなんて子供だなとフキは自責の念に縛られる。もちろんそんなことは顔に出さず、楠木から預かった物をミカに渡す。
紙袋の中身を僅かに確認するとミカは少しだけ顔をしかめる。
「なるほどな。分かったと楠木さんに伝えてくれ」
「了解です。・・・そういえばあいつら京都に行くんですか?」
バカみたいにはしゃいでいる千束とたきなを見る。
「ああ、あの事件からだいぶごたついていたからな。軽い休暇みたいなものだよ。たきなにとっても古巣だしな。ま、千束もいるし問題も無いだろ──寂しくなるか?」
「まさか。清々しますよ」
千束とたきなのバカみたいに騒がしいやり取りを横目に見ると冷静な平常心が戻る。それとどこか対抗心。
錦木千束。史上最強のリコリスとされる人物。実力は同じファーストであるフキをもってしても認めざるを得ない怪物である。だが、当の本人は普通などというものに甘んじる甘ちゃんだ。実力がありながら普通とやらに拘るその姿勢をフキは許せない。フキにとって──いや、リコリスにとっての普通とは市民をその身で護ることだ。
そして井上たきな。かつてはフキの部下であり、命令違反を起こし、[[rb:こちら > 喫茶リコリコ]]に身を落ち着けた問題児──。問題児だが、フキはたきなのそういった部分が嫌いではなかった。無茶なことも仲間を危険に晒したのも褒められることではない。だが、その「出来る」という自信は努力の表れだ。少なくとものほほんとしながら化け物じみた千束よりかは幾分理解は出来る。
二人は変わったと思う。関係性では無く、雰囲気といえば良いのだろうか。表現するのは難しいが、どこか同じ釜で飯を食べたような信頼感があの戦いを通して定まったような気が──。それに比べて自分は、と思う。自分よりも強いリコリス。そして自分の部下であったリコリス。どこか取り残された寂寥感。──くだらない考えだと切り捨てる。そんなことを考える暇なんて自分には無いのに。
「では、私はこれで失礼します」
「ああ」
用事を済ませたのでミカに軽く礼をして喫茶リコリコのドアを開けて外に出る。何故だかいつもよりドアが重く感じられた。
「先輩遅いっスよ~。どんだけ待たすんスか」
開口一番に軽口を叩く間抜け面を見て、なんだか深く考えていたのが全部馬鹿らしくなってため息が出た。
「こんな待つんだったら中でパフェくらい頼んでいたっていいじゃないッスか~!」
「うるせぇ。仕事中だぞ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ[[rb:後輩 > サクラ]]を引きずりながらリコリコから離れる。
たきなの後、後釜に収まったリコリスが未練がましく子供のようにジタバタしてるコレ──乙女サクラだ。まったく・・とフキは内心悪態づく。身体能力もセンスも申し分ないが、如何せんこの調子だ。間違いなく実力はたきなやフキを凌ぐリコリスに成長するだろうが、まだまだ先になりそうだ。
「つか先輩、ミカさんとの話はちゃんと続いたんスか?せっかく新作パフェ捨ててまで気を遣ったんですから1ミリくらいは進展してくれないとこっちとしてもやるせないッスよ」
ピクッ─と体が止まる。瞬間的に先ほどの銃と少女の表紙の漫画が脳裏に浮かぶ。結局聞きそびれてしまったことが濁流の如く押し寄せる。せっかく忘れていたのに空気を読まない[[rb:こいつ > サクラ]]のせいでモヤモヤが息を吹き返してしまったではないか。
「サクラ、お前帰ったらトレーニングメニュー10倍な」
「は!?」
「私が直々に面倒見てやるから覚悟しておけよ」
「ちょ、ちょっ!待ってくださいよ!何でいきなり藪から棒に!?」
「うっせぇ!先輩命令だ。さっさと行くぞ」「んな横暴な~。しかもなんか怒ってるし・・・もしかして先輩やらかしたんスか?」
こいつは・・・。
陽気ななのはサクラの長所の一つだが、今だけは火に油だった。もっとも、半分はフキの八つ当たりもあるのでサクラからすれば理不尽なことこの上ないだろう。それでもフキを慕っているのはなんやかんやで信頼しているからだろう。
上司がナイーブになっては部下は不安がる。だからこそ上の立場にいる人間に立ち止まる暇は無い。アイツらにはアイツらなりの道が、自分には部下と共に歩む道があるというのに。そんなの比べるべくもない。本当に馬鹿らしいことだ。
フキは少し苦笑してから「20倍な」とサクラに告げると「マジッスか!?」とげんなりしながら後をついてくる。
卍
「とうちゃ~くっ!!」
新幹線から降りると東京と似た混雑した場と中央を牛耳る土産コーナーが目に映る。東京から京都までおおよそ二時間。ようやくたどり着いた雅な土地に千束は心躍らせる。
「千束、荷物を忘れないでください」
二人分のキャリーバッグを転がしながらたきなは千束を追いかける。新幹線の中でもゲームや会話で時間を潰していたが、京都に来たら水を得た魚のようにあちこちに関心を向けていた。
「ごめんごめん」
一通り見て気づいたのか、すぐにたきなの元へと戻る。
「そんなに珍しい所でもないでしょう。東京とそう変わりませんよ」
場所が変わっただけでこんなにはしゃぐのも千束くらいだろう。まるですべての景色が鮮明に写る子供のようだ。ある意味羨ましい。
「甘いよたきな。京都なんて修学旅行くらいでしか来ないんだよ!プライベートにで来ることなんて滅多に無いんだから全力で楽しむべし!」
「修学旅行なんて行ったことありませんでしょ?訓練旅行の間違いでは?」
「あーあー聞こえない!そんな旅行は記憶にないの!」
耳を塞いで聞こえないふりをするが、すでに聞こえているのだから無駄な努力である。そもそも何が気に入らないかたきなには疑問だ。スキルアップにとても有意義な旅行なのに。
「だいだいこの旅行も京都支部からのヘルプなのですから訓練旅行と何ら変わらないと思いますが?」
「変わるよ!たきなと一緒だし、それにヘルプはおまけ!メインは京都観光、食べ歩き、着物デートの三連コンボ!先生からも羽を伸ばせってお墨付きだしね。ぜぇ~ったい遊び倒す!」
「はぁ・・・」
「てなわけで、たきなも着物デート決行なので余計なことは考えずGOGO!!」
「は?わ、私は良いです」
「何言ってんの?せっかく京都まで来て着物着ないなんて非常識だよ。ほらほらたきなならぜったい似合うから行こ行こ」
「そんな常識は知りません!ちょっと、千束──」
抗議もむなしく、千束に背中を押され半ば強制的に連行されることになった。
「おぉ!似合う似合う。かわいい!」
着物レンタルショップの試着室でたきなはぶすぅ─とした表情七割、恥ずかしさ三割といったなんともいえない顔を浮かべていた。
「あの、これだといざという時に動きにくいのですが・・・」
自分の格好を鏡で見る。紺を基調とした蝶の柄が特徴的な静かな装いだ。長い髪を千束が瑠璃玉薊のかんざしを挿してくれたのでうまく纏めてくれたのですっきりはしている。だが、機動性の[[rb:心許 > こころもと]]なさには不安が残った。
「動きやすさななんてどうでもいいの。かわいさ百倍増しなんだし!それにすぐ慣れるって」
一方で千束は鮮やかな朱色を基調とした紅葉波の柄が良く映えている着物だ。チャームポイントの赤いリボンの代わりに白と桃色の紐飾りが髪に結ばれていた。
「どうでも良くありません。千束は不用心すぎです。せめて腰帯に銃を携帯すべきです」
「あのねぇ、制服着てないで銃携帯したらそれこそ不用心だよ。捕まっちゃうよ?」
「うぐっ」
「はいはい、着物着た時点で物騒な物はお預けです。あきらめて楽しもう~」
うまく乗せられた気がしないでも無いが、こうなっては千束のペースだ。それに廷空木事件以降、遠出はしたが慌ただしくもあったので改めて休暇らしい休暇は初めてかもしれない。
「わかりました」
「そうこなくっちゃ!で、そっちはどうする?」
試着室の方へ声をかけるとちょうどカーテンが開いて千束とたきなと同じように着物を着こなした人物が出てくる。
「私はお子ちゃまたちと行動しないわ。隣に先約を見つけないといけないし」
髪をファサッ─となびかせる女性は喫茶リコリコの従業員の一人である中原ミズキだ。暖色カラーである黄色をベースに白百合の柄が落ち着いた大人を演出している。尤も、小物の巾着やかんざしは華美で本人の性格が出てしまっていた。
「ボクは先にホテルに行ってる」
そしてミズキの後ろからパーカーを着た小柄な少女──クルミがいつも通りの気怠げな顔で千束たちの前を通り過ぎていく。
「なんだよ、ノリ悪いぞぉ?せっかくなんだからクルミも着物着ようよ?」
「パス。着るのも大変な服を着る道理なし。早くホテルに引きこもりたい」
簡潔に用件だけ述べてさっさと歩き去ってしまった。
「んじゃあ、私も行くわ。私を待つ男どものために!」
各々が散り、残ったのは千束とたきなだけ。京都に来ても変わらない。皆、やりたいことをやる。これがこの面子の在り方だ。
「さぁて、じゃああたしたちも行くかぁ!」
千束に手を引かれて賑やかと華やかさが同居した祇園を巡る。着物姿の観光客もちらほら見受けられる。相も変わらず装備の心許なさは残るが、この場においては野暮なことなのだろう。たきなは目の前の友人から学んだ。時にはこんな時間もいいのかもしれない。戦いに気を張る時間に全て使うのでは無く──。
「あ!すみませ~ん、祇園辻利抹茶と宇治金時のコラボミックスパフェの黒蜜わらび餅添え、抹茶粉末三倍増しトッピングで」
「・・・・・・」
ただ、これだけは形容できないし、理解も出来ない。
目の前で出されるもはや貫禄と表現すべき深緑のカロリーお化け。新幹線から[[rb:こっち > 京都]]まで何も口にしないで来たので千束が「おなかすいたぁ」と言い出したのがきっかけで入った甘味処で店員さんに頼んだのがコレである。
「千束、いくら休暇といえ余計すぎるカロリー摂取はどうかとお思いますが?」
「何言ってんのさ、京都に来たら抹茶を頼むのは礼儀だよ。それに食べれるときに食べなきゃいざという時に動けなくなるでしょ?これは大切な充電!」
いつもながらにこういう時は口が良く回る。それらしいことを言ってるがこれも口から出任せだと言うことも学んでいる。
「十分すぎます」
「たきな、世の中にはスイーツを食べたくても我慢せざるを得ない人もいるの。あたしはそんな人たちの代弁者!」
緑色のガトーショコラとクリームとあんこを千束は幸せそうに補張る。少し胸焼けしそうだ。
「太りますよ?」
「ならお裾分け。はいたきな、あーん」
濃厚な緑色を乗せたスプーンを差し出される。抹茶のスイーツと言う名の怪物に若干引いてしまうが、せっかくの善意なので、無下には出来ない。覚悟を決めて差し出されたスプーンに口を運ぶ。
「・・・美味しい」
「でしょ!抹茶の渋みが甘さを抑えてしつこさがないんだよ」
見た目的にはドシッ─ときそうだが、絶妙に好い加減に工夫されている。これは中々に次が欲しくなる。
「はい、もう一口あーん」
「あむっ・・・」
気持ちを察したのか、千束はもう一掬いしてたきなの口にスプーンを運ぶ。・・・なんとなく物欲しい気持ちがバレた子供みたいな恥ずかしさが駆け巡る。それを誤魔化すように無心でスイーツを口に運ぶ。
「気に入ったな、お主」
どうやら千束にはポーカーフェイスは通用しないようだ。にへらと笑うが顔が癪に障る。
「美味しいのは認めます。でも、重いのは事実です」
「頑固だね~。いつぞやに爆売れしたスイーツ生み出した張本人とは思えないよ」
「なっ!あ、あれはお店のために貢献しただけです!もう忘れてください」
「忘れらんねぇよ。あんなインパクト凄いスイーツは。ね、もっかい出さない?」
「絶対ダメです!」
去年の冬、喫茶リコリコに経営が波風に傾き、閉店の危機に晒された。そんな折に救ったのがたきなの考案した新メニューだった。たきなを除くリコリコスタッフは[[rb:苦渋 > ヤケクソ]]の末、出すことに決めたのだが、瞬く間のうちにSNSで話題となって大盛況。喫茶リコリコは赤字の危機を乗り越えたのであった。たきなも店を救ったことを喜んだ。だが問題はそのメニューの[[rb:見 > ・]][[rb:た > ・]][[rb:目 > ・]]だった。そのあまりな下・・いや、壊滅的なまでのセンスな形がバズり、売れたのは確かなのだが、当事者であるたきなにとっては封印したい黒歴史でもある。
「えーけっこうユニークだったと思うんだけどなぁ。みんなにもウケてたし、リコリコの安泰にも繋がるし、万々歳じゃない?」
「ダメな物はダメです。それにアレが人気になって毎日頼む人がいたらそれはそれで毒です」
頑なにあのメニューの話題から離れたいのだろうか、いつも論理的なたきなはらしくない言い分を提示する。いくら人気なメニューでも毎日頼むのはあり得るはずが無いのに──。そんなことは千束でも分かることだ。
少し性格は悪いが、千束はそんなたきなの反応に良いと思ってしまう。
「・・・何ですか?」
「いやぁ、良いなぁと思いまして」
内心の悔しさが増す。やられっぱなしなのはたきなの領分では無い。なんとか一矢報いたい。
「言っておきますが、話しをそらしておかわりを頼むのは無しですよ」
「バレたか。でもね、たきなさん、人が食べられる量というのは──」
いつぞやに並べた屁理屈に負けず、たきなも反論する。
「過剰な糖分の摂取は肌も荒れますよ?千束だって女子ならば気を遣うところでは?」
その一言で千束が一瞬フリーズする。「女子の」というワードは気にするはずだ。最初の頃ならば分からなかったが、最近では千束の美意識的な拘りがたきなにもなんとなくだが分かってきた。
「大丈夫大丈夫。後で動くから」
平然としてるが若干頬が引きつっている。どうやら少し効いたようだ。たきなは内心ガッツポーズを取る。加えて言質も取った。
「そうですか。実は私も行ってみたい場所があるのですが?」
「たきなの行きたいところ?いいよ~行こ行こ!」
パフェを完食して椅子から立ち上がると、意気揚々といったように行き先を求めてくる。 この一年、色々なことが身の回りで起きた。たきなにとっては考え方が大きく変わるきっかけをくれたのは目の前のかけがえのない友人だ。DAとしての彼女の強さはたきなにとっては憧れであり、理想だ。だが──そんな単純で数値化できる強さに意味は無いと彼女の生き方から学んだ気がした。・・・本人前では調子に乗るから絶対に言わないが。
千束はどうなのだろうか?自分といて何かが変わったのだろうか?
一度、千束は死にかけた。お互い死と隣り合わせの身だ。不思議なことでは無い。だが、あんな気持ちは二度と味わいたくない。同時に──もしたきなが死に直面したら千束はどう思ってくれるのだろうかと考える。この満面な笑顔は失われてしまうのだろうか──と思ったところで考えを改める。それは人でなしの思考だ。
自分の浅はかな考えを恥じながらたきなは千束を目的の場所へと案内する。
卍
「たきな・・・これはあんまりだよぉ・・・・」
目的の場所にたどり着くなり千束は珍しくご機嫌斜めな顔をする。視界に映るのは先ほどの華やかな観光地と打って変わって無機質な壁に囲まれた室内。広さは十分にあるが、観光客もいなければ、観光するところでも無かった。ただ、銃声と怒号が響き渡る華やかさとは無縁な場所。
「何を言ってるのですか?元々私たちはここに来る予定だったのですから問題ないでしょう。それに、後で動くともいいました。思う存分動きましょう。ここで」
ここはDAの京都支部だ。たきなからすれば、慣れ親しんでた場所であるが、千束からするとあんまり関わりたくない場だろう。むくれる理由は明白だ。
「あたしは、たきなともっと観光スポットを巡りたかったんだよぉ」
「巡りましたよ十分に。なのでこれから仕事です。店長からも言われてたので」
「たきなの人でなし~!」
後ろから口論の嵐を無視してスマホを確認する。京都支部のリコリスから提示された待ち合わせ時間には遅れなく到着したはずだが、まだ来ていない。
「すみません、お待たせしました」
──と、思ったところで声をかけられ顔を上げる。その瞬間唖然としてしまう。
「なっ・・!」
「ん・・・ああああぁあっ!!」
千束もつい指を指して驚く。何せそこにいたのは春川フキだったからだ。
「なんであんたがここにいんの!?」
「え?」
「京都にまで来て喧嘩売りに来たか、その喧嘩買った!」
心底嫌そうに悪態をつく千束。通常ならこの辺でフキも牙を剥いてくるはずなのだが──。
「あの・・・人違いではないですか?」
「「え!?」」
二人そろって鳩が豆鉄砲食らった顔をする。まるで白昼夢にでもあったかのように千束とたきなはあんぐりと口を開けて呆けていた。
「つまり別人と言うことですか?」
「はい、誰かは存じ上げないのですが、私はお二人の知っている人物ではないです」
数分後、とてもとても信じられないことだが、目の前のフキとうり二つの人物が別人なのだと納得した──たきなだけ。依然として千束だけは警戒態勢だ。それも仕方の無いことだろう。他人のそら似といえどいつもいがみ合っている顔がいれば落ち着いてはいられない。
少し離れた壁から顔を出して千束はフキ似の人物を伺っている。まるで警戒心MAXの小動物のようだ。
「たきな、たきな」
小声でたきなを呼びつける千束。ため息を吐き、フキ似の人に断りをいれてから呼びつけに応じる。
「何ですか?」
「何ですかじゃないよ。何の悪い冗談なの!?」
「どういうことですか?」
「アレですよアレぇ!あたしが仕事サボろうとしたからってあんな悪趣味なサプライズはどうかと思うよ」
人目もはばからフキ似の人を指さす。
「失礼ですよ千束。それにやっぱり仕事サボろうとしたんですね」
「うっ、いやあの、それはそのいつかは来ようとは思っていたというか──」
「あのぉ、お話続けていいですか?」
「ひゃあぁあっ!あ、あたしの後ろにたつなぁっ!」
言い訳の口実にあたふたしている千束の背後から質問が飛んできて千束は反射的に身じろいでたきなの陰に隠れる。
「千束、この方は本当にフキではありません似ていますが別人です」
「・・・本当?」
たきなの後ろで警戒しながら首を出す。まだ半信半疑のようだ。
ようやく話せると思ったのか、フキ似の人も姿勢を正す。
「初めまして、東京支部の方々。京都支部の秋風キクと申します」
キクと名乗る少女は優雅に一礼する。丁寧な挨拶が様になっていた。似てる顔を知っている分、千束とたきなの違和感は半端なかった。
「・・・おいおい、名前もなんか似てるぞ。もしかして親戚か何か?」
「我々DAに血縁関係はありません」
「たきな様の仰る通りです。私もフキ様という方は存じ上げておりません。情報不足で申し訳ありません」
深々とお辞儀をするキクの姿に千束は身震いする。粗野で乱暴な言葉遣いなフキと正反対な性格。なのに顔は同じという混沌めいた状況に耐えられる自信が無かった。
「それはそうと、貴方の噂は兼々、[[rb:こちら > 京都]]まで伝わっております。お会いできて嬉しいです錦木千束様」
「いいっ、や、やめてやめて!その顔で千束様なんて!?嫌がらせを通り越して拷問だぁ!」
珍しく相当千束に応えるものに巡り会ったようだ。
「では、なんとお呼びすれば?」
「普通に千束でいいよ!」
「では、千束──さん。・・・ああ、ダメです!会ったばかりなのに呼び捨てなんて」
顔を赤らめ恥じらう仕草をするフキの顔に似た誰か。千束はもちろんのことたきなも「誰だこいつ!?」となった。
さすがに認めざるを得ない。目の前で恥じ入ってる人物は確かにフキでは無いことを。だが、割り切れるかというと話しは別だ。
「・・・うあぁ、久しぶりに鳥肌たったよ。なんか夢に出てきそう」
「同感です。見知った人相なだけに強烈です」
お互いいったん深呼吸して落ち着く。何にしてもこのままでは話しもままならない。この際フキ似の顔というフィルターを取っ払って、一度フキの存在を忘れようと二人は目配せする。「フキ?は?誰それ?」である。
「──よしっ!覚悟決まったぁ!じゃあ、改めて自己紹介からやり直そう!あたしは千束。よろしくね、キク!」
「井上たきなです。今日はよろしくお願いします」
「改めまして、秋風キクです。仲良う・・いえ、仲良くしてください」
後光が差すような笑顔だった。本当に初対面として会っていたなら好感印象MAXのファーストコンタクトだったろう。覚悟と気合いを入れても二人とも(特に千束は)顔を引きつらせてしまう。何せどっからどう見てもフ・・・いやいや、そんな奴は存在しないと千束は思い込む。
「それじゃあ、施設を案内しつつ、お二人には訓練に参加していただきます」
キクのガイドに従いつつ、千束とたきなは後をついて行く。
最初こそ見知った顔に違和感を覚えていた二人も慣れてきて、千束はキクと他のリコリスたちと、たきなは施設の構造や訓練マニュアルに興味を持っていた。
施設を一通り巡った後に訓練着に着替えた二人は提示された軽い体力検査を行う。内容は東京支部と大きな変わりは無い。
そこからツーマンセルチームによる模擬戦。まずはデモンストレーションとしてキクと後輩のリコリスが先陣を切った。
「クレハ、落ち着いて狙いなさい。ナンバー5!」
「はい、先輩!」
クレハと呼ばれた小柄なリコリスは緊張しながらも、キクの指示に従い、冷静に銃の狙いをつける。
おそらくまだ実践経験に不慣れなのだろうと千束とたきなはフィールドの外から見ながら思った。ただ、キクの指示に対して絶妙なタイミング合わせは目を見張る物があった。相当な集中力があるのだろう。射撃の精度もそれに見合っていた。
キクはキクで後輩の様子を見ながら指示も出しつつ、対戦する相手に隙を見せてはいない。顔が似ているだけじゃなく、実力もフキと同じくオールラウンダーのファースト・リコリスだ。
「クレハ、リバース・ナンバー8!」
「はいっ!」
背後から迫るリコリスに気づいたキクの指示によってクレハは振り向きざまの早撃ちによって相手の右足を赤に染めた。訓練用のペイント弾なので怪我は無いが、これで相手リコリスは一人脱落だ。と──同時にキクも正面のリコリスをペイント弾を当てて訓練終了。
「ご苦労様。クレハ」
[[rb:相方 > バディー]]にタオルを渡す。クレハはそれを受け取り、申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません先輩。足を引っ張ってしまって・・・」
「何言うの?ちゃんと指示に従って動いたのだから上等よ」
「は、はい・・・」
「でもそうね、指示に従うだけでは実戦では通じない。それは貴方も分かってるわね?」「それはもちろん」
「貴方のその集中力は強い武器だけど、状況が把握出来なくなりがちなのは諸刃の剣ね。いざという時は私も指示出来るとは限らない。その集中力をコントロールすることが今後の課題ね」
「す、すみません」
「そこは謝るとこじゃないわ。目的が分かったのだから前向きになるところよ。早く自分の武器を自分の感覚としてモノになさい」
「は、はい!」
キクのアドバイスにクレハは頭を下げて待機室に戻る。その一部始終を千束は頬杖つきながら見守っていた。
「──いいじゃん」
チラッ─とキクと視線が合う。そのまま千束たちの下へと歩み寄る。
「お待たせして申し訳ないです。退屈でしたか?」
律儀に見学していた二人に会釈をする。それだけの動作なのに品性を感じさせた。そして実力も──。後輩をカバーしながら的確に戦況を見れる目はリーダーとして申し分がない。
「ううん、やるなぁお主。どっかの誰かさんも見習って欲しいくらい」
「実に見応えがありました」
二人の賞賛にキクは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「お二人にそういっていただけると我々も励みになります。──あの・・厚かましいお願いなのですが、お二人の実力を私に見せてもらえませんか?」
綻んだキクの顔に真剣さがにじみ出た。獲物を狙う鷹の如く鋭い目つきはフキとよく似ていた。
「もちろん。元々訓練には参加する手はずなので。千束、よろしいですね?」
「んー、たきながどうしてもっていうならお願い聞いちゃう」
「どうしてもです」
「アイアイサー!てなわけで、泣きべそかいても知らんぞ~」
千束の軽い挑発をものともせず、キクは丁寧にお辞儀をする。
「ご教授感謝いたします。こちらのバディはクレハが続投します」
ルールは2on2のチーム戦。使用武器はペイント弾用の銃と強化ゴム素材のナイフのみ。徒手空拳ありの本番を想定したものだ。
千束は軽く体を伸ばしてウォームアップ、たきなは銃のマガジン、スライドの手応えと重心の確認をしていた。
キクチームは軽い打ち合わせを諸々に戦術を練り、そして──模擬戦状況開始。
遮蔽物は最低限。レンジはミドルレンジ以上、ロングレンジ未満。この模擬戦のシチュエーションは少人数による極限の状況制圧だ。もとより、リコリスは秘密裏による危険分子排除が多くを求められる。もちろん集団戦の状況もあるが、それは対テロや集団犯罪の一掃という場合による。言ってしまえば後手に回った[[rb:シチュエーション > 場合]]だ。リコリスの仕事としては理想はそうなる前に片付けること。つまり最短最速。
今回の模擬戦はそれを想定したもの。命のやり取りが秒で決着が着く極限の距離と状況。加えて、頼れる[[rb:相棒 > バディ]]は一人。この状況もリコリスでは特に多くなるシチュエーションだ。
先陣を切ったのはキクだ。遮蔽物に身を隠しながら全体を把握する。直感が告げた──。動きに合わせて来る!
身を隠していた壁に一発──井上たきなによる威嚇射撃だ。だが、これではない。本命は──
「紅葉、ライト・ナンバー1!」
後方に待機させていたクレハによる射撃が2時の方向から迫ろうとする千束の顔面を狙うが、まるで先読みをしてるかのように弾は空を切る。
「っ・・噂通り、本当に弾を避けるんね」
キクは戦慄する。尋常離れした身体能力だ。いくらペイント弾といえど実戦でこんな芸当を見せられてしまえば焦るだろう。事前の情報があったからこそ冷静に対処が出来る。
「レフト・ナンバー6!」
後方の相棒に指示を出すと同時に遮蔽物から身を乗り出して駆ける。同時に発砲音。クレハの弾丸が11時の方向にいるたきなの左手を狙った。
「くっ!」
一瞬だが身を翻し、たきなは遮蔽物に隠れた。そしてこの瞬間をキクは待っていた。
後方支援が止められた頃にはキクは千束までの距離を半歩以上詰めていた。
「わお、情熱的~」
依然として千束は余裕の態度を崩さず、距離を詰めながら撃ってくるキクの弾丸を避けるという芸当をやってのける。
[[rb:視 > ・]][[rb:え > ・]][[rb:る > ・]]千束はキクの撃つ弾道を感覚の中で捉え、避け、そして撃ち終わったインターバルに合わせ、キクを迎撃しようと照準を構えた瞬間──[[rb:閃光 > フラッシュ]]!
「っっ──ちょ、ちょいちょいちょい!?」
銃身を構え、[[rb:照準完了 > ゼロイン]]の瞬間の視界狭窄による隙を突いた射撃が千束を狙った。キクの背後からの援護射撃だと理解しながら照準を外して後方へとバックステップで躱すと──キクが眼前に迫っていた。
ガシッ─!
銃の距離から近接の距離へと──。次の[[rb:動作 > モーション]]に以降する前にキクは千束の片手を掴んでいた。即座に空いたもう片方の手にナイフを持ち、一撃を突き入れる。が、千束も負けじと瞬時に銃を捨ててナイフでキクの攻撃を弾く。
「焦ったァ。やることエグいね」
「堪忍ね。こうでもせんと、一本もとれそうにないんで。──幻滅した?」
「ノン。勝てばよし!」
「おおきに」
再びナイフファイトの攻防。互いに片手は封鎖された五分五分の条件。いや、掴んでる労力を鑑みればキクの方が僅かに不利かもしれない。
その機会につけ込もうとたきなは常に照準を合わせ、キクに狙いを定めていた。だが、狙いをつけようとする度に千束の陰を盾に銃の死角領域となる。まるでこちらの動きが分かっているかのように──。・・・いや、事実視えているのだろう。狙おうとするタイミングに合わせてズラされる。非常にやりずらいと思うと同時になんたる全体視野かと驚嘆する。
「人を弾よけにの盾に使うなん悪い性格してるねェ」
片手を封じられキクのペースにのせられつつも、千束は背後のたきなの視線を感じ取る。だいぶやりにくそうだ。それだけキクがよく視ているのだろう。
「では、性悪ついでにもう一つ」
攻防を仕掛けてるキクの頭が揺らいだ。同時にナイフの持ち手──その五指の小指が動いたのを千束は見逃さなかった。その瞬間──
「っ──!!」
コンマ一秒の差で千束の左手のあった位置にペイント弾が通過した。とっさに左手を注視して[[rb:視 > ・]][[rb:た > ・]]のだ。その弾道を。そして同時に千束は確信した。
「!?」
キクは驚いた。完全な不意打ちを破られたことに対して。ありえないと思った。いくら目が良くても目に見えない射撃を躱すのは不可能なのに──。
(まさか、作戦がバレとる?)
そんなはずは無いと気持ちを切り替える。さすがに目が極限まで良くても耳までは無いだろうと希望を抱きながら次の指示を背後の紅葉に下そうとするが、
「おっとっと、持ち手の握りが甘いとすぐ持ってかれちゃうぞ───こんな風に」
ガキッ─とナイフとナイフがぶつかると返しの刃で指示のための指動作の隙を狙って千束はナイフを弾き飛ばす。
「くっ!」
弾かれたナイフに気を止めず、キクはその腕を落として千束の追撃を潰し、腕を絡ませながら片手による変則的なディザーム。
千束の手からナイフが落ちる──瞬間、キクの視界が回った。
「え?」
「押し倒しちゃった~」
ディザームした腕と逆の腕を極められ、気がつけば千束に押し倒される形になっていた。何が起きたのか分からず、逡巡呆けてしまう。眼前に映る満面の明るさを体現した笑顔に「綺麗」と率直な感想が口から漏れる。
「お?」
間抜けな本音を誤魔化すように瞬時に状況打開の思考に全振りする。機転は早かった。
キクは足を折りたたむと千束の支えとなっている腕を掴み、その場で体を捻る──と、同時に折りたたんだ足を差し入れて腕ひしぎ十字を極めようとするが───極まらない。
「油断するとやらしいことするのは[[rb:あいつ > フキ]]とおんなじだわ」
極まれば千束を仰向けに倒れさせることが出来るのに極まらない。理由は明白。フィジカルが違いすぎる。
(どこに、こない力が・・・!)
見た目と違うしなやかで強靱な身体だと実感する。
一秒ほどの拮抗状態の後、キクが動く。マウント返しの半端な体勢から脱出すると即座に銃を構えようと立て直す。ナイフは弾かれて手元にないが、銃はホルスターにしまっていた。対して千束は先ほどナイフファイティングに引き込んだ際に銃を捨てている。このアドバンテージはでかい。後は構えて撃てば──
パンッ!
刹那、時間が止まった錯覚。まだトリガーを引いていないのに銃声。視線を落とすと胸を覆うトレーニングウェアが赤く染まっていた。コンマ一秒差の決着。
モニターからビーッと失格の音が鳴る。間髪入れずもう一つの音が響く。どうやらクレハもオーバーしたようだ。
正面にいる千束を見据える。おちゃらけた雰囲気なんて皆無の鋭い目に畏怖を覚える。その手には銃が握られていた。捨てたと思っていた銃が手にある。いつの間に・・・。
おそらくキクを押し倒した時に回収したのだろう。虚を突かれたといえど射撃の狙いも精確さも、速さも上をいかれた。完敗だ──。
「・・・・──お見事です」
その言葉が模擬戦の終了を表した。緊迫した空気が軽くなり、他の観戦していたリコリスも気が緩み、拍手が上がる。
「お疲れ様でした」
「あ、たきな!援護ありがとね」
相方に気づくとすぐさま軽い雰囲気になる。決着の瞬間に見せた名刀のような鋭さはなりを潜めていた。いったいどっちが本心なのかつかみ所が無い。
「先輩、すみません・・・」
クレハがしょんぼりしながらやって来る。射撃の精度に自信がある分、外したのはショックだったのだろう。
「クレハ、今日のことは大きな糧よ。こういった理論では測れない人物も実戦には間違いなくいるのだから。大事なのは一人になってもめげず、最後まで粘ることよ」
クレハは後方支援とすれば理想の人材だ。だけど如何せん、実戦への自信が欠けている。今回の経験は後に確実に繋がる。
「人を化け物か何かみたいに失礼な」
少し顔を膨らませつつ、抗議申したてながら千束たちも来る。二人とも息一つとして乱れていない。
「お二人ともありがとうございました。貴重な経験でした」
「いえ、私も良い経験でした。あそこまで撃ちにくい思いをしたのは初めてです。──目が良いのですね」
少し悔しそうに口を結ぶたきな。こちらも相当射撃に自信があるのか、クレハと違う意味でショックだったのだろう。
「そちらと比べたらまだまだです」
千束を見ると、ご機嫌な様子でピースサイン──そしてそれを[[rb:窘 > たしな]]めるたきな。本当に仲が良い。
「一つ伺いたいのですが?」
「ん、何?」
砕けた会話をしている気になった疑問を投げる。
「千束さんは何故クレハの射撃を躱せたのですか?」
「おお、あれ?──勘だけど、キクがやってたサインってアングルナンバーでしょ?」
「・・・はい、その通りです」
人体には急所となる部分がいくつかある。
そこを切られたり、または撃たれたりすると致命傷を負う。アングルナンバーとは1から10までの人体急所を数字に振り当て指示を出すシステムだ。
「あたしたちと模擬戦する前も、後ろのクレハに声で指示出してたじゃん?んで、最初に思ったんだ。作戦バレバレだなァって。だからそれが狙いだって気づいた」
「やっぱりバレていましたか」
あからさまなブラフは当然露見してしまう。だが同時に分かっていても事前に知らされている情報に惑わされてしまうのが人間の心理だ。それが極限の状態であればあるほどに。千束との対峙はまさにその状態のはずだった。と言うよりかはキクがその状態まで持って行った。が、結果は負けた。それだけが疑問だった。
「本命は声じゃなく、指による指示でしょ?」
「そうです」
そう──。最初に仕掛けたのはキクが千束に接近しながらの射撃──千束は避けながら撃ち終えたキクにカウンターを合わせようとした時、指による指示を出しながらヘッドスリップして後方からの紅葉の死角射撃を狙った。
「初撃は焦ったよ。でも落ち着いて考えれば指示を出す方法だって限られる。そうなると手振りや仕草が良いところ。後方から、それもバレないようにするなら指しかない」
「さすがです。ではサインの法則は?」
「多分、1から5までの合図は親指から小指まで順に立てていって、6から10までは逆に小指から親指まで順に立てる。武器を持っていると立てられる指は1、2と小指側からの6、7くらいだから必然と頭か喉元、左腕か右大腿に狭まる」
初撃でそこまで洞察するとは・・いや、むしろ初撃こそ決めるべきチャンスだった。最初の合図はヘッドショット。それが災いした。いくら不意打ちといえど、千束は正面からなら[[rb:視 > ・]][[rb:え > ・]][[rb:る > ・]]のだ。キクは反省する。千束の動体視力の驚異を侮っていたことを。
「完敗です。あの一瞬でそこまで読むとは恐れ入ります」
「お主こそ、いやぁな攻撃が上手かったよ。たきななんか泣き寝入りだもん」
「泣いていませんが!?──しかし、見事なコンビネーションには苦しんだのは確かです」
そこからは両者互いに話しが続き、他の訓練生との会話が弾んだりした。どうにも東京支部と違い、京都支部は殺伐としていない。だいたい千束が顔を出すと、敵対視か、異分子を見るような扱いなのだが、ここではそんなことはなかった。多分、まとめ役のキクの物腰が柔らかいからだろう。
大分話し込んでいて気がつけば夕方から夜に差し掛かろうとしていた。
「ん~っ、京都の空気は美味いねェ」
「いや、変わりませんでしょ?」
体を伸ばす千束に冷静なツッコミをいれるたきな。いつもこんなほんわかしてるのかと、キクは少し羨ましさを感じた。上司という立場上、そんな相手はいないからだ。
「たきなは[[rb:ここ > 京都]]出身だから、貴重さが分かってないんだよ。──ていうか、どうだったの?」
「何がです?」
「ここ、たきながいた場所なんでしょ?」
何となく千束は不安を抱く。先ほど施設を回ったとき、何人かたきなを知っていたリコリスがいた。これを機にたきなが京都に戻ってしまうのではないかという不安。そんな千束の不安に反してたきなはあっさりと答える。
「まぁ、久しいなという感じです」
「それだけ?」
「?・・・どういうことですか?」
「いや、なんか親しい人とかと再会出来たとか無いのかなぁって」
「あ──」
千束の言いたいことが理解でき、少し考えた後、[[rb:俯 > うつむ]]く。
「い、いるの!?」
たまらず相棒の肩を掴んで確認を取る。たきなは顔を赤らめながら「いえ、その・・・」とぼそぼそと口ごもる。
「あたし以外に誰と!?」
「い、いません!」
「見え透いた嘘はこの千束さんにゃあ通用しませんよ!今なら許してあげる。あたし寛大だから!」
「だ、だから本当です!いません!──私、友達がいないんです!!」
夜空になりつつある夕刻の空に悲しい告白が響く。[[rb:親しい人 > 友達]]0人だったという暴露にたきなは恥ずかしさで顔が真っ赤に染まる。夜も近いせいもあってか、京都に吹く風は冷たく虚しかった。
「──あの、たきな・・さん──。大丈夫だよ。友達いなくても死にはしないし・・・。ごめん」
「放っておいて下さい!」
なんとも気まずい空気だ。しかも今日初めて会ったキクにまで筒抜けときたもんだ。さすがの千束もやっちまった感が拭えない。
「──ま、まぁ、リコリスは異動が多いので、たきなさんが京都を発ってから一年くらい、その間に顔見知りの方も入れ替わってると思われます。現に私もたきなさんと入れ替わりで来たので初対面ですし」
と、そこでキクから救いの船が上がる。
「そ、そうなんだ~。確かに二人とも初めましてな感じだったもんね──ねぇ~?」
ぎこちなくも話しをたきなに振るが、つーんとそっぽを向かれる。どうやら相当気にしているようだ。・・・若干涙目だった。
「お、おーい、たきなさん?」
「知りませんっ!」
相当ご立腹な様子──それに対する弁明を図る関係にキクは少し憧れを抱く。
「そんなこと仰らないでよォ。それに、たきなを知っていた子たちも何人かいたじゃん」
「・・・同期ですが、お互い話したことはありません。後は見たこともない後輩です」
おそらく廷空木での一件でたきなの噂も伝わっていたのだろう。好奇心からなのか、それとも知り合いアピールをしたかったのか、どちらにしてもたきなには興味がなかった。
「仲が良いのですね。お二人の関係は羨ましいです」
「え、キクは他の子たちか慕われてるじゃん。クレハからも信頼されてたし」
「それはあくまで上司として、接してくれてるだけです。砕けた相手というのは私にはいません」
慕ってくれていてもその先は無い。千束とたきなのような無二の友人と呼べる相手はいない。
「それはおかしいねェ。だったら、キクにとってあたしとたきなは?──あたしらはもうとっくにキクに対して砕けてるよ」
「え?」
呆気に取られてると千束がキクの手を取る。一緒にたきなの手も繋ぐ。
「つまり、これが友達ってこと!」
千束が二人の手を繋ぎ、中心となりどうだと言わんばかりに示す。突然言われたことに対してキクの頭はクエスチョンマークに埋め尽くされた。
「え、しかし私たち今日会ったばかりですが・・・?」
「なぁに~?そんな薄情なこと・・あ、いや、こっちだといけず・・っていうんだっけ?──まま、とにかく時間なんて関係無いってこと!こんな会話してる時点で友達以外の何なのさ?」
「言っている意味は謎ですが、こういう時の千束はストレートで助かります。──まぁ、私も同じ気持ちです」
もし心に距離というのがあるとするならばこの心地良い感じは友達の距離なのかもしれないとキクは思った。穏やかで暖かくて気持ちが落ち着くこの感じ──。
ふと、この感覚をキクは同僚や後輩からも受け取っていたことに気づいた。もしかしたら──みんなキクのことを友達としても接していたかったのではないか?
自分はリーダーとしてみんなの命を背負う立場にある。だからこそ、他の子たちとの距離も一定を保つべきだと考えていた。そして他の子たちもそう望んでいたと思っていた。それが責務だと信じていたのだが、どうやら勝手な思い込みだったのかもしれない。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます。よろしゅ──っ、よろしくお願いいたします」
改めて挨拶すると焦ってしまい、方言が出かかってしまう。出会ったときは義務感からの緊張はあったが、これは何とも心臓が高鳴り、汗がにじみ出る。
「うーん、なんか固いよねェ」
心内が読まれたのか、千束は少し不満そうだ。
何か迷惑をかけてしまったのだろうかとキクは焦るが──
「よし!明日は一緒にでお出かけしよう。んで、キクは明日までにその固い雰囲気を無くすこと!」
そんなことは杞憂だったようで、千束はズイッとキクに近づいて、花のような笑顔で案を出す。
「千束、さりげなく明日の仕事をサボろうとしてませんか?」
「そ、そんなこと無いよォ・・・」
相方の鋭い指摘に千束はあさっての方向を向くが、見逃しはしなかった。
「お出かけは今日したので十分でしょう。明日は[[rb:こちら > 京都支部]]でのマニュアルの見直しとミーティングと技術開発の見学と──」
「ちゃいちゃいちゃいっ!まさか一日中そんなんで過ごすの!?」
「何か問題でも?」
「問題しかないよ。そんな缶詰じゃ、息が詰まっちゃうって!」
「あのですね千束、我々は仕事で来てるのであって、遊びでは無いんですよ?」
ため息をついて至極まっとうな理由を繰り出すたきな。
キクもたきなの言い分には理解できる。それよりも千束に対して意外な印象を持ったのだ。名実共に最強のリコリスと呼ばれた人がまさかこんな自由奔放な人だったとは思わなかったからだ。でもそれは幻滅などでは無く、ある種の羨望だ。
自分では──いや、リコリスではこんな生き方は出来ないだろう。なるほど、反感を買いやすいという噂はここにあったのかとも納得する。
リコリスはみんな孤児だ。生きるための選択肢は初めから与えられていない。他のリコリスからは疎まれながらもその生き方を変えない千束の強さはしかし、リコリスにとっては希望の一つになるのではかとキクは思う。だから──
「いいですよ。お出かけ、しましょうか」
「え!」
「なっ!?」
二人の反応は驚きだが、顔は正反対だった。一方は期待、もう一方は信じられないといったようなものだ。
「大丈夫なのですか?そんな独断を出してしまって」
「午前は主に自主訓練なので各々それぞれの行動をしてます。お二人は午後から来ていただくのでそれまででしたら特別問題はありません。──それに、親睦を深めるのも訓練の内かと」
「お、いいねぇ~。早速砕け方が分かってきたじゃん!じゃあ、明日楽しみにしてる!」
「はぁ~、仕方ありません。確かに互いに知ることはチームワークにとって大事なことですね」
呆れながらも、承諾するたきなに若干申し訳なさがあるが、せっかくのおさそいを無下にすることはキクには出来なかった。それに模擬戦の時に見せた千束の鋭い眼差しは今も脳裏にこびりついている。いったいどっちが本当の千束なのか、見極めたい好奇心があったのだ。
「では、明日お待ちしています」
話もついたので解散。
黄昏も過ぎ、夜のネオンがつき始めた街へと向かっていく二人。砕けた会話をしながら歩いて行く姿に踊るようにくっつく影。それはまるで影踏みに興じる無邪気な子供のよう。そんな二人に背を向け、キクは施設に戻っていった。
卍
DAには拠点となるセーフハウスが全国にいくつも存在する。大きな地域となるとホテルそのものが一つのセーフハウスという場所もある。京都はその一つ。もちろん顧客名簿はフェイクでスタッフも全員訓練を受けているエージェントだ。脱出口も整えられ、武器も一式以上に揃えられている要塞のようなホテルである。
「たっだいま~!」
そんな安全と装備が完備されているホテルの一室のドアを勢いよく開けて元気な声が響く。
「うるさぃなぁ~。遠出してきたならもう少し疲れたように帰って来いよ」
煩わしそうにパソコンの画面から顔を上げて覗かせたのはさっさとホテル番に入ったクルミだった。相変わらずの省エネスタイルである。
「つか、なんで出かけたあたしたちより疲れてんの?」
「ボクは誰かさんと違って常に頭を使ってんの。でも、さすがにエネルギー切れ・・・。──おい、なんか甘い物ない?」
ベッドの上で体を四つん這いになりながら伸ばす姿は小柄な体躯と気まぐれそうな顔も相まって猫のようだ。
「お土産あるよ。濃厚抹茶のベッコウ飴!──それにしても何やってたの?」
千束からの手渡しを袖の上で受け取るとそのまま口に放り込みながらクルミはパソコンに向かう。
「ミカに頼まれてちょっとな・・・。それよりそっちはどうだったんだ?」
「もう驚いたのなんのってさ!聞いてびっくりするなよ~」
千束の話しをよそにたきなは荷物を下ろし一息吐く。今日の反省点を振り返る。あの模擬戦──。2on2の対決でずいぶんと動きを封じられたという悔しさだ。正直、千束がいなければ負けていただろう。さすがはファーストだと思う。相当にチーム戦に慣れている指示と判断力だった。だが、次はそうはいかないと悔しさと共に心に誓う。
ふと、同じ顔の知人が頭をよぎる。もしかしたらキクはフキと同等の実力かもしれない。千束はイレギュラーなので除くが、たきなをしてフキには一度も勝てたことは無い実力者だ。だが、キクの周りを視る目はあのフキでも苦戦するかもしれない。
「ねぇ、たきな、一緒に温泉入りに行こう!」
クルミと話しは終わったのか、千束はたきなの方へと寄ってくる。
「温泉、ですか?」
「そう!さすがDAが誇るホテルだよね。温泉貸し切り~だって!」
「・・・いいですよ。行きましょう」
逡巡考えたが、たきなは千束の提案に乗ることにした。
「あぇ、なんかノリがいいね?いつもなら一人で入ってくださいとか言いそうなものなのに」
風呂一式セットを出しながらせっせと温泉に向かおうとすると怪訝そうな顔で千束が訪ねてくる。
「・・・から・・」
「ん?なに?なんか聞こえなかったけど?」
「今日は、楽しかったから・・最後まで付き合います──い、行かないなら一人でいきます!」
ぽかーんと呆けている千束を置いてさっさと一人で浴場に向かおうとすると一秒程してから顔をにんまりしながら追いかけてくる。
「ちょちょ、待ってよ待ってよ、たきな!え、なに、もう一回言ってよ~。今日がなになに?」
「知りません!何も言ってません!」
慌ただしくも騒がしい二人の会話は浴場に着いても続いていた。
かぽーん─という擬音が挟まりそうな和に[[rb:準 > なぞら]]えた温泉は二人で[[rb:寛 > くつろ]]ぐには十二分に広かった。身体を洗い、髪にタオルを巻いてさっさた湯船に浸かると二人して「はふぅ~」と気の抜けた声が響き渡る。
「あぁ~、たきなさん、わしゃあ極楽じゃよ。いつお迎えが来ても悔いはないぜ」
湯船から大胆に行儀悪く足を出しながら鼻歌交じりに意味不明なことを口走る。
「・・・行儀と縁起が悪いですよ千束」
「そうは言うけどねぇ、温泉ってなんかそう思わない?なんか仕事終わりの疲れに効くぅっていう感じ」
「半分は遊んでいたと思いますが・・・」
たきなは湯に顔半分を沈ませ考える。今日のことでは無い。廷空木での事件のことだ。 あれから一年と少し、あの事件を通してたきなは千束という少女を深く知ったと思う。だがそれと同時に彼女の危うさ──何より自分自身が千束という人間を失ってしまったらという恐怖を抱くようになったのだ。かけがえのない大切な友人を手に入れた代償はその友人の死への恐怖。
今だってそうだ。何気なく発した縁起の悪い千束の言葉にもズキリと心が痛む。
「おーい、どしたぁ?しおらしくなっちゃったけど」
少しナイーブだ。先ほどの模擬戦を引きずっているのだろうか?
顔半分湯船に沈ませながらブクブクと子供じみた真似をする。千束はたきなの気持ちも知らずいつもと変わらぬ様子だ。そう、変わらない──はずだ。どんな危険であろうと千束は変わらず、乗り越えて帰ってくる。
だけども、ふとした瞬間──どこか遠くへ行ってしまうような気もするのだ。まぁ、もちろんそんなことになったら地の果てまで追いかけてとっ捕まえるわけなのだが・・・。
だが、死んでしまったらその先は無い。考えただけで身震いしてしまう喪失と虚無感が後に押し寄せて来る。そして絶対的な孤独感──。
いつか、目の前の明るい笑顔は私の下からいなくなってしまうのだろうか?それだけが今のたきなにとっての恐怖だ。
「千束は──」
「ん?」
「千束は怖くないのですか?」
「なにがさ?」
「・・・・・・」
沈黙──。
馬鹿げたことだと思う。リコリスなのだから死への覚悟なんてとっくに出来てるはずだ。この質問は全くもって不毛なものなのだ。
「いえ、忘れてください──」
「怖いよ──一人ならね」
「え?」
「でもみんながいるからね。それに相棒もいるし、怖さなんてどっかにいっちゃうぜ」
千束は余裕綽々といった挑発的な目線をたきなに送る。いつもの千束だ。これだけでも心はホッとする。まだ、あの時みたく、死に際の儚さは無い──。
「そうですね。千束は──そうですよね」
たきなの気持ちを察して言ったのか否かは分からないが、今はその気持ちを聞けただけでも良しとしよう。湯船から顔を上げようとした矢先──
バシャッ─!
まるで待ってましたと言わんばかりに顔面にお湯が掛かる。
「油断大敵ぞ、たきなどの」
湯をかけた元凶は指を銃の形にしながらしてやったりと言った仕草で笑みを浮かべる。
ポタポタ・・・。
沈黙。雫が湯船に滴る音だけが響くこと数秒。陽炎のように空気が重くなる。
「千ぃ束ぉ~~」
濡れた髪の下に般若の如く怒りの顔がそこにあった。
「ア、アハハ・・・げ、元気出た?」
若干頬を引きつらせながら千束は苦笑いで誤魔化そうとするが、たきなは一瞥もせず桶を手に取るとお湯を掬って豪快にターゲットめがけてぶっかける。
「ちょっ、それはズルいって!!」
それからしばらくは貸し切り温泉は騒がしかった。
「いやぁ、楽しかったね」
「私は疲れました。温泉に入りに来たのに何故こんなことに・・・」
「そりゃ、たきなが意地張るから」
「千束のせいでしょ!」
温泉から出て色々な意味で緊張が抜けて二人は自室に戻ってくると一人増えていた。別行動をしていたミズキだ。魂が抜けたように真っ白だった。
「・・・どしたのコレ?」
「ボクに聞かれても察しろとしか言い様がないな」
「私という美貌があるのに何故京都の伊達男どもがちゅれない・・・?」
ベッドにうっぷした状態でミズキは虚しい涙を流していた。
まぁ、普段通りのようだ。この辺はいつもの流れなので放っておくことにするのが情けだ。たきなが「お疲れ様でした」ととどめをさしたが。
「じゃあ、たきな、こっち来て」
「何ですか?」
「温泉の続きで枕投げ──」
「もうやりません!」
枕を持って得意げな顔で言い終わる前にたきなはストップをかける。汗だくになってまた温泉に帰るのはごめんだ。
「──というのは冗談。髪だよ」
枕を捨てると手元には櫛が握られていた。逡巡自分の髪を触り、
「別に、脱衣所で髪は乾かしたので問題は無いかと」
「ダメだよ。[[rb:梳 > す]]かないと明日変な寝癖がつくんだし、せっかくお出かけなんだからしっかりキメなくちゃね」
そいうものなのかと思い、千束に髪を委ねる。
たきなにしてみれば髪なんて邪魔だし、切ろうかとも考えたこともあったが、千束から「せっかく綺麗なんだからもったいないよ」とストップをかけられて今に至る。
「~~♪~~♪」
「・・・・・・」
鼻歌交じりに丁寧に髪が[[rb:梳 > と]]かされる。思うに千束はこういった女の作業を好むことが多い。出会ったころなら意味が分からなかったが、多分これが──こういう何気ないモノが千束の好む”日常“なのだろう。
スーッと引っかかりも無く櫛が髪に流れて心地が良い。
「やっぱりたきなの髪は触り心地が最高」
「そういうものですか?」
「うん。ねぇ、知ってる?黒髪ロングだけにある特権ってやつ」
「なんですかそれ」
「髪纏めたときに見れるうなじのエロさ」
「・・・髪関係なくないですか?」
「バレたか」
と、悪戯が失敗した子供のような仕草で開き直ると再び鼻歌と髪を梳く音だけに──。
「ねぇ」
「今度はなんですか?」
「夕方さ、[[rb:こっち > 京都]]に親しい人がいないって話しなんだけど、あれ、嘘でしょ?」
「・・・・・・」
髪を梳く手が止まった。僅かな沈黙──。
夕方の質問、親しいと言われて一瞬よぎった顔。やはり、千束にこの手の嘘は通用しないかと観念する。
「親しいかと言えば微妙ですが、リコリスになったばかりの頃に憧れた人はいました」
「わぉ、初耳」
「初めて言いましたからね」
そう。たきながリコリスとして生きることになった頃、面倒を見てくれた人。そして千束と出会う前なら間違いなくたきなが認める実力最強のファースト・リコリス。
「教官を除いてリコリスのノウハウをたたき込んでくれた人です。戦略や知識などを諸々に。後──」
思い返す。過去を──。年上というのもあってか、大きく見えたその人の後ろ姿。自分のことを『真面目ちゃん』と呼んで軽口を叩くその姿を。
「どことなく千束に似てたかもしれません」
「おーい、本人のいる前で言うセリフじゃあないぜ」
少しむくれながら再び髪を梳き始める。やはり丁寧な動作だ。しばらくスースーッと髪を梳く音の後、
「せっかくこっちに来たんならさ、その人に会って行かないの?」
「・・・・・・」
さて、どうするかとたきなは迷う。こういう話題となれば否応も無く帰結は会うか会わないかだ。でも、会うことは一生叶わない。なんとなくだが、千束は察しているのだろうとたきなは理解していた。
「もういません。リコリスとして全うしたので」
「──そっか」
話しはそれで終わった。
殊勝な雰囲気にはならなかった。リコリスとするならこんなことは日常なのだ。明日誰がいなくなったとしてもおかしくはない世界で生きているのだから。でも、千束はどうなのだろうか?普通の日常を大事とする千束は今の話しに何を思うのだろう?返ってきた言動や髪を梳く手元からじゃ読むことは出来なかった。
髪を梳いてもらった後、明日に備えて二人は一緒のベッドで(千束の発案で)寝ることに。さすが表向きはリゾートホテルだけあって、ファミリールームのベッドの広さは格別だった。
クルミはいまだにパソコンとにらめっこで、ミズキはヤケ酒ならぬヤケ温泉にしゃれ込んでいった。通常であるなら室内は個別に当てられるが、あくまで任務なのですぐ動けるよう一室のファミリールームにしているのだ。
たきなは横になりながら窓辺に目をやる。綺麗な月が覗いていた。
どうにも[[rb:ここ > 京都]]に来てから調子が上手く出ていない気がする。余計な気持ちばかりが溢れる感じ。故郷の空気がそうさせるのだろうか?
これではダメだと、明日から気持ちを切り替えようとたきなは目を閉じ、微睡みに沈んでいった。
卍
深夜。どことも知れない無人の廃ビルに影が二つ。
「ねぇ、今回のターゲットは何処なのさ、J・D?」
一人は一見、制服を着崩したアンニュイな風貌の女性。そしてもう一人──。
「依頼は誘導作戦だ。特定のターゲットは無い。特定の場所で無差別に暴れるのが俺たちの仕事だ」
J・Dと呼ばれた長身の体躯──全身黒ずくめの幽鬼の如く雰囲気を醸し出す男性。
「ふーん、その場所って?」
「お前にとって縁のある場所だ。ここはかつての古巣だろオリガ?」
J・Dは手元にある資料を女──オリガに投げて寄越す。渡された資料を見つめるがまるで興味がなさそうに足下に捨てる。
「さぁ、もう忘れちゃったよ」
「俺と違い、記憶があるなら大事にすることだな。覚えていられるだけ幸せなのだから」
廃ビルの崩れた壁の際にJ・Dは立つ。高さは7階ほどか。ここから見える景色はずいぶんと殺風景で、乾いた夜の風がまるで亡者を運んで来そうだ。日本か──と思案する。記録では行ったことはあるらしいが、覚えは無い。まぁ、どうでも良い。[[rb:現在 > いま]]も[[rb:未来 > さき]]もJ・Dが望むことはたった一つだ。
「俺に安寧を与えてくれる奴がいれば何だって良い」
祈るようなか細い声はしかし夜の砂塵にかき消えていった。
ご感想・ご意見があればどうぞよろしくお願いします。