リコリス・リコイル 〜Gunner's high〜 作:立河真諺
そして今回から戦闘シーンも多くなってます。
一応ここまでが話しの導入部分として第一幕の最初に繋がっていきます。
深夜──。
バタバタと激しいブレードスラップ音を立てながらビルの屋上にヘリが着陸する。風を裂く
「ん~~っ、やっと着いたァ。ヘリの中はやっぱ窮屈~。そう思わない、J・D?」
「・・・・・・」
声をかけられた黒一色の服の男は何も答えず寡黙だった。一方、声をかけた制服を着崩した女は明るさの中、どこか気怠げさを感じさせる。
パッと見はただの対照的な男女。だが、雰囲気は降り立ったこの地──日本ではまず感じることが無いモノを持っていた。
「やぁやぁ、お待ちしていましたよ」
異様な男女の前に一人の男が出迎えた。白衣を着て髪を整えたいかにもエリート気質そうな中年だった。
「あんたが依頼人?」
「ええ、お二人のお噂は兼々。死地とも言われた戦場から何度も生還を果たしたイモータリィーな方々だと──」
「アタシらのことを知ってるんならだいぶ目立つことになるけどいいの?」
芝居掛かった大げさな口調で話す男を女が遮る。意表を突かれたせいか男は眉をピクリと動かしながら冷静に返す。
「もちろん。むしろその方が都合が良いですからね」
「──オケ。取引成立ね。アタシは
「私のことはドクターと呼んで頂ければ」
まんまじゃんと思いながらオリガは頷く。恐らく素性を知られたくないのだろう。まぁ、どうでも良いことだ。
「──ところで、そちらの方は何とお呼びすれば?」
ドクターは長身漆黒の男に声をかける。
「J・D]
「J・Dさん・・ですか?」
変わった呼び方を要望するなと思っているとJ・Dは懐からメモ帳を取り出す。
「ジャック・ダニエル、ジェイク・ドゥーラ、二番目に良く呼ばれるのは
「・・・なるほど。よろしくお願いしますMr.J・D。──それではお二人方の仕事は期待してますよ」
J・Dとオリガは無言で頷きまだ夜も明けない暗い京都の街へ目線を移す。その目と醸し出す雰囲気は平和ボケした日本にない血なまぐさい狩人のような凄みが備わっていた。
卍
翌日──。
たきなが目を覚ますと隣に千束の姿は無く、朧気な思考に辺りを見渡すとクルミとミズキだけが寝入っていた。朝っぱらから一体何処へ行ったのだろう?
ベッドから体を降ろすとその音にクルミが反応して「ふぁ~~」と間抜けなあくび声と共に起きてきた。
「おはようございます」
「ん~、はよー」
昨日ほとんど一日パソコンと向かい合っていたせいか、袖下で瞼を擦りながらまだ寝不足のようだ。
「千束を知りませんか?」
「起きたばかりのボクが知るわけ無いだろう。トイレじゃないのか?」
部屋の入り口付近のトイレへと目線を移す。と、そこで入り口に千束の靴だけが無いことに気づく。どうやら部屋からは出ているようだ。こんな朝早くから何処へとも思ったが、自由行動を好む千束なのだからそのうち戻ってくるだろうと考えることにした。
「それで、店長に頼まれたことは終わったのですか?」
クルミに視線を移す。昨日からずっとホテルに籠もって作業をしていたのだからこの面子で一番の功労者かもしれない。だが長時間労働に反して、その顔は珍しく
「いや・・」
「歯切れが悪いなんてクルミらしくないですね」
いつもやる気のない姿勢とは裏腹にクルミの仕事はほぼ確実だ。そんなクルミの曖昧な返答は気になるところではある。追求してみようと思ったら入り口のドアが勢いよく開けられた。
「みんな、おっはよ~~!」
千束だった。朝からテンションMAXなのは何処へ行っても変わらず、
騒がしい音にテーブルで寝入っていたミズキが「んあっ!?」と顔を上げる。起きた反動でテーブルに散乱した空き缶が音を立てて落ちていった。
「なに、何事!?」
寝ぼけ眼で周りを伺うミズキ。視界に千束を納めて一秒ほど、盛大にため息を吐く。
「なんだ、千束かよ~・・・」
「なんだとは失礼な。つか、ミズキだらしない。旅行にまで来て何やってんのさ?」
「旅行にまで来て男がいっねぇから酒飲んでんだよ!」
涙を流しながら何とも寂しい理由を述べる。ヤケ酒に溺れる典型的にダメな大人の例だ。千束も若干引いている。
「千束、あぁんたは良いわよねぇ、まだ若いからぁ」
「酒臭っ!ちょっ、近づくなァ!」
亡者のようにゆらりと千束に近づく。ボサボサな髪もどことなく蠢いているようにも見える。その佇まいは魔女のようだ。
「お前の若さァ、寄越せやァ!」
「いやあぁぁあっ!!」
何と不毛で醜い争いだろうか。そもそもこの旅行の本分が違うことにたきなは嘆息する。
「二人とも、仕事で来てるということを忘れないでください」
これ以上続けるとうるさくなりそうなので騒がしい一コマを
「あっ!たきえもん、おはよう!助けて!」
・・・本当に騒がしいな。そして誰がたきえもんか。
千束はさっさとたきなの影に引っ込んでミズキから逃れる。
「たきなァ、お前の若さも寄越せェ!」
「いや、ミズキも若いでしょう?」
自分と10ほどしか変わらないのだから。
「え!?」
たきなの企みの無い素朴な疑問にミズキの瞳がキラキラと輝く。
それから数分、「私若い?」「私イケてる?」というめんd・・もとい、乙女な質問にたきなは素直に「はい」と肯定していく。
「──ッシャアァッ!完全復活!!待ってろよ都の男共、今日こそとっ捕まえてやんよ!」
たきなの肯定発言のおかげか、ふっきれた様子で「温泉行ってくるぜ」と良い笑顔と共に部屋を出て行った。
「・・・いや、だから仕事してください」
「たきなたきな、凄いよ!あの状態のミズキを宥めることが出来るなんて!」
後ろを見れば千束が羨望の眼差しを向けていた。
「ああなったミズキは、気が済むまで暴れておとなしくなるのを待つしか手立てが無いってのに」
なんとはた迷惑な──。というか、もはや扱いが野獣かなにかだ。
「で、貴方は何処へ行ってたのですか?」
「散歩。せっかくリゾートホテルに来てるのに朝の空気吸わないのもったいない」
「リゾートホテルでは無く、セーフハウスですが?」
「野暮なこと言わない言わない。そういえばさっき下でチラッと見たんだけど、ビュッフェやってたから食べに行こうよ」
朝っぱらから千束のテンションは上昇中のようだ。昨日は若干だがしんみりとした空気になってしまったので千束のいつも通りの接し方はありがたかった。ああいう時、たきなはどうすればいいのか苦手なのだ。
「分かりました。着替えるので先に行っててください」
「了~。んじゃあ、お先行ってるね~」
部屋のドアが閉まるとたきなは自身のキャリーバッグから着替えを取り出す。いつも着慣れたリコリスの制服に袖を通してからふと、昨日の会話を思い出す。
『リコリスとして全うしたので』
何気なく出た言葉だが、別段悲しいと言うわけではない。実際本当のことなのだから。だけど、その言葉を言った後の千束の反応が気になった。『──そっか』の一言。
お互い、この環境に身を置いているのだからたきなの言ったその意味を分かっているはずだ。だが、顔を見れなかったがどこか千束からやるせない気持ちを感じたのだ。
何故なのか?困惑。でも何処か理解出来てしまう気持ち。今のたきなの中にはそんな動揺と納得の矛盾した感情が渦巻いていた。
多分それは、たきなが千束を失ったらという恐怖に基づいた気持ちがあるからだろうか?もしかして自分は──弱くなってしまったのかもしれない。そんな不安を頭を振って否定する。
「おい、飯食いに行くんなら何か持ってきてくれ」
声をかけられる。クルミだ。布団に包まって顔だけ出している。体躯が小柄なのと静かだったからすっかり存在を忘れていた。
「ええ。──あの、クルミは自分が昔と変わってしまったと感じる時はありますか?」
怪訝そうな表情を浮かべながらクルミはたきなを見つめる。
「変わるのは当然だろう。生きているのだからな」
至極当然と言ったような答えだ。変わらないという人間はいないだろう。
「そうですよね。ありが──」
「ただな」
「え?」
「どんなに環境や時間が過ぎ去ったって自分の中身は変わらん。ボクはボクだし、お前はお前だ」
話しは以上といったようにクルミは布団の中に引っ込んでしまった。どうやら寝るようだ。昨日から不眠不休でパソコン作業をしていたようだからたきなは妨げにならないようドア静かに閉めて外へ出て行った。
卍
ビュッフェコーナーに来ると千束が大量のお皿に食べ物を運んでいた。しかもだいたいスイーツだ。否応も無く昨日の大盛りパフェが脳裏を過る。
「あ、たきな~」
こちらに気づくと良い笑顔で手を振る。その手には大量の食べ物。まさか、全部食べるのだろうか?
「遅いよ~。先に食べちゃうところだったよ。はいこれ、たきなの分!」
手渡される大量の食べ物が乗せられた皿。
「あの・・これはその、量が多いのですが・・・?」
さすがに一人で食べられる量では無い。でも、せっかくの好意も無駄に出来ないなとやきもきしてると、
「冗談。一緒に食べよう!」
悪戯っぽく笑みを浮かべながら千束はたきなをテーブルまで案内する。
テーブルに着いてから辺りをざっと見渡してみる。当たり前だが貸し切りのようなものだから客は千束とたきなしかいない。贅沢だなと思う反面、スタッフの目線の鋭さや隙のなさは徹底されていた。今だって着いたテーブルの下には銃が隠されている。触れてみると慣れ親しんだ冷たい感触。しかもリコリスに支給されているグロック21では無く、17とは──。
自分が使う癖を見透かされてるようで何となく気持ち悪い。
「ムードがないよね。せっかくの朝食が美味しくなくなっちゃう」
千束も席に着いた段階でどこに何があるのか一通り把握したのだろう。気分を害しながらフォークを口に運んでいた。
「警戒は常に怠らないに越したこと無いでしょう」
「健全な朝ご飯って大事だと思うよ。ピリピリしてる空気の中じゃ不健全──お、これ美味しい!」
不機嫌そうにフォークを口に運んでいたら好みの味だったのか、顔を綻ばせながら喜びだした。何とも単純だが、これも千束の良さなのだろう。
たきなも大盛りに添えられている皿にフォークを伸ばして口に運ぶ。
「美味しい・・・」
窓の外を見る。晴れた空が眩しそうだ。何気ない小さな喜びの積み重ねが日常なのだと千束は言う。でも、その気持ちはリコリスの自分を弱くしてしまうのではないか懸念する。
葛藤。千束の拘りも悪くないと思える。でも同時にリコリスとしての自分の責務がストップをかけてくる。──いや、違う。それは誤魔化しだ。きっとこのまま弱くなってしまったら大事な人を守れなくなってしまうと言う焦りがそうさせるのだろう。
分かっている。分かってはいるけど──。
「分からない」
私はどっちの足で踏めば良いのだろうか?
「なにが分からないと?」
口から漏れた言葉を拾い、千束が大盛り皿の横からヒョコッと顔を覗かせる。。
「いえ──」
「あ、そうだ、部屋に戻ったら制服から私服に着替えてよ。何せ今日はデート!」
無意識に出てしまった自問自答を千束は気にした素振りを見せず、この後の外出のことに目を輝かせていた。
正直、安堵する。自分で発した言葉に対して千束が追求してきたらきっとベストな答えなんて言えなかっただろう。
見つからない答え。モヤモヤして気持ち悪い。でも向き合って行かなければならない。リコリスとしての自分と千束の友人としての自分。この両方に。──でも分からないことを考えても仕方ない。目の前の親友なら立ち止まるより、動くだろう。千束ならそうする。たきなもそれを学ぶことにした。
「着替えに戻りましょう。今日は外出するのにうってつけの日です」
席から立つたきなを見て千束は一瞬呆気に取られたが、すぐに喜びを表す。
「おぉ、乗り気だね。でもさ、一つ勘違い」
「何がですか?」
「うってつけは昨日もだったよ」
「では、今日は?」
「超うってつけの日!」
「何なんですかそれ」
他愛の無いくだらないやりとり。でもそれがどこか心地良い。
答えは未だ見つからない。いずれ分かる時が来るかもしれない。分からないままかもしれない。どちらにせよいずれ選択をしなければならない時がやって来る。それでもこの日常を楽しんでおきたい。今は──それでいい。
卍
私服に着替えた後、たきなと千束はキクとの待ち合わせの南座前に赴いていた。
二人ともリコリスの制服とは違い、軽快でカジュアルな装いだ。
千束はジーンズのショートパンツと赤のキャミソールの上に白いパーカーを着崩しスタイルで、たきなは水色のワンピースの上にジーンズジャケットを着ている出で立ちだ。
そして後一人、今日のメインを待つこと数分──。
「お待たせしました」
畏まった挨拶でキクが二人の下へとやって来る。その装いは昨日と変わらず制服のままだ。
「おはようございます」
「おはよう!」
二人ともキクに軽く挨拶してからこれからどこへ行くかアイディアを出し合う。
「まぁ、とりあえず巡りたい所はいくらでもあるんだけど、その前におキク!」
「は、はい」──お、おキク?
「今日はせっかく楽しもうと思ってるのにその格好は何?」
キクの格好に千束は指を指す。
自分の格好がどこか変なのかキクは困惑するが、千束は待たずに続ける。
「お出かけに制服なんて常識がなってない」
ビシッと断言するが、即座に相方から「いや、常識でしょう。私たちは」と冷静にツッコまれたが華麗に無視。
「キク、良い?あたしたちはリコリスの前に一人の女子なの。だからプライベートはちゃんと私服に着替える義務があるの」
「は、はぁ・・そうなのですか?」
本当にそうなのか、キクはたきなへと疑問の助け船を求めると「そんなわけありません」という答えが返ってくるが千束が聞くはずも無く、
「キク、銃は?」
「え、もちろん携帯してます」
「没収!」
「あ!」
不意を突いてキクの懐から銃を取り上げると瞬時に分解する。
なんと鮮やかで慣れた手さばきか。熟練のガンスミスでもこうはいくまいとキクは思った。
分解した銃は持ってきたトートバッグにさっさと仕舞われる。簡単な仕事は終わったとばかりに千束の話しは続く。
「はい、
ふと、キクの足下から頭のてっぺんまで見てから千束は怪訝そうに眉を寄せて逡巡考える素振りを見せる。
「ねぇキク、ちょっと気になったんだけど」
「?何でしょう?」
そして覚悟を決めたようにキクに耳打ちすると──
「なっ!?なんてことを聞くのですか!?」
「いや、これはあたしの中では死活問題レベルの話しなの」
チラッとたきなを見た後に再びキクに向き直り、「で、どうなの?」と真剣な顔で見つめる。
「いや、どうと言われましても・・・」
「この答えであたしの世界観が崩れるかもしんないの。お願いっ!」
顔を赤らめながら観念したようにキクはため息を吐く。
「・・・穿いてます。当然女性用です」
「やっぱりそうだよね!ありがとうキク!あたしは救われた!」
渋々白状したキクの言葉に千束は目を輝かせて喜んでいた。一体何だというのだろうか?
「さて、最大の難問が解けたところでこれから大事なお着替えタイムに参ります」
キクの疑問を余所に千束は晴れ渡ったようなテンションだ。自由奔放で賑やか。しかし相対した時は冷たく全く違う人だ。読めない。これが錦木千束という少女なのかもしれないとキクは認識する。
それにしてもたった今聞かれた「キクってもしかして男物の下着を穿いていたりする?」という質問の意図はなんだったのだろうか?考えに考え抜いた結果、キクは分からないと結論するしかなかった。やはり読めない。
「どう、でしょうか?」
「わおーっ、普通に似合うじゃん!」
キクと合流してから昨日来た着物レンタルショップに足を運び、そこで三人とも着替えることにした。
たきなと千束は昨日と同じ色合いの着物でキクはと言うとこれがまた絶妙で、清楚さと涼しげな桜の模様があしらった若竹色の着物に薄紫の帯がワンポイントだ。
「ていうかキクって着付け慣れてるね」
「ええ、一応茶道と華道は一通り教わりましたから、着付けもその延長です」
はにかみながら説明する姿は古風な日本の乙女のようだ。昨日まで腐れ縁的な人物とそっくりな容姿に拒否反応を抱いていた千束も今では勝手知ったる仲みたいな接し方だ。どんな人物でも仲良くなれるのは千束の強みだろう。
「おキクの慎ましさがほんの僅かでもアイツにあればねぇ」
やれやれといった仕草の千束にキクは少し興味を持った。
「アイツ、と申しますと例の私に顔が似ている方ですか?」
「そうそう。あのチビで冷血漢で人でなしで石頭な野郎ね」
本人がいないのを良いことに悪口のオンパレードである。
「ず、ずいぶんアクが強い方なのですね」
「いや、ほとんど千束の偏見なので本気にしないでください」
「そんなことないよ!あんにゃろうの悪評なんて掃いて捨てるほどあるって。たきななんて一度のミスで顔面殴打された上に
「殴打はされていません。一発殴られただけです。それに命令違反を犯したのは事実ですから」
「女の子の顔を殴るのはそれだけで重罪!」
どうやら千束はそのフキという女と相当いがみ合っているようだ。そんな人物と顔は似てるとなると苦笑しか出てかなかった。
「なんか、申し訳ありません」
「?なんでキクが謝るのさ?」
「いえ、似てるなら何となく罪悪感が・・・」
「そんなの感じる必要無し!キクはフキなんかより全然良い子だから」
満面の笑顔だった。面と向かって素直に言われてキクは照れてしまう。
「っ、おおき──いえ、ありがとうございます」
俯きながら礼を言うと千束は少し不思議そうに首を傾けた。
「昨日から思ってたんだけど、キクのそれって京都弁でしょ?なんで隠すのさ?」
俯いた顔を覗くように上目遣いで千束が見てくる。ぱっちりとした大きな瞳に愛らしく整った顔立ちがほとんど数センチ手前だ。
部下とも一定の距離感で接したことの無いキクからするとどう対応していいか分からずしどろもどろとなり、一層緊張してしまう。
「別段隠しているわけではないのですが、その、興奮するとつい出てしまいまして──お見苦しいでしょう?」
「え、なにが?」
「なまってますし、凜としないし」
「ううん、そんなことない。めっちゃかわいい!」
「え、そ、そうなんですか?」
「うんうん、方言女子は貴重だし、かわいい!いるだけで尊い」
コンプレックスだった方言をこうまで褒められたのは初めてだったので少し戸惑う。
「本当に千束さんは不思議な人やね」
無自覚に顔が綻んだ。いつも褒めたり注意したりする立場なので何というかくすぐったい感じだ。
「また出たね、方言」
「あっ──」
咄嗟に口元を抑えるがもう遅い。千束は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「そっちのほうが砕けてていいよ。キクは自分の魅力を隠しすぎ」
そう言われて浮かんだのはいつも訓練を共にする部下たちだ。彼女たちは私のことをどう見ていたのだろうか?
いつも丁寧で畏まった口調や姿勢は彼女らからするとさぞつまらなく映っていたであろう。つまらない人間。これが秋風キクという人物像なのだと実感するとため息が出てしまう。
「ん?どうしたのさ?」
つい暗い表情が出てしまい、千束にも気づかれる。表情も隠せなくなるとは・・尚のこと自分が嫌になる。
「千束さんが羨ましいです」
「あたしが羨ましいとな?」
「はい。私は──そうですね、色々と自分を隠して部下たちと接していました」
「ふむふむ」
「でも、部下たちからすればそんな私はガラスのような物に見えてることでしょう。自分の本当を曝け出さない人物なんて信用に値されません」
告解のような独白。自虐も良いとこだ。こんなことを言ったところで相手を困らせるだけなのに。そんな気持ちとは裏腹に千束は腕を組み、少し考える素振りをする。
「うーん、ごめん、結構それって当たり前じゃ無い?」
「え?」
「世の中隠していることだらけに接している人しかいないよ。あたしにしたってそうだよ。きっと、たきなもね」
千束はたきなへと目配せする。どこか思うところがある様子で頷く。
「でも、千束さんは裏表がなくて誰とでも打ち解けれるじゃないですか。とても魅力的です」
「そんなことはあるけど──まさかお主、それであたしの全てを知った気でいるわけではなかろうね?」
不適な笑みで千束は指で銃の形を作りキクに向ける。瞬間、昨日対峙した記憶が呼び起こされる。あの冷たい瞳──。でも、今目の前にいる千束からはそんな気配は微塵も感じない。
「にひひ、なんてね。まぁ、要はそんな隠し事だらけの中でどう自分らしく生きていくのがコツってわけ」
「自分らしく・・・」
「そう。だってその方が楽しいじゃん」
「楽しい・・ですか」
楽しい──か。
胸の中で反復する。そんなこと考えたことなかった。ただただ、治安のため仲間のためにと行動してきた。つかの間の安らぎにも喜びはあったが楽しさというものは無い。
「生きるってきっとそういうものじゃないかな?それが人間らしさ。あたしはあたしらしく、キクはキクらしく」
「私らしく」
不思議な言葉だなと思った。不確定で抽象的な言葉。でも、その
「良いことを言ってるようですが、千束のそれは仕事をサボる口実にもなってますからあまりのめり込まないように」
と、千束の後ろからたきなが釘を刺してくる。
「ちょい待て、あたしそこまでして仕事サボろうとはしてないでしょう!?」
それに対して、千束はご不満だったらしくたきなへと抗議するが相手が悪かった。たきなは昨日の出来事を逃さないように事細かに追撃の説教でまくし立てる。二人のやり取りを見てるとキクは自然と笑いがこみ上げてしまった。
「ほんに、お二人さんは面白いですね」
たきなと千束はお互い顔を見合わせ二人そろってキクに合わせて笑った。
「──羨ましいですよ、お二人が。もっと早く出会いたかったものです」
一通り笑い、一息吐いてから素直な気持ちを吐露する。
「何言ってんのさ。友達になるのに遅いも早いも無いよ。昨日も言ったでしょ?あたしらはもう友達だって」
「おおきに。しかし困ったことに私は友達というのがどういうものか未だに分からなくて──どないすればいいのか」
正直困惑してると言うべきか。今までキクはそういう付き合いをしたことが無いのは事実なので自嘲気味に苦笑いを浮かべてしまう。
「うーん、そんな畏まって考えるものでもないけどなァ」
「なんとなく気持ちは分かります。なので千束、ちょっと──」
たきなが千束を引き寄せ軽く耳打ちする。
「たきな、それ名案!キク、少し待ってて」
千束とたきなは二人して試着室から出て行く。暫しの間の後に二人が慌ただしく戻ってきた。
「お待たせ!」
一体何をしていたのだろうと思ったが、よく見れば二人は何かを持っていた。
「受け取ってください」
まず、たきながキクに持っていた物を差し出した。
「これは──?」
それは漆に縁取られていた上質な櫛だった。
「昨日は大変有意義な時間でした。私のスキルアップにも活用出来たのでそのお礼を含めて友人として贈ります」
丁寧な仕草につい両手で受け取ってしまう。触り心地が良い繊細な職人の技を感じる代物だ。おそらくこの店で売っている物だ。
「たきなも堅いよォ。素直に友達としてって言えば良いのに」
「・・・うるさいです」
たきなは照れくさいのか、明後日の方向に顔を背ける。
一方そこそこ良い値段の物を受け取ってしまった手前キクは少し困ってしまう。
「たきなさん、これは受け取れません。私にはこない素晴らしい物を受け取る程の理由がありません」
逡巡考えた後に引け目を感じつつも、返すことを決めた。だが、それこそ読み通りだったようにたきなはその手を抑える。
「理由──。そうですね、きっとそう言うと思ってました。私も少し前なら同じことを言ってたでしょう」
「たきなさん」
「──でも、友達に贈り物を渡すことに理由は必要ないんです。私が贈りたいと思ったから贈る──ただそれだけ。それが友達という存在なんだと私は学びましたよ」
横目に千束を見る。たきなの視線に軽く千束はウィンクする。
「ままま、そういうことだから覚悟してプレゼントを受け取れよ~、キク」
「そんな、こ、困ります」
そう言われるとどんな顔をしていいか分からず慌てふためいてしまう。何せこんなこと初めてだったから。
「で、あたしはこれを渡すよ」
千束から受け取ったのは翡翠色と金色に装飾された
「き、綺麗ですね。でも──」
キクは自分の髪を触る。簪は髪を纏めるために身につける物だ。キクの髪は纏める程長くは無いのだ。
「プレゼントはこれだけじゃ無いんだなァ。もう一つはアドバイス」
「アドバイス?」
「実はここだけの話、キクは髪を伸ばしたらめっちゃかわいくなるよ」
「そうなのですか?」
「そうそう」
髪を伸ばした自分のイメージが浮かばい。本当に似合うのか甚だぎもんだったが、千束はそんなキクを姿見まで誘導する。
「キクの髪って短くてもサラってしていて見栄えするんだよね」
姿見に映るキクの後ろで千束が身振り手振りで伝えてくれる。近い距離が少しドキドキする。でも、その甲斐あってか、若干イメージが付いた。
髪を伸ばした自分。もしもの中でのキクは後輩たちと隔てなく軽口を言い合っていた。一緒に出かけたり、買い物をしたりとその像一人の普通の少女だった。
「綺麗じゃない?」
素直に頷く。或る穏やかな日常のもしもを連想出来るくらいには──。ありもしないが、そんな日があってもいいと──悪くないと思えてしまう。
「お、おおきに」
「なんのなんの」
おかしい。礼を言うことなんて慣れているのに今日は恥ずかしい。考えてみればこんなに密接して誰かと話したことはなかった。だからなのか焦りのような緊張が駆け巡る。
「そ、それにしてもずいぶん具体的なアドバイスでしたが、これもフキさんという方に似ているからですか?」
「うーん、あいつは似合うけど似合わせない」
「は?」
何だかよく聞かない日本語を聞いた気がして素っ頓狂な声が漏れてしまった。
「誰があんなやつに好き好んで貴重なアドバイスをするか!似合うって分かってても教えてやるかっての!」
まだ短い付き合いの間柄だが、人当たりが良さそうな千束がここまで批判する人物とは一体・・・?
「あ、はは、そうまで言うなんて相当な人でなしなんやね」
「そう、人でなしの頑固頭!だからキクだけに教えてあげる」
「え──」
「絶対髪を伸ばした方がキクはかわいくなる。長年あいつを見てたから間違いない」
これは──参った。さっきまでは距離感の掴めない焦燥感だったのに、今度は充足感のようなものが占めた。これが嬉しいというのははっきり分かる。でも、はじめて感じたような特別感のある嬉しさ。──そう、特別だ。特別を共有するという魔法に自分は心底入れ込んでしまったようだ。
「ほんにおおきに。でも千束さん、そういうんは鏡越しといえど面と向かって言わん方がいいです。勘違いしてまいます」
「ふーん、勘違いしてくれるくらいには心を許してくれたのかなァ?」
挑発的なジト目が姿見越しに見える。どうやら向こうが一枚上手のようだ。なんとなく悔しい。
「相方さんがいるのに私にちょっかいかけてていいので?」
なので姿見越しからでもわかる不機嫌オーラを出しているたきなへと意識を向けさせる。顔は無表情だが、明らかにやきもちを焼いている。
「おっとっと、それはマズい」
「私は別に・・・」
キクから離れ、千束は顔を赤らめそっぽを向く相方と話しだす。
キクは姿見から見る自分の短い髪を触れる。髪を伸ばそうなんて思ったことも無かったのに、千束の言葉が胸に残り続けた。あんな自信満々に断言されたら興味も沸く。
伸ばしてみようかな?淡い望みがぽーっと浮き出る。
手元には出来たばかりの友人から貰った櫛と簪。髪を伸ばせばさぞ活用できるだろう。
キクは照れた様子で暫く鏡の自分と見つめ合っていた。
着物に着替えた三人は暫く観光地や露店を巡り満喫していた。何せ今日はお祭りで、多くの観光客を賑わせている。そしてここからがお祭りのメインイベントの始まりだ。
京都には季節に合わせて催される行事がいくつもあり、特に大きな
王朝絵巻に記されたような立派な牛車におおよそ500名余りの平安貴族に扮した行列が約8㎞練り歩く様は圧巻と言える。その中心に佇む葵祭のヒロイン──五衣唐衣装を纏う斎王代の美しさは行列を見守る観客たちの心を虜にさせる。
「平安美人きちゃあ!」
千束もその一人で、斎王代の登場にテンションが上がっていた。
「やっぱ、絵巻で追うよりも現実の女の人が装う姿の方が可愛く見えるわァ」
これだけでもこのお祭りを見に来た価値はあると神妙に頷きながら行列のヒロインを見送る。尤も千束の場合はお祭りというイベントそのものが好きなので葵祭に限ったことでは無いのだが──。
「地元ではそう珍しい物でもないのですが、こない喜んでくれるんなら誇らしくなりますね」
毎年開催される祭り物にキクがプライベートで参加したことは無い。そのほとんどが警備に当たる。
海外との接点も今や当たり前になった日本だがそれに比例して治安は悪くなる一方だ。犯罪率も増え、その一つは違法な金品の売買だ。特に日本伝統の文化遺産等は国外では破格の値段で買い取られるので狙われる率が高い。なので祭りの行事はリコリスが動くのもしょっちゅうなのだ。今もこの辺一帯をリコリスたちが身を潜ませていることだろう。
「しかし、我々はここでこうしては遊んでいていいのですか?」
周りに気を配っていたいたきなはどうやら気づいたようだ。
「まぁ、今は別の隊が監視しているのでお役目ではありませんね。ただ、万が一に動くときのために気には留めておきます」
「そうそう。気が張ってちゃ動く時に動けなくなっちゃうから今は全力でお祭り堪能!」
若干渋りながらもたきなは同意した。一応管轄というものも連携の一環だ。イレギュラーが紛れてしまい、却って連携を乱してしまう場合もある。ならば現場担当のリコリスに任せ、二次被害に備えて控えておいた方が良いだろう。
そう思った矢先だった。
ッシュッッ──
風を裂いた乾いた音を耳が捉えた。サプレッサーが付いた銃特有の漏れた音だとたきなが反応した瞬間には千束とキクは動いていた。コンマ一秒後に木陰から紐の切れた人形のように倒れる人影。キクは人影に向かい、たきなも同じ方向に向かう。
千束は放たれた弾丸の軌道の下へと一目散に駆けていく。人気から外れた死角になってる所に──いた。サングラスとグレーで目立たない格好の男のようだ。
向かってくる千束にたじろぎながら照準を構えたが、それよりも早く千束はトートバッグから取り出した物を投げつけて構えた銃に当てた。先ほど分解したキクの銃のバレル部分だ。重い鉄の塊を銃口にぶつけられて男は怯む。その隙を活かして一気に距離を詰めて銃を持ってる手を掴み、銃口を反らすように手首お極めながら千束は空いたもう片方の手で銃身を押さえながらガンディザーム。そのまま半身に入り逆関節を極めての一本背負い。
「──グガァッ」
流れる動作で肘を折られながら背中を叩きつけられた男は苦痛な声を上げて
「もうっ、こんな大事な神イベの時にドンパチすんなや」
苦痛に顔を歪める男を余所に千束は嘆息しつつも呆れる。せっかくの祭りと着物イベントを台無しにされては適わない。
「千束!そちらは!?」
「全然大丈夫。たきなの所は?」
「こちらの被害は一般人ではなく、リコリスです。幸い急所は外れたので今救護班を要請したところです」
お互い、最低限の状況を確認すると目配せしてから頷く。
「どうやら、イレギュラーな事態のようですね。千束さん、私の銃を返してくれませんか?」
「はぁ~、せっかくのオフだったんだけどしょうがないか」
げんなりしながら千束は先ほど投げた銃のバレルとバッグにしまった残りの部品を手際よく組み立てあっという間に元の状態に戻す。組み立てられて完成したグロッグ21。それをキクに渡そうとしたところで止める。
「え?」
「これは返す。でも殺しはダメ。それが約束出来るなら
真剣な眼差しで問われる。その目は模擬戦で対峙した時に近い雰囲気だった。
「──分かりました。千束さんに従いましょう」
「サンクス」
そのままあっさりと銃はキクの手元に返される。手にズッシリと感じる鉄の重さ。少し自身のグロッグを見ながら苦笑いを浮かべてしまう。
「中々に過酷な要求をしますね千束さんは」
「キクが強いから言えるんだよ。もちろん危ないと思ったら自分を優先して構わない。極力殺さない方針ってだけ」
「最善を尽くします」
「十分!──さぁて、じゃあまずは大事なイベントとデートを邪魔した不届き野郎から
両拳の関節をボキボキと鳴らしながら蹲る男に寄る。どうやらそうとうご立腹らしい。
「
千束の圧に負けじと折れた腕を引きずりながら抵抗の意思を見せる男はどうやら中国系の人間のようだ。
「ダメダメ。せっかく助かった命なんだから有効に使った方がお得だよ。今なら優しくするし、ケアも──」
「オマエニ、ハナスコト、ナイ。キエロ、ガキ」
痛みを堪えながら片言の日本語で対応する中国系の男。その気概と気高さは褒められるだろう。だが、相手が悪かった。いや、正確には相手に言う言葉が悪かった。
「ちょぉ~っと言い方がなってないね。いくら温厚なお姉さんでもキレる時はあるんだぜ」
額に青筋を立てながら満面の笑顔を浮かべる様は不気味を通り越して恐ろしい以外のなにものでもない。が、悲しいことに男はそんな千束の怖さに気づいてなかった。
「ガキガ、ナニヲイッテ──グギャアアアァァッッ!!」
言葉を言い終える前に男から断末魔が響き渡る。折った腕を更に逆方向ギリギリに千束が動かしたのだ。
「あー大変、この人転んだ拍子に腕が折れちゃったんだね!でも大丈夫っ。今応急処置で腕を押さえてるからすっごい痛いと思うけど救急隊が来るまで我慢してね」
男の悲鳴で一般人たちが何事かと様子を見るが千束のでっち上げの言葉でそういうことかと納得して大事になることはなかった。
「ほれほ~れ、さっさと吐かないと痛みはどんどん続いていくよ~」
折れた腕を致命傷にならない位置で極めたまま腫れ上がった部分をつんつんと指で突くというのは中々にエグい。男は堪らず悲鳴を上げながら中国語で罵倒の言葉を三人に浴びせかける。・・・見ようによるとどちらが悪人か分からない構図だ。
「こっちは別に殺す気は無いんだからさっさと──」
瞬間、響いたのは耳にキーンと残る爆発音。それからすぐさま風に乗ってくる火薬の匂い。
後を追うように大量の悲鳴と傾れる人々の足音。たった十秒もしない時間で祭りの場はパニックへと様変わる。
「ムダ、オマエラ
腕を折られた男は不気味に笑う。同時に千束の首筋にチリリと鳥肌が立つ。
「!?──二人、散会っ!!」
閃光が走った──。耳を塞ぎたくなる激烈の音。横殴りの弾丸の雨。
合図と同時に三人は男の周りから離れ、事なきを得たが、男は原型を留められない死体へと変わった。どうやら事態は台無し所か最悪の方へと向かっていたようだ。
祭りだった現場は最早戦場となり果て、見張っていた複数のリコリスが動き出す。
(一体、何が?)」
木陰に隠れながらたきなは状況を分析する。 テロなのは間違い無いのだが、目的が分からない。国外からの犯罪なら強盗や誘拐等が顕著でもっと静かでスマートのはず。こんな無差別テロじみた犯行の動機が分からなかった。
どのみち今の姿では戦闘に参加することも出来ない。ここは一度体勢を立て直すべきだ。
遠目から千束とキクに合図を送り、他のリコリスに背を向けて走り出す。
「最悪なお祭りだァ。こんなのってない」
「そんなこと言ってる場合ですか。ひとまず着替えと銃です」
「彼女たちが対処に当たってくれてますが、分が悪いでしょうね」
一般人は逃げ惑って彼女たちを見ている余裕は無い。とは言え完全に見られていないとも言い切れない。リコリスの存在は国家機密だ。何が何でも露見されてはいけない。だからこそ白昼堂々のテロには弱い。廷空木の事件でのことから尚更目立つことは出来ないため本領を発揮しにくいのだ。それと──
「襲撃してきたのは一体・・・」
「それなら見当は付いてる」
こぼれた声が千束に聞こえてしまったのだろう。いや、それよりも千束には心当たりがあると言ったことの方がキクは気になった。
「心当たりが?」
「さっきの男から話しを聞き出してた時、首筋から肩にかけてタトゥーが見えた。龍が龍に噛みついてる悪趣味な奴。多分
千束の頭の中には裏社会や反社の組織、海外の勢力まで叩き入れてある。記憶を辿って見ると特徴的な龍が龍を喰らうタトゥーの該当はたった一つ。
「
さすがはファーストのリコリスであるキクにも情報は行き渡っているようだ。
「どちらにしても、武器が無ければ話しになりません。まずは武器を確保しに戻りましょう!」
「それには賛成──って、ちょいこんな時に誰よ」
銃声と爆発音の中を走る三人。その最中、千束のスマホが振動する。一体誰だと思いながらコールに出ると、
「もしもし、おい、聞こえるか」
聞き馴染んだやる気の欠片も感じられない声。電話の相手はクルミだった。ただ、珍しく少し切羽詰まった声だ。
「なんだクルミか。ごめん、今非常に立て込んでるから後で折り返しで──」
「状況は分かっている。テロだろ?その件について大事な話しがある。一回しか言わないから良く聞けよ」
「・・・情報早いじゃん。何が起きてんのさ?」
「そこで起きてるテロは陽動だ」
「陽動?」
一応相づちを打つように聞き返す。正直それ以外で聞きたいことは色々あるが時間が惜しい。おそらくクルミが昨日から缶詰状態を決め込んでいたことと関係あるのだろうと千束は結論づける。
「京都全体でやらかしている大暴れはどれもこれもミスリード。本命ルートはDA京都支部だ」
「・・・おいおい」
それはまた急展開でとんでもない本命だなという呆れにも似た気持ちとどこか納得した気持ちが両立した。
考えてみれば急に提案された休暇の件を鑑みれば事前にこういう事態は想定すべきだったなと後悔一割、諦め二割、怒り心頭八割が芽生える。せっかくの休暇だったのに!
「ヘルプってこういう意味?意味をはき違えてるでしょ?」
「いや、ヘルプだろ。言葉通りに。よかったな、刺激的な休暇になって」」
何一つとして良くは無い。が、現状嘆いている余裕は無さそうだ。なので率直に要点だけ聞くことにする。
「これ、先生からの指示?」
「いや、ミカからの頼まれごとはあったが、この件じゃあ無い。ボクもついさっき知ったとこだ。要請は
まさかの楠木直々の依頼からに千束もさすがに「うへぇ」と渋顔になる。正直関わりたくない。それ以前に──
「あのおばさんが直々に要請って・・・」
「あぁ、余裕は無いってことだろ?とりあえず足は送ったから急いで向かってくれ」
「足って──」
キキィーッ!!
疑問に思った次の瞬間に前方を走る三人の前に勢いよくワゴン車が飛び込んできた。ドアウィンドウが開くとミズキの顔が見えた。どうやらクルミの言ってた足が急いで来てくれたようだ。
「ミズキ!」
「乗って!」
車のリアドアのスライドが開くと千束とたきなの制服を始めとしてローファー、学生鞄と定番に使う銃器一式が揃っていた。
一見レンタカーのようなワゴンもDA特注の武装車だ。
「ナイス、さすが超イイ女!」
そのまま千束は車に乗り込む。ミズキは当然だと言わんばかりに運転席から無言でサムズアップする。
たきなも同じく車に乗り込んだがキクはその場で留まった。
「千束さん、たきなさん、申し訳ございません。私は向こうに加勢してきます」
キクが指し示す方角は先ほど発端となった爆心地だ。いくら管轄が違うといえどやはり気になるのだろう。そしてそれはたきなも同じだ。
「なら、私たちも加勢します」
「いえ、お二人はそのまま支部へ向かってください。私は大丈夫です」
「なっ、無茶です!いくら実力があっても一人で行くのは無謀です。せめてツーマンセルで行くべきです」
「現場には他の仲間もいます。それに支部が襲撃されているなら千束さんとたきなさんのお力添えをお借りしたい」
「しかし──」
千束がたきなの言葉を手で止め、キクの顔を見つめる。
「キク、一人でいけるの?」
「はい。あの子たちに加勢して制圧したらすぐに向かいます」
二秒ほど目と目がで見つめ合い、千束が先に瞳を閉じる。
「オッケ。なら早く片付けてあたしらに追いつけよ~」
キクの意思は固いと察し、挑発的なウィンクと制服と銃の入ったトートバッグを投げ渡し、千束はワゴンに乗り込む。それに続くように渋りながらたきなも乗る。 ワゴンは遠慮無しにトップスピードで走り去って行く。キクも来た道を全速力で戻って行った。
「千束、どうしてですか?」
「なにがさ?」
「キクです。あのまま行かせてしまって。下手をすれば死ぬかもしれない」
キクを一人で行かせた判断は正しかったのか、たきなは苦虫を噛み潰したような顔で千束に問う。
「キクが自分自身で判断したならきっと大丈夫でしょ」
千束は自分の使い慣れた愛銃の調整を済ませながらあっけらかんと答えた。
「なにせあたしとたきなを相手に良く見て挑んできたんだからなんとかするはず。それに──」
銃の調整を終えて千束はたきなへと振り返る。
「友達って言ったからには友達を信じなきゃじゃない?」
信頼を寄せた笑顔。そんな顔で言うのはズルいとたきなは思った。胸の奥底で少し燻る暗い気持ち。分かっている。これが、こんな状況で出してはいけない嫉妬心だということを。それと同じくキクの身を案じる自分もいる。そんな複雑な感情に板挟みにされ、たきなは唇を噛む。
ふと見上げると千束がにまにまと笑みを浮かべながらたきなを見ていた。
「・・・何ですか?」
「いやぁ、たきなも一端に誰かの心配するんだなぁって。ウチに来たときはもうちょっとツンケンしてたのにねぇ」
「そんなことはありません」
「そんなことあるって。鏡見てみなよ。今のたきなすっごい心配そうな顔してるよ」
違う──。そうじゃない。心配だけじゃない。でも言えない。自分でもよく分からないこんな卑しい気持ちを。だからたきなは黙ることしか出来なかった。
「大丈夫。キクはたきなに少しにてるからさ、ちゃんと考えた上で判断したんだと思うよ」
「え──」
言われて腑に落ちた。そうか、今理解した。何でキクに対して嫉妬と放っておけない気持ちが同居してたのか。キクは自分に似てる部分がある。他人との距離が掴めないこと。畏まって自分で突き進んでしまいそうなところ。どれも、千束と出会った頃の自分そのもののよう──。そこに少なからず共感を抱いてしまうのだ。
だが、鏡合わせに自分を見せられて喜ぶ人間はそう多くない。そんな自分に対して嫉妬を抱く。かつての大切な友人がいなかった頃の自分に。──本当に嫌になる。
「まぁ、こっちはこっちでさっさと終わらせてまたキクとお出かけしようぜィ、相棒」
「──そうですね」
そんな大切な友人は明るく笑う。さっさとこんな仕事を済ませてまた遊びにでも行こうと言わんばかりに。
どうやら千束にとっては命をかけたリコリスの使命よりも三人で出かけることの方が大切のようだ。
苦笑が漏れる。この余りにもいつもの千束のらしさに。でも、これが錦木千束という少女の強さなのだとたきなは知っている。
「ところで──なんでさっきからだんまりなのさミズキ?」
少しの沈黙の後、思い立ったように千束は運転席の方に乗り出す。そういえばいつも賑やかな声が聞こえてなかった。どうしたのかとたきなも気になったが、運転しながらミズキは何事かブツブツと呟き続けていた。
「──とこ、──き、──ゅん」
「なになに、どったのさミズキ、よく聞こえないよ?」
「ア・タ・シのォ!!婚期を返せえェ~!!」
車中に嘆きと怨念のような叫びがビリビリと響いた。たきなですらビクッと体が僅かに跳ねた。先ほどのテロが起こした爆発でもここまでの反応は無かったのに。
「あー、ミズキさん?」
若干引き気味で訊ねて千束は後悔した。自分の直感が囁いたのだ。訊ねるべきじゃなかったと──。
ミズキと目線が合った瞬間、千束は「ひぃっ!」と畏縮してしまった。
「千束ォ、あんたらがドンパチしてくれたせいでアタシの人生千載一遇のチャンスが砂のように崩れていってるのが分かってんのかァオラあァ!!」
マズい──。何となく察してしまうがものすごくご立腹のようだ。具体的には朝のやけ酒以上に──。だが、誓って責任は千束にもないし、たきなにもない。
「いやっ、違う!あたしたらじゃないし!バカやらかしたのは──」
「シャアラップ!あんたらが何かしら絡んでんのは事実でしょう!つまり同罪、ギルティよ!」
「んな理不尽なァ!」
「理不尽な目に遭ってるのはアタシだっつーの!せっかく気の合う良い男と知り合って、ランチしゃれ込んでったのにいきなり爆音でムード台無しにされた挙げ句、クルミに呼び出されてあんたたちを運ぶ足にされてんのよ!どう落とし前つけてくれんのよ!?」
「あたしたちだってデート邪魔されてるもん!」
「あんたらみたいなお子ちゃまデートとはワケが違うのよこっちは!・・・はぁ~、もう何よ何なのよォ。昨日から今日にかけてやっと運命的な出会いを果たして私の人生にもようやくバージンロードとブーケが舞い込んで来たかと思ったら何なのよ、あんたたち。アタシに何か恨みでもあんの!?」
完全に八つ当たりである。が、この状態のミズキに何を言っても通じないのは千束は十分に分かっている。なので──
「たきな、お願いっ」
「は?」
たきなにパスを出す。急に話しを振られて何のことやらさっぱりな反応をしているが、今朝の一幕でこの場を宥めることが出来るのはたきなしかいないと千束は判断したのだ。
「ミズキ」
「んだぁ、たきな!あんたもアタシの邪魔をするかァ!?」
最早無差別に当たり散らす気満々なミズキに怖いものは無いのだろう。狂犬の如くたきなにも噛みつこうとするが──
「仕事をしてください」
「しぃごぉ~とォ~?そんなことより出会い──」
「そんなものは幻想です。我々は仕事でここに来ているのであって出会いなんてありません」
無情にバッサリとたきなは断言する。
同時にピシッ─と何かがひび割れる音が聞こえた気がした。
「ちょいっ!?た、たきなさん?」
「そもそも出会いを求めるなら
たきなの冷静で平坦な言葉の槍が一つ一つグサグサとミズキの心にぶっ刺さっていく。
「そんな無駄なことに時間を割いてるくらいならちゃんと仕事をしてください。今までのミズキの経験やお話から推察するに良い出会いなんて奇跡のようなものなのですから潔く仕事に打ち込んでいた方が賢明です。良い大人なんですから──」
「ストップ、ストーップ!たきな、もういいから!そこまでにしてあげて」
さすがに止めた。正論だが遠慮の無い殺傷言語は婚期に焦る女の心に塩を塗るどころかバーナーで炙るようなものだ。
「──ふ、ふ」
ぶち切れさせてしまっただろうかと千束は目を瞑るが、
「ふえ~ん!そんなに言うこと無いじゃない!アタシだって、アタシだってっ・・やるときは頑張ってんだもん!たまには・・たまには羽をのばしたって良いじゃない!」
泣いてしまった。良い大人なのに・・。
昨日から相当手間や準備をかけていた分、積もりに積もった鬱憤が堰を切って溢れてしまったのだろう。「えぐっ、えぐっ」と息を詰まらせてガチめに泣いていた。
「いや、ミズキは普段から──むぐぅ、むぅ~」
「そうだよねェ!仕事ばっかりじゃ疲れちゃうよねェ~?ミズキが羽伸ばしたい気持ち分かるよ!いつも頑張ってるもんね!」
これ以上追い打ちをかけないように千束はたきなの口を押さえてミズキに寄り添う。
「本当に本当だもんっ。いつも体張って頑張っているのにたきえもんがいじめるんだもん!」
相当メンタルにダメージが入ったのか、幼児退行すらしてしまったようだ。酒でも飲んでいるのだろうか?
「誰がたきえもんで──もぐっ、むうぅ~!」
「おーよしよーし、大丈夫、悪い悪いたきえもんはもういないよぉ。ミズキは悪くないからねぇ」
運転しながら泣きべそをかく28歳の女。それをあやす年下の女というなんとも情けないな光景だ。だがそのおかげでミズキは泣き止み、千束の方を(前は見てて欲しいが)向きながら訊ねてくる。
「本当?」
「うん」
「いじめない?」
「うんうん」
「私、頑張ってる?」
「うん!」
「年収五千万以上の男と結婚出来る?」
「ん?うん」
「まだまだジャリ共に負けないイケてる女?」
「・・・うん」
ヤバいな──。だんだんと面倒な女としか思えなくなってきたのと絶妙にむかつくなぁと千束は内心拳を固める。
「・・・なんかまだミズキのこと良くなく思ってる。そういうの分かんだよっ」
そして微妙なラインで鋭い。しかもメンタルがチビ化してるせいか、酒を飲んでるときより倍増しで面倒くさい。
ここからどうやって打開しようか頭を働かせてるとたきなが出る。ミズキは怯えたようにビクッと肩を震わせる。
「ま、またミズキをいじめるんだ!仕事しろしろって!」
「当然です。仕事で来てるのですから。でもそれはミズキにしか出来ない仕事だから頼んでいるのです」
「やぁだっ!仕事ばかりで出会いなんて皆無だし、やったところで恋愛も結婚もできないし!」
それはそうだろう。恋愛や結婚のために仕事していたら趣旨が変わってしまう。が、今のミズキには言っても通じはしないだろう。だがそんなミズキに動じずたきなは続ける。
「そんなことはありません。仕事しているミズキはかっこいいですよ」
ピクッ─。
かっこいいというワードに少しお気に召したのか肩で反応する。
「そ、そんなこと言ったって騙されないもん。そうやって社畜にしようって魂胆でしょっ!?」
「事実です。仕事の時のさっぱりした態度は同性として出来る人だと思っています」
「わ、分かってるもんっ。ミズキは出来る女だって初めからっ!えへへ・・」
チョロいな──。たきなと千束は二人して同時に思った。要塞に見えて中身はハリボテだったらしい。
「それに、常連さんや最近来たスーツを着た爽やかそうなあの方もミズキのことを物憂げに見ていました」
「マジで!?」
途端、急に素に戻って反応した。どうやら元のミズキへ戻ったようだ。
スーツを着たあの方というのはリコリコが日本で再開して三日目に来た人で、そこからの常連客になりつつある男だ。実はミズキが密かに気に入っている人物で、曰くビジュがもろに好みらしく、金の羽振りも良さそうとのこと。名前は知らないらしいが・・・。
「ええ、何事も仕事に真摯に向かう人はかっこよく映るものです。きっと、その男性もミズキの仕事への姿勢に感じるところがあったのでしょう」
ミズキはたきなの言葉に釘付けになり、夢遊病者みたくボーッとしながら言われたことをリピートしていた。・・・目がかなりキマっていたが数秒後──
「アタシは人生の勝ち組よぉォォ!!」
完全復活したのである。むしろ元以上にテンションが爆上げしてアクセルにも反映されてるので今は不安でしかない。
「ちょいちょい、たきな」
「何ですか?」
自分の世界に浸っているミズキを余所に千束は静かな声でたきなに話しかける。
「大丈夫なのアレ?かなり舞い上がっちゃってるけど収集つく?」
千束が指を指す先では「ヒャッハー!」とミズキが気分ハイになっている。あれで事故らないで運転しているのが怖い。
「大丈夫です。今だけでも機能してくれれば後でどうにでもなります」
「エグっ!いや、人の心ないんかい!?」
現在、天にも昇っていきそうなミズキを横目に千束は行く先の結末に同情する。
「嘘は言ってません。仕事しているミズキがかっこいいと思ってるのは事実です。それにその男の人がミズキを強く凝視していたのは確認済みです。きっと好意を持ってくれているに違いありません。・・・名前も分かりませんが」
「おいおい、マズいよ。ミズキ乗り気だよ?それで男の方に気がなかったらあたしらどんな目に遭うか分かったもんじゃ無いって。なんとか、付き合えるくらいのとこまで持ってってよ。言った手前さ。名前わっかんねぇけど!」
二人して目を合わせてため息を吐く。名前すら知らないのに気があるなんて考える方がアホらしい。これは実りは無いなと早々に期待を捨て、二人が出した答えは「ま、なんとかなるだろう」というものだった。
余談だが、後日リコリコでたきなの言っていた通り、男はミズキを意識していたという。ただしそれはクルミと良く絡んでいたのを見ていたというもの。男はどうやらロリコンだったらしくクルミと話すきっかけが欲しくてミズキを見ていたらしい。当然というべきか、その後ミズキは三日ほど仕事を欠勤して海にまで行って「バッキャロー!」と叫んだらしいがそれはまた別の話し。
「・・・たきなってさ、無自覚にドSだよね?」
「?どういう意味ですか?」
「なんでもない。ささ、こっちも本腰入れていこ」
千束はスーツケースを一つたきなへと渡す。中にはリコリス規定の制服が入っていた。千束も自分のスーツケースを開けて取り出す。赤と紺。二人は色違いの制服をそれぞれ着物から着替え直し、袖を通す。
たきなは気持ちがスッ─と切り替わる感覚を覚えた。もう、いつでも戦闘に入れる態勢へとスイッチが入ったのだ。千束の方はいつも通りだが、
二人のリコリスはこれから戦場に向かう。走る無機質なワゴンに黙してただ揺れながら。
卍
ワゴンがDA京都支部に辿りついた頃にはほとんど建物が半壊していた。かなり混戦している。やり口は祭りの時と同じ過激なもの──
「危ないからミズキは離脱して」
スライドドアを開けて千束とたきなが車から降りる。
「二人で大丈夫なの?ヤバい連中なんでしょう?」
運転席越しからミズキは心配そうに二人を見る。たきなは「心配ありません」と一言。千束も「大丈夫、大丈夫」と手をひらひらさせながら軽口を叩く。いつもの二人だ。
ミズキも二人とはそこそこ付き合いが長い。だから思うところもある。前線に出るのは決まってこの二人だ。サポートに回るミズキは常々前線に出ていく二人の心情を考えてる。自分の視点で。正直に本音を言えば死地に赴くような行為に共感は出来ない。怯えた顔一つもせず戦地ですらいつも通りでいける人間はそういない。少なくとも自分には無理だとミズキは思う。何故なら死にたくないから。ここが千束やたきなと違い、自分自身が純正のリコリスになれず、情報部に落ちた要因なのだろうと自虐的に分析する。尤も、この仕事をしている時点で危険なのは変わりないのだが、如何せんこんな生き方しか出来ないのも事実だ。
苦笑が漏れる。実に矛盾だらけ。死にたくないのは今も変わらない。だけどこの仕事から足を洗わない。そうDAに育てられたから?違うな。多分思っている以上に中原ミズキという女は千束やたきな、あの喫茶店の連中が好きなんだ。どうしてか、あそこが居心地が良い。だからこそ目の前の二人に任せるしかないことに歯がゆさはある。だが自分がリコリスだったならばという”もしも“を描けるほどの理想は無いし、年でも無い。結局は適材適所。自分のやれるやり方でこの子たちを守っていくしかないのだ。でも不思議とこの子たちのためなら死ぬことは怖くは無い。だから命を賭けてバックアップを務め、最後の最後でどうにもならなければ体を張って助けようと決意する。
それが今の私の在り方。
「信じてるよ。小憎たらしい面引っさげて戻ってきな二人とも」
「おうよ、帰ったら愚痴聞いてあげるからまかない作って待っとけよォ」
軽口を叩きながらミズキに振り向きもせず、千束は支部を見やる。たきなは無言だ。二人は目配せもせず同時に激戦地帯へと走り出す。ミズキが生身で出来ることはここまでだ。ワゴンをUターンさせてこの場を離脱する。後は通信でのバックアップだけだ。二人に武運を祈りながらワゴンのスピードを上げた。
卍
二人は崩れゆく京都支部の入り口付近まで走る。目に見えて惨状となっているのだから中は相当過酷な状況だろう。
「千束、作戦は?」
「正直、奇襲とか出来る隙もないからまずは正面突破。んで、中に入った段階の状況に合わせて考える」
入り口付近には八人もの見張りが佇んでいた。千束は走りながら簡単にプランを伝える。たきなも了解の意思を頷いて応じた。
「向こうも気づいたそうだよ。派手好きらしいからこっちも派手にかまして行こうぜ相棒!」
先陣を切り出したのは千束だった。加速して一気に距離を詰めると、
「
向こうのサブマシンが火を噴いた。同時に千束は自身のサッチェルバッグに収納されている防弾エアバッグを展開して防ぐ。
「
派手な自己紹介と共に上空から敵一人の顔面を踏みつけながらダイナミックエントリーをかます千束。着地と同時に後方の男の金的を思い切り蹴り上げ悶絶させ、すぐさま反対方向の男へと拘束銃を撃って捕縛する。
予想もしてない死角からの登場にさすがに戸惑う
「!?」
当たらない。狙いがズレたのかと錯覚をしてる頃には千束のカウンターショットが二人の視界を閉ざしていた。
千束の後に銃声二発──。うめき声を上げながら後方の二人が崩れ落ちる。たきなの援護射撃だ。決着までのこの間おおよそ6秒。
「ナイス相棒、感謝感激っ」
千束はたきなへサムズアップを贈る。息の合う絶妙なコンビネーションで門前を制圧した二人は昨日と見る影も無い支部の入り口で目線を合わせる。まず千束が潜入しようとした矢先にスマホから振動が入る。クルミからだ。
「はいはい、もしもしも──」
「出たな。敵陣に突っ込む前に内部のデータを送るぞ。どうせマップもないんだろ?」
「おお、用意いいね。持つべき者は天才ハッカー」
「とりあえず千束のスマホのナッツマークのアプリを起動してみろ。内部の監視カメラにアクセス出来るからそこから上手くルートを探って行け」
「行けってったって、どこへさ?」
「奴らの目的は京都支部の最上階メインコンピュータールームだ。元々ボクがミカから依頼されたのはそのメインコンピューターの件なんだ」
「・・・話しは読めないけどひとまずオッケー。ところでさ、なんであたしのスマホにこんな変なアプリ入ってるん?」
クルミに言われたとおり自分のスマホに見覚えの無いリスとナッツが描かれたアプリを見つける。
「さぁな、大方迷い込んだんだろ?役に立ちたいそうだからちょうど良かったじゃないか」
いっそ清々しいほどのしらの切り方だ。多分トイレにでも行ったりしたときにでもインストールしたんだろうなと呆れながら予想する。
「帰ったらちゃんと理由聞かせてよ。先生と一緒に」
「あぁ、ミカには伝えとく」
通話はここまで。クルミとの連絡切って千束は早速クルミ特注のナッツアプリを起動する。するとマップが開き、階数に分けて監視のカメラのポジションが表示される。なるほどこれは助かると千束は内心クルミに礼を言う。
「うわー、思ったよりいるなぁ。全部相手にすんの面倒いぞ」
「中のリコリスはほとんどやられてしまってますね」
たきなも千束のスマホを見る。内部のリコリスは何人か抗戦しているが、分が悪そうだ。このままでは全滅は免れないだろう。
「千束、危険は承知ですが、助けられるだけ助けましょう」
「気が合うね。あたしもおんなじこと考えてた。キクに頼まれてるしね。ここは退けない」
二人はお互い視線を交わし頷く。最上階のメインコンピューターが目的としても、そこに至るまでに何人もの
それでいい。目的地まで最速かつ最高の選択を選んで進む。
プランが決まったところで千束とたきなは機能を失った自動ドアをこじ開けて中に入る。少し長い廊下が続いた後にフロントフロアがあるのは昨日来たときに確認済みだ。そしてナッツアプリの監視カメラで敵の人数と配置は把握している。なのでまずスモークグレネードをフロアへ向けて投げる。
キンッ─と金属が床に接触した音と同時にフロアからの反応を確認。それが合図──。
スモークが蔓延する前に千束とたきなは駆け出す。フロアの人数は十人。左に三、右に三、中央に二人、最奥出口に二人。プロだからこその配置。だからこそスモークグレネードくらいでは動じることなく、
「
リーダーらしき人物が中国語で指示を出しているが、その頃には千束はフロア内に入り中央二人をまず狙う。向こうの二人も千束の影に気付き、攻撃態勢に入る。
すぐさま千束は方向を右へ転換し、スモークの中へと紛れる。同時に千束が転換した逆方向からフルオート掃射の音が響いた。
卍
中央にポジションを置いてる俺と相方は瞬時にその異変に気づく。フロアに響く鈍い金属音。同時に残りの仲間もその音に気づき、AK-47を構える。それがスモークグレネードと分かった頃にはスモークは広がり始めていた。
「
俺は周りの連中に指示を出し襲撃者に備える。
スモークの中、走ってきた影を見据える。赤い制服に身を包む
(何がどうなっている!?)
いくら視界が見づらくされてるからと言えどたった一人のガキに秒でやられたのか?
情報によれば今回のターゲットである
背筋が寒くなる。この自堕落な国にあんな奴がいるとは・・・。そう思っていると、
「ガッ──!」
「グァッ──!」
赤い少女が消えた方とは逆方向から悲鳴わ叫声が聞こえ始める。また誰かがアタックを仕掛けてきたのかと音の方向に意識向ける。だが、このスモークで現状は掴めない。
他に何人いる?あの赤い少女のような奴が他にもいるのか?嫌な憶測ばかりが頭をよぎる。
一体この見えにくい視界の中で何が起きているのか必死に対策を講じるが、手立てが思いつかないまま、辺りが静かになる。
俺と相方は互いに目配せして背中合わせに固まる。
ターゲットはまだ年端もいかないガキだと舐めていた。血潮が踊り狂う戦いが出来なかったと期待すらしていなかったのも確かだった。だがそれにしてもこの戦い慣れは異様としか言い様が無い。このフロアを制圧時に対峙したガキ共とは明らかにレベルが違いすぎる。それともこれが本当の
「
スモークが充満する前に見えた赤い影が脳裏に過る。まさかたった一人だとは思えないが少数なのは確かだ。
一体どれだけ仲間がやられた?相手は何人か?色々と疑問が巡るがこのスモークが晴れたら全ての決着がつく。極限まで感性を研ぎ澄ませその時を待つ。
そうして汗が滴るような長くも短い集中時間の中、影が──見えた!
一瞬の隙間を狙うように俺の手に持つAKー47が火を吹く。蜂の巣に出来た手応えを感じる──はずだった。陽炎のように影は揺らめき、気づいたら目前に迫る赤い服を身に纏う年端もいかぬ小娘。次の瞬間には懐に入られ至近距離での肘を燕尾に貰ってしまう。プロテクター越しでも呼吸がつまり、重心が崩れてしまいそうになるのを堪え、
「
俺は小娘に掴み掛かる。せめて道連れにしようと体に巻き付けた爆弾を起動しようとしたが、それよりも早く小娘が動いた。
「
流暢な中国語と共に小娘の持つ銃を至近距離で浴びせられる。背後からも苦痛の声が聞こえた。どうやら相方もオーバーしたようだ。
視界がブラックアウトする前に赤い服の小娘を見据えた。澄ました顔で躊躇無く撃てる子供。なんて世の中は狂ってやがる。だから面白い。
俺の意識はそこで暗闇に向かっていく。最後に耳にしたのは銃声二発だった。
卍
「フロア制圧完了ですね。千束、怪我は?」
「あたしは問題無し。こいつはそうはいかないけど」
千束は前で倒れている男を見る。死んではいないが、上顎と下顎がズレているようだった。顎がへこんでいるところを見るとゼロ距離から貰ったのだろう。
非殺傷といえど至近距離から千束の弾丸を受けるとなると中々の惨状だ。
「これは・・大丈夫なのですか?」
「さすがに捨て身相手に生半可な攻撃じゃ止まらないからね。しばらくは美味しいご飯は食べれないけど、生き残れた代償ってことで」
一見、淡々と他の気絶した者たちを拘束しているが、
「相当憤ってますね」
「あ、わかる!もうめっちゃイライラっ。はた迷惑なことこの上ないよね全く!だから絶対死んだ方がマシなレベルで生かす」
千束は人を殺さない。何が何でも自分の手で命を刈り取ろうとしない。その気になればどんなリコリスよりも強く早く任務を達成することが出来るのに。その殺しの才能はあのアラン機関からもお墨付きを貰っている。だけど本人はそれを拒んだ。その背景はかつて千束の命を救った存在の影響からだ。本人は気分が悪くなるから、人の一生を奪って胸くそ悪くなるのが癪だからという理由だが、果たしてそれだけなのだろうか?
「極力殺しはしませんが、こいつらは死を恐れない集団です。覚醒すればまた驚異となって帰ってきますよ?」
「そしたらまた半殺し!それでも向かってくるなら更に半殺し!」
「それはそれで残酷ですね・・・」
「そう、千束さんは残酷なのだ~。こんな世界に戻ってきたくないくらいの思いをさせる。んで、今度は静かな余生を暮らしやがれっての」
一通りフロアの
「前から思っていたのですが──」
「ん?」
「千束が犯罪者を殺さない理由は、その・・吉松シンジの影響だけなのですか?」
たきなはためらいながらも聞く。いつもなら聞かない千束の不殺へのアイデンディティーを──。知りたいその裏側を──。
「なぁに、どゆこと?」
「人を助けたい人になりたいからという憧れだけなのですか?──その憧れに出会ったことによって、それまで殺した人の罪滅ぼしも含まれてるのではありませんか?」
聞いてしまった。ずっと心の何処かで気になっていた疑問。聞きづらかったこと。だが、ここで聞かないといけないと思った。何故なら──
「考えすぎだよ。そんな幕末の人斬り漫画じゃああるまいし」
「なら、何故──キクには殺しはしないよう言ったのですか?」
そう、そこだった。千束は自分で殺しを戒めている。だが、他人に対して自分の理念を強要したことはなかった。たきなはもちろんのこと、他の人物たちにも。
「それは──」
少し言い淀む千束。やはりそうなのだろうか?千束は自分の過去に囚われているから殺しを禁忌としている?だったら千束は人を殺さないのではなく、
「キクに何を重ねたのですか?貴方がああ言ったことは今まで無かった」
そして──こんな状況になってもキクを妬んでしまう心がたきなは心底嫌になる。だが気にしてしまう。何故自分には同じような言葉を言ってくれなかったのか?
答えを聞こうと思った矢先、二人が来た入り口側の廊下から数人突入してきた音を聞き、臨戦態勢になる。待ち構えているとやって来たのは──
「キク!」
「お二人ともご無事ですか!?」
数人のリコリスを引き連れてキクは千束とたきなを見つけるとホッとしたように息を吐く。どうやら別れてから応援に間に合い、その足でここまで来てくれたようだ。
他のリコリスも無傷とはいかないものの無事ではある。キクの管轄ではないからか、千束に対しては少し冷めた目で見ていた。
「こっちはたきなもいるからなんも問題無し。そっちも救出出来たんだね!」
千束はキクの無事を確認してから他のリコリスたちに視線を移す。歓迎はされていないのは承知してるが、それでも助かった命があるなら嬉しかった。
「ええ、何人かは重傷に近いので離脱してもらいましたが、何とかなりました。──それにしても、たった二人でこの人数相手に無傷とは恐れ入ります」
キクは辺りを見渡す。悲惨な場だ──通常なら。良く耳を澄ませば呻き声が聞こえる。つまり怪我の度合いはどうあれ皆生きているのだ。素人集団なら分かるが曲がりなりもプロたち相手にこの二人は殺すよりも困難なことをやり遂げている。しかも無傷──。
喉元がゴクリと嚥下する。自分自身こんな芸当は不可能だ。例え仲間がいたとしても自信は無い。どうやら模擬戦での戦闘は一端すら見せて貰えなかったようだとキクは千束の未知数の才質を見直す。
「それよりも上のフロアにはまだ応戦しているリコリスたちがいます。早く加勢に行きましょう」
たきなは千束のナッツアプリで得た情報をキクに伝える。情報を聞いたキクは少し安心したように息を吐く。
「みんなまだ無事なのですね。良かった。すぐに向かわないと」
自分の部下の安否が分かって胸をなで下ろすが依然として戦闘の真っ最中だ。すぐに気を引き締める。
たきなもキクと同じ意見でこのまま上のフロアへ向かうつもりだが、千束は違った。
「たきな、このままキクたちと一緒に上のフロア目指して」
自分のナッツアプリの監視カメラ映像を見ながら千束は静かに言う。
たきなは少し
「千束はどうする気ですか?」
「あたしは一足先に
千束は指先を天井に向ける。そういうことかとたきなは理解する。この襲撃はそもそも京都支部のメインパソコンルームを狙ったものだ。そして恐らく後手に回ってる段階で最上階は乗っ取られているはず。ならばここは最短で最上階まで向かった方が賢明だ。だが──
「最上階まで行く手立てはあるのですか?」
それが問題だ。最上階まで7階はある。その間に何人もの
自信満々に指さした先はエレベーターだった。
「アレを使う!」
「それは無理です。いくつかの電力は機能停止しているはずですから使えるはずがありません」
キクの言うとおりだった。さすがに支部を占拠した段階で電力は停止していない方がおかしい。だが千束も当然分かっているのか不適なドヤ顔を崩さない。そんな千束の思惑をたきなは察した。
「なるほど。昇降路ですか」
「そう!」
エレベーターを吊り下げているメインロープを伝って行けば最上階までたどり着くはずだ。だが、当然垂直の高さのロープを伝って行くのは困難極まり無く、それが7階とまでなるなら尚のこと無謀だ。例えるなら氷で滑る崖をフリークライミングで登るようなものである。
「ふっふっふ、と言うわけで皆の衆、あたしは先に行ってるので、まぁゆっくり来たまえよ」
「だ、ダメです千束さん。いくら千束さんでも一人で行くなんて無茶です。ここはみんなで上のフロアに向かった方が安全です。せっかく向こうの動きが分かるなら──」
突然キクの言葉を遮って千束が笑い出す。何事かとキクや他のリコリスたちも驚く。
「いやァ、ごめんごめん。さっきはたきながキクを心配して、今度はキクがあたしの心配してるんだもん。しかも心配の仕方がそっくりでデジャブみたい。やっぱり二人とも似てるよ」
「そんな話しではないです。一人で向かうなんて危険過ぎます。ここは連携を取った方がベストです。たきなさんも止めてください」
たきなは千束の真意を汲み探ろうと視線を合わせ、真剣に訊ねる。
「勝算はあるのですか?」
「もち」
「ならば、信じます」
「たきなさん!?」
キクは信じられない様子でたきなを見た後、すぐに千束と向かい合う。絶対行かせないという姿勢が伝わり、千束は苦笑する。
「ねぇキク、さっきはキクも仲間を助けるために無茶張ったよね?」
「私はあの子たちの加勢をしに行ったのです。一人ではありません。でも千束さんがこれから向かう場所には援護も何もありません。たった一人なんです!」
キクは頑なに千束を止める。捨て身を恐れない連中を相手に確かにいくら千束でも楽勝とはいかないはずだ。その上千束はそんな狂った連中に対しても不殺を貫くだろう。その拘りが命取りになるかもしれないことを見越してキクは止めているのだ。
「このアプリで見れる監視カメラは6階までで最上階がどうなっているのかわからない。だから最悪を考えるならあたしが先に行った方がベストなの」
千束もキクのそんな考えを見越して作戦としての話しにシフトして冷静に伝えるが、
「なら尚のこと危険です。私は・・私を友達と呼んでくれた人にそんな危険な真似させたくはありません!」
それを超えてキクは頑固だった。千束を止めるための理由はまるで一世一代の告白のような必死さだった。これにはさすがの千束も参ってしまう。
「ちょーい、そりゃ反則な口説き文句だぞ」
「反則でもズルくても構いません」
さて、ここからキクをどう納得させるか頭を押さえて悩んでしまう。この様子では梃子でも動くまい。だがここで時間を取られるのも避けたい。キクもそれが分かっているから千束が断りにくそうな言葉を覚悟と共にぶつけてきたのだろう。
ならばと千束は真剣な表情になる。
「キク、あたしが無茶するのは負けたくなかったから」
この先は打算なんて必要ない。思ったことをぶつけるしかないと判断してキクと対等の目線で向き合う。
「負けたくなかった?」
「そう、あんたに」
「私に?」
「キクの仲間を思う気持ちに負けたくなかった。仲間を助けに行ったキクの姿は最高にカッコよかったよ。だからあたしもカッコつけたくなった。それだけのことなんだよ」
その言葉はキクを友達として認める本音だった。そう感じてキクは胸に熱いものがこみ上げる。だけどここでブレてはいけないという気持ちもわき上がる。
「しかし、だからと言って」
「ねぇ、キク。たきなもあたしもあんたを信じたよ。なら今度はあんたがあたしを信じてくれる番じゃない?」
そしてこの言葉が決め手だった。そう言われてしまったら何も言えなくなってしまう。キクは唇を噛みしめながら項垂れた。
「そんなの・・そう言う言い方は──ズルいです」
「ズルいのは女の子の特権。奥の手は最後まで取っておくべきなのだよ、おキク君」
おちゃらけながら笑う千束。ふざけてはいるが、本心でキクと向き合ってくれたのは事実だ。
「後は任せるよ。あたしのことが心配ならさっさと最上階まで来てよ?」
「善処します」
千束はキクにバトンを渡すように肩に手を乗せる。
震えてもいない恐れ知らずの掌。後を任されたその手の重みを感じながらキクは最善を尽くすことを誓う。
「てな訳でたきな、後よろしく。それとコレ持って行って!」
千束は自分のスマホをたきなに手渡す。
受け取って画面を見ればナッツアプリが開いており、6階までの監視カメラが表示されている。
たきなはスマホを一瞥してから千束を見る。
「最上階は任せます。我々も出来るだけ早く向かいます」
「何事もこの千束さんにお任せあれ!あたしも期待して待ってる」
自分の胸にドンと叩く千束のドヤ顔態度はいつも通りで、ある意味こういう状況下においては士気の安定に繋がるから助かる。
ここからは別行動。千束は最上階までショートカット。たきなとキクと他のリコリスたちは上フロアを順当に攻略していく。大胆と慎重の二つの作戦。
「じゃあちょっくら行ってきまァす!」
千束がエレベーターの方に駆け出し、たきなたちは階段の方へ駆けて行った。
卍
エレベーターを施設に備えられているレスキューアックスでこじ開け、頭上の昇降路口も破って侵入。
問題はここからだと千束は上を見上げる。僅かに風が流れて髪を揺らした。ひとまずメインロープを確認してから考えようとロープを触ってすぐに後悔する。
「うへぇ~、なにこれ・・・」
ロープは油でベトベトだったのだ。当然だが、エレベーターは上がり下がりを繰り返す。そのため支えのロープの摩擦の負担を最低限無くすために油を使われている。なので基本は滑っており、それを素手で登るのは無謀の挑戦といえる。
千束はサッチェルバッグから防刃用の手袋を取り出して自身の手に嵌める。一見、網手袋に見えるが、鋭いナイフも掴んで止められるナノ繊維の素材だ。油の滑りもこれで抑えられるはず。とは言うものの、ほとんど腕二本で登る現実は変わらず、しんどいなと思っていると遠くから銃声が耳に伝わってきた。どうやらたきなたちの方も戦闘が始まったらしい。千束は覚悟を決めてロープを強く掴んで登り始める。
体感と腕とインナーマッスルだけでおおよそ小一時間ほど経ったころにようやく最上階付近の扉が見えてくる。時たま聞こえる銃声は階下からなので予定通り千束が先に乗り込めそうだ。
ここまで来るのに妨害は一切入らなかった。・・・どこか誘導されているというか、思惑通りに動かされてる気持ち悪さが胸に広がるが今は考えても仕方あるまい。
最上階の扉までたどり着き、先ほど拝借したままのレスキューアックスで扉をこじ開けて中に入る。入ったと同時にコンバットマスターを構えるが襲撃は無かった。派手な音を立てたのにアクションが無い──というより、静か過ぎた。
辺りを見渡すが、警備も何も備えていない。一見不用心だが、気配の濃度がこの階に来て断トツに変わった。うなじにピリピリと走る殺気が伝えてくる。ただ者じゃ無いナニカがいることを──。
注意深く確認すると7階は廊下だけで、エレベーターから一直線に進んだ奥の扉一つだけだった。あれがメインコンピュータールームだ。
千束は慎重に歩を進めていくと突如奥の扉が開く。刹那の間、”扉が開いた“という認識を突くように続けて異物が投げ込まれる。──手榴弾!
「ちょっ──マジぃ!?」
床に接触する鈍い音の後に──爆発。
間一髪エアバッグを開いて爆風から身を守る。
「いきなりご挨拶が過ぎっぞ!もっと別のプレゼントを持って来きてよ」
爆風の先に動く影を確認。次の動作は──見える!
千束は無駄口を叩きながらも相手の次の動作を読んで蹴りが来ることを識り、回避。そこに合わせてカウンターで顔面を狙ったハイキックを打つが、
「良い狙いだが、ウェイトが足りんな」
片腕で防がれていた。それから無機質な声が耳に響く。
驚愕だった。いくら女子供の力といえどコンクリを粉砕する特別性のローファーを履いた状態の蹴りは骨すら容易く折れるはずなのに敵はびくとしなかった。
間髪入れず敵は空いたもう片方の手に持つ武器で反撃──。
「──くっ!」
咄嗟にサッチェルバッグを盾にガードする。武器の重みと異様な食い込みに反応して千束は耐えるのでは無く、バッグを捨て、その場から距離を取る。
ガキンッ─とターゲットを失った敵の武器が地面に叩きつけられる。見れば千束のバッグが真ん中から切り裂かれている。
爆風の煙が晴れて姿が現れたのは全身を黒一色に統一していた長身の男だった。その手に握られていたのはコンバットアックス。今し方、千束のバッグを滅茶苦茶にしたのはこの武器だ。
「斧を使う大男と女の子襲うシチュって・・ジェイソンかよ」
千束の何気ない無駄口に男はピクッと反応した。そして何を思ったか、懐からメモ帳を取り出し、片手で器用にページを開く。
「ジェイソン・デイモン」
「はぁ?」
「オレの名前の一つだ。何だおまえ、オレを知っている奴か?」
長身の男から訊ねられて千束は一瞬呆ける。
「いや知らないし。つーか【金曜日】の方だから。ナンパの手口なら古すぎ!」
「そうか、良かった。オレもお前みたいな無駄口を叩く知り合いはいないはずだからな」
男はメモを閉じて、改めて千束と対峙する。千束も男を見据えながら戦闘態勢を保ちながら訊ねる。
「で、あんたが首謀者?
軽口を叩きながらお願いするが千束は一切の油断をしていない──と言うより出来ない。目の前の男から感じる雰囲気は生半可な犯罪者ではないことを物語っており、千束はそれを感じている。
「いや、オレは雇われなんでな。
「じゃあ通して」
「通って行けよ。オレを退かせてな」
まぁ、そうなるだろうなと千束は内心ため息を漏らす。どのみち相当な手練れなのは確かだ。たきなたちがここに来る前に少しでも敵戦力は減らした方が良い。
「だが、せっかく一人で来れるルートから来てくれたんだ。邪魔が入るのは頂けないな」
男はポケットからリモコンらしきものを取り出し、スイッチを押す。
瞬間、エレベーターの扉から下が爆炎に包まれた。
「!?」
しまった──!下の階にはみんながいるはずだ。一瞬でたきなやキクの顔が浮かぶ。──それが大きな隙にも繋がった。
「これで二人きりだ」
「──っ!」
起こりも読ませない踏み込みで男は千束に接近。手持ちのアックスを叩きつけようとするが、千束も腰に携えたレスキューアックスを薙いで防ぐ。鉄と鉄がぶつかり、鈍い音を上げながら相殺。両のアックスが手元から落ちる。
千束は即座にコンバットマスターを抜いて撃とうするがそれよりも早く男が懐に入ってくる。負けじと千束は接近する男の膝を砕く勢いでストップキックを喰らわせようとするが、それも読まれ防がれてしまう。
結局ほとんど密着状態のゼロの距離まで接近を許してしまった。これでは銃の射程にもならず狙えもしない。だが、それは相手も同じ条件だ。互いに銃も使えず、拮抗も起こらない無の状態。ここからの戦いは掴み合いがセオリーだが、千束はもちろん付き合う気は無い。狙いは最短で大きなダメージを与える金的への膝蹴り。密着状態の数少ない急所攻撃に持っていこうとしたが、その前に男の肩が千束の胸へと触れる。次の瞬間──
「ぅぐっ──!」
もの凄い衝撃が迫り、体が吹き飛ばされてしまった。まるで壁がぶつかってきたかのような抵抗不可の勢い。千束はその勢いに抗わず、体を丸めて後方に倒れ込みながら態勢を整え直そうとする。
肩だけのゼロの当て身による一撃で千束との距離が空いたところで銃の間合い──男は銃を引き抜き、狙いを定める。大口径ハンドガンのデザートイーグル。その魔口から火が吹く。
千束は態勢を立て直しながらも男から目を離さず、男が撃った弾丸の軌道線を見抜いて避ける。
「──!」
男が驚く。その隙を見逃さず千束も銃で反撃。左肩と右腹にヒットする。死にはしないが、死ぬほど痛い弾丸だ──が、男は怯まず立ったままだった。
「・・・お前、今避けたのか?」
僅かな沈黙の後、平坦で無機質な一言。非殺傷と言えどもろに二発入ったのに何事も無かったような素振りだ。
「だったら?」
銃の構えを解かず千束は考える。痛みへの態勢とするならいくつか方法はある。大体は薬による痛覚麻痺だ。そうなると面倒だが動けなくなるまでダメージを与えて拘束するしか無い。そう思っていたら、
「く──はははははッ!そうか!お前か!お前ならオレを殺せそうだ!」
突然男が笑い出し、意味が分からないことを言い出す。薬か何かでハイになってるのだろか?
「うわー、イタい人かぁ」
こういう命のやり取りの場で最も厄介なのは、死にたがりな狂人だ。何せ底が見えない上に死ぬことすら悦とするからだ。底が見えないというのは何をするか分からないし、そのために自分の命を賭けるのに躊躇しない。実際、唐突に階下を爆発させてるのだから目の前の男はまさしくそんな狂人に該当するだろう。
「こんな極東の島に来た甲斐があったよ。オレの運も尽きちゃいなかった。だが──この不抜けた弾はなんだ?お前くらいの奴なら今のでオレを殺せたろうに。ごっこ遊びでもしてんのか?」
どす黒い怨念めいた殺気が男から漏れ出る。生きたくて人を殺すでもなく、殺しを悦とするわけでも無い。ただ、死を望んで挑みに来る妄勇。千束が最も嫌う人種だ。そんな気分の悪くなることをこっちに任せるなと言いたくなる。命大事!無駄にしない!
「あんたみたいな奴は簡単に死なせてやんないの。ちゃんと命のありがたみってやつを思い知らせてやんないとね」
「それは困るな。じゃあ──ちゃんとその気にさせないとなァ!」
男のデザートイーグルが吠える。大口径から放たれる.50AE弾が数発が無慈悲に千束に襲いかかる。だが、千束からすれば予定調和。線の軌道はただの一直線でしかなく、ただ避ければ済むだけの話しだ。
数発の弾丸を見切り、安全圏をギリギリに回避しながら接近してコンバットマスターで反撃を狙う。狙うは顎。並の痛みで止まらなければ意識を刈り取るべく至近距離から顎を砕いて沈めるしか無い。
すでにインファイトに近い距離まで千束は迫り、牽制のための数発を男に撃つ。かなり近い距離からの特注フランジブル弾は相当な激痛なはずだ。これで動けなければ良し。動くようなら顎を狙うまで。だが、男はその二重の予想を越えて裏切ってきた。
「───え」
当たらない──。いや、
外したわけじゃない。まるですり抜けたと錯覚するくらいの見切り──避けたのだ。
「どうした?弾を避けれるのが自分だけだと思ったか?」
瞬時に男も動いて千束との距離を詰める。さっきと同じでゼロの距離へ持って行く。今度は千束も止まらず、両肘を上げてコンパクトなガードの態勢のまま突っ込む。
先に懐に入ったのは千束だ。小柄な体躯を利用して鋭くエントリーして男の両肩に肘を突き刺す。これで二秒ほど肩が痺れて不能になるはず。すかさず銃のハンマー部分で後頭部を殴打しようとした瞬間──
ガッ─!
男の肘が銃を持つ手を遮ってきたのだ。
間髪入れず、男の体がゆらりと動き、千束の体と密着しようとする。
「──っ!」
さっき貰った不可思議な当て身が来ると思い、咄嗟に後ろに下がり距離を取る。同時に空いた距離から銃を撃つが、僅か数コンマ男の方が早く千束との距離を再度詰めながら手で狙いを捌かれて外してしまう。
負けじと千束は狙い直して銃を男に向けるもやはり遮られる。その独特な体術で──。狙いたいのに狙えない絶妙な距離と手さばきのせいでとんでもないストレス。だが、何よりも一番
だが──逆にだからこそ突破口はある。自分と同じ弾丸を避けれる動体視力を持ってるからこその穴が──。そのチャンスは一度きり。部の悪い綱渡りだ。
そのために千束はさっきと同じように接近戦に持ってくる男の急所に膝蹴りを繰り出す。男はその蹴りを捌いてゼロの距離に進行させる。この後来る行動は肩を密着させる不可避の当て身──と、千束は予想する。
実際、読み通り男は肩から千束に密着姿勢を取る。──ここだ!
「──くっ」
あえて自らの体を餌にして千束は男の技を貰う。ドンッと来る衝撃に後方に飛ばされる。これが狙いだ。来る技が分かれば自分から飛ばされて衝撃を逃がすことは可能だ。これで距離が確保できた。そしてここからが綱渡り。男の技によって弾き飛ばされ態勢が崩れて距離が空いたとなれば次の動作はたった一つのはずだ。
二つ目の”あえて“は隙を見せることによってシューティング・レンジに誘うことだ。憶測通り千束に出来た隙を見逃さず男はデザートイーグルで狙う動作に移行する。いくら千束でも弾道を見ていなければ避けようが無い。男は千束を吹き飛ばして見て躱す動作を封殺した上でそこを狙ってくる──と、そう読んだのだ。
案の定男は狙ってきた。そして照準を定める瞬間──視界狭窄に入ったほんの刹那の呼吸を読んで千束は即座に男に目を向け、見切りきる──今!
ガガンッ!!
互いの銃が数コンマ差で放たれる。後手には回ったものの千束は相手の弾道線ギリギリの見極めに成功し、回避。一拍も置かずにカウンター射撃が男に命中する。
そう──。これは昨日、キクとの模擬戦でキクが見せた対千束用の戦法だ。どんなに優れた視力を持っていてもターゲットを狙うその瞬間は視界が狭まる。昨日から得た経験を千束は今に使って見せたのだ。タイミングも狙いもぶっつけ本番ながらに完璧だった。なのに──
「──っ、な、なんで・・っ」
千束の脇腹が血で染まっていた。──撃たれた!?
いや、弾丸はギリギリ躱した。それは間違い無い。だが結果は違っていた。何が起きたか全く分からず千束は膝を着く。後方から誰かに撃たれたのかと考えたが、この廊下に男以外は誰もいない。それに銃声も二つ。いくら集中していても第三者が加入してくれば聞き逃すことは無いはずだ。なのに──。
「オレの
血で染まる脇腹を押さえながら千束は男を見上げる。弾丸は命中した。狭まった視界から喰らう一撃は予想以上にダメージがあるはずだ。なのに男はびくともしていない。
「瞬時に弱点を把握し、突ける発想力。まさしく殺しの天才か。だがな、予想しなかったか?お前がオレの隙を見えてたように、オレもお前の隙が
男がゆっくり近づいて来る。──マズい。この状況は最悪だ。打開したくても体が動かない。いつも軽い体はまるで全身泥のように鈍く、秒で激痛が走る。
「そしてお前の敗因はそんな
男は動けない千束の首を掴み、片手で易々と体を持ち上げる。
「──っ」
「惜しいな。まともな弾なら相打ちにも持ち込めたろうに。この程度では死ぬことはおろか、止めることも出来まいよ」
片手で掴み上げながら男は嘆くようにため息を漏らす。
「──り・・──な」
「・・・何だ?」
掴んでいた満身創痍の千束が何かを喋っていた。聞き取りずらかったので男は千束に耳を寄せる。
「お喋りな・・男は、女の子に、モテない・・ぜぇ」
銃創によって血が滴り続けたせいか既に顔は青ざめているが、千束は軽口を叩くのを止めなかった。
「それは困るな。ではモテるようにアプローチをかけよう。オレを殺したくなるくらいにな」
男は千束の手に持っていたコンバットマスターを空いたもう片方の手で掴み、そのまま千束の胸や腹、太ももを撃つ。
「っ~~っ~~!!」
無慈悲な発砲音が廊下に響く。千束は必死に痛みに堪える。いくら防弾使用のリコリスの制服と言えどほとんどゼロ距離からのフランジブル弾は相当な激痛だ。男は無表情のまま、全弾を撃ち尽くすとその場で千束の首を放す。ドサッと重力に沿って千束の体が廊下に倒れ伏す。
暫くして、奥の扉から制服を着崩した気怠げな雰囲気を醸し出す褐色の女──オリガが出てくる。
「終わったの、J・D?」
「いや、これからだ。そっちは準備出来たのか、オリガ?」
オリガはもちろんと頷いた。それから倒れている千束に目を向ける。
「で、そいつは殺すんでしょ?面倒ならアタシがやるよ」
スカートに巻いたウェスタン風のベルトのホルスターからコルトパイソンを抜き、千束に向けるが、J・Dがそれを手で制す。
「J・D?」
「・・・・・・」
J・Dの視線を追いかけると、虫の息になりながらも立ち上がろうとする千束の姿が目に飛び込んでくる。しかも体を起こすよりも先に銃を構えようとする執念と──その鋭く冷たい眼。
「見ろ、オリガ。こいつは折り紙付きだ」
J・Dは不屈に起き上がろうとする千束にサッカーボールキックを喰らわせ更に後方に飛ばす。
「今だってそうだ。オレの蹴りを無意識にガードして反撃の機会を伺っている。もっと追い込めば──」
ガッシャーン!
会話を遮るように廊下の窓が割れる。現れたのはたきなだった。
「千束ォ!!」
廊下に降り立つのと同時にクリス・ヴェクターによる掃射で敵と思わしき二人に浴びせる。即座にJ・Dとオリガは後方のメインコンピュータールームの扉に隠れて回避。
一拍間を置いてキクも窓から廊下に飛び込んで来て負傷した千束を安全圏に引っ張る。
「千束は!?」
「出血が酷いです。銃創による内臓のダメージがあるかもしれない・・早く治療しないと!」
焦りを抑え冷静に努めるキクを横目に相当青ざめてる千束の顔が目に映る。まるで刻一刻と命が
途端にたきなの中に怒りとも悲しみともつかない感情がマグマのようにこみ上げてくる。
「っ──よくも千束をっ!!」
クリス・ヴェクターの咆哮がまるでたきなの怒りを表すように火を吹く。サブマシンガンによる乱射に隙は無く、J・Dとオリガは出てこれない。たきなは敵を炙り出すために乱射を一瞬止めて、手榴弾を投げる。
だが、投げたその瞬間、一発の銃声が響き手榴弾が空中で爆発する。
「──くっ!?」
爆風に視界が遮られた後、すぐさま二発の銃声。たきなの持つクリス・ヴェクターが弾かれる。手榴弾と銃を狙った精密な射撃。敵にアドバンテージを取られないよう、たきなはすぐにM&P9を構えて狙撃手と対峙する。視界を遮っていた煙が晴れ、そこにいる人物を見て驚愕した。
「え──」
着崩した制服に日に焼けた肌。日本人の平均身長よりも大柄な女性。見た目は変わってしまっているが、その面影には覚えがあった。
「オリガ・・先輩?」
かつてリコリスとして生きる指針となった人物。そしてリコリスとして散っていった人物がそこにいた。
こみ上げてた怒りを忘れ絶句してしまう。そして追い打ちをかけるように廊下に振動が響く。
「爆破スイッチを起動した。もう、ここに用は無い。引き上げるぞ」
「ええ」
J・Dは手元のリモコンを操作して1階から順に爆弾を起動させた。時間が経てば支部は崩れるように倒壊する。
「まっ──」
たきなは去って行くオリガを呼びかけようとするが、爆発と揺れがそれを邪魔する。
「たきなさん!ここは危険です。早く離脱しましょう!」
呆然と伸ばす手をキクが制止する。ハッと現実に戻ってきたたきなはすぐに瀕死の千束の元に駆け寄る。相当の出血で今にも命の鼓動を止めてしまいそうなか細い呼吸にたきなは気が気でなかった。
「千束!しっかり!」
必死のたきなの訴えにも千束は反応はせず、体温はどんどん失われている。非常に危ない状態だ。
「私たちがここに乗り込んで来た時に使ったヘリに千束さんを運びます」
キクの冷静な指示にたきなは頷く。
たきなとキクは意識を失った千束にケーブルを繋いで二人がかりで担ぐ。本来ならスプークストレッチャーも使うが、そんな時間は無いのでまずたきながヘリに乗り込んで千束を引っ張り、キクが押し込む役割だ。
はっきり言えば危険極まりない。だが考える時間も猶予も無い。この危険な橋渡りを完遂させるにはたきなとキクの連携に全てが掛かっている。そうした息が詰まるような緊張状態の中、千束の体半分までがヘリに乗せられようとした時、
「っ──危ない!」
キクが異変に気づき、千束をヘリに投げ入れ庇うように背を向ける。次の瞬間、千束を狙ったであろう銃弾がキクに命中した。
「キク!?」
「──くっ、たきな・・さんっ──い、行ってください!」
「ダメですっ!キクもこっちに──」
たきなは腕を伸ばすがキクは首を横に振る。
「敵が、こちらを狙って・・います。今狙われるのはマズい・・っ。は、早く・・行って──」
「でも──」
再び銃声が響き、キクを襲う。数発の弾丸が当たりキクは凧のように揺れる。だが、仲間を守る一心で不屈に立ち続ける。
「井上たきな!ファーストの命令よ!早く行きなさい!」
歯を食いしばりキクは叫ぶ。その決意にたきなは悔しそうに目を閉じるが、覚悟を決めて操縦士に指示を出す。
「出してください!ここをすぐに離脱します!」
ヘリが支部の建物から離れると数発の銃声が聞こえた。それから数秒後に──支部は瓦礫の城へと倒壊していった。
その光景を目にしてたきなは何も出来なかった自分の不甲斐なさに
機内を見渡す。千束は重傷。他のリコリスたちの顔にも陰りが宿っていた。そして──出会ったばかりの友人のキクを失い、支部も壊滅。──完敗だ。完膚なきまでに完敗だった。
一人無事に残ったたきなは虚しさのあまり涙も流せず黙していた。
卍
DA京都支部の倒壊寸前に屋上に待機させておいた脱出用のヘリにJ・Dとオリガは乗り込み脱出する。間髪入れず建物は崩壊した。
「全く、ギリギリじゃあないか!危うく巻き込まれるところだったよ。ちゃんと時間厳守でお願いしたいね」
先に機内へ避難していたドクターが冷や汗を掻きながら文句を言う。
「時間稼ぎをしたんだから厳守もなにもないでしょ。文句言わないでくんない?んで、そっちはちゃんと機密データーとやらは持ち出せたの?」
「当たり前だ。私を誰だと思っている。データーは抜かりなしだよ君!」
知らねぇよと思いつつもオリガは「あっそ」と一言返すだけだった。ふと、J・Dを見る。外をじっと見据えてる。視線を追いかけると夜の空へと帰って行く別のヘリ。先ほど戦闘したリコリスのヘリだ。
「オリガ、ようやく出会えたぞ。このオレの終着地点に」
J・Dは感情の無い無機質な声でオリガに話す。──いや、彼を良く知るオリガからすれば今の彼が歓喜に興奮していることが分かった。それだけの相手に出会えたのだろう。
オリガも夜の闇に逃げ帰るヘリを見て物憂げに耽る。もう会うことはないだろうと思っていた相手に──。
「これも因果かな。ねぇ、真面目ちゃん」
窓に映るヘリを指先でなぞるように呟く言葉はしかし、誰にも聞かれることなく消えていった。
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