転生したら竜だったので、とりま竜種目指しまっす! 作:遊燐千
第1話 目が覚めたら竜でした
『ん……?? ここは……何処だ?』
重たい瞼をゆっくりと押し上げる。まるで長い夢の底から、無理やり現実へ引きずり出されたような感覚だった。ぼやけていた視界が少しずつ輪郭を取り戻していくにつれ、俺の目に映ったのは、見覚えのない光景だった。
そこは薄暗く、ひんやりと湿った空気が漂う洞窟だった。天井からは水滴が一定の間隔で落ちており、ぽた、ぽた、と響く音が静寂を際立たせている。足元にはぬかるんだ土と小さな水溜まりが広がり、鼻をつくのは土や石の匂い。そして、その奥にはどこか生臭さを含んだ、重たい空気が混じっていた。
(……なんで、こんな所に……?)
状況がまるで飲み込めない。それどころか、頭そのものがうまく働いていなかった。思考に薄い霧がかかっているようで、何かを考えようとしても、掴みかけたものがすぐに指の間からこぼれていく。
(落ち着け……とにかく、思い出せ)
ここへ来る前、自分はいったい何をしていた?
『確か……』
意識の奥へ手を伸ばすように、断片的な記憶を一つずつ拾い上げていく。
俺の名前は、竜田水生。年齢はアラサー。どこにでもいる──いや、平均よりは少しだけ頭のいい、そこそこなIT企業に勤めるサラリーマンだった。
そうだ。確か、昨日は『転生したらスライムだった件』を徹夜で一気見して……そのまま通勤途中だったよな。
(よし……覚えてる)
そこまでは問題ない。
問題なのは──。
「んで~……俺がこんな所にいる理由だよな……」
ぽつりと漏らした声が洞窟の壁に反響し、思った以上に大きく聞こえた。記憶を辿るように目を閉じ、ここへ来る直前の出来事を思い返そうとする。
……辿る。
……辿る。
そして──。
「うん! 全く思い出せねぇ!!」
あっさりと諦めた。
「なんか……色々声が聞こえてうるさかった気がするけど……何があってこんな所に来たんだ……?」
頭を抱えながら天井を見上げる。当然、そこに答えが書いてあるわけもない。
「はぁ……」
深いため息を吐き、ガシガシと頭を掻く。
そのときだった。
ぎゃりぎゃりぎゃりっ……!!
「……ん?」
指先から伝わってきた妙な感触に、思わず手を止める。
今の音は何だ?
明らかにおかしい。頭を掻いたときに鳴るような音ではない。まるで硬い金属同士を無理やり擦り合わせたような、耳障りな音だった。
(……なんか、とてつもなく嫌な予感がする)
恐る恐る、自分の腕へ視線を落とす。
「……え?」
思考が止まった。
そこにあったのは、人間の腕ではなかった。
健康的に焼けていたはずの肌は鮮やかな蒼色へ変わり、その表面は細かな凹凸を持ちながらも滑らかで、明らかに生身の皮膚とは異なる硬質な光沢を帯びている。まるで鎧そのものだ。
そして指先にあるのは、爪などという生易しいものではない。黒曜石のような艶を持つ、鋭利な鉤爪。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁ!!?」
思わず絶叫する。
声は洞窟の奥へ吸い込まれるどころか、何重にも反響して戻ってきた。しかし、そんなことを気にしている余裕はなかった。
(なんだこれ、なんだこれなんだこれ……!?)
理解が追いつかない。
だって、俺はついさっきまで人間だったはずだ。
こんな──。
(The・人外みたいな腕してなかったよな、俺!?)
あまりの衝撃に足元がおぼつかなくなる。ふらつきながら周囲を見回し、やがて目に入ったのは、先ほどの小さな水溜まりだった。
「……まさか」
半ば縋るような気持ちで水溜まりへ駆け寄る。足を滑らせそうになりながらも何とか踏みとどまり、震えるような気持ちで水面を覗き込んだ。
そこに映っていたのは──人間ではない、何かだった。
長く湾曲した黒い角。全身を覆う蒼い鱗。水面越しでも分かるほど鋭い黄金色の瞳。口元から覗く鋭い牙。その背には折り畳まれた巨大な翼があり、さらに背後では丸太のように太い尻尾がゆっくりと揺れている。
「……まじかよ……」
かすれた声が漏れる。
しばらく、水面に映る自分の姿から目を逸らすことができなかった。何度目を擦っても、頬を叩いてみても、そこに映る姿は変わらない。
「……竜じゃねぇか……!!!!」
再び洞窟内に絶叫──否、咆哮が轟いた。
目が覚めたら人間じゃなくなっていた。
そんな馬鹿げた話が、現実に起こるなんて誰が思うだろう。
「どうなってんだよ……」
困惑したまま呟いた、そのとき。
『──伝』
頭の奥へ、直接“声”が響いた。
鼓膜を震わせているわけではない。外から聞こえているわけでもない。まるで脳そのものへ直接言葉を流し込まれているような、奇妙な感覚だった。
『それは、
「うぉッ!? 誰だッ!?」
反射的に飛び上がり、ぐるりと周囲を見回す。
だが、誰もいない。
洞窟の中にいるのは、相変わらず俺一人だけだった。気配も物音もない。
『私は
「ゆにーくすきる……?」
聞き慣れない言葉に眉をひそめる。
だが、それ以上に引っかかった言葉があった。
「……ちょっと待て」
嫌な予感が、じわじわと背筋を這い上がってくる。
「今……なんつった?」
『
「……は?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「……死んだぁ!?!?!?!?!?」
『はい。睡眠不足による不注意により電柱に衝突した後、運悪く突撃してきた自動車に跳ね飛ばされました。その後、数度道路に叩きつけられ……そのままご臨終です』
「なんだその死に方は!!」
ツッコミが洞窟に響き渡る。
「運が悪いとかそういうレベルじゃなくない!? 俺、前世で大罪でも犯した!?」
『訂正。既に転生しているため、前前世です』
「うるっさいわ!」
思わず頭を抱える。
(なんか……段々と思い出してきた……。確か、色々言われた気がするわ……)
どうやら俺は、本当に死んだらしい。
実感はまるでない。というより、実感する暇すらないまま、訳の分からない場所で竜になっている。
『そして、私が主の魂をこの世界へと導きました』
「んぇ? 魂を導いた……?」
深く息を吐き、一度頭の中を整理する。
パニックになったところで何も始まらない。分からないことだらけなのは事実だが、目の前にある情報を一つずつ拾っていくしかない。
「とりあえず……ここは何処だ?」
『はい。この世界は、主の記憶に存在する作品──“転生したらスライムだった件”と呼ばれる物語の世界です』
「ふぁっ……!?」
今度こそ、本気で思考が吹き飛んだ。
「転スラ……だと……?」
まさか。
そんなまさか。
「ってことは──」
俺は目の前にいるはずのない相手へ向けて、勢いよく問いかけた。
「もしかして俺って、新たな竜種だったり~!?」
『──違います』
「即否定!?」
期待を膨らませた直後に叩き落とされ、思わず肩を落とす。
「じゃあなんなんだよ!? この世界で“竜”って言ったら竜種くらいしかいねぇだろ!?」
『……否。主は特殊個体です。竜種とは異なる別系統の存在となります』
「特殊個体……!」
落胆していた気分が、一気に興味へと切り替わる。
黄金色の瞳が、期待に輝いた。
『はい。種族名──水竜。水を司る竜と定義されています』
水竜。
水を司る竜。
「おぉぉぉぉ!!」
「水を司る竜……なんだそれ、めっちゃカッケェじゃん!! じゃあ水に関するスキルなんかも持ってるのかな~♪」
単純な男である。
『是。
「うぉ~!!! って、水槍? そんなんあったっけ?」
『
「スキルの解説を求めてるはずなんだけどね~!?」
『使えば分かります』
「はぁ……」
このスキル、意外とスパルタなのでは?
「……あ。それよりさ、今ってどの時期なんだ?」
『……?』
「ほら、あれだよ。リムルが転生してるとか何とか?」
『──告。個体名リムル=テンペストの転生は、約30日後です。よって、作品名“転生したらスライムだった件”の原作開始までは、まだ時間があります』
「……えっ!? 約一ヶ月後!?」
『是。約一ヶ──』
「ひゃっほぉぉぉぉい!!」
洞窟に歓声が響き渡った。
「生リムルに会えるぅ~!!!!!」
拳を握り、その場で軽く跳ねる。
原作開始前。
つまり、俺はこれから始まる物語を、最初から見届けられる位置にいるということだ。
しかも──。
「いっやぁ~……これはテンション上がるわ~!」
喜びに浸っていた俺だったが、そんな浮かれ気分を容赦なく打ち砕く音が腹の底から響いた。
──ぐぅぅぅぅぅ……。
「う゛っ……」
『──伝。主は約三日間、何も摂取していません』
「三日間……!? って、俺三日間寝っぱなしだったってこと!?」
『肯』
「マジかよ……」
竜の身体が人間と同じように空腹を感じるのかは分からない。しかし、少なくとも俺自身は腹が減っている。
『推定。残り二日ほど何も口にできなければ、行動が困難になる可能性があります』
「それ普通にやばいじゃん!!」
急に現実的な問題が襲いかかってきた。
「とりあえず水だけでも飲みたいけど……せめて湖とかないかなぁ~。流石にこの水溜まりはねぇ」
『伝。
「うぉぉ! まさに今求めていたスキルじゃないか! 勿論、イエスだ!」
返事をした途端、目の前に清らかな水が生み出された。
俺は迷うことなくそれへ口をつけ──。
飲んだ。
飲んで、飲んで、飲みまくった。
そりゃもう、腹がたっぷんたっぷんになるぐらいに。
『伝。
「んぇ……? 貯水……? なんだそりゃ」
『
「つまり……飲めば飲むほど水を貯められて、水竜の俺にとっちゃメリットしかないってことか!!」
『是。その通りです。攻防ともに、水を扱う際に利用可能となります』
「なるほど……」
便利すぎる。
とはいえ──。
「……水だけじゃ腹は膨れないしなぁ~。ど~すっかぁ~」
『幸い、此処は洞窟です。魔物を狩ることを推奨します』
「確かに……なんか此処、封印の洞窟に似てるし……魔物の一体や二体いるだろ!」
『是。此処は封印の洞窟です』
「って、まじに封印の洞窟なのかよ……!」
思わず声を上げる。
封印の洞窟。
つまり、この洞窟の奥には──。
「ってことは、ヴェルドラが居る!?」
頭の中に、巨大な暴風竜の姿が浮かぶ。
「ぐわぁ~……会いてぇけど……会ったらリムルとの云々が変わっちまう気がする……」
物語を知っているからこそ、余計な干渉は避けたい。だが、せっかく転スラ世界へ来たというのに、ヴェルドラに会わないという選択肢も、それはそれで惜しい。
「んや……だが、まずは生き残ることが先だよな。……まぁ、一回狩りに集中するか~!」
『それが良いかと』
「さぁてと! そんじゃあ、やることはシンプルだな!」
ぐっと拳──いや、鉤爪を握りしめる。
「食って、生き延びて、強くなる!」
黄金色の瞳が、暗い洞窟の奥を見据えた。
「最強の竜種になる!」
口元がニヤリと吊り上がる。
「ついでに、リムルにも会って~、あわよくば仲間的な感じになる!」
目標は決まった。
まずは生きる。
そして強くなる。
「さてと……あとはゴールへ一直線だ! 行くぞ、伝達者!!」
静かな洞窟の中へ、鉤爪が一歩を踏み出す。
「俺の転生ライフ、スタートだ!!!」
──ぐぅぅぅぅぅぅ……。
「……こういう時ぐらい空気読んでくれよぉ……腹の虫ぃ」
『生理現象なので仕方ないかと』
「わかってるわ!!!!」
自分の腹にツッコミを入れながら、俺は洞窟の奥へと進んでいく。
こうして──竜田水生の、二度目の人生が始まった。
これは、『転生したらスライムだった件』の世界へ転生した、一匹の水竜。
後に数多の者からその名を知られることになる、一匹の竜の物語である。
【ステータス】
名前:???
性別:♀
種族:水竜
各種スキル:
《コモンスキル》
〈水刃〉
〈水槍〉
〈水流移動〉
〈水圧推進〉
〈貯水〉NEW
〈身体装甲〉
〈身体強化〉
《エクストラスキル》
〈魔力感知〉
〈水源〉
〈竜炎〉
《ユニークスキル》
〈???〉NEW
〈大食い〉NEW
〈竜之者〉NEW
〈切望者〉NEW
各耐性:
〈物理攻撃耐性〉NEW
〈自然影響耐性〉NEW
〈水攻撃耐性〉NEW
〈熱変動耐性〉NEW