【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~ 作:Hyades
序章 都市開発計画
ゴブリン村への帰還と、あの「爆弾発表」から一週間が経過した。
湿地帯から移動してきた豚頭族(オーク)たち――いや、過去の俺の『名付け』によって『猪人族(ハイ・オーク)』へと進化した彼らの受け入れ作業は、文字通り目を回すような忙しさだった。
だが、皆の表情は不思議と明るく、村全体が熱狂的な活気に満ち溢れていた。
「リムルの旦那、こっちの区画割りだがな……」
「ああ、そこは居住区にする予定だから、上下水道の配管を先に通しておいてくれ。水洗トイレの仕組みや浄化槽の構造は前に教えた通りだ」
「へっ、任せとけ。ガルムとドルドが今、配管を加工してるところだ。それにしても……水洗式なんて、ドワルゴンでも王城か一部の貴族しか使ってねえような代物を、村全体に張り巡らせるたぁな」
カイジンが分厚い図面を見ながら、呆れたように、だが職人としての血を激しく騒がせるように笑う。
俺の記憶にある通り、この時期の村造りの要はインフラ整備だ。
清潔な水を引き込み、汚水を処理する上下水道の完備。
そして、ヴェルドラが封印されていた『封印の洞窟』を、回復薬(ポーション)の原料となるヒポクテ草の栽培所や、これからやって来るガビルたちリザードマン、そしてベスターを迎え入れるための研究施設として再利用する計画。
これらは元の歴史でも行っていたことだが、今回は少し――いや、かなり規模と事情が違っていた。
図面を覗き込んでいたカイジンが、感嘆の息を漏らしながら口を開く。
「それにしても、普通の鉄や鋼の内部に特殊な隙間を設け、後々魔素を流し込んで『魔鋼』へと変質させることを前提とした構造の支柱をあらかじめ埋め込むなんて、驚きの発想だぜ。未来の旦那の時代でも、この時期にこれほどの規模の工事をやったのかい?」
俺はカイジンの問いに、苦笑しながら首を横に振った。
「まさか。俺たちの時代じゃ、この時期にここまでの規模の工事なんてやってなかったよ。これは俺と過去の俺……二人のリムルがそろい踏みして、未来の知識と今の労働力が合わさったからこそできる芸当ってことだな」
俺が答えると、傍らで聞いていた過去の俺が、深く頷くように体を縦に揺らした。
「お前が来てから毎日、目が回るくらい忙しいけどな。でも、そのおかげで生活基盤がとてつもないスピードで整い始めてるから、正直すごく助かってるよ」
「だろ? だが、ただのインフラ整備で終わらせるつもりはないぞ。地下の鋼材を魔鋼化させるのには、もう一つ重要な理由があるんだ」
俺はさらに図面の上に、シエルに頼んで書き込ませた『もう一枚の透かし図面』を重ねた。
そこには、都市の地下全体を覆うような、巨大で複雑な幾何学模様が描かれている。
「……こ、こりゃあ……魔法陣か!?」
「ご名答。ただのインフラ整備じゃないぞ。以前……いや、この時代から見れば未来か。とある魔王の領地の首都を見たことがあってね。あそこは都市全体に強力な魔法防御が施されていたんだが、その構造をパク……参考にさせてもらった」
俺は過去の俺とカイジンに向けて、ニヤリと笑ってみせた。
「街の区画整理および基礎工事を進める際、地下に埋め込むこの鋼材のネットワーク自体が、都市全体を防衛する『大型多重結界魔法陣』の役割を果たすよう設計してあるんだ。上下水道の配管網と、防衛結界の魔法陣を完全に一体化させる。これも後々、魔素を流して魔鋼化させれば、文字通り鉄壁の要塞都市になるってわけだ」
「…………」
俺の未来の知識を詰め込んだ無茶苦茶な構想に、カイジンは呆れを通り越して、顔を真っ赤にして武者震いしていた。
ドワーフの最高峰の技術者としての魂が、かつてない規模の魔法工学プロジェクトを前に歓喜の悲鳴を上げているのだろう。
過去の俺も、「未来の俺、マジで容赦ねえな……」とプルプル震えながら呟いている。
「未来のリムル様! 第一区画から第四区画までの整地、および樹木の伐採、完了いたしました!」
地響きのような足音とともに駆け寄ってきたのは、新たにハイ・オークの部隊長となった屈強な戦士の一人だ。
「おお、ご苦労さん。予定よりだいぶ早いな」
「はっ! 我ら、この有り余る力をリムル様のために振るえることが嬉しくてたまらないのであります!」
そう言って胸を張る彼の後ろには、数千単位の猪人族(ハイ・オーク)たちが規則正しく並び、次なる指示を待っていた。
俺の知る歴史では、二十万のオークたちはジュラの森の各所へ分散させ、それぞれの地で復興や食糧生産に当たらせていた。
今回も基本的な方針は同じなのだが、元の歴史よりもかなり多い数のハイオークが生き残った影響で、この村にやってきた人数も俺の時よりも多くなったのだ。
そこで一部の猪人族(ハイ・オーク)たちを、この村の拡張工事に割り振ったのだ。
名付けて、『(未来の)リムル直属都市開発部隊』
俺たちがすさまじい速度で作業をこなすハイ・オークたちを見ていると、そこへもう一人、さらに巨大な影が広場の奥から歩み寄ってくる気配があった。
「リムル様、未来のリムル様。街道の基礎工事、第一段階を終えて戻りました」
全身を土埃で汚しながらも、どこか誇らしげで充実した顔つきで一礼したのはゲルドだ。
元の歴史と同じく、彼は過去の俺から先代オークロードの意志を継ぐ『ゲルド』という名を与えられ、『猪人王(オークキング)』へと進化を遂げている。
現在はその圧倒的な統率力と強靭な肉体を活かし、村と周辺地域を繋ぐ主要な街道の整備を指揮してくれていた。
「おお、ゲルド。ご苦労様! 休む間もなくて悪いな」
スライム姿の過去の俺がぽんぽんと跳ねて労うと、ゲルドは恐縮したように巨大な身を縮め、深く頭を垂れた。
「とんでもないことであります。我ら猪人族(ハイ・オーク)は、かつて飢えに狂い、この森に多大な被害をもたらした罪深き身。その我らを滅ぼすことなく許し、あまつさえ住む場所と、新たなる名まで与えてくださったリムル様の広大な御慈悲……どれだけ働こうとも、決して返しきれるものではありません」
ゲルドの言葉には、過去の罪に対する深い悔恨と、俺に対する痛いほどの忠誠心、そして感謝が込められていた。
真面目で責任感が強すぎるがゆえに、自分たちを追い詰めやすい彼らの気質を、俺は未来の記憶からよく知っている。
「だから、気にするなって言っただろ。あれはゲルミュッドとかいう黒幕が悪いんだし、お前たちはただ同胞を生かすために必死だっただけだ。これからは、美味い飯を腹いっぱい食べて、一緒にいい国を造っていけばいいんだよ」
「リムル様……ッ!」
過去の俺が明るく笑い飛ばしてやると、ゲルドの目からポロリと大粒の涙がこぼれ落ち、土埃にまみれた頬を伝った。
俺は微笑ましくそのやり取りを見守りつつ、口を開いた。
「それにしても、あの広大な街道の基礎がもう終わったってのは驚きだな。さすがはお前だ、ゲルド。この調子なら、他国との交易ルートの確保も予定よりかなり早まりそうだ」
「もったいないお言葉です! 未来のリムル様が描かれたあの素晴らしい都市計画と街道網……我ら猪人族の誇りにかけて、必ずや真っ先に現実のものといたしましょう。では、少しの休息ののち、すぐに次の区画の作業へと戻ります!」
涙を拭い、ゲルドはそう言って再び深く、本当に深く頭を下げると、大地を踏みしめるような力強い足取りで街道の工事現場へと戻っていった。
*
ゲルドが作業に戻っていったあと、俺たちは再び猪人族(ハイ・オーク)の作業風景を眺めていた。
「すごいな……。あの数の猪人族(ハイ・オーク)が、一糸乱れぬ動きで巨大な木々を切り倒し、岩を砕いていくなんて……」
隣で図面を覗き込んでいた過去の俺が、目を丸くして感心している。
「だろ? あいつらの体力と統率力は異常だからな。建築と土木のプロフェッショナル集団として、これ以上頼りになる連中はいない」
俺はそう答えながら、広げられた巨大な羊皮紙の地図をトントンと指差した。
そこには、ミルドが描いた元の都市計画図の上から、俺が赤いインクで大幅な修正を加えた『新・魔国連邦(テンペスト)首都設計図』が記されている。
「元々のミルドの計画だと、居住区や工房、それに迎賓館を含めた面積はこのくらいだった。だが、今回は最初からこの倍……いや、将来的にはさらにその外側に闘技場や宿泊街、それに世界中から商人が集まる商業特区を設けることを見越して、今のうちから基礎となる区画と大通りを2倍の面積で整備してしまう」
「に、2倍の面積!? こんな広大な森を、いきなりそこまで切り拓くのか!?」
驚愕して声を上げるカイジンに、俺はニヤリと笑い返した。
「ああ。俺の知る未来の『テンペスト』は、これでもまだ手狭なくらいの大都市になるからな。どうせ後からドンドン拡張することになるんだ。だったら今のうちにデカく作っちまった方が、配管の引き直しとかの二度手間にならないだろ?」
俺がサラリと言ってのけると、カイジンが図面からバッと顔を上げた。
「ハッ、無茶苦茶なことを言うぜ、未来の旦那は。……って、待てよ旦那。今、『テンペスト』って言ったか?」
「て、てんぺすと……とは、一体なんでしょうか?」
カイジンの鋭いツッコミに続き、いつの間にかやってきていたリグルドや過去の俺までもが不思議そうな顔をして首を傾げた。
(あっ、ヤベッ)
俺は内心で盛大に冷や汗をかいた。
そういえば、この時点の過去の俺はまだ魔物の国を建国すると正式に宣言したわけじゃないし、当然『魔国連邦(テンペスト)』という国名も決まっていなかった。
いずれタイミングを見てお披露目するつもりだったのに、いつもの口癖でうっかり名前を滑らせてしまったのだ。
「あー、いや! 今のは気にしないでくれ!」
俺が慌てて両手を振って誤魔化すと、カイジンは深く詮索はせず、ゴクリと喉を鳴らして再び図面へと視線を落とした。
「……まあいい。これだけの規模の都市造り。腕が鳴らねえ職人は、この世にいねえよ」
「それにしても、未来のリムル様が描かれたこの図面……恐ろしく緻密で合理的ですね。大通りから各区画への導線、それに見たこともない巨大施設まで……」
リグルドや他のゴブリンたちも、図面を囲んで感嘆の声を漏らしている。
当然だ。
これは俺が数年かけて、数々の失敗や試行錯誤を繰り返しながら完成させた『未来のテンペスト』そのものの青写真なのだから。
俺の頭の中にある完成図を、シエルが完璧な精度で図面に書き起こしてくれた代物だ。
《対象エリアの地盤調査および、将来的な魔素流動、防衛機能を加味した区画の最適化はすでに完了しておりますよ。マスターが苦労されたような、上下水道の容量オーバーなどのインフラのトラブルは、この設計図通りに進めれば一切起こりません》
脳内でドヤ顔を決めているであろうシエルの頼もしい声を聞き流しつつ、俺は皆に向かってパンッと手を叩いた。
「というわけだ! 人手なら猪人族(ハイ・オーク)たちがいくらでもいる。ドワーフの三兄弟には、あいつらの現場監督と技術指導を頼みたい。まずは第一区画のインフラ整備と並行して、倍の面積の整地を一気に進めるぞ!」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
俺の号令に、広場に集まった全員が地を揺るがすような力強い雄叫びで応えた。
その日から、ジュラの大森林の一部は、かつてない熱気と轟音に包まれることになった。