【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第二章 四つの脅威と真の黒幕

太陽が西の森に沈み、空が美しい茜色に染まり始めた頃。

一日の作業に区切りをつけ、炊き出しのいい匂いが広場に漂い始めた時だった。

開拓されたばかりの大通りの向こうから、見慣れた二つの影がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 

「おっ、帰ってきたな」

 

俺が声をかけると、紅蓮の髪を揺らす屈強な青年と、桜色の髪を持つ可憐な少女――ベニマルとシュナが、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。

 

「ただいま戻りました、未来のリムル様」

 

「ご苦労さん。二、三日ぶりか? 大鬼族(オーガ)の里の復興具合はどうだった?」

 

二人は、焼け落ちた故郷の再建の陣頭指揮を執るため、数日間だけ里帰りをしていたのだ。

元の歴史では豚頭族(オーク)の軍勢によって集落が滅ぼされ、ベニマルたち六人しか生き残らなかった大鬼族だが、俺の介入によって今回は事態が大きく変わっている。

集落の全滅を免れ、先代族長をはじめとする多くの同胞が生き残っているのだ。

 

「はい。ゲルド殿が派遣してくれた猪人族(ハイ・オーク)たちの働きぶりは見事なものでした。瓦礫の撤去から新たな住居の建設まで、恐ろしいほどの速度で進んでおります。同胞たちも皆、未来のリムル様と、この時代のリムル様への感謝を口にしておりました」

 

ベニマルが誇らしげに報告する。

その後ろで、シュナも嬉しそうに微笑んだ。

 

「お父様も、すっかり元気を取り戻しておりました。むしろ、元気になりすぎて少し困ってしまうくらいです」

 

「ははっ、そりゃあそうだろうな。なんせ、あいつが直々に『名付け』をしちまったんだから」

 

俺が苦笑交じりに言うと、ベニマルもやれやれといった様子で肩をすくめた。

 

そう。

俺が未来からやってきて間もない頃、過去の俺は大鬼族の里を訪れ、生き残った先代族長に名前を授けたのだ。

元の歴史には存在しなかった展開だが、俺たちを信じて同盟を結んでくれた彼への敬意として、過去の俺が直感で与えた名前。

それが『キエン(鬼炎)』だった。

 

名付けの恩恵は劇的だった。

外見としては若くは見えるが、少し衰えが見えていたキエンは、リムルの魔素を浴びて『鬼人族(キジン)』へと進化を果たしたのだ。

赤色の髪は燃えるような深みを増し、全盛期を上回るほどの肉体と強大な妖気を手に入れていた。

 

「キエンの親父さん、何か言ってたか?」

 

俺が尋ねると、ベニマルは呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな顔で息を吐いた。

 

「ええ。『里の再建など若者に任せておけばいい! 俺もすぐにリムル様たちの元へ馳せ参じ、その身を粉にして都市開発のお手伝いをしなければ!』と、すぐにでも飛び出しそうな勢いでした」

 

「あはは……お父様ったら、あの後ハクロウにたしなめられて、渋々里のまとめ役に専念することに同意してくれたんですよ」

 

シュナがクスクスと笑いながら補足する。

 

(おいおい、あの厳格で落ち着いていた族長さんが、すっかり熱血オヤジになっちまってるじゃないか)

 

俺は内心でツッコミを入れつつ、平和になった証拠だなとホッと胸を撫で下ろした。

 

「まあ、気持ちはすごく嬉しいけどな。でも、キエンには今は大鬼族の里の復興と統治に一番集中してもらいたいんだよ。あそこは将来、ジュラの森の重要な防衛拠点の一つになるからな。俺の直属になったお前たちに代わって、あそこをまとめる強力なリーダーにどっしり構えていてもらわないと困る」

 

俺が真剣な表情でそう告げると、ベニマルも真面目な顔つきに戻り、深く頷いた。

 

「はい。私も父にはそう伝えておきました。それに、あちらの里のことは父や同胞たちに任せられるからこそ、私とシュナはこうして、心置きなくリムル様のお側でお仕えすることができるのです」

 

「ええ。私たちにできることがあれば、なんでもお申し付けくださいね、未来のリムル様」

 

二人の真っ直ぐな忠誠と信頼の眼差しに、俺は少しだけ照れくさくなりながらも、大きく頷き返した。

 

「ああ、頼りにしてるよ。……それにしても、キエン(鬼炎)か。鬼人族の長として、強くて威厳のあるいい名前をもらったじゃないか」

 

俺が過去の自分のネーミングセンスを(少し自画自賛気味に)褒めると、二人も誇らしげに微笑んだ。

 

「さて、と」

 

俺は表情を引き締め、過去の俺(スライム形態)と、その場にいる者たちを見渡した。

 

「怒涛の勢いで色んなことが進んでるが、ここらで一度、直近の方針を全体でしっかり共有してまとめておかないとな。連日の土木作業で疲れているみんなや、里から帰ってきたばかりのお前たちには悪いんだが……今夜、幹部を集めて会議を開くぞ」

 

俺の言葉に、ベニマルは即座に居住を正し、力強く頷いた。

 

「お気遣いなく。我ら鬼人族、リムル様のためとあらば疲れなど微塵も感じません。むしろ、次なる指標を示していただけるのを心待ちにしておりました」

 

「ええ。すぐに夕食を済ませて、皆様にお声がけをしてまいりますね」 シュナも優雅にお辞儀をし、早速他の幹部たちを呼び集める手配をするために足早に去っていった。

 

数時間後。

日が完全に落ち、魔鉱石を利用した魔力灯が村のあちこちで柔らかな光を灯し始める頃。

俺たちは、第一区画の中心に新築されたばかりの『木造の会議棟』に集まっていた。

 

これもドワーフたちの技術指導と、ハイ・オークたちの驚異的な建築スピードの賜物だ。

まだ真新しい木の香りが漂う広々とした室内には、立派な一枚板の長テーブルと、人数分の頑丈な椅子が用意されている。

以前のような隙間風の吹くテントや簡素な丸太小屋とは比べ物にならない、きちんとした『国家の施設』としての威厳がすでに備わっていた。

 

上座の席には、俺と、シュナが用意してくれたふかふかの専用クッションに鎮座したスライム姿の過去の俺。

そしてその足元の影には、主の護衛として鋭い眼光を光らせる黒嵐星狼(テンペストスターウルフ)――ランガが静かに潜んでいる。

その後ろには、秘書のごとく胸を張って控えるシオンの姿がある。

そして長テーブルを囲むように、リグルド、カイジン、ベニマル、ハクロウ、ソウエイ。

さらには街道工事から戻ってきたゲルドや、リザードマンのガビルまで、現在この村の中核を担う面々がずらりと顔を揃えていた。

 

皆の顔には疲労よりも、これから始まる未知の国造りに対する熱気と期待が満ちている。

 

「よし、全員揃ったな」

 

俺がゆっくりと立ち上がり声をかけると、影に潜んでいたランガが過去の俺の体を守るようにそっと身を寄せた。

過去の俺も「よしよし、ランガ。」と優しく撫でてやっている。

俺はそんな彼らの絆に微かに目を細めつつ、真新しい会議棟の空間に響き渡る声で、静かに会議の幕を開けた。

 

 

 

 

「まず一つ目。……武装国家ドワルゴンに対する対応策についてだ」

 

その言葉が出た瞬間、カイジンとドワーフ三兄弟の肩がビクッと跳ねた。

 

「ドワルゴン……俺たちの祖国か。確かに、これだけの大規模な土木工事をして、何万ものオークやゴブリンが集結していりゃ、あっちの耳にも入るだろうが……」

 

カイジンが渋い顔で顎髭を撫でながら呟く。

 

「その通りだ。未来の俺の記憶だと、ドワルゴンの『暗部』はすでにこの森の異常な変化を察知している。そして、俺たちの真意を探るために……もうすぐ、ドワルゴンの王であるガゼル・ドワルゴ本人が、最強の天翔騎士団(ペガサスナイツ)を率いてこの村に直接乗り込んでくる」

 

「「「な、なんだとォォォッ!?」」」

 

カイジンだけでなく、リグルドやガビルたちまでもが驚愕の声を上げた。

中でも、誰よりも激しい反応を示したのは、ドワルゴンの元・軍人であったカイジンだった。

 

「ぺ、天翔騎士団(ペガサスナイツ)だと……!? 未来の旦那、そりゃあ本気で言ってるのか!?」

 

カイジンはガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、血の気を引かせた顔でテーブルに身を乗り出した。

 

「どうしたんだよカイジン、そんなに慌てて。そのペガサスなんとかって、そんなにヤバい奴らなのか?」

 

過去の俺が不思議そうに尋ねると、カイジンは信じられないものを見るような目でスライム形態の過去の俺を見下ろした。

 

「ヤバいなんてもんじゃねえ! あいつらは、我が祖国ドワルゴンが誇る絶対無敗の最強部隊だぞ! 一騎当千の精鋭ドワーフたちが、空駆ける魔獣ペガサスに乗って強襲してくるんだ! ……いや、俺も直接見たことはねえ。昔、軍にいた頃に退役した老兵から噂として聞かされただけの、ただの眉唾モンの伝説だと思ってたんだが……実在していたってだけでも驚きだ。通常、国家の存亡に関わるような大規模な戦争か、王都の絶対防衛にしか出撃しねえ、いわばドワルゴンの『最高戦力』だぞ!? それが、まさかガゼル王本人が率いて、こんな森の開拓村に直接乗り込んでくるだと……!?」

 

カイジンの額から、ダラダラと冷や汗が流れ落ちる。

その言葉に、隣に座っていたガルム、ドルド、ミルドの三兄弟も「ヒィッ」と息を呑んで震え上がった。

 

「国家の最高戦力が、俺たちの村に……!? ええっ!? 一国の王様が、なんでわざわざそんなガチの軍隊を引き連れて来るんだよ!?」

 

過去の俺も、事の重大さをようやく理解し、クッションの上でぽんぽんと跳ねながらパニックを起こした。

 

「王自ら最強の騎士団を率いて出向くということは、それだけ我々を危険視しているということか。……リムル様、いかがなさいますか? 命とあらば、我ら鬼人族、全力で王の首を獲ってご覧に入れますが」

 

ベニマルがスッと目を細め、静かだが濃厚な殺気を漂わせる。

その後ろで、シオンも「その役目、ぜひこのシオンに!」と剛力丸の柄に手をかけようとしていた。

 

「ストップ、ストップ! 物騒なこと言うな! 俺たちは戦争したいわけじゃないんだよ!」

 

俺は慌てて好戦的な部下たちを制止した。

本当にこいつらは、ちょっと目を離すとすぐ武力行使で解決しようとするから心臓に悪い。

 

「いいか、勘違いするな。ガゼル王の目的は俺たちの殲滅じゃない。この村を治める『スライム』が、世界にとって害をなす邪悪な魔物なのか、それとも言葉の通じる理知的な存在なのか……その本質を見極めるための『テスト』をしに来るんだよ」

 

俺はそう言って、腕を組んで静かに座っている老剣士――ハクロウに視線を向けた。

 

「それに、ガゼル王は昔、ハクロウに剣の稽古をつけてもらっていた兄弟子にあたる。その縁もあって、頭ごなしに敵対するような真似はしてこないはずだ」

 

「ホッホッホ。なるほど。あの森で剣術を教えてやった小僧が、儂の気配を感じ取って飛んでくるというわけですな」

 

ハクロウが白髭を撫でながら、どこか懐かしそうに目を細めた。

 

「いや、ハクロウ。未来の俺の記憶だと、ガゼルはここでお前を直接見るまで、自分の剣の師匠が生きているとは全く思っていなかったみたいだぞ。なんせ、オークの軍勢に大鬼族(オーガ)の里が滅ぼされたって噂がドワルゴンにも届いてたからな」

 

俺がそうツッコミを入れると、ハクロウは「おや、そうでしたか」と少し意外そうに目をパチクリとさせた。

 

ドワルゴンの英雄王を「小僧」呼ばわりするハクロウの言葉に、カイジンやドルドたちは「あ、あのガゼル王を小僧扱いできるのは、世界でもアンタくらいだぜ……」と頭を抱えてさらに冷や汗を流している。

 

「というわけで、一つ目の議題の方針だ。『ガゼル王の襲来を真っ向から受け止め、俺たちの無害さと国としてのポテンシャルを証明し、ドワルゴンと正式な国交を結ぶこと』。これが最大の目標になる」

 

俺が指を一本立てて宣言すると、過去の俺が「なるほど」と納得したように揺れた。

 

「そういうことなら、敵対する必要はないな。でも、テストって具体的に何をされるんだ?」

 

過去の俺が不思議そうにぽんぽんと揺れる。

 

「俺……いや、この場合は過去の俺としてのお前だな。お前が、ガゼル王の剣撃を凌ぐんだよ。あいつは剣を交えることで相手の魂の形、人となりを知ろうとしてたからな。……ただ、今回は少しやり方を変えようと思う」

 

俺はニヤリと意地悪く笑い、テーブルを囲む幹部たちを見回した。

 

「いつ来るかわからない天翔騎士団(ペガサスナイツ)の奇襲をピリピリしながら待つくらいなら……いっそのこと、先手を取ってこっちからガゼル王に『招待状』を出してしまおう」

 

「「「しょ、招待状!?」」」

 

再び、会議棟に驚きの声が響き渡った。

 

「そうだ。ドワルゴンの暗部が俺たちを監視してるなら、逆にそれを利用するんだ。堂々と使者を立てて、『我々はジュラの森で多種族が共存する新たな国を造っている。よろしければ、ドワルゴンの英雄王に直接ご視察いただき、ご指導を賜りたい』と申し出る。そうすれば、ガゼル王も『討伐』や『偵察』という名目ではなく、正式な『客人』として来ざるを得なくなるだろう?」

 

俺の提案に、真っ先に反応したのはカイジンだった。

 

「……ハッ! なるほど、そういうことか! 隠れてコソコソ得体の知れねえ軍事拠点を造ってるんじゃなく、最初からオープンにして『国家としての挨拶』をかますってわけだ! 確かにそれなら、相手の奇襲の口実を完全に潰せる。それに、あれだけの軍勢を擁しながら堂々と筋を通す態度を示せば、あのガゼル王も無下にはできねえはずだ!」

 

カイジンが興奮した様子でテーブルを叩く。

 

「ホッホッホ。面白い。向こうの意表を突く、見事な一手ですな。あの小僧がどんな顔をして魔物からの招待状を受け取るか、目に浮かぶようですわい」

 

ハクロウも愉快そうに白髭を揺らして笑った。

 

過去の俺も、「なるほど! それなら無用な緊張も避けられるし、堂々とおもてなしの準備に集中できるな!」と大賛成のようだ。

 

「というわけで、カイジン。お前にはドワルゴンに対する最高のおもてなしの準備と、この村の建築技術のデモンストレーションの用意を頼みたい。ガゼル王をただの村の視察じゃなく、『新興国家』の視察だと思わせるだけの見栄えが必要だ」

 

「へっ、任せとけ! 正式な招待客として王を迎えるなら、中途半端なモンは見せられねえな。今のウチの技術力と、未来の旦那の知識を組み合わせりゃ、あのガゼル王でさえ腰を抜かすド派手な歓迎施設を組み上げてやるぜ!」

 

カイジンはドワーフの職人としてのプライドを激しく刺激されたのか、ドンッと力強く胸を叩いて頼もしく笑った。

 

「リグルドとベニマルは、天翔騎士団(ペガサスナイツ)が上空から来ても絶対にパニックにならないよう、村の住人たちやオークたちの統制と、国家レベルの歓迎の準備を頼む。誰一人として、こちらから武器を抜かないように徹底させてくれ」

 

「はっ! 承知いたしました!」

 

「お任せを。大鬼族(オーガ)の誇りにかけて、最高の出迎えをご用意いたしましょう」

 

「よし、これで一つ目の議題はクリアだな。……さて、次だ」

 

俺は少しだけ声を低くし、会議室の空気をもう一段階引き締めた。

 

「二つ目の議題。……これは、ある意味でガゼル王の襲来よりも厄介で、そして文字通り国の存亡に関わる重大なイベントだ」

 

ゴクリ、と誰かが息を呑む音が聞こえた。

先ほどまでの高揚した空気が一変し、肌を刺すような緊張感が走る。

 

俺は真っ直ぐに皆の顔を見渡し、話を続けた。

 

「二つ目の議題。……早ければ数日以内に、この村に『魔王』がやってくる」

 

 

 

 

俺がそう告げた瞬間、会議棟の中は文字通り水を打ったような静寂に包まれた。

全員が息をするのすら忘れたかのように固まり、過去の俺に至っては「ま、魔王!?」と声にならない悲鳴を上げてクッションから転げ落ちそうになっている。

無理もない。

つい先日までただのゴブリンやオーガだった彼らにとって、『魔王』という響きは天災そのもの、あるいはそれ以上の絶対的な恐怖の象徴なのだ。

 

その重苦しい沈黙を最初に破ったのは、シュナだった。

彼女は先ほどまでの穏やかな微笑みをすっと消し、その可憐な顔に理知的な緊張感を張り詰めて口を開いた。

 

「魔王、ですか。……それは、ジュラの大森林の覇権を主張する者たちが、我々の急速な勢力拡大やオーク討伐の件を危険視して、本格的に軍を率いて攻めてくるということでしょうか?」

 

大鬼族(オーガ)の姫として培われた教養と危機察知能力ゆえの、極めて真っ当な推察だ。

ベニマルやハクロウも、シュナの言葉に同意するように険しい顔つきで俺を見つめている。

だが、現実は彼らの常識の斜め上をいく。

俺は首を横に振り、ため息まじりに答えた。

 

「いや、国として軍隊で攻めてくるわけじゃない。たった一人で、空から直接この村に突っ込んでくるんだよ。理由は『なんか面白そうなことやってるから』っていう、ただの好奇心と暇つぶしだ」

 

「「「……は?」」」

 

俺の言葉に、幹部たちが揃って間抜けな声を漏らす。

緊張の糸が変な方向に弾けたような、理解が追いつかない顔だ。

 

「……申し訳ありません!!」

 

突如、ゲルドが悲痛な声を上げ、勢いよく立ち上がってドスッと床に膝をついた。

巨体が真新しい木造の床にぶつかる振動が、会議棟全体を大きく揺らす。

 

「ゲ、ゲルド? どうしたんだよ急に」

 

過去の俺が驚いて声をかけると、ゲルドは深く頭を床に擦り付けたまま、全身を震わせて言葉を絞り出した。

 

「我ら猪人族(ハイ・オーク)が引き起こした先の騒乱……そこで生じた膨大な魔素の残滓や気配が、はるか遠くにいる魔王の目に留まってしまったのでしょう。リムル様とこの村に恐るべき厄災を招いた責任は、すべてこのゲルドにあります! どうか、我ら猪人族を先陣の壁としてお使いください。我らが命に代えて魔王を食い止めている間に、皆様は安全な場所へ――」

 

「ストップ、ストップ!! ゲルド、早とちりすんな!」

 

俺は慌ててゲルドの悲痛な懺悔を遮った。

こいつは本当に、少しでも自分たちに非があると感じると、すぐに全責任を背負って命を投げ出そうとする。

真面目で責任感が強いのは美徳だが、極端すぎるのだ。

 

「いいか、ゲルド。魔王が来るのはお前たちのせいじゃないし、そもそも壁になるとか犠牲になるとか、そういう悲壮な覚悟は一切必要ない。……というより、物理的に無意味だ」

 

「む、無意味……と申しますと?」

 

ゲルドが戸惑ったように顔を上げる。

 

俺は深く息を吸い込み、会議室の全員に聞こえるようにはっきりと告げた。

 

「来るのは、『破壊の暴君(デストロイ)』ミリム・ナーヴァ。最古参にして最強クラスの、文字通り『理不尽の化身』みたいな魔王だ。あいつが本気を出したら、数十万の軍勢で壁を作ろうが、ジュラの大森林ごと一瞬で消し飛ぶ」

 

「なっ……!?」

 

「破壊の暴君、ミリム・ナーヴァ……!? あの、おとぎ話に出てくる……」

 

ベニマルやカイジンの顔色がサッと変わり、ハクロウでさえも冷や汗を流して目を見開いた。

 

「まあ、俺がここにいる以上、そんな事態には絶対にさせないし、あいつも根は素直なやつだから本気で殺し合いになるようなことはないと思うが……」

 

俺はそこで言葉を区切り、少しだけ目を伏せて、脳裏に浮かぶ『もしも』の光景を口にした。

 

「万が一、何かの間違いで俺とあいつが本気で戦うことになった場合……勝ち負けに関係なく、その余波だけでこの地上の生態系は滅亡するだろうな」

 

「っ……!!」

 

会議室の空気が、完全に凍りついた。

俺の強さを身をもって知っている彼らだからこそ、「余波で地上滅亡」という言葉が単なるハッタリや比喩ではないと直感したのだろう。

リグルドなどは白目を剥いて気絶寸前になっている。

 

「だからな。絶対に誰も武器を抜くな、絶対に敵対するな。向こうはあくまで遊びに来るだけなんだから、こっちも全力で『遊んで』やるのが一番の対策なんだよ」

 

「魔王と、遊ぶ……? それは、どういう……?」

 

ゲルドがまだ状況を飲み込めないまま、呆然と聞き返す。

 

俺はニヤリと笑い、クッションの上で固まっている過去の俺をビシッと指差した。

 

「ミリムへの対応は、すべて過去の俺と俺の二人に任せろ。ミリムの機嫌を完璧にコントロールする秘密兵器……『蜂蜜(ハチミツ)』と、美味い飯で完全に餌付けしてやる。暴力には暴力じゃなく、甘味と優しさで懐柔するんだ」

 

最強の魔王を、蜂蜜で手懐ける。

あまりにも常識外れな作戦に、全員がぽかんと口を開けたまま動かなくなった。

しかし、俺が本気で言っていることを悟ると、やがてシュナがふうっと深い安堵の息を吐き、再び柔らかい微笑みを取り戻した。

 

「蜂蜜と、美味しいお食事ですね。承知いたしました。私とゴブリナたちで、腕によりをかけて最高のおもてなしの準備をしておきます。以前未来のリムル様から教わった、甘いお菓子の試作も進めてみましょう」

 

「おお、頼むぞシュナ! ミリムは子供みたいな性格だから、甘くて美味しいものには目がねえんだ」

 

俺が太鼓判を押すと、シュナは「お任せください」と優雅に一礼した。

それを見て、ベニマルやハクロウたちもようやく強張っていた肩の力を抜いた。

膝をついていたゲルドも、安堵と少しの申し訳なさをごちゃ混ぜにしたような顔で立ち上がる。

 

「……私の早計、お恥ずかしい限りです。そういうことならば、我ら猪人族は何があっても決して武器を取らず、魔王の御前であろうとただ黙々と土木作業を続けるよう、全軍に徹底いたします」

 

「ああ、それが一番いい。ガゼル王のペガサスナイツが来ようが、魔王が空から降ってこようが、お前たちは一切気にせず街づくりを進めてくれ。お前たちの造るこの街こそが、最強の魔王を迎え入れる最高の『舞台』になるんだからな」

 

俺がそう締めくくると、会議室の空気は先ほどの絶望的な緊張感から一転し、「最強の魔王をどうやって接待するか」という、どこか前代未聞の祭りに向けたような不思議な活気へと変わっていた。

 

「よし、これで二つ目の議題もクリアだ。ガゼル王の襲来と、魔王ミリムの来訪。この二つの超大型イベントを無血で乗り切れば、俺たちの国造りは一気に軌道に乗る」

 

俺はテーブルの上に広げたテンペストの完成予想図を指でトントンと叩き、全員の顔を見渡した。

 

「じゃあ、いよいよ最後の議題だ。これは俺たちの上層部だけじゃなく、村全体……いや、ジュラの大森林全体を巻き込む、最も重要な決定になる」

 

俺が声を一段階低くして告げると、会議棟の空気はさらにピンと張り詰めた。

全員が唾を飲み込み、俺の次の言葉を待っている。

 

「さっき『魔王ミリムが襲来する』って話をしたよな。実はこれ、先のオークロード騒動と密接に繋がっている話なんだ」

 

「ゲルミュッドが裏で糸を引いていた、あの騒動とですか?」

 

ベニマルがスッと目を細めた。

その瞳の奥に、故郷を滅ぼされた怒りの名残が微かに揺れる。

 

「ああ。ゲルミュッドが名付けをして回り、オークロードを誕生させてジュラの森を支配しようとしていたのは事実だ。だが、あの三流魔人にそんな壮大な計画を一人で思いつき、実行できるほどの器はない。……奴のさらに後ろには、真の黒幕がいた」

 

「真の黒幕……!」

 

過去の俺が、クッションの上で身を乗り出すように揺れた。

 

俺はゆっくりと、幹部たちの顔を見渡しながら、その事実を口にした。

 

「今回の件の背後には、なんと四人もの魔王が関与していたんだ。『喜狂の道化(クレイジーピエロ)』クレイマン、『獅子王(ビーストマスター)』カリオン、『天空女王(スカイクイーン)』フレイ、そして……さっき名前を挙げた『破壊の暴君(デストロイ)』ミリム・ナーヴァだ」

 

「「「よ、四人の魔王だとォォォッ!?」」」

 

今度こそ、カイジンやリグルドが椅子から転げ落ちそうになった。

ハクロウでさえも目を丸くし、ゲルドは自分の引き起こした事態の裏にあった底知れない闇の深さに、完全に顔面を蒼白にしている。

 

「待ってくれ未来の俺! 四人の魔王が束になって俺たちを潰そうとしてたってことか!? だとしたら、いくらなんでも勝ち目なんて……」

 

「落ち着け。そうじゃない」

 

パニックになりかける過去の俺を、俺は手で制した。

 

「四人が関与していたと言っても、実際に計画を主導し、ゲルミュッドを顎で使っていたのはクレイマンただ一人だ。残りのカリオン、フレイ、ミリムの三人は、クレイマンが持ちかけた『誰の配下が次の魔王になるか』という下らないゲームに、ただの傍観者として乗っかっていたに過ぎない」

 

「ゲーム……。我々の命を、ただの盤上の駒としか見ていなかったということですか」

 

シュナが、膝の上でギュッと拳を握りしめた。

ベニマルの全身からも、隠しきれない怒りの妖気が立ち昇っている。

 

「そういうことだ。だからこそ、ミリムがここへ来る。彼女は自分が退屈しのぎに乗っかったゲームを、盤面ごとひっくり返した得体の知れない存在……つまり『俺たち』に興味を持っただけなんだ。復讐や侵略の意図はない」

 

俺の説明を聞いて、幹部たちはひとまず最悪の事態ではないことに胸を撫で下ろした。

だが、ベニマルやゲルドの顔には、真の元凶に対する強い警戒と怒りが刻まれている。

 

「問題は、その主犯である魔王クレイマンだ。奴は目的のためなら手段を選ばない、陰湿で狡猾な策士だ。自分の手駒だったゲルミュッドとオークロードが俺たちに潰され、計画が頓挫したと知って、あのプライドの高い男がそのまま黙っているはずがない」

 

「……次なる刺客を差し向けてくる、ということですね?」

 

ソウエイが、冷徹な声で確認をとる。

 

「ああ。俺の知る本来の歴史において、クレイマンが打ってきた次の一手……それが、災厄級の魔物、『暴風大妖渦(カリュブディス)』の復活と襲来だ」

 

『暴風大妖渦(カリュブディス)』

その名を聞いた瞬間、会議棟の空気が一段と重くなった。

ジュラの大森林に古くから伝わる、空を泳ぐ巨大な災厄。

ヴェルドラの魔素から生まれたとされる、知性のない破壊の化身である。

 

「カリュブディス……。伝説に聞く、空の支配者ですか。それが我々の村へ……?」

 

リグルドが震える声で尋ねる。

 

「そうだ。本来の歴史では、クレイマンの息のかかった魔人フォビオ……まあこいつはカリオンの部下なんだが、そいつを利用してカリュブディスを復活させ、この町へとけしかけてきたんだ。奴の狙いは、当時この町に滞在していたミリムへカリュブディスをぶつけることと、最終的な森の支配権の簒奪だ」

 

俺はテーブルの上に広げた地図の、町の上空にあたる部分を指でトントンと叩いた。

 

「ただ、今回は少し事情が違う。俺が未来から介入し、歴史の歯車を色々と早めたり変えたりしているせいで、クレイマンの次の一手が全く同じになるとは限らない。フォビオが来ないかもしれないし、カリュブディスではなく別の厄介なものを送り込んでくる可能性もある」

 

俺がそう言うと、会議室の面々は重々しい沈黙に包まれた。

見えない敵、それも狡猾な魔王からの次なる一撃。

いつ、どこから、どんな形で襲いかかってくるかわからないという事実は、彼らにとって凄まじいプレッシャーだろう。

 

「だが」

 

俺はわざと明るく、自信に満ちた声を張り上げた。

 

「もしカリュブディスが来ようと、別の刺客が来ようと、やることは変わらない。俺たちはこの国を造り、護り抜く。そのための準備を、今のうちから徹底的にやっておくんだ。」

 

俺の言葉に、会議室の空気が再び引き締まる。

すると、今まで黙って話を聞いていた過去の俺が、クッションの上でポンッと弾んで口を開いた。

 

「なるほど……。つまり、その『クレイマン』っていう魔王は、これから先、間違いなく俺たちの明確な敵になるってことだな」

 

過去の俺の確認するような言葉に、幹部たちの瞳に鋭い光が宿った。

 

「当然です」

 

真っ先に口を開いたのはベニマルだった。

その声は静かだが、腹の底から湧き上がるような激しい怒りが込められている。

 

「我ら大鬼族(オーガ)の故郷を滅ぼす遠因を作り、豚頭族(オーク)を狂わせた真の元凶。いつか必ず、この手で報いを受けさせねば気が収まりません」

 

「ええ。リムル様やこの村の皆を盤上の駒のように扱い、脅かそうとする存在であるなら、決して許すわけにはいきません」

 

シュナもまた、普段の温厚な笑みを消し去り、冷ややかな声音で兄に同意した。

 

「ホッホッホ。相手が魔王であろうと関係ありませぬな。我らが主の敵となるのであれば、このハクロウの剣の錆にしてくれましょうぞ」

 

「我ら猪人族の誇りにかけて。リムル様の御下命とあらば、いかなる謀略も軍勢も、必ずや粉砕してみせます」

 

ハクロウが白刃のような殺気を漂わせ、ゲルドが重々しく拳を握りしめる。

 シオンに至っては「今すぐ私がそのクレイマンの首を物理的に刎ね飛ばしてきましょう!」と鼻息を荒くして立ち上がろうとする始末だ。

 

皆の反応は極めて真っ当だった。

オークロード騒動で多大な犠牲を払い、故郷を失い、あるいは狂気に落ちた彼らにとって、すべての黒幕であるクレイマンは絶対に許しがたい仇敵だ。

俺の知る歴史において、俺自身もそう思っていたし、実際に俺の手でクレイマンに引導を渡したのだから。

 

だが。

俺は皆の頼もしい、そして殺気立った言葉を聞きながら、静かに思案を巡らせていた。

 

(確かにクレイマンは姑息で残忍な手を使った。許されることじゃない。……だけど、未来の真実を知ってしまった今の俺からすれば、あいつの評価は少し変わってくるんだよな)

 

クレイマンは、ただの身勝手な悪党ではなかった。

彼もまた、彼なりの身内――『中庸道化連』の仲間たちを想い、狂気を演じていたに過ぎない。

さらに言えば、あいつ自身もある人物の精神支配を受け、思考を誘導されていた『被害者』の一面すら持っているのだ。

元の歴史では、あいつが死んだ後にその真実に気付いたが、手遅れだった。

 

もし、今の俺なら。

未来の知識と、進化したシエルという相棒を持つ今の俺なら、あいつを呪縛から解き放ち、全く別の結末へ導くことができるのではないか。

 

「……みんなの気持ちはよくわかる。奴のやったことは決して褒められたことじゃないし、俺たちの脅威であることには変わりない」

 

俺は静かに口を開き、会議室に渦巻く殺気をスッと凪のように鎮めた。

そして、戸惑う過去の俺と幹部たちを見回して、はっきりと告げた。

 

「だが……クレイマンに関しては、最終的に『助ける』方向性で行こうと思う」

 

「「「…………は?」」」

 

俺の爆弾発言に、会議棟の時間が数秒間、完全に停止した。

やがて、その言葉の意味を脳が処理し終えた瞬間、最も血の気の多いシオンがガタッと音を立てて立ち上がった。

 

「た、助ける、とは……まさか、我らの同胞を散々もてあそんだあの外道を許すとおっしゃるのですか!? それは……!」

 

「シオン、控えろ」

 

ベニマルが低く鋭い声でシオンを制止する。

だが、彼自身の声にも隠しきれない震えと、張り詰めた感情が混じっていた。

 

「……未来のリムル様。貴方様のご決断に異を唱えるつもりはありません。ですが……どうか、納得のいくご説明をお願いしたい。奴は我々の故郷を奪った元凶なのです」

 

「ああ、わかってる。すまない、言葉が足りなかったな」

 

俺は真っ直ぐにベニマルの目を見返し、静かに真実を語り始めた。

 

「さっき、オークロードの件はクレイマンが主導したと言ったが……実は、そのクレイマンのさらに背後で糸を引いている『真の黒幕』が存在するんだ」

 

「真の、黒幕……?」

 

過去の俺が呆然と呟く。

 

「ああ。信じられないかもしれないが、クレイマン自身、その黒幕に精神支配を受けて、長年にわたって少しずつ思考を誘導されていた『操り人形』に過ぎないんだよ」

 

その事実を告げた瞬間、幹部たちの顔から怒りの色がスッと引き、代わりに深い驚きと戦慄が広がった。

 

「魔王が、精神支配を受けていただと……!? そんな馬鹿なことが……!」

 

カイジンが信じられないというように頭を抱える。

 

「事実だ。あいつは元々、目的のためなら手段を選ばない冷酷な奴ではあるが、同時に『中庸道化連』という自分たちの組織の仲間を何よりも大切に想う、身内思いな面を持っていた。真の黒幕はそこにつけ込み、あいつの焦りや仲間を想う気持ちを歪めて、無理な謀略へと走らせたんだ」

 

俺の脳裏には、元の歴史でクレイマンが消滅する間際に残した、仲間を想う思念が焼き付いている。

あれを見たからこそ、あいつをただの「悪役」として切り捨てることは、今の俺にはどうしてもできなかった。

 

「もちろん、だからといってあいつのやったことが免罪されるわけじゃない。お前たちの受けた痛みや悲しみが消えるわけでもない。……だが、操られていた手駒を殺して溜飲を下げたところで、陰で笑っている真の黒幕の思惑通りになるだけなんだよ」

 

俺の言葉に、ベニマルはギリッと奥歯を噛み締め、膝の上で握りしめた拳を震わせた。

理屈は分かっても、感情がそれに追いつかず激しく葛藤しているのがわかる。

 

「――待ってくれ、未来の俺」

 

沈黙を破ったのは、過去の俺だった。

スライムの体をスッと伸ばし、怒りに震えるベニマルと、冷静な俺の間に割って入る。

 

「ベニマルやシオンの怒りはもっともだ。俺だって、シズさんやみんなを傷つけようとした奴を、そう簡単に許せるほどお人好しじゃない。……でもな」

 

過去の俺は、ベニマルたちを真っ直ぐに見つめ返した。

 

「もしクレイマンが、身内を守りたいって気持ちを利用されて、無理やり踊らされていたんだとしたら……そいつを殺して終わりにするのは、俺たちの故郷をオモチャにした『本当の黒幕』の掌の上で転がされてるみたいで、余計に腹が立たないか?」

 

「それは……っ」

 

ベニマルが息を呑む。

 

「だから、未来の俺が言うように『助ける』っていうより……クレイマンを正気に戻して、こっちの陣営で徹底的にこき使ってやるんだよ。本当の敵を引きずり出すための、一番有効な手駒としてな。……俺は、お前たちの怒りをそんな安い黒幕の筋書きで終わらせたくないんだ」

 

過去の俺のその言葉に、ベニマルは震えていた拳からスッと力を抜いた。

彼の瞳に宿っていたクレイマンに対する盲目的な殺意が、ついに理知的な光へと変わっていく。

怒りの矛先を向けるべき「本当の敵」が誰なのかを、心から納得し、理解したのだ。

 

(……へえ。言うようになったじゃないか、俺)

 

俺は、過去の俺がただの傍観者ではなく、彼ら自身の王として見事に場を収めたことに、内心で確かな成長を感じていた。

 

「そういうことだ」

 

俺は過去の俺の言葉を引き継ぐように頷いた。

 

「今の俺の力なら、クレイマンの精神支配を完全に解除して、奴を呪縛から救い出すことができる。恩を売ってこちらの陣営に引き込めば、真の黒幕の情報を引き出す最高のカードになるし、戦力としても申し分ない。……それに、そんなヤバい精神支配を魔王にかけるような『真の黒幕』を放置しておく方が、後々絶対に厄介なことになるからな」

 

俺がそこまで説明すると、ハクロウがふうっと長く息を吐き、静かに目を閉じた。

 

「……理にかなっておりますな。ただ感情のままに剣を振るうは三流のすること。真の敵を見定め、それを討つための最善手を打つ未来のリムル様の大局観。そして、我ら配下の心に寄り添い、導いてくださる今のリムル様の御心……。お二方とも、すでに王としての揺るぎない器を持っておられる」

 

ハクロウの言葉に背中を押されるように、ベニマルも深く、深く首を垂れた。

 

「……先ほどの無礼な態度、どうかお許しください。我らの浅薄な怒りなどより、国を守り、真の敵を討つという大局を見据えた未来のリムル様のご判断と、今のリムル様のお言葉に……このベニマル、全面的に従う所存です」

 

「私もです! 感情的になって申し訳ありませんでした!」

 

シオンも慌てて平伏し、シュナやゲルドたちも静かに同意の意を示した。

彼らの理解の早さと、国を思う心の強さに、俺と過去の俺は顔を見合わせ、深く感謝しながら力強く頷いた。

 

「ありがとう、みんな。俺たちなら絶対に、誰もが笑って暮らせる最高の国を造れる。魔王だろうが黒幕だろうが、全員まとめて俺たちのペースに巻き込んでやろうぜ!」

 

俺の宣言に、会議棟に集まった全員が今度こそ晴れやかな顔で力強く応えた。

 

クレイマンへの単なる復讐ではなく、真の黒幕を炙り出し、最終的にすべてを自陣営の利益へと変える。

その強かで規格外な未来のビジョンに、幹部たちも完全に腹を括ってくれたようだ。

 

だが、その熱気の中で、スッと静かに手を挙げた者がいた。

ベニマルだ。

 

「未来のリムル様。我らが向かうべき大局は理解いたしました。ですが……一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 

「なんだ?」

 

ベニマルは真剣な眼差しで、言葉を選ぶように慎重に口を開いた。

 

「その、クレイマンを裏で精神支配し、我々の森に戦火を招いた『真の黒幕』。……もし今明かせるのであれば、それが一体何者なのか、教えていただけないでしょうか」

 

その問いに、会議室の空気が再びピンと張り詰めた。

当然の疑問だ。

本当の敵が誰なのかを知らなければ、完全な対策の立てようがない。

過去の俺も、「確かに、それは知っておきたいな」とクッションの上で身を乗り出している。

 

俺は少しの間、沈黙した。

彼らの知る由もない、人間圏の奥深くに潜む絶対的な闇。

今の段階でその名前を出せば、ただでさえ魔王や英雄王の対応に追われている彼らに、さらなる混乱を与えかねないという懸念があったからだ。

 

(シエル、どう思う。今ここで奴の名前を出すべきか?)

 

《……現時点での全容開示は、彼らの精神的負荷を考慮すると推奨しません。しかし、未来のマスターが共に戦う覚悟を求めるのであれば、あえて明かすのも一つの手かと存じます》

 

シエルのフラットな意見を聞きながら、俺はテーブルを指先でトントンと叩き、しばし思案を巡らせる。

真っ直ぐにこちらを見つめるベニマルやシュナ、ハクロウたちの目には、どんな絶望的な強敵の名を告げられようとも決して揺るがない、確かな覚悟が宿っていた。

 

……わかった。

中途半端に隠し事をするより、ここで腹を割ってすべてを共有した方が、こいつらも動きやすいはずだ。

 

俺は静かに息を吸い込み、決意を込めて口を開いた。

 

「……クレイマンに直接、精神支配の術式を打ち込んだ実行犯。そいつは、東の巨大国家『ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国』――通称『東の帝国』にいる」

 

「東の帝国……!?」

 

ベニマルが息を呑み、カイジンが顔面を蒼白にさせた。

東の帝国といえば、圧倒的な軍事力と科学力を誇り、常に周辺諸国への侵略の機会を窺っている人類最大級の軍事国家だ。

西側諸国やジュラの森の魔物たちにとっても、いつかは直面するかもしれない最大の脅威として恐れられている。

 

「なぜ、そんな人間側の超大国の人間が、魔王であるクレイマンを操っているのですか……!?」 シュナが信じられないというように問いかける。

 

「帝国の帝国情報局局長であり、帝国近衛騎士団(インペリアルガーディアン)の序列1位兼団長を務める男・・・・・・『近藤達也』。こいつが、クレイマンの精神を狂わせた直接の張本人だ。恐ろしく厄介な能力と剣技を持つ、異世界人だよ」

 

「近藤達也…………………異世界人」

 

過去の俺が、自分と同じ日本人のような名前に反応して小さく震えた。

 

「だが、話はそこで終わらない。その近藤達也でさえも、帝国という巨大な闇の中では、さらに上の『絶対的な存在』に仕える一振りの剣に過ぎないんだ」

 

「絶対的な存在……」

 

ハクロウが目を閉じ、その途方もないスケールの情報に、思わず低く唸り声を上げた。

 

「……悪いが、今の段階でその『真の黒幕』の名前を教えるのはやめておく。今の俺たちの戦力と認識でその名を知れば、無用な絶望感と焦りを抱くだけだからな」

 

俺が静かに首を振ると、ゲルドやリグルドたちは張り詰めていた息をふうっと吐き出した。

東の帝国という超大国の陰で、魔王すらも駒として扱う化け物がいる。

その事実だけで、彼らにとっては自分たちの常識を遥かに超えた神話レベルの話だった。

 

「……信じられない話ですが、未来のリムル様がそう仰るなら、それが真実なのでしょう」

 

 ベニマルがギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「クレイマンでさえ、巨大な悪意のほんの一端。我々はこれから、帝国という超大国や、世界を裏から操るような化け物たちと対峙していかなければならないのですね」

 

「そういうことだ」

 

俺は力強く頷いた。

 

「だからこそ、さっき言った『クレイマンを助ける』という選択が、後々になって生きてくるんだ」

 

「と、言いますと?」

 

「クレイマンを正気に戻して恩を売り、俺たちの陣営に引き込む最大のメリット。それは、クレイマンの所属する『中庸道化連』の仲間たち……特に、いずれ俺たちが関わることになる『ユウキ・カグラザカ』っていう異世界人の少年や、元魔王の『カザリーム』といった厄介な連中の協力を、一気に得やすくなるってことだ」

 

俺の言葉に、過去の俺が「ユウキ・カグラザカって……シズさんの言っていた、あの教え子か!?」と驚いたようにポンと跳ねた。

 

「ああ、そうだ。シズさんの心残りだった、あの同郷の少年だよ。あいつは今、人間の国でかなり巨大な組織のトップに立っている。そして元魔王カザリームも、クレイマンたちにとっては絶対的な親のような存在だ。本来の歴史だと、こいつらとは色々とすれ違いや陰謀が絡み合って、対立に発展しちまったんだが……」

 

俺は肩をすくめ、わざと軽い調子で笑ってみせた。

 

「クレイマンの呪縛を解いて、『お前を操っていたのは帝国に潜む真の黒幕だ』って事実を突きつければ、彼らとの無駄な争いを避けて、強力な同盟関係を結べる可能性が高い。魔王や裏社会のトップを味方につければ、東の帝国との戦争になった時、これ以上ない強力な手札になるだろ?」

 

「なるほど……!」

 

ソウエイが影の中で感嘆の声を漏らす。

 

「単なる目先の敵を討つのではなく、真の脅威を見据え、敵の敵を味方に引き入れる。これこそが、王の描くべき大局的戦略……未来のリムル様の深謀遠慮、恐れ入りました」

 

ハクロウが深く首を垂れると、他の幹部たちも憑き物が落ちたような、それでいて新たな強大な敵に対する闘志を燃やすような、力強い眼差しで俺を見つめ返した。

 

「未来の俺……お前、マジですごいな。俺もいつか、そんな風に世界の裏側まで見通せるようになるのか?」

 

過去の俺が、感心しきった様子でポンポンと揺れる。

 

「お前は俺なんだから、当然なるさ。いや、今のうちから俺の知識とサポートがあるお前なら、俺以上のとんでもない大魔王になれるかもしれないな」

 

「だ、大魔王って……響きはかっこいいけど、プレッシャーがヤバすぎるぞ……」

 

そんな過去の俺のぼやきに、会議棟の中に張り詰めていた空気が少しだけ緩み、カイジンたちがどっと笑い声を上げた。

笑い声が次第に落ち着いていくのを見計らい、俺は再びテーブルの上に広げたテンペストの完成予想図へと視線を落とした。

 

「だからこそ、最後の議題だ。……ジュラの大森林に住む全種族を巻き込んだ、『ジュラの大同盟』の正式な発足。そして、確固たる一つの『国家』としての建国宣言を行う」

 

その言葉に、幹部たちの目の色が変わった。

単なる森の集落の集合体から、明確な意思と力を持った一つの「国」へ。

それは、魔王の謀略や強大な災厄、さらには東の帝国という途方もない闇から身を守るための、最も理にかなった、そして最も困難な防衛策でもある。

 

「大同盟と、国家の樹立……。確かに、我ら大鬼族やゴブリン、それに猪人族やリザードマンが個別の部族として動いていては、魔王の企みや災厄級の魔物には太刀打ちできません」

 

ベニマルが腕を組み、深く頷く。

 

「ええ。それに、ミリムという魔王の存在や、ドワルゴンのガゼル王を正式な客人として迎え入れるためにも、我々が対等に交渉できる『一つの国家』として纏まっている必要があります」 シュナも、その理知的な瞳に強い光を宿して同意した。

 

「その通りだ。森の魔物たちがバラバラに暮らす時代は終わった。これからは、多種族が共存し、互いに手を取り合って一つの巨大な国を運営していく。……で、その大同盟のトップ、つまり森の盟主であり、新国家の王に立つのは――」

 

俺は視線を横にスライドさせ、ふかふかのクッションの上で「うんうん、なるほどなー」と呑気に頷いている過去の俺をビシッと指差した。

 

「お前だぞ、リムル」

 

「……えっ? 俺!?」

 

過去の俺がポンッと跳ね上がり、素っ頓狂な声を上げた。

 

「当たり前だろ! 俺はあくまで未来から来たイレギュラーだ。この時代でオークロードを退け、皆に名前を与え、実質的に恩を売って……いや、信頼を勝ち得たのはお前なんだから。お前が盟主として、このジュラの森全体をまとめるんだよ」

 

「い、いやいやいや! ちょっと待ってくれよ未来の俺! 俺はただ、みんなと楽しくのんびり暮らせる村を造りたかっただけで、そんな森全体の王様みたいな責任重大なポジションなんて聞いてないぞ!?」

 

「お言葉ですが、リムル様」

 

過去の俺の慌てふためく言葉を遮ったのは、リグルドだった。

彼は席を立ち、その筋骨隆々な体を折り曲げて、過去の俺に向かって深々と、そしてこの上なく恭しく頭を下げた。

 

「我らゴブリン一同は、リムル様に名を与えられたその日から、貴方様を絶対の主と仰いでおります。リムル様が王となられるのであれば、これに勝る喜びはございません」

 

「我ら鬼人族も同じく。リムル様以外の何者かに仕えるつもりなど、毛頭ありません」

 

ベニマルが不敵な笑みを浮かべて同調し、ハクロウやシュナ、そして背後に控えるシオンも静かに首を垂れる。

 

「我ら猪人族の命も、すでにリムル様のもの。森の盟主として立たれるならば、我らがその剣となり盾となり、あらゆる外敵から玉座をお守りいたしましょう」

 

ゲルドが力強く宣言し、カイジンやドワーフたちも「俺たちも未来の旦那と、今の旦那についていくと決めたんだ。腹くくれよ、旦那!」と笑い声を上げた。

全員の熱烈な、そして逃げ場のない忠誠と期待の眼差しが一斉にスライムに向けられる。

 

「う、うう……。みんなの気持ちは凄く嬉しいんだけど……未来の俺、お前マジで容赦ないな……」

 

「ハハハ! 王冠ってのは重いもんだぜ。俺も最初は胃に穴が空くかと思ったけど(スライムだから胃袋はないけど)、まあ案外なんとかなるもんさ」

 

俺は笑いながら、過去の自分の頭をぽんぽんと撫でた。

 

「お前が盟主として立ち、『魔国連邦(テンペスト)』という国を正式に建国する。それが、クレイマンの謀略や、これからやってくるミリム、そしてガゼル王の視察に対する最大の防衛線であり、交渉のカードになるんだ」

 

過去の俺はしばらく「うーん、うーん」と唸っていたが、やがて腹を括ったようにブルッと体を震わせた。

 

「……わかったよ。ここまで言われちゃ、男が廃るってもんだ。俺がこのジュラの大森林の盟主になる。国造りも、魔王の接待も、全部ドーンとやってやろうじゃないか! みんな、これからもよろしく頼むぞ!」

 

過去の俺が覚悟を決めて宣言すると、会議棟は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。

 

「おおおおおっ!! リムル様、万歳!!」

 

「新たなる我らの王に、忠誠を!」

 

熱狂の渦の中で、俺は満足げに頷いた。

これで、役者は完全に揃い、目指すべき指標も共有された。

ここからは、いよいよ時間との勝負になる。

 

歓声が少し落ち着いたのを見計らい、俺はソウエイに向かって声をかけた。

 

「ソウエイ。お前に一つ、極秘で重要な任務を頼みたい」

 

「はっ。なんなりと」

 

影からスッと進み出たソウエイに、俺は一枚の羊皮紙を差し出した。

シエルに代筆させた、ドワルゴン国王ガゼル・ドワルゴ宛ての『招待状』だ。

 

「これを、この周辺の森に潜んでいるドワルゴンの『暗部』どもに接触して渡してこい。直接ドワルゴンに乗り込んで王の懐に潜り込むのも手だが、向こうの監視網を逆手にとって、あえて暗部経由でガゼル王に手渡させるんだ」

 

「ほう……なるほど」

 

「『こっちにはお前らの監視網なんてとっくに筒抜けなんだぜ』っていう、国としての強烈なメッセージと牽制になるからな。見つからずに背後を取って、ビビらせてから託してやってくれ」

 

「御意。このソウエイ、森に潜むネズミどもを的確に炙り出し、格の違いという恐怖と共にリムル様からの招待状を託してご覧に入れます」

 

ソウエイは招待状を懐にしまうと、酷薄で頼もしい笑みを浮かべ、音もなく影の中へと溶けていった。

ガゼル王のペガサスナイツが出立する前に、こちらからの先制パンチ(招待状)が暗部経由で届けば、向こうの出鼻を完全に挫くことができるはずだ。

 

「よし。会議はこれまでだ! 明日から、魔王と英雄王を迎え入れるための『建国祭』もどきの準備で、今まで以上に忙しくなるぞ! 各自、抜かりなく頼む!」

 

「「「ははっ!!」」」

 

幹部たちの力強い返事とともに、歴史的な夜の会議は幕を閉じた。

 

翌朝から、村の空気はさらに一段と熱を帯びたものになった。

単なる「都市開発」から「国家の首都建設」、そして「超VIPを迎え入れるためのおもてなし準備」へと目的が明確化されたことで、皆の動きに迷いがなくなり、恐ろしいほどのスピードで作業が進んでいくこととなった。

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