【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第四章 破壊の暴君と甘きおもてなし

 

過去の俺の号令とともに、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。

その熱狂を背に受けながら、俺たちはガゼル王とその首脳陣を、完成したばかりの『迎賓館』へと案内した。

 

「ほう……。これを、たった数日で造り上げたというのか」

 

迎賓館の広間に足を踏み入れた瞬間、ガゼル王が感嘆の声を漏らした。

ジュラの大森林から切り出したばかりの最高級の木材をふんだんに使用し、真新しい木の香りが漂う広大な空間。

柱の彫刻や床の立て付けに至るまで、寸分の狂いもない完璧な仕上がりだ。

 重武装のドワルゴン首脳陣と天翔騎士団の隊長クラス、そして俺たちテンペストの幹部たちが一堂に会しても、まったく窮屈さを感じさせないだけの広さと格式を備えている。

 

「驚かれるのはまだ早いですぞ、王」

 

鼻高々に胸を張ったのは、この建築の総指揮を執ったカイジンだ。

 

「我らドワーフの技術と、ゲルド殿率いる猪人族(ハイ・オーク)たちの無尽蔵の体力、それに未来の……っと、盟主様の画期的な設計図が合わさった結果です。ドワルゴンの王城と比べればまだまだ質素なものですが、居心地の良さなら負けませんぜ」

 

ガゼル王は、かつて自分の国を追放した腕利きの職人であるカイジンを、どこか眩しそうな、そして嬉しそうな目で見つめた。

 

「……よい顔になったな、カイジン。お前がこれほどの偉業を成し遂げている姿を見られて、俺も鼻が高いぞ」

 

「王よ……。ありがたきお言葉にございます」

 

カイジンが照れ隠しのように頭を掻きながらも、深く頭を下げる。

その横で、ガルム、ドルド、ミルドの三兄弟も誇らしげに胸を張っていた。

 

「さあさあ、立ち話もなんだ。席についてくれ。今、最高の料理を出させるからな」

 

過去の俺が上座のテーブルへと案内し、ガゼル王と向かい合う形で席につく。

俺はその斜め後ろ、シオンやベニマルたちと一緒に控えるポジションに陣取った。

 

やがて、広間の奥から、シュナを筆頭にゴブリナたちが次々と大皿を運んできた。

 

「お待たせいたしました。我が国が誇る山の幸と、リムル様の考案された調理法を組み合わせた、特製のフルコースでございます」

 

シュナが優雅な手つきで、ガゼル王や首脳陣たちの前に料理を並べていく。

香草で臭みを消し、絶妙な火加減でローストされた巨大な猪鹿の肉。

清流で獲れた魚の香草焼き。

そして、ドワルゴンから仕入れた最高級の果実酒。

どれもこれも、まだ建国前夜の開拓村で出てくるとは到底思えない、王侯貴族の晩餐にも引けを取らないクオリティだ。

 

「これは……美味いな! 肉は口の中で溶けるほど柔らかく、だが魔物の力強い滋味が溢れておる。このソースの味付けも絶妙だ!」

 

 軍部最高司令官のバーンが、目を見開いて肉を頬張る。

 

「ええ、本当に。我々の持ち込んだ酒とも実によく合いますわ。これほどの食事、王宮の料理長でもそうそう作れませんよ」

 

暗部を束ねるアンリエッタも、普段の冷徹な仮面を崩し、頬を緩ませてグラスを傾けていた。

 

ガゼル王もまた、黙々と、しかし明らかに上機嫌な様子で肉を平らげ、酒を煽っていく。

 

「どうだ? 口に合ったか?」

 

過去の俺が尋ねると、ガゼル王は空になったグラスをドンとテーブルに置き、豪快に笑った。

 

「見事だ。食事の質は、その国の豊かさと文化の成熟度を如実に表す。これほどのものを出されては、もはや辺境の村などとは口が裂けても言えんな。……だが」

 

そこで、ガゼル王の眼光がスッと鋭さを増した。

武人としての顔から、国を背負う『為政者』としての顔への切り替わり。

宴の和やかな空気が、一瞬にして静かな緊張感に包まれる。

 

「剣の腕、配下の質、そして文化のレベル。どれもが一国として申し分ないことは理解した。……だが、俺が知りたいのは、お前という存在の『芯』だ。リムル=テンペストよ」

 

ガゼル王は、射抜くような視線を過去の俺に真っ直ぐに向けた。

 

「このジュラの大森林に多種族を束ねる国を興し、強大な武力を手に入れた。その力を持って、お前はこれから何を為そうとしている? 人間と争うか、魔王の座を狙うか、それとも世界を支配するつもりか。お前の思い描く『理想』を、俺に聞かせてみろ」

 

真正面からの、国家元首としての問いかけ。

この返答次第で、ドワルゴンとの今後の関係性が決定づけられる。

過去の俺は一瞬だけ言葉に詰まりそうになったが、すぐに肚を括ったようにスッと背筋を伸ばした。

 

(大丈夫だ、過去の俺。お前の心の中にある本音を、そのままぶつけてやればいい)

 

俺が念話で背中を押すと、過去の俺はわずかに頷き、ガゼル王の目を真っ直ぐに見返した。

 

「俺の理想は……『誰もが笑って暮らせる、豊かで快適な国』を造ることだ」

 

「なに?」

 

「人間も、魔物も、ドワーフもエルフも関係ない。種族の壁を超えて、お互いの技術や文化を共有し、美味い飯を食って、安全に眠れる。そんな当たり前の幸せを、この森にいる全員で共有できる場所を造りたい。それが俺の目的だ」

 

過去の俺の言葉は、拍子抜けするほどに素朴で、平和的だった。

だが、その声には一切の迷いがない。

俺自身が、前世からずっと心の中に抱き続けてきた、嘘偽りのない本心だからだ。

 

「……ふっ。世界支配でも、魔王への下克上でもなく、美味い飯と快適な暮らし、か。お前ほどの力を持つ者が口にするには、あまりにも欲がないな」

 

ガゼル王が鼻を鳴らす。

 

「欲ならあるさ。俺はワガママだからな。俺の手が届く範囲の奴らは、一人残らず幸せにしてやりたいって思ってる。そのためなら、ふりかかる火の粉は全力で振り払うし、邪魔する奴には容赦しない。そのための『力』であり、『国』だ」

 

過去の俺が力強く宣言すると、広間に控えていたベニマルやゲルドたちが、誇らしげに、そして深く同調するように力強く頷いた。

ガゼル王はしばらくの間、過去の俺の瞳の奥をじっと見定めていたが、や干ふうっと短く息を吐いた。

 

「……呆れた奴だ。だが、お前がその理想を本気で信じ、成し遂げようとしていることは理解した。その言葉に嘘はないようだな」

 

「ああ。俺は嘘をつかないのが信条だからな」

 

「ならば、リムル=テンペスト。武装国家ドワルゴンを治める者として、俺からお前に提案がある」

 

ガゼル王は身を乗り出し、低い、だがよく響く声で告げた。

 

「我が国ドワルゴンと、お前の国テンペスト。この二国間で、正式な『国交』を結ぼうではないか。相互の技術交流と、不可侵を約束する同盟国としてな」

 

その言葉が出た瞬間、カイジンやリグルドたちが「おおっ……!」とどよめきを漏らした。

超大国であるドワルゴンと、対等な同盟を結ぶ。

それは、俺たちが興したこの国が、国際社会において正式に認知され、強固な後ろ盾を得たことを意味するのだ。

 

「同盟、か。……ありがたい話だけど、そっちにメリットはあるのか? 俺たちはまだ建国を宣言したばかりで、特産品もこれから作っていくところだぜ?」

 

過去の俺が冷静に尋ねると、ガゼル王はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「お前たちはすでに、我が国にとって喉から手が出るほど欲しい技術を持っているではないか」 「技術?」

 

「ああ。以前ガルム達三兄弟を救った回復薬(ポーション)の製法だ。それに、この短期間でこれほどの都市基盤を造り上げた土木建築の技術。さらには、先ほどの食事の調理法までな。我が国から提供できる技術や物資と交換で、それらを共有してもらう。互いにとって悪い話ではあるまい?」

 

なるほど、さすがは長きにわたり国を豊かに導いてきた王だ。

抜け目がない。

俺たちの技術力と潜在的な武力を高く評価し、敵対するリスクを避けると同時に、自国の利益もしっかりと確保する。

完全なWin-Winの関係を築こうというわけだ。

 

「……そういうことなら、こっちに断る理由はないな。これからよろしく頼むぜ、ガゼル王」

 

「こちらこそだ。良き隣人となることを期待しているぞ、リムル王」

 

過去の俺が差し出した手を、ガゼル王がガッチリと握り返す。

その瞬間、二つの国の間に、確固たる絆が結ばれた。

広間は、先ほどまでの緊張感が嘘のような、祝福の拍手と歓声に包まれた。

 

「よし! 堅苦しい話はこれくらいにして、宴の続きだ! 酒も料理もまだまだあるから、ドワルゴンの騎士たちにもどんどん振る舞ってやってくれ!」 「おおっ! 宴だ宴だァ!」

 

過去の俺の掛け声を合図に、迎賓館の中だけでなく、外の広場にまで熱狂が波及していく。

外では、テンペストの住人たちと天翔騎士団の騎士たちが、早くも種族の壁を越えて酒を酌み交わし、肩を組んで歌い始めていた。

これこそが、俺の思い描いた『理想の国』の第一歩だ。

 

俺はシオンが注いでくれた果実酒の入ったグラスを片手に、その光景を満足げに眺めていた。

ガゼル王との会談という第一の関門は、これで完璧にクリアした。

だが、まだ休んでいる暇はない。

 

「……そろそろ頃合いだな」

 

俺は手にしていたグラスをスッとテーブルに置き、静かに立ち上がった。

そして、宴の喧騒を縫うようにして、過去の俺とガゼル王が向かい合って座る上座へと歩み寄る。

 

「ガゼル王。……いや、この時間軸でこうして面と向かって会うのは、これが初めてだったな」

 

俺が過去の俺の隣に並び立ち、見下ろすようにして気さくに声をかけると、ドワルゴンの首脳陣たちの顔色が一瞬にして変わった。

 

「貴様……! 一国の王であるガゼル様に向かって、なんという口の利き方だ! それに、その姿は……ッ!?」

 

軍部最高司令官のバーンが怒鳴り声を上げようとして、俺の顔を直視した瞬間に絶句した。

暗部の長であるアンリエッタも、宮廷魔導師のジェーンも、天翔騎士団長のドルフも、全員が信じられないものを見るように目を極限まで見開いて硬直している。

 

無理もない。

今、彼らの目の前には、銀髪金眼の中性的な美貌を持つ『リムル=テンペスト』が……全く同じ顔をした存在が、二人並んで立っているのだから。

厳密に言えば、今の俺は『竜魔粘性星神体(アルティメットスライム)』へと至った未来の姿であるため、過去の俺よりも少しだけ背が高く、成熟した雰囲気を纏っている。

だが、その顔立ちや、根本的な魂の波長は、誰がどう見ても同一人物のそれだった。

 

「な、なんだお前は……!? リムル王の双子の兄弟か……? いや、それにしては……」

 

ガゼル王も、手にした酒杯をテーブルに置き、鋭く目をすがめた。

彼の持つユニークスキル『独裁者(ウエニタツモノ)』がもたらす思考読破を以てしても、目の前に現れた俺という存在の底が全く見えないのだ。

それどころか、直視すれば精神が焼き切れるほどの、深淵のような莫大な力が圧縮されているのを感じ取っているはずだ。

 

「ああ、紹介が遅れたなガゼル王。こっちは……ええと、もう一人の俺、というか、未来から来た俺なんだ」

 

過去の俺が、頭を掻きながらあっけらかんと爆弾発言を投下した。

 

「……は? み、未来から……来た……?」

 

ドワルゴンの重鎮たちの思考が、完全に停止する。

 

「そういうこと。俺は、ずっと先の未来からこの時代に跳躍してきた、リムル=テンペスト本人だ。カイジンたちがこの短期間でこれほどの都市を造り上げられたのも、俺が未来の技術や知識でサポートしたからなんだよ」

 

俺がニヤリと笑いながら言うと、広間に重苦しい沈黙が落ちた。

誰もが冗談だと思いたい。

しかし、目の前にいる俺から発せられる規格外の神気と、過去の俺と寸分違わぬ魂の波長、そしてこれまでの常識外れな現象の数々を繋ぎ合わせれば、それが荒唐無稽な嘘ではないと本能で理解できてしまう。

 

「み、未来から……時間を遡ってきたというのかい……!? そんな、神の領域の魔法を……!!」

 

ジェーンがガタガタと震えながら杖を取り落とした。

ガゼル王は、俺と過去の俺の顔を交互に見比べた後、深々と、本当に深々とため息を吐いた。

 

「……もはや、驚くのにも疲れたわ。先ほどからハクロウ殿やカイジンの視線が、目の前のリムル王だけでなく、後ろに控えるお前にも度々向けられていたのはそういうことか」

 

さすがはガゼル王だ。

俺が後ろで気配を消していたつもりでも、幹部たちの細かな視線や態度の違いから「もう一人の主」の存在を微かに察知していたらしい。

 

「だが、なぜ未来の……しかも、これほどの人智を超えた力を持つお前が、わざわざ過去に戻ってきたのだ?」

 

ガゼル王が、剣呑な光を宿した目で俺を射抜く。

 

「それがなかなか難しい話でね。俺の意思で過去に戻ってきたわけじゃないんだ。気付いたら強制的にこの過去に飛ばされててさ。しかも、元の時代に戻るにはある条件を達成しなければならないらしい」

 

俺が肩をすくめて答えると、ガゼル王だけでなく、背後に控えるバーンやアンリエッタたちまでもが息を呑んだ。

 

「きょ、強制的にだと……!? これほどの覇気と魔素を宿す貴様を、意思に反して過去へ飛ばすような存在がいるとでも言うのか!?」

 

ジェーンが震える声で尋ねる。

無理もない。

今彼らの目の前にいる俺は、彼らの常識の範疇を遥かに超えた力を見せつけているのだ。

それを「強制的に転移させた」存在がいるとすれば、それはもはや神のごとき超越者でしかない。

 

「ああ。俺をここに送り込んだ謎の存在からのメッセージによれば……『俺が辿った歴史の新たなる可能性を手繰り寄せて、ある途方もない怪物に再び勝利すること』。それが、俺が元の世界に帰るための絶対条件らしいんだ」

 

「歴史の、新たなる可能性……。そして、途方もない怪物……」

 

ガゼル王が眉間を揉むようにして低く呟く。

 

「つまり、未来の俺が知ってる『元の歴史』よりも、もっと良い結果を出して、完璧な形でその怪物ってのを倒さなきゃいけないってことだな?」

 

隣で話を聞いていた過去の俺が、要約するように言った。

 

「そういうことだ。だから俺はこのタイミングで表に出てきた。この時間軸でこれから起こる悲劇を片っ端から未然に防ぎ、犠牲者を一人も出さずに、最高の未来を創り上げるためにな。……ガゼル王、あんたに同盟を持ちかけたのも、その『最高の未来』には、ドワルゴンとの強固な絆が絶対に不可欠だと知っているからさ」

 

俺が真っ直ぐに見据えて告げると、ガゼル王はしばらく目を閉じて沈黙し……やがて、フッと口角を上げた。

 

「……ふ、ふはは! よもや、神々の盤上遊戯のような途方もない事態に巻き込まれていたとはな。だが、悪い気はせん。お前が目指す『最高の未来』の図面に、このドワルゴンが不可欠であると、未来からの使者が証明してくれたようなものだからな」

 

ガゼル王は豪快に笑いながら、新たに注がれた果実酒の杯を一気に干した。

バーンやドルフたちも、あまりのスケールの大きさに毒気を抜かれたように苦笑いしつつ、それでも主君に倣って杯を掲げている。

これで完全に、俺たちとドワルゴンの間にある「未知への警戒」は取り払われたと見ていい。

 

「さあ、これで本当に俺の腹の底は見せきったぜ。……っと、世界の裏側の話はひとまずここまでにしておこうか」

 

俺はふと、広間の外――ジュラの大森林の遥か上空へと意識を向けた。

 

「俺の知る歴史よりも早いが、この宴の騒ぎを嗅ぎつけた『嵐』がやってきたみたいだ」

 

「嵐、だと?」

 

ガゼル王が怪訝そうな顔をした直後だった。

 

ドズゥゥゥゥゥンッッ!!

 

迎賓館の外の広場から、隕石でも落下したかのような凄まじい轟音と地響きが轟いた。

宴を楽しんでいたテンペストの魔物たちや天翔騎士団の騎士たちの悲鳴と怒号が入り混じり、外の空気が一瞬にしてピリッと張り詰める。

 

「な、なんだ!? 敵襲か!?」

 

バーンが即座に立ち上がり、ドワルゴン首脳陣が一斉に武器に手をかける。

だが、俺は片手を上げて彼らを制止した。

 

「慌てないでくれ。……ちょっとばかりやんちゃな『珍客』が遊びに来ただけだ」

 

俺のその言葉と同時に、迎賓館の外から勢いよく飛び込んでくる人物があった。

そこに立っていたのは、軍隊でも巨大な魔物でもない。

 

「なははははっ! なんだなんだ、ずいぶんと面白そうなことをやってるじゃないか!」

 

桜金色の可憐なツインテールに、露出度の高い黒いゴシック調の衣服。

一見するとただの可愛らしい人間の少女にしか見えないが、その華奢な体からは、先ほどのガゼル王の覇気すらも児戯に思えるほどの、圧倒的で暴力的な魔素の嵐が吹き荒れていた。

 

「なっ……! なんだ、この異常な魔素量は……!? ただの子供ではないぞ!」

 

「どこの高位魔族だ!? これほど次元の違う力を持つ者が、なぜここに……ッ!」

 

ガゼル王が眉間を険しくし、バーンやジェーンたちが警戒をあらわにして武器を構え直す。

その圧倒的な力には戦慄しているものの、彼らは目の前の無邪気な少女が、伝説に語られる最凶の天災と同一人物であるとは、まだ気づいていなかった。

 

無理もない。

おとぎ話で語られる恐るべき『破壊の暴君』のイメージと、目の前の小柄なツインテールの少女の姿が、あまりにもかけ離れすぎているからだ。

 

俺はガゼル王たちを落ち着かせるように手で制し、平然とした声で告げた。

 

「ガゼル王、剣を収めたほうがいい。いや、絶対に抜くな。……あいつは最古の魔王の一柱、『破壊の暴君(デストロイ)』ミリム・ナーヴァ本人だ」

 

「……は?」

 

「な、なに……!?」

 

俺の言葉に、ガゼル王の顔からスッと血の気が引き、バーンやジェーンたちが絶望に満ちた声を漏らした。

無理もない。

ただでさえ異常なスライムの国に、本物の、しかも最強クラスの天災が直接突っ込んできたのだから。

 

広間の入り口で腕を組んでふんぞり返るミリムは、やがて上座にいる俺たちの姿をその竜眼(ミリムアイ)で捉え、ピタリと動きを止めた。

 

「むむっ? お前たち……なんだか凄く面白そうな気配がするぞ!」

 

ミリムの目がキラキラと輝き、興味津々といった様子で俺と過去の俺を指差す。

さあ、第二ラウンドの開幕だ。

俺は過去の俺の肩をポンと叩き、小声で囁いた。

 

「よし、予定通りだ。あの『暴風雨』の相手は、同盟国の盟主様の初仕事だぞ。……はちみつの準備はいいか?」

 

「お、おう! 任せとけ、胃袋の中でバッチリスタンバイしてるぜ!」

 

過去の俺はコクリと頷くと、ガゼル王たちドワルゴン勢が顔面蒼白で見守る中、堂々とした足取りで最強の魔王の元へと歩み寄っていった。

 

「よぉ。俺がこの魔国連邦の盟主、スライムのリムル=テンペストだ。こんな辺境の森まで、何の用だ?」

 

過去の俺が、スライムの姿に戻ることなく、人型の姿のまま気さくに手を挙げて挨拶した。

対するミリムは、ツインテールを揺らしながら過去の俺の顔をじっと覗き込み、やがてその『竜眼(ミリムアイ)』をカッと見開いた。

 

「むはははは! お前、スライムと名乗っておきながら、とんでもなく強い覇気を隠し持っているな! それに……」

 

ミリムの視線が、過去の俺の背後――上座のテーブルに寄りかかっている俺へと向けられる。

その瞬間、ミリムの無邪気な笑顔がわずかに引き締まり、野生の獣のような鋭い警戒と、それを上回る強烈な『歓喜』が入り混じった表情に変わった。

 

「そっちのお前! 見た目はそっくりのスライムのようだが……私の『竜眼』でも底がまったく見えないぞ! なんだお前は!? どこから来たのだ!?」

 

最古の魔王の直感は誤魔化せない。

俺が意図的に魔素を隠蔽していても、彼女の目には「得体の知れない超弩級のバケモノ」が立っているように見えているのだろう。

だが、俺はあくまで余裕の笑みを崩さず、ひらひらと手を振った。

 

「俺はただの未来から来た見物人さ。今日はうちの盟主様が、お前をもてなすって張り切ってるからな。俺は手出ししないよ」

 

「未来……? よくわからんが、お前たちがこの森で飛び抜けて強いのはわかったぞ! 私の名はミリム・ナーヴァ! 退屈していたから、お前たちと遊びに来てやったのだ!」

 

ミリムがビシッと過去の俺を指差し、誇らしげにふんぞり返る。

「遊び」――ミリムにとってのそれは、文字通り山が吹き飛び地形が変わるレベルの「戦闘」を意味する。

その言葉を聞いたバーンやドルフたちが「ひぃっ」と悲鳴に似た息を呑み、ガゼル王でさえ額に滝のような冷や汗を流して剣の柄を強く握りしめた。

 

だが、過去の俺は全く動じない。

 

「遊びに来てくれたのは大歓迎だが、あいにく今はドワルゴンの王様を招いての宴の真っ最中でな。俺たちも飲み食いしてるところなんだ」

 

「なにっ? 宴だと? 私を差し置いて、そんな面白そうなことをしていたのか!」

 

「そういうわけじゃない。お前が来るのが遅かっただけだろ。……で、どうする? いきなり暴れて宴をぶち壊すのも野暮ってもんだろ。お前も一緒に食うか?」

 

過去の俺がまるで近所の悪ガキを夕飯に誘うようなノリで言うと、ミリムは「むむっ」と小さく唸った。

 

「……ふん! 私がそんな餌付けに釣られると……」

 

「おいシュナ、例の『特製スイーツ盛り合わせ』を持ってきてくれ」

 

「はい、ただいま」

 

過去の俺の合図とともに、シュナが満面の笑みで、銀色の大きなプレートを運んできた。

その上に乗せられているのは、各方面に手を尽くして確保した貴重な『砂糖』をふんだんに使用し、未来の俺の知識とシュナの技術が完全融合して生み出された至高の甘味たち。

なめらかなカスタードプリン、たっぷりの果実と生クリームを巻いたクレープ、そして、艶やかな黄金色に輝く極上の『蜂蜜』がとろりと垂らされた特製パンケーキ。

 

広間に、甘く、そして暴力的なまでに芳醇な香りがフワリと広がった。

 

「なっ……なんだ、その未知の良い匂いは……!?」

 

ミリムの鼻がピクピクと動き、その視線が銀のプレートに完全に釘付けになった。

先ほどまでの好戦的なオーラが嘘のように消え去り、ゴクリと生唾を飲み込む音が静かな広間に響き渡る。

 

「これは『プリン』と『クレープ』、それに極上の『蜂蜜』を使ったお菓子だ。俺たちの国でしか食えない、世界一美味い甘味だぜ」

 

「せ、世界一……!?」

 

「ああ。お前が俺たちと仲良くするなら、これを腹いっぱい食わせてやってもいい。だが、暴れるって言うなら……」

 

過去の俺はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべ、プレートをスッと後ろに引いた。

 

「この美味いお菓子は、全部俺たちで食っちまう。お前の分はナシだ」

 

「な、なんだとぉぉぉっ!?」

 

ミリムは悲痛な叫び声を上げ、頭を抱えてプルプルと震え始めた。

 

「そ、そんな殺生な……! 目の前にこんな未知の食べ物をちらつかせておいて、お預けなんて……お、お前は悪魔か!?」

 

「魔物の盟主だからな。で、どうするんだ? 仲良く食うか、それとも食わずに暴れるか」

 

過去の俺が最後通告を突きつけると、最強の魔王はものの数秒で白旗を揚げた。

 

「くっ……くそうっ……! わ、わかった! 私はお前たちと仲良くする! だから、それを私にも食わせるのだーっ!!」

 

ミリムは涙目で両手をパタパタと振り回し、過去の俺の前に用意された席へと一直線にダイブした。

 

「よーし、交渉成立だな。ほら、食っていいぞ」

 

過去の俺がプレートを差し出すと、ミリムは目を輝かせながらプリンにスプーンを突き立て、大きな一口をパクリと頬張った。

瞬間、ミリムの時が止まった。

カッ!と竜眼が見開かれ、その華奢な体がブルブルと震え出す。

 

「~~~~~~っっっ!!!! な、なんだこれはぁぁぁっ!? 口の中でとろける甘さ! 果実の酸味と、この濃厚なクリームの調和! そしてこの黄金のシロップ(蜂蜜)の深みのある味わい! 美味い! 美味すぎるのだぁぁぁっ!!」

 

ミリムは歓喜の叫びを上げながら、猛烈な勢いでスイーツを平らげ始めた。

「おかわり! もっとないのか!?」

 

「慌てるな、腹壊すぞ。シュナ、追加を持ってきたってくれ」

 

「ふふっ、はい。ミリム様のお口に合って何よりです」

 

そこにあるのは、完全に餌付けされた無邪気な子供と、それを世話する保護者の光景だった。

 

……一方、その光景をただ黙って見守るしかなかったドワルゴン勢のテーブルは、文字通り「お通夜」のような、あるいは「世界の終焉」を見たかのような絶望的な沈黙に包まれていた。

 

「……王よ。私の目が狂ったのでしょうか」

 

バーンが、焦点の合わない虚ろな目で呟く。

 

「……いや。俺にも、最強の魔王が、ただの菓子で手懐けられているように見える……」

 

ガゼル王も、額の冷や汗を拭うことすら忘れ、口を半開きにしてその光景を凝視していた。

 

「は、破壊の暴君が……たかが甘味で、リムル殿の軍門に下った……?」

 

ジェーンが杖を取り落としたまま、ガクガクと震える声で呟く。

 

無理もない。

彼らにとって魔王ミリムとは、人類の存亡に関わる絶対的な脅威であり、国を挙げて警戒すべき歩く天災だ。

それが、剣を交えることすらなく、たった数皿のデザートで陥落し、「お前たちは私のマブダチなのだ!」と満面の笑みでスライムに懐き始めているのだから。

ドワルゴン首脳陣の常識は、今日この日、完全に粉々に打ち砕かれたのだった。

 

「おかわりだ! もっと寄越すのだ!」

 

皿を舐め回す勢いで完食したミリムが、バンバンとテーブルを叩いて要求する。

 

「だから慌てるなって。シュナ、次のお茶と一緒に新しいのを出してやってくれ」

 

「はい、ただいま」

 

シュナが優雅に微笑みながら立ち回る姿を見て、ドワルゴンの重鎮たちはようやく少しだけ我に返ったようだった。

ガゼル王が、震える手で杯を口に運び、中身を一気に呷ってから俺(未来)の方へと顔を向けた。

 

「……おい、未来のリムルよ」

 

「なんだ?」

 

「これも、お前の言う『最高の未来』の図面通りだと言うのか?」

 

「まあな。あいつは最古にして最強クラスの魔王だけど、中身は見ての通り、好奇心旺盛で素直な子供みたいなもんだ。力で対抗しようとすれば国が消し飛ぶが、こうして美味い飯と遊びで『友達』になっちまえば、これ以上頼もしい存在はいない」

 

俺が肩をすくめて言うと、ガゼル王は深い、本当に深いため息をついた。

 

「魔王を甘味で手懐け、友人とするか。……お前たちの底知れなさは、俺の想像を遥かに超えていたようだな。我が国と同盟を結んだ直後に、まさか魔王まで陣営に引き込むとは」

 

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。別に武力として利用しようってわけじゃない。純粋に友達として迎え入れてるだけだぜ」

 

「その結果として最強の抑止力を得ているのだから、タチが悪いと言っているのだ」

 

ガゼル王は呆れたように笑い、再び杯に酒を注いだ。

そのやり取りを聞きつけてか、口の周りにクリームをつけたミリムが、ひょっこりと顔を出した。

 

「む? そこのおっさん、お前もリムルの友達なのか?」

 

「お、おっさん……」

 

一国の王、それも『英雄王』に向かっておっさん呼ばわりである。

バーンやドルフが再び息を呑んだが、ガゼル王は全く気を悪くした様子もなく、鷹揚に頷いた。

 

「いかにも。俺はドワルゴンの王、ガゼル・ドワルゴ。先ほど、この国の王であるリムル王と、正式に同盟を結んだばかりだ。魔王ミリム殿とお見受けするが、以後お見知りおきを」

 

「おお! そうかそうか! ならばお前も私の友達の友達だな!」

 

ミリムは嬉しそうに笑い、豊満な胸……はないが、ぺたんこの胸をそらして堂々と宣言した。

 

「私はリムルの一番のマブダチになったのだ! この国はとっても面白いし飯も美味いから、しばらくここに住んでやることに決めたぞ!」

 

「なっ……魔王が、この森に定住するだと……!?」

 

ジェーンが再び杖を取り落とした。

最強の魔王が、新興国テンペストに住み着く。

それは周辺諸国にとって、そしてジュラの大森林を狙う他の魔王や東の帝国といった脅威にとって、どれほどの絶望的な抑止力になるか計り知れない。

 

「おいおい、勝手に決めるなよ。住むならちゃんとルールは守ってもらうし、タダ飯は食わせないからな。しっかり働いてもらうぞ」

 

過去の俺がすかさず釘を刺すが、ミリムは「わかっているのだ!」と満面の笑みで頷き、運ばれてきた二皿目のプリンへと嬉々として飛びついていった。

 

「……ふ、ふはははは!」

 

突然、ガゼル王が天を仰いで大笑いし始めた。

 

「王よ!?」

 

「いや、すまぬ! あまりにも規格外すぎて、もはや笑うしかないわ! 魔王をマブダチと呼び、手綱を握るスライム……。同盟の相手として、これほど恐ろしく、かつ頼もしい存在はない!」

 

ガゼル王は立ち上がり、過去の俺と、そして俺(未来)に向かって、自らの酒杯を高く掲げた。

 

「リムル=テンペストよ! そして未来のリムルよ! 我がドワルゴンは、お前たち魔国連邦との同盟を心より歓迎する! この歴史的な夜と、新たなる友の誕生に……乾杯だ!!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

広間全体が、今日一番の熱狂と歓声に包まれた。

ミリムも「かんぱーいなのだ!」とフルーツジュースの入ったグラスを掲げ、過去の俺も嬉しそうに笑っている。

ドワルゴンの首脳陣も、もはや諦めたように、しかしどこか憑き物が落ちたような清々しい顔で酒を煽っていた。

 

こうして、建国前夜の波乱に満ちた宴は、最高の形で幕を閉じることとなる。

 

(ひとまずは、第一段階クリアだな)

 

俺は歓声の中で、静かに息を吐いた。

ガゼル王との強固な同盟。

そして、ミリムとの友好的な接触。

ミリムがこのタイミングで訪れたのは予想外だったが、この二つが同時に達成されたことで、この時間軸のテンペストの防衛力と外交基盤は、元の歴史以上に盤石なものとなった。

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