【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第六章 新たなる波乱の幕開け

ガゼル王たちという嵐が去り、俺たちの村――いや、魔国連邦(テンペスト)の首都『リムル』は再び怒涛の開拓作業へと戻った。

 

ドワルゴンとの正式な同盟締結は、住民たちの士気を爆発的に高めていた。

猪人族(ハイ・オーク)たちの驚異的な体力とカイジンたちの技術指導がガッチリと噛み合い、森を切り拓いて作られる居住区や街道は、一日ごとに見違えるような発展を遂げていく。

 

そして、ガゼル王が帰還してから数日後のこと。

 

いつものように第一区画の建設現場を視察していた俺の『魔力感知』に、森の外縁部から急速に接近してくる、複数の気配が引っかかった。

 

(……来たか)

 

シエルによる事前予測がピタリと符合するタイミングでの来訪者。

俺が視線を向けたのとほぼ同時に、過去の俺もただならぬ気配を察知したのか、スライムの姿から人型へと変化し、ベニマルたちを伴って広場へと飛び出してきた。

 

「なんだ!? すげえ魔素を持った奴らが、空から一直線にこっちに向かってきてるぞ!」

 

「ええ。相当に血の気の多い気配ですね。……リムル様、いかがなさいますか」

 

ベニマルが腰の刀に手をかけながら、油断なく過去の俺に問いかける。

 

「まずは様子見だ。向こうから攻撃してこない限りは、こっちから手を出しちゃダメだぞ」

 

過去の俺がそう指示を出した直後だった。

 

ズンッ!という重い着地音とともに、開拓中の広場の中央に、数人の人影が上空から降り立った。

土煙が晴れた後に現れたのは、豹柄の外套を羽織った、野性味あふれる屈強な男だった。

浅黒い肌に、鋭い獣の瞳。

その後ろには、同じように獣の特徴を残した戦士たちが数名、鋭い眼光を周囲に光らせながら控えている。

 

「魔物の町か、なるほど。たしかに良い街だな」

 

男は周囲の真新しい建物をぐるりと見渡し、ニヤリと獣のような笑みを浮かべた。

隠す気すらない圧倒的な『覇気』が、広場にいたゴブリンや猪人族(ハイ・オーク)たちを威圧する。

 

魔王カリオン配下、三獣士が一角。

黒豹牙のフォビオ。

 

(相変わらず、初対面の印象が最悪なヤツだな)

 

俺は少し離れた建物の陰から、幻惑魔法で気配を完全に殺してその様子を観察していた。

フォビオはミリムがこの村にいることを知り、カリオンの命令を半ば無視して、この村の連中を力で屈服させるつもりで乗り込んできたのだ。

当時はフォビオが現れた際に俺が近くにいなかったということを除けば、元の歴史と違わぬ登場である。

 

「お客人。ここは魔国連邦(テンペスト)。我らが主、リムル様が治める国ですぞ。いかなるご用件でしょうか?」

 

緊迫した空気の中、村を代表してリグルドが静かに前に進み出た。

ゴブリン・キングとしての威厳を纏い、相手の非礼を咎めることなく、あくまで冷静に、かつ礼儀正しく問いかける。

 

するとフォビオは、リグルドを見下しながら傲慢に胸を反らせた。

 

「俺は、魔王カリオン様の三獣士〝黒豹牙〟フォビオだ。獣王戦士団の中でも最強の戦士よ。この町は獣王様が支配するに相応しい、そうは思わんか?」

 

圧倒的な力を背景にした、有無を言わさぬ脅迫。

だが、リグルドは微塵も怯むことなく、静かに首を横に振った。

 

「……御冗談を」

 

ゴブリン・キングとしての、そしてリムル=テンペストを主と仰ぐ者としての誇りを込めた、キッパリとした拒絶だった。

フォビオの目が凶悪に細められた、次の瞬間。

 

ドゴォォォンッ!!

 

一切の予備動作なしに放たれたフォビオの裏拳が、リグルドの顔面を無慈悲に打ち抜いた。

巨躯を誇るリグルドの体が大きく吹き飛び、地面へと激しく叩きつけられる。

 

「「「リグルド様!!」」」

 

周囲のゴブリンたちが悲鳴を上げる。

 

「グルルルルォォォッ!!」

 

真っ先に動いたのは、過去の俺の影から飛び出した黒嵐星狼(テンペストスターウルフ)のランガだった。

巨大な顎門(あぎと)を開き、怒り狂ってフォビオの喉笛に食らいつこうと跳躍する。

同時に、ベニマルやシオンからも一瞬にして凄まじい殺気が膨れ上がった。

 

「待て、ランガ! みんなも手を出すな!」

 

過去の俺が鋭く制止の声を飛ばす。

ランガは空中で強引に体を捻って着地すると、フォビオを睨みつけながらも、主の命令に従ってギリギリで牙を収めた。

 

(……ッ!)

 

建物の陰で見ている俺の胸の奥でも、ドス黒い怒りがボワッと燃え上がった。

元の歴史で一度見ている光景だし、リグルドがこの程度の打撃で致命傷を負わないくらい頑丈に育っていることも分かっている。

これは後にカリュブディスを引き寄せるための、歴史の『通過儀礼』のようなものだ。

それでも、頭で理解していても、大切な家族が目の前で理不尽に殴り飛ばされる光景を見て、良い気がするわけがない。

俺は思わず、建物の壁を掴む手にギリッと力を込めていた。

 

「フン。ゴミはゴミらしく、地べたを這いつくばってろ。感謝して泣き喚きな」

 

フォビオが傲慢に吐き捨てる。

だが、吹き飛ばされたはずのリグルドは、顔面を大きく腫れ上がらせながらも、ゆっくりと、何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「……無礼はお控え下されと、申し上げたかったのですがな」

 

「チッ、頑丈なだけのゴミが。だが、その生意気な目は気に入らねえな」

 

フォビオが苛立たしげに再び拳を振り上げ、容赦なく振り下ろした。

だが、その拳が目標を捉えることはなかった。

 

「……てめえ、俺たちの町で好き勝手やってんじゃねえぞ」

 

静かに、だが底知れぬ怒りを孕んだ声とともに、リグルドを庇うように立ち塞がった過去の俺が、片手でその剛腕をあっさりと受け止めていたのだ。

 

過去の俺は冷静さを崩さぬまま手首を掴むと、邪魔な枝でも払うかのように無造作に弾き飛ばす。

大した力も入れていないようなたったそれだけの動作で、フォビオの身体が大きく体勢を崩された。

 

「なっ……!?」

 

フォビオの顔に驚愕が走る。魔王軍の三獣士である自分の腕力を、子供のような見た目の魔物に完全に殺され、あまつさえ軽くあしらわれたのだ。

 

(……ふざけやがって。なんだこの力は……!)

 

腕に走った痺れと、一瞬の接触で本能的に理解させられた圧倒的な力量差。フォビオの瞳に、隠しきれない焦燥と悔しさが僅かに滲む。

だが、獣王国の使者としてのプライドが、それを素直に認めることを許さなかった。

 

「あァ? なんだてめえ、ただのスライムの分際で俺に説教するつもりか?」

 

フォビオは内心の動揺と屈辱を強引に押し隠すように、過去の俺の姿を見下ろして鼻で笑ってみせた。

 

「俺はこの町の主、リムル=テンペストだ。客人として来るなら歓迎するが、うちの仲間に手を出すようなら容赦はしねえぞ」

 

過去の俺の静かな宣言に、フォビオは先程の動揺を振り払うかのように、ことさら大きな声で嘲笑してみせた。

 

「ハハハッ! 主だと? ちょっとばかり力があるからって、魔王軍の幹部である俺と対等だとでも思ったか? 笑わせるんじゃねえぞ。……まあいい、てめえが主ならちょうどいい。さっきも言ったが、ここは俺たち獣王国が支配してやる。嫌だというなら……!」

 

先ほどの屈辱を圧倒的な力で塗り潰そうと、フォビオは再び拳を握り込んだ。先程とは比べ物にならないほど暴力的な魔素を全身に練り上げ、過去の俺の顔面へと必殺の裏拳を叩き込もうとした、その時だった。

 

「わはははは!! なんだなんだ、面白そうなことをしているではないか!」

 

空気を切り裂くような無邪気な笑い声とともに、上空から小さな影が弾丸のように降ってきた。

 

ズゴォォォォンッ!!

 

フォビオと過去の俺の間に、隕石でも落ちたかのような凄まじい衝撃と土煙が舞い上がる。

 

「な、なんだ!?」

 

フォビオの部下たちが驚愕の声を上げる中、土煙の中から現れたのは、桜金色のツインテールを揺らし、両腰に手を当ててふんぞり返る可憐な少女――ミリムだった。

 片手には、シュナが作った新作のお菓子が握られている。

 

「……チッ。誰かと思えば、魔王ミリムじゃねえか」

 

土煙を払いのけたフォビオは、不快そうに舌打ちをし、ミリムを見下ろした。

最古の魔王の一柱を前にしても、その目に恐れの色や敬意は微塵もない。

それどころか、己の主であるカリオンへの絶対的な妄信からか、目の前の少女を明確に侮っていた。

 

「こんな辺境で何やってんだ? まあいい。俺はカリオン様の命で、この村を獣王国の支配下に置くことに決めた。てめえも魔王なら邪魔立ては……」

 

「だまれ!」

 

ミリムが不機嫌そうに声を遮る。

そして、顔面を腫れ上がらせたリグルドと、怒りに震える過去の俺を交互に見比べた。

 

「おい。お前、私のマブダチの国で乱暴を働いたのか?」

 

「あァ? マブダチだぁ?」

 

フォビオが馬鹿にしたように鼻で笑う。

 

「くだらねえ。カリオン様と同列の魔王ともあろう者が、こんな下等魔物どもとつるんでお遊びかよ。呆れてモノも言えねえな。てめえみたいなガキより、我が主カリオン様の方がよっぽど偉大な魔王に相応しいぜ」

 

(……あ、こいつ終わったな)

 

建物の陰で見ている俺も、過去の俺も、全く同じ感想を抱いた。

ミリムの竜眼がスッと細められ、無邪気な子供の顔から、圧倒的な『魔王』の顔へと切り替わった。

 

「私の友達を馬鹿にし、あまつさえ手を出したこと……万死に値するぞ!」

 

ミリムが軽く――本当に、ただ軽くペチッと払うような動作で裏拳を放った。

 

ドゴォォォォンッ!!

 

「ガ、アァッ!?」

 

フォビオの体が、先ほどのリグルドの比ではない凄まじい勢いで吹き飛び、広場の端に積まれていた開拓用の木材の山に激突して、原型を留めないほどに粉砕した。

白目を剥き、完全に意識を飛ばしてピクピクと痙攣するフォビオ。

 

「ふんっ! 手加減してやったのだから、感謝するのだな!」

 

ミリムは満足げに鼻を鳴らすと、再びお菓子をかじり始めた。

 

「フォ、フォビオ様ァーッ!!」

 

残されたフォビオの部下たちが、泡を食ったように気絶したフォビオに駆け寄る。

圧倒的な暴力の前に完全にパニックに陥り、武器を構えることすら忘れて震え上がっていた。

 

「あーあ、ミリム……。手出ししないで様子見しろって言っただろ……」

 

「む? だがリムルよ、あいつがお前の部下を殴ったのだぞ? 私が怒って当然ではないか!」

 

過去の俺が頭を抱え、ミリムが胸を張って言い訳をしている。

リグルドは慌ててシュナたちに回復魔法とポーションを施され、すぐに元の威厳ある顔立ちに戻っていた。

 

「申し訳ございません、リムル様。私の力不足ゆえに……」

 

「いや、リグルドは悪くない。相手が短気すぎただけだ。よく耐えてくれたな」

 

過去の俺がリグルドを労うと、呆然としている獣王国の戦士たちへと視線を向けた。

 

「おい、そこのお前ら。とりあえず武器を引け。……シュナ、あいつにポーションをかけてやってくれ。一応客人を死なせちまったら、魔王カリオンに顔向けできないからな」

 

「はい、リムル様」

 

(……なるほど。ここで逃さずに、一度話し合いの場を設けるか)

 

建物の陰で気配を絶ち、一部始終を見守っていた俺は小さく頷いた。

 

その後、シュナのかけたフルポーションによって一命を取り留め、意識を取り戻したフォビオは、そのまま村の会議室へと案内(という名の連行を)された。

 

会議室の長机の奥には、スライムの姿の過去の俺。

その両脇をベニマルやシオンといった幹部たちが威圧感たっぷりに固めている。

そして、別テーブルではミリムが「おかわり!」と上機嫌でケーキを頬張っていた。

 

「……チッ」

 

フォビオは頭に巻かれた包帯を忌々しそうに触りながら、長机の反対側にドカッと座り、鋭い眼光で過去の俺を睨みつけた。

部下たちはその背後で、借りてきた猫のように大人しく縮こまっている。

 

「落ち着いたか? いきなりうちの幹部を殴り飛ばされたことには腹が立ってるが、ミリムがやりすぎた分はこれで相殺ってことでいい。改めて聞くが、カリオンの使いとして、うちの村に何の用だ?」

 

過去の俺が冷静に問いかけると、フォビオはギリッと奥歯を噛み鳴らした。

 

「……俺の目的は二つだ。一つは、我が主である獣王カリオン様の命により、豚頭魔王(オークディザスター)を討伐したというこの村の戦力を品定めすること。……そしてもう一つは、この村を我が獣王国(ユーラザニア)の傘下に入ることの勧告だ」

 

「傘下、ねえ」

 

過去の俺がため息混じりにスライムの体を揺らす。

 

「悪いが、他国の下につく気は今のところない。俺たちは、人間も魔物も関係なく、みんなで楽しく豊かに暮らせる国を造りたいだけなんだ。ドワルゴンのガゼル王とも、対等の『同盟』という形で話をつけたばかりだしな」

 

「……武装国家ドワルゴンと、同盟だと?」

 

その言葉に、フォビオが僅かに目を見開く。

辺境の魔物の集落だと思っていた相手が、あの大国と対等な条約を結んでいるなど、信じがたいといった様子だ。

だが、すぐにその顔に再び傲慢な笑みが浮かんだ。

 

「ハッ、ドワーフの王が何を考えてるかは知らねえがな……魔王の庇護がなきゃ、こんな村、いつ他の勢力に潰されてもおかしくねえんだぞ? 現に、あのミリムのガキが……ッ」

 

そこまで言いかけて、フォビオは別テーブルでケーキを食べているミリムの姿を見て、ビクッと体を震わせて言葉を飲み込んだ。

先ほどの『理不尽な暴力』の記憶が、細胞レベルで恐怖の警鐘を鳴らしているのだろう。

 

「……まあいい。俺の交渉は失敗だ。だが、このまま手ぶらで帰れば、俺の、いや、カリオン様の顔に泥を塗ることになる。……覚えておけ、スライム。獣王国は、この屈辱を絶対に忘れねえからな」

 

負け惜しみのような捨て台詞を吐き捨てると、フォビオは乱暴に椅子を蹴り倒して立ち上がった。

 

「帰るぞ! てめえら!」

 

「は、はいっ! フォビオ様!」

 

部下たちを引き連れ、フォビオは足早に会議室を後にしていく。

過去の俺も、それ以上は引き留めようとしなかった。

 

(……結果は同じか)

 

気配を消したまま会議室の隅で見ていた俺は、小さく息を吐いた。

フォビオのプライドは完全にへし折られ、この村への逆恨みと、圧倒的な力への渇望だけが残った。

あいつは間違いなく中庸道化連の甘言に乗り、『暴風大妖渦(カリュブディス)』の依り代となる。

 

表向きの歴史は、俺の想定した予定通りに進行している。

フォビオはやがて、災厄であるカリュブディスを連れてこの森に戻ってくるだろう。

そして、そのタイミングに先駆けて、ファルムス王国のヨウム率いる調査団や、ブルムント王国のフューズたちもこの村にやってくるはずだ。

 

 

 

 

フォビオたち獣王国の一団を追い返した後、怒涛の一日は夕暮れとともに穏やかな時間へと変わっていった。

村の一角に完成したばかりの自慢の巨大浴場からは、シュナやシオン、そしてミリムのキャッキャと楽しげにはしゃぐ声と、豪快な水しぶきの音が絶え間なく響き渡っていた。

 

「むはははは! なんだこの温かくて気持ちのいい池は! 極楽なのだー!」

 

「ミリム様、走ると滑って危ないですよ。さあ、背中をお流ししますね」

 

「シオン、私にもその香りのいい石鹸を貸してくださる?」

 

湯船にダイブするミリムと、それを甲斐甲斐しく世話するシュナやシオン。

女湯から聞こえてくる賑やかな声に耳を傾けながら、俺は湯上がりの火照った体を夜風で冷ましつつ、静かに思慮にふけっていた。

 

(……ああ。やっぱり、この町の日常は最高だな)

 

元の歴史でも、幾度となく危機を乗り越え、その度に守り抜いてきた笑顔と平和な光景。

だが、ここから先は敵の悪意も桁違いに跳ね上がっていく。

この温かな日常に二度と血の雨を降らせないために、俺は未来の知識と力のすべてを懸けて、完璧に先手を取り続けなければならない。

 

その日の夜。

すべての業務が落ち着き、村が静寂に包まれた頃。

俺はあてがわれた自室のベッドに腰掛け、一息ついていた。

 

「お疲れ、未来の俺。入ってもいいか?」

 

扉の隙間から、スライム形態の過去の俺がぽよんと入ってくる。

 

「ああ、お疲れさん。ミリムは寝たのか?」

 

「うん。シュナに子守唄を歌ってもらって、あっという間にスヤスヤ寝ちまったよ。あいつ、起きてる時は嵐みたいだけど、寝顔はただの可愛い子供なんだよな」

 

過去の俺はベッドの上に飛び乗り、ふうっとスライムの体を脱力させて溶けるように広がった。

 

「今日はマジで疲れた……。ガゼル王との同盟の興奮も冷めやらぬうちに、今度は別の魔王の配下が殴り込みだろ? お前がいなかったら、今頃俺はどうなってたか想像もつかねえよ」

 

「ははっ、俺の歴史じゃもっとギリギリの綱渡りをしてたんだぜ? でも、お前は立派に王様をやってるよ」

 

俺は笑いながら、過去の俺のぷにぷにした体を軽く撫でてやった。

しばらくの間、今日一日の反省会や他愛もない雑談を交わし、部屋の空気がすっかりリラックスしたものになったタイミングを見計らって。

俺は手元にあったカップをテーブルに置き、少しだけ居住まいを正した。

 

「さてと。二人きりで落ち着いて時間ができたし、そろそろ肝心な話をしておこうか」

 

「肝心な話?」

 

過去の俺が、スライムの体の一部をピコッと疑問符のように持ち上げる。

 

「ああ。フォビオがカリュブディスを連れて戻ってくることについては昼間話した通りだが……実はその前に、これからこの国を運営していく上で絶対に外せない、重要な連中がこの村にやってくるんだ」

 

俺は真っ直ぐに過去の俺を見つめ、これからのスケジュールについての話題を切り出した。

 

「数日以内に、ファルムス王国から派遣された辺境調査団――『ヨウム』っていう人間の男が率いる部隊がこの森にやってくる。それと前後して、ブルムント王国の自由組合(ギルド)の支部長(ギルドマスター)であるフューズと、お前も知ってるあの三人組……カバル、エレン、ギドも来るんだ」

 

「えっ、あの三人組がまた来るのか!? それにギルドマスターまで?」

 

驚いてポンッとベッドの上で跳ねる過去の俺に、俺は苦笑して言う。

 

「先日、お前がソウエイに命じて、オークロードを討伐した旨をブルムント側に伝達させただろ? 連中はその事実確認のために直接乗り込んで来るんだよ」

 

「あ、そっか! そういえばソウエイを向かわせたんだった。……ってちょっと待て。ファルムス王国って、お前が『後にこの村を襲撃してくる』って言ってた、あのヤバい国じゃないか!」

 

過去の俺が再びピョンと跳ねて警戒を露わにする。

 

「まあ落ち着け。今回来るヨウムの部隊は、あくまで豚頭族(オーク)の動向を探るために派遣された単なる調査団だ。連中自身にこの村を滅ぼすような悪意や戦力はない。むしろ、このヨウムという男は、これからの俺たちの計画に必要不可欠な『重要な仲間』になる」

 

「仲間? 人間の調査団が?」

 

「ああ」

 

俺は一つ頷き、過去の俺を真っ直ぐに見据えた。

 

「なぁ、過去の俺。ちょっと人間たちの立場になって考えてみてくれ」

 

俺は少し声を潜め、真剣なトーンで問いかけた。

 

「もし、二十万もの軍勢を率いた『巨大で邪悪な魔物(オークロード)』を打ち倒した連中が、『得体の知れない魔物の集団が築いた国家』だったとしたら……人間の国家は、その魔物たちを手放しで信用すると思うか?」

 

その問いに、過去の俺はピタリと動きを止めた。

スライムの思考回路がフル回転しているのが、同じ魂を持つ俺には手に取るようにわかる。

 

「……信用、しないだろうな」

 

やがて、過去の俺は重々しい声で答えた。

 

「俺たちがいくら『平和主義です、人間と仲良くしたいです』って主張したところで、人間の目から見れば、オークの大軍をあっさり潰せるヤバいバケモノの集団が森に陣取ってるようにしか見えない。……ヘタしたら『オークより恐ろしい新たな脅威が誕生した』って、西側諸国全体がパニックになって警戒するぞ」

 

「・・・たしかに、未来の俺の言う通りだな」

 

俺は深く頷いた。

 

「今日、ガゼル王との同盟を世界中に知らしめたことで、テンペストの『国家としての格』は保証された。だが、それはあくまで国家間のパワーバランスの話だ。西側諸国の人間たちの根底にある『魔物は人間の敵』という西方聖教会の教えや、本能的な恐怖までは拭い去れない」

 

俺は窓の外、広がる暗い森の方へと視線を向けた。

 

「もし俺たちが『オークロードを倒したのは自分たちだ』と公表すれば、人間たちは俺たちを称賛するどころか、恐怖に駆られて十字軍を結成し、総攻撃を仕掛けてくる危険性すらある。……ファルムス王国がこの国を狙ってくる理由の根底にも、その『未知の強大な魔物に対する恐怖と強欲』があるからな」

 

「なるほど……。じゃあ、俺たちはオークを倒した手柄を、表向きは隠さなきゃならないってことか?」

 

「そういうことだ。だが、二十万のオークが各地に散ったという事実は隠しきれない。誰かがアイツらを倒したという『わかりやすい英雄の物語』が必要になる」

 

俺はそこで再び過去の俺に視線を戻し、ニヤリと笑った。

 

「だから、その『オークロードを打ち倒した人間の英雄』という役割を、これからやって来るファルムス王国の調査団長……ヨウムに引き受けてもらう」

 

「…なるほど! 人間の英雄が人間たちの脅威を退けたってことにすれば、西側諸国も無駄にパニックを起こさなくて済むってわけか。……でも、そんな大役、そのヨウムって奴は引き受けてくれるのか?」

 

「心配ない。ヨウムは元々チンピラ上がりでガラは悪いが、情に厚くて面倒見のいい、信用の置ける男だ。それに、フューズやカバルたちブルムント王国の連中も、俺たちが人間と敵対する意思がないことをギルドの本部に報告してくれる重要なパイプ役になる」

 

俺はベッドから立ち上がり、軽く肩を回した。

 

「ヨウムたち調査団とフューズたちの応対は、基本的には俺の知る歴史通りにお前たちに任せたい。俺には今のうちに、別にやっておくべき作業が山ほどあるからな。もちろん、裏でサポートはするし、ミリムが余計なちょっかいを出さないように俺が手綱を握っておく」

 

「ああ、わかった。ヨウムって奴を英雄に仕立て上げて、ブルムントとの関係も上手く構築してみせるよ。……で、お前はどうするんだ?」

 

「明日はちょっと遠征に出るし、その後も数日は国内で色々と仕込んでおくべき作業があって、少し別行動をとるつもりだ」

 

俺がそう告げると、過去の俺は驚いたように体を伸ばした。

 

「遠征? フォビオがカリュブディスを連れて来るかもしれないこんな大事な時期に、どこへ行くんだよ」

 

俺は少しだけ目を細め、かつての旅路の記憶を呼び起こした。

 

「ウルグ自然公園の奥深くにある、『精霊の棲家』だ」

 

「精霊の棲家? なんでまたそんなところに。何か重要なアイテムでもあるのか?」

 

過去の俺が不思議そうに尋ねてくる。

 

「アイテムじゃない。そこに引きこもってる『魔王』を一人、ウチの国にスカウトしに行くんだよ」

 

「ま、魔王!? ミリムの他にもう一人、魔王をこの村に連れてくる気かよ!?」

 

過去の俺がビクッと体を震わせて後ずさる。

昨日ミリムのデタラメっぷりを見せつけられたばかりな上に、今日は今日でフォビオのような血の気の多い魔王の配下が殴り込んできたのだ。

無理もない反応だろう。

 

「ははっ、安心しろ。そいつは『迷宮妖精(ラビリンス)』の二つ名を持つ、ラミリスって名前の妖精族の魔王なんだが……手のひらサイズで、ミリム以上に甘いお菓子で簡単に釣れる、素直でいい奴だ」

 

「手のひらサイズ……お菓子で釣れる魔王って、魔王の威厳はどうなってんだよこの世界……」

 

呆れ返る過去の俺をよそに、俺は真剣な表情に戻って説明を続ける。

 

「威厳はともかく、そいつの能力だけは破格だ。ラミリスは固有スキル『迷宮創造(ちいさなせかい)』ってのを持っていてな。自分の周囲に、外部とは完全に隔離された巨大な亜空間の迷宮を作り出すことができるんだ」

 

「亜空間の迷宮?」

 

「ああ。しかもその迷宮内では、ラミリスの権限で『死んでも蘇生する』っていうデタラメなルールを付与できる。これが何を意味するか、わかるか?」

 

俺の問いかけに、過去の俺は数秒ほど沈黙し――やがて、ハッとしたようにスライムの体を縦に伸ばした。

 

「死んでも生き返る空間……! それってつまり、絶対に死人が出ない『完璧な訓練施設』になるってことか!?」

 

「その通りだ。それに、ガビルやこれから合流するベスターに任せる回復薬の研究や、カイジンたちの危険な技術開発も、迷宮の隔離空間の中なら万が一爆発事故が起きても村に被害を出さずに済む。いざという時は、村の住民全員を迷宮内に避難させる『絶対の防空壕』としても機能するんだ」

 

「なるほど……!」

 

過去の俺が興奮したようにぽよんぽよんと跳ねる。

 

「俺たちの町はこれからどんどん大きくなる。だが、国がデカくなればなるほど、守るべき弱者も増えるし、防衛の死角も生まれる。だからこそ、ラミリスの『迷宮』があまりにも有用すぎるんだよ。今後の魔国連邦の防衛と発展において、あいつの能力は絶対に欠かせない最強のインフラになる」

 

俺が断言すると、過去の俺は深く納得したように「ウンウン」と頷いた。

 

「わかった。そこまで言うなら、絶対に連れてきてくれ。そのラミリスって魔王の歓迎会用のケーキ、シュナに頼んで山ほど準備しておくよ」

 

「ああ、頼んだぜ」

 

そこで俺はふっと表情を和らげ、ベッドに広がる過去の俺を見つめた。

 

「なあ。俺の知る元の歴史じゃ、もちろん優秀な仲間たちが文句なしに頑張って支えてくれてたけどさ……基本的には俺一人と、俺の中の『相棒』とであくせくしながら、外交も戦闘も、色々なことを全部こなして回ってたんだ」

 

かつての苦労だらけだった日々を思い出しながら、俺は言葉を紡ぐ。

 

「でも、今の状況は、その時とは決定的に違うことがあるだろ?」

 

「決定的に違うこと……?」

 

過去の俺が小首を傾げるようにスライムの体を揺らし、やがてハッとしたように俺(未来)を見上げた。

 

「そうか。今のこの世界には、俺が『二人』いる……」

 

「そうだ。俺が二人いるなら、完全に意思疎通をして役割分担をすれば、もっと凄まじいことができる。元の歴史なんか比べ物にならないくらい、完璧な国造りができるんだよ」

 

俺はニヤリと笑みを深めた。

 

「だから俺は明日の朝イチで出発して、ラミリスをスカウトしてくる。そいつを連れ帰った後も、さっき言った通り俺は数日ほどその迷宮の構築や別の仕込み作業で裏方に回るからな。ヨウムやフューズたちの対応は、しっかり表舞台の王様(お前)に頼んだぞ」

 

「任せとけ。そういうことなら、こっちの表舞台は完璧にこなしてみせるさ」

 

過去の俺と視線を交わし、俺たちは軽く拳(とスライムの触手)を突き合わせた。

 

(よし。これでこの段階での国力強化の布石は万全だ)

 

ヨウムを英雄に仕立て上げ、人間の国との外交ルートを構築する。

一方で、俺はラミリスを早期に引き入れ、テンペストの絶対防衛線と研究基盤を完成させる。

すべては、カリュブディス騒動を乗り越えた先に押し寄せる脅威――ファルムス王国の侵攻を、ただの一人の犠牲者も出さずに完璧な形で迎撃するための準備だ。

 

静かな決意を胸に秘め、俺は夜の闇を見据えた。

魔国連邦の未来を賭けた、静かで、しかし劇的な数日間が幕を開けようとしていた。




5/11 フォビオとリムルが対峙した際の一部描写を変更。
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