【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第七章 未来の智慧と迷宮妖精

翌朝。

俺が村外れの広場で出発の準備をしていると、朝靄の中から見慣れた顔ぶれが歩いてきた。

過去の俺をはじめ、ベニマル、シュナ、シオン、それにハクロウたち幹部陣だ。

 

「誰にも見送られずにひっそり行くつもりだったんだがな」

 

俺が苦笑して言うと、ベニマルが頼もしく笑って一歩前に出た。

 

「我々の『もう一人の主』が旅立たれるのです。見送りもなしというわけにはいきませんよ。それに、未来のリムル様が直接足を運ばれるほどの事態、我々も気合を入れ直さねばなりませんからな」

 

「未来のリムル様、こちら道中の軽食と、その……『新しい魔王様』への甘いお菓子を少し多めに包んでおきました」

 

シュナがふわりと微笑みながら、綺麗に包まれたバスケットを差し出してくる。

 

「サンキュー、シュナ。これがあれば交渉も百発百中だな。助かるよ」

 

「お供できないのが口惜しいですが、我々が留守の間、リムル様とこの村は命に代えてもお守りいたします!」

 

シオンが豊満な胸をドンと叩いて張り、ハクロウも「道中、お気をつけて」と静かに深く頭を下げた。

これだけの頼もしい幹部たちが揃っていれば、俺が数日表舞台を空けたところでこの村はビクともしないだろう。

 

「ああ、頼んだぜ。ヨウムたちの応対やフューズの件もあるから、ドタバタするだろうけどな。一応ミリムの暴走にも気をつけてくれよ」

 

「わかってるって。お前も、その妖精の魔王様へのスカウト、しっかり頼んだぞ」

 

過去の俺と視線を交わし、軽く拳を突き合わせる。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくる。念のため、ここからは姿を消していくぜ」

 

俺は皆に向けて軽く手を振ると、高度な幻惑魔法を展開し、自らの姿と気配を周囲の景色へと完全に同化させた。

これで俺が正体を明かした幹部たち以外には、俺が空を飛んでいることすら一切感知できなくなる。

 

(シエル、ウルグ自然公園までの最短ルートの算出を頼む)

 

《既に演算は完了しています。マスター。いつでも目的地へ移動できますよ》

 

(了解。サクッと行って、サクッと勧誘して帰ってこよう)

 

頼もしい仲間たちの気配を背中に感じながら、俺は朝日が昇り始めたジュラの大森林の上空へと、音もなく飛び立った。

目指すはウルグ自然公園。

精霊の棲家で退屈しているであろう、あのやかましい妖精の魔王の元へ。

 

 

 

 

数分後。

 

シエルの完璧な空間ナビゲーションにより、俺はあっという間にウルグ自然公園の最深部へと到達していた。

 

そこは、ジュラの大森林の他の場所とは明らかに空気が違っていた。

木々はより鬱蒼と生い茂り、陽の光を遮っている。

だが、暗いというよりは、緑色の光に満ちているような、不思議な感覚だ。

大気中には魔素とは異なる、微かで、しかし濃密な『精霊』たちの気配が満ち溢れていた。

 

(……懐かしいな。この独特の空気)

 

元の歴史では、子供たちを連れてシズさんの心残りを取り除くために訪れた場所。

あの時はまだ頼りないスライムだった俺も、今は万物を統べる智慧之王(シエル)を宿す、この世界の基準から見れば規格外の存在だ。

 

俺は周囲の風景に溶け込ませていた幻惑魔法を解き、音もなく地面へと降り立った。

姿は、シズさんを模した黒髪の瑞々しい人型のままだ。

 

《懐かしいですね、マスター。『精霊の棲家』への入り口です》

 

シエルの声と共に、俺の『魔力感知』の視界に、本来なら存在しないはずの『歪み』がくっきりと浮かび上がった。

苔むした巨大な岩と、絡み合う古木の根に隠された扉。

 

それが、最古の魔王ラミリスの引きこもり部屋――『精霊の棲家』への入り口だった。

 

俺は迷うことなく、その扉へと歩を進めた。

洞窟の奥からは、侵入者を拒むような、微かで、しかし複雑に絡み合った魔力の奔流が、冷たい風と共に吹き付けてくる。

この奥が、外の世界とは完全に隔離された、あのやかましい妖精の魔王が創り出した『迷宮』だ。

 

(さて。挨拶がてら、ちょっと驚かせてやるか)

 

俺は口元に微かな笑みを浮かべ、その暗い深淵へと、躊躇なく足を踏み入れた。

 

洞窟の奥へ一歩足を踏み入れた途端、世界を隔てる見えない膜を通り抜けたような奇妙な感覚があった。

 

ジュラの大森林のむせ返るような緑の匂いはふっと途絶え、代わりに、ひんやりとした冷気と、濃密すぎるほどの魔素、そして『精霊』たちの気配が肌に纏わりついてくる。

光の届かないはずの洞窟内部は、壁面を覆う発光ゴケや、空間そのものに満ちる微小な精霊たちの輝きによって、ぼんやりとした幻想的な緑色に照らし出されていた。

 

どこからともなく、クスクスという小さな笑い声が耳元を掠める。

 

『だれ?』 『お客さん?』 『遊んでくれるの?』 『あそぼ、あそぼうよ!』

 

鈴を転がすような無邪気な声。

しかし、その甘い誘惑の裏には、侵入者の精神を惑わし、方向感覚を完全に狂わせる高度な精神干渉魔法が編み込まれている。

ただ歩いているだけで足元が歪み、上下左右の感覚が溶けていくような、迷宮特有の悪辣なギミックだ。

元の歴史で初めてここを訪れた時は、この声と空間の歪みによって見事に目を回されたものだった。

 

(……悪いが、今日はお前たちと遊んでる暇はないんだ)

 

俺は内心で苦笑しつつ、空間の捻じれや精神干渉を、シエルの演算による『法則操作』で完全に無効化する。

今の俺にとっては、この程度の空間歪曲など、ただの平坦な道を歩くのと何も変わらない。

俺は精霊たちのざわめきをスルーし、迷宮の最深部へと続く複雑な回廊を、一切の迷いなく一直線に進んでいった。

 

やがて、巨大な一枚岩でできた重厚な扉の前に辿り着く。

扉の向こうからは、今までとは比べ物にならないほど巨大で、暴力的な魔力の塊が放たれていた。

俺が手を触れるまでもなく、扉は侵入者を迎え入れるかのように、重々しい音を立ててひとりでに開け放たれた。

 

円形の巨大な広間。

その最奥に『それ』は鎮座していた。

 

ズズズン……ッ!

 

足を踏み入れた瞬間、広間全体を揺るがすような地響きが鳴り響く。

全長数メートルに及ぶ、魔鋼で作られた巨大な鉄の塊。

全身に精霊を従えるための複雑な呪文が刻み込まれた、精霊工学の最高傑作。

ラミリスの自慢の防衛兵器であり、最奥の守護者――魔装兵(エレメンタルコロッサス)だ。

 

頭部のスリットの奥で、破壊の意思を示す赤い光がギラリと灯る。

機械的な巨体が立ち上がると、その質量だけで周囲の空気が軋むような錯覚を覚えた。

言葉一つ発することなく、ただ純粋に「侵入者を排除する」という絶対のプログラムに従い、魔装兵は重い地響きを立てながらこちらへと突進してくる。

 

特級の精霊が組み込まれたその装甲は、魔法に対する極めて高い耐性を誇る。

俺の記憶では『黒炎獄(ヘルフレア)』で燃やし尽くして倒したが、普通の冒険者から見れば紛れもない強敵だ。

 

標的である俺を視界に捉えるや否や、巨大な鉄の拳が頭上から真っ直ぐに振り下ろされた。

拳が空気を叩き潰す凄まじい風圧が広間に吹き荒れ、床の石畳がその余波だけでひび割れていく。

純粋な物理的破壊力と精霊の力が乗った、必殺の一撃。

だが――

 

「ごめんよ。ここでお前を壊しちゃうと、後でラミリスがうるさいからな」

 

俺は迫り来る死の鉄塊を前にしても一歩も動かず、ただ軽く右手を掲げた。

 

その瞬間、俺の周囲に展開された『絶対防御』の多重結界が、コロッサスの巨腕をふわりと、しかし絶対的な強度で受け止めた。

 

ドゴォォォォォンッ!!

 

鼓膜を破らんばかりの凄まじい衝撃音が広間に響き渡り、衝突の余波で猛烈な爆風が巻き起こる。

だが、粉塵が晴れた後――俺の結界には文字通り傷一つ、揺らぎ一つ生じていなかった。

巨大な魔装兵の拳は、俺の掲げた小さな手のひらの数センチ上で、見えない壁に阻まれて完全に停止している。

 

(シエル、こいつの動力回路と精霊の結合部分だけをピンポイントでショートさせてくれ。装甲には傷をつけずにだ)

 

俺のオーダーに対し、脳内で愛しい相棒が誇らしげに応答する。

 

《お任せください。対象の魔力結合経路は既に解析済みですので、直ちに休眠状態へ移行させます》

 

直後、結界越しに放たれたシエルの干渉波が、コロッサスの分厚い装甲をすり抜け、内部構造へと正確にアクセスする。

 

ピタッ、と。

 

次の瞬間、コロッサスの巨体が不自然なほど急に硬直した。

振り下ろした拳に込められていた圧力がふっと抜け、眼部の赤い光が明滅した後に完全に消失する。

システムがダウンし、その巨体はただの巨大な鉄のオブジェへと成り果てた。

外装への破壊を一切伴わない、文字通りの完全無力化だった。

 

 

「な、ななな、なんだお前ーっ!?」

 

巨大な魔装兵(エレメンタルコロッサス)が沈黙した直後、広間の奥から甲高い悲鳴のような声が響き渡った。

パタパタと忙しなく羽音を鳴らしながら飛んできたのは、桜金色の髪を揺らす、手のひらサイズの小さな妖精。

 

最古の魔王の一柱、『迷宮妖精』ラミリスだ。

 

「アタシの最高傑作の魔装兵を、指一本触れずに、しかも壊さずに止めるなんて!? あんた、一体何者なのよーー!?」

 

「よお。遊びに来たぜ、ラミリス。俺はリムル。まあ、しがないスライムさ」

 

「スライム!? 嘘つけ! どこからどう見てもヤバいオーラ漏れまくりの人間じゃない! っていうか、なんでアタシの名前を知ってるのよ!?」

 

空中でジタバタと暴れながら抗議してくるラミリス。

その周囲では、暗がりから様子を窺っていた小さな精霊や下位の妖精たちも、わらわらと顔を出してヒソヒソと囁き合い始めた。

 

『スライムだって』 『ほんと?』 『でも人間の姿だよ?』 『魔装兵ちゃん、止めちゃったよ』 『こわいねー』 『でも、きれいで優しい魔力だよ?』

 

「いやいや、ほんとだって。ほら」

 

俺は苦笑しながら、ポンッと擬態を解いて元のスライムの姿へと戻ってみせた。

ぷるん、とその場で軽く跳ねる。

 

「えええええっ!? ほんとにスライム!? っていうか、スライムの分際でそのデタラメな魔素量は何なのよ! バケモノ!? バケモノなの!?」

 

「バケモノとは失礼な。まあ、ちょっとばかり特殊なスライムなんだよ」

 

「ちょっとばかりのレベルじゃないわよ! 竜種クラスのバケモノじみたオーラじゃないの!」

 

ラミリスが顔を引き攣らせて空中で後ずさる。

 

精霊たちも『スライムだー!』『ぷにぷにしてるー!』『でもすごーい!』と、楽しげに俺の周りを遠巻きに飛び交い始めた。

 

相変わらず、魔王としての威厳は欠片もない。

だが、そのポンコツ具合と騒がしさがなんだかひどく懐かしくて、俺はスライムの姿のまま思わず吹き出してしまった。

 

「あはは。まあ、そんなに警戒しなくてもいいぜ。本当に危害を加える気はないし、お前の邪魔をするつもりもないからさ。話がしやすいように、もう一回人型に戻るぞ」

 

俺は再びシズさんの姿をベースにした人型へと戻り、両手を上げて敵意がないことを示す。

 

「ふ、ふんっ! 当たり前よ! アタシはこれでも十代魔王が一柱、迷宮妖精のラミリス様なんだからね! アンタみたいな変異種のスライムが、おいそれと手を出せる相手じゃないんだから!」

 

ラミリスはエッヘンと小さな胸を張り、わかりやすく虚勢を張ってみせた。

 

「はいはい、最強最強。……相変わらずだな、お前は」

 

「だから相変わらずって何よ!? アタシ、アンタみたいなヤバいスライムと会った記憶なんてないんだけど! なんでアタシの名前を知ってるのよ!」

 

空中でジタバタと暴れながら抗議してくるラミリス。

俺は少し意地悪く口角を上げ、わざとらしく顎に手を当ててみせた。

 

「うーん、そうだな。……お前が落ち着いて、俺の話をちゃんと聞く姿勢を持ってくれるって言うなら、特別に説明してやってもいいぞ?」

 

「む……っ!」

 

俺の言葉に、ラミリスはピタリと動きを止めた。

警戒心と好奇心がせめぎ合っているようだが、俺の正体への疑問が勝ったらしい。

それに、精霊巨像(エレメンタルコロッサス)を無傷で無力化するほどの相手が、明確に「話し合い」の意思を見せているのだから、無下にはできないのだろう。

 

「……な、なによ勿体ぶっちゃって。まあいいわ。十代魔王が一柱、迷宮妖精のこのラミリス様が、特別にアンタの話を聞いてあげようじゃないの!」

 

ラミリスは空中でエッヘンと小さな胸を張り、腕を組んでふんぞり返ってみせた。

 

「よし、交渉成立だな」

 

俺はニヤリと笑い、空間収納へとアクセスした。

広間の冷たい石の床に、バサッと大きめのレジャーシートを広げる。

その上にローテーブルと、ふかふかのクッションをいくつか配置し、即席のピクニックスペースを完成させた。

 

「な、なんなの……?」

 

呆気にとられるラミリスをよそに、俺はさらにテーブルの上へ「お茶会セット」を展開していく。

純白の生クリームに真っ赤なイチゴが乗った特製のショートケーキ。

色とりどりのマカロンや焼き菓子。

そして、温かい紅茶が注がれた美しいティーカップ。

 

甘く暴力的なお菓子の香りが、ひんやりとした広間の空気を一気に塗り替えていく。

 

『わあ!』 『いいにおい!』 『あまーい!』 『おいしそうー!』

 

周囲の暗がりに隠れていた小さな精霊や下位の妖精たちも、たまらずシートの周りへとわらわら集まってきた。

俺の用意した未知のスイーツに興味津々で、ヒソヒソ、キャッキャと嬉しそうに飛び交っている。

 

「な、なな、なんだこれは……!? すごく、いい匂いが……」

 

ラミリスも例外ではない。

さっきまでの偉そうな態度はどこへやら、テーブルの上に並べられたスイーツたちに完全に目が釘付けになり、ゴクリと分かりやすく生唾を飲み込んでいる。

 

「うちの専属パティシエ特製の、極上スイーツ盛り合わせだ。話を聞いてくれるお礼と、初対面の挨拶代わりの手土産だよ。ほら、冷めないうちに座って食ってみろよ。美味いぞ」

 

俺がクッションを勧めるのと同時に、ラミリスは本能の誘惑に抗えきれず、ふらふらとテーブルの上のショートケーキへと吸い寄せられていった。

小さな手で生クリームを掬い、ペロリと舐める。

 

その瞬間、ラミリスの目がカッと見開かれた。

 

「んんんんんんんんんっっまーーーーーーいっ!!!」

 

鼓膜が破れそうなほどの絶叫。

ラミリスはそのままケーキにダイブする勢いで食らいつき、顔中を生クリームだらけにしながら、あっという間に自分の体よりも大きなショートケーキを平らげてしまった。

 

「ぷはぁーっ! なんだこれ、なんだこれ!? アタシが今まで食べてきたお菓子なんて、ただの砂糖の塊だったじゃないか! 口の中で溶けたぞ! イチゴの酸味とクリームの甘味が……あああっ、思い出しただけでもう一度食べたいーっ!」

 

空中でバタバタと悶えるラミリス。

周りの妖精たちにも砕いたマカロンやクッキーを配ってやると、広間はあっという間に幸せそうな歓声に包まれた。

 

(よし、第一段階『お茶会への誘導と餌付け』、見事に完了)

 

俺は向かいのクッションに腰を下ろし、優雅に紅茶を啜りながら、すっかり警戒心を解いてお菓子に夢中になっているラミリスに微笑みかけた。

 

「さて。それじゃあ、口の周りのクリームを拭いたら、ゆっくり話をさせてもらおうか」

 

俺がそう言って空間収納から清潔なハンカチを取り出して差し出すと、ラミリスは「ん、ありがと」と素直に受け取り、口の周りをゴシゴシと拭いた。

すっかり毒気を抜かれている。

 

「で? アンタ、何者なのよ。スライムなのにそんなにとんでもない魔力を持ってるし、アタシの名前や魔装兵のことまで知ってるし……それに、こんなに美味しい食べ物、アタシ長年生きてるけど一度も見たことないわよ」

 

ラミリスがクッションの上にちょこんと座り、不思議そうな目を向けてくる。

 

「ああ。順を追って説明するよ」

 

俺は紅茶を一口飲み、まっすぐにラミリスの瞳を見据えた。

 

「俺はリムル=テンペスト。さっきも言った通り、種族はスライムだ。ただ……俺は、『未来』からこの時代にやってきた存在なんだよ」

 

「……は?」

 

ラミリスがぽかんと口を開ける。

周りを飛んでいた精霊たちも『みらい?』『あしたのこと?』と首を傾げている。

 

「み、未来? アンタ、頭大丈夫? いくら魔法が万能だって言っても、時間を超えるなんてそんなデタラメ……」

 

「デタラメじゃないさ。現に、俺がお前の迷宮のギミックを全部スルーして、精霊巨像の弱点をピンポイントで突けたのは、元の歴史で『お前と戦ったことがあったから』だ」

 

「アタシと戦った!? いつ!?」

 

「俺の知ってる歴史なら、数ヶ月後だよ。俺が知り合いの子供たちを救うために精霊の棲家を訪れて、お前が差し向けてきた魔装兵を俺が燃やし尽くすんだ」

 

「も、燃やし……っ! アタシの最高傑作を!?」

 

「ああ。だから今回は、壊す前に止めてやっただろ?」

 

ラミリスは信じられないという顔で俺と、そして広間の奥で沈黙している魔装兵を交互に見比べた。

 

「じゃ、じゃあ……アンタがアタシの名前を知ってたのも……」

 

「元の歴史で、俺たちはマブダチ……いや、最高の悪友(パートナー)になるからだよ。お前は俺の国に移住してきて、『地下迷宮』を造って、一緒にすげえ研究をしたり、毎日美味しいお菓子を食べて楽しく暮らしてたんだ」

 

「凄い研究!? 毎日お菓子!?」

 

ラミリスの羽がピクッと反応し、食いつき気味に身を乗り出してくる。

相変わらず、欲望に忠実で分かりやすい奴だ。

 

「ああ。だから俺はお前をスカウトしに来た。……ただ、元の歴史よりもずっと早いタイミングでな」

 

俺は少しだけ声のトーンを落とし、真剣な表情を作った。

 

「俺の国には今、ドワーフの凄腕職人たちが集まってて、さらにこれから優秀な研究者たちも続々と合流してくる予定なんだ」

 

「けんきゅうしゃ?」

 

「ああ。国を豊かに、そして強固にするために、回復薬(ポーション)の改良や、新しい魔導具の開発なんかをガンガン進めていきたい。……でも、高度な技術開発や未知の魔法研究には、万が一の爆発事故みたいな危険が常に付きまとうだろ?」

 

俺が問うと、ラミリスは腕を組んでウンウンと大げさに頷いた。

 

「まあ、そりゃね。アタシの精霊工学だって、一歩間違えればドカン! って大惨事になるし。実験に失敗はつきものよ」

 

「そこで、お前の出番ってわけだ。お前の『迷宮創造(チイサナセカイ)』で造り出した亜空間の中なら、お前の権限で『死んでも生き返る』っていうデタラメなルールを設定できるだろ?」

 

「っ! なんでそのことまで……! それはアタシの固有スキルの、究極の秘匿事項なのに!」

 

「未来の相棒なんだから、当然知ってるさ。そのお前の迷宮の中に、被害を一切気にせず、思い切り危険な実験や技術開発ができる『最強の研究施設』をどうしても早く作りたいんだよ」

 

俺はクッションに座ったまま、深く頭を下げた。

 

「元の歴史よりもずっと早く、俺たちの国の技術力を底上げするために……どうしてもお前の力が必要なんだ、ラミリス。俺たちの国に来て、力を貸してくれ」

 

「アタシの……力……」

 

俺の真剣な頼み込みに、ラミリスは目をぱちくりと瞬かせ、そして騒いでいた精霊たちもしんと静まり返った。

 

静寂を破ったのは、ラミリスの大きく息を吸い込む音だった。

 

「……ふ、ふんっ! まあ? そこまでアタシの力が必要だって言うなら? この十代魔王が一柱、迷宮妖精のラミリス様が、直々に手を貸してあげないこともないわよ!」

 

腕を組み、わざとらしくそっぽを向きながらも、その背中の羽は嬉しそうにパタパタと高速で動いている。

頼られるのが大好きなちょろい性格は、未来でも過去でも全く変わらない。

 

「本当か! 恩に着るよ、ラミリス」

 

「勘違いしないでよね! あくまで、その美味しいケーキと、アタシの才能を活かせる研究施設のためなんだから! ……でも、一つ問題があるわ。アタシがアンタの国に行っちゃったら、この『精霊の棲家』のお留守番はどうするのよ。アンタ、アタシの最高傑作(エレメンタルコロッサス)を動けなくしちゃったし」

 

ラミリスが広間の奥で沈黙している巨大な鉄塊を指差して、ジト目を向けてくる。

 

「ああ、それなら心配いらない。……というか、俺の知る元の歴史だと、お前はこのウルグ自然公園の棲家を完全に引き払って、テンペストに引っ越してきたんだよ」

 

「ええっ!? アタシがここを引き払う!? いやいや、いくらケーキが美味しくても、ここは代々受け継いできた精霊の……」

 

「だから、その前に一番肝心なことを確認させてくれ」

 

俺はラミリスの言葉を遮り、今日一番の真剣な表情で彼女の目を見つめた。

 

「お前がテンペストに引っ越して、あっちに新しい迷宮(ダンジョン)を造ったとして……その新しい迷宮でも、今のここと同じように『精霊』たちを呼ぶことはできるのか?」

 

俺の問いに、ラミリスはきょとんとした後――ふふんっ、と得意げに鼻を鳴らした。

 

「アンタ、アタシを誰だと思ってるの? 十代魔王が一柱、精霊女王でもあるラミリス様よ! アタシの固有スキル『迷宮創造』で造った空間は、アタシの絶対領域そのもの。つまり、アタシが迷宮を造った場所が、新たな『精霊の棲家』になるのよ! こっちの精霊たちだって、みーんな一緒に連れて行けるわ!」

 

「……そうか。よかった」

 

俺は心底ホッとして、深く息を吐き出した。

 

(よし! これで子供たちを救う時も、わざわざこんな遠くまで危険な旅をさせる必要がなくなる。テンペストの安全な迷宮内で、確実に精霊を宿らせてやれるぞ)

 

「そういうことなら、ここの留守番なんて気にする必要はない。あの魔装兵も一緒にテンペストに連れて行ってやる」

 

「連れて行くって……ほんとにここを空っぽにする気なのね。でもなぁ……」

 

まだ少しだけ名残惜しそうに周囲を見渡すラミリスに、俺はとどめの一撃を放つことにした。

 

「なあラミリス。お前がテンペストに引っ越してくれば、ケーキの他にもう一つ、最高にいいことがあるぞ」

 

「いいこと? なにそれ」

 

「ジュラの森の管理者であるトレイニーさんたちドライアド(樹妖精)……お前の昔の可愛い部下たちも、今うちの村に頻繁に出入りしてるんだ。お前がテンペストに迷宮を造って腰を据えれば、あいつらともまた一緒に暮らすことだってできるぜ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ラミリスの背中の羽がピーンと垂直に立ち上がった。

 

「ええっ!? トレイニーちゃんたちと!? ほんとに!?」

 

「ああ、本当だ。あいつらもすっかり馴染んでるからな。お前が来れば絶対に喜ぶよ」

 

「トレイニーちゃんたちが……! うぅっ、あの子たち、ずっと会いたかったのよぉ……!」

 

ラミリスは空中でバタバタと身悶えし、すでに心は完全にテンペストへと向かっているようだった。

 

「それに、だ。テンペストに帰ったら、引っ越し祝いとこれからの研究の助手の前借りとして、あの魔装兵よりもずっと気が利いて手先の器用な『お前の専属護衛』を新しく造ってプレゼントしてやるよ」

 

《お任せください。ラミリスがテンペストへ到着次第、満足する極上の依り代と、優秀なアシスタントをご用意いたします》

 

脳内でシエルも自信満々に太鼓判を押している。

 

「専属護衛!? 魔装兵よりも気が利く奴を!? ほんとに!?」

 

「ああ、俺に嘘はない。衣食住完備、美味しいお菓子は毎日食べ放題、可愛い部下たちとの再会、おまけに優秀な助手付きの最強の研究施設だ。……どうだ?」

 

俺が笑って手を差し出すと、ラミリスは口をパクパクさせ、完全に白旗を上げたようにへなへなとクッションの上にへたり込んだ。

 

「……わかったわよ。アンタの用意した条件、完璧すぎて断る理由がないじゃないの。テンペスト、行く。ダンジョンでも研究施設でも何でも造ってあげるから……ケーキとトレイニーたちのこと、絶対に嘘じゃないわよね……!」

 

涙目で訴えかけてくるラミリスに、俺は「ああ、約束する」と力強く頷き、その小さな手と握手を交わした。

 

 

(よし。これで『迷宮妖精』ラミリスの勧誘、大成功だ)

 

俺の計画の最重要ピースの一つが、ついにカチリとはまった瞬間だった。

こうして俺はラミリスの勧誘という大仕事を無事に成功させ、テンペストへの帰路につくことにした。

 

「いやー、アンタが来るまでは退屈してたけど、急に忙しくなりそうね! 美味しいケーキにトレイニーたち! うふふふふっ!」

 

すっかり上機嫌になったラミリスと、それにまとわりつく精霊たちに見送られながら、二人(?

)で迷宮の入り口付近の洞窟まで戻ってきたところだった。

俺はふと大事なことを思い出し、足を止めてラミリスに向き直った。

 

「ああ、そうだ。ラミリス、引っ越しの時にこれを使えよ」

 

俺は空間収納(胃袋)から、淡い光を放つ手のひらサイズの水晶玉を取り出し、ラミリスに差し出した。

 

「なにこれ?」

 

「テンペストの村の広場へ直接繋がる、使い捨ての空間転送アイテムだ。魔力を込めて発動させれば、お前だけじゃなく、連れて行く精霊や妖精たち、それに広間の奥で眠ってるあの魔装兵(エレメンタルコロッサス)も丸ごとテンペストまで転送されるようになってる」

 

「ええっ!? そんな広域の質量転送魔法を、アイテム一つに!? アンタ、ほんとにデタラメね……!」

 

驚いて水晶玉を受け取るラミリスに、俺は優しく微笑みかけた。

 

「精霊の棲家を引き払う準備ができたら、それを使って飛んできてくれ。……ああ、別に急がなくていいぞ。こっちも新しい迷宮を造る場所や、研究施設の受け入れ準備に少し時間がかかるからな。長年住んだ場所を離れるんだ、精霊たちと一緒に、ゆっくり時間をかけてお別れと身支度をしてくればいいさ」

 

俺の気遣いに、ラミリスは少しだけ真面目な顔になり、嬉しそうにコクリと頷いた。

 

「……うん。ありがと。準備ができたら、行くからね」

 

「ああ、待ってるよ。それから、テンペストに到着した後は、近くにいるうちの村の誰かに『未来のリムルからの紹介で来た』って伝えて、取り次ぎを依頼してくれ。そうすれば話が通じるようになってるし、すぐに歓迎の準備が整うはずだから」

 

「わかったわ! 到着した瞬間に、特大のショートケーキを出してもらうように言うからね!」

 

どこまでも食い意地の張った、しかし愛嬌のある妖精の魔王。

俺は元気よくブンブンと手を振るラミリスと精霊たちに苦笑しながら手を振り返し、今度こそ『精霊の棲家』を後にした。

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