【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第一章 双星の邂逅

「は?」

 

思わず、情けない声が漏れた。

いや、これは俺を責めないでほしい。目の前の光景があまりにも、その、なんだ……シュールすぎたのだ。

そして、俺の視線の先にいた人物もまた、間抜けな声を上げて硬直していた。

 

「えっ?」

 

そこにいたのは、串に刺さった肉をこれでもかと頬張る、俺自身。 いや、正確には「過去の俺」の姿だった。

 

(一体全体、どうなってるんだシエルさん!)

 

大いに混乱しつつも、体に染み付いた習慣で『魔力感知』を展開し、周囲の状況把握にかかる。

どうやらここは、絶賛宴の真っ最中だったらしい。

過去の俺の隣には、追加の串焼きを差し出したまま、こちらを見て石のように固まっているゴブイチの姿があった。

周囲を埋め尽くす視線が、一斉に俺へと突き刺さる。 そこには、今となっては懐かしい面々が揃っていた。

まだ俺が名付ける前の、紅い髪の若武者――後のベニマルをはじめ、シュナ、シオン、クロベエ、ハクロウ。 遠景には、周囲を警戒しつつも驚愕を隠しきれないソウエイの姿まである。

 

《この景色はマスターが十年ほど前に、初めてベニマル達と接触した時の和解の宴の情景と完全に一致しますね》

 

シエルの冷静な声が脳内に響く。

 

(おいおい、冗談だろ……! つまり俺は、何らかの方法で過去に飛ばされたってことか!? しかも、よりによって「本人」の目の前に堂々と出現するとか、誤魔化しようがなさすぎるだろ!)

 

『神速志向』を全力でぶん回し、なんとか言い訳を捏造しようとした、その時。 ついに、目の前の「俺」が口を開いた。

 

「……え、待って。あんた……というか君、誰? なんで俺と同じ姿をしてるんだ?」

 

過去の俺――まだ魔王にすらなっていない、スライム形態から人型に化けたばかりの俺が、串焼きを握りしめたまま呆然と問いかけてきた。

場の空気が、一気に凍りつく。

紅髪の若武者たちが一斉に得物の柄に手をかけ、過去の俺の影からはランガが「主の危機か!?」と言わんばかりに顔を覗かせた。

 

今の俺からすれば、彼らの放つプレッシャーなど赤子の手を捻るようなものだ。だが、当時の彼らにしてみれば、恩人の偽物が突如として現れたという緊急事態なのだ。 一触即発、という言葉がこれほど似合う状況もないだろう。

 

(シエル! これ、どう説明すればいい!? タイムパラドックスとか大丈夫なのか?)

 

《現在の状況は単純な『過去退行』ではなく、並行世界の過去の時間軸への『強制介入』である可能性が高いです。マスターの存在強度は現在の世界規律を上書きしている可能性があるため、不用意な発言は因果律を崩壊させかねません》

 

(余計にプレッシャーかけるなよ!)

 

俺は冷や汗(を流す機能はないが、そんな気分)を抑え、努めて冷静に、かつ敵ではないことを示すために両手を軽く挙げた。

 

「あー……落ち着いてくれ。俺は君の敵じゃない。信じられないだろうけど、ちょっと遠いところから……そう、未来から迷い込んじまったみたいでね」

 

「未来? 俺の?」

 

過去の俺が目を丸くする。 当然の反応だ。しかし、彼がそれ以上言葉を紡ぐよりも早く、隣に控えていた紫の髪の女オーガ――後にシオンと名付けられる彼女が、怒気に満ちた声を上げて腰の棍棒を抜き放った。

 

「戯れ言を! 恩人たるリムル殿と同じ姿を騙るなど、万死に値します!」

 

彼女の殺気が膨れ上がり、周囲の空気がビリビリと震える。 それに呼応するように、紅髪の若者――ベニマル(仮)も太刀の柄を強く握り込み、低い声で唸った。

 

「……あいつの言う通りだ。我らが恩人を愚弄するつもりなら、たとえどれほどの力を持っていようと容赦はしない」

 

(うわぁ、この頃から二人とも忠義心全開で血の気が多いな……。って、感心してる場合じゃない!)

 

一歩間違えれば、過去の仲間たちと不毛な戦闘に突入しかねない。 俺がどうやってこの場を収めるべきか、再び思考をフル回転させようとした時だった。

 

「待て。早まるな、お主ら」

 

静かだが、絶対的な重みを持つ声が場を制した。 老剣客――ハクロウ(仮)が、シオンの前にスッと腕を差し出してその動きを止めたのだ。 彼の眼光は、鋭く、そして探るように俺を射抜いている。

 

「しかし……!」

 

「よく見るのじゃ。……この御方からは、リムル殿と同じ、いや、それ以上に深く底知れぬ『気配』を感じる。敵意はないようじゃが、ただの騙りや幻惑の類ではないぞ」

 

老剣客の言葉に、オーガたちは戸惑いの表情を浮かべた。 傍らで様子を見守っていたシュナ(仮)も、不安げに胸の前で両手を組みながら同意する。

 

「ええ……。不思議です。お姿だけでなく、その奥にある魂の輝きのようなものが……リムル様と重なって見えます」

 

(さ、流石はハクロウとシュナ。本質を見抜く力は当時からズバ抜けてるな……)

 

彼らの反応を受け、場の張り詰めた空気がほんの少しだけ緩んだ。 目の前の「過去の俺」は、戸惑いながらも俺をじっと見つめている。やがて、彼は持っていた串焼きをごくりと飲み込むと、少しだけ表情を和らげて言った。

 

「……確かに、嘘をついてるようには見えないな。悪意みたいなものも、全然感じないし」

 

《過去のマスターの中にある、私の並行存在である『大賢者』の活発な演算を確認しました。過去のマスターは、大賢者の解析鑑定を通じてマスターの真贋を見抜こうとしているようです》

 

(なるほど。あっちの『大賢者』さんがフル稼働中ってわけか)

 

《ええ、ここは接触を推奨します。過去の私である『大賢者』と情報を同期させ、こちらが信用に足る存在であると直接証明してしまうのが最も手っ取り早いでしょう》

 

(シエルと大賢者の対談か。それは心強いが……)

 

俺は一歩踏み出し、警戒を解かないオーガたちと、戸惑う過去の自分に向かって、努めて人畜無害な苦笑いを見せた。

 

「とりあえず、その肉、美味そうだな。俺にも一本くれないか? 話はそれからだ」

 

「「「はあ!?」」」

 

オーガたちだけでなく、周囲のゴブリンたちからも間抜けな声が漏れた。 緊迫した空気をぶち壊す、あまりにも場違いな俺の要求。 だが、過去の俺は一瞬きょとんとした後、呆れたように笑って、近くの皿から串焼きを一本手に取った。

 

「……まじかよ。こんな状況で飯をねだるなんて。はいよ、ゴブイチくん特製の串焼きだ」

 

過去の俺が差し出した串焼きを、俺は迷いなく受け取り、パクリと口に運ぶ。

 

「うん、美味い! そりゃあ、ゴブイチくんの料理だからな」

 

俺はこともなげに言い放つ。 実際、この懐かしい味は俺の記憶に深く刻まれている。

だが、当時の彼らからすれば、初対面の不審者が配下の名前を熟知し、当然のように飯を食っているのだ。

不気味なことこの上ないだろう。 案の定、ゴブイチが「ひぃっ、なんで自分の名前を!?」と悲鳴を上げてひっくり返っていた。

 

そんな俺を横目で見つつ、過去の俺は再び真剣な表情に戻る。

 

「……で、本題に入りたいんだけどさ。あんたが『未来の俺』だっていう証拠、何かあるのか? 正直、姿形や名前を知ってるくらいなら、高度な変身魔法や精神干渉でどうにでもなるだろ」

 

冷静な分析だ。

流石は俺、と言うべきか。

そして、その言葉と同時に、過去の俺の瞳がわずかに光を帯びた。

魔力感知の網に触れる、ひどく懐かしい演算の波動。だが、その出力は今の俺たち――いや、シエルとは比較にならないほどに幼いものだった。

 

(シエル、どうする? 大賢者の解析じゃ、今の俺たちの実力は『解析不能』で弾かれるだろ?)

 

《その通りです。ただし、マスターの許可さえあれば、こちらが信用たる存在だという『証明』を、過去のマスターの「大賢者」に対して直接送信することができます。いかがなさいましょうか?》

 

(ああ、頼む。ただし、あまりショッキングな未来の情報(ネタバレ)は伏せておいてくれよ。……それから、あっちの『大賢者』さんに、今の俺たちの関係性を少しだけ見せてやってくれ)

 

俺が内心でそう許可を出した瞬間。 目の前の過去の俺が、「……っ!?」と短く息を呑み、一歩後ずさった。 演算能力に差がありすぎて、あっちの知覚では処理しきれない情報が濁流となって押し寄せたのだろう。

 

「リムル殿!?」 「どうなさいましたか!」

 

オーガたちが慌てて詰め寄るが、過去の俺はそれを手で制した。

 

「……おい、大丈夫か?」

 

俺が声をかけると、過去の俺はこめかみを押さえながら、信じられないものを見るような目で俺を見返してきた。そして俺にしか聞こえないように小声で話をしてきた。

 

「あ、ああ。……今、頭の中で『相棒』が、なんかすごい勢いで謝罪してきたっていうか……『解析不能。上位存在からの干渉を確認』とか言った後に、急に黙り込んじゃって……。なんか、すごく恐縮してるみたいなんだ」

 

過去の俺の顔が、驚愕から、確かな信頼へと変わっていく。

どうやらシエルによる「ご挨拶」は効果てきめんだったらしい。なにせ、自分自身の頼れる権能が、相手を完全に上位互換だと認めてひれ伏したのだ。これ以上の「本人証明」はあるまい。

 

「信じるよ。今の感覚……『相棒』があんなに動揺するなんて、他人からの干渉じゃありえないしな」

 

過去の俺が、周囲のオーガやゴブリン、そして影から覗くランガに向かって手を挙げた。

 

「みんな、武器を収めてくれ。この人は敵じゃない。というか、俺の……親戚みたいなもんだ。悪いが、ちょっと二人で話をさせてくれ」

 

「しかし、リムル殿!」

 

ベニマル(仮)が食い下がる。

 

「いいんだ。俺が保証する。……それより、宴の続きを楽しんでくれよ。ゴブイチくん、追加の肉も頼むな!」

 

恩人の言葉に従い、オーガたちは不審げな表情を残しつつも、ゆっくりと武器を収めた。 実力的には今の俺が指先一つで制圧できる相手とはいえ、彼らの忠義心は、見ていてどこか誇らしく、鼻が高いものがある。

二人のリムルは、少し離れた岩場に腰を下ろした。 焚き火の爆ぜる音と、遠くで聞こえるゴブリンたちの歓声が、この静かな対峙を際立たせる。

 

「……で、未来の…俺…さん?一体何が起きてここにいるんだ? そもそも、未来で俺はどうなってるんだよ?」

 

過去の俺が、期待と少しの不安が混じった目で俺を見る。 それは、かつて三上悟だった俺が抱いていた、未知への純粋な好奇心そのものだった。

 

《マスター、あまり詳細な未来の開示は、この世界線の『因果律』を著しく不安定化させますよ。情報の開示は、現在の状況を打破するために必要な最小限に留めるべきです》

 

(わかってるって。……だが、目の前の自分に嘘をつくのは、なんだか自分を裏切るみたいで気分が悪いな)

 

俺は夜空を見上げた。そこにある月は、俺が知っている未来と同じように輝いている。 かつて同じ空の下で、必死にこの村を、仲間を守ろうとしていた自分。そんな青臭い「俺」に、俺は嘘偽らざる実感だけを伝えることにした。

 

「……色々あったよ。仲間が増えて、国ができて、馬鹿げた強敵と戦って……。正直、今のお前には想像もつかないようなことばかりだ」

 

俺は一息ついて、隣に座る「かつての自分」に笑いかけた。

 

「けど、一つだけ言える。……君が今、そのオーガたちや村のみんなを大切に思っているその気持ちは、何年経っても変わってない。それは保証するよ」

 

「……そっか。なら、安心した」

 

過去の俺が、どこか誇らしげに鼻をこすった。 しかし、その穏やかな空気の中で、シエルが再び声を潜めて告げた。 その声は、いつになく警戒の度合いを強めているように聞こえた。

 

《マスター。重要事項です。突如、私の中に直接、送信者不明のメッセージが書き込まれました》

 

(メッセージだって?)

 

《重要事項につき、内容を変えずにそのままお伝えします》

 

脳内に響いたのは、シエルの声色を借りた、どこか底知れぬ響きを持つ言葉だった。

 

『やぁ、リムル。まず君の仲間や国は無事だから安心するといい。この状況に至るまでの記憶がないのには理由があるが今は伝える事ができない。そして、ここから重要なことを2点伝えるよ。一つ目は、その世界で君が何をしても君の世界や時間軸には一切影響がないということだ。二つ目は君がその状況から脱するためには、君がたどった歴史の新たなる可能性を手繰り寄せて、再びイヴァラージュに勝利しなければならない。健闘を祈るよ』

 

(……なんだって?)

 

メッセージの内容に、俺の思考は一瞬フリーズした。 仲間たちは無事だという言葉に安堵しつつも、後半の内容は聞き捨てならない。

 

「何をしても元の世界に影響がない」ということは、ここがいわゆる並行世界(パラレルワールド)であることを意味している。

だが、脱出の条件が「たどった歴史の新たなる可能性を手繰り寄せる」こと、そして「再びイヴァラージュに勝利する」ことだと?

 

(おいおい、ようやく倒したあの怪物と、もう一度やり合えってのか。しかも、歴史を書き換えながら……?)

 

《送信経路と送信者は依然として不明ですが、メッセージから敵意は見当たりません。マスターをこの地へ送り込んだ存在が、脱出の条件を提示してきたと見るのが妥当でしょうね》

 

(なるほどな。拒否権はないってわけか……)

 

俺が険しい顔で黙り込んでしまったのを見て、隣に座る過去の俺が心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「……大丈夫か? 随分と深刻な顔をしてるけど。未来の俺でも、そんなに困るようなことがあるのか?」

 

俺はハッとして、隣の「自分」を見た。 今の彼はまだ、自分がこれから魔王になり、世界の存亡を賭けた戦いに身を投じることなど露ほども知らない。ただ目の前の仲間たちのために全力を尽くしている、純粋なスライムだ。

 

「……ああ、悪い。ちょっと考え事をしてただけだ。……なぁ、『俺』」

 

「なんだよ?」

 

「おまえはさ……もし、自分一人の力じゃどうしようもない未来が来るとしたら、どうする?」

 

唐突な問いに、過去の俺は少し面食らったようだったが、焚き火の火を見つめながら静かに答えた。

 

「そりゃ、その時に考えられる最善を尽くすだけだろ。俺にはこの村の仲間もいるし……何より、頼りになる『大賢者』さんもいる。一人で無理なら、みんなで何とかするさ」

 

迷いのないその言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。 そうだ。かつての俺がそうであったように、この世界の「俺」もまた、ここから数々の奇跡を起こしていく。ならば、未来を知る俺がすべきことは決まっている。

 

(シエル、作戦変更だ。この世界の歴史をただなぞるんじゃない。俺の知識と力を使って、もっと『より良い結末』……誰も失われない理想郷を目指すぞ)

 

《了解しました。それこそが、メッセージにあった『新たなる可能性』の正体であると推測します。マスター、全力でサポートさせていただきます》

 

俺は立ち上がり、隣の「自分」に向かって手を差し出した。

 

「決めたよ。俺も君に協力させてもらう。この村……いや、ジュラの大森林が、もっと最高な場所になるようにな」

 

「……! ほんとか!? 未来の俺が手伝ってくれるなら、百人力どころじゃないな!」

 

過去の俺は嬉しそうにその手を取り、力強く握り返してきた。 運命の歯車が回り始める。俺の歴史ではここから「オークロード」との戦いへとなだれ込んでいくはずだが――。

 

「……さあ、いこうか。俺とおまえで新しい物語を始めよう」

 

俺は不敵に微笑み、過去の俺と共に立ち上がった。

 

「……で、まずは何から始める? 未来の俺」

 

過去の俺が、やる気に満ちた表情で尋ねてくる。 その瞳は、まだ「世界の真理」を知らぬがゆえの若々しさと、未知の協力者(自分自身)への純粋な信頼で輝いていた。

 

「そうだな。まずは情報の整理と、戦力の底上げだ。……っと、その前に」

 

俺は一度言葉を切り、村の方角を見やった。 そこではベニマル(仮)やシオン(仮)たちが、こちらを気にしながらも、恩人の言いつけ通りに宴を続けている。だが、その気配はどこか落ち着かない。

 

「アイツらに、ちゃんとした『名前』を付けてやらないとな。俺のいた歴史でもそうだったが、あいつらが真の力を発揮するには、やはり魂の進化が必要だ」

 

「名前? ああ、確かにそうかもな……。でもまずは俺たちに協力してくれるかの確認をしてからじゃないか? まだ今日出会ったばかりなんだしな」

 

その話を聞いて、俺はそうだったと思い出した。もうベニマル達とは付き合いが長いせいか、つい既に仲間になった気になっていたのだ。

 

「そしたらさ、今聞いてきたらいいんじゃないか? ちなみに、まだおまえはオーガ達が何故このあたりで彷徨ってたかの理由も聞いてないだろうから、それも聞いてくるといいよ。俺はここで待ってるからさ」

 

「そうだな。……よし、ちょっと行ってくるわ!」

 

過去の俺はそう言うと、軽い足取りでベニマルたちの座る焚き火へと戻っていった。

俺はその様子を少し離れた岩場から眺めることにした。 改めて見ると、当時の自分は今よりずっと「村のリーダー」としての初々しさがある。……というか、俺、あんなにソワソワしてたんだな。

 

(シエル、なんだか気恥ずかしいな。過去の自分の振る舞いを見るっていうのは)

 

《当時のマスターの感情ログには『緊張』と『期待』が交互に記録されております。……なお、現在のマスターが抱かれている『羞恥心』も、しっかりと記録に追加しておきました♪》

 

(余計な記録を増やすんじゃない!)

 

そんな脳内でのやり取りをよそに、過去の俺がベニマルたちの前に座るのが見えた。

 

「えっと……改めて、さっきは悪かったな。それで、話の続きなんだけど……。おまえらみたいな手練れのオーガが、どうしてこんなところで彷徨ってたんだ? 何か事情があるんだろ?」

 

過去の俺の問いかけに、赤い髪の若者——後のベニマルが、一瞬だけ痛みに耐えるような表情を浮かべた。

 

「……隠すことではありません。我らの里は、豚頭族(オーク)の軍勢に襲われ……滅びました。我ら六人は、その生き残りなのです」

 

「オークに……? あのオークがオーガの里を!?」

 

急に未来の俺が現れたせいで驚き、全然話に入ってこれなかったカイジンが、ここではすかさず会話に参加した。

 

「……おいおい、正気か!? あのオークがオーガの里を落とすなんて、いくら数に差があっても普通はありえねえぞ!」

 

カイジンが思わず身を乗り出し、ベニマル(仮)に詰め寄る。ドワーフの王国で武装化を担っていた彼からすれば、種族間の戦力差を無視したその報告は、信じがたいものだった。

 

「事実だ。奴らは鎧で武装し、さらには異様な『気配』を纏っていた。我らも死力を尽くしたが……」

 

ベニマルの拳が震える。その背後では、シオン(仮)やシュナ(仮)たちもまた、悔しさと悲しみに唇を噛んでいた。

 

(……ああ、そうだ。この時のアイツらは、文字通り全てを失った直後だったんだな)

 

俺は少し離れた場所から、その光景を静かに見守っていた。 かつての俺は、この話を聞いて彼らを食客として受け入れ、やがて共に戦うことを選んだ。だが今は、俺という「未来の確定要素」がいる。

過去の俺は、少し考え込むように顎に手を当てた後、こちらをちらりと見た。 俺が静かに頷くのを確認すると、彼は意を決したようにベニマルに向き直った。

 

「……事情はわかった。だったら、なおさら放っておけないな。おまえたち、俺と一緒に戦わないか?」

 

「我らと共に……ですか?」

 

「ああ。オークの軍勢は、遅かれ早かれこの森を飲み込もうとするだろう。だったら、俺たちと協力して迎え撃つのが一番だ。……もちろん、無理にとは言わない。ただ、俺には心強い『助っ人』もいるしな」

 

過去の俺が、親指で背後の俺を指し示す。

 

「……リムル殿。少し考えさせていただいてもいいだろうか?」

 

「おう、もちろんだ! 少なくとも結論が出るまではここに滞在して構わないからな!」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って、ベニマル(仮)は仲間たちに目配せをし、森の方向へ歩き出した。

 

ベニマル(仮)が森の暗がりへと消えていく背中を見送りながら、過去の俺が少し不安そうに頭をかいた。

 

「……あちゃー、即決とはいかなかったか。やっぱりいきなり『一緒に戦おう』なんて、怪しすぎたかな?」

 

「いや、妥当な反応だよ。一族を滅ぼされた直後なんだ、次の主君を選ぶのに慎重になるのは当然だろ。……それに、俺という『正体不明の存在』もいるしな」

 

俺は苦笑いしながら、森の暗がりに向けて視線を投げた。 気配を消しているつもりだろうが、今の俺の『魔力感知』からは逃れられない。少し離れた大樹の影で、彼らは足を止め、深刻な様子で話し合っているようだった。

 

「ちょっと、様子を見てくるよ」

 

「え、大丈夫か? あんまり刺激しない方が……」

 

「わかってるさ。危害を加えるつもりはない」

 

過去の俺に軽く手を上げ、俺は音もなく立ち上がった。

 

 

 

 

森の静寂の中、蒼い髪の隠密――後のソウエイが、音もなくベニマルの傍らに立った。

 

「悪くない提案だが、最終的に決めるのはお前だ。我々は姫様とお前の決断に従う」

 

「……わかっている」

 

ソウエイの言葉に、ベニマルは短く応えた。 一族の再興、守るべき姫、そして目の前に現れた「二人のスライム」という理外の存在。 ベニマルはもう一度、リムルたちが待つ村の明かりを見つめた。

 

「あのスライム、リムル殿からは嘘の気配がしない。そして、あの親戚だという強大な片割れ……。あの方なら、我らの無念すら容易く飲み込み、新しい道を示してくれる気がするのだ」

 

ベニマルは深く息を吐き出し、言葉を絞りだした。

 

「そうか。わかった」

 

ソウエイが再び影へと溶け込んだ後、ベニマルは木肌に拳を押し当て、悔しさを滲ませていた。

 

「俺に……俺に力さえあれば、親父殿は……!」

 

その、絞り出すような絶望。 自らの無力さを呪うその声は、かつての俺が聞き届け、そして彼らと共に乗り越えてきた痛みそのものだった。

 

「――力、か。それは時に残酷なまでに、全てを決定づけるものだ。そうだろう?」

 

「っ!? 何奴だ!」

 

俺の声に反応し、蒼い髪の隠密が即座に影から飛び出し、その手にした苦無(くない)を俺の喉元へ突き出そうとする。 流石の身のこなしだが、今の俺からすれば止まっているのと同義だ。俺は一歩も動かず、ただその殺気を霧散させた。

 

「待て、ソウエイ! ……いや、その方は、リムル殿の御身内と言っていた……!」

 

紅い髪の若者が慌てて制止に入る。 蒼髪の隠密――今の彼らは名を持たないはずだが、つい癖で名前を呼びそうになり、俺は内心で冷や汗をかいた。危ない危ない、因果律に触れるところだった。

 

「……おっと、警戒しないでくれ。俺はただ、君たちの覚悟を確認しに来ただけだ」

 

俺があえて覇気を極限まで抑えつつ、両手を広げて見せると、その気配に引き寄せられるように、残りのオーガたちも次々と姿を現した。

 

「兄上! 戻るのが遅いので心配いたしましたが……これは一体?」

 

桃色の髪をなびかせた清楚な美少女――後のシュナが、不安げな表情で兄の隣に並ぶ。 その背後には、鋭い眼光を持つ老剣客、棍棒を携えた紫髪の美女、そして無骨だが誠実そうな職人の男。 かつて、俺の国の柱となった者たちが、まだ何者でもない姿でそこに揃っていた。

 

「……先ほどの宴の席では、失礼をいたしました。ですが、我らの若君に不遜な問いを投げかけないでもらおうか」

 

老剣客が油断なく腰の刀に手をかける。 凄まじい技量だ。名付け前でこれほどの気迫、やはりこの者たちは逸材という他ない。 だが、先ほどの過去の俺による対応と、俺が食事の席で見せた無害な振る舞いの影響か、彼らの敵意は宴の時よりもずっと薄れていた。

 

「不遜、か。確かにそうかもしれない。だが、君たちの主君になろうとしている『彼』は、本気で君たちを救おうとしている。それは俺が一番よく知っているんだ」

 

俺は紅髪の若者を見つめた。 彼は、俺の瞳の奥にある「何か」を探るようにじっと見返してくる。

 

「……貴殿は、何故そこまで我らに構う? 確かに貴殿からは、リムル殿と同じ、あるいはそれ以上の強大かつ温かな気配を感じる。だが、我らには捧げるべき故郷も、誇れる財も、もう何もないのだぞ」

 

「財なんて必要ないさ。君たちがその魂に宿している、仲間を思う『誇り』。それさえあれば、あいつ……リムルは十分すぎるほど満足するはずだ」

 

俺はそう言って、彼らの輪の中に一歩踏み込んだ。

ベニマルたちは思わず身を固くしたが、俺から敵意がないことを悟ったのか、武器を抜くことはなかった。

シュナに至っては、俺から漏れ出る魔素の波長に心地よさすら感じているのか、警戒心を解いて小さく頷いている。

 

「復讐のために力を使うのもいいだろう。だが、その力の先にあるものを、あいつと一緒に見つけてほしいんだ。……どうかな、赤毛の若きリーダー。あいつを信じてみる気はないか?」

 

俺の言葉に、若者は沈黙した。 だが、その瞳に宿っていた絶望の火は消え、代わりに新しい「意志」が灯り始めているのが分かった。

 

「……信じてみる、か。……ふっ、不思議な御方だ。貴殿を見ていると、自分の迷いが馬鹿らしくなってくる」

 

若者は自嘲気味に笑い、それから仲間の顔を見渡した。 シュナたちが、力強く頷く。

 

「……決めた。リムル殿のもとへ戻ろう。……貴殿も、共に来てくれるのだろうな?」

 

「ああ、もちろんだ。……あ、それから」

 

俺は歩き出した彼らの背中に、少しだけ茶目っ気を込めて付け加えた。

 

「俺のことは、名前で呼んでくれて構わない。リムル、でいいよ」

 

「……リムル、様……か」

 

若者はその響きを噛みしめるように呟いた。 どうやら、彼らの「覚悟」は決まったらしい。 よしよし、これで一安心だ。俺はシエルと内心でハイタッチを交わしつつ、過去の俺が待つ焚き火へと戻ることにした。

 

 

 

 

宴が明けた翌朝。 村の広場には、オーガ六人が俺と過去の俺の目の前に集まっていた。

 

「元々、我らオーガは戦闘種族です。誰かの下について剣を振るうことに抵抗はありません。それが強者とあれば、尚のことです」

 

その言葉と同時に、オーガ達は一斉にひれ伏した。

 

「どうか我々を、あなたの配下に加えてください」

 

それを見た俺は、懐かしい記憶を思い返していた。あの時、力及ばずに郷を守れず、悔しい思いを滲ませていた彼らの姿が再びそこにあった。 俺は胸が締め付けられる想いを感じたが、それは恐らく、隣にいる過去の俺も同じだろう。

 

「わかった。全員、俺の配下となった証をやろう」

 

過去の俺がそう宣言したとき、すかさず俺は『思念伝達』を繋いで忠告を入れた。

 

(おい、オーガ達に名付けをするんだな。恐らく今回は、数日間スリープモードになると思うから注意しろよ)

 

(えぇ!? 五、六人だから平気かと思ってたんだけど、そんなに動けなくなるのか!?)

 

(あぁ。オーガは元々が上位の魔物だから、持っていかれる魔素量も桁違いなんだ。それに、俺の……いや、おまえの名付けが無事に出来てたのは、胃袋の中にいるヴェルドラが魔素を貸してくれて、大賢者が完璧な計算を行っておまえを守ってくれてたからなんだぞ?)

 

(ヴェルドラが……!? あいつ、ただ引きこもってるだけじゃなかったのか……)

 

過去の俺が驚愕し、自分の腹部をまじまじと見つめる。 その無知ゆえの反応に、俺は思わず苦笑した。

 

(まあ、あいつも魔素を貸し出すのは相当な苦痛が伴ったみたいだからさ。次会った時は感謝しとけよ? ……で、本題だ。今回は、俺は手助けを行わないつもりだ)

 

(手伝ってくれないのか?)

 

(ああ。ここは自分の力で名付けを行った方が良いと思うんだ。魂の繋がりってやつさ。もしもスリープモードになっても、その間の防衛は俺に任せておけ)

 

(……わかった。未来の俺がそこまで言うなら、やってみるよ。ヴェルドラにも……いつかちゃんと礼を言わないとな)

 

過去の俺はそう言うと、少しだけ震えていた手を力強く握りしめ、再びオーガたちの前に立った。 その背中には、まだ未熟ながらも、一つの運命を背負おうとするリーダーとしての覚悟が滲んでいた。

 

「ベニマル、シュナ、シオン、ソウエイ、ハクロウ……。そしてクロベエ。おまえたち、顔を上げろ!」

 

過去の俺が一人一人の名を、一文字ずつ噛みしめるように呼んでいく。

その瞬間、彼の体内から膨大な魔素が引き出され、周囲の空気が重く震え始めた。

 

「――おまえたちに、俺の仲間としての『名』を授ける!」

 

光が溢れ出した。

かつての俺が経験した、あの凄まじい魔素の喪失感。胃袋の奥でヴェルドラの魔素が呼応し、大賢者が緻密な演算で過去の俺の個体情報を維持しようと奮闘しているのが、今の俺には手に取るようにわかる。

 

(……頑張れよ、俺。ここを乗り越えてこそ、あいつらとの本当の絆が結ばれるんだからな)

 

俺はあえて手出しをせず、ただ静かに見守った。 やがて、六人を包み込んだ光の繭がその輝きを増し、それと引き換えに過去の俺の気配が急激に弱まっていく。

 

「……っ。あ、れ……。急に、眠気が……」

 

膝をつきそうになる過去の俺。その様子を見て、名付けの光に包まれていたベニマル達が慌てて声を上げる。

 

「リムル様!」 「リムル様!? 大丈夫ですか!?」

 

その限界を見極めた俺は、倒れる直前の彼の体を優しく支えた。

 

「よくやった。あとはゆっくり休んでろ。……おまえが目覚めるまで、どんな敵だろうとこの村は指一本触れさせやしないよ」

 

「……悪い……頼む、ぜ……」

 

過去の俺は、安心したように深い眠り――スリープモードへと落ちていった。

 

俺は彼をオーガたちに預け、静かに村の広場の中央に立った。

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