【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第五章 交差する未来と背負いし魔王の業

執務館の大会議室。

 

そこには、すでにベニマル、シオン、ソウエイ、ハクロウ、ゲルド、ガビル、そしてリグルドやカイジン、さらには俺の知る歴史どおり見事に完全回復薬(フルポーション)の抽出を成功させたばかりのベスターといった主要な幹部たちが円卓を囲み、水を打ったような静けさの中で待機していた。

 

上座には過去の俺が鎮座し、その影にはランガが静かに控えている。俺はその隣に立って皆の準備が整うのを待つ。

 

全員の視線が集中する中、俺はゆっくりと口を開いた。

 

「急に集まってもらってすまない。早速だが……いよいよ迫り来るファルムス王国の大軍勢に対する、俺の出した具体的な『対策案』について話そうと思う」

 

俺の言葉に、幹部たちの間に微かな緊張が走る。 だが、俺はそこで一度言葉を切り、彼ら一人一人の顔を真っ直ぐに見渡した。

 

「しかし、これから話すのはあくまで『俺が考えた一つの案』に過ぎない。俺はこの案について、皆から忌憚のない意見を貰いたいと思っている」

 

「忌憚のない意見、ですか?」

 

ベニマルが真剣な眼差しで問い返す。

 

「ああ。未来から来た俺の言うことだからって、無条件で従う必要は全くない。過去の俺も、ここにいる皆も……これから俺が話す内容を聞いて、少しでも納得いかない部分や反対意見、あるいは『もっと良い案』があれば、遠慮せずにどんどん言ってくれ。テンペストの今後のあり方を決める、極めて重要な話だからな」

 

俺が力強く告げると、幹部たちは一瞬だけ驚いたような顔を見せた後、深く、そして頼もしい笑みを浮かべて次々と口を開いた。

 

「おおおお……! 我らごときの意見をそこまで重用してくださるとは……っ! このリグルド、身に余る光栄に存じますぞ! テンペストの代表として、全身全霊で知恵を絞らせていただきます!」

 

リグルドが案の定、滝のような感涙を流しながらも、その筋骨隆々な胸を力強く叩いてみせる。

 

「御意。影に潜む身なれど、事前の情報収集や戦術の観点から、いささかの妥協もなく精査させていただきましょう」

 

ソウエイが腕を組み、冷徹な瞳に知的な光を宿して静かに頷いた。

 

「我ら猪人族(ハイ・オーク)も同じです。二人のリムル様が描く理想を守るためならば、いかなる重責であろうと背負う覚悟があります。ですが、その作戦が本当に我らの守るべきものを確実に守り切れるものなのか、恐れ多いですが検討させていただきます」

 

ゲルドが重々しく、しかし絶対の忠誠と覚悟に満ちた声で同調する。

 

「承知いたしました。我らもテンペストの幹部としての誇りを持っています。主の案であれ、万に一つも穴があれば容赦なく指摘させていただきましょう」

 

ハクロウも目を細めて頼もしく笑い、カイジンやベスターたちも真剣な表情で力強く同意を示した。

 

「未来の俺らしいな。……わかった、俺も対案や指摘があれば遠慮なく言わせてもらうぜ」

 

過去の俺が嬉しそうに応じ、影の中からランガも「オゥン!」と力強く同意の鳴き声を上げた。

 

「よし。それじゃあ、会議を始めよう」

 

皆の覚悟と意志を確認した俺は、卓上に広げられたテンペスト周辺の広域地図を一瞥し、本題へと切り込んだ。

 

「まずは、未来の俺が本来の歴史でどのようにファルムス軍に対応したか、その確認からしていこう」

 

俺が卓上の地図から顔を上げ、静かな声で切り出すと、幹部たちは水を打ったように静まり返り、背筋を伸ばして耳を傾けた。

 

「以前の会議で、俺が二万のファルムス軍を一人で皆殺しにして魔王へと進化し、その進化の秘術を使ってシオンたち犠牲者を生き返らせた……という話まではしたな」

 

「はい。その凄惨な未来を回避し、全員が生き残るためにこそ、我らはこうして備えている次第です」

 

ベニマルが重々しく頷く。シオンも、本来の歴史では己が一度命を落とすという事実を噛み締めるように、真剣な表情で口を引き結んでいた。

 

「ああ。だが――実はその後の西側諸国に対してどのような対応をしたのかを俺はまだお前たちに詳しく話していなかったんだ」

 

俺がそう告げると、会議室の空気が微かに揺らいだ。

 

「その後、ですか?」

 

ソウエイが鋭い視線を向け、ハクロウやゲルドたちも訝しげに眉をひそめる。

過去の俺も、スライムの体を少し傾け、不思議そうに声を上げた。

 

「西側諸国って……俺が魔王になった後、攻めてきたファルムスだけじゃなくて、周りの人間の国全体を相手に何か仕掛けたのか?」

 

幹部たちも、主のその疑問に同調しつつ、国一つに留まらない話の規模の大きさに息を呑んで沈黙し、俺の次の言葉を待っていた。

 

「いや、むしろ逆だな」

 

俺はゆっくりと首を横に振った。

 

「俺たちが先手を打って対策をしなければ、いずれ西側諸国全体からこのテンペストへ仕掛けてきていたはずだ」

 

「向こうから……ですか?」

 

ベニマルが怪訝そうに眉を寄せる。俺は卓上に広げられた西側諸国の地図をトントンと指先で叩き、言葉を続けた。

 

「例えば、人間の立場になって客観的に考えてみてほしい。仮にファルムス王国から先に不当な侵略を仕掛けてきた防衛戦であり、全面的に向こうに非があったとしてもだ。結果だけを見れば、『二万の人間をたった一人で皆殺しにした、得体の知れない魔物の国』が突如として誕生したことになる」

 

俺はそこで言葉を区切り、円卓を囲む幹部たちの顔を真っ直ぐに見渡した。

 

「そんな恐ろしい真似をしでかした魔物の国と、今後も手を取り合って国交を結びたいと思う人間の国が……果たしてあると思うか?」

 

俺の問いかけに、会議室は文字通り水を打ったように静まり返った。 誰もがその言葉の重みと、人間社会の冷酷な現実を瞬時に理解したのだ。

 

「……確かに。俺が人間の王様だったとしても、そんなヤバい魔物の国とは関わりたくないし、なんなら聖教会に泣きついて討伐軍を結成してくれって頼むかもしれないな……」

 

過去の俺が、スライムの体を縮こまらせて身も蓋もない正論をぽつりとこぼす。

 

「過去のリムル様の仰る通りかと存じます」

 

元ドワルゴン王国の重鎮であり、人間の王侯貴族の思考にも通じているベスターが、重々しい面持ちで口を開いた。

 

「人間の権力者は、恐怖と保身によって動く生き物です。強国ファルムスの大軍がたった一日で消滅したと知れ渡れば、西側諸国は未曾有のパニックに陥ります。間違いなく西方聖教会を中心に『反テンペスト』の巨大な十字軍が結成され、人類対魔物の泥沼の全面戦争に突入していたでしょう」

 

「なるほど。相手にどれほど非があろうと、我々は人間から見ればただの『人類の脅威』として映るというわけですか……。理不尽ではありますが、それが我々魔物の考えとは違う、人間の考え方というわけですな」

 

ハクロウも目を細め、忌々しそうに、だが冷静に分析する。

 

「その通り。どんなにこちらが『手を出されたからやり返しただけだ』と主張しても、二万の死体という圧倒的な恐怖の前では、人間の国は俺たちの声になんか耳を貸さない」

 

俺が深く頷くと、幹部たちの間に重苦しい沈黙が降りた。

 

「そこで、当時の俺たちがとった作戦がある」

 

俺は重苦しい空気を意図的に切り裂くように、ニヤリと笑みを浮かべてみせた。 幹部たちの視線が、期待と緊張とともに一点に集まる。

 

「俺が一人で皆殺しにしたという真実は伏せ……『二万の軍勢は全て、復活した暴風竜ヴェルドラが殺害した』ことにしたんだ」

 

「……は?」

 

過去の俺が、間の抜けた声を出して目を丸くした。 会議室の幹部たちも、一瞬何を聞かされたのか理解できないというように固まった。

だが、いち早くその言葉の真意と、裏に隠された絶大な政治的効果に気づいた者がいた。ベスターだ。

 

「ぼ、暴風竜……ヴェルドラ、様……! な、なるほど……っ!!」

 

ベスターはガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、興奮に顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「どういうことだ、ベスター?」

 

カイジンが驚いて尋ねると、ベスターは震える手で机を叩きながら解説を始めた。

 

「考えてもみてください! 人間にとって、竜種とは大自然の脅威、すなわち『天災』そのものです。地震や台風で人が死んだからといって、大自然に戦争を仕掛ける愚か者はいません! 『相手が暴風竜であれば仕方がない』『触らぬ神に祟りなし』と、どれほど凄惨な結果であろうと西方諸国は強引に納得させられてしまうのです!」

 

「そういうことだ」

 

俺はベスターの完璧な解説に頷き、指を鳴らした。

 

「西方諸国の恐怖の矛先を、『新興の魔物国』から『絶対不可侵の天災』へとすり替える。その上で、俺たちはあくまで『自国で復活してしまったヴェルドラの怒りを鎮め、なんとか宥めている、無害で友好的な国』という建前を西側諸国に突きつけた。……これなら、人間の国は恐怖で手出しできないし、聖教会も迂闊に討伐軍なんて組めないだろ?」

 

「……恐れ入りました。あまりにも図太く、そして完璧な盤面操作……。背筋が凍るほどの見事な策です」

 

ハクロウが感嘆の溜息を漏らし、深く頭を下げる。

 

「なるほど……。我らはあくまで被害者であり、巨大な天災をどうにか抑え込んでいる防波堤として振る舞うわけか。確かにそれならば、人間どもは我らに感謝こそすれ、敵対しようとは考えまい」

 

ベニマルも顎に手を当て、痛快そうに口角を吊り上げた。

 

だが、すぐにその場にいた全員の顔に、ある「決定的な疑問」が浮かび上がった。

 

「しかし……お待ちください、未来のリムル様」

 

恐る恐る口を開いたのは、元ドワルゴンの重鎮であるベスターだった。

 

「その作戦の恐ろしさと完璧さは理解いたしました。ですが……大前提として、暴風竜ヴェルドラ様は突如として消失し、完全に消滅したと西方聖教会も結論づけております。都合よく『復活した』などと言って、人間たちが信じるでしょうか?」

 

「それに、相手はあの気まぐれな天災ですぞ。我らの都合の良いように、犯人役を被ってくれるはずが……」

 

ハクロウも眉をひそめ、至極真っ当な疑問をぶつけてくる。

 

その時だった。 上座にいた過去の俺が、俺に目線を送りながら慌てたような思念を飛ばしてきた。

 

(お、おい未来の俺! まさかお前、ここで『あの事』をみんなにバラすつもりか!?)

 

(ああ。ファルムス戦の直後にはどうせ出てきてもらうんだ。そろそろ幹部たちには共有しておかないと、今後の作戦の前提が崩れるからな)

 

俺が念話でそう返すと、過去の俺は「マジかよ……」と困惑した様子だった。

幹部たちが不思議そうに俺たち二人の様子を見守る中、俺は意を決して、今日一番の爆弾を投下することにした。

 

「お前たちの疑問はもっともだ。だが、問題ない。なぜなら……ヴェルドラは消滅なんかしてないからな」

 

「それはどういう…」

 

「ずっと俺の……正確には、過去の俺の『胃袋』の中で、封印を解くための解析をしながら大人しくしてるんだよ。そして本来の歴史では、俺が魔王に進化した直後にその解析が完了して、無事に復活を果たす。だから、タイミングとしても完璧に辻褄が合うんだ」

 

しん、と。 会議室が、文字通り凍りついた。

 

「…………え?」

 

最初に声を出したのは、ベニマルだった。彼の口はぽかんと開き、鋭い瞳は限界まで丸くなっている。

 

「い、胃袋……? リムル様の、体内に……?」

 

シオンが震える指で、気まずそうに目を逸らしている過去の俺を指差す。

 

「あ、あのジュラの大森林の絶対的守護竜が、ずっと、この町に、我らのそばに……?」

 

リグルドは白目を剥きかけており、ベスターに至ってはパクパクと金魚のように口を動かした後、そのまま静かに椅子から滑り落ちて気絶しかけていた。

 

「お、驚かせて悪かったな! でも本当なんだ! お互いに名付け合った『盟友』として、俺の中でずっと生きてるんだよ!」

 

過去の俺が慌ててフォローを入れるが、幹部たちの混乱はピークに達していた。

無理もない。自分たちが心から敬愛する主のスライムが、実は世界を滅ぼしかねない絶対的な天災を体内に飼っていたなど、常識の範疇を軽々と超越しているのだから。

 

「ちなみに、ヴェルドラの奴がそんな大虐殺の犯人みたいな役回りを素直に引き受けてくれるのかって疑問についてだが……」

 

俺は、限界を超えた驚きで石像のように固まっている幹部たちに向かって、呆れたように肩をすくめてみせた。

 

「あいつは、俺の業(カルマ)を共に背負うって二つ返事で快諾してくれたよ。だから心配いらない」

 

「ヴェルドラが…そんなことを……」

 

過去の俺が思わず言葉を漏らす。その、恐れ多き天災との間に結ばれた深く強固な絆を前に、ハクロウやカイジンをはじめとした幹部たちは、深い感嘆の溜息を漏らした。

 

「ホッホッホ……。これは恐れ入りましたな。まさか我らが主が、あの天災とそこまでの信頼関係を築き上げておられたとは」

 

「まったくだ。リムルの旦那の器のデカさには慣れてたつもりだったが、今回ばかりは底が知れねえぜ……!」

 

ベニマルも目を丸くして天を仰ぎ、やがて頼もしき主の姿に、口元へ不敵な笑みを浮かべた。

 

「……なるほど、暴風竜ヴェルドラの復活。 それほどの切り札があるならば人間どもは一切手出しできず、我らは被害者の皮を被ったまま、西側諸国を逆に牽制できるというわけですか。」

 

会議室の空気が、恐怖と驚愕から、底知れぬ自信と高揚感へと完全に塗り替わっていく。

 

「そしてだ。わざわざこの話をしたのは、これを今回の作戦にも生かすからだ」

 

俺が口角を吊り上げてそう告げると、会議室の空気が一段と張り詰めた。 ベニマルやハクロウたちが、ごくりと息を呑んで次の言葉を待つ。

 

「計画はこうだ。ファルムス軍がこのテンペストに到着する前……街道をのこのこ進軍してきている最中に、俺が空へ大々的に『ヴェルドラの幻影』を展開する。

そして、あたかもその暴風竜が逆鱗に触れて暴れ狂っているように見せかけながら、実際の攻撃は過去の俺が放ち、ファルムス軍を始末する」

 

「な、なるほど……! 幻影のヴェルドラが暴れてる裏で、俺が軍勢を殲滅するのか!」

 

過去の俺が、驚きの声を上げる。

 

「そうだ。お前が魔王へ至るための魂を刈り取る事実は変わらない。だが、その後だ」

 

俺は卓上に手をつき、幹部たちへ向かって静かに話を続ける。

 

「始末した後、ファルムス軍の『犠牲者』たちを復活させる。そして、絶望と恐怖の中で蘇った奴らの目の前で……過去の俺が、暴れ狂うヴェルドラの幻影をたしなめてみせるんだ」

 

「……っ!」

 

「そうすれば、ファルムスの連中から見ればどう映る? 『怒り狂う絶対的な天災から、自分たちの命を救い、宥めてくれた慈悲深き存在』……。理不尽な暴力から人間たちを救ってくれた『救世主』の完成というわけだ」

 

俺が作戦の全貌を語り終えた瞬間、会議室は凄まじい静寂に包まれた。 そして数秒後――。

 

「……なるほど」

 

沈黙を破ったのは、ベニマルの低く、ひんやりとした声だった。

 

「人間どもの欲と恐怖を完全に裏目に出させ、徹底的に心をへし折った上で、リムル様に感謝すらさせる。……我らの平穏を脅かそうとした愚か者どもには、これ以上ないほど完璧な作戦ですね」

 

ベニマルが口元に酷薄な笑みを浮かべ、静かに目を光らせる。

 

「ええ。憎きファルムスの軍勢に、己らの愚行の代償をたっぷりと味わわせてやりましょう」

 

シオンも静かに立ち上がり、その瞳に底知れぬ怒りと、主への絶対的な忠誠を宿して深く頷いた。

 

「御意。相手の戦力を削ぐだけでなく、その後の精神的優位と大義名分すらも完全に掌握する……。諜報と工作を担う身として、これほど恐ろしく、かつ美しい盤面は見たことがありません」

 

ソウエイが、普段の冷徹な仮面の下に静かな感嘆の息を漏らした。

 

「全くです。当初予定していた迷宮(ダンジョン)での防衛すら通り越し、街道で絶望を叩き込んだ上で救済を与えるとは。未来のリムル様は、恐ろしいほどに人間という生き物を熟知しておられる」

 

ゲルドも深く頷き、感服したように目を閉じる。

 

幹部たちが一様に、この「飴と鞭」を極限まで肥大化させた悪魔的とも言える策に対し、静かな怒りとともに絶対的な賛同を示していた。

 

だが、俺はそこで一つ、わざと重苦しい溜息を吐き、会議室の空気を一段と重くした。

 

「……だが、この策にはもちろんデメリットもある」

 

俺の低い声に、ベニマルたちの視線が一斉にこちらへ向く。 俺は卓上の地図から視線を外し、隣で静かに話を聞いている『過去の俺』を見下ろした。

 

「一番の問題点は……俺の経験した歴史と全く変わらずに、お前自身に『二万人の人間を直接殺害する』という重い業を背負わせ、その経験をさせてしまうという点だ」

 

しん、と。 先ほどまでの熱気が嘘のように、会議室が静まり返った。

幹部たちの視線が一斉に、上座の過去の俺へと集まる。二万の命を奪う。それは、いくら敵対する軍勢であり、最終的に蘇生させる前提であったとしても、実行する者の精神には想像を絶する負荷と消えない傷を刻み込む行為だ。

彼らは皆、自分たちが敬愛してやまない心優しい主が、その血塗られた引き金を自らの手で引かなければならないという事実に気が付き、痛切なまでのやりきれなさを感じていた。

 

「……悪いな、俺」

 

俺は、自分自身に対して頭を下げた。

 

「……テンペストの被害を完全にゼロに抑え、シオンたちを死なせず、そして俺の知る歴史から大幅に逸脱しないという条件の上で、西側諸国を牽制して今後の主導権を握るには、これ以上の策は思い浮かばなかったんだ」

 

蘇生させるからといって、殺す感触が消えるわけではない。

人間の悪意を一身に浴び、圧倒的な暴力で命を刈り取るあの冷たい感覚を、俺はこの過去の平和な俺にもう一度味合わせようとしているのだ。

 

「だから、最初に言った通りだ」

 

俺は頭を上げ、過去の俺、そして重苦しい沈黙に包まれた幹部たちをもう一度見渡した。

 

「これが絶対に正しいわけじゃない。もしもこの方針に少しでも不満があるか、あるいは『俺に二万人を殺させない』ための別の良い策があれば……過去の俺も、みんなも、遠慮せずに何か意見をくれ」

 

しん、と静まり返った会議室で、最初に口を開いたのは――他でもない、当事者である『過去の俺』だった。

 

「謝るなよ、未来の俺」

 

過去の俺が立ち上がって俺の肩に手を置く。その声には、迷いや恐怖といったものは一切混じっていなかった。

 

「確かに、二万人の人間を殺すってのは……正直、ビビるし、気持ちのいいもんじゃない。日本の平和なサラリーマンだった俺からすれば、想像もつかないくらい恐ろしいことだ」

 

そこで一度言葉を切り、過去の俺は円卓を囲む幹部たちの顔を順番に見つめ、静かに言葉を紡いだ。

 

「でもな。前に一度、お前から『二万のファルムス軍を皆殺しにした』って話を聞いた時から、なんとなく予想はついてたんだ。俺がこの国の長として、皆を守っていくにはどうしても俺自身がその『業』を背負わなきゃならない時が来るんじゃないかって」

 

「……!」

 

「だから、お前が色々と考えてくれている間に、俺たちもみんなで、お前のいないところで話し合って……とっくに覚悟を決めておいたんだよ」

 

過去の俺の言葉に、ベニマルやハクロウたち幹部が静かに、しかし力強く頷いた。

その様子を見て、俺はハッと息を呑んだ。

 

彼らが先ほど見せたあの冷酷なまでの賛同は、決して俺に業を背負わせる事実から目を背けていたわけではなかったのだ。

とうにその覚悟を決めた上で、俺の提示したあまりにも完璧な道筋に対し、彼らなりの最大限の敬意と、背中を押すための強がりを示してくれていたのである。

 

「だからさ。俺がその『業』を背負うことで、シオンや町のみんなが誰一人欠けることなく笑って生きていられるなら……俺は喜んでこの手を汚すよ。俺は、お前たちの主で、この国の王様なんだからな」

 

「リムル様……っ」

 

シオンが両手で口元を覆い、ボロボロと大粒の涙をこぼした。

 

「もったいなきお言葉……。我らの命を繋ぐため、主ご自身にそこまでの重荷を背負わせてしまう己らの無力さが、ただただ不甲斐なく、歯痒うございます……っ」

 

ベニマルがギリッと唇を噛み締め、深く頭を下げる。 ハクロウやゲルドたちも、沈痛な面持ちでそれに続いた。

 

「勘違いするなよ、ベニマル。お前たちが無力なわけじゃない」

 

俺は、幹部たちの自責の念を払拭するように、はっきりとした声で告げた。

 

「俺がお前たちに殺しを任せないのは、優しさからだけじゃない。魔王へ進化し、死者を蘇生させるほどの絶対的な力を得るためには、魔王の種を持つ『俺自身』が、直接その手で大量の魂を刈り取らなきゃならないんだ。これは、この世界の絶対的なルールだからな」

 

「……我らには、代わって差し上げることも叶わぬと」

 

ソウエイが、悔しそうに微かに顔を歪める。

 

「だから、お前たちはお前たちの仕事を全力でこなしてくれ。万が一の際の迷宮での防衛、各所に散るであろうファルムス軍の分遣隊の処理、そして……魔王への進化が始まって俺が完全に無防備になった時、このテンペストを何があっても守り抜くこと」

 

俺の言葉に、幹部たちは一斉に顔を上げ、かつてないほど強固な忠誠と闘志をその目に宿した。

 

「ハッ! この命に代えましても、必ずや!」

 

「我らが主の御心が少しでも安らぐよう、我らは最強の盾となり、そして剣となりましょう!」

 

力強い幹部たちの決意表明を聞き、過去の俺も「頼りにしてるぞ、みんな!」と声を上げた。

その頼もしい姿を見て、俺(未来)もようやく肩の力を抜き、フッと口角を上げた。

 

「よし。これで大枠の方針と、全員の覚悟は完全に固まったな。……それじゃあ、ここからは具体的な役割分担と、タイムスケジュールのすり合わせに入ろう」

 

そういって俺たちは入念な打ち合わせを続けていった。

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