【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第八章 王都イングラシアと自由組合の総帥

――その頃。

西側諸国の中心地、イングラシア王国の王都にそびえる自由組合(ギルド)本部。

その最上階にある総帥(グランドマスター)の執務室では、二人の男が密かに言葉を交わしていた。

 

「はぁ!? あのスライム、今ブルムンドにおるんかい!」

 

飄々とした関西弁のような口調で素っ頓狂な声を上げたのは、道化の面を被った男――中庸道化連の副会長、ラプラスだ。

彼は窓枠に腰掛け、信じられないものを見るような目で、デスクに向かっている青年を見下ろした。

 

「正確には、昨日までブルムンドにいたらしいよ。こっち(イングラシア)のギルド本部に、冒険者登録の情報が送られてきたからね。……早ければ、あと数日でこの王都に着くかもしれない」

 

書類から目を離さず、淡々と答えたのは自由組合の総帥、神楽坂優樹(ユウキ・カグラザカ)。

その顔には、表向きの爽やかな好青年の笑みはなく、冷徹な策士としての底知れぬ光が宿っていた。

 

「よりによって西方聖教会の本拠地でもあるこのイングラシアに、魔物の国の主が自らのこのこやって来るやて? 自殺願望でもあるんかいな、あのスライムは」

 

「シズ先生の未練だった『子供たち』の件だろうね。先生の姿と仮面を受け継いだなら、絶対にここへ来ると思ってたよ。……クレイマンの計画を潰してくれたスライムが、一体どれほどの力と知恵を持っているのか、直接見極めさせてもらうとしようか」

 

ユウキが不敵に口角を吊り上げるのを見て、ラプラスはやれやれと肩をすくめた。

 

「まあ、ボスがそう言うんならええけどな。せっかくの獲物、向こうから飛び込んで来てくれるんやったら手間が省けるっちゅうもんや。……ほな、ワイはワイの仕事を片付けてくるわ。近々、西方聖教会の中枢に潜入しようと思うとるからな」

 

「ああ、頼むよラプラス。聖教会の内部事情と動向は僕たちの計画にも不可欠だ。くれぐれも、あの聖騎士団長…ヒナタ・サカグチには見つからないようにね」

 

「わぁっとるわ。ワイの逃げ足の速さを舐めたらアカンで!」

 

ラプラスがおどけたように笑い、そのまま空間の歪みへと身を沈めて音もなく姿を消す。

誰もいなくなった執務室で、ユウキは手元の書類を置き、窓の外に広がる王都の街並みを見下ろした。

 

「さあ、お手並み拝見といこうか。リムル=テンペスト」

 

この数日後、やってきたスライムの二人組によって、己の理想も組織の運命も根底からひっくり返されることなど、今のユウキは知る由もなかった。

 

 

 

 

ブルムンド王国を出発してから数日後。

俺たちの乗る馬車は、西側諸国の中心地――イングラシア王都の巨大な防壁へと到着した。

 

人間社会の最高峰とも言える大都市への入国審査だが、手続き自体は拍子抜けするほどあっさりと進んだ。

ただ一つ、入国管理の審査官が過去の俺の冒険者カードを確認した時だけは、少しばかり妙な空気になった

仮面をつけた過去の俺の背格好と、カードに刻まれたランクを交互に見比べた審査官は、「こ、こんな可愛らしいお嬢ちゃんが、Bランクの冒険者……!?」と目を丸くして完全に固まってしまったのだ。

俺の時も大丈夫だったから今回も問題ないだろうと事の成り行きを眺めていたら、カバルたちが「まあ、俺たちの凄腕の助っ人なんだよ」と苦笑いで誤魔化し、なんとか無事に王都のゲートをくぐり抜けることができた。

 

王都イングラシア。

防壁の内側に広がる景色は、ブルムンドの牧歌的な街並みとは一線を画していた。

規則正しく区画整理された石畳の道に、ガラス窓が惜しげもなくはめ込まれた高層のレンガ建築。

魔素を動力源とする街灯や近代的な設備が立ち並ぶ光景に、過去の俺は「おおっ……すげえな」と感嘆の声を漏らしてキョロキョロと周囲を見回している。

この時代のテンペストも急ピッチで発展しているとはいえ、長年培われてきた人類の英知の結晶たるこの王都の完成度には、素直に舌を巻くしかない。

 

本来ならこのまま自由組合(ギルド)本部へ挨拶に向かう予定だったが、王都に到着したのが夕暮れ時だったため、総帥(グランドマスター)への面会は翌日に持ち越すことになった。

 

カバルたちの案内で王都でも質の良い手頃な宿を取り、長旅の疲れを癒やすために部屋を分ける。

むさ苦しい男二人(カバルとギド)は当然のように別部屋へ追いやられ、見た目が美少女である過去の俺は、エレンと同室のツインルームに泊まることになった。

 

「ふふっ、リムルさんとお泊まり会みたいで楽しいですねー!」

 

長旅の汚れを落としてさっぱりしたエレンが、ご機嫌な様子でふかふかのベッドにダイブする。

 

「俺、中身はおっさんなんだけどな……」

 

過去の俺は呆れたようにぼやきつつも、数日ぶりの人間用の柔らかなベッドの感触に満更でもなさそうに身を沈めていた。

 

俺は影の中からその和やかな光景を見守っていた……のだが。

 

(……あっ)

 

突如、俺の脳裏に、すっぽりと抜け落ちていたある『超重要事項』が閃いた。

 

(おい、過去の俺。ちょっといいか?)

 

俺は慌てて、エレンに悟られないよう過去の俺にだけ『思念伝達』を繋いだ。

 

(ん?どうした未来の俺。こんな夜更けに。何かトラブルか?)

 

ふかふかのベッドでくつろいでいた過去の俺が、スッと少しだけ警戒の色を強めて念話を返してくる。

 

(トラブルってわけじゃないんだが……明日、自由組合の総帥、神楽坂優樹(ユウキ・カグラザカ)に会うだろ?あいつについて、一つ重大なことを言い忘れてた)

 

(重大なこと?シズさんの教え子で、気の良いオタク青年なんだろ?)

 

(それはあくまで『表向きの顔』だ。……実はあいつ、オークロード騒動の元凶だった魔王クレイマン、そのバックにいる『中庸道化連』の実質的なボスなんだよ)

 

(は?)

 

過去の俺の思考が、文字通り完全にフリーズしたのが伝わってくる。

俺は構わず言葉を続けた。

 

(中庸道化連だけじゃない。ユウキはその組織を通じて、クレイマンはもちろん、東の帝国や西側諸国の裏組織ともガッツリ繋がってる。この世界で数多の悲劇を引き起こそうと企んでいる、正真正銘の『黒幕』の一人だ)

 

(なっ……!?)

 

過去の俺が、ベッドの上でビクッと体を大きく跳ねさせた。

 

「ど、どうしたんですかリムルさん? 急に起き上がって」

 

「あ、いや! なんでもない! ちょっと足がつっただけだ!」

 

隣のベッドから不思議そうに顔を出したエレンを慌てて誤魔化しつつ、過去の俺は凄まじい勢いで念話を飛ばしてきた。

 

(お前なぁっ! なんでそんな超絶重要事項を、明日本人と面会するってこんなギリギリのタイミングで言うんだよ!?)

 

過去の俺は思念に驚きと怒りを乗せて返してくる。

 

(前に幹部会議をやった時に、ユウキの名前と『中庸道化連』って組織の話は同時に出てたけど、まさかクレイマンたちを束ねる実質的なボスで、そこまでヤバい黒幕だなんて聞いてないぞ!)

 

(悪い! あの時は東の帝国の『黒幕』の話やら、色々とデカい未来の情報を一気に詰め込みすぎただろ? その流れで、ユウキの裏の顔についてもとっくに詳しく伝えたつもりになっちゃってたんだよ……)

 

俺が平謝りすると、過去の俺は深々と(もちろんエレンにバレないよう心の中で)溜息をついた。

 

(……全く、しっかりしてくれよな。こっちの身にもなってくれ)

 

(まあまあ。俺とお前は同一人物なんだから、俺のやらかしは結局お前のやらかしってことで一つ)

 

(お前なぁ……!)

 

過去の俺が理不尽な言い分に呆れ返るのを感じつつ、俺は誤魔化すように小さく笑った。

 

(……はぁ。それで、明日はどうするんだ? ブルムンド王の時みたいに、恐らくユウキにも未来の話をするのか?)

 

過去の俺の真剣な問いに、俺は少しだけ思考を巡らせてから答えた。

 

(……結果的にはそうなると思うが。そうだな、段取りは……)

 

こうして俺たちは明日取るべき行動の段取りをして思念伝達を切った。

静寂を取り戻した部屋の中、過去の俺は隣のベッドでスヤスヤと眠るエレンの寝息を聞きながら、明日への緊張感と共に静かに目を閉じた。

 

 

 

 

翌朝。

俺たちは宿の食堂で朝食を済ませると、カバル、ギド、エレンの三人の案内で、王都の中心部へと足を向けていた。

 

「いやー、やっぱりイングラシアの朝は活気があるッスね!」

 

「買い食いしたいところだけど、まずはリムルさんの用事を済ませないとね!」

 

能天気な三人の背中を追いながら、過去の俺はシズさんの『抗魔の仮面』を顔に被り直し、少しだけ気負った面持ちで歩を進めている。

昨夜のうちに俺からユウキの『裏の顔』を聞かされているのだから無理もない。

だが、表向きはあくまで「シズさんの遺志を継いだスライム」として自然に振る舞わなければならない。

 

俺は気配を完全に遮断し、ソウエイの分身とランガと共に、過去の俺の影の中へ深く潜り込んで周囲の警戒を最大レベルに引き上げている。

 

やがて、整然とした街並みの中でも一際巨大で近代的な建造物が目の前にそびえ立った。

世界中の冒険者と情報が集う、西側諸国最大の組織の心臓部。

 

「着きましたぜ、リムルさん。ここが自由組合(ギルド)の本部です」

 

カバルの言葉に頷き、過去の俺は三人を伴ってギルド本部の自動ドア――魔素を動力とした近代的なガラス扉をくぐり抜けた。

広大なエントランスを抜け、忙しなく行き交う大勢の冒険者たちや職員の波を掻き分けながら、俺たちはまっすぐに受付カウンターへと向かった。

 

「ブルムンド支部からの紹介で、総帥(グランドマスター)に面会したい。シズエ・イザワからの伝言を預かっている」

 

過去の俺が冒険者カードを提示しながら静かに告げると、受付嬢は困惑したように目を瞬かせた。

 

「えっと……グランドマスターへの面会には、事前の予約が必要でして……それに、その……」 

 

受付嬢の視線が、過去の俺の子供のような容姿と、不気味な『抗魔の仮面』、そして不釣り合いなBランクの冒険者カードの間を忙しなく往復する。

 

その時だった。

 

「何か問題でも?」

 

凛とした、しかしどこか冷ややかな響きを持つ声とともに、一人の女性が奥から姿を現した。

尖った耳を持つ、息を呑むほどの美貌を誇るエルフ姿の女性だ。

ギルドの制服を隙なく着こなし、知的な雰囲気を漂わせている。

 

(……出たな。カガリ)

 

影の中に潜む俺は、彼女の姿を見た瞬間、警戒レベルをさらに一段階引き上げた。

自由組合の副総帥を務めるエルフの美女、カガリ。

だがその正体は、かつて魔王レオンに討たれた元魔王『呪術王(カザリーム)』であり、『中庸道化連』の創設者にしてユウキと共に中核を為す存在だ。

 

カガリは過去の俺の顔……正確にはその『仮面』を一瞥すると、微かに目を細め、すぐに営業用の完璧な笑みを浮かべて受付嬢から対応を代わった。

 

「これは失礼いたしました。ブルムンド支部から連絡は受けております。グランドマスターがお待ちかねです。……ですが」

 

カガリはスッと視線をずらし、過去の俺の後ろに控えていたカバルたち三人を見た。

 

「総帥は、リムル様と一対一での面会を望んでおられます。お連れ様方は、申し訳ありませんがこちらで……」

 

「あ、俺たちはギルドに別の報告の用事があるんで大丈夫ッス!」

 

「リムルさん、アタシたちはここで適当に時間潰してますから、ゆっくりお話ししてきてくださいねー!」

 

気遣ってくれたのか、それともギルドの副総帥が放つ得体の知れないオーラに気圧されたのか、カバルたちはあっさりと身を引いてくれた。

 

「ありがとう。後で合流しよう」

 

過去の俺が三人に手を振って別れを告げると、カガリは「こちらへどうぞ」と恭しく頭を下げ、本部棟の奥にある専用エレベーターへと案内してくれた。

 

最上階にある豪奢な応接室。

ふかふかのソファと、見事な調度品で整えられたその部屋に案内されると、カガリは手早くお茶を淹れてテーブルに置いた。

 

「グランドマスターはすぐにお見えになります。少々お待ちくださいませ」

 

完璧な礼を尽くして、カガリは静かに部屋を退出していった。

重厚な扉が閉まり、部屋の中には過去の俺だけが残される。

 

(……なあ。今案内してくれたエルフの綺麗なお姉さん、あれが未来の俺が昨日言っていた…)

 

ソファに腰掛けた過去の俺が、周囲の気配を探りながら念話を飛ばしてきた。

俺は影の中で小さく息を吐く。

 

(ああ。あれが昨日話した『中庸道化連』のもう一人の大幹部、元魔王のカザリームだ。

今はカガリって名乗って、ユウキの秘書兼副官に収まってる)

 

(げっ……! ってことはクレイマン含めて魔王クラスの存在を二人も抱えてるのかよ。とんでもないヤツだな。ユウキってのは……)

 

過去の俺が顔を引き攣らせて、淹れられたばかりのお茶を恨めしそうに見つめる。

 

(毒は入ってないから安心しろ。)

 

俺がそう告げたとき、パタパタと軽い足音が廊下から近づいてきて、応接室の扉の前に止まった。

 

(……来るぞ)

 

(ああ、分かってる。人間の姿のままだと無駄に警戒されるかもしれないし、ここは一番無害そうなスライムの姿で出迎えるとするか)

 

過去の俺はそう返すと、被っていた『抗魔の仮面』を外し、スライムの姿になった。

ソファの上に、水色のぷるんとした丸いスライムがちょこんと鎮座する形になる。

 

ガチャリ、と重厚な扉が開いた。

 

「お待たせいたしました。あなたがシズ先生の……って、あれ?」

 

部屋に入ってきたのは、黒髪に黒い瞳を持つ爽やかな顔立ちの青年だった。

仕立ての良いスーツをラフに着崩し、いかにも人の良さそうな笑みを浮かべている。

彼こそが自由組合の総帥、神楽坂優樹(ユウキ・カグラザカ)その人だ。

 

だが、ソファの上にちょこんと乗っている水色のスライムを見て、ユウキはきょとんと目を丸くした。

 

「初めまして。俺、リムル!悪いスライムじゃないよ!」

 

過去の俺は、かつて日本で国民的RPGをプレイした者なら誰もが知っているであろう、超有名なスライムの定番セリフで挨拶をした。

 

「……え? ス、スライムが喋った?」

 

ユウキは目を瞬かせ、戸惑ったように固まる。

 

「実は俺、あんたと同じ日本から来た同郷なんだ。シズさんから頼まれて、あんたと子供たちに会いに来たんだよ」

 

過去の俺がそう告げると、ユウキの顔に驚愕の色が走った。

 

「日本から……? スライムの姿でですか? それに、シズ先生から頼まれたって……先生はどうされたんですか?」

 

「ああ、それは……百聞は一見にしかず、だな。この姿を見れば信じてもらえると思う」

 

過去の俺は、スライムの姿から再び人型へと変身した。

銀に青みがかった髪と、中性的な整った顔立ち。

それは、彼がよく知る恩師の若かりし頃の姿そのものだ。

さらに、過去の俺は手元にあった『抗魔の仮面』を顔に被ってみせた。

 

「俺はシズさんを俺の中に――」

 

過去の俺が事情を説明しようとした、その瞬間だった。

ユウキの顔から、人の良さそうな笑みがスッと消え失せた。

氷のように冷たく、どす黒い殺気が部屋の空気を一瞬で凍らせる。

 

「……なぜ、あなたがそれを持っているんですか?」

 

言葉よりも速かった。

ユウキの身体がブレたかと思うと、凄まじい踏み込みから容赦のない飛び蹴りが放たれた。

シズさんを殺した仇だと勘違いした上での、有無を言わさぬ強烈な一撃。

 

だが、魔王種として覚醒の途上にある過去の俺は、もはやその程度の物理攻撃で後れを取るようなステータスではない。

俺から昨夜のうちに忠告を受けていたこともあり、過去の俺は飛んできたユウキの蹴りを冷静に片手で受け流し、体勢を崩させて距離を取った。

 

「待て待て! 早まるな、誤解だ! 俺もあんたと同じ日本から来たって言ってるだろ!」

 

「……同郷? シズ先生の姿を奪った魔物のあなたが?」

 

「本当だ! シズさんは寿命で亡くなったんだ! 俺がこの姿と遺志を引き継いだんだよ!」

 

それでも冷たい殺気を収めず、再び構えを取ろうとするユウキに対し、過去の俺は最大の『魔法の言葉』を叫んだ。

 

「お、俺が死んだ時、あの漫画はまだ完結してなかったんだ! 天才少女が演劇の仮面を被る漫画とか、古代エジプトにタイムスリップする漫画とか……ああそうだ、あの国民的RPGの最新作のストーリー展開とか、教えてやろうか!?」

 

ピタッ、と。

ユウキの拳が、過去の俺の顔面すれすれで完全に停止した。

 

「……えっ? あなた、あの剣と魔法のRPGの最新作をプレイしたんですか? まさかクリア済み……?」

 

「ああ! エンディングまでバッチリ見たぜ!」

 

「うおおおおっ! 同郷の方だぁぁぁ!!」

 

先ほどまでの冷たい殺気はどこへやら、ユウキは目をキラキラと輝かせて過去の俺の手を両手でガシリと握りしめた。

 

「すみません! 本当に申し訳ありませんリムルさん! てっきり先生を殺して姿と仮面を奪った悪い魔物かと勘違いしてしまいました! ささっ、こちらに座ってください! すぐにお茶を淹れますから! それで、あのゲームはどのハードで出たんですか!? グラフィックはどうでした!?」

 

テンションが限界突破したユウキに急かされ、過去の俺はシズさんの仮面を外してソファに座り、「まあ落ち着けって」と苦笑いしながら日本のサブカル談義を始めた。

 

影の中からその様子を見守りながら、俺は静かに思考を巡らせる。

 

(ひとまず、表向きの『オタク仲間』としての関係構築は、俺の知る歴史通りに成功したな)

 

(ああ。でも、お前が昨日の夜に言ってた通り、マジで油断ならない相手だな。)

 

過去の俺が、ユウキに漫画やゲームのあらすじを語る裏で、念話を通して冷や汗混じりの感想を送ってくる。

 

そうしてユウキと過去の俺の会話が弾んできた最中、過去の俺がとある話題を繰り出した。

 

「そういえばユウキ。さっき話に出た、あの兄弟が旅をする超大作ファンタジー漫画……殺気の話を聞く限りだと、君がこっちの世界に来た時は、まだ物語の中盤くらいだったんだろ? 最後どうなったか気になるか?」

 

過去の俺がソファに深く腰掛けながら尋ねると、ユウキは食い気味に身を乗り出してきた。

 

「ええ、そりゃあもう! 気になりすぎて、こっちの世界に来て最初の数年は夜も眠れないくらいでしたよ! 他の転生者に続きの一部は聞いたんですが、まさかあの後あんな衝撃の展開が待っていたなんて……結末まで読めずにこの世界に来てしまったことが本当に悔やまれます。あらすじだけでもありがたいですが、やっぱり実際のコマ割りや絵で見たいというのがオタクの性というものでして……」

 

頭を抱えて悶えるユウキを見て、過去の俺はニヤリと笑った。

 

「読ませてやろうか? その漫画の最終巻まで全部」

 

「……え?」

 

ユウキがキョトンと首を傾げる。

 

「いや、読ませるって言っても……リムルさんの頭の中に記憶があるだけで、実際に本がここにあるわけじゃ……」

 

その言葉を聞いた過去の俺は、ニヤリと笑って一時的にスライムの姿へと変化した。そして、『空間収納』から取り出した無地の布きれを差し出し、ユニークスキル『大賢者』を発動させる。

 

ほんの数秒。布の表面に、見慣れた漫画の枠線とキャラクターのペンタッチが猛スピードで浮かび上がった。

それは間違いなく、ユウキがこの世界に飛ばされた『後』に発売されたはずの、続きの展開が描かれたページの一部だった。

 

「なっ……!? これ、マジでその後の展開じゃないですか……! 嘘だろ、本当に頭の中の記憶を完璧に写し出せるっていうんですか!?」

 

「ああ。大量の白紙を用意してくれれば、俺のスキルでそこへ最終巻まで全部写し出してやるよ」

 

「紙! 紙ですね! すぐ手配――」

 

ガタッ!とユウキが勢いよく立ち上がった、まさにその時だった。

コンコン、と控えめなノックの音が響き、応接室の扉が開いた。

 

「失礼いたします。お茶菓子をお持ちしました」

 

盆を手にしたカガリが入ってくる。だが、ユウキは血走った目で彼女を振り返り、食い気味に声を上げた。

 

「カガリさん、ちょうどいいところに! 今すぐギルドの備品庫にある白紙の束を、ありったけこの部屋に持ってきてくれませんか!」

 

「……は? 紙、ですか? 書類の束ではなく?」

 

お茶菓子を運んできたタイミングで突如「大量の白紙」を要求され、カガリの声には困惑と微かな苛立ちが混じっていた。

 

「ええ、無地の紙です! なるべく大量に、大至急お願いします!」

 

「…………承知いたしました」

 

数分後。

再び応接室の扉が開き、台車に山のように積まれた真っ白な上質紙の束を押しながら、カガリが入ってきた。

 

「お持ちいたしました。……これほど大量の紙を、一体何にお使いになるおつもりで?」

 

カガリがジト目でユウキと過去の俺を交互に見る。

元魔王である彼女からすれば、スライム相手に突如大量の紙を要求する上司の行動は奇行にしか見えないだろう。

 

「ありがとうございます! もしかしたらまだ追加でお願いするかもしれないので、カガリさんはそのまま部屋に控えていてください!」

 

ユウキが満面の笑みでそう命じると、彼女は「……かしこまりました」と短く返し、訝しげな視線を向けながら部屋の壁際へと下がり、静かに秘書としての雑務に入った。

 

(……おいおい。元魔王の『呪術王』をパシリにして紙の束を運ばせるとか、ある意味すげえ光景だな)

 

過去の俺が思わず呆れたような思念を飛ばしてきたので、俺も(全くだよな)と内心で苦笑しながら相槌を返す。そんなやり取りをしつつ、過去の俺は山積みの白紙の前に立った。

 

「よし、それじゃあいくぞ」

 

過去の俺は山積みの白紙の前に立ち、そこへ記憶にある漫画のデータを次々と写し出していった。

 

――そして、数分後。

 

「神だ……あなたは神ですか、リムルさん……!」

 

あっという間に作り出された最終巻までの漫画本を震える両手で大事そうに抱きしめ、ユウキは感動のあまり打ち震えていた。

過去の俺に向かって深々と、それこそ崇拝するかのように頭を下げる彼の姿には、先ほどの凍りつくような殺気など微塵もない。

そこにいるのは、長年飢えていた娯楽を前に歓喜する、ただの純粋なオタクの青年だった。

 

(……ユウキのやつ、この時は本気で感動してたんだな。後々のあいつの行動を考えると、この時の感動してる姿も全部俺を油断させるための演技だったのかと疑ってたんだが)

 

俺がシエルの解析結果を聞いて思念を飛ばすと、過去の俺も(ああ。だからこそ、タチが悪いんだろうな)と冷静に返してくる。

 

表向きはこれほどまでに無邪気で、純粋な好青年。

しかし、その奥底には世界を自らの理想通りに作り変えようとする、底知れぬ野望と冷酷さが眠っているのだ。

 

「いやぁ、本当にありがとうございます、リムルさん! まさかこっちの世界で、この漫画の続きが読める日が来るなんて……! この恩は一生忘れませんよ!」

 

ユウキがホクホク顔で漫画の束を大事そうに机に並べながら、満面の笑みで過去の俺に向き直った。

 

「それで? 僕への極上の手土産は受け取りましたが……本題は、シズ先生の未練だった『子供たち』の件でしたよね」

 

ユウキの表情から先ほどの無邪気なオタク青年の面影が完全に消え去り、自由組合を束ねる総帥としての、そしてシズさんの教え子としての真剣なものへと変わった。

過去の俺も姿勢を正し、恩人から託された想いを胸に、静かに頷く。

 

そこから、ユウキの口から語られたのは、あまりにも残酷な『異世界人の子供たち』の現状だった。

 

昨夜のうちに、俺から過去の俺へあらかじめ概要は説明してあった。だが、国家の身勝手な都合による召喚の仕組みは、何度聞いても決して気分の良いものではない。

 

強力な戦力となる大人の異世界人を意図的に求める国々は、数十人の術師と長いインターバルを要する「正規の召喚」を嫌い、条件を指定せず短い周期で何度も繰り返せる「簡易的な召喚」に手を染める。その結果として失敗作のように呼び出されてしまうのが、あの子たちなのだ。

 

大人の異世界人であれば、世界を渡る際に得た膨大なエネルギー(魔素)をユニークスキルに変換し、己の力として定着させることができる。

しかし、肉体が未成熟な子供の場合、そのエネルギーに見合うスキルを獲得できず、行き場のない魔素をただ体内に蓄積させていくしかない。

結果、彼らの小さな体は膨張する魔素に耐えきれず、数年のうちに暴走を引き起こして内側から焼き尽くされ、確実に死に至る運命にある。

 

「……推定余命一、二年。それが、不完全な召喚を受けた子供たちの限界寿命です」

 

ユウキは重苦しい声で、苦渋に満ちた表情のままそう告げた。

シズさんは、そんな理不尽な運命を背負わされた子供たちを救うため、自らの寿命が尽きかけていることも厭わず、解決の糸口を探して世界中を旅していたのだ。

 

「現在、その五人の子供たちは王都にある『自由学園』で僕が保護しています。……ですが、シズ先生がいなくなってからというもの、彼らはすっかり心を閉ざしてしまって……情けない話ですが、僕の手にすら負えない状態なんですよ。でも、リムルさんなら……先生の姿と遺志を継いだリムルさんなら、あるいは彼らの心を開けるかもしれません」

 

祈るようにこちらを見つめるユウキ。

過去の俺は、その言葉を真正面から受け止め、決意を込めて力強く頷いた。

 

「分かった。俺がその学園の先生になって、あいつらを……シズさんの未練だった子供たちを、絶対に救ってみせる。残り時間がどれくらいあるかは分からないが、俺に任せてくれ」

 

その頼もしい言葉を聞いて、ユウキはようやく安堵したように、微かに目元を和らげた。

 

(…………)

 

影の中で、俺はユウキの振る舞いを静かに、そして一切の油断なく観察していた。

 

子供たちの理不尽な運命を憂うその表情は、どこまでも悲痛で、真に迫っているように見える。

だが、俺たちは決して騙されない。

目の前にいるこの人の良い青年こそが、いずれ数多の悲劇の裏で糸を引くことになる『黒幕』であるという事実を知っているのだから。

 

本来の歴史であれば、俺はこいつの裏の顔に気付かないまま、用意されたシナリオ通りに学園へと向かっていた。

だが、今回は違う。

王都イングラシアに渦巻く陰謀を出し抜き、そして、『彼ら』に訪れる歴史を塗り替えるため――俺たちは今、この場所で自ら盤面をひっくり返す。

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