【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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終章 盤面の外で蠢く悪意

その夜。

イングラシア王国の王都にある、過去の俺が泊まっている場所とは全く無関係の、ひっそりとした宿屋の一室。

 

俺は一人静かにソファに深く腰掛け、大きく息を吐き出して寛いでいた。

誰の目も気にする必要がないこの空間で、ようやく肩の力を抜くことができる。

 

(いやー、今日は随分と思い切った歴史の舵取りをしたな……)

 

天井を見上げながら、俺は内心で一人ごちた。

中庸道化連との完全なる同盟。

元の歴史を知る者からすれば、天地がひっくり返るような大事件だ。

だが、これで悲劇の連鎖をいくつも断ち切ることができる。

 

明日のユウキやカガリとの打ち合わせでは、近藤の精神支配からクレイマンを安全に解放するための具体的な手順や、東の帝国の暗躍に対する防衛網の構築について、詳細を詰める必要がある。

 

(クレイマンを救って、フットマンの消滅も防ぐ。ユウキたちも裏で操られることなく、ジスターヴで平和に暮らせる未来へ導く……。この世界の『俺』には、俺の時よりもずっと楽な道を歩ませてやれそうだ)

 

一人きりの空間で、俺は今後の展望を思い描きながら、静かな達成感と安堵に浸っていた。

窓の外には、王都の穏やかな夜の静寂が広がっている。

 

――だが。

俺が静かに過ぎる時間に心地よさを感じ始めた、その時だった。

 

(……ん?)

 

突然、部屋の空気が、いや、『世界そのもの』の質感が、微かに変質したような感覚を覚えた。

 

直後、視界がぐにゃりと歪み、ひどい砂嵐のノイズが走ったように景色がブレた。

 

「なっ……なんだ、これ……!?」

 

立ち上がろうとしたが、足元がおぼつかない。

平衡感覚が奪われ、周囲の状況を正常に認識する能力が強制的にシャットダウンされていく。

 

(シエル! 何が起きてる!?)

 

咄嗟に絶対の信頼を寄せる相棒に呼びかけた。

だが――

 

《…………》

 

常に脳内に響くはずの、あのクリアな声が返ってこない。

シエルとの繋がりそのものが、分厚い壁に阻まれたように遮断され、気配すら感知できなくなっていた。

 

「シエル……!? くそっ、どうなって……」

 

外界との接触も、内なる相棒との繋がりも絶たれた完全な隔絶状態。

その暗闇に落ちたような意識の中で、不意に俺の脳裏に『声』が響き渡った。

 

一つではない。

性質の違う三つの声が、不気味に重なり合いながら、直接精神を撫でるように囁きかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

『よう……この……を……んでる……だな……』

『私……た。あ……私……一緒に……楽……よ……』

『…足り……子……だ……しい……ね…』

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……!? 誰だ、お前ら……!」

 

ノイズが混じった、途切れ途切れの声。

言葉の輪郭がひどくぼやけており、何を言っているのかその詳細を正確に掴み取ることはできない。

だが、その言葉の断片から辛うじて感じ取れるのは、明確な『俺自身』への執着と、得体の知れない気配だった。

 

『……』 『…………』

 

声は数分間、呪詛のような耳鳴りと共に脳内を駆け巡り――やがて、潮が引くように唐突に薄れていった。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

パキンッ、と空間の縛りが解けるような感覚と共に、部屋の空気が元に戻る。

歪んでいた視界が鮮明さを取り戻し、ランプの灯りが静かに揺れる、見慣れた宿の一室の景色が戻ってきた。

 

《……マスター? マスター、ご無事ですか!?》

 

(……シエル! よかった、繋がったか……!)

 

途切れていたシエルとの繋がりが回復し、普段冷静な彼女の、酷く焦ったような声が脳内に響く。

俺は乱れた息を整えながら、どっと噴き出した冷や汗を拭った。

 

(今の声は、一体……それに、俺への『干渉』……?)

 

安堵に浸っていたのも束の間、俺は自分を取り巻く状況が、単なる「過去へのタイムスリップ」などという生易しいものではないことを、肌で感じ取っていた。

 

俺をこの並行世界の過去に送り込んだ謎の存在。

 

『たどった歴史の新たなる可能性を手繰り寄せ、再びイヴァラージュに勝利する』という、理不尽極まりないあのメッセージ。

 

そして今、俺の精神の奥底に直接干渉してきた、得体の知れない三つの声。

 

どうやら、未来の知識で都合よく歴史の悲劇を塗り替えて、はいハッピーエンド……とは問屋が卸さないらしい。

 

世界を裏から操る『中庸道化連』という存在を仲間へ引き入れ、最悪の未来を回避するための大きな第一歩は踏み出した。

 

明日からは、シズさんの未練である五人の『子供たち』を救うべく、過去の俺の新たな戦い(特任教師生活)も本格的に幕を開ける。

 

だが、運命の歯車を強引に回し始めた俺という存在を狙い、盤上の外側から『未知の悪意』が確実に蠢き始めていた。

 

「上等だ。相手がどこの誰であろうと……二度と、俺の仲間は失わせない。過去も未来も、全部まとめて俺が守り抜いてやる」

 

誰に言うでもなく低く呟き、俺は決意を新たに窓の外を見上げた。

嵐の前の静けさを孕んだイングラシア王国の夜空には、いつかの未来と同じように、冷たくも美しい月が静かに輝いていた――。

 

 

 

転生したらスライムだった件 〜双星の智慧と新たなる理想郷~ 第三部 完




ここまで読んでいただきありがとうございます。
活動報告で一週間に1話とか言っていたのにも関わらず、読んでいただいた皆様からの感想やご意見がうれしくて、ついつい短期間で第三部を全て公開してしまいました。
第三部では大きく話が動きましたが、これから第四部~第七部にかけても様々な出来事が起こります。
リムルを過去に送り込んだのは誰なのか。
リムルがいなくなった本来の時間軸では何が起こっているのか。
本来の歴史よりも相対する敵が強くなるのはなぜなのか。
ラストに出てきた得体のしれない存在の正体は何なのか
そして、キャッチコピーの仕組まれた”運命”とはどういう意味なのか。

それではまた第四部でお会いしましょう。
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