【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~ 作:Hyades
――イングラシア王国、自由学園。
その最奥に位置する、最も厄介な生徒たちが集められた特別教室『Sクラス』。
俺が窓の隙間から透明な状態ですり抜けて教室に入った瞬間、目の前を轟々と燃え盛る炎の球が横切っていった。
「喰らえぇっ!!」
元気な声と共に炎を放ったのは、活発そうな金髪の少年、ケンヤ(剣也)だ。
さらに、それに合わせるように黒髪の少年リョウタ(良太)が獣のような動きで突進し、金髪の少女アリスが操るいくつものぬいぐるみが、四方八方から過去の俺へと襲いかかっていた。
「わわっ!? お前ら、初対面の教師に向かって容赦なさすぎだろ!」
過去の俺は、シズさんから受け継いだ『抗魔の仮面』を被ったまま、飛んでくる魔法や物理攻撃をドタバタと回避している。
実力的には過去の俺でも指先一つで制圧できる相手だが、何しろ相手はシズさんが命懸けで守りたかった大切な子供たちだ。
下手に反撃して怪我をさせるわけにもいかず、完全に防戦一方になっていた。
(おいおい、派手にやってるな。手加減しすぎて攻めあぐねてるのか?)
『お、お前! 遅いぞ! 見てないで早く手伝ってくれ! こいつら、俺の話を全然聞こうとしないんだ!』
俺が念話を飛ばすと、過去の俺から切実なSOSが返ってきた。
どうやら、元スライムという見た目のせいか、はたまたシズさんの仮面を被っていることへの反発か、子供たちは完全に過去の俺を「敵」あるいは「八つ当たりの対象」として認識しているらしい。
(おかしいな。俺の時はもっとスマートにやったぞ)
『スマートってどういう方法だよ!? こっちは手加減して避けるだけで必死なんだぞ!』
過去の俺から切実なツッコミが返ってくる。
確かに、俺自身も最初はこいつらの容赦ない攻撃に手を焼いた記憶がある。
だが、あの時はもっと手っ取り早い「解決策」を使っていたはずだ。
(まあ見てろって。……おい、ランガ。過去の俺の影の中にいるんだろ?)
俺が影に向かって思念伝達を飛ばすと、底知れぬ忠誠心を孕んだ声が即座に返ってきた。
『ハッ! 我はいつでも主の影に! 未来の主様、何なりとお申し付けください!』
(よし。あの子供たちが傷つかない程度に、少しだけ派手に『脅かして』やってくれ。話をまともに聞かせるためにな)
『御意!!』
俺の指示を受けた瞬間。
過去の俺の足元から、禍々しい妖気と共に巨大な黒き狼――ランガがヌルリと姿を現した。
『グルルルルル……!! 我が主の御前であるぞ、控えよ小童(こわっぱ)ども!!』
部屋全体をビリビリと震わせるような、黒嵐星狼(テンペストスターウルフ)の重低音の唸り声。
さらには、わざとらしく威圧感(プレッシャー)を放ちながら、子供たちを見下ろして鋭い牙を剥き出しにする。
「ひっ……!?」
「な、なんだよこいつ……でっけえ魔物!?」
「きゃあっ!」
突然現れた巨大な魔物の放つ圧倒的な恐怖に、攻撃を仕掛けていたケンヤ、リョウタ、アリスの動きがピタリと止まった。
そればかりか、後ろで静かに本を読んでいたクロエや、年長者のゲイルでさえも完全に顔を引きつらせ、その場に縫い止められたように硬直している。
(ほらな、スマートだろ?)
(どこがスマートだよ! 完全に力技(物理)じゃねーか!)
(いやいや、俺の辿ってきた歴史じゃ本当にこうやって黙らせたんだぜ?……やっぱり、俺が介入してこれまでの歴史の流れが色々と変わってきてる影響で、同一人物でもその場で思いつく行動や解決策が微妙に変わってくるのかね? うーん、これはなかなか興味深い現象だな)
《ええ。過去のマスターの蓄積経験が元の歴史から分岐したことで、無意識下の選択プロセスにも微細な変化が生じているのでしょう。今後のデータ収集という観点からも、実に興味深いです》
俺の考察に、脳内の頼れる相棒までもが我が意を得たりとバッチリ同意してきた。
(んな呑気な考察してる場合か!……ってか、完全に怯えきっちゃってるじゃないか!)
過去の俺は文句を言いながらも、内心では(でも、確かに手っ取り早いか……)と納得しているのが伝わってくる。結果オーライである。
子供たちとのコミュニケーションは、まず「相手が自分より圧倒的に格上である」と理解させ、無理やりにでも話を聞く姿勢を作らせるところから始まるのだ。
「……さて。少しは落ち着いたか?」
過去の俺はコホンと一つ咳払いをすると、両腕を組み、シズさんの仮面の奥からわざとらしく重圧を放ちながら子供たちを見回した。
「俺の名前はリムル。今日からお前たちの担任になる、特任教師だ」
背後に巨大なランガを従えた状態でのその名乗りは、子供たちに反抗を許さないだけの絶対的な説得力を持っていた。
裏で糸を引く俺の指示によって、過去の俺の特任教師としての初日は、元の歴史と同じように「圧倒的な恐怖による制圧」という力技で、強引に幕を開けたのだった。
*
「俺の名前はリムル。今日からお前たちの担任になる、特任教師だ」
背後に巨大なランガを従えた状態でのその名乗りは、子供たちに反抗を許さないだけの絶対的な説得力を持っていた。
すっかり静まり返った教室で、過去の俺は満足げに頷く。
「さて。口で言っても俺が先生だって信じないだろうから、お前たちの実力、俺が直接見てやる。場所を移して模擬戦と行こうか」
「も、模擬戦……?」
「ああ。俺から一本でも取れたら、授業は免除して好きに遊んでていいぞ。その代わり、俺が勝ったらこれからは大人しく言うことを聞くこと。どうだ?」
その挑発に、子供たちの顔つきがパッと変わった。
恐怖よりも、子供特有の負けん気と好奇心が勝ったらしい。
「言ったな! 後悔しても知らないぞ!」
ケンヤがニカッと笑い、他の四人もやる気満々の顔で頷く。
(ふふっ、単純なやつらめ。まあ、俺も当時はあの手この手でこいつらの気を引こうと必死だったけどな)
俺は透明なままクスッと笑い、過去の俺たちがゾロゾロと屋外の訓練場へ向かうのを上空から悠然と後を追った。
――屋外訓練場。
「いくぞ!」
ケンヤが剣に炎を纏わせて斬りかかり、リョウタが獣化して俊敏な動きで背後を取る。
アリスがぬいぐるみを操って退路を塞ぎ、ゲイルが魔力弾を放つ。
そして、少し離れた場所からクロエが水の檻で拘束しようと狙ってくる。
「甘い甘い!」
過去の俺は、それらの連携をシズさんの仮面を被ったまま、涼しい顔でことごとく回避し、あるいは指先一つで弾き返していた。
当然の実力差だ。
だが、上空から見下ろしている俺とシエルの視点は、彼らの『技』ではなく、その奥底で荒れ狂う『魔素』へと向けられていた。
《やはり、子供たちの体内に蓄積された不完全な魔素は暴走状態にありますね。このままでは、あと数ヶ月で肉体が崩壊してしまうでしょう》
(ああ、分かってる。不完全な召喚のせいで、子供の体が魔素の許容量に耐えきれないんだよな)
シズさんが命を懸けて救おうとした理由。
それが、この理不尽な『簡易召喚の犠牲者特有の寿命』だ。
元の歴史では、このあと過去の俺が上位精霊を宿らせることで体内の魔素を中和し、彼らを救った。
今回もあいつが同じ道筋を辿るはずだ。
(シエル。……せっかく未来から俺たちが来てるんだ。ただ同じように精霊を宿らせるだけじゃなく、こいつらが将来もっと安全に、そして確実に強くなれるように『下準備』をしてやることはできないか?)
《……ふふっ。マスターならそう仰ると思って、すでに彼らの魔素配列に合わせた最適な調整プログラムを構築済みです。過去のマスターが精霊を宿らせる儀式を行う際、私が裏からこっそりと干渉し、彼らの肉体の魔素回路を強靭なものへと最適化しておきますね♪》
(さすがシエル、話が早い! 頼んだぞ)
下では、過去の俺が子供たちの攻撃をいなし終わり、「はい、全員俺の勝ち!」と宣言しているところだった。
「くそぉーっ! 全然当たんねぇ!」
「へへっ。約束通り、明日からは大人しく俺の授業を受けるんだぞ」
悔しがるケンヤたちに、過去の俺がシズさんの仮面を外し、本来の中性的な顔で優しく笑いかける。
その顔を見た瞬間、子供たちの目から完全に敵意が消え、新しい先生への興味と信頼が芽生えたのがわかった。
(よしよし。子供たちへの対応は、完全に過去の俺のペースで進んでるな)
子供たちとの絆を深めていく過去の自分を微笑ましく見下ろしながら、俺は誰にも聞こえない声で呟いた。
「安心しろ、お前たち。過去も未来も、お前たちの理不尽な運命は、俺たちが全部まとめてぶっ壊してやるからな」
*
「じゃあ、約束通り明日からはちゃんと俺の言うことを聞くこと。いいな?」
「ちぇっ、わかったよ……。リムル先生、強えんだな」
ケンヤが不満げに口を尖らせながらも、その目には確かな尊敬の色が浮かんでいた。
他の子供たちも、どこかスッキリとした憑き物が落ちたような顔で頷いている。
(よしよし、これでつかみはバッチリだな)
俺は上空からその様子を見下ろし、満足げに頷いた。
元の歴史でもそうだったが、こいつらは根は素直ないい子たちだ。
強大な魔素を抱え込み、大人たちに利用され、短い命を宣告されてきたからこそ、周囲に牙を剥いて自衛していただけなのだ。
そこから数日の時が流れ――。
過去の俺は、持ち前の機転と漫画を駆使して、あっという間に子供たちの心を掴んでみせた。
だが、その平和な日常の裏で、子供たちの肉体を蝕む魔素の暴走は確実に進行している。
だからこそ、俺たちは事前に『どうやって彼らを救うか』という明確な道筋を立てていた。
(なぁ、未来の俺。こいつらからの信用もバッチリ得られたし……そろそろ、事前に打ち合わせていた【上位精霊を宿らせる】手筈に進もうと思うんだが)
ある日の放課後、過去の俺から落ち着いた念話が飛んできた。
(ああ、それがいい。シズさんの中のイフリートみたいに、上位精霊を宿らせて暴走するエネルギーを相殺させるのが一番確実な方法だからな。精霊を降ろす儀式については、予定通り専門家である『ラミリス』を頼ろう)
(精霊女王であるアイツなら確実だな。ベレッタの一件もあるから俺たちへの好感度はマックスだし、何よりすでにテンペストの地下迷宮に引っ越してきてるから話が早い。……近いうちに、子供たちを連れてテンペストへ帰還する準備を整えるよ)
(ああ。ただ、実際に子供たちに精霊を宿らせるときは、俺も同行するぞ)
『ん? お前もか? 何か懸念でもあるのか?』
(まあ、儀式を行う場所が俺の知る歴史での『精霊の棲家』から、テンペストの地下迷宮に変わっているわけだからな。試練の内容や、呼び出される精霊の反応がどう変わるか、念のため俺の目で直接確認しておきたいんだよ)
『なるほどな。万が一の事態が起きても、お前が一緒なら百人力だ。頼りにしてるぞ』
過去の俺との通信を切り、俺は王都の空を見上げた。
かつては手探りだった子供たちの救済も、今の俺たちにとってはすでに盤面を支配した状態での「答え合わせ」に近い。
だが、クロエに宿ることになる『あの存在』など、慎重に見極めるべき要素はまだ残っている。
だからこその同行だ。
(シエル。子供たちの魔素回路の最適化プログラム、いつでもいけそうか?)
《はい。過去のマスターが精霊を宿らせる儀式を行う際、私が彼らの魂に直接干渉し、より強靭で安定した存在へと書き換えます。全てお任せください》
(さすがだな。……頼りにしてるぞ)
俺が脳内で相棒の頼もしい言葉に安堵した、その時だった。
ふと、俺の探知領域に、イングラシア王都の地下――自由組合本部の最下層に、極めて強大で特異な『魔素の波長』が三つ、新たに現れたのを感知した。
「……来たか」
一つは、飄々とした魔人、ラプラス。
一つは、仮面を被った小柄な魔人、ティア。
そしてもう一つは――その魂の奥底に、忌まわしき『魔導大帝ジャヒル』を宿した巨漢の魔人、フットマン。
『――リムル様。お待たせいたしました。中庸道化連のメンバーが、今しがた全員王都に集結しました。厳重な結界を張った地下の特別区画でお待ちしております』
カガリからの、極度の緊張を孕んだ魔法通話。
彼女たちが用意したその区画には、すでに俺が『とある存在』の目を欺くための情報隠匿と偽装の結界を何重にも張り巡らせていた。
事前の打ち合わせ通り、万全を期した『特設の手術室』の準備は完了している。
いよいよ、中庸道化連を最悪の運命から救い出すための、最大のミッションが始まる。
「子供たちの方は、過去の俺に任せておいて。……さあ、俺もひと仕事してくるか」
俺は『隠蔽』のスキルを最大まで引き上げ、王都の地下深く――中庸道化連が待つ極秘の空間へと向けて、真っ直ぐに降下を開始した。