【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第五章 嵐の前の静けさと蠢く強欲

地上に戻ると、すっかり夜も更けていた。

子供たちはもう限界で、クロエだけでなくアリスやケンヤたちもこっくりこっくりと眠そうにしている。

シュナたちが用意してくれたふかふかの客室に彼らを寝かせ、俺と過去の俺は、ようやく一息つくことができた。

 

「さて、精霊の定着も無事に終わったわけだが、これからどうするつもりだ?」

 

シュナが淹れてくれた温かいお茶を飲みながら、俺が尋ねる。

 

「そうだな……一度、子供たちを連れてイングラシア王都に戻ろうと思う」

 

過去の俺が、少し真面目な顔つきで答えた。

 

「テンペストにこのまま移住させるって手もあるが、流石に手続きや学園側の承諾なしに連れ去るのはマズいだろ。それに……」

 

「それに?」

 

「お前が前に言ってただろ。王都には、俺たちの国の将来の経済を担う『超重要人物』がいて、そいつを助ける役目が控えてるって」

 

「ああ、ミョルマイル君のことか」

 

俺はミョルマイルの件を伝えていたのをすっかり忘れていたので、少し誤魔化すように相槌をうった。

 

俺の知る歴史通りに大商人ミョルマイルに恩を売り、彼をテンペストの財務担当としてスカウトする。

それは今後の国家運営、そしてテンペストが経済的にも世界の中心となるための計画において、絶対に外せない布石だ。

 

「そういうことなら、お前の言う通りイングラシアに戻るのが正解だな。子供たちの移住に向けた受け入れ準備は、俺がこっちの幹部たちと進めておくから安心しろ」

 

「頼むぜ。……それにしても、ファルムスの侵攻やら帝国やら、色々と気が抜けないな」

 

「なに、全部俺たちがぶっ潰して、最高の未来に変えてやればいいのさ」

 

俺がニヤリと笑うと、過去の俺も頼もしそうに頷き、お茶を一気に飲み干した。

 

 

 

――翌朝。

すっかり元気を取り戻した子供たちと共に、過去の俺は再び『空間移動』を使って、イングラシアへと帰っていった。

クロエは別れ際、未来の俺に対しても「先生、またね!」と満面の笑みで手を振ってくれた。

 

その無邪気な笑顔の奥に、あの途方もない力を持つ『クロノア』が眠っていると思うと不思議な気分だが、今はただ、彼女たちの平穏な日常が続くことを祈るばかりだ。

 

さて。

過去の俺が王都へ戻り、俺がテンペストの留守を預かる形になったわけだが……息をつく暇はなさそうだ。

子供たちを見送ってから数日後。

執務室で迷宮95階層に関する報告書に目を通していると、不意にソウエイから思念が入った。

 

『未来のリムル様。ヨウムの一団が、周辺の村々の巡回を終えてテンペストに帰還しました』

 

(おっ、ご苦労さん。皆無事か?)

 

あれからヨウムの一団はテンペストとファルムスを拠点としつつ、森の治安維持を行ってくれているようだった。

 

『はい。……そして、以前の計画通り「新たな同行者」が一名、加わっているようです』

 

(……来たか。ミュウランだな。わかった、すぐに出迎えるよ)

 

俺は報告書を机に置き、執務室を後にした。

テンペストの入り口に向かうと、そこにはすっかり『英雄』としての風格が出てきたヨウムと仲間たちの姿があった。

 

「おう、未来のリムルの旦那! ただいま戻ったぜ!」

 

ヨウムが人の良さそうな笑みを浮かべて手を挙げる。

 

「おかえり、ヨウム。巡回ご苦労だったな。……そしてミュウランもご苦労だったな。約束どおりまた来てくれてうれしいよ」

 

「えっ? 旦那、ミュウランと知り合いだったのか!?」

 

俺の言葉に、ヨウムが驚いて目を丸くする。

その後ろで、ヨウムの部下たちも「ええっ!?」と声を上げた。

 

「……はい。以前、私が魔物に襲われていたところを、リムル様に助けていただいたことがありまして。その際、『テンペストは良い国だから、いつか遊びにおいで』と声をかけていただいていたのです」

 

ミュウランがフードを浅く被り直し、美しくもどこか儚げな微笑みを浮かべて答えた。

 

「なんだ、そうだったのか! 俺が道中でこいつをスカウトした時も、テンペストに行くって言ったらやけにすんなり頷いたから不思議に思ってたんだよな」

 

ヨウムが納得したように笑う。

 

「俺としては、こんな凄腕の魔法使いが仲間になってくれて大助かりだけどな。……それに、その、なんだ。結構、綺麗な姉ちゃんだし」

 

ヨウムが少し頬を掻きながら照れくさそうに言うと、後ろに控えていた部下の面々「ヒューッ!」「隊長、顔が赤いっすよ!」と囃し立て、ヨウムは「う、うるせえ!」と慌てて照れ隠しに怒鳴った。

 

そんな和やかなやり取りを見守りながら、俺はミュウランへと密かに『念話』を繋いだ。

 

(……ヨウム達には、お前がクレイマンの部下だったところを俺が解放したって話はしてないんだな? 一応、こっちの情報欺瞞は完璧だから、事前に彼らに真実を伝えておいても問題はなかったんだが)

 

俺の問いかけに、ミュウランは表情を崩さぬまま、静かに念話を返してくる。

 

『……はい。ヨウムたちは、お人好しで真っ直ぐすぎるきらいがあります。もし真実を知れば、私を気遣って不自然な態度をとってしまい、かえってクレイマンの監視の目に違和感を与えてしまうかもしれませんから。……それに、騙しているようで心苦しいですが、彼らにはしがらみのない、ただの「ミュウラン」として接したかったという、私のわがままもあります』

 

(なるほどな。まあ、お前がそれでいいなら構わないさ)

 

彼女の翡翠色の瞳には、俺に対する深い感謝と、絶対の忠誠が揺るぎなく宿っている。

 

彼女がヨウムのパーティに加わり、テンペストに滞在することは、これからファルムス王国が仕掛けてくるであろう『侵攻』に対する強力な防波堤となる。

元の歴史では、彼女は大結界を張らされ、それがテンペストの魔物たちが弱体化する一因となり、シオンたちが犠牲になるという悲劇の引き金となってしまった。

 

だが、今の彼女の心臓は俺が完全に保護し、クレイマンの支配からは完全に脱却している。

つまり、いざという時には彼女の魔法を逆利用し、こちらの有利な盤面を構築できる『最強の切り札』として動かせるのだ。

 

「まあ立ち話もなんだし、中に入ろうぜ。ヨウムたちも長旅で疲れてるだろ? シュナに美味い飯を用意させるよ」

 

俺が促すと、ヨウムたちは「おおっ! 待ってました!」と歓声を上げ、テンペストの町の中へと意気揚々と歩き出した。

 

ミュウランもそれに続こうとするが、すれ違いざま、彼女からの念話が再び俺の耳にだけ届いた。

 

(……未来のリムル様。クレイマンからの次なる指示が下りました。近々、ファルムス王国の先遣隊が、この町に「視察」という名目でやって来ます)

 

(来たか……!)

 

俺は表情を変えずに、前を歩くヨウムたちの背中を見つめたまま、念話で彼女に応答する。

 

(ご苦労。予定通りの展開だな。ミュウランには、そのままクレイマンの指示に従っているフリを続けてもらう。……結界を張るタイミングが来たら、俺が合図を出すから、それまではヨウムたちと存分にこの町を楽しんでくれ)

 

『わかりました。私の命と魔法は、全てリムル様のために』

 

ファルムス王国の強欲な王、エドマリス。

そして裏で糸を引くクレイマン。

彼らの思惑は、俺たちの手のひらの上で完全に踊らされている状態だ。

だが、油断は禁物である。

この国に住む魔物たち、そしてイングラシア王都で頑張っている過去の俺や子供たちに、指一本触れさせるわけにはいかない。

 

「さあ、今日はどんちゃん騒ぎだぜ! ミュウランも、この国の飯の美味さに腰抜かすなよ!」

 

前方を歩くヨウムが、ミュウランを気遣って明るく振り返る。

 

「ええ……楽しみにしているわ」

 

ミュウランが、これまでの彼女には決して出せなかったであろう、自然で柔らかな笑みを返した。

 

(さて、防衛戦の準備と並行して、ヨウムとミュウランの仲も上手く後押ししてやらないとな)

 

俺は前を歩く頼もしい仲間たちの背中を眺めながら、嵐の前の静けさとも言える、この束の間の賑やかな日々に思いを馳せ、彼らの後を追って食堂へと向かった。

 

 

 

 

――その後、シュナの手による豪華な昼飯をすっかり平らげ、一息ついた後のこと。

 

「甘い! 動きが直線的すぎるぞ、ヨウム!」

 

「っだぁー!! くそっ、見えてるのに防げねえ!」

 

「オラァッ! ジジイ、よそ見してんじゃねえぞ!」

 

「フォッフォッフォ。血の気ばかり多くて、足元がお留守ですな」

 

テンペストの広場の一角から、気合の入った怒号と木剣の打ち合う甲高い音が響き渡っていた。

 

遠目から木陰でその様子を眺めていた俺の隣で、ミュウランが微かに息を呑む。

 

「信じられません……。あのヨウムさんと、獣王国(ユーラザニア)から人材交流として残っている戦士のグルーシス殿。さらに辺境警備隊の熟練兵たちが一斉に束になってかかっているというのに、ハクロウ殿の服の裾にすら触れられないなんて……」

 

驚愕に目を見張るミュウランの視線の先では、うちの誇る指南役――『剣鬼』ハクロウが、まるで散歩でもしているかのような涼しい顔で、屈強な男たちの猛攻を次々と捌いていた。

ヨウムの渾身の大上段を木剣の峰で軽く逸らし、そのままの勢いで背後から襲いかかってきたグルーシスの足を払う。

体勢を崩した二人の隙を突き、ヨウムの部下たちの面々もあっという間に地面に転がされた。

 

「ははっ、まあハクロウは特別だからな。俺たちの間でも、剣術の腕前だけなら最強クラスだ。あいつらにとっちゃ、理不尽の権化みたいなもんだよ」

 

俺が苦笑いしながら答えると、ミュウランは呆れたように小さくため息をついた。

 

「魔王であるクレイマンでさえ、あの域の剣技を持つ者は配下にいません。……未来のリムル様、この国の戦力は、私が当初想定していたよりも遥かに底知れないようです」

 

「まあな。でも、ヨウムたちも出会った頃に比べりゃ、見違えるほど強くなってるぜ。ハクロウのしごきに毎日耐えてるだけでも、人間の枠組みじゃ相当なもんだ」

 

俺がそう言って顎でしゃくると、広場では地面に這いつくばっていたヨウムが、泥だらけになりながらも木剣を杖にして、再びゆっくりと立ち上がるところだった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……っ! まだまだぁ! 師匠、もう一本だ!」

 

「チィッ! 人間の分際で俺より先に立ち上がってんじゃねえぞ、ヨウム! 俺もまだまだいけるぜ!」

 

「フォッフォッフォ。その心意気や良し。では、次は少しだけ手応えを増して差し上げよう」

 

ボロボロになりながらも決して諦めず、ハクロウに向かっていくヨウムとグルーシス。

 

その泥臭くも真っ直ぐな彼らの背中を、ミュウランはじっと、瞬きも忘れたように見つめていた。

彼女の翡翠色の瞳には、クレイマンの操り人形として生きてきた数百年でとうに失ってしまった『何か』を、眩しそうに見つめるような、そんな柔らかな光が宿っている。

 

「どうした、ミュウラン。ヨウムに見惚れてるのか?」

 

俺が少し意地悪く、念話ではなくあえて直接声をかけると、ミュウランはビクッと肩を震わせ、慌てて咳払いをした。

 

「な、何を仰るのですか。私はただ……あのように無謀で、命知らずな者たちを見るのが珍しかっただけで……」

 

「へえ? 命知らず、ねえ」

 

「そ、そうです。あんなにボロボロになるまで木剣を振るうなど、魔法使いの私には到底理解できない思考回路だと思っただけですっ」

 

早口で言い訳を並べるミュウランだが、フードの奥に見え隠れする耳の先が僅かに赤く染まっているのを、俺の目は見逃さなかった。

 

数百年生きている凄腕の魔人でありながら、こういう変なところで初心なのは、元の歴史から何も変わっていない。

 

「……そういえば、未来のリムル様。以前、私を呪縛から解放してくださったカリュブディス戦の後の宴の席で、『ヨウムは良い男なんだぜ』と、妙に含みのある笑顔で仰っていましたよね」

 

「お、おう。言ったな。あれがどうかしたか?」

 

「あなたが『未来の歴史』を全て知っているという事実と、今の私に対するその面白がるような態度……すべて繋ぎ合わせて考えると、一つの仮説に行き着くのですが」

 

ミュウランはスッと目を細め、静かに、しかし確信を突くように言った。

 

「もしかして……『本来の歴史』の私は、あのヨウムさんと、その……結ばれていたのではありませんか?」

 

(うおっ、鋭い!)

 

流石は数百年の時を生きる魔人であり、ヨウムのパーティで軍師を務めるほどの頭脳の持ち主だ。

俺がちょっとからかいすぎたせいで、あっさりと未来の事実を看破されてしまった。

 

「いやー、どうだろうなー? 未来は常に分岐してるからなー」

 

俺がわざとらしく視線を逸らして口笛を吹く真似をすると、ミュウランは呆れたように小さくため息をついた。

 

「……その反応で答え合わせは十分です。まったく、人の未来の恋路を最初から知っていて茶化すなんて、魔物国の主にしてはずいぶんと趣味が悪いですね」

 

「ははっ、悪い悪い。ちょっとからかいたくなっちまってな」

 

少しむくれたような口調で窘められたが、その翡翠色の瞳の奥には、怒りではなく、どこかむず痒いような照れの色が浮かんでいる。

 

「でもまあ、俺がお節介を焼くまでもなく、あいつはお前のために本気で怒って、本気で命を懸けてくれる男だよ。それは、元の歴史でも、この歴史でも絶対に変えさせない」

 

「……買い被りすぎです。彼らにとっての私は、ただ道中で拾った都合の良い魔法使いにすぎませんよ」

 

「どうだかな。あいつのあの無茶苦茶な頑張りが、誰にいいところを見せるためのものか……お前くらいの賢さがあれば、本当は気づいてるんじゃないか?」

 

ミュウランが微かに息を呑むのを確認し、俺はさらに畳み掛けた。

 

「それに、ヨウムのやつはな。俺の知る元の歴史だと、お前が大魔法を発動させるために本来の魔人の姿を晒した時でさえ、一切臆さなかったんだぜ」

 

「私が、魔人の姿を……?」

 

「ああ。あまつさえ、この俺たちテンペスト全体を敵に回す可能性があったにもかかわらず、『俺がお前を守ってやる』って言い切って、お前に真正面から告白しやがったんだ。まったく、呆れるくらいに熱い男だよな」

 

俺の言葉に、ミュウランは弾かれたように顔を上げ、小さく震える瞳で広場を見つめた。

 

俺がもう一度広場へと視線を向けると、ヨウムがハクロウに何度打ちのめされても、こちら(ミュウラン)をチラリと確認してから、必死に立ち上がっていく姿があった。

 

ミュウランもそれに気づいたのか、フードをさらに深く被り直して口元を隠したが、その横顔には隠しきれない柔らかな笑みが溢れていた。

 

広場に響く活気ある音と、隣で素直になれない軍師殿の様子。

俺は間近に迫る血生臭い戦争の足音を一時だけ忘れ、心からこの平和な日常を愛おしく感じていた。

 

 

 

 

広場での穏やかな午後から、更に数日後のこと。

 

俺はテンペストの執務室のデスクに深く腰掛け、過去の俺の代行として、山のように積まれた決裁書類の束とひたすら格闘していた。

 

(元の歴史じゃ、俺がイングラシアからテンペストに戻ってきた時、この書類の山がドカンと待ち構えてて泣きそうになりながら片付けたんだよな。俺がこうして留守番して完璧に処理してやってるおかげで、その苦労をパスできてる過去の俺がちょっとだけ羨ましいぜ……)

 

ペンを走らせながら内心でそんな愚痴をこぼしていると、不意に、まさにその噂の主から懐かしい波長を伴った『思念伝達』が脳内に飛び込んできた。

 

『おい、未来の俺! 聞こえるか?』

 

(ああ、バッチリ聞こえてるぞ。お前がやるはずだった書類の山を片付けながらな。……で、イングラシアの調子はどうだ? 子供たちは元気か?)

 

『悪い悪い、そっちの仕事は任せた! 子供たちは相変わらず元気いっぱいだ。学園の連中も、精霊が定着してすっかり魔素が安定したあいつらを見て驚いてたぜ。……それより、お前が言ってた通りになったぞ!』

 

過去の俺の声には、興奮と少しの安堵が入り交じっていた。

 

『昨日、王都の上空に突然スカイドラゴンが襲撃してきやがったんだ。……お前から事前に「この時期に竜が来る」って聞いてなかったら、王都はかなりの被害を出してたかもしれない』

 

(なるほどな。で、一番重要な『ミョルマイル君』のことは無事に助けられたか?)

 

俺が尋ねると、過去の俺は得意げに鼻を鳴らすような気配を伝えてきた。

 

『ああ、完璧だ。周囲への被害を抑えつつ竜を仕留めて、逃げ遅れそうになっていたミョルマイルって商人を庇ってやった。そしたら案の定、住所を書いた名刺を密かに渡されたよ。恐らく後でお礼をしてくれるんじゃないか』

 

(よしよし、よくやった!)

 

俺は思わず執務室の椅子から立ち上がり、ガッツポーズをした。

 

『……それにしても、お前の言う通りに行動するだけで、こうもポンポンと有力なコネが出来ていくのは、なんだかズルしてる気分になるな』

 

(ははっ、俺の苦労の結晶である『未来の知識』の恩恵を存分に味わえよ。ミョルマイル君は、テンペストの将来の国家予算を左右する超重要人物だ。飯を奢ってもらうついでに、うちの回復薬(ポーション)の販売ルートの相談や、ゆくゆくはテンペストへの移住の打診もそれとなく進めておいてくれ)

 

『了解だ。こっちは俺に任せておけ。……そっちも、例の『ファルムスの侵攻』が近いんだろ? 油断するなよ』

 

(ああ。こっちの迎撃準備も万全だ。……それと前に話した通り、こっちに戻ってくるときはヒナタの襲撃に備えておけよ。)

 

俺が声のトーンを少し落とすと、過去の俺も真面目な気配を返してきた。

 

『ああ。前にそんな話を少ししてたな。でもなんでシズさんの教え子が俺の命を狙ってくるんだ?』

 

(俺の歴史では黒幕の一人だったユウキが、中庸道化連の連中を使って、ヒナタに『俺がシズさんを殺害した』っていう嘘の情報を吹き込んだからだ。あいつはシズさんのこととなると周りが見えなくなる性格だからな。一切の問答無用で殺しにきたんだよ)

 

俺は当時の絶望的な戦いを思い出しながら、苦く笑った。

 

(だが、安心していい。今回の歴史ではクレイマンたち中庸道化連をこっちの裏の味方に引き入れてるから、ユウキからヒナタへその嘘情報が伝わるルートは完全に遮断してある。だから、お前が帰りにヒナタに襲撃される可能性は限りなく低いはずだ)

 

『……なるほどな。それだったら安心できるな』

 

(だが、万が一ということもある。実際にユウキを仲間に引き入れているのにスカイドラゴンが現れたからな)

 

俺やシエルの予測としては、中庸道化連と同盟を結んだ時点でスカイドラゴンは現れる確率は低いと見積もっていた。しかし、もしも予測が外れたときのためにスカイドラゴンの事は過去の俺に伝えておいたのだ。

ここで予測していなかった事が起こったことによって、この並行世界の時間軸の構造は、俺たちが思っている以上に複雑な可能性が出てきたのだ。

 

そこで、俺はここでさらに強く念を押した。

 

(もしも、あのヒナタと遭遇しちまったら……悪いが、今の時点のお前じゃ逆立ちしても勝てない。瞬殺される)

 

『うっ……お前がそこまで言うってことは、相当ヤバいんだな』

 

(ああ。だから、念には念を入れろ。前にも言った通りにイングラシアを出発して帰路につく時は、あらかじめ魔素を練り込んだ精巧な『分身』を出してそっちを先行させろ。本体は気配を完全に絶って隠れておくっていう『保険』を絶対にかけておくんだ。いいな?)

 

『わかった。帰る時は絶対に分身を身代わりにしておく。……まったく、未来の知識のおかげで助かるが、聞けば聞くほど綱渡りだな』

 

(ははっ、そのための『俺』だろ。じゃあ、ミョルマイル君の件、引き続きよろしく頼むぞ)

 

『おう、そっちは任せとけ』

 

過去の俺との念話を切り、俺は大きく背伸びをした。

 

(これで、表向きの経済の地盤も、俺自身の『生存ルート』の確保も万全だ。ヨウムとミュウランの件も順調だし、あとは……)

 

俺は執務室の窓から、活気に満ちたテンペストの町並みを見下ろした。

空はどこまでも青く澄み渡っているが、遠く西の空――ファルムス王国の方角には、目に見えない暗雲が確かに渦巻き始めているのを感じる。

 

「……さあて、来いよ強欲な人間ども。この国の恐ろしさと俺たちの絆の強さを、骨の髄まで叩き込んでやる」

 

俺は誰に聞こえるでもなくそう呟き、迫り来る開戦に向けて、冷たくも熱い闘志を静かに燃え上がらせていた。

 

 

 

 

傀儡国ジスターヴの城、その奥深くにある瀟洒な執務室。

魔王クレイマンは、最高級の赤ワインが注がれたグラスを優雅に揺らしながら、心地よさそうに目を細めていた。

 

「いやあ、クレイマン。えらい上機嫌な顔してはりますなぁ」

 

部屋の闇からヌルリと姿を現した道化――ラプラスが、おどけた調子で声をかける。

 

「ふふっ、当然だろう、ラプラス。私の描いたシナリオが、いよいよ完璧な形で実を結ぼうとしているのだからね」

 

クレイマンはグラスを傾け、芳醇なワインを一口含んだ。

いつもなら些細なことで神経質に苛立ち、部下に当たり散らしているはずの彼だが、今の様子はひどく落ち着き払っている。

計画が何一つ狂うことなく、順調に進んでいるという絶対の自信の表れだった。

 

彼の脳裏には『支配の宝珠(オーブ・オブ・ドミネイト)』をはめられ、自身の従順なしもべとなったミリムのことが浮かんでいた。

 

あの理不尽の化身たる最古の魔王、ミリム・ナーヴァ。

彼女に宝珠を身につけさせ、完全に精神支配下に置くという、常識では考えられないような大業を成し遂げたのだと、クレイマンは確信していた。

 

「まさか、あのミリムがこうもあっさりと私の手駒になるとはね。これで、圧倒的な『暴力』は私の手の中にあるも同然だ。……まずは手始めに、ミリムには獣王国(ユーラザニア)へ侵攻させ、あの目障りなカリオンを始末させる」

 

「魔王の一角を? そらまた、思い切った手ぇを打つんやなぁ。せやけど、ジュラの森に出来たっちゅう魔物の国……テンペストはどうするんや? あっこも、だいぶ目障りやないか?」

 

ラプラスが肩をすくめながら尋ねると、クレイマンは余裕の笑みを深めた。

 

「あそこには、欲深き人間の軍勢――ファルムス王国を差し向ける。すでに私の優秀な駒であるミュウランを潜入させてあるし、彼女が内側から大結界で魔物どもを無力化したところを、人間の軍隊に蹂躙させる手筈さ」

 

ミリムによるユーラザニアの壊滅と、ファルムス王国によるテンペストの蹂躙。

二つの大きな盤面を同時に動かし、自らは高みの見物を決め込む。

 

「すべては私の思惑通り。誰一人として、この完璧な計画を覆すことなどできはしないさ」

 

クレイマンは満足げにそう呟くと、再びワイングラスを口に運んだ。

ミリムの支配すらも自らの実力だと信じて疑わない道化の魔王は、間近に迫る自分自身の『破滅のシナリオ』に気づくこともなく、静かに祝杯を上げていた。

 

「せやけど、クレイマン。ほんまにその通りに事が運ぶとええんやけどな」

 

ラプラスは飄々とした態度の裏に、意図的な『誘導』を忍ばせて言った。

 

「あのジュラの森のスライム……リムルとか言うたか。豚頭帝(オークロード)を討ち取って、短期間で森の魔物どもをまとめ上げた規格外や。ミュウラン一人潜り込ませただけで、本当にどうにかなるんか? 舐めてかかったら痛い目見るんやないか?」

 

「フッ……買い被りすぎだよ、ラプラス」

 

クレイマンは鼻で笑い、空になったワイングラスをテーブルに置いた。

 

「所詮は羽虫の王に過ぎない。ファルムスの軍勢が結界内で奴らを蹂躙している間、私はあのスライムを『魔王達の宴(ワルプルギス)』に引きずり出し、魔王を僭称した不遜な罪で合法的に処刑してやるつもりだ。……ミリムという最強の駒を手に入れた今、ギィや他の魔王達であっても私に表立って逆らうことはできないさ」

 

絶対の自信に満ちた、傲慢なクレイマンの顔。

それを見て、ラプラスは道化の仮面の奥で、密かに安堵の笑みを浮かべた。

 

(よしよし、ええ調子や。これでクレイマンのやつは、すっかり未来のリムルはんが言うとった『歴史』の通りに動くはずやな)

 

本来の彼ら『中庸道化連』は、何よりも身内を大切にし、互いの生存を第一に行動する仲間たちだ。

ラプラスはすでに未来のリムルと裏で接触し、クレイマンが東の帝国の黒幕に精神支配を受けていること、そして元の歴史で彼が迎える悲惨な結末を全て聞かされていた。

だからこそ、彼は帝国に悟られぬよう、クレイマンがリムルの敷いた『生存ルート』へと確実に歩みを進めるよう、あえて彼を煽って手綱を握り、誘導していたのだ。

 

「ま、あんたがそこまで自信満々なんやったら、ワイはこれ以上何も言わへんよ。せいぜい、足元すくわれんように気ぃつけや」

 

「忠告は痛み入るよ。だが、私の盤面はすでに完成している。……さあ、愚かなスライムと獣王の破滅を祝って、今宵は存分に楽しもうじゃないか」

 

クレイマンの高笑いが、薄暗い執務室に響き渡る。

 

手駒だと思い込んでいるミュウランは、すでに未来のリムルによって完全に解き放たれている。

支配したと信じて疑わないミリムは、ただ面白い遊びに乗っているだけであり、いつでも彼を消し飛ばせる。

そして、彼に強烈な自信と傲慢さを植え付けている精神支配すらも、リムルの手によってすでに看破され、裏の裏をかかれている。

 

彼が絶対の自信を持って敷いたはずの盤面は、遥か高みから『未来の叡智』によって完全に掌握され、書き換えられている。

自らがすでにピエロ以下の道化として踊らされている事実など、この時のクレイマンは知る由もなかった。

 

(……大見得切っとるところほんまに悪いんやけどな、クレイマン。お前さんの完璧な計画、最初から全部筒抜けなんやで)

 

ラプラスは高笑いする仲間の背中を見つめながら、道化の仮面の奥でそっと目を伏せ、心の中で静かに呟いた。

 

(未来のリムルはん……うちの不器用な身内の命、どうか頼んだで)

 

 

 

 

その頃、王都イングラシアを発った過去のリムルと子供たちは、帰りの道中であるブルムンド王国へと無事に到着し、テンペストへの帰還に向けた歩みを進めていた。

 

しかし、彼らの穏やかな旅路や、未来のリムルがテンペストで敷いた完璧な防陣など知る由もない西側諸国の一角――ファルムス王国では、血生臭い欲望が静かに、そして確実に煮詰まりつつあった。

 

豪奢な王城の奥深く、重厚な扉に閉ざされた大広間で行われていた御前会議の場は、貴族たちの欲望と傲慢に満ちた熱気に包まれている。

 

「皆も知っての通り、近年ジュラの大森林に出来た『魔物の国(テンペスト)』とやらのせいで、我が国の貿易益は激減している。ドワーフの王国へ向かう商人たちが、安全で快適な新ルートとして森を通るようになったからだ」

 

上座にふんぞり返るファルムス国王、エドマリスが忌々しげに口を開く。

しかし、その不満気な言葉とは裏腹に、彼の瞳の奥には隠しきれない強欲な光がギラギラと渦巻いていた。

 

「それに加えて、奴らが市場に流しているという高品質な回復薬(ポーション)や、見事な絹織物……。あれほどの富と技術を、ただの魔物どもが独占しているなど、世界の理に反していると思わんか?」

 

エドマリスの言葉に、円卓を囲む貴族たちの多くが深く頷き、卑しい笑みを浮かべた。

彼らの目的はただ一つ。

テンペストという新たな金づるを、自らの支配下に置くことである。

だが、その熱狂に水を差すように、一人の年配の貴族が恐る恐る手を挙げた。

 

「お、お待ちください、陛下。確かにその利益は魅力的ですが……情報によれば、かの魔物の国はすでに武装国家ドワルゴンや、隣国のブルムンド王国と正式な国交を結んでいるとのこと。正当な理由なく武力行使に踏み切れば、西側諸国評議会から厳しく問題視されるのは避けられませんぞ」

 

もっともな懸念だった。

国家間のパワーバランスを考えれば、大国ファルムスといえど単独の暴走はリスクが高い。

だが、その貴族の真っ当な意見は、続く冷ややかな嘲笑によって容易く掻き消された。

 

「クックック……杞憂ですな、卿は」

 

立ち上がったのは、西方聖教会の影響力を持つ大司教、レイヒムだった。

 

「その点については、すでに手を打ってあります。先ほど、西方聖教会本部より直々に『魔国討つべし』との連絡が入っております。ルミナス教の教えにおいても、知性の低い魔物どもが人間と対等に国を騙るなど、神への冒涜に他なりません。つまり、我々の進軍は神の意志を代行する『聖戦』として、教会本部から全面的に支持されるのです」

 

「おおっ! 聖教会の後ろ盾が得られると申すか!」

 

「なれば、評議会とて文句は言えまい!」

 

レイヒムの言葉に、会議室の空気は一気に沸き立った。

先ほど懸念を示した貴族も、聖教会の名を出されては青ざめて沈黙するしかない。

 

「ふふっ、素晴らしい。……フォルゲンよ、軍の編成はどうなっている?」

 

エドマリスが満足げに視線を向けると、王立騎士団長であるフォルゲンが、重厚な鎧を鳴らして一歩前に出た。

 

「はっ。国王陛下の御言葉、そして神の御意志のままに。王立騎士団をはじめとする我が軍の精鋭は、いつでも出陣できるよう整っております。さらに今回は、異世界からの『召喚者』たちも前線に投入する手筈です。強力なユニークスキルを持つ奴らの力があれば、魔物の群れなど赤子の手を捻るようなもの。我が軍の損害は皆無かと」

 

歴戦の猛者であるフォルゲンの自信に満ちた報告は、貴族たちの欲望にさらなる拍車をかけた。

 

「よかろう。まずは事前の打ち合わせ通り、視察と称した先遣隊である召喚者たちを町に送り込み、適当な難癖をつけて騒ぎを起こさせるのだ。それを口実に、我が軍が『自衛』と『人道支援』の名目で一気に制圧する」

 

国王の完璧な作戦に、会議室には下卑た賛同の笑い声が響き渡った。

 

「たかがスライム一匹が率いる烏合の衆など、我がファルムスの栄光ある軍勢の敵ではない。ジュラの森の富は、すべて余のものだ!」

 

エドマリスが高らかに宣言する。

彼らは自分たちが絶対の強者であり、相手が一方的に蹂躙されるだけの哀れな魔物であると信じて疑っていなかった。

その進軍の先に、二人のリムルという最悪の絶望と、すでに完全に裏をかかれているという地獄が待ち受けていることなど、愚かな人間の王や騎士団長たちは知る由もなかったのである。

 

 

 

 

俺が執務室で防衛戦に向けた最終確認を進めていると、イングラシア王都に滞在している過去の俺から『思念伝達』が入った。

 

『おう、未来の俺。こっちの用事もあらかた片付いたし、そろそろ数日のうちにイングラシアを経って、テンペストに戻ろうと思ってる』

 

(おっ、そうか。ご苦労さん。子供たちの様子はどうだ?)

 

『ああ、あいつらにはテンペストへの移住の話もちゃんとしてある。かなり乗り気だったぜ。とりあえず、こっちで学園や組合への根回しとか引き継ぎの準備を終えてから、後日正式に迎えに行くつもりだ』

 

(了解だ。受け入れ態勢はこっちで完璧に整えておく)

 

俺は一つ頷き、先日の忠告を再度口にする。

 

(……前に言った通り、帰り道はくれぐれも気を付けろよ。)

 

『わかってるって。俺だって痛い目には遭いたくないからな。抜かりなくやるさ。じゃあ、また後でな』

 

過去の俺との思念が切れ、俺は執務室の椅子に深く背中を預けた。

イングラシア組の帰還フラグが立ち、いよいよファルムス王国が牙を剥く時が近づいている。

 

(ファルムスの軍勢の方は、ヨウムやミュウラン、それに仲間たちがいれば俺が手を出さずとも対処できるだろうが……問題は、もう一つの盤面だな)

 

俺は目を閉じ、遠く離れた地にいるはずの『親友』へと意識を集中させた。

魔王クレイマンがすでに動き出している以上、彼女にもある事を伝えておかなければならない。

 

(……ミリム。おい、ミリム。聞こえるか?)

 

俺は『思念伝達』の波長を最大まで広げ、ミリムへと呼びかけた。

しかし、いくら波長を強めても、返事はない。

 

まるで分厚い壁の向こう側に隔絶されてしまったかのような、不自然なほどの沈黙だ。

 

だが、俺にはその沈黙の『理由』がわかっている。

 

(おい、ミリム。聞こえてるんだろ? お前がクレイマンの『支配の宝珠』に操られてるフリをしてるだけなのは、こっちには全部バレてるんだ。さっさと思念を返してこいよ)

 

俺が呆れ半分にそう呼びかけると――。

 

『……なーんだ。つまんないのだ!』

 

不意に、分厚い壁がパリンと割れるようにして、いつもの元気で無邪気な声が脳内に響き渡った。

 

『未来のリムルの知る歴史だと、ワタシのこの完璧な名演技も最初から筒抜けだったというわけか? 絶対の自信があったのに、悔しいのだ!』

 

(まあな。何せ、のちの『魔王達の宴(ワルプルギス)』で、お前自身がドヤ顔でネタばらしをしてくれたからな)

 

『むう…未来の知識というのはずるいのだ!全てを見透かされているみたいで良い気がしないぞ!』

 

ミリムが不満げに唸る気配が伝わってきて、俺は思わず苦笑いした。

 

(それはともかく、お前に一つ厳重に注意しておくことがある。これからお前は、クレイマンの指示に従うフリをして、獣王国(ユーラザニア)に宣戦布告し、カリオンと戦うことになるはずだ)

 

『うむ! その通りなのだ! カリオンとの一騎討ち、今からワクワクしているのだ!』

 

(戦うのは別にいい。カリオンも馬鹿じゃないから、お前の真意には気づくはずだ。……だがな、絶対にユーラザニアの都市を『竜星爆炎覇(ドラゴ・ノヴァ)』なんかで吹き飛ばすんじゃないぞ。いいな?)

 

『えっ? だ、ダメなのか? 派手にドカンとやった方が、クレイマンも完全に騙せると思うのだ』

 

ミリムが少し残念そうに聞き返してくるが、俺は断固として首を横に振った。

 

(ダメに決まってるだろ! 元の歴史じゃ、お前が加減を間違えて跡形もなく国を消し飛ばしたせいで、後になって俺たちが責任を肩代わりして、ユーラザニアの復興作業を死ぬほど手伝わされる羽目になったんだからな! あの時の俺の苦労(実際に苦労したのはゲルドだったが)を舐めるなよ!)

 

『うっ……わ、わかったのだ。未来のマブダチがそこまで言うなら、手加減してちょっとだけ壊すに留めておくのだ。約束するのだ』

 

ミリムは少しシュンとした様子で、素直に頷いてくれた。

まったく、この理不尽の化身は、一歩間違えれば本当に地図から国を消し去ってしまうから油断ならない。

 

(頼んだぞ。……ああ、それからもう一つ。クレイマンのやつ、調子に乗ってお前を殴ったりするかもしれないが、ワルプルギスまではグッと我慢しろよ。後で俺たちがきっちり落とし前をつけさせてやるからな)

 

『ふふん、その程度は平気なのだ! ワタシは大人だからな! それじゃ、また後で会おうな、リムル!』

 

元気よく思念が切れ、俺の脳内に再び静寂が戻った。

 

これで、ミリムの暴走によるユーラザニアの壊滅という最悪の被害も防げるはずだ。

全ての盤面は、俺の知る歴史よりも遥かに良い方向へと進んでいる。

 

これで、ミリムの暴走によるユーラザニアの壊滅という最悪の被害も防げるはずだ。

 

実は今朝がた、ユーラザニアの三獣士であるアルビスから、緊迫した様子で緊急の通信が入っていたのだ。

 

『一週間後、我が獣王国は魔王ミリムと交戦状態に入ります。……厚かましいお願いであることは百も承知ですが、どうか我が国の民を避難民として受け入れてはいただけないでしょうか』

 

ミリムからの理不尽な宣戦布告。

彼女たちの絶望は痛いほどよくわかる。

元の歴史を知っている俺はもちろん即座に快諾し、テンペストへの避難ルートの確保と受け入れの準備を幹部たちに指示したばかりだった。

いくらミリムに手加減するよう釘を刺したとはいえ、国が戦場になる以上、民を安全な場所へ逃がすのは絶対条件だからな。

 

全ての盤面は、俺の知る歴史よりも遥かに良い方向へと進んでいる。

 

沈みゆく夕日が、テンペストの町並みを赤く染め上げていく。

それはまるで、これから始まる凄惨な戦いを暗示するかのようでもあった。

だが、俺の心に迷いはない。

西側諸国の強欲、魔王の卑劣な謀略、そして理不尽な暴力。

それらすべてを真っ向から叩き潰し、この国の大切な仲間たちを誰一人として失わせない。

 

いよいよ、俺たちテンペストの存亡と未来を懸けた大舞台――『ファルムス軍迎撃戦』の幕が上がるのだ。

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