【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第三章 救済の誓約と朧流の極致

村へと戻ると、そこには三日前の「彷徨えるオーガ」としての面影を、圧倒的な気品と魔素の奔流で完全に上書きした六人の姿があった。

 

俺が広場の片隅に音もなく降り立つと、鋭い気配を察知したソウエイが、そして次々と他の面々が俺の方へと向き直る。

 

「……貴方は。あの日、リムル様と共に居られた……」

 

代表して一歩前に出たのは、燃えるような紅蓮の髪を揺らす青年——ベニマルだ。

宴の席では突如現れた俺に警戒を隠せなかった彼らだが、進化したことで感覚がより鋭敏になったのだろう。

俺から漏れ出る魔素の質が、今なお天幕で眠り続ける彼らの主と同じであることを、魂の深い部分で理解しているようだった。

 

「よう。……見違えたな、お前ら。鬼人への進化、無事に成功したみたいで何よりだ」

 

俺は努めて軽く声をかけたが、彼らの反応は至極真面目なものだった。

六人は互いに視線を交わすと、一斉に俺の前で片膝をついた。

 

「驚きました。進化の最中、朦朧とする意識の中で……リムル様とはまた別の、しかし同じくらい温かく、底知れぬ力に見守られているのを感じていました。それが貴方だったのですね」

 

清楚な美しさを湛えたシュナが、伏せたままで鈴を転がすような声で言う。

 

「いや、俺は何もしてないさ。あっちの俺が、自分の力だけでお前たちに名前を付けたんだ。……おかげで、あいつは今もぐっすりだけどな」

 

俺は天幕の方を親指で指して苦笑いした。

シエルのサポートなしで、オーガ六人の名付けを強行した過去の俺。

その無茶の代償が、この数日間のスリープモードだ。

だが、そのおかげで彼らと「主」の間に結ばれた魂のパイプは、純粋そのもの。

未来の俺が余計な手出しをしなくて正解だった。

 

「リグルド殿に事情は伺い申した……未来のリムル様。そう、お呼びしてよろしいでしょうか」

 

ハクロウが老剣客らしい鋭い眼光を和らげ、静かに問いかけてきた。

 

「ああ、好きに呼んでくれ。……俺は、あっちの俺のサポートに徹しているだけだからな」

 

「サポート、ですか……。未来のリムル様がこれほどのお力をお持ちとは、我らが主の『未来』というのは、よほど凄まじいものなのでしょうな」

 

ハクロウの言葉に、シオンが鼻息荒く身を乗り出した。

 

「さすがリムル様です! 未来のご自身までこれほどまでに凛々しく、力強いとは! このシオン、ますますお仕えするのが楽しみになってまいりました!」

 

相変わらずのシオンに、俺は思わず吹き出しそうになった。

まだ「秘書」を名乗る前だというのに、その忠誠心(と暴走気味な勢い)は既に完成されているらしい。

 

「未来のリムル様。我らに力を貸してくださり感謝しています。宴の席では貴方様に刃を向けるなど、大変失礼な行動をとってしまい申し訳ありませんでした」

 

ソウエイが顔色を変えず、しかし心底申し訳なさそうな気配を醸し出して謝罪してきた。

 

「いいって、気にするな。そもそも宴の席じゃ俺が急に現れて混乱してただろうし、名付けまでの流れが急すぎて、ちゃんと事情を説明する機会もなかったしな。皆、これから過去の俺ともどもよろしくな」

 

鬼人達は力強く頷いてくれた。

 

(シエル、彼らのステータスはどうだ?)

 

《ベニマルたち6名ですが、魂の強度が正史の同等時期と比べて約十五%ほど上回っているようですね。これは、マスターという『上位存在』が近くに滞在していることで、彼らがその魔素の環境圧に無意識に適応した結果でしょう》

 

(俺がいるだけでバフがかかってるってことか。……まあ、悪いことじゃないな)

 

俺は改めて、跪く六人の鬼人たちを見渡した。

彼らがこれから歩む道。

正史では数多くの困難と、癒えぬ傷を抱えながら進んだ道だ。

だが、俺の虚数空間には、あの里から回収した「三十%の魂の断片」が眠っている。

 

(あっちの俺が目覚めたら、真っ先にこのことを話してやるか。……いや、まずはオークロードをどう料理するか、相談が先かな)

 

「さて。お前ら、主が目覚めた時に恥ずかしくないよう、自分の新しい体の感覚を確かめておけよ。……もうすぐ、あいつが起きる気配がする」

 

「「「「「「ハッ!!!」」」」」」

 

「あぁ、それと……。シュナとシオンは、天幕にいる俺(スライム)の体の手入れをしてやってくれないか。俺の過去の記憶だと、スリープモード中のスライムボディは結構ホコリとか被って汚れやすくてな」

 

「はい!」 「是非お任せください!」

 

俺は、目覚めたときに柔らかい双丘に囲まれていた至福の記憶を思い出し、ついそんな一言を付け加えた。

 

《………………………………………………………》

 

途端に、シエルさんから絶対零度のような冷たい気配を感じたが、気のせいだったということにしておこう。

うん、きっと気のせいだ。

 

「では、失礼して……」 「リムル様、隅々まで綺麗にして差し上げますね!」

 

シュナとシオンが、実に嬉しそうに、かつ神聖な儀式でも執り行うかのような真剣な表情で天幕へ向かい、スライム状態の「俺」を抱き上げた。

案の定、過去の俺は二人の柔らかな感触に埋もれ、無意識のうちにぷるぷると心地よさそうに震えている。

 

(……いいなぁ、アイツ)

 

《……。マスター、今何か仰いましたか?》

 

(いや!何も!それより、そろそろ意識が戻るぞ!)

 

俺が慌てて念話で誤魔化すと同時、シュナたちの腕の中でスライムがピクンと動いた。

 

「……んん。……ふにゃ? なんだ、この天国みたいな感触は……」

 

過去の俺が、寝ぼけ眼(目はないけど)でゆっくりと意識を浮上させる。

視界が開けた瞬間、目の前に広がっていたのは、絶世の美女二人の慈愛に満ちた笑顔、そして――。

 

「あ、目覚められましたか! リムル様!」 「リムル様! おはようございます」

 

「……えっと、どちらさまでしたっけ?」

 

過去の俺は、起きたばかりで記憶があやふやなようだったが、状況自体は満更でもないらしく、デレデレと楽しんでいるみたいだ。

 

「お目覚めになられたか。リムル様」

 

なにがなんだかわからない様子で周囲を見渡す過去の俺。

その目に飛び込んできたのは、ひれ伏す燃えるような紅蓮の髪の青年(ベニマル)や、青い影のような美青年(ソウエイ)、そして老練な気配を纏う剣客(ハクロウ)たちの姿だった。

 

「……主よ。無事の目覚め、これ以上の喜びはございません」

 

「ベ、ベニマル……なのか? まさか、他のみんなも……」

 

「はい。今は皆、リムル様より頂戴した名を名乗っております」

 

ベニマルが誇らしげに答えると、過去の俺は驚いた様子で固まった。

 その隣で、俺は腕を組んでニヤリと笑う。

 

「よう、おはよう。……最高の目覚めだったろ?」

 

「未来の俺! ……お前、まさか仕組んだな!?」

 

「なんのことかな。……それより、お前が寝てる間に色々と状況が動いたぞ。まずは、あいつらの進化を祝ってやれ。それから……」

 

俺は一瞬、表情を引き締めた。

周囲の鬼人たちに聞こえないよう、過去の俺にだけ直接念話を飛ばす。

 

(……お前にだけ先に言っておく。オーガの里の連中を『救える』可能性がある。オークの軍勢の攻略、俺のいた歴史とは少しやり方を変えるぞ)

 

その言葉に、過去の俺の目が鋭く見開かれた。

かつての絶望を知る者として、その可能性がどれほど重いものか、今の彼には痛いほどわかるはずだ。

 

「……っ、本当か!? ああ、わかった。やり方は任せる。……未来の俺がいるんだ、信じない理由がないからな」

 

過去の俺が力強く頷いたその時。

村の入り口から、リグルドが尋常ではない慌てた様子で駆け込んできた。

 

「リムル様! 未来のリムル様! 大変です! 森の境界より、管理者である樹妖精(ドライアド)様がこちらへ向かっておられます!」

 

俺の仕込み通りに――オークロードとの再度の戦いの火ぶたが切られようとしていた。

 

 

 

 

 

 

村の中央に新設されたばかりの木造建築の会議棟。

真新しい木の香りが漂うその広々とした部屋に、この時点での過去の俺の幹部たちが勢ぞろいしていた。

 

上座には二人のリムルが並んで座り、その左右を進化を終えたばかりの鬼人(キジン)たちが固める。

トレイニーは静かな佇まいで彼らと対峙し、リグルドや部下のゴブリンロード達、カイジン、そして過去の俺の影から顔を出すランガも、それぞれ緊張した面持ちで席についていた。

 

「さて、まずは皆、急な呼びかけに集まってくれて助かる」

 

過去の俺が、まだ少し慣れない様子で会議の口火を切った。

その隣で、俺は腕を組み、椅子に深く腰掛けて場を見守る。

 

「……トレイニーさん、だったな。改めて、ここへ来た理由を皆にも聞かせてくれるか?」

 

過去の俺の問いに、トレイニーは優雅に一礼し、透き通るような瞳で一同を見渡した。

 

「樹妖精(ドライアド)を代表し、申し上げます。現在、このジュラの大森林は未曾有の危機に瀕しています。……その数二十万。豚頭帝(オークロード)率いるオークの軍勢が、すべてを喰らい尽くさんと進撃を開始しました」

 

「に、二十万……!?」

 

リグルドが絶句し、カイジンも険しい表情で眉間に皺を寄せた。

 

「おいおい、冗談キツイぜ。二十万の軍勢なんざ、まともにぶつかったらこの森の生態系どころか、地形ごとメチャクチャになるぞ……。トレイニーさん、あんたはそれを俺たちに止めてほしいって言うのか?」

「はい。管理者である私たちが動けぬ中、この脅威を退けられるのは、新たな森の盟主となり得る貴方様方しかおられないのです」

 

トレイニーの言葉に、場が静まり返る。

俺の歴史では、ここで俺が仲間たちの意見を聞き、リザードマンとの共闘を決意する流れだ。

だが、今回の大きな違いは、まだリザードマンとの接触を行っていないという点と、「未来から来た俺」がいるという点だ。

 

「……二十万か。数の上では途方もない脅威だが、問題はそこじゃない」

 

俺は静かに口を開いた。

視線が一斉に俺に集まる。

特にベニマルたちの瞳には、故郷を滅ぼした仇への、静かだが激しい怒りの炎が宿っていた。

 

「二十万のオークは、ただの兵隊じゃない。皆は今初めてオークロードがいるという情報を知っただろうが、やつらはユニークスキル『飢餓者』によって、喰った相手の力を取り込み、進化し続ける。放置すればするほど、手がつけられなくなるぞ」

 

その言葉に仲間たちは深く考え込む。

 

「オークロード。……昔、親父殿から聞いたことがある。味方の恐怖の感情を食らうことで、狂気の統率力を持つと……。だが……」

「まさか本当にそのようなものが生まれていたとは……。にわかには信じられませんでしたが……」

 

ベニマルに続いて、シュナが驚嘆のこもった声を上げる。

 

「……未来のリムル様のおっしゃる通り、単なる数だけではないのです」

 

ソウエイが、確固たる意志を込めて言葉を紡いだ。

 

「斥候に出した分身からの報告では、奴らの先遣隊は進軍の邪魔になる魔物のみならず、倒れた同胞すらその場で平らげ、歩みを止めぬまま力を増している。あれは軍隊というより、すべてを飲み込む巨大な一つの『胃袋』です」

 

その報告に、会議室の温度がさらに数度下がったような緊張感が走る。

 シオンでさえも手に力が入っているのが見えた。

 

「未来の俺……お前は、この戦いの結果を知ってるんだろ?」

 

過去の俺が、真剣な眼差しで俺に問いかけてくる。

 

「ああ。俺の歴史では、リザードマンと共闘することになったが、そのリザードマンにも、オークロードの影響下にあったオークにも多数の犠牲者が出た。だが……」

 

俺はここで一度言葉を切り、ベニマル、シュナ、シオン、ソウエイ、ハクロウ、クロベエ……六人の鬼人たちを一人ずつ見据えた。

 

「俺は今回の戦いで、オークからもリザードマンからも、不要な犠牲者は一切出すつもりはない」

 

そう言った瞬間、一気に鬼人達の顔つきが険しくなった。

無理もない、身内をなぶり殺しにされた直後なのだから。

だが俺は構わず言葉をつづける。

 

「俺は昨日、お前たちの里の跡地に行ってきた。……そこで、あるものを回収してきたんだ」 

 

「里の跡地に……? 一体何を……」

 

ベニマルが困惑したように声を漏らす。

俺は一呼吸置いてから告げた。

 

「お前たちの里でオークに喰らわれた同胞たちの『魂の残滓』の回収をしてきた。……その比率、およそ三割。本来なら霧散していたはずの情報を、俺が権能で保護した」

 

「……っ! お父様たちの、魂を……!?」

 

シュナが信じられないといった様子で口元を抑え、ベニマルの拳がミシミシと音を立てて震える。

ハクロウは大きく目を見開き、クロベエは言葉を失い、シオンに至っては信じられない奇跡を前にしてポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

 

「いいか、よく聞け。オークロードを倒し、奴が喰らった魂をすべて吐き出させることができれば……俺の解析によって、里の連中を『蘇生』させられる可能性がある」

 

その瞬間、会議棟の空気が爆発したかのように揺れた。

 驚愕、歓喜、そして祈るような希望。

鬼人たちから溢れ出す魔素が、部屋全体を熱く震わせる。

 

「蘇生?……本当に、そんなことができるのか?……俺」

 

「ああ、俺が保証する。だが、そのためには条件がある。オークロードがオーガ達の魂を完全に『消化』しちまう前に、迅速に、かつ精密に奴の核を叩き、情報を引き抜かなきゃならない」

 

俺は過去の俺の方を向き、不敵に笑った。

 

「二十万のオークをただ殲滅するんじゃない。一人残らず『救う』ための戦いだ。……どうする、俺?」

 

過去の俺は、一瞬だけ呆気に取られたように俺を見ていたが、やがてぷるぷると震えながら、最高の笑みを浮かべた。

 

「……決まってるだろ。やってやるさ、未来の俺!」

 

過去の俺は勢いよく立ち上がり、一同を見渡した。

 

「皆、聞いた通りだ! 今回の目標はオークロードの討伐、そして――犠牲者の救済だ! ベニマル、部隊の指揮はお前に任せる。俺たちの力を見せつける時だ!」

 

「ハッ! この命に代えても……必ずや、主君の御期待に応えてみせます!!」

 

幹部たちが一斉に平伏し、その覇気が建物全体を熱気で満たした。

俺の体験した歴史を超えた救済計画が、今ここに動き出した。

 

(……さて。

方針は決まったが、敵は二十万だ。

過去の俺を主体とした部隊ががむしゃらに突っ込んでも魂の回収は難しい。

シエル、現時点での敵の配置と、オークロードの進行速度を予測しろ)

 

俺が静かに命じると、脳内で淀みない答えが返ってきた。

 

《わかりました……。解析完了。オークロード――現個体名:ゲルドは、ジュラの大森林南西の湿地帯に向けて進軍中。現時点では、マスターの正史よりもこのオークロード対策会議が開かれたのは二十日以上早い段階ですが、本来の歴史よりもオークロードの進行速度が十五%ほど速くなっております》

 

(加速してる……?やはり俺が経験した歴史とは違う何かが、裏で意図的に歴史を早めようとしているみたいだな……)

 

「未来の俺、どうした?」 過去の俺が、俺の険しい表情を敏感に察して尋ねてくる。

 

「いや、なんでもない。それよりも……本来ならお前がやるはずだった役割を奪ってしまって悪いんだが、ここはまず俺に指示を出させてもらってもいいか?」

 

「あぁ、もちろんだ。俺もあんたも同一人物なんだから、遠慮はいらないさ」

 

「ありがとな。……よし、作戦を伝える。まず、ソウエイ」

 

「はっ」

 

音もなく立ち上がったソウエイに、俺は明確な指示を与えた。

 

「お前はまず、湿地帯へ向かってくれ。そこにはリザードマンの里がある。俺の歴史では、リザードマン首領の息子、ガビルが色々と混乱を巻き起こすが……今回はその前に、リザードマンの首領に直接接触してほしい。俺たちの『同盟』の意志を伝えるんだ」

 

「承知いたしました。……ガビルという者が混乱を招く前に、手を打つということですね」

 

「ああ。頼んだぞ。……次にベニマル、ハクロウ、シオン」

 

三人が顔を上げる。

その瞳には、かつてないほど鋭い戦意が宿っていた。

 

「お前たちは、同盟の成立後、ゴブリン隊と牙狼族を率いて、オーク軍の側面を叩く準備をしてくれ。正面からまともにぶつかる必要はない。目的は、オークロードをあぶりだすことだ」

 

「なるほど。つまり、周囲のオークたちから孤立させ、未来のリムル様のおっしゃる魂を回収する作戦を遂行しやすくするということですな」

 

ハクロウが鋭く察する。

 

「その通りだ。オークロードの強さの一つは、配下の二十万との連携にある。それを断ち切り、奴が『個』になった瞬間が、魂を引き抜く最大のチャンスだ」

 

俺が力強く語ったその時、傍らに控えていたランガが初めて口を開いた。

 

「しかし、未来の我が主よ。オークどもの犠牲も最小限にすると言っておられましたが、それでは作戦の過程で、オークにも少なからず犠牲者が出てしまうのでは?」

 

ランガの指摘はもっともだ。

むしろ、本来であれば親の仇である敵側に犠牲を出さずに勝利するなどという条件付けを行う時点で、味方からは不満が上がりそうなものなのだが、皆が全幅の信頼を寄せていてくれるからか、そういった反発は出なかった。

 

「ランガの言う通りだ。だが、俺にはこれがある」

 

そう言って、俺は『虚数空間』から淡く光る宝玉のような物体――『疑似魂(ぎじこん)』を取り出して見せた。

 

「それは一体なんですか……?」

シオンが不思議そうに覗き込んでくる。

 

「これは俺が未来で作った疑似的な魂の器だ。たとえ死んでしまっても、この器とさっき言った肉体の情報を活用すれば、復活できる可能性が格段に高くなる。……実際、これを使って七十万人以上の死者を蘇らせたこともあるしな」

 

「「「「「「 !!!!!!!???? 」」」」」」

 

俺の言葉を聞いた過去の俺や幹部陣が、完全に度肝を抜かれた目でこちらを見た。

 あまりの衝撃に、会議室が数秒間、水を打ったように静まり返る。

 

「な、なな、七十万……!?」

 

カイジンが顎を外さんばかりに口を開けた。

 

「俺は旦那がスゲェお方だと思ってついてきたがよ……まさか将来的にそこまで無茶苦茶な神様みたいな人物になるとは思ってなかったぜ」

 

「流石、未来の我が主! もはや生死の理すら超越しておられるとは! なんでもありですな!」

 

ランガが興奮しすぎて、尻尾で会議室の壁をドスドスと叩く。

 

「まさか……まさかそこまでのお方に我らゴブリン族は見出してもらっていたとは……! このリグルド、感激で涙が止まりませぬ!」

 

「流石リムル様! これで我らには敵なしですね!!」

 

シオンが自分の目の前の机を壊しそうな勢いで喜んでいる。

 

「オークの先遣隊から助けていただいた際に、ただならぬお力の持ち主だとは思っておりましたが、まさかここまでのお方とは……」

 

トレイニーさんでさえも、頬を引きつらせて絶句していた。

 

少し混乱が落ち着くのを待ってから、俺は再び口を開いた。

 

「まぁ皆落ち着いてくれ。万単位の人数を蘇生させるとなるとそれなりに条件も厳しくなるからな。それを踏まえて、ベニマル達オーク軍と直接対峙するもの達には、可能な限り遺体を修復可能な状態で残してほしい」

 

「修復可能な状態で、ですか?」

 

「あぁ、もちろんお前たちの命の方が重要だから、これは出来るならばで良い」

 

「いえ、我々もリムル様から名を賜った身、お二方からの命令とあらば身命を賭して実行させていただきます」

 

そう言って、ベニマル、シオン、ハクロウが深く頷いてくれる。

 

その横で、過去の俺が「ははは……俺って未来でそんな神か化け物みたいなことになってるのか……一体何があったらそんなことになるんだ?」と、遠い目をしながら完全に達観していたのは見なかったことにしておこう。

 

俺は立ち上がり、全員を見渡した。

 

「シュナとクロベエは、カイジンと協力してこの村の防衛線を構築、そして各々の装備品の新調をしてくれ。万が一にも、ここをオークに踏ませるわけにはいかない」 

 

「「「「「「ハッ!!」」」」」」

 

力強い返事が会議棟に響き渡り、幹部たちがそれぞれの任務のために一斉に動き出した。

部屋に残ったのは、俺と、過去の俺、そして管理者のトレイニーだけだ。

 

「……未来のリムル様。貴方様は、本当に『運命』そのものを書き換えようとしておられるのですね」

 

トレイニーが、畏怖と感嘆の混じった溜息をつく。

 

「運命なんてのは、食い合わせが悪けりゃ吐き出させて、美味いものに作り変えればいいのさ」

 

俺は不敵に笑い、過去の俺に視線を向けた。

 

「さて、俺……。おまえには、一番大事な役目がある」

 

「……わかってる。オークロードとの決戦だろ?」

 

過去の俺の表情は、すでに「村のリーダー」から「一国の主」へと進化していた。

俺の歴史では、凄惨な捕食の果てに決着がついたあの戦い。

だが今回は、二人のリムルが並び立ち、一人のオークの絶望をも救い上げる、かつてない結末を目指すのだ。

 

 

 

 

翌日、俺は訓練場にて訓練に励む過去の俺やゴブリンたち、そして彼らに稽古をつけるハクロウを眺めていた。

 

澄み渡る青空の下、村の広場を兼ねた訓練場には、乾いた打撃音と荒い息遣いが響き渡っていた。

 

「はぁっ、……しまっ!?」

 

訓練場の中央では、人型の姿をした「過去の俺」が、必死に木刀を振るっていた。

対峙するのは、老剣客ハクロウだ。

ハクロウは一切の無駄がない動きで過去の俺の刺突をいなし、その懐へと音もなく踏み込む。

 

「甘いですぞ、リムル様! 意識が手元に寄りすぎておる。敵の全身を、いや、戦場全体を『観る』のじゃ!」

 

「わ、わかってるって! ……くそっ、『粘鋼糸』!」

 

過去の俺が掌から放った糸が、ハクロウの足を絡め取ろうと蛇のように這う。

だが、ハクロウはそれを見ることなく、最小限の足運びで回避。

そのまま木刀の柄で過去の俺の鳩尾を軽く突き上げた。

 

「がふっ……!?」

 

(ああ、あの頃の俺……。一生懸命『大賢者』の予測演算をなぞって、必死にハクロウの動きに食らいついてたっけな)

 

俺は懐かしさに目を細めた。

今の過去の俺は、まだ自分の力と権能に振り回されている。

大賢者の導きを完璧に実行しようとするあまり、動きに「遊び」がなく、ハクロウのような達人からすれば次の一手が丸見えなのだ。

 

視線を少し横へずらせば、そこにはさらなる地獄絵図が広がっていた。

 

「腰が高い! それでオークの突進を受け止めるつもりか!」

 

彼に並んで指導にあたっていたベニマルが、ゴブリンたちに鋭い声を飛ばしている。

だが、基本の「型」を叩き込んでいるのは、やはり中心にいるハクロウだ。

 

リグルやゴブタ、ゴブゾウやゴブアを含む若手のゴブリンたちは、文字通りボロ雑巾のように地面をのたうち回っていた。

 

「ひぎぃっ! ……あ、足が、笑って動かないっす……」

 

ゴブタが泡を吹いて倒れそうになるが、ハクロウが過去の俺をあしらいながら放った石礫が、正確にその尻を叩く。

 

「立て! 呼吸を整えろ! 意識を刃の先に集中させるのだ!」

 

ハクロウの動きには、鬼人へと進化したことでさらに磨きがかかっている。

魔素の出力に頼らず、純粋な技の冴えだけで過去の俺と、数多のゴブリンを同時に相手取っているのだ。

 

(……相変わらず、ハクロウの稽古は見てるだけで震えるな。でも、あいつらの成長速度もバカにできない。ハクロウの理不尽なまでの厳しさが、あいつらの生存本能を叩き起こしてるんだ)

 

俺は心の中で、かつての自分と仲間たちの奮闘にエールを送っていた。

今の俺なら、ハクロウの剣筋すら静止画のように捉えられる。

だが、この未熟で、泥臭いまでの「今」が、俺という存在の根幹を作ったのだと改めて実感する。

 

「そこまでだ」

 

ハクロウの鋭い声が響き、訓練場に一時の静寂が訪れた。

バタリ、とゴブタたちが文字通り力尽きて地面に沈む。

ゴブゾウは白目を剥き、ゴブアは荒い息をつきながらもなんとか膝をついて耐えていた。

 

「ハァ……ハァ……。未来の俺、……見てたか? 今の、一太刀くらい掠ったと思わないか?」

 

過去の俺が、膝に手をついて荒い息をつきながら(スライムなのだから本来は息切れはしないのだが、まだ人間だった頃のクセが抜けきっていないのだろう)こちらに歩み寄ってきた。

ハクロウも木刀を納め、涼しい顔で俺の前に膝をつく。

 

「フォッフォッフォ、未来のリムル様。如何でしたかな、若き日のご自身の剣筋は」

 

「ああ、見てたよ。ハクロウ、相変わらずの鬼指導だな。……だが、こいつもだいぶお前のリズムに慣れてきてるみたいだ」

 

俺は短く応え、次に「過去の俺」に向き直った。

こいつには、自分自身だからこそ分かる、より踏み込んだ忠告が必要だ。

 

「で、お前だ。お前は……なんて言うか、頭の中の『計算』に頼りすぎなんだよ」

 

「……う。それって、その……」

 

過去の俺が言葉を濁す。

脳内で今この瞬間も最適解を導き出している『大賢者』の存在を、仲間の前で明かすわけにはいかないからな。

 

「予測演算ばっかり見て戦うのは効率的だがな、それじゃあ『答え』をなぞってるだけだ。ハクロウのような達人は、その計算の隙間を突いてくる。目の前の相手の呼吸、筋肉の微かな震え、そして戦場に流れる『予感』……そういうのを全部、自分の感覚として魂に刻め。計算の外側にあるイレギュラーが起きた時、頼りになるのは最後には自分の直感だけだぞ」

 

「……直感、か」

 

「そうだ。お前はもっと自由になれるはずだ。あらかじめ決められた正解を探すんじゃなくて、お前自身がその場で正解を創り出すんだよ。それができれば、ハクロウの剣だって見えてくるはずだ」

 

俺のアドバイスに、過去の俺は神妙な面持ちで腕を組んだ。

自分の内にいる『相棒』を否定するわけじゃない。

ただ、その相棒と本当の意味で「一心同体」になるには、演算をただ受け取るだけの受動的な姿勢では足りないんだ。

 

(……まあ、俺もシエルさんに文句を言われながら、ようやくそれに気づいたんだけどな)

 

《マスターが私の演算を無視して無茶をする際の言い訳としてしっかり記録しておきますね》

 

(おい、やめろって!)

 

脳内でシエルさんが呆れたような気配を見せるが、俺はそれを無視して、満足そうに頷く過去の俺を見守った。

 

次に横で聞いていたベニマルに対してアドバイスを飛ばす。

 

「ベニマル、お前は少し力に頼りすぎだ。太刀筋に迷いがある。里を滅ぼされ、功を焦っているのはわかるが、一振りに込めるべきは怒りではなく、一点の曇りもない覚悟だぞ」

 

「……おっしゃる通りです。未来のリムル様に見抜かれたその迷い、戦いの前までに必ずや断ち切ってみせます」

 

ベニマルは悔しげに眉を寄せつつも、自身の太刀の柄を静かに握り直し、俺への深い敬畏をその瞳に宿らせた。

 

「よし、いい顔になったな。……ハクロウ、地獄のしごきはこれくらいにしてやってくれ。こいつら、もうすぐ本番なんだからな」

 

「承知いたしました。……さて、お主ら! 未来の主君から直々に言葉をいただいたのだ。その意味、実戦で証明してみせよ!」

 

「「ハッ!!!」」

 

力強い叫びが、再び訓練場に響き渡った。

目覚めたばかりの過去の俺、そして進化した仲間たち。

彼らの「新たなる可能性」が、着実に形を成し始めていた。

 

 

 

 

訓練も終わりかと思われた、その時だった。

 

ゴブタたちを一通りしごき終え、木刀を納めたハクロウが、おもむろにこちらへと向き直った。

 

「未来のリムル様。大変失礼な事を申し上げることを、どうかお許し願いたいのですが……」

 

「ん? 俺がハクロウからの言葉を失礼だなんて思ったことは一度もないよ。どうしたんだ?」

 

どこか申し訳なさそうに言葉を紡ぐハクロウに対し、俺はいつもの調子で気さくに返事をした。

 

「実は、未来のリムル様がいかような剣技を使われるのかに、大変興味がありましてな……」

 

ハクロウの眼光が、剣客特有の鋭い光を帯びて細められる。

その瞳の奥には、純粋な探究心と、底知れぬ強者に対する闘志が静かに燃えていた。

 

「ははぁ。なるほど、俺と模擬戦(手合わせ)をしてみたいってことか」 「さようですじゃ」

 

なるほどな。

ハクロウは生粋の剣客だ。

目の前に未知の実力を持った者が――それも、おそらく自分を遥かに凌駕するであろう剣技を持つ者がいれば、手合わせをしてみたいと血が騒ぐのだろう。

それにしても、なんだかこの世界のハクロウは、俺の知っている過去の彼よりも一段と気迫が鋭い気がする。

まだ鬼人になったばかりだというのに、完成度が異常に高いというか……。

これも俺が過去にきた影響が出ているのか・・・?

 

「わかった。やってみよう。……ベニマル、ちょっとその太刀を貸してくれ」

 

俺が声をかけると、ベニマルは少し驚いたように目を見開きつつ、腰の太刀を差し出してきた。

 

「わかりました。……しかし、未来のリムル様。木刀ではなく真剣で大丈夫なのですか? いくら手合わせとはいえ、万が一ということも……」

 

「ああ、大丈夫だ。俺の保護魔法(バリア)で、武器もお互いの身体も完璧に保護するからな。どれだけ思い切り打ち合っても、刃こぼれ一つ、かすり傷一つ負わない仕様にするから安心していいぞ」

 

「フォッフォッフォ。それはありがたいご配慮ですな。ならば、老骨に鞭打って、遠慮なくいかせていただきますぞ」

 

ハクロウは嬉しそうに笑い、自身の得物である仕込刀に手をかけた。

 

そうして、俺とベニマルから借りた太刀を提げ、ハクロウと共に訓練場の一番広いスペースの中央へと歩み出た。

互いに一定の距離を保ち、静かに向き合う。

 

その瞬間――。

訓練場に、これまでとは全く質の違う、肌をビリビリと刺すような冷たい静寂が広がった。

 

空気が重く張り詰め、風の音すら消え失せたかのような錯覚に陥る。

先程まで地面に転がって息も絶え絶えだったゴブタたちやリグルドはもちろん、特等席で見守る過去の俺やベニマルまでもが、一言も発することなく、固唾を飲んで俺とハクロウの対峙を見つめていた。

 

「では、参りますぞ……!」

 

ハクロウが仕込刀の柄を握り、スッと腰を落とした瞬間。

彼の気配が、世界から完全に『消滅』した。

 

視覚的には確かにそこに存在している。

だが、気配や魔力、さらには呼吸の音すら一切感じ取れなくなる。

 

『朧流(おぼろりゅう)』の極致とも言える絶技だ。

老剣客の身体が陽炎のようにふわりと揺らいだかと思うと、次の瞬間には、空間を削り取るような神速の踏み込みで俺の懐へと滑り込んでいた。

速い。

やはり、俺の記憶にある当時のハクロウよりも明らかに洗練されている。

 

(シエル、俺への補助演算は不要だ。あくまで俺自身の技と感覚だけで戦うことにする)

 

《了解しました。それではお互いを保護する多重防御結界、および武器破損を防ぐための強度補強のみ適用します。……いつでもどうぞ、マスター》

 

「ふっ!」

 

ハクロウの仕込刀が、目にも止まらぬ速さで俺の首筋を薙ぐ。

だが、俺は最小限の動きでそれを回避した。

いや、回避したというより、ハクロウの剣筋が“そこを通ることをあらかじめ知っていた”かのように、俺の身体が先に動いていた。

 

「なっ……!?」

 

ハクロウの目に驚愕が走る。

 彼は再び、今度はさらに鋭い連撃を繰り出した。

上段から振り下ろされる袈裟斬り、死角を突く下段への払い、そして呼吸の隙間を縫うような変幻自在の刺突。

どれもが一撃必殺の重みと速さを備え、空気を切り裂く鋭い音だけが後から鼓膜を打つ。

 

俺は半歩引き、ベニマルから借りた太刀を鯉口から滑らせるように抜き放った。

 

キィンッ!

 

高く澄んだ鋼の音が響き、俺の白刃がハクロウの仕込刀を的確に弾き返す。

そこから先は、俺とハクロウの絶え間ない剣戟の応酬となった 。

 

ハクロウの仕込刀が下から掬い上げるように迫れば、俺は太刀の腹でそれを滑らせるように逸らし、そのまま手首を返して斬り下ろす。

ハクロウはそれを紙一重で躱しつつ、身を沈めて俺の足元を狙う。

 

火花が散り、激しい金属音が連続して鳴り響く。

 

ハクロウは『朧流』の歩法を駆使し、残像を伴いながら前後左右から襲いかかってくる。

だが、そのすべての太刀筋に対して、俺はまるで鏡合わせのように対応してみせた。

 

力で押し込むのではなく、刃が交わる瞬間に角度をずらし、相手の力を利用して流す。

俺が振るう太刀は、ハクロウの剣の軌道を先読みし、あらかじめそこに置かれているかのような理不尽なまでの正確さを誇っていた。

 

俺とハクロウはしばらくの間、凄まじいスピードで剣を交え続けた。

周囲で見守る者たちの目には、もはや火花を散らす銀光の残像しか映っていないだろう。

ただ空気が弾け、大地が削られる音だけが、二人の攻防の激しさを物語っている。

ハクロウの剣は、一太刀ごとに加速し、鋭さを増していく。

老境に至ってなお進化を止めない、剣鬼としての凄まじい執念の結実だった。

だが、俺にとっては、その連撃さえも心地よいリズムのように感じられていた。

 

(……ハクロウ、相変わらずいい太刀筋だ。だが、昔と違って次にどう斬り込んでくるか、太刀の軌道が読めるぞ)

 

俺は、ハクロウが放った渾身の横一文字を、最小限の動きで――まるで最初からそこに居なかったかのように――半身を逸らしてかわした。

 

「ぬうっ……!」

 

ハクロウの仕込刀が空を切る。

本来ならそこにあるはずの「隙」を突いた攻撃が、俺の「型」のない変幻自在な動きにことごとく無効化される。

 

(ここで少し驚かせてやるか……!)

 

俺は少し口角を上げ、不敵に笑いながらその技名を口にした。

 

「朧流……八重桜……」

 

その言葉を聞いた瞬間、ハクロウの緊張度合が極限に達したのが肌で感じ取れた。

 

(まさか未来のリムル様があの技まで習得していようとは!!だが、ワシとて剣士の端くれ。

いくら未来のリムル様が相手だろうと、弟子たちの前でおめおめと敗北するわけにはいかぬ!)

 

ハクロウから発せられる闘気が一段と膨れ上がる。

そうして彼は、俺と全く同じ構えを取った。

 

「八重桜……」

 

これには俺も驚いた。

 

(マジかよ。この時点のハクロウが、もうこの技を出そうとするなんてな)

 

そして次の瞬間。

 

「「八華閃!!」」

 

二人の声が重なり、閃光が爆発した。

ハクロウの放った八つの剣撃は、長年の鍛錬に裏打ちされた精密な「円」を描く。

対する俺のそれは、最短距離でハクロウの刃を迎え撃つ「線」の集合体だった。

 

凄まじい火花が散り、二人の周囲の地面が衝撃波で円形状に爆ぜる。

「互角か!?」と見守る者たちが息を呑んだ瞬間、俺はすでに次の、そして本命の「技」を繰り出していた。

 

「虚崩朧・千変万華!!」

 

「なっ……!?」

 

ハクロウの目が、今日一番の驚愕に見開かれた。

相殺し合ったはずの衝撃の中から、まるで咲き乱れる桜の花弁が風に舞うかのように、無数の「剣の軌跡」が湧き出してきたのだ。

 

それは単なる速さではない。

未来の俺が獲得した権能の片鱗を、シエルが「朧流」の理論に組み込んで再構築した、回避不能の多重重層攻撃。

 

ハクロウの視界は、もはや銀色の光の網に完全に覆い尽くされ、無数の剣撃が彼を襲った。

轟音と共に、ハクロウの身体が訓練場の端まで吹き飛ぶ。

だが、事前に張っておいた俺の防御結界によって、彼はかすり傷すら負ってはいなかった。

 

静寂が訓練場を支配した。

舞い散る光の粒子が消えゆく中、土煙の向こう側でハクロウがゆっくりと立ち上がる。

 

「……お見事、としか言いようがございませぬな」

 

ハクロウは自身の愛刀を鞘に収めると、深く、深く頭を下げた。

その声には、敗北の悔しさよりも、至高の技を目の当たりにした武人としての法悦が混じっている。

 

「あの土壇場で『八重桜』をコピーしてくるとはな。正直、肝が冷えたぞ」

 

俺は苦笑いしながら歩み寄った。

 

(おいシエル、今のはかなり危なかったんじゃないか?)

 

《……。ハクロウの技の再現度は九九・八%に達していました。驚くべき数値です。しかし、マスターの『千変万華』は多次元予測に基づく最適解です。敗北の可能性は万に一つもありません》

 

(はいはい、左様でございますか)

 

シエルのドヤ顔(と思える様子)をスルーしつつ、俺はハクロウの手を取った。

 

「まさか、ワシが到達すべき極致を、これほどまでに見せつけられるとは。リムル様……いえ、未来の主よ。今の技、まさに『朧流』を超えた神業にございました」

 

「おいおい、そんな大層なもんじゃないって。ハクロウが鍛えてくれた基礎があったからこそ、シ……俺が辿り着けた場所なんだからな」

 

その時、あまりの衝撃に動けなくなっていた周囲の仲間たちが、やっと声を上げ始めた。

 

「な、何が起きたんだ……?」「ハクロウ様が、一瞬で……」

 

ゴブタたちは文字通り口をあんぐりと開けて固まっている。

一方で、ベニマルやソウエイといった幹部たちは、戦慄した面持ちで俺の手元を凝視していた。

 

「……今の、見えたか? ベニマル」

 

「……いや。ハクロウの『八華閃』までは追えた。だが、その後の光の奔流は……物理的な速さの概念を超えていたな」

 

リザードマンの里への使者兼偵察任務に出ていたソウエイもタイミングよく戻ってきていたが、あまりにもすさまじい光景に報告も忘れて見入っていたようだ。

ソウエイの問いに、ベニマルが苦渋に満ちた、それでいて興奮を隠しきれない声で答える。

 

俺はそんな彼らを見渡し、太刀を鞘に納めてベニマルに返すと、少しだけ身だしなみを整え向き直った。

 

「さて、ソウエイも戻ってきたようだし。場所を移してリザードマンの首領との話し合いの結果を聞こうか」

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