【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第三章 獣王の真実と三獣士の未来

宴の熱気も落ち着き、夜もすっかりくれた頃、ユーラザニアからの避難民を連れて訪れていた三銃士の面々が挨拶に来てくれた。

どうやら宴が落ち着くまで気を使って待っていてくれたらしい。

 

「ああ、アルビスにスフィア、それにフォビオも。久しぶりだな」

 

過去の俺は盃を置き、彼らに向き直った。

 

「進化の眠りにつく前に、ミリムがユーラザニアに宣戦布告して、君たちの国の避難民がこっちに向かってるって報告だけは聞いてたんだ。……無事にテンペストまで辿り着けたみたいで、本当によかったよ」

 

「はい。我が主カリオン様の命により、民を連れて無事にこの国へ逃げ延びることができました。突然の大人数の押し掛け……本来であれば多大なご迷惑をおかけするところでしたが、温かく迎え入れていただき、感謝の言葉もございません」

 

アルビスが安堵と感謝を滲ませた声で言うと、隣に立つスフィアが俺の方を見て、ニカッと豪快に笑った。

 

「ああ。リムル殿が眠っている間、そっちの『未来のリムル殿』には本当に世話になったからな! 何万という数の避難民の誘導から、居住区の割り当て、食料の手配まで……あの凄まじい手際、心底感服したぞ!」

 

「全くだ。俺たちの民をあんなに迅速に保護してくれるなんて……。テンペストの懐の深さと、未来のリムル殿の指揮能力には頭が下がる。この御恩は忘れません」

 

フォビオも、かつてカリュブディスの一件で過去の俺に救われた恩義も相まって、深い敬意を込めた眼差しを俺に向けてきた。

 

そう、過去の俺が眠っている数日間の間に、彼ら三獣士が率いるユーラザニアの避難民がテンペストに到着しており、俺が幹部たちと一緒に受け入れの陣頭指揮を執っていたのだ。

 

その過程で、俺と三獣士は既にすっかり顔馴染みになっていた。

 

「ははっ、俺の方は別に大したことはしてないさ。リグルドやゲルドたち幹部が優秀だから、俺はちょっと指示を出して、魔法で仮設住宅をポンポン建てただけだしな」

 

俺が軽く手を振って謙遜すると、過去の俺がジト目でこちらを睨んできた。

 

「いや、何万もの仮設住宅をポンポン建てるって、それ普通に大掛かりな大魔法だからな? ……でもまあ、俺が寝てる間にユーラザニアの皆を助けてくれてサンキューな、未来の俺」

 

「気にすんな。お前の仲間は俺の仲間でもあるし、カリオンとは色々縁があるからな。困った時はお互い様ってやつだ」

 

俺が過去の俺の肩を軽く小突くと、三獣士たちもホッと柔らかな表情を浮かべた。

 

「それにしても……同じ顔、同じ気配の方が二人並んでいるというのは不思議な感覚ですね」

 

アルビスがくすくすと上品に笑う。

 

彼ら三獣士は、俺が未来から来た存在だという事情を幹部たち経由で既に知らされており、すんなりとこの異常な状況を受け入れてくれていた。

 

「これで、ファルムス王国への対応と、ユーラザニアの避難民受け入れっていう、二つの大きな問題はひと段落ついたってわけか」

 

過去の俺が、大きく伸びをしながら言う。

 

「そうだな。それじゃあ、その辺のより詳しい話をするために、ちょっと場所を移動するか」

 

俺は周囲の宴の喧騒を見回してから、アルビスたち三獣士に向き直った。

 

「避難民の現状や、カリオンの安否、それに今後の俺たちの動きについて、しっかりとすり合わせをしておきたい。……アルビスたちも、ここで立ち話ってわけにはいかないだろ。少し時間を取らせてもいいか?」

 

「ええ、もちろんです。我らとしても、今後の身の振り方や魔王ミリムの動向について、お二人の知恵をお借りしたいと考えておりました」

 

アルビスが代表して深く頷き、スフィアとフォビオも真剣な顔つきで同意する。

 

「よし。ベニマル、シオン。お前たちも同席してくれ」

 

俺が声をかけると、近くで若手と飲んでいたベニマルがスッと武人の顔つきに戻って立ち上がり、シオンも「はいっ! リムル様の護衛兼秘書として、ばっちり同行いたします!」と勢いよく胸を張った。

 

「ディアブロ。お前も来い」

 

過去の俺がそうやって声をかけると、漆黒の悪魔が姿を現した。

 

「クフフ。お呼びでしょうか、主様」

 

「ああ。ファルムス王国絡みで今後のお前と配下達をどう動かすか、ユーラザニアの連中にも少し情報を共有しておきたいからな。お前にも同席してもらう。それと今後はそんな堅苦しい呼び方じゃなくてリムルでいい。」

 

「御意のままに。リムル様方の深淵なる御前会議に同席できるとは、この上ない光栄に存じます」

 

ディアブロが恭しく一礼する。

三獣士たちは、突如現れた底知れぬ悪魔のプレッシャーに一瞬だけビクッと肩を揺らしたが、過去の俺が連れている以上は敵ではないと判断し、無言で強張った顔を引き締めた。

 

「それじゃ、行こうか」

 

 

 

 

俺と過去の俺を先頭に、ベニマル、シオン、ディアブロ、そして三獣士の面々は、賑やかな広場の宴を抜け出した。

向かった先は、町の中心部にある執務棟。

その一角に用意された、防音と結界が完璧に施された静かな特別応接室だ。

 

ふかふかのソファーに俺と過去の俺が腰を下ろし、背後にシオンとディアブロが並んで控える。

対面には三獣士が座り、ベニマルが全体の進行役のようにテーブルの端に立った。

 

(シエル、部屋の遮音と隠蔽結界は完璧だな?)

 

《はい、マスター。何人たりとも、この部屋の会話を盗み聞きすることは不可能です》

 

外の喧騒が嘘のように静まり返った部屋の中で、シュナが淹れてくれた温かいお茶が配られるのを待ち、俺は真剣な眼差しでアルビスたちを見据えた。

 

シュナが手際よく全員の前に温かいお茶を並べ、一礼して壁際に下がる。

外の喧騒が完全に遮断された静かな空間で、過去の俺は真剣な表情で居住まいを正し、正面に座る三獣士たちへと口を開いた。

 

 

「さて、まずは……ミリムとカリオンの戦いがどうなったかを聞きたい」

 

その問いに、アルビスたちの表情がスッと暗く、険しいものへと変わった。

代表してアルビスが、静かに、しかし無念を噛み殺すような声で語り始める。

 

「はい。七日前の魔王ミリムからの突然の宣戦布告を受け、我々三獣士はカリオン様の命により、民を連れてこのテンペストへと避難を開始しました」

 

「カリオン様は、俺たちと民を無事に逃がす時間を稼ぐため、単身でミリムに挑まれたんだ」

 

フォビオが、悔しそうに拳を握りしめながら言葉を継ぐ。

 

「……避難の最中、はるか遠くの空で、凄まじい魔力の衝突が感知できました」

 

スフィアが目を伏せ、当時の絶望的な状況を思い返すように言った。

 

「カリオン様は間違いなく本気だった。ご自身の最強の姿である『獣魔化』を果たし、切り札である『獣魔咆(ビースト・ロア)』を放たれた気配すら感じた。……だが、それでも魔王ミリムを打ち倒すには至らなかった」

 

「ああ。あのミリム相手に、カリオンはよく一人で立ち向かったと思うよ……。それで、最後はどうなったんだ?」

 

過去の俺が息を呑んで先を促すと、アルビスはギリッと唇を噛んだ。

 

「ミリム様との一騎打ちの最中……突如として、天空王(スカイクイーン)フレイ様が上空から乱入してきたのです」

 

「フレイが!?」

 

「はい。そして、カリオン様がミリム様との攻防に気を取られた隙を突き……背後から、卑劣な一撃を放ちました。倒れ伏したカリオン様は、そのままフレイ様とミリム様によって、何処かへと連れ去られてしまったのです」

 

アルビスの報告を聞き、ベニマルやシオンが「なんて卑怯な……」「魔王の誇りもないのか」と憤りの声を上げる。

過去の俺も、信じられないというように目を見開いていた。

 

「二対一でカリオンをハメたってのか……。あの真っ直ぐなミリムが、そんな卑怯な真似を許すなんて、絶対にあり得ないぞ……!」

 

「ええ、我々も到底信じられません。……ただ、不幸中の幸いと言うべきか」

 

アルビスは一つ息を吐き、少しだけ安堵したような表情を見せた。

 

「カリオン様が連れ去られた後も、魔王ミリムによるそれ以上の追撃はなく、ユーラザニアの首都そのものは破壊を免れそのままの姿で残されております。しかし、主を失い、いつまた魔王の気まぐれな攻撃に晒されるか分からない状況では、我々にはどうすることもできず……そのまま、この国へ逃げ込むしかなかったのです」

 

過去の俺は深く頷き、思い詰めた顔をする三人に労いの言葉をかけた。

 

「いや、正しい判断だったよ。民の命を最優先にしたカリオンの選択も、君たちの行動も間違ってない」

 

俺はそこでふと、この時間軸に来てから打ってきた数々の布石を思い返し、訳知り顔で「ふふっ」と笑い声を漏らした。

 

「なるほどな。ミリムの奴、俺の言う通りにちゃんとユーラザニアの都は残してくれたんだな」

 

その独り言のような俺の呟きは、静寂に包まれた応接室にハッキリと響き渡った。

 

ピタリ、と。

アルビスたち三獣士の動きが凍りついた。

 

「……未来の、リムル殿? 今、なんとおっしゃいましたか?」

 

アルビスの声から先ほどまでの温もりが完全に消え去り、絶対零度の冷たさが混じる。

その両隣では、スフィアとフォビオが座ったまま全身の毛を逆立て、明確で鋭い『殺意』を俺に向けて放ち始めていた。

 

無理もない。

自分たちの敬愛する主を奪い、国を追いやった元凶たるミリムの襲撃。

それをまるで『俺が裏で指示を出していた』かのように聞こえる発言なのだから。

 

ベニマルとシオンが即座に反応し、三獣士の殺気から俺たちを庇うように腰の得物に手をかける。

だが、俺は片手を上げて彼らを制止した。

 

背後に立つディアブロだけは、身の程知らずの殺気を放つ獣たちを嘲笑うように、微塵も動揺することなく嗤っている。

 

「お前、今の発言はどういう意味だ?」

 

過去の俺が、信じられないというように目を丸くして身を乗り出してきた。

 

俺は殺気立つ三獣士たちを真っ直ぐに見据え、隠し立てすることなくあっさりと口を開いた。

 

「勘違いするなよ、別に俺がミリムにユーラザニアを襲えってけしかけたわけじゃない。ただ、俺が事前にミリムに思念伝達で、『カリオンと一芝居打つにしても、都は破壊しないように手加減しろ』って言っておいたんだよ」

 

「事前に、言っておいた……!? それはつまり、貴方がミリム様の襲撃計画を知りながら、我々を、カリオン様を囮にしたということですかッ!!」

 

激昂したフォビオがテーブルを叩き割らんばかりの勢いで身を乗り出し、牙を剥き出しにして吠え立てる。

スフィアの瞳の孔も細く獣のものに変わり、今にも飛びかかってきそうなほど妖気を膨れ上がらせていた。

 

「だから落ち着けってば。早とちりしてキレる前に、最後まで俺の話を聞け」

 

俺は大きくため息を吐き、これ以上ないほど真剣な、しかしどこまでも確信に満ちた声で、彼らに最大の事実を告げた。

 

「ミリムはクレイマンに操られたふりをしてるだけだからな。……お前たちの主、カリオンもちゃんと生きてるよ」

 

俺のその一言が落ちた瞬間。

今にも俺に襲いかかろうとしていた三獣士の怒気は、まるで頭から冷水を浴びせられたようにピタリと停止した。

 

「……え?」

 

アルビスが、微かに震える声で間抜けな音を漏らす。

スフィアもフォビオも、振り上げた拳の行き場を失い、完全に思考が停止したように固まっていた。

過去の俺に至っては「はぁっ!?」と大声を上げて立ち上がっている。

 

そんな過去の俺を、俺は手で制して無理やりソファーに座らせた。

 

「落ち着け。順を追って説明するから」

 

俺は呆然とする三獣士たちに向けて、俺の知る歴史の真実を語り始めた。

 

「まず前提として、あのミリムがクレイマンごときの精神支配(マインドコントロール)なんか受けるわけがないだろ? あいつはただ、クレイマンの企みや、その後ろにいる本当の黒幕をあぶり出すために、わざと操られたフリをして敵の懐に潜り込んでるだけなんだよ」

 

「操られた、フリ……? あの魔王ミリムが、お芝居を……?」

 

スフィアがポカンと口を開け、信じられないものを見るような顔をする。

 

「ああ。そして、それは天空王(スカイクイーン)のフレイも同じだ。フレイはミリムと完全に示し合わせて、クレイマンに協力しているように見せかけている。……カリオンの背後からフレイが放ったという卑劣な一撃も、彼を殺すためじゃない。クレイマンの目をごまかして、カリオンに致命傷与えたように見せかけて安全に『保護』するための、緻密な芝居だったんだよ」

 

俺がそこまで言い切ると、アルビスは両手で口元を覆い、その美しい瞳からポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

 

「ああ……カリオン様は、ご無事で……っ! 本当に、生きておいでなのですね……!」

 

「だから言っただろ、生きてるって。今頃はフレイの領地の奥深くで匿われて、ミリムたちと一緒にクレイマンをどう料理するか、今後の作戦会議でもしてるんじゃないか?」

 

フォビオも全身の力が抜けたように深く息を吐き出し、スフィアは天を仰いで目元を乱暴に拭った。

先ほどまでの部屋を埋め尽くすような殺気と絶望が嘘のように消え去り、応接室の中は、ただただ深い安堵と歓喜の空気に包まれた。

 

「……未来の俺、お前なぁ。なんでそういう一番大事なことをもっと早く言わないんだよ。俺まで心臓が止まるかと思ったぞ」

 

過去の俺が、恨めしそうにジト目を向けてくる。

 

「いや、言うタイミングが難しかったんだよ。それに、いくら俺が未来から来たって言っても、何の予兆もない段階で『ミリムは操られてるフリをしてるだけで、フレイも味方だ』なんて言っても、カリオンや三獣士のみんなは信じられなかっただろ?」

 

俺が苦笑交じりに肩をすくめると、三獣士たちは顔を見合わせ、気まずそうに頷いた。

 

「確かに……。実際にミリム様からの理不尽な宣戦布告を受け、カリオン様が倒れるという事態を経験していなければ、我々は貴方のその言葉を一蹴していたかもしれません」

 

アルビスが涙を拭いながら、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「我々の早とちりで、未来のリムル殿に武器を向けかけた非礼、どうかお許しください。……カリオン様の無事をお教えいただき、本当に、本当にありがとうございます」

 

「気にするな。主を想えばこその怒りだ、立派だと思うぜ」

 

俺が笑って許容すると、背後に控えていたベニマルやシオンも、ピンと張り詰めていた空気を解いて小さく息をついた。

 

「それにしても……ミリムとフレイがクレイマンを欺くために動いているのなら、俺たちが今からミリムを助けに行く必要はないってことか?」

 

過去の俺が顎に手を当てて思考を巡らせる。

 

「そういうことだ。むしろ下手に手を出せば、あいつらの芝居を台無しにしかねない。俺たちが今やるべきことは、クレイマンの目をテンペストやユーラザニアから逸らしつつ、あいつ自身に対しての対策に行く準備を整えることだ」

 

「よし、決まりだな。ベニマル、ユーラザニアへ派遣する部隊の編成は急ぎお前に任せる。三獣士と連携して、最速で軍を動かせるように準備を進めてくれ」

 

「ハッ! 承知いたしました。被害ゼロでの完全生捕り……我が軍の腕の見せ所ですな」

 

ベニマルが獰猛な笑みを浮かべ、シオンもペンを走らせながら「私も最前線で敵を全員縛り上げてご覧に入れます!」と意気込んでいる。

 

「次に、その軍を裏で操っている総大将――クレイマン本人をどうするかだが」

 

俺は言葉を切り、ベニマルやシオンへと視線を向けた。

 

「お前たち幹部陣には、以前の会議で既に話しているから分かっていると思うが。今後開かれるであろう『魔王達の宴(ワルプルギス)』において、俺たちはクレイマンを討伐するのではなく、あいつの洗脳を解いて『救済』する方向で動く」

 

その宣言が応接室に響いた瞬間。

 

「……きゅ、救済、だと!?」

 

真っ先に声を上げたのは、やはりフォビオだった。

スフィアもアルビスも、俺の言葉が全く理解できないというように驚愕に目を見開いている。

 

「お待ちください、未来のリムル殿! 奴はカリオン様を陥れ、我々の国を滅ぼそうとした諸悪の根源ですぞ! 挙句の果てに何の罪もない民まで皆殺しにしようとしている外道を、救うなど……到底納得がいきません!」

 

「あんな卑劣な策士、その場で八つ裂きにしてやるべきだ!!」

 

怒りを露わにする三獣士たち。

彼らからすれば、自分たちの日常を無茶苦茶に破壊した張本人を助けるなど、言語道断の狂気の沙汰に聞こえるだろう。

だが、共に同席しているベニマルとシオンは、彼らの怒りに同調することなく、ただ静かに俺の次の言葉を待っていた。

過去の俺も、少し難しい顔をしながら腕を組んで頷いている。

 

俺は真っ直ぐにアルビスたちを見据え、隠されていた真実を口にした。

 

「気持ちは痛いほど分かる。だが、そのクレイマン自身もまた、とある強大な力によって踊らされているだけの『被害者』なんだよ」

 

「クレイマンが、被害者……?」

 

「ああ。あいつは現在、東の帝国に潜むとある人物によって『精神操作』を受けている状態だ。本来のあいつは、仲間想いで慎重な性格なんだが……洗脳のせいで思考が極端に歪められ、焦燥感に駆られて今回のような無謀で残虐な策謀を巡らせるに至っている」

 

「精神操作……あの魔王クレイマンが、東の帝国の人間に操られているというのですか!?」

 

アルビスが絶句する。

東の帝国といえば、西側諸国にとってはいまだ全容の知れない巨大な軍事国家だ。

その後ろ盾にいる何者かが、魔王すらも手駒にしているという事実は、三獣士にとって想像を絶する脅威だった。

 

「さらに言うなら、俺は以前王都イングラシアに赴いた際、裏でクレイマンと繋がっている『中庸道化連』のトップ、カガリ――元魔王カザリームと極秘に接触し、同盟を結んでいるんだ」

 

「なっ……! 元魔王カザリームと!?」

 

「その同盟の絶対条件が、『操られているクレイマンを殺さずに救うこと』だ。クレイマンたちは、カガリにとって何よりも大切な身内だからな。……俺がクレイマンを救い出せば、中庸道化連という世界規模の裏組織が、完全に俺たちの味方になる。そうなれば、東の帝国や、そのさらに奥に潜む『真の黒幕』により有利な状況で対峙するための最大の武器になるんだ」

 

俺が理路整然と語り終えると、応接室に重い沈黙が落ちた。

三獣士たちは、自分たちの見えていた『魔王クレイマンへの復讐』という小さな盤面が、実は世界の命運を左右する巨大なチェス盤のほんの一角に過ぎなかったことを突きつけられ、言葉を失っていた。

 

「……そういうことだ。だから、ワルプルギスが開催された際のクレイマンの処遇は俺に一任してほしい。あいつの洗脳を解いて正気に戻した上で、カリオンとユーラザニアにやったことの落とし前は、きっちりとつけさせるからさ」

 

過去の俺も横から口を挟み、「俺もこの方針に賛成している。結果的に全員が助かる道があるなら、それに越したことはないだろ」と三獣士たちに微笑みかけた。

 

「クフフフフ……。自身に牙を剥いた愚か者をあえて救い、自らの手駒へと変える。そしてその裏で世界を操る真の黒幕の喉首に喰らいつく……。流石はリムル様、なんとも慈悲深く、そして恐ろしい御方だ」

 

背後に控えるディアブロが、この場において唯一事情を知らされていなかったにも関わらず、即座に俺の意図を理解して恍惚とした笑い声を漏らす。

 

アルビスたちは複雑な表情を浮かべながらも、やがてその怒りの矛先を収めるように、深く、長く息を吐き出した。

 

「……未来のリムル殿。貴方の言葉が真実であり、その先に真の黒幕を討つ道があるというのなら……我々三獣士は、これ以上異論を挟みません」

 

アルビスが、複雑な感情を押し殺すように静かに頭を下げた。

スフィアとフォビオも、納得しきれない部分はありつつも、主であるカリオンが生きているという最大の希望がある以上、俺の決定に従う決意を固めたようだった。

 

「すまないな、アルビス。この借りはいずれ、必ず返すよ」

 

俺が真摯に頷くと、過去の俺も「ああ。ユーラザニアへの支援も含めて、俺たちが全力でサポートするからな」と力強く請け負った。

 

「さて……これでユーラザニア防衛とクレイマン本人の処遇については決まった。最後に、もう一つだけ絶対にやっておかなければならない重要な作戦がある」

 

俺は地図に視線を落とし、クレイマンの領地である傀儡国ジスターヴ――その奥深くに位置する彼の居城を指差した。

 

「クレイマンの居城への、極秘の潜入作戦だ」

 

「クレイマンの城へ……? ユーラザニアの軍勢を迎え撃つと同時に、別動隊で敵の本拠地を叩くということですか?」

 

ベニマルが、指揮官としての鋭い目つきで尋ねてくる。

 

「叩くというよりは、『確保』と『解放』だな。目的は二つある」

 

俺は指を二本立て、順番に説明を始めた。

 

「一つ目は、クレイマンの城の最深部に眠っているであろう『証拠』の確保だ。あいつがこれまで西側諸国や魔王たちに対して行ってきた裏工作や、東の帝国と繋がっている可能性を示す機密資料。これをごっそり押さえておけば、ワルプルギスでの交渉が圧倒的に有利になる」

 

「なるほど……。奴の悪事の証拠を先に握ってしまえば、他の魔王たちも奴を庇うことはできませんからね」 シオンが感心したようにメモを取る。

 

「そして二つ目。こっちが本命なんだが……城の防衛機構としてクレイマンに囚われている、ある人物の『解放』だ」

 

「ある人物?」

 

過去の俺が首を傾げる。

 

「ああ。クレイマンの呪いによって縛り付けられ、無理やり城の防衛をやらされている強力なアンデッド……『死霊の王(ワイトキング)』のアダルマンという男だ」

 

俺はその名を口にし、少しだけ懐かしむように目を細めた。

 

「あいつは元々、ルミナス教の凄腕の高位神官だったんだが、過去の因縁で同僚にハメられてアンデッドに堕とされたんだ。……俺の知る未来の歴史だと、あいつはその呪いから解放された後、俺たちの国で超重要な幹部の一人として大活躍してくれることになる」

 

「へえ! 未来の幹部のアンデッド! じゃあ是非とも助け出さないとな」

 

「そういうことだ。だから、クレイマンの城に潜入して証拠を押さえつつ、アダルマンを呪縛から解き放って仲間に引き入れる。これが最後の作戦だ」

 

俺は地図から顔を上げ、ベニマルを見た。

 

「この作戦に向かう別動隊の人選だが、俺の中で既に決まっている。……ハクロウ、ソウエイ。そして、シュナの三人だ」

 

その人選を口にした瞬間。

常に冷静沈着な軍務司令であるベニマルの顔から、スッと表情が抜け落ちた。

 

「……は? 今、なんとおっしゃいましたか?」

 

「だから、ハクロウとソウエイ、そしてお前の妹のシュナの三人に城へ向かってもらう」

 

「なっ……! お、お待ちください、未来のリムル様!!」

 

ベニマルが慌ててテーブルに身を乗り出し、普段の冷静さを完全に失った声で叫んだ。

 

「ハクロウとソウエイは分かります! 隠密と戦闘のプロですから! ですが、なぜシュナなのですか!? あいつは非戦闘員ではありませんが、魔王の居城という最悪の敵地に送り込むなど、いくらなんでも危険すぎます!!」

 

兄としての過保護な一面を全開にして猛抗議してくるベニマル。

 

俺は苦笑しつつ、立ち上がって身を乗り出しているベニマルを手で制して座らせた。

 

「落ち着けって、ベニマル。お前がシュナを心配する兄貴心はよく分かる。だが、これにはちゃんとした理由があるんだ」

 

「理由、ですか……?」

 

いまだ納得いかない様子のベニマルに、俺は肩をすくめて真実を告げた。

 

「じつはな。俺の知る未来の歴史でも、クレイマンの城へ潜入したのはこの三人だったんだよ」

 

「なっ……未来でも、シュナが!?」

 

「ああ。そして、強力なアンデッドであるアダルマンに魔法戦で真っ向から打ち勝ち、あいつを呪縛から完全に解放したのは、他でもないシュナだったんだ」

 

俺の言葉に、応接室の空気が再びピタリと止まった。

 

「シュナが……強力なアンデッドの王に、魔法戦で勝利した……?」

 

ベニマルが、信じられないというようにポカンと口を開ける

シオンも「おおおっ、流石はシュナ様です!」と目を輝かせ、過去の俺も「マジか! シュナってそんなに魔法の才能あったのか!」と驚きの声を上げた。

 

「ああ。アダルマンは死霊の王(ワイトキング)だ。普通の物理攻撃や魔力攻撃はほとんど通用しない厄介な相手だが、シュナの扱う『神聖魔法』はアンデッドにとって最大の対抗策になる。だから、呪いを解き放てるのはシュナしかいないんだよ」

 

ベニマルは頭を抱え、ブツブツと何かを反芻するように呟き始めた。

 

「俺の妹が……死霊の王を圧倒……。いや、確かに最近のシュナは魔法の鍛錬に熱が入っていたが……しかし、敵地へ……」

 

「安心しろ、ベニマル」

 

俺は頭を抱える過保護な兄貴の肩をポンと叩いた。

 

「護衛には最強の剣鬼であるハクロウと、隠密のプロであるソウエイがつく。お前もアイツらの実力は一番よく分かってるだろ? それに、今のシュナたちは俺の知る歴史の時よりもさらに底上げされた強さを手に入れてる。絶対に無茶はさせないし、危険ならすぐに撤退させるよう命じておくからさ」

 

俺の説得と、ハクロウやソウエイへの絶対的な信頼。

そして何より「未来の歴史で妹が成し遂げた」という事実を前に、ベニマルはようやく大きく息を吐き出して抵抗を諦めた。

 

「……分かりました。未来のリムル様がそこまでおっしゃるのであれば、兄としてこれ以上口を挟むのは野暮というもの。……シュナの奴にも、しっかりと覚悟を決めさせましょう」

 

「悪いな、ベニマル。後でシュナ本人にも、俺からしっかり事情と作戦を説明しておくよ」

 

よし、これで潜入部隊の人選も無事にクリアだ。

俺は頷き、改めてテーブルを囲む全員の顔を見渡した。

 

「さて。これで全ての作戦の骨組みは決まったな」

 

一つ。

ユーラザニアへ侵攻してくるクレイマン軍を、ベニマルと三獣士を中心とした部隊で包囲し、完全生け捕りにする。

 

二つ。

並行して、ハクロウ、ソウエイ、シュナの別動隊がクレイマンの本拠地に潜入し、証拠の確保とアダルマンの解放を行う。

 

三つ。

そして俺たちは、来るべき魔王達の宴(ワルプルギス)に乗り込み、クレイマンの洗脳を解き、今後の盤面を有利なものとする。

 

「これが、今回俺たちが挑む作戦の全容だ」

 

俺がそう締めくくると、過去の俺は目を丸くして感嘆の息を漏らした。

 

「相変わらず、未来の俺は凄い作戦を思い付くな……。被害ゼロで敵を全軍生け捕りにして、別動隊で証拠を押さえた上で、操られている総大将まで救済するなんて。俺じゃ到底そんな完璧な盤面、思いつかないぜ」

 

本気で感心している過去の俺に、俺は呆れたように肩をすくめてあっさりと返した。

 

「何を言ってるんだ。これは当時、俺が一人しかいなかった状況で行った作戦を元に立案してるんだぞ。つまり、俺がいなければお前だって全く同じことをやってたってことだ」

 

「……え? マジで?」

 

過去の俺が素っ頓狂な声を上げる。

 

「マジだよ。それに、お前の中にもちゃんと”智慧”ってやつがあるだろ? だから、お前はもっと自分自身と、自分の”智慧”に自信を持っていい」

 

「そ、そうなのか……? 未来の俺が介入しなくても、俺はそんな無茶苦茶な作戦を思いついて、しかも成功させてたのか……」

 

過去の俺は、まだ半信半疑といった様子で自分の頬を掻いた。

 

「ああ。お前はやればできるスライムだ。今回は俺が少しだけ先回りして形を整え、お前たちの負担を減らしたに過ぎない。この作戦の本当の成功の鍵は、これから動くお前と幹部たちの力に懸かってるんだからな」

 

「へへっ、未来の自分にそう言われると、なんか変な感じだけど照れるな。でも、そういうことなら絶対にきっちりやり遂げてみせるぜ!」

 

頼もしく笑う過去の俺を見て、俺は内心でそっと息を吐き出した。

 

俺がここまで細かく盤面を整え、過去の俺に同様の経験を与え自立させようと急いでいるのには理由がある。

 

以前俺の精神を乗っ取ろうとしたあの得体の知れない干渉。

あれがいつまた襲ってくるか分からないという思考が、常に俺の頭の片隅に張り付いている

もし万が一、俺が敵に回るような最悪の事態が起きた時、俺に頼りきりではこいつらが全滅してしまう。

 

俺と過去の俺が、互いに信頼を込めて拳をコツンと突き合わせる。

しばらくの間、同じ顔をした二人の奇妙で微笑ましいやり取りが応接室に響いていた。

 

そんな俺たちの姿を、どこか不思議そうな、しかし心底安堵したような顔で見守っていた三獣士の代表――アルビスが、ふと真剣な表情に戻り、静かに手を挙げた。

 

「……未来のリムル殿。作戦の全容は理解いたしました。ですが、一つだけ質問してもよろしいでしょうか」

 

アルビスが真剣な表情に戻り、静かに手を挙げた。

 

「ああ、なんだ?」

 

「ユーラザニアへ侵攻してくるクレイマン軍を、殲滅するのではなく『全員生け捕り』にする件についてです。それはやはり、総大将であるクレイマン自身を救済するおつもりだから、その部下たちも無闇に殺さず救おうという……そういう主旨なのでしょうか?」

 

アルビスの問いに、スフィアやフォビオ、それにベニマルたちも視線をこちらに向けてくる。

確かに、自軍に危険を冒させてまで敵軍を無傷で捕らえるなどという無茶な作戦を立てたのだ。

その理由が「敵のトップを改心させるから」というだけでは、現場で実際に命を懸けて戦う彼らからすれば、少しばかり釈然としない部分もあるだろう。

 

「まあ、もちろんそれもある。クレイマンが正気に戻った後、自分の手足となってた部下が全滅してたら流石に可哀想だしな」

 

俺は頷きつつ、言葉を区切った。

 

「だが、無茶を承知で全軍生け捕りにこだわる理由は、実はもう一つあるんだ」

 

「もう一つの、理由……?」

 

過去の俺が不思議そうに小首を傾げる。

言葉で説明するよりも、これは実際の惨状を見てもらった方が早いだろう。

俺は自分の知る元の歴史の中で、クレイマンの軍勢がどのような存在であり、どのような末路を辿る運命にあったのかを思い出しながら、小さく息を吐いた。

 

「……口で長々と説明するより、実際に見せた方が早いな。ちょっとお前たちの脳内に、俺の記憶の映像を共有するぞ」

 

俺はそう言うと、ソファーに深く腰掛け直し、ここにいる全員――過去の俺、ベニマル、シオン、ディアブロ、そして三獣士の面々を対象に、『思念伝達』によるネットワークを繋いだ。

 

俺は脳内にある記憶の映像を、思念伝達に乗せて皆の視覚へと直接流し込んだ。

 

視界が一瞬だけ白く染まり、次いで色鮮やかで圧倒的なスケールの景色が、応接室にいる全員の脳裏にパッと広がっていく。

 

そこに映し出されたのは、活気に満ち溢れた壮大な巨大都市の姿だった。

 

「これは……ユーラザニアの首都……? いや、しかし規模が全く違う……!」

 

アルビスが、信じられないものを見るように息を呑む。

 

無理もない。

俺の知る歴史では、ユーラザニアの旧首都はミリムの手によって一度完全に消し飛ばされた。

しかしその後、クレイマンの騒動を乗り越えたカリオンとフレイが、自ら魔王の座を退いてミリムの軍門に下ることを選択したのだ。

結果として、ミリム、カリオン、フレイの三つの領土が統合され、旧首都とは比べ物にならないほど広大で立派な街並みを持つメガロポリスとして再建された。

 

美しく整備された区画、多様な種族が笑顔で行き交う大通り。

そして何より目を引くのは、都市の中央にそびえ立つ、天を貫くほどの超巨大な魔王城だ。

映像の視点は、空を駆けるように最上階へと吸い込まれていく。

 

「あ……っ!」

 

スフィアが、そしてフォビオが声を震わせた。

 

魔王城の最上階のバルコニー。

そこには、遥か眼下に広がる臣民たちの平和な営みを、なんとも優しく、誇らしげな目で見下ろしている者たちの姿があった。

 

中央で無邪気に笑うのは、理不尽の化身たるミリム・ナーヴァ。

そしてその隣で彼女を穏やかに見守っているのは――真なる魔王への覚醒(ハーヴェスト・フェスティバル)を果たし、以前とは比べ物にならないほどの凄まじい覇気と洗練された力を纏った、カリオンとフレイの二人だ。

さらに彼らを囲むように、ミリムの筆頭配下である神官長ミッドレイや、この時間軸ではまだ見ぬミリムの新たな幹部――妖天のオベーラの姿もある。

 

かつて争い、あるいはすれ違った者たちが、今は一つの強大な陣営としてまとまり、主であるミリムを囲んで心から嬉しそうに笑い合っている。

 

「カリオン、様……っ。あんなに、力強くご立派になられて……」

 

映像の中の、未来の主の姿。

自分たちの知るカリオンよりも遥かに強大な『覚醒』のオーラを放ちながらも、その根本にある民を想う温かさと豪快な笑顔は、何一つ変わっていなかった。

その圧倒的な希望の光景を前に、アルビスたちの目からは大粒の涙がとめどなく溢れ出していた。

 

俺はふっと息を吐き、脳内のネットワークを遮断して映像の共有を終了した。

応接室に元の静寂が戻る。

しかし、三獣士たちの顔には先程までの絶望や怒りはなく、ただ圧倒的な希望を目の当たりにした感動の余韻が残っていた。

 

「……とまあ、こんな感じだ」

 

俺は涙を拭うアルビスたちを見渡し、ニヤリと笑って本題を切り出した。

 

「見てもらって分かったと思うが、この時代でもいずれ、カリオンとフレイはミリムの下につく道を選ぶと思うんだ」

 

「我らが主が、ミリム様のもとに……」

 

「ああ。それで、さっきの映像みたいな三国の民を束ねる超巨大で立派な首都を新しく作るってなった時にさ。……土木作業や都市開発のための『人材』は、いくらいても足りないだろ?」

 

俺がわざとらしく首を傾げてみせると、感動に浸っていた部屋の空気が、一瞬にして「あっ」という絶妙なものに変わった。

 

「……つまり。ユーラザニアへ攻め込んでくるクレイマンの軍勢数万を、わざわざ生け捕りにして……」

 

過去の俺が、引き攣った笑いを浮かべて指を差してくる。

 

「全員、ユーラザニア新首都建設のための『無給の労働力』としてタダ働きさせるってことか……?」

 

「人聞きの悪いことを言うなよ。彼らにも『社会奉仕』を通じて罪を償い、真っ当な道を歩む素晴らしい機会を与えてやるだけだ。捕虜の有効活用、そして平和的な国家規模の公共事業。完璧だろ?」

 

俺が胸を張って言い切ると、ベニマルが「なるほど。殺してしまっては一時の憂さ晴らしにしかなりませんが、労働力として酷使……もとい、有効活用できるなら、それに越したことはありませんな」と、最高に悪い顔をして深く頷いた。

 

「クフフフフ……! 命を奪うことすら許さず、死ぬまで主様方の理想の国造りのための礎とする。なんと美しき慈悲の心でしょうか!」

 

背後ではディアブロが両手を合わせて恍惚とした声を上げ、シオンも「私も現場監督として、彼らがサボらないようしっかり教育してさしあげます!」と意気込んでいる。

 

三獣士たちはぽかんと顔を見合わせ――やがて、フォビオがプッと吹き出し、スフィアが腹を抱えて豪快な笑い声を上げ、アルビスも口元を隠して優雅にくすくすと笑い始めた。

 

「ふふっ……あははははっ! 確かに、カリオン様の国を荒らそうとした連中に、カリオン様の新たな都を造らせるなど、これ以上ない最高の意趣返しです!」

 

「ああ、全くだ! 未来のリムル殿の考えることはえげつないが、最高にスカッとするぜ!」

 

先ほどまでの張り詰めた殺気は完全に霧散し、三獣士の顔には、迫り来る敵軍を『建材と労働力の山』として見定めるような、猛烈で前向きな闘志が戻っていた。

 

しかし、ここで俺にとって全くの予想外の事態が起きた。

 

未来のユーラザニアと捕虜の有効活用の話で盛り上がり、ひとしきり笑い声が収まりかけた頃。

ふと何かに気づいたように、アルビスが小首を傾げたのだ。

 

「……未来のリムル殿。先ほどの素晴らしい光景、しっかりと目に焼き付けさせていただきました。ですが、一つだけ気にかかることが」

 

「ん? なんだ?」

 

「あの場に……カリオン様の側近であるはずの、我々三獣士の姿が一人も映っていなかったように見受けられましたが……?」

 

その鋭い指摘に、スフィアとフォビオも「あ」と声を漏らす。

 

「確かに。ミッドレイ殿や見知らぬ幹部の方々はカリオン様の傍にいたが、俺たちの姿はなかったな」

 

「未来のリムル殿、我々はあの時、どこで何をしていたのですか?」

 

純粋な疑問を真っ直ぐに向けてくる三人に、俺はピシッと石像のように固まった。

 

(や、やべえ……)

 

完全に言葉に詰まり、冷や汗がツーッと頬を伝う。

 

「あー……いや、その、なんだ。色々と、な? 忙しく……立ち回ってて、たまたまあのバルコニーにいなかったというか……」

 

あからさまに目を泳がせ、しどろもどろになる俺。

そのただならぬ不自然な態度を見て、三獣士の顔色がサッと青ざめた。

 

「まさか……!」

 

フォビオが悲痛な声を上げる。

 

「この後に控えるクレイマン軍との戦いで、あるいは別の強敵との戦いで……我々三獣士は、カリオン様をお守りして名誉の戦死を遂げるということですか!?」

 

スフィアとアルビスも、悲壮な覚悟を決めたような、しかし僅かに震える瞳で俺を見つめてくる。

 

「ち、違う違う違う!!」

 

俺は慌ててソファーから立ち上がり、両手を激しく振り回して全力で否定した。

 

「お前らは誰も死なない! むしろこれから大活躍するから安心してくれ! マジで戦死とかそういうシリアスで重い話じゃないんだよ!」

 

「命を落とすわけではない? ……では、何故我々は主の傍を離れているのですか?」

 

ますます不思議そうに首を傾げる三獣士。

過去の俺や、隣に立つベニマルたちも「なんだなんだ?」と興味津々でこちらを見ている。

 

俺は頭を掻きむしり、しばらくウンウンと悩んだ末に、半ば自暴自棄になって彼らを指差した。

 

「……本当に聞くか? 後になって『やっぱり今の段階では聞かなきゃよかった』って後悔しないか? 言っとくけど、これから話すことに対して、俺は絶対に責任取らないからな!?」

 

俺のただならぬ忠告に、応接室の空気が再び妙な緊張感に包まれる。

しかし、三獣士の意志は固かった。

 

「ええ。我々はいかなる真実であろうと受け止める覚悟はできております。……どうか、お教えください」

 

アルビスが代表し、ゴクリと息を飲んでから、真剣そのものの顔で力強く頷いた。

 

「……はぁ。分かったよ。お前らがそこまで言うなら」

 

俺は深くため息を吐き、これ以上ないくらい気まずそうな顔で、その『真実』を口にした。

 

「あのバルコニーにお前たちがいなかった理由……それはな」

 

ゴクリ、と三獣士が揃って息を呑む。

過去の俺やベニマルたちも、どんな深刻な事情があるのかと固唾を呑んで見守っている。

 

「アルビスとスフィアはそれぞれの旦那さんと、フォビオは奥さんと一緒に暮らしてて、単にあの場にいなかっただけなんだよ。……要するに、お前ら全員、未来じゃ結婚して家庭を持ってるってことだ」

 

俺がそう告げた瞬間。

応接室に、底なしの静寂が降りた。

 

「……はい?」

 

アルビスの美しい唇から、間の抜けた声が漏れる。

スフィアとフォビオも、目を点にして完全にフリーズしていた。

 

「だ、旦那……?」

 

「お、奥さん……俺に……?」

 

自身の口から出たその単語の意味を、それぞれの脳が必死に処理しようとフル回転しているのが手に取るように分かる。

やがて、数秒の沈黙によるラグを経て――。

 

防音結界が張られていなければ、間違いなくテンペスト中に響き渡っていたであろう、今日一番の凄まじい絶叫が応接室を揺るがした。

 

「けっ、結婚!? 我々が!? い、いや、あの、ええっ!?」

 

アルビスは顔を真っ赤にして、思わず自らの豊かな尻尾をギュッと抱きしめる。

 

「うそだろ!? 俺が!? 誰と!? どんな美人と!?」

 

フォビオは混乱のあまり、過去リムルに掴みかからんばかりの勢いで身を乗り出す。

 

「わ、わわわ、私に、だ、旦那様!? そそそ、そんな・・・・・・っ!!」

 

スフィアに至っては、理解が追いつかないのか、自分の頭をポカポカと叩きながら目を回していた。

先程までの「名誉の戦死」を覚悟していた悲壮感など欠片も残っていない。

顔を真っ赤にしてパニックに陥り、尻尾の毛をボンッと極限まで膨らませて大混乱する三獣士たち。

普段の冷静で誇り高い姿からは想像もつかないほどの取り乱しっぷりだ。

 

「ぷっ……あはははははっ!! なんだそれ! 戦死じゃなくて結婚して寿退社みたいなもんかよ!!」

 

過去の俺がこらえきれずに腹を抱えて爆笑し始める。

 

「な、なんてこった……。あの戦闘狂のスフィア殿や、気高きアルビス殿が伴侶を得るとは……」

 

ベニマルも目を丸くして呆然と呟いている。

 

(お前がそのアルビスの旦那になる張本人なんだが、とは流石に今は言えない)

 

「ふふふ、おめでたいことではないですか。カリオン様も、配下たちの幸せな門出を祝福してあの笑顔だったのでしょうね」

 

シオンがウンウンと微笑ましく頷き、ディアブロも「クフフフ。平和な未来の象徴ですね」と楽しそうに笑っている。

 

「だ、だから言っただろ! 後悔しないかって!」

 

俺は真っ赤になって混乱する三獣士たちから目を逸らし、わざとらしく咳払いをしてみせた。

 

「と、とにかく! お前ら三人が未来で誰と結婚するのかは、歴史の『お楽しみ』ってことで今は絶対に教えないからな! 気になるなら、クレイマンの騒動をさっさと片付けて、自分たちの手でその平和な未来とやらを掴み取れ!」

 

俺が半ば強引に話をまとめようとすると、三獣士たちは顔を真っ赤にしたまま、ブンブンと首がもげそうな勢いで頷いた。

 

「も、もちろんであります!! 必ずやこの手で!!」

 

「うおおおおっ!! なんだか分からねえが、絶対に生き残ってその未来を確かめてやるぜ!!」

 

先ほどまでの「カリオン様への忠義」に、「未来の伴侶への好奇心」という凄まじいモチベーションが加わった三獣士の士気は、もはや誰にも止められないほどに爆上がりしていた。

 

 

 

 

少し時を戻して、傀儡国ジスターヴの居城では、魔王クレイマンが一人、薄暗い執務室で不快げにワイングラスを揺らしていた。

 

彼の苛立ちは、少し前の出来事から始まっていた。

テンペスト攻略の布石として潜り込ませた魔人ミュウランの件だ。

手元で管理していた彼女の仮初めの心臓が唐突に砕け散り、直後に魔法通信で最期の音声が届いた。

それは、大魔法を封じるアンチマジックエリアを展開したミュウランを、あの忌々しいスライムが怒りに任せて殺害したという内容だった。

 

手駒を一つ失いこそしたものの、クレイマンはミュウランが確実に死んだと思い込み、あれでテンペストの防衛力は削がれたはずだと高を括っていた。

 

だが、その後に偵察任務に就いていた部下のピローネからもたらされたのは、到底信じがたい「報告」の内容だ。

 

(……二万の軍勢が一瞬で殺された、だと? しかも、あの『暴風竜』の手によって……)

 

報告によれば、ファルムス王国の本隊を強襲したのは、封印から解かれたばかりの暴風竜ヴェルドラの巨大な幻影――ピローネの目には本物の竜にしか見えなかった圧倒的な脅威――であったという。

凄まじい光線の交錯によって二万の兵士たちはなす術もなく命を刈り取られ、戦場は一瞬にして地獄と化した。

 

だが、真に不可解なのはその直後の光景だ。

一度は完全に絶命したはずの二万の軍勢が、何らかの秘術によって即座に「蘇生」され、生きて国へと返されたというのである。

 

(クソ、計算が狂った。これでは私の覚醒は失敗だ。しかも蘇生だと? そんな奇跡を、あの暴風竜が可能にしたというのか……?)

 

クレイマンは奥歯をギリリと噛み締めた。

実際には、未来のリムルが作り出した精密な幻影を隠れ蓑に、過去のリムルが「神之怒(メギド)」で軍勢を殲滅し、その後、真なる魔王への進化を経て二万の軍勢を蘇生させたというのが真相である。

しかし、リムルたちによる綿密な偽装工作は、偵察していたピローネにすらその真実を見抜けさせてはいなかった。

 

「……不確定要素が多すぎる。だが、予定通りワルプルギスを開けば全ては片付く。あの目障りなスライムも、我が駒となったミリムに……」

 

独りごちるクレイマンの瞳には、焦燥と、自らの策謀への過信が入り混じっていた。

彼はまだ気づいていなかった。

その盤面自体が、すでに未来を知る者によって完全にコントロールされていることに。

 

その時、執務室の重厚な扉がノックもなく開かれた。

 

「ご機嫌よう、クレイマン。機嫌が悪そうね」

 

現れたのは、天空王(スカイクイーン)の異名を持つ魔王フレイ。

そしてその後ろには、虚ろな瞳でただ静かに立ち尽くす、破壊の暴君(デストロイ)――魔王ミリム・ナーヴァの姿があった。

 

「ああ、フレイ。 戻りましたか」

 

クレイマンの顔に、不快感を塗りつぶすような邪悪な笑みが浮かぶ。

 

「ご苦労。それで、首尾はどうでした?」

 

「ええ、言われた通りにしたわ」

 

フレイは感情の読めない冷ややかな視線をクレイマンに向け、淡々と報告した。

 

「ミリムがカリオンと戦っている隙を突いて、私が背後から致命傷を与えた。カリオンは間違いなく死んだわ。……ミリムの圧倒的な力を前にしては、獣王といえど赤子も同然だったけれどね」

 

「クハハハハハ! そうですか、あの小賢しい獣王がついに死にましたか! 実に素晴らしい朗報だ!」

 

クレイマンは歓喜に顔を歪ませ、ワイングラスを乱暴にテーブルに置いた。

ファルムス王国での魂の回収には失敗したが、これでユーラザニアの軍勢をまとめるトップは消えた。

 

(カリオンが死んだ今、ユーラザニアの残党どもは烏合の衆に過ぎん。我が配下の軍勢をユーラザニアへ侵攻させ、逃げ惑う生き残りの愚者どもを皆殺しにして魂を刈り取れば……今度こそ私は、真なる魔王へと覚醒できる!)

 

失いかけていた「真なる魔王への覚醒」という野望のピースが再び繋がったことに、クレイマンの胸の内で暗い欲望が燃え上がる。

 

「……さて。私がカリュブディスの件で悩んでいた時にあなたが貸してくれた借りは、これで完全に返したわね」

 

フレイはそう言うと、踵を返して執務室を去ろうとした。

 

「これ以上、あなたの野望に付き合うつもりはないわ。私は自分の領地へ帰らせてもらう」

 

「待て、フレイ」

 

クレイマンの冷たく、ねっとりとした声がフレイの背中を叩いた。

 

「どこへ行くつもりですか? ミリムを連れて帰り、あなたの領地で世話をしておいてください」

 

フレイは足を止め、振り返って不快げに眉をひそめた。

 

「どういうこと? カリオンを討つという約束は果たしたはずよ。私には、これ以上あなたに協力する義理はないのだけれど?」

 

「義理、ですって?」

 

クレイマンは嘲るように鼻を鳴らし、虚ろな目をしたミリムの肩にポンと手を置いた。

 

「最強の魔王の一角であるこのミリムすらも、もはや完全に私の思い通りに動くただの操り人形なのですよ。……フレイ、あなたもカリオンのように、消されたいわけではないでしょう?」

 

それは、圧倒的な暴力を背景にした明確な『脅迫』だった。

 

フレイはギリッと唇を噛み締め、屈辱に震えるようにクレイマンを睨みつけた。

 

「……そうね。まだカリオンのようにはなりたくないわ……。ミリムは私が預かっておくわ」

 

「フッ! それでいいのです。いずれワルプルギスの発議を行うので、それまで、ミリムを丁重に扱っておくように」

 

勝ち誇ったクレイマンの笑い声を背に受けながら、フレイは無言でミリムを促し、執務室から立ち去っていった。

 

(ふん、所詮は力の弱い小鳥よ。ミリムという最強の駒がある限り、奴らは私に逆らうことすらできん)

 

誰もいなくなった薄暗い部屋で、クレイマンは再びワイングラスを手に取り、その深紅の液体を口に含んだ。

ファルムスの計算狂いはあったものの、カリオンを排除し、ユーラザニアを蹂躙する準備は整った。

ワルプルギスで全てを掌握し、絶対的な権力を手にする日は近い。

 

「これで、ついに。これでやっと……あの忌々しい魔王レオンを、この私の手で殺せる……!」

 

狂気に満ちたクレイマンの呟きが、冷たい石壁に虚しく吸い込まれていった。

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