【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第九章 暴風竜の復活祭と未来を見据えた布石

 

ヴェルドラの特訓が無事に終了し、俺と過去の俺は満足げに頷き合っていた。

 

「よし、これでヴェルドラを出すための『一つ目の課題』はクリアしたな。次は会場の準備だ」

 

俺が告げると、過去の俺も頷いて立ち上がった。

 

「ああ。まずはテンペストの皆に、これから中央広場に集まるように周知を出さないとな。盛大にお披露目するんだろう?」

 

「そういうこと。いくら妖気を完璧に抑えてるとはいえ、いきなり広場に巨大な竜が現れたら心臓に悪いだろうからな。幹部たちを含め、ある程度の事前説明と受け入れの準備も進めておこうぜ」

 

過去の俺は目を閉じ、『思念伝達』のネットワークを構築して主要な幹部たち――ベニマル、シオン、リグルド、ソウエイ、そしてディアブロへと一斉に呼びかけた。

 

『――みんな、聞こえるか?』

 

『ハッ。いかがなされましたか、リムル様』

 

真っ先に返事を返してきたのはベニマルだ。その後ろから、シオンの元気すぎる声が割り込んでくる。

 

『リムル様! 何事でしょうか!? また何か新たな問題が発生しましたか!?』

 

『シオン、落ち着け。まずはリムル様のご指示を伺うのが先だ』

 

ベニマルが呆れたように窘める声が聞こえ、俺たちは思わず苦笑した。

 

他の皆からも様々な反応が帰ってくる。

 

『みんな、ご苦労様。実はこれから、今後のテンペストにとって極めて重要な発表と……ちょっとした「大イベント」の準備を始めたいんだ。急で悪いが、まずは執務棟の会議室に集まってくれないか?』

 

過去の俺がそう告げると、幹部たちは即座に『『『承知いたしました!』』』と頼もしい返事を返してきた。

通信を切り、過去の俺はホッと息を吐いて俺の方を向いた。

 

「よし、みんなすぐに集まってくれるみたいだ。それじゃあ俺たちも、会議室に向かうか」

 

「ああ、行こうぜ」

 

俺たちは空間転移を使って、一足先に執務棟の会議室へと移動した。

 

俺たちの到着からほどなくして、部屋にはベニマル、シオン、リグルド、ソウエイ、シュナ、ディアブロといった面々に加え、リグルやゴブタ、ゲルドにガビル、そして迷宮から駆けつけたラミリス、トレイニー、ベレッタといった主要な幹部や仲間たちがずらりと集結した。

 

「急に集まってもらってすまない」

 

過去の俺が上座に立ち、彼らを見渡して口を開く。

 

「単刀直入に言う。今日の午後、中央広場で――俺の胃袋に隔離していた『暴風竜ヴェルドラ』を、ついに解放しようと思う」

 

その一言が落ちた瞬間、会議室の空気がビリッと震えた。

 

「ヴ、ヴェ、ヴェルドラぁぁっ!? あの暴風竜を!? あんた正気なの!?」

 

真っ先に悲鳴を上げたのはラミリスだ。空中で目を回し、たまらずベレッタの肩にへたり込む。

一方で、ジュラの大森林の管理者であるトレイニーは、両手を胸の前で組み、感極まったように瞳を潤ませた。

 

「おお……我らが森の守護神、ヴェルドラ様が遂にご帰還なされるのですね……っ!」

 

「て、天災級の竜を広場で……!? オイラたち、風圧で飛んでいっちゃうっすよ!」

 

「覚悟を決めろ、ゴブタ! 我らはリムル様の盾だぞ!」

 

ゴブタがガタガタと震え、リグルが首根っこを掴んで気合を入れる。

 

「……万が一の事態には、我らが皆を守る壁となりましょう」

 

「うむ! 我ら飛竜衆が空から民を避難させますぞ!」

 

ゲルドが力強く頷き、ガビルも腕を組んでビシッとポーズを決めた。

そんな騒然とする会議室の中で、ベニマルが軍務司令としての真っ当な懸念を口にする。

 

「ついに、ですか……。しかしリムル様、本当に広場で解放なされるおつもりですか? いくらなんでも、天災級の暴風竜の妖気を町のど真ん中で解放しては、住人たちが耐えきれないのでは……」

 

だが、過去の俺はニヤリと笑って首を振った。

 

「その心配はいらない。ついさっきまで、俺の胃袋の中で『妖気を一滴も漏らさないための特訓』をみっちり積ませてきたからな。今のあいつは、外に一切の妖気を漏らさないことを保証するよ」

 

「特訓……あの暴風竜に、ですか……」

 

ベニマルが引き攣ったような笑いを浮かべ、シオンは「流石はリムル様です!」と感嘆の声を上げた。

ベレッタも「リムル様方は、神話の竜すらも手懐けてしまわれるのですね」と静かに感心している。

 

「リグルド、急ぎで町の住人たちを中央広場に集めてくれ。そしてソウエイ、お前の部下たちを使って、町に滞在している商人や他国からの来訪者たちに事前の周知を徹底してほしい」

 

俺が補足するように指示を出す。

 

ファルムス王国との戦争が被害ゼロで早期終結したという事実は、俺たちが手配した正式な連絡や、行商人たちの噂としてすでに周辺諸国へ広がりつつあった。そのため、まだ完全な状態とまではいかないものの、テンペストにはすでに各国の商人や来訪者たちの往来が再開し始めていたのだ。

彼らに妙な誤解やパニックを与えないためにも、事前の根回しは必須だった。

 

「周知の内容は、いかがいたしましょうか」

 

「包み隠す必要はない。正面から堂々と、『テンペストの守護竜である、暴風竜ヴェルドラのお披露目を行う』と伝えてくれ。ただし、絶対に安全は保証すると念押しして、パニックを起こさせないようにな」

 

俺の言葉に、幹部たちは力強く頷いた。

先のファルムス戦で『軍勢を滅ぼした理不尽な天災を魔王リムルが鎮め、味方につけた』という筋書き。

それを生かし、むしろテンペストの守護竜として大々的に世界へ発信し、国の威信を確固たるものにするという方針だ。

 

「御意。暴風竜が我が国の守護神となった事実を、テンペストの強大さを示す好機として、大々的に宣伝してまいりましょう」

 

ソウエイが不敵に口角を上げ、影に溶けるようにして姿を消した。

 

「リグル、ゴブタ、お前たちは警備隊を率いて広場の安全確保を頼む。ゲルドとガビルも有事の際のサポートに入ってくれ」

 

「「「ハッ!!」」」

 

「ベニマルは全体の指揮を。住人たちが興奮して前に出すぎないよう、きっちり仕切ってくれ。シオン、お前は俺たちの隣でしっかり立ってろよ」

 

「承知いたしました! 直ちに手配いたします!」

 

「はいっ! 微塵も揺るがぬ姿で務めさせていただきます!」

 

幹部たちがそれぞれの任務のためにテキパキと動き出そうとした、その時だった。

 

「ただいまーっ! ねえねえ、ボクも聞いてたよ! これからすっごく面白そうなことするんだね!」

 

会議室の扉が勢いよく開き、元気な声と共に小柄な少女――ウルティマ(ヴィオレ)が飛び込んできた。

どうやらリグルドの案内で行っていた、検事総長ログルドとの顔合わせと街の視察を終えて帰ってきたらしい。

ログルドのところで何を吹き込まれてきたのか、その顔はひどく上機嫌だ。

 

「お帰り、ウルティマ。お留守番ご苦労だったな」

 

「うんっ! 悪い奴を裁く仕事、すごく面白そうだったよ! ……それより、広場で竜を出すんでしょ? ボクも特等席で見てもいい?」

 

目を輝かせるウルティマに、過去の俺は苦笑しながら頷いた。

 

「ああ、いいぞ。ただし、ヴェルドラにちょっかいを出して広場を吹き飛ばしたりするなよ?」

 

「善処するね!」

 

「クフフ……リムル様の盟友たる御方に対し、不敬な振る舞いは許されませんよ、ウルティマ」

 

「分かってるよディアブロ! いちいち口うるさいなぁ」

 

ディアブロの牽制にウルティマが口を出し、相変わらずの原初同士の小競り合いが始まる。

 

それから、テンペストの町全体を巻き込んだ数時間にも及ぶ大掛かりな準備と周知が始まった。

 

リグルドやリグルたちは配下のゴブリンたちを総動員し、住人たちに「テンペストの新たな守護者のお披露目」があることを伝えて回り、中央広場への誘導を安全かつ迅速に行った。

 

ソウエイの部下であるソーカたち隠密部隊は、各国の商人や冒険者、他国からの来訪者一人一人に接触し、「これから暴風竜ヴェルドラの復活という歴史的瞬間が訪れるが、魔王リムル様の盟友であり、一切の危険はない」と丁寧に、しかし有無を言わせぬ圧を交えて念押しして回った。

 

ベニマルとゲルドたちは広場の警備態勢を固め、万が一のパニックにも即座に対応できるよう、兵士たちを要所に配置していく。

 

――そして、数時間後。

太陽が西に傾きかけた頃、準備は完全に整った。

 

全ての任務が完了したという報告を受け、俺と過去の俺は頷き合った。

頼もしくも騒がしい面々を引き連れ、俺たちは足並みを揃えて、活気づく町の中心――すし詰め状態の住人たちが待つ中央広場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

執務棟を抜け、中央広場に到着すると、そこには既にテンペスト中の住人たちがすし詰め状態で集まっていた。

 

ホブゴブリンや牙狼族、ドワーフやオークたちをはじめとした多種多様な魔物たち、最前列にはリグルドたちゴブリンの面々が整列し、期待に満ちた眼差しを俺たちに向けている。

広場の端の方には、ソウエイの部下たちから「暴風竜のお披露目」だと事前通達を受けていた自由組合の商人や他国の来訪者たちが、半信半疑ながらも好奇心と恐怖を隠しきれない様子で遠巻きに見守っていた。

 

「皆、急な告知にも関わらず集まってくれてありがとう!」

 

広場の中央に用意された少し高くなった壇上に、過去の俺がスッと立ち、よく通る声で群衆に語りかけた。

俺はその斜め後ろで、ウルティマやシオン、ディアブロと共に静かに控える。

 

「俺が魔王へと進化したことで、この国はまた新しい局面に立たされることになった。だが、心配はいらない! 今日は皆に、俺の最初からの『盟友』であり、これからのテンペストを共に守ってくれる最強の守護神を紹介する!」

 

過去の俺の堂々たる宣言に、広場が「おおおっ!」とどよめきに包まれる。

 

(よし、『無限牢獄』解放!)

 

過去の俺がスッと右手を前に突き出し、自身のスキルを解放した。

その瞬間。

 

ゴオォォォォォォォッ!!

 

過去の俺の体から、文字通り桁違いの、圧倒的な質量の魔素が天空に向かって噴き出した。

それはまるで、天を衝く黒々とした竜巻のようだった。

凄まじい魔素の奔流が広場の上空で渦を巻き、やがて一つの巨大なシルエットを形作っていく。

 

分厚い漆黒の鱗、鋭い爪、そして空を覆い尽くすほどの強靭な翼。

それは紛れもなく、世界に四体しか存在しない最強の種族『竜種』の姿だった。

 

「クアハハハハハハ!! 待たせたな、我が盟友よ! ついに、ついに我は外の世界へと帰還したぞ!!」

 

空を震わせるような豪快な高笑いが響き渡る。

まだ肉体となる依り代がないため、純粋な魔素の塊で構成された仮初の姿ではあるが、その雄大で恐ろしい暴風竜の姿は、見る者全てを圧倒する説得力を持っていた。

 

「あ、ああ……っ! 竜、竜だ……ッ!」

「ま、まさか、事前の通達は本当だったのか……おとぎ話で聞く『暴風竜』ヴェルドラが、目の前に!?」

 

広場の端で見ていた商人や来訪者たちが、その絶望的なビジュアルを前に腰を抜かしかける。

だが、彼らはすぐに「ある異常な事実」に気がついた。

 

(……あれ? 全然、苦しくない……?)

 

そう。

あれほど巨大で恐ろしい魔素の塊が上空に顕現しているというのに、彼らを押し潰すような理不尽な妖気(オーラ)やプレッシャーが、微塵も感じられないのだ。

弱い人間であれば近づくだけで死に至るはずの暴風竜の妖気。

それが、文字通り『ゼロ』にまで完全に抑え込まれていた。

 

「クアハハハ! どうだリムルよ! 我の完璧なる妖気の制御は!」

 

空中に浮かぶ仮初の竜が、ドヤ顔で(魔素の塊なので表情は分かりにくいが、間違いなくドヤ顔で)過去の俺に向かってふんすと胸を張った。

 

「おおー! 胃袋での特訓通り、マジで一滴も漏らしてないな! よくやったぞヴェルドラ!」

 

過去の俺がホッと安堵の息を吐きながら、大きく拍手を送る。

胃袋の中でのあの地獄のスパルタ特訓は見事に実を結び、ヴェルドラはテンペストの住人たちに一切の負担をかけることなく、その姿を現すことに成功したのだ。

 

俺も満足げに頷きつつ、過去の俺の肩を叩いた。

 

「よし、お披露目はバッチリだ。……過去の俺、いつまでも魔素の塊のままじゃ不便だろうから、早く分身体を出して依り代にしてやれ」

 

「おっと、そうだったな。ちょっと待ってろ、ヴェルドラ」

 

過去の俺はコクリと頷くと、自身の体を構成するスライムの細胞を分離させ、人間と同じサイズの精巧な『強化分身体』を目の前に作り出した。

 

「これがお前の新しい体だ。俺の魔素をたっぷり注ぎ込んだ特製の強化分身体だから、お前の莫大な力でも十分に耐えられるはずだぜ」

 

「おおっ! 感謝するぞ、リムルよ!」

 

空中に浮かぶヴェルドラは眼下にひしめく群衆を見渡し、さらに大仰な態度で宣言した。

 

「クアハハハ! 案ずるな人間どもよ! 我のこの偉大なる竜の姿のままでは、いくら妖気を抑えていようと威圧感が強すぎようからな。特別に、お前たちと同じ人間のような姿へと変わってやるとしよう!」

 

そう言い放つなり、上空で渦巻いていた巨大な竜のシルエットが、竜巻が収束するようにギュルギュルと過去の俺が用意した分身体へと吸い込まれていく。

眩い魔素の光が弾け、周囲に心地よい風が吹き抜けた。

 

光が収まった壇上に立っていたのは、一人の見目麗しい青年だった。

日に焼けた浅黒い肌に、引き締まった屈強でしなやかな肉体。

鋭くもどこか無邪気さを残した金色の瞳と、荒々しく逆立った金髪。

それは俺のよく知っている馴染みのある姿となったが、そこから醸し出される覇気と雄々しさは完全に別格だ。

 

「ふむ……! 悪くない、悪くないぞ! 腕も脚もスムーズに動くし、何より力がバッチリと馴染んでおる!」

 

ヴェルドラは自身の新しい手足をグーパーと動かしたり、軽く跳躍したりして、人間の肉体の感触を確かめながら満足げに頷いた。

 

そして、クルリと群衆の方へ向き直ると、バシッと大仰でかっこつけたポーズを決めた。

確実に胃袋で読んだ漫画の影響であろう。

 

「皆の者、よく聞くが良い! 我こそは『暴風竜』ヴェルドラ! そして我が盟友リムルと魂の繋がりを持ちし証として、これより先は『ヴェルドラ・テンペスト』と名乗る! テンペストの民よ、安心せよ! 我が盟友の国は、この我も共に守護してやろう! クアハハハハハハ!!」

 

ドヤ顔で言い放たれた、その威風堂々たる宣言。

広場は一瞬、水を打ったようにシン……と静まり返った。

 

(……暴風竜……ジュラの大森林の、あの絶対不可侵の守り神様……!?)

(し、しかも、リムル様と同じ『テンペスト』を名乗ってるだとォォ!?)

 

情報量が多すぎる上に、あまりにも衝撃的な事実。

しかし、目の前で胸を張る青年からは恐ろしい妖気は一切感じられず、むしろ親しみやすさすら覚えるほどだ。

その強烈なギャップに群衆の思考が停止しかけた――次の瞬間。

 

「おおおおおおお……ッ!! リムル様のみならず、あの伝説の暴風竜様までもが、我らの守護者に!!」

 

真っ先に限界突破したのは、やはりリグルドだった。

ボロボロと滝のような感動の涙を流しながら、その場に平伏して天を仰ぐ。

それを皮切りに、ゴブリンたちや牙狼族たちも次々と「うおおおおおっ!」「暴風竜様万歳! リムル様万歳!!」と、地鳴りのような大歓声を上げ始めた。

 

「ひ、ひぃぃぃ! まさか本当に暴風竜……ッ!? だが、我々は生きてるぞ!?」

「信じられん、リムル殿は魔王に覚醒しただけでなく、あの天災を『盟友』として味方につけているというのか……!?」

 

遠巻きに見ていた商人たちは、あまりの事態に腰を抜かして驚愕の声を上げている。そしてその傍らでは、たまたま町を訪れていた西側諸国の記者が、ガタガタと震えながらもこの歴史的瞬間を逃すまいと必死に手帳へメモを取り始めていた。

思惑通りだ。

彼らの口やペンを通じて、今日この『暴風竜が完璧な制御下でテンペストの守護竜となった』という事実は、西側諸国へ瞬く間に知れ渡るだろう。

 

「ははっ、大熱狂だな、ヴェルドラ!」

 

過去の俺が嬉しそうに笑いかけ、ヴェルドラの背中をバシッと叩いた。

 

「クアハハハ! 当然よ! これこそが我が望んだ華麗なる復活劇だからな!」

 

熱狂的な歓声が鳴りやまぬ中、俺たちは揃って広場の壇上からゆっくりと降りた。

 

待ち構えていたかのように、ベニマルやハクロウ、シオンたち幹部陣が興味津々といった様子でヴェルドラの周りにドッと群がってくる。

 

無理もない。

彼らにとって暴風竜とは、おとぎ話や神話に出てくるジュラの大森林の絶対不可侵の存在。

それがこうして人間の姿を取り、気さくに目の前に立っているのだから。

 

「本当にあの暴風竜様なのですか……!? 人の姿を取るとは驚きです」

 

シオンは興味津々といった様子で身を乗り出し、ランガは俺の影の中から恐る恐る、しかし最大の敬意を持って鼻先を覗かせていた。

 

そんな彼らを押し退けるように、ウルティマが興味津々な様子でヴェルドラの前にちょこんと立ち塞がった。

 

「へえー! キミが暴風竜なんだね! その莫大な力を一滴も漏らさずに隠してるのは見事だけど……ボクとキミ、どっちが強いか試してみない?」

 

屈託のない笑顔で、さらっと恐ろしい決闘を申し込む原初の悪魔。

その得体の知れない気配を感じ取ったのか、ヴェルドラは一瞬ビクッと肩を揺らしたが、すぐに「ふんっ」と腕を組んで虚勢を張った。

 

「む? 貴様、原初の……いや、今はリムルの配下か! ふはは、良かろう! 我は胃袋の中で聖典を読み込み、精神を極限まで鍛え上げておるからな! いつでも相手になってやるぞ!」

 

「やったぁ! 約束だからね!」

 

そんな風に、ヴェルドラが幹部たちからの質問攻めにノリノリで答えていた時のことだ。

 

「ちょっとちょっとー! アタシたちのことも忘れないでよね!」

 

パタパタとせわしない羽音と共に飛び出してきたのは、妖精女王ラミリスと、その背後に静かに付き従うベレッタだった。

そして彼女らに続くように、ジュラの大森林の管理者である樹妖精(ドライアド)の三姉妹――長女のトレイニー、次女のトライア、三女のドリスが恭しく進み出てくる。

 

ヴェルドラは目を丸くして、空をパタパタと飛び回る小さな妖精をまじまじと見つめた。

 

「むっ? おぬし、あの妖精女王ラミリスか? リムルから話には聞いておったが……まさか、かつてのあの気高き女王が、ここまで小さく愛らしい姿になっておるとはな! 久しいな。それにその後ろの悪魔は……」

 

「えっへん! アタシの最強の従者のベレッタよ! リムルが呼び出した悪魔だけど、今はアタシに仕えてるんだから! ま、あんたが復活したっていうから、特別にお祝いしに来てあげたのよ!」

 

ラミリスが空中でふんすと胸を張ると、ベレッタも優雅に一礼して見せた。

 

「クアハハハ! 姿が縮んだだけでなく、性格まで随分と騒がしく、子供っぽくなったようだな! かつての威厳はどこへやらだが、わざわざ我の復活を祝いに出向いてきたその心意気は褒めてやろう!」

 

ヴェルドラが機嫌よく高笑いすると、ラミリスは「なによその上から目線ー! アタシはいつだって威厳たっぷりなんだからね!」とぷんすか怒りつつも、どこか楽しそうだ。

 

そんな二人のやり取りが一段落したところで、トレイニーたち三姉妹がヴェルドラの御前に進み出ると、まるで神を崇めるように、深々と優雅にその場に跪いた。

 

「――ヴェルドラ様。この度のご帰還、心よりお祝い申し上げます。我ら樹妖精一同、この日をどれほど待ちわびたことか……」

 

トレイニーの瞳には、うっすらと歓喜の涙が浮かんでいる。

 

彼女たちドライアドや、森の上位種族であるトレントたちにとって、暴風竜ヴェルドラは単なる強者ではなく、ジュラの大森林そのものを象徴する守護神であり、絶対的な信仰の対象だ。

その神が数百年ぶりに帰還したのだから、彼女たちの感動は計り知れないものだろう。

 

「おお、樹妖精(ドライアド)のトレイニーとその妹たちではないか」

 

先程まで幹部たちに囲まれて漫画の知識を自慢していたヴェルドラの表情から、ふと、調子の良いふざけた色が抜け落ちた。

代わりに宿ったのは、世界最強の竜種としての、古き神のような静かで深い威厳だった。

 

「我を案じておったか。……長きに渡る無限牢獄の封印の間、主無きジュラの大森林をよくぞ護り、管理してくれた。大儀であったな」

 

「ああっ……もったいなきお言葉……!」

 

ヴェルドラの真っ直ぐな労いの言葉に、トレイニーたち三姉妹はたまらずポロポロと大粒の涙をこぼした。

普段はマイペースで飄々としているトレイニーでさえ、今はただの敬虔な信徒のように両手を胸の前で組み、ヴェルドラを見上げている。

 

「我は不在の間、森の魔物たちがずいぶんと苦労したことは知っておる。だが、これからはもう案ずるな。我が盟友リムルと共に、我らでこの森をより豊かで平和なものにしていこうではないか」

 

「はいっ……! 我ら樹妖精一同、これからも粉骨砕身、ヴェルドラ様とリムル様のために尽くしてまいります……!」

 

優しく微笑むヴェルドラと、涙を流して喜ぶドライアド三姉妹。

そのどこか神聖ですらある光景を見て、周囲の幹部たちも静かに微笑み、温かい拍手を送った。

 

「なんだ、あいつ。普段は調子乗りの駄竜なのに、こういう時はちゃんと『森の守り神』っぽい顔ができるんじゃないか」

 

過去の俺が、感心したように腕を組んで呟く。

 

「だろ? ああ見えて、自分の身内や信仰してくれる奴らのことはすっげえ大事にするからな、あいつは」

 

俺もクスリと笑って同意した。

 

こうして、伝説の暴風竜の復活祭は、驚きと歓喜、そして深い感動に包まれながら、テンペストの歴史に新たな1ページとして強烈に刻み込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルドラの復活とドライアド三姉妹との感動的な再会に沸く中央広場。

その喧騒の中を縫うようにして、リグルドが血相を変えて俺たちの元へ駆け寄ってきた。

 

「リムル様! 未来のリムル様! ドワルゴン、およびブルムンドより緊急の連絡が入りました!」

 

「お、リグルド。どうした、そんなに慌てて」

 

過去の俺が尋ねると、リグルドは一気に報告を口にした。

 

「ファルムス王国との戦いが終結した件につきまして、かねてより両国から打診のありました、直接の事実確認の件ですが……!」

 

「あー、たしかに事実確認を行いたいとは聞いてたけども、このタイミングとはえらくいきなりだな……。ワルプルギスが終わるまで待ってくれるんじゃなかったのか?」

 

過去の俺が「あっちゃー……」という顔をして頭を掻く。リグルドはさらに声を上ずらせて続けた。

 

「はい! 当初はその予定だったようなのですが……ヴェルドラ様やリムル様が魔王に進化した事など、両国の優秀な諜報部隊をもってしても我が国の状況は直接的には確認できないようなのです」

 

「……もしかすると、俺の存在を秘匿するために張っている魔法や情報統制が、予想以上に効きすぎているせいかもしれないな」

 

俺が少しバツが悪そうに呟くと、リグルドも「そうかもしれません」と頷いた。

 

「ともかく、これ以上は到底ワルプルギスが終わるまで静観していられる状況ではないと判断されたようです! それで、ブルムンドからはフューズ殿率いる代表団が。そしてドワルゴンからは……なんと、ガゼル王自らが幹部たちと天翔騎士団(ペガサスナイツ)の護衛を伴い、既にこちらへ向かっており、間もなく到着するとのことです!」

 

「ガゼル王自らか。 そりゃあリグルドも慌てるわけだな」

 

俺は苦笑いして肩をすくめた。

 

「まあ、無理もないよな。こっちは被害ゼロで敵軍を退けて魔王に進化してるんだし、向こうからすれば『一体何が起きてるんだ!?』って必死な形相で駆けつけてくるに決まってる。……ガゼル王なんて、到着した瞬間にこっちの変貌ぶりを見て、めちゃくちゃ説教をかましてきそうだぞ」

 

「うげっ……。敵の援軍の心配がなくなったとはいえ、俺たちのことを思ってわざわざ足を運んでくれたんだもんな。ありがたい話だけど、今から気が重いな……」

 

過去の俺は、到着した時に彼らがどんな顔をするかを想像して、早くも顔を引き攣らせている。

 

「まあ、いい機会じゃないか。どのみち、俺が魔王になったことや、今まさにヴェルドラがお披露目されたことは隠し通せることじゃない。」

 

俺がそう言うと、過去の俺も覚悟を決めたようにコクリと頷いた。

 

「そうだな。ガゼル王やフューズ……ブルムンドの面々には、今後の国際情勢も含めてしっかり説明しておく必要がある。……よし、リグルド! 迎賓館の準備を急いでくれ。両国の代表が到着し次第、現状報告も含めた緊急会議を開く!」

 

「はっ! 直ちに準備を整えさせます!」

 

リグルドが再び風のように去っていく。

ベニマルやシオン、ディアブロも、新たな来客……それも他国の王が自ら出向いてくるという事態に、表情を引き締めた。

 

「未来の俺。……お前、ガゼル王にどう説明したんだっけ? 参考までに教えてくれよ」

 

「いや、俺の時はそもそもブルムンドにもドワルゴンにも連絡をするのを忘れていてな。まだ戦争が続いていると思って必死の形相で援軍を寄こしてくれたんだ。それにしても、この時間軸でも似たようなタイミングで来ることになるとはな。歴史の修正力ってやつか?」

 

俺がニヤリと笑って過去の俺の肩を叩すると、彼は「他人事だと思って……」とブツブツ言いながらも、同盟国の重鎮たちを迎え入れるために執務棟へと歩き出した。

 

執務棟へと続く石畳の回廊を、俺と過去の俺は肩を並べて歩いていた。

背後には、護衛として付き従うベニマルとシオン、そして音もなく優雅な足取りで続くディアブロの姿がある。

 

「――なあ、相棒」

 

歩きながら、俺は隣を歩く過去の俺に声をかけた。

 

「ん? どうした?」

 

「これからガゼル王やフューズたちを迎えての緊急会議になるわけだが……恐らく同じタイミングで、魔導王朝サリオンからの使者もくるかもしれないな」

 

「サリオンから?」

 

過去の俺が不思議そうに眉を寄せた。

 

「なんでまた、そんな超大国からこのタイミングで使者が来るんだよ? 俺たち、サリオンとはまだ国交も何もないはずだろ?」

 

「まあ、その辺は使者本人から詳しく語られるさ。俺の時もこのタイミングでサリオンの使者が来たんだ。歴史の流れが変わってるから今回も全く同じになるとは限らないが、準備をしておくに越したことはないだろ? ……で、その重要な会議なんだが、俺はそこには出ない。進行は、お前一人でやってくれ」

 

その言葉に、背後を歩いていたベニマルがピクリと反応し、歩調を変えずに鋭い視線をこちらに向けた。

シオンも目を瞬かせ、「お二人が揃い踏みされる最高のお姿を、他国の者に見せつけないのですか?」と少しばかり不満げな顔で口を挟む。

 

「シオン、控えろ。未来のリムル様には何か深いお考えがあってのことだろう」

 

ベニマルが即座に低く窘めると、シオンは「わ、分かっています!」と慌てて居住まいを正した。

 

そんな二人のやり取りを他所に、ディアブロだけは常に口元に浮かべている妖しい笑みを崩さず、静かに俺の真意を探るように目を細めている。

 

当の過去の俺はというと、特に慌てふためく様子もなく、あっさりと頷いた。

 

「まあ、それは構わないけどな。ここは俺の国だし、俺がこの時代の責任者だ。未来のお前に全部投げっぱなしってわけにもいかないしな」

 

そこまで言ってから、過去の俺は少しだけ歩みを緩め、ジッとこちらの顔を覗き込んってきた。

 

「……でも、わざわざ俺に会議を任せるってことは、ただ単に『俺に威厳を持たせるため』ってだけじゃないんだろ? 何か別に、お前自身が裏でやっておくべき事があるのか?」

 

「……鋭いな。まあ、お見通しか」

 

俺は苦笑し、過去の俺の問いに素直に頷いた。

 

「そうだな。まずは、迷宮の研究所に顔を出そうと思っている。ベスターやカイジンたちのところだ」

 

「研究所? 何か新しい研究でも始めるのか?」

 

「いや、先日のラージャの件だ。悪魔たちが得体の知れない存在に乗っ取られて、俺たちに攻撃を仕掛けてきた。あの脅威を目の当たりにして、テンペストの防護をさらに固めるための策をいくつか考えたんだ。それをあいつらと共有して、すぐに対策に取り掛かりたくてな」

 

俺の言葉に、背後を歩いていたベニマルとシオンの空気が一瞬にして張り詰めた。ラージャの地で、悪魔たちが異質な力によって侵食され、操られていたあの不気味な光景を鮮明に思い出したのだろう。

 

「ラージャでのあの不可解な現象ですね。我々も肝を冷やしました。あの力を攻勢に使われれば、テンペストの広域結界すら無効化されかねません。あの脅威に対し、防護の策を打たれると?」

 

ベニマルが忌々しげに眉間を寄せる。シオンもまた、己の無力さを呪うように強く唇を噛んだ。

 

「本当に不気味で卑劣な敵でした……! リムル様たちの足元を掬おうとするあのような存在、万死に値します!」

 

「気にするな、シオン。あれは初見じゃ誰にもどうしようもない事象だったからな。だから、お前が表でガゼル王たちと渡り合っている間に、俺は裏で防衛網の強化や、兵士たちの生存率を上げるための具体的な手段を仕込ませてもらう」

 

「なるほどな……」

 

過去の俺は顎に手を当て、納得したように深く頷いた。

 

「確かに、いつまた同じような干渉や攻撃が起きるか分からない。ワルプルギスを控えている今、少しでも不安要素は潰して、国の守りを盤石にしておきたいよな」

 

「そういうことだ」

 

俺が同意すると、斜め後ろを歩いていたディアブロが「クフフ……」と、鼓膜を撫でるような低い笑い声を漏らした。

 

「実に素晴らしいご判断です。リムル様の御身に危害を加えようとする恐れ知らずの愚か者……。その正体を暴き、絶望の淵へと叩き落とすため、私も全力で知恵を絞らせていただきましょう」

 

優雅に胸に手を当ててお辞儀をするディアブロの瞳の奥には、主を害した「未知の存在」に対する、身の毛のよだつような冷酷な殺意が渦巻いていた。ベニマルもそれに同調するように、無言で剣の柄に手を当てて鋭い視線を虚空へ向けている。

 

頼もしい限りだが、相手が何者かも分からない、そしてシエルの声が届かない現状ではうかつに動くこともできない。

 

「ああ、頼りにしてるぞ、ディアブロ。……それと、もう一つだ」

 

俺は少しだけ口ごもり、過去の俺へと再び真っ直ぐに視線を向けた。

 

「ベスターやカイジンたち研究員が、今『魔導列車』の開発研究で手一杯で忙しいのは分かっているんだが……こいつも、あいつらの研究の参考にしたいと思っている」

 

そう言って、俺は空間収納から円形状のデバイス…『災厄の核塊(カラミティ・コア)』を取り出した。

 

掌に収まるほどの円形状の金属塊。中心には鈍く輝く『銀色のスライム紋章』が刻まれ、その周囲を三体の竜――暴風、灼熱、氷結を模した極めて緻密な彫金がぐるりと囲んでいる。一見すれば精巧な美術品のようにも見えるが、そこから漏れ出す気配は尋常ではなかった。

 

「……ッ!」

 

それを見た瞬間、ベニマルの全身の筋肉が反射的に硬直し、シオンも息を呑んで目を丸くした。

 

「クフフ……これはまた、凄まじい力が極限まで圧縮されていますね。しかもこの気配……まさか、竜種そのものの残滓ですか?」

 

ディアブロが深紅の瞳を細め、興味深そうにデバイスを覗き込む。彼の悪魔としての絶対的な感知能力は、その小さな塊の中に封じられた途方もないエネルギーの正体を正確に読み取っていた。

 

「ああ、以前ゴブタが使ったヤツだな…って、ちょっと待て! お前、まさかそれをカイジンたちの研究に回すつもりか!?」

 

過去の俺が血相を変えて声を荒げた。無理もない。

 

「ゴブタがあれを使った後、どうなったか忘れたわけじゃないだろ!? 数日間も昏睡状態で、細胞レベルで崩壊しかかってたんだぞ! あんなバケモノみたいな代物をいじらせるなんて危険すぎる!」

 

過去の俺の強い拒絶に、シオンも深く同意するように、いつもは凛々しい顔を青ざめさせて激しく頷いた。

 

「過去のリムル様が仰る通りです……! 厳しい特訓を幾度も耐え抜いたあのゴブタでさえ、変身を解除した後は生死の境を彷徨ったのです。もし研究の最中に何らかの暴走が起きれば、カイジンたちが危ないのでは……」

 

「……なるほど、シオン殿の危惧はもっともですね」

 

先ほどまで興味深そうにコアを見つめていたディアブロも、今は極めて冷徹な目でその危険性を値踏みしていた。

 

シオン達の反応はもっともだが、俺は苦笑しながら、掌の上のカラミティ・コアを軽く宙に放り投げ、再びキャッチした。

 

「落ち着けって。俺だって、仲間達をまた危険に晒す気はないさ。こいつのコアそのものを、ベスターたちに解体させるわけじゃない」

 

「じゃあ、何をさせる気なんだよ?」

 

いぶかしげに眉を寄せる過去の俺に、俺はコアの表面を指先でなぞりながら答える。

 

「元々はただの趣味と技術実証の遊びで作ったつもりだったんだ。だが……実際、あの絶体絶命のピンチで、こいつを使ってゴブタは異世界人を撃退し、お前たちを救う決定的な役割を果たした」

 

その言葉に、シオンがハッとしたように顔を上げ、ベニマルも真剣な面持ちで静かに頷く。

 

「そこでだ。このデバイスの『竜種の残滓』という動力を完全にオミットして、もっと能力を制限した『簡易版』を作れないかと思ってな」

 

「簡易版、ですか?」

 

「ああ。こいつから使用者の保護という部分だけを取り出した量産型デバイスだ。『装甲の展開プロセス』や『魔力制御の基礎術式』のフレームだけをカイジンたちに解析させて、一般の兵士でも安全に扱える外部兵装としてダウングレードさせる」

 

俺の意図を聞き、ベニマルが武官としての鋭い目つきに変わった。

 

「なるほど……。個人の魔素量や身体能力に依存せず、外部からの恩恵で能力を底上げする強化装甲。それが部隊単位で配備されれば、防衛戦における我が軍の戦力と生存率は飛躍的に向上しますね」

 

「だろう? 俺がこの先で体験した大規模な戦争……それに、今回俺たちを狙ってきたような、得体の知れない未知の敵が再び現れた時。この量産型のデバイスは必ず、テンペストの民を守る強固な『盾』になり得るはずだ」

 

俺がはっきりとした声音で告げると、過去の俺も腕を組み、「……確かに、先の戦いを見据えるなら、誰でも使える防衛兵器の開発は急務だな」と深く納得したように頷いた。

 

「クフフ……素晴らしい。ただの遊戯の産物すらも、次なる絶望を退けるための盤石なる布石へと昇華させる。その深謀遠慮、まさに我らが主の叡智という他ありません」

 

ディアブロがうっとりとした様子で恭しく一礼する。彼にとっては、俺の行動すべてが至高の計略に見えるらしい。

 

先ほどまで青ざめていたシオンも、「おおお! 流石はリムル様です! その量産型とやらが完成した暁には、ぜひ私の紫克衆(ヨミガエリ)にも配備をお願いいたします!」と、危惧などすっかり忘れたように目を輝かせていた。

 

ベニマルが「お前の部隊にそんなものを渡したら、手加減できずに周囲の被害が拡大するだけだぞ」とすかさず呆れたようなツッコミを入れている。

 

ちなみに、この時間軸では俺が早期に介入してファルムス軍を退けたため、シオンをはじめとする死者は一人も出ていない。

 

そのため、本来であれば死から蘇った者たちで構成される『紫克衆(ヨミガエリ)』という部隊が生まれるはずはなかった。

 

しかし、先の魔王覚醒を祝う宴の席で、俺が酒の勢いもあって「俺の知るの歴史では、シオンが死から蘇った者たちをまとめ上げて、そういう名前の親衛隊を作ったんだぞ」と思い出話として語ってしまったのが運の尽きだった。

 

それを聞いたシオンが感動のあまり号泣し、周囲の血の気を持て余した若手たちも「死すら超越した無敵の部隊!」「我らも是非その栄誉ある軍団に!」と異様に盛り上がってしまったのである。

 

結果として、死に戻りという本来の由来とは関係なく、ただひたすらに気合と根性のある者たちを集めた名ばかりの『紫克衆』が結成され、現在彼らにはシオンによる致死スレスレのすさまじい猛特訓が連日施されているのだった。

 

「まあ、そういうわけで俺は別行動を取る。研究所でベスターたちとデータの洗い出しをするから、会議のほうは任せたぞ」

 

俺が改めて告げると、過去の俺も冗談交じりの空気を引き締め、真剣な顔つきで頷いた。

 

「ああ、わかった。会議では、ヴェルドラの復活経緯や、俺が魔王になった理由……それに、ファルムスやクレイマンに対する今後の方針なんかをきっちり語ることになるだろうな」

 

「うん、その辺は俺の時と変わらないな。……ただ、一つだけ忠告しておく」

 

俺はふと、当時の苦い記憶を思い出しながら、過去の俺の肩をポンと叩いた。

 

「念のため、会議の場でディアブロの正体についても、包み隠さず話しておけ」

 

「え? ディアブロが『原初の黒(ノワール)』だってことを、わざわざ自分から明かすのか!? 凄腕の悪魔を召喚したってだけじゃダメなのか?」

 

過去の俺が顔を引き攣らせて眉を寄せた。

 

「ダメだ。俺の時は先に話してなかったせいで、後から盛大にバレて色々と死ぬほど苦情を受けたんだよ。『お前は自分が何を従えているのか分かっているのか!』って、ガゼル王やサリオンの天帝エルメシアから胃に穴が空くほど絞られたからな。今回はウルティマもいるし、隠し通すなんて最初から無理だ」

 

当時の後継が蘇ってきて、俺が遠い目をしながら語ると、過去の俺はドン引きしたような顔になった。

 

その横で、当のディアブロ本人は「クフフ……他国の王や皇帝ごときが、リムル様に不敬な文句を垂れるなど万死に値しますね」と物騒なことを極上の笑顔で呟いている。過去の俺は、そんなディアブロの底知れない笑顔をチラリと見て、深くため息をついた。

 

「はぁ……。ウルティマの件だけでも頭が痛いのに、ディアブロの正体までセットでガゼル王たちに説明しなきゃいけないのか……。話すことが多すぎて、会議が始まる前から冷や汗が出てくるぞ」

 

「クフフ、ご心配には及びません。もし会議の進行を妨げるような輩がいれば、私が直々に『排除』して差し上げますので」

 

「それが一番ダメなんだよ! お前は会議中、絶対に一言も喋るなよ! いいか、絶対だぞ!」

 

しゃがみ込んだまま必死に念を押す過去の俺に、ディアブロは「なんと……」と心底残念そうな顔をした。

 

一人で勝手に納得しているシオンだけが、「流石はリムル様! 悪魔の頂点すら平伏させる圧倒的カリスマ! 私も筆頭秘書として負けてはいられませんね!」と的外れな方向に胸を張っている。ベニマルはもうツッコミを入れる気力も失せたのか、「……俺の主は、本当に底が知れませんね」と深い溜息をついて天を仰いでいた。

 

やがて、執務棟と迷宮方面へと向かう通路の分岐点に差し掛かった。

 

「じゃあ、俺はここで……会議のほうは、しっかり頼んだぞ」

 

「ああ。任せとけ。未来のお前が背負ってきたもんの重さには敵わないかもしれないが……俺だって、この国の主だ。きっちりまとめてみせるさ」

 

過去の俺は、不安を感じさせない力強い笑みを浮かべた。

 

「行くぞ、ベニマル、シオン、ディアブロ」

 

「はっ!」

 

「お供いたします!」

 

「クフフ……御意のままに」

 

過去の俺は、頼もしい幹部たちと優雅に微笑む悪魔を引き連れて、他国の重鎮たちが待つ迎賓館へと堂々たる足取りで歩み去っていった。

 

皆の頼もしい背中が見えなくなったのを確認し、俺は一人、小さく息を吐き出した。周囲から人が消え、静寂が落ちた回廊で、笑顔の裏に隠していた焦燥感がわずかに顔を出す。

 

(……やれるだけのことはやっておく必要があるからな)

 

ポケットに滑り込ませた『災厄の核塊(カラミティ・コア)』の硬い感触を確かめながら、俺は踵を返した。

 

目指すは迷宮の深層――ベスターやカイジンたちが夜を徹して研究を続ける、特設の技術開発局だ。俺は一人で地下へと続く階段を下りていった。

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