【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第十一章 決戦への布陣と集いし原初の悪魔たち

翌日。

テンペストの会議室には、緊張感が漂っていた。

 

集まったのは、過去の俺、リグルドやリグルといった町の重鎮たちに、ベニマル、シオン、シュナ、ソウエイ、ハクロウ、ガビル、ゴブタといった中核を担う幹部たち。それに加え、今回の主戦場となるユーラザニアから身を寄せている三獣士――アルビス、スフィア、フォビオの姿もある。

部屋の隅々にはソウエイの『影』が潜み、物理・魔力の両面で完全に情報が遮断された絶対の密室空間となっている。

 

そして、退屈そうに椅子で足をブラブラさせているウルティマと、その向かいで腕を組んでふんぞり返るヴェルドラ。さらにその隣のテーブルにはラミリスが陣取り、背後には護衛のベレッタと、受肉を果たしたばかりのトレイニーが静かに控えていた。

 

そんな張り詰めた空気の中、俺はまず現状のスケジュールの確認から入ることにした。

 

「皆、忙しい中集まってくれてありがとう。まずは当初の予定通りに計画が進んでいるかを確認したいと思う。ラミリス。お前のところに魔王達の宴(ワルプルギス)の招集はかかってるか?」

 

「…………」

 

「おい、ラミリス?」

 

返事がない。

見れば、ラミリスは自分よりも大きな本――ヴェルドラから与えられた『聖典(漫画)』――のページをめくるのに完全に没頭し、目を皿のようにしていた。

 

「ああっ! そこでその奥義を使うなんて! 次! 次のページはどうなってるの!?」

 

「クアーッハッハッハ! どうやらこの聖典の奥深さが理解できたようだな、ラミリスよ!」

 

「ヴェルドラ師匠! この『まんが』っていうの、すっごいよ! アタシ、感動しちゃった!」

 

「うむうむ、師匠と呼ぶが良い! 読み終わったら我が秘蔵の次巻を貸し与えようぞ!」

 

すっかり意気投合してキャッキャと騒いでいる二人。その後ろで、ベレッタとトレイニーが「申し訳ありません……」と胃を痛めたような顔でこちらに頭を下げている。

こんな緊迫した状況だというのに、この二人のマイペースさたるや恐ろしいものがある。俺と過去の俺は同時に盛大なため息をついた。

 

「コホン。……ラミリス、後で続きを読ませてやるから、今はこっちに集中しろ。ワルプルギスの件だ」

 

俺が少し呆れた声で手拍子を打つと、ラミリスはハッとして漫画から顔を上げた。

 

「あっ、ご、ごめん! ええと、うん! 予定通り、クレイマンの発議で二日後にワルプルギス開催の案内が来てるよ! その対応についても相談しなきゃって思ってたんだ!」

 

「よし、開催のタイミングは歴史通りだな。……ちなみにラミリス、お前も魔王として当然ワルプルギスには参加するんだよな?」

 

「当たり前よ! アタシは魔王なんだから、出るのは当然でしょ! それに、ベレッタとトレイニーがいればクレイマンなんて怖くないんだから!」

 

ラミリスは鼻高々に胸を張り、背後に控える二名も主の言葉に力強く頷いた。

その返答に俺も一つ頷き、改めて部屋に集まった全員の顔を見渡した。

ここからが本題だ。俺は過去の俺に視線を向け、小さく頷いた。ここから先の具体的な軍事行動の指示は、この時代の主である『彼』の役割だ。

 

過去の俺はコホンと一つ咳払いをして、幹部たちと三獣士を真っ直ぐに見渡した。

 

「開催が二日後となれば、一刻の猶予もないな。……よし、これより各員に任務を割り振る。総員、傾注せよ」

 

過去の俺が切り出すと、会議室の空気は一瞬にして静まり返った。

漫画に夢中だったヴェルドラも、ようやく「聖典」を閉じて腕を組み、鋭い視線を向けてくる。

 

「まずベニマル。お前は軍の総大将として、ゲルドのオーク軍と連携し、ゴブタのゴブリンライダーズ、ガビルの飛竜衆を率いてユーラザニアへ展開しろ。アルビス、スフィア、フォビオ。お前たち三獣士も自軍を率いてベニマルと合流し、侵攻してくるクレイマン軍を迎え撃つんだ。……ただし、以前にも決めた通り、極力殺さず、全て生け捕りにしろ」

 

「はっ。命のままに。被害を最小限に抑えつつ、敵軍を完全に無力化してご覧に入れましょう」

ベニマルが覚悟の決まった表情で一礼する。

「ははっ! このガビル、リムル様のご期待に必ずや応えてみせますぞ!」

「オイラたちも気合入れてくっす!」

ガビルとゴブタも力強く声を上げ、それに続くようにアルビスたち三獣士も深く頭を下げる。

「承知いたしました。我ら獣王国戦士団、ベニマル殿の指揮の下、カリオン様と故郷のために必ずやご期待に応えてみせます」

 

過去の俺は次に、その隣に座る忍びと姫、そして剣客に視線を移す。

 

「シュナ、ハクロウ、ソウエイ。お前たちは別働隊だ。軍が正面からぶつかっている隙に、クレイマンの居城へ潜入してくれ。主を失い空になった城を制圧し、囚われている者がいれば救出。拠点の情報や財宝も確保してきてほしい」

 

「承知いたしました、リムル様。お兄様たちが戦っている間、私たちは影からクレイマンの根城を制圧してまいります」

 

シュナが凛とした微笑みと共に答え、ハクロウとソウエイも音もなく頷いた。

 

「そしてシオン。お前とランガは、俺たちに同行してもらう。戦いの舞台は『魔王達の宴(ワルプルギス)』だ。そこには魔王たちが勢揃いする。何が起きても対応できるよう、側を離れるなよ」

 

「はいっ! リムル様をお守りすること、このシオン、命に代えても果たしてみせます!」

 

シオンが鼻息荒く立ち上がり、足元で影から現れたランガも「ワゥ!」と力強く呼応した。

 

「次、ディアブロ。お前には重大な任務を任せる。部下のセンナとディオンを連れて、ヨウムやミュウランたちと共にファルムス王国へ向かってくれ。目的はファルムスとの和平交渉だ。……俺たちの狙いは他国を支配することじゃない。ヨウムを新たな王として擁立し、テンペストと対等に手を取り合える、友好的な新しい国に生まれ変わらせてほしいんだ」

 

「クフフフ……。まこと、素晴らしい趣向です。リムル様の思い描く理想の隣国となるよう、ファルムスの愚か者どもには己の立場をしっかりと理解させ、ヨウムを立派な王に仕立て上げてご覧に入れますよ」

 

ディアブロの深紅の瞳が、獲物を狙う猛禽のように怪しく輝いた。

 

過去の俺は次に、腕を組んで鋭い視線を向けているヴェルドラへと向き直った。

 

「そしてヴェルドラ。お前には、この街の留守番を頼みたいんだ」

 

「……ぬ? 留守番だと!? 我もワルプルギスへ行き、あの小細工を弄する小童を教育してやるつもりだったのだが……!」

 

途端に不満げな顔を隠そうともしないヴェルドラ。

そんな彼に対し、過去の俺は声を潜め、重大な使命を託すような口調で続けた。

 

「いいか、ヴェルドラ。俺たちがワルプルギスで不在の間、この街がガラ空きになる。もし万が一、クレイマンの裏にいる『黒幕』がここを直接狙ってきたらどうする? この街を、そして俺たちの仲間を最後まで守れるのは、お前しかいないんだ」

 

「ふむ……? 我が、最後、の……」

 

「そうだ。お前はこのテンペストにおける『最終防衛ライン』なんだ。お前がここにいてくれるからこそ、俺たちは後ろを振り返らずにワルプルギスで戦える。……頼めるか、ヴェルドラ?」

 

『最終防衛ライン』という響き。

そして、自分にしかできない唯一無二の役目だという言葉に、ヴェルドラの目がみるみるうちに輝き始めた。

 

「クアーッハッハッハ! なるほど、そういうことか! 盟友よ、案ずるな! この我がいる限り、たとえ神が攻めてこようともこの街に指一本触れさせはせん! 安心してお前たちの聖戦に赴くが良い!」

 

すっかりその気になったヴェルドラは、腕を組んでどっしりと構え、今にも「最終防衛ライン」としての仕事を開始せんばかりの勢いだ。

その単純……もとい、純粋な頼もしさに、俺と過去の俺は顔を見合わせて苦笑した。

 

「最後に、ウルティマ」

 

過去の俺が名前を呼ぶと、足をブラブラさせていた少女が期待して身を乗り出してきた。

 

「ボクはどこに行けばいい? クレイマンの軍勢をドカンと吹き飛ばしてくればいいかな!?」

 

「いや、お前はテンペストの留守を頼む。……幹部たちが総出で国を空けることになるからな。万が一、ワルプルギスの最中に別の勢力がこの国を狙ってきた時のための、最強の防衛戦力だ」

 

「えーっ! ボクはお留守番なのー!?」

 

不満げに頬を膨らませるウルティマに、俺は苦笑しながら口を挟む。

 

「そう言うなよ、ウルティマ。お前みたいな強者が戦場で暴れちゃったら、生け捕りどころかユーラザニアの土地ごと消し飛びかねないからな。それに、俺たちが留守の間、ヴェルドラと一緒にテンペストの守りを固めてくれる存在が必要なんだ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ウルティマは不満げな表情をころりと変え、悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑みを深めた。

 

「ふーん……じゃあさ、未来のリムル様。ボクから一つ、すっごくいい話があるんだけど。聞いてくれる?」

 

「……なんだ? 嫌な予感しかしないんだが」

 

「昨日ね、悪魔界にいる知り合い……『白(ブラン)』と『黄(ジョーヌ)』から念話で連絡があってさ。ボクがリムル様に名付けられたって話をしたら、どうしても自分たちもリムル様に御目通りしたいってうるさいんだよね」

 

「「「…………は?」」」

 

ウルティマがさらりと投下した爆弾発言に、会議室の空気が完全に凍りついた。

ベニマルの手は思わず剣の柄を強く握りしめ、ソウエイも影の中でピクリと気配を揺らした。

 

「は……? し、白と黄、だと……!?」

 

「原初の悪魔が、さらに二柱……。嘘でしょう……?」

 

状況を理解した三獣士のアルビスとスフィアの顔からは一瞬にして血の気が引き、冷や汗が滝のように流れ落ちる。

彼女たちにとって原初とは、神話の中で語られる絶対的恐怖の象徴だ。それが二柱も同時に押し寄せてくるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない悪夢でしかない。

 

「ちょ、ちょっと待て! 以前にいずれ仲間になるかもしれないって話は聞いたけど、いくらなんでも急すぎるだろ!?」

 

過去の俺がたまらず立ち上がり、頭を抱えて叫んだ。

無理もない。たった今、戦争と魔王の宴に向けた緻密な作戦を立て終えたばかりだというのに、いきなり悪魔界の最高峰が二柱も押しかけてくるというのだから。

 

一方、俺は頭の痛い事実を受け入れながらも、心のどこかで冷静に(ああ、やっぱり来たか)と納得していた。

そもそもウルティマを現世に勧誘した時点で、悪魔界で三竦みで競い合っていたあいつらが、この事態に食いつかないはずがないという予感はあったのだ。

 

「だからさ、あの二人も呼んで仲間にしちゃえばいいんだよ!」

 

ウルティマは立ち上がり、名案とばかりに胸を張った。

その顔は無邪気な子供そのものだが、隣で控えているディアブロは、彼女の裏にある『浅からぬ企み』に気づいたのか、「クフフ……」と、止めるどころか完全に面白がっている。

 

「いや、仲間にするって簡単に言うけど……。そもそも、悪魔界にいる原初を二柱も同時に現世へ呼ぶなんて、そう簡単にできることじゃないだろ?」

 

過去の俺が額に冷や汗を浮かべながら指摘する。

すると、ウルティマは満面の笑みで俺(未来のリムル)の方へ向き直った。

 

「そうなんだよね。悪魔界からこの基軸世界の特定ポイントに顕現するのって、自力だとすっごく苦労するんだけど……」

 

ウルティマは両手を胸の前で合わせ、期待に満ちた上目遣いで俺を見つめた。

 

「未来のリムル様だったら、この場に二人を直接呼ぶことなんて造作もないでしょ? ボクのライバルたち……じゃないな、まあ腐れ縁の知り合いだし。呼び出してよ。お願い!」

 

「……お前なぁ、簡単に言ってくれるよな」

 

俺は深々とため息をついた。

確かに、シエルの演算能力と俺の魔素量、そして究極能力を応用すれば、悪魔界にいる特定の気配を捉え、この会議室へ直接存在を転移させることなど造作もない。

 

「原初の悪魔がさらに二柱……。戦力としてはこれ以上なく心強いですが、一歩間違えばテンペストに厄災を引き入れることになりかねませんよ」

 

ベニマルが渋い顔で呟くと、シオンがすかさず胸を張って反論した。

 

「何を仰いますかベニマル殿! 原初であろうと、リムル様の御前ではひれ伏すのみ! むしろこちらから呼び出して差し上げましょう!」

 

「お前は少し黙ってろ……。で、どうなんだ、未来の俺?」

 

過去の俺は大きなため息をつきながら、天井を仰ぎ見た。

 

「……はぁ。まあ、来るものは拒まずが俺の基本スタンスだしな。いずれ仲間になるんなら、早いか遅いかの違いか。お前が呼び出せるって言うなら、悪いようにはならないんだろ?」

 

「ああ。まあ、あいつらも放っておいたら自力でやってくる気質だからな。それなら、俺たちが主導権を握って迎え入れた方がまだ安全だ」

 

俺がそう告げると、過去の俺は「よし、分かった」と腹をくくって頷いた。

 

「やったぁ! さすが未来のリムル様!」

 

ウルティマが計画通りとばかりに無邪気な笑みを浮かべる横で、俺は脳内の相棒へと短く指示を出した。

 

(シエル、悪魔界にいる二柱の座標を特定してくれ)

《既に特定済みです、マスター。いつでもこちらへ呼び出せます》

 

俺の思考に対し、シエルは完璧な答えを返してくる。

すでに『白』と『黄』の気配は、いつでもこちらへ跳躍できるよう手招きを待っている状態だった。

 

「――よし、呼ぶか」

 

俺はスッと右手を前にかざし、二柱の原初を直接この場へ転移させる術式を起動させたのだった。

 

空間がぐにゃりと歪み、絶対の密室であるはずの会議室の中央に、突如として濃密な魔素の渦が発生する。

通常、高位悪魔を現世に喚び出すためには、膨大な供物と生贄、そして数日がかりの複雑な儀式魔法が必要となる。

だが、俺はそんな手順をすべてすっ飛ばし、空間の座標を繋いで彼女たちの存在そのものをこの場へと『引き抜いた』のだ。

 

光と闇が交錯し、魔素の渦が晴れた直後――そこには、息を呑むほどに美しく、そして背筋が凍るほどに恐ろしい、圧倒的な気配を放つ二柱の悪魔が立っていた。

 

純白の髪と真紅の瞳を持つ、冷酷で優雅な美女――『原初の白(ブラン)』。

黄金の髪と好戦的な瞳を持つ、飄々としたボーイッシュな美女――『原初の黄(ジョーヌ)』。

 

「いやはや、まさか悪魔召喚も生贄もなしに私たち二人をこっち側に呼び出すなんてね。驚いたよ」

 

顕現するなり、黄(ジョーヌ)が面白くてたまらないといった様子で周囲を見渡し、愉快そうに口を開いた。

 

「ええ。ヴィオレ……いえ、ウルの主様は本当にすさまじい力をお持ちのようね」

 

白(ブラン)もまた、優雅な所作で微笑みながら、興味深そうに俺と過去の俺を品定めするように見つめてくる。

 

その二柱から無意識に放たれる底知れない威圧感。

すでにウルティマやディアブロといった原初を見知っているベニマルたち幹部であっても、さすがに『原初の悪魔』がこの一室に四柱も揃い踏みした異常事態には、僅かに冷や汗を滲ませて油断なく身構えていた。

ガビルやゴブタ、リグルやリグルドたちに至っては、文字通り息をするのも忘れたかのように完全に硬直してしまっている。

 

しかし、玉座に座る過去の俺は微塵も動揺を見せることなく、魔王としての泰然自若とした態度で、静かに彼女たちの視線を受け止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて。わざわざ俺たちに会いたいと聞いて呼び出してみたが」

 

俺がそう声をかけると、二柱の視線がすっとこちらを向いた。しかし、すぐに彼女たちは隣に座るもう一人の主へと視線を移す。

 

「お前たちも、ウルティマやディアブロと同じように、俺の配下になりたいってことでいいのか?」

 

過去の俺が、玉座の上で腕を組み、静かに口を開く。

その声音には一切の怯えも気負いもなく、ただ目の前の存在を見定めるような王の響きがあった。

 

そのストレートな問いに、白(ブラン)はくすりと艶やかに微笑み、恭しく頭を下げた。

 

「ええ。最初はヴィオレの戯言かと半信半疑でしたけれど……今、こうして貴方様たちの深淵を垣間見て、理解いたしましたわ。その魂に仕えることは、我ら原初にとってもこの上ない誉れになると」

 

「私も同意見だよ! 悪魔界で覇を競っているよりも、君たちの下で動く方が何百倍も楽しそうだ。何より、同じ魂を持った主が二人も並んでいるなんて、これ以上ない極上の愉悦じゃないか!」

 

黄(ジョーヌ)もまた、獲物を見つけた肉食獣のような好戦的な笑みを浮かべて頷いた。

どうやら、彼女たちの心はすでに決まっているらしい。

俺としても、いずれ仲間になる運命であったのなら、このタイミングで陣営に加わってくれるのは非常にありがたかった。

 

「分かった。来るものは拒まないのが俺の国の方針だ。……だが、俺の配下になるなら、テンペストのルール――『人間をみだりに襲わない』『仲間内で争わない』『他種族を見下さない』の三つは絶対に守ってもらうぞ。できるか?」

 

過去の俺が鋭い視線を向けると、二柱の悪魔は迷うことなく、同時に優雅な礼をとった。

 

「もちろんですわ、我が主(マスター)」

 

「君がそう望むなら、大人しく従うよ」

 

二人の意志を確認し、過去の俺は満足げに頷いた。

そして、少しだけ困ったように俺の方を見る。

 

「意志は確認できたけど……こいつら、お前が無理やり悪魔界から引っ張り出したから、今は精神体みたいな状態だろ? 現世に留まるには受肉用の依代が必要なんじゃないか?」

 

「ああ、それなら問題ない」

 

俺は『空間収納』に保管していた特別製のホムンクルスを二体、静かに取り出した。

ウルティマの時と同様に、シエルの調整が施された依り代である。

 

俺がそれらを提示すると、白と黄の二柱は目を丸くして驚愕を露わにした。

 

「こ、これは……。我々悪魔が宿るために完璧に調整された、極上の器……。これを一瞬でご用意されるなど、本当に信じられないお方ですね」

 

「ははっ、最高じゃないか! これなら私の力も制限なく振るえそうだ!」

 

二柱は迷うことなくホムンクルスへとその精神体を滑り込ませた。

たちまち純白の器は彼女たち自身の姿へと変貌し、現世に確固たる肉体を持った悪魔として完全に定着する。

 

「よし、それじゃあ次は名前だな。名付けは俺がやるよ」

 

過去の俺が立ち上がり、二柱の前に歩み寄った。

そして、彼女たちの髪の色や瞳、そしてその内から溢れ出る気風を感じ取りながら、少し考えて口を開く。

 

「お前は、その純白の髪と深紅の瞳が印象的だ。……よし、『テスタロッサ』はどうだ?」

 

「テスタロッサ……! ああ、なんという甘美な響き。この魂に深く刻み込ませていただきますわ」

 

テスタロッサが歓喜に頬を染めてひれ伏す。

 

「お前は、その黄金の髪と……なんというか、スポーツカーみたいにじゃじゃ馬なイメージだな。『カレラ』だ」

 

「カレラ! いいねえ、すごく気に入ったよ! 最高の名前だ!」

 

カレラもまた、己の魂に刻まれた新たな名前に高揚し、弾けるような笑顔を見せた。

 

名付けが完了した瞬間、二柱の身体から莫大な魔素の光が迸り、悪魔公(デーモンロード)への進化の祝福が現世の理を揺るがす。

 

かくして、テンペストに『原初の悪魔』が四柱も揃い踏みするという、世界が知れば卒倒しかねない歴史的瞬間が訪れた。

 

ベニマルたち幹部も、ついに腹をくくったのか「こうなったら何柱来ようと同じことだ」と半ば諦め顔でため息をついている。

 

――と、そこで。

それまで大人しく成り行きを見守っていたウルティマが、待ってましたとばかりに元気よく前に進み出た。

 

「えへへー!さすがリムル様! これでテンペストの防衛戦力はバッチリ揃ったね!」

 

「ん? まあ、そうだな。テスタロッサとカレラも加わったし、留守は盤石だ」

 

俺が頷くと、ウルティマは悪戯を成功させた子供のような、最高に小悪魔的な笑みを浮かべて俺と過去の俺を交互に指差した。

 

「でもさ。 ボクたちが国を守るって言っても、まだテンペストのこともよく分かってないし、いきなり留守番を任せるのは不安でしょ?」

 

「……まあ、確かに勝手が分からないとは思うが。それがどうした?」

 

「だからね! ボクたちは防衛戦力として残るよりも、リムル様と一緒に行動したほうが良いと思うんだ! というわけで……ボクたち三人とも、リムル様の護衛としてワルプルギスに連れて行ってよ!」

 

「…………は?」

 

俺と過去の俺は、見事にハモった間抜けな声を漏らした。

 

「だって、せっかく新しい仲間が増えたんだもん! 三人揃ってリムル様の役に立ちたいって思うのは当然だよね!? それに……赤(ルージュ)や魔王たちが、リムル様のとんでもない力にどんな顔をして驚くか、特等席で見てみたいし! もしリムル様の邪魔をするバカがいたら、ボクたちが一瞬で消し飛ばしてあげるからさ!」

 

ウルティマは、背後に控えるテスタロッサとカレラにウィンクを送る。

 

「ええ、ウルティマ…いいえ、ウルの言う通りですわ。私たちがいち早くリムル様の配下となった事実を知れば、あの気位の高い赤もさぞや滑稽な顔を晒すことでしょうね」

 

「あ、『ウル』って呼び方、すごくいいね! ボク気に入った! じゃあボクも、これからテスタロッサのことは『テスタ』って呼ぶね!」

 

「ふふ、良いわね。私も気に入りましたわ」

 

和やかにあだ名で呼び合い始める二柱の横で、カレラも好戦的な笑みを深めた。

 

「魔王の宴か、そいつは面白そうだね! 喧嘩を売ってくる間抜けがいれば、私が直々に相手をしてやろうじゃないか!」

 

(※この部分か適切な前後のどこかににウルティマがウルっていうあだ名を気に入ったので、テスタロッサのことはテスタと呼ぶねと言った会話を追加)

 

二柱もまた、極上の娯楽と最高の獲物を見つけたと言わんばかりに、あっさりと話に乗っかってきた。

 

「……お前たち、最初からワルプルギスに付いてくるつもりで、裏で口裏を合わせてたな?」

 

俺がジト目で指摘すると、三柱の悪魔娘たちは悪びれもせずに「えへへ」「ふふっ」「バレちゃ仕方ないね」と顔を見合わせて笑っている。

 

「クフフフ……。なるほど、見事な采配ですね。とはいえ、リムル様の護衛の筆頭はこの私。貴女たち新参者が出しゃばる幕などありませんよ?」

 

ディアブロが冷ややかな笑みを浮かべて牽制するが、ウルティマたちは全く怯む様子はない。

 

「あー! ノワールばっかりズルい! ボクたちだってリムル様のために働きたいのに!」

 

「ええ、そうですわね。古参ぶるのは見苦しいですわよ、ディアブロ」

 

「護衛の枠が足りないなら、実力で奪い取るまでさ!」

 

会議室の中央で、原初四柱による恐ろしいレベルの睨み合いが始まってしまった。

 

一触即発、ただの口喧嘩ですら次元を歪めかねないほどの濃密な魔力が部屋に充満していく。

その異常なプレッシャーに、ゴブタは「ひええっ……」と完全にソウエイの後ろに隠れてしまった。

 

「ストップ! そもそもディアブロ、お前はワルプルギスには連れて行かないぞ」

 

過去の俺が額を押さえながらビシッと指を差して釘を刺した。

 

「……え?」

 

「さっきも言っただろ。お前にはファルムス王国の任務があるんだから!」

 

「そ、そんな……! 私を差し置いて、この新参者たちがリムル様の護衛に……!?」

 

ディアブロが文字通り絶望に染まった顔で膝から崩れ落ちる。その背中からは、世界の終わりを嘆くようなドス黒いオーラがとめどなく溢れ出していた。

それを見たウルティマたちは「アハハ! ディアブロがお留守番だ!」「ふふ、お可哀想に」と勝ち誇ったように笑い、カレラも「傑作だね! あのディアブロがお留守番だなんて!」と愉快そうに口角を上げた。

 

すると、そこへ。

 

「お待ちください! リムル様の護衛は、既に私たちに決まっています!」

 

バンッ! と力強く床を踏み鳴らし、シオンが大股で前に進み出た。

それに呼応するように、過去の俺の足元の影からランガがスッと姿を現す。

 

「第一秘書であるこのシオンがいれば、ワルプルギスでの護衛など十二分! 新参者の悪魔たちに出番などありません!」

 

「その通り! 我が主の護衛は、この我とシオンがこなしてみせます!」

 

ランガもまた、シオンの言葉に同調するように誇り高く声を上げた。

 

護衛の座を巡って一歩も譲らない配下たちの様子に、俺はたまらず割って入った。

 

「お前ら、ちょっと落ち着け。……そもそもワルプルギスには『従者は二名まで』っていう厳格なルールがあるんだよ。それに、会場への案内役として迎えに来るのはギィのメイドで原初でもあるミザリーだぞ。顔なじみが三柱もぞろぞろ付いていったら、警戒されて門前払いを食らうに決まってるだろ」

 

俺が呆れ気味に指摘すると、白熱していた悪魔娘たちの動きがピタリと止まった。

 

「……なるほど。確かにその指摘はもっともですわね」

 

テスタロッサが、口元に手を当ててふむと頷いた。

 

「ミザリーは融通が利きませんから、無用な警戒を招くのは得策ではありませんわ。……ですが、つかぬ事をお伺いしますが、未来のリムル様。貴方様はワルプルギスの際、どうされるおつもりで?」

 

「俺か? 俺はこいつ(過去の俺)の影に潜んで、気配を完全に遮断して付いていくつもりだが……」

 

俺がそう言いかけた、その時だった。

テスタロッサがすっと滑るような足取りで俺に距離を詰め、その美しい顔を近づけてきた。

 

「それでは、我々も未来のリムル様と共に影に潜んで付いていけば、何も問題はないのではありませんか?」

 

彼女は妖艶で、そして恐ろしく不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。

 

「……は?」

 

「なるほど、それなら人数制限なんて関係ないね! さすがテスタ、いい性格してるじゃないか!」

 

「えへへー! 未来のリムル様ならボクたちの気配を消すことなんて簡単だろうし、誰も気づかないよ!」

 

名案とばかりにキャッキャと盛り上がり始める悪魔娘三人組。

俺と過去の俺は、ルールを根底から覆す悪魔たちの常識外れな発想に、ただただ唖然として立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議の翌日、テンペストは嵐の前の静けさと共に、水面下で慌ただしく動いていた。

 

夜闇に乗じて行われた、ベニマルやシュナたち本隊の出陣式。

松明の灯りが揺らめく中、過去の俺は「極力殺さず、すべて生け捕りにしろ」という困難な命令を再度全軍に徹底させ、俺もまた彼らの背中へ力強い激励の言葉を贈った。彼らは魔王の配下としての絶対の自信と覚悟を胸に、静かに、だが士気高く転移魔法にてユーラザニアへと出立していった。

 

ディアブロに連れられてファルムス王国へと向かうヨウムやミュウラン、そしてグルーシスにも、出発前に声をかけた。

「お前なら必ず良い王になれる」と過去の俺が背中を叩くと、ヨウムは緊張しながらも腹を括ったような頼もしい笑みを返し、ミュウランも彼を支える固い決意を瞳に宿していた。

 

そして、新たに陣営に加わった原初の悪魔たちも、意外なほどすんなりとこの国に馴染み始めていた。

シュナが淹れる紅茶の味にテスタロッサが感動して優雅な茶会に混ざり、カレラはシオンと意気投合して「どちらがより効率的に敵を殲滅できるか」という物騒な話題で肩を組んで笑い合っている。ウルティマもベニマルやソウエイに絡んでは上手くあしらわれており、彼女たちが持つ特大の気配に最初は怯えていた幹部たちも、「気位は高いが、案外話の通じる連中だ」と少しずつ壁を取り払い始めていた。

 

そうした数々の準備の合間を縫って。

出陣の前夜、俺と過去の俺は執務室に防音結界を張り、専用回線の魔法通話を開いていた。

 

通信の相手は、今や俺たちと強固な同盟関係にある『中庸道化連』のボス――神楽坂ユウキだ。

 

『――というわけで、作戦は予定通り決行される。いよいよ明日、俺たちはワルプルギスへ向かうよ』

 

過去の俺が告げると、通信の向こうでユウキが短く息を吐く気配がした。

 

『……そうですか。いよいよ、ですね。どうかよろしくお願いします。僕たちの大切な家族を……目を覚まさせてやってください』

 

彼の声には、かつての底知れない謀略家の面影はない。命と魂を救われた恩人への、絶対的な信頼と祈りが込められていた。

 

『ユウキ。お前たちの気持ちは痛いほど分かってるつもりだ。……約束通り、クレイマンは俺たちが必ず救って帰ってくる。安心して待っててくれ』

 

俺が通信越しに力強く断言すると、ユウキは声のトーンを和らげ、深く頷くような気配を返してきた。

 

『ええ。信じていますよ、リムルさん。……あ、そうだ。僕たちは表立って動くわけにはいきませんが、念のため、ユーラザニア方面にはフットマンとティアを伏兵として配置しておきました。何かイレギュラーが起きた時は、彼らがそちらの部隊のサポートに回ります』

 

「おお、そいつは心強い。ベニマルたちにも、いざという時は二人に協力してもらうよう伝えておくよ」

 

過去の俺が明るい声で応じると、ユウキは『ふふっ』と微かに笑った。

 

『フットマンのやつ、リムルさんに命を救ってもらった恩返しがしたいって、すごく張り切ってますからね。クレイマンの無事の帰還、皆で信じて待っています』

 

「ああ、任せておけ。お前たちのもとへ、あいつを無事に送り返す」

 

その確約を交わし、俺たちは通信を切った。

フットマンを死の運命から救い出し、マリアベルの件でも完全に足並みを揃えた今、中庸道化連は紛れもなく俺たちの『頼れる背中』となっている。

残る家族であるクレイマンを救い、見えない黒幕の尻尾を掴む。俺たちが背負うべきものの重さを再確認し、二人のリムルは静かに決意を固め合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テンペストの空に、いよいよ決戦の日の朝日が昇った。

数日前の会議の後、ベニマル率いる本隊やシュナたちの潜入部隊、そしてディアブロの一行はすでにそれぞれの目的地へと出立している。

今のこの国に残っているのは、留守を預かる者たちと、これから戦地へ直接乗り込む最小限の精鋭のみだ。

 

ワルプルギスへ出発する直前、人払いを済ませたバルコニーで、俺と過去の俺は並んで立っていた。

過去の俺は魔王としての正装に身を包んでいるが、対する俺は、その姿がぱっと見では判別できないほど深いフードを目深に被り、全身を覆う漆黒のローブを纏った出で立ちだ。

 

「……いよいよだな」

 

過去の俺が、静まり返った町並みを見つめたままポツリと零した。

 

「ああ。改めて、ワルプルギスでの方針を確認しておくぞ。俺は会場へ着いても常に身を隠し、気配を殺して行動する。お前がクレイマンと対峙し、奴を追い詰めるまでは、一切表には出ず影から成り行きを見守るつもりだ」

 

「……ああ。決定的な瞬間までは、お前は俺の『隠し札』ってわけだな」

 

俺はフードの奥から、確かな意志を込めて頷いた。

 

「そうだ。クレイマンが敗北した時、精神的な弱りから奴に施された支配は弱まるはずだ。そこを突く。その決定的な瞬間に、俺が支配を破壊して洗脳を解くつもりだ。当初の予定じゃ、それまでは何が起きてもお前とシオン、ランガの三人で切り抜けてくれと頼むつもりだったんだが……あの三柱が影に付いてくるんじゃ、一体どうなるか分かったもんじゃないな」

 

俺が肩をすくめると、過去の俺も自嘲気味に笑った。

 

「分かってる。お前が控えてるってだけでも心強いのに、あいつらまでいるんだ。逆にクレイマンが可哀想になってくるよ。……まあ、クレイマンの術式を解くのは、今のところお前にしかできない仕事だからな。頼りにしてる」

 

過去の俺はそう言って、顔を上げて真っ直ぐに前を見据えた。しかし、ふと思いついたように視線をこちらへ戻し、首を傾げた。

 

「それにしても、クレイマンの呪縛をいきなり解くわけじゃないんだな。最初からそうしちまった方が、余計ないざこざもなくて良いような気もするんだが……」

 

「……あー、それは……」

 

過去の俺の言葉に、俺は一瞬、言葉を詰まらせて思案を巡らせた。

 

たしかにその方法でも良いかもしれない。ワルプルギスが始まる前に、あるいは始まった瞬間に、俺が無理やり呪縛を解いてしまえば……。

 

いや、待てよ。

そう言えば、今までの俺のやり方にも、少し疑問が残るな。

テスタロッサたちを悪魔召喚の儀式もなしに、こうして直接こちら側に呼び出せるんだ。だったら、ディアブロを配下にしたあの時だって、わざわざ悪魔召喚の術式を使う必要なんてなかったんじゃないか……?

 

なんだか、奇妙な違和感がある。俺の考えすぎか?

そもそも、なんであの時、俺は――

 

《マスター》

 

脳内に響いた相棒の声に、思考がふと遮られる。

 

《クレイマンの後ろに控える近藤は、極めて抜け目のない男です。ここはマスターが経験された歴史の流れに沿い、事を進めるのが得策かと。イレギュラーな行動は、かえって敵に察知されるリスクを高めます》

 

「……あ、ああ。そうだな。シエルの言う通りだ」

 

不思議なことに、シエルの言葉を聞いた瞬間、先ほどまで胸の奥に燻っていた違和感が、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗に霧散していった。

……うん、やっぱり近藤を警戒するなら、余計な真似はしない方がいい。

 

「いや、クレイマンを操っているヤツは本当に抜け目のない男だからな」

 

俺は過去の俺に向き直り、真剣な声音で返答した。

 

「たとえワルプルギスの結界内での出来事だとしても、形なりにクレイマンとの勝敗はきっちり決しておいた方がいいだろう。その方が奴らの警戒を緩められるし、洗脳を破る隙も確実に生まれるからな」

 

過去の俺は「なるほどな」と納得したように頷いた。そこへ、廊下から賑やかな足音が近づいてきた。

 

「リムル様、失礼いたします! 準備は万端、いつでも出陣可能です!」

 

現れたのは、正装に身を包んだシオンだ。

その影からは、同じく気合の入った様子のランガがぬるりと姿を現す。

 

「さーて! ボクたちも準備オッケーだよ!」

 

「ええ。いつでも出発可能ですわ」

 

「さあ、早く行こうじゃないか! 待ちきれないよ!」

 

さらにその後ろから、悪魔娘の三柱――ウルティマ、テスタロッサ、カレラも揃って顔を出した。

どうやらワルプルギスへの護衛の座を勝ち取った彼女たちも、すっかり行く気満々らしい。

 

「おお、みんな揃ったな。頼んだぞ」

 

過去の俺が声をかけると、シオンの視線がすぐさまその隣に立つ、漆黒のローブに身を包んだ「俺」へと向けられた。

 

「おや……未来のリムル様、その恰好は……?」

 

シオンが不思議そうに首を傾げる。

あまりに深くフードを被り、気配を完全に遮断している俺の異様な出で立ちに、一瞬言葉に詰まったようだ。

 

俺はふっと口角を上げると、自らの手でゆっくりと深いフードを上げた。

 

「どうだ。――似合ってるか?」

 

露わになった俺の顔を見て、シオンはパッと表情を輝かせた。

 

「その漆黒の装束……実に、実にお似合いです! 隠密の王のような威厳を感じます!」

 

「未来の主、その影の如き佇まい、実に見事です!」

 

二人の手放しの称賛に、俺は少し照れくさくなりながらもフードを被り直した。

 

「はは、ありがとうな。……悪いがワルプルギスではこの格好で通させてもらう。俺はあくまで『隠し札』だからな」

 

そこへ、背後から別の騒がしい声が響いた。

 

「おーい! こっちも準備バッチリよー!」

 

ラミリスがベレッタを伴い、その後ろにはトレイニーさんまで控えて現れた。

見送りのためにやってきたヴェルドラも一緒だ。

 

実は数日前に、トレイニーさんの本体である神樹の一部から依り代を削り出し、彼女を受肉させて自立型のドライアド(樹妖精)へと進化させていた。

それにより、本来は生息域から遠くへは離れられない彼女も、こうしてラミリスの従者として遠方のワルプルギスへ同行できるようになったのだ。

 

「ラミリス、ベレッタにトレイニーさんもか。改めて、付き合わせちまって悪いな」

 

過去の俺が声をかけると、ラミリスは鼻高々に胸を張った。

 

「気にしてないわよ! 今回はアタシの頼もしい従者が二人もいるんだから! 魔王ラミリス様の底力と威厳を、他の連中にたっぷり見せつけてやるんだからね!」

 

「クアーッハッハッハ! 盟友よ、案ずるな! この我がいる限り、たとえ神が攻めてこようともこの街に指一本触れさせはせん! 安心してお前たちの聖戦に赴くが良い!」

 

ラミリスの背後から、腕を組んでどっしりと構えたヴェルドラが高笑いを響かせた。

数日前の会議ですっかり「最終防衛ライン」としての自負に目覚めた彼は、今にも単身で街のパトロールへと飛び出しそうなほど気合が入っている。

 

「ああ、頼りにしてるぞ、ヴェルドラ」

 

過去の俺が苦笑交じりに頷き、見送りの挨拶を終えたところで、俺は背後に控える悪魔娘たちへと向き直った。

 

「よし、ウルティマ、テスタロッサ、カレラ。お前たちは俺と一緒に過去の俺の『影』に潜むわけだが……いくらお前たちの自己隠蔽能力が高くても、案内役のミザリーや、会場にいるギィの目を完全に欺くのは至難の業だ」

 

「えー、ボクたちならバレない自信あるのに!」

 

「まあ、確かに赤(ルージュ)の目は誤魔化しきれないだろうね」

 

「ですから、未来のリムル様におすがりするのですよ。貴方様ならば、完璧な隠蔽が可能なのでしょう?」

 

テスタロッサが妖艶に微笑む。

その期待に応えるように、俺は静かに頷いた。

 

「ああ。俺のスキルを使って、俺と同様にお前たちの存在そのものを隠蔽させる。これなら、ミザリーどころかギィですら感知は難しいだろうな」

 

俺がそう言ってシエルに指示を出すと、三柱の体を薄闇のような神々しいオーラが一瞬だけ包み込んだ。

 

「わぁ……! なにこれ、自分でも自分の気配が分からない!」

 

「信じられませんわ……これほどの事象を無詠唱、かつ一瞬で……」

 

「最高だね! 私たちの存在が、この世界から完全に切り離されてるみたいだ!」

 

己の気配が完全に消失したことに、悪魔娘たちは驚嘆と歓喜の声を上げる。

原初ですら理解の及ばない俺の規格外の力に、過去の俺は(まったく……こいつらが護衛って、心強いを通り越して胃が痛くなるな……)と密かに顔を引き攣らせていた。

 

その時、バルコニーの空間が微かに、だが重く歪み始めた。

 

「グルルッ……!」

 

誰よりも早く反応したのはランガだった。

毛を逆立て、喉の奥から地響きのような唸り声を上げながら、空間の裂け目に向けて鋭い牙を剥く。

 

「……お迎えが来たな。じゃあ、予定通り俺たちは隠れさせてもらうぞ。行くぞお前ら」

 

俺は悪魔娘たちに短く告げると、四人揃って実体をあやふやにさせ、吸い込まれるようにして過去の俺の足元に伸びる影の中へと潜り込んだ。

俺の能力(スキル)によって完全に気配を断ち、外からは魔力探知ですら捕捉不可能な絶対の潜伏状態へと移行する。

 

「待て、ランガ。牙をしまえ」

 

過去の俺が、身構えるランガの頭を軽く叩いて宥めた。

 

「しかし我が主、この不吉な気配は……!」

 

「いいんだよ。相手はあの『魔王たち』からの招待状代わりなんだ。これくらい無礼で傲慢な方が、それらしいだろ?」

 

過去の俺が不敵な笑みを浮かべて見守る中、空間の歪みは一点に収束し、そこに禍々しい門が出現した。

俺から見れば馴染みのある魔王達の宴(ワルプルギス)への門である。

 

門が開き、中から暗紅色のメイド服を着こなした緑髪の美女が出てきた。

そして、ラミリスに向けて一礼する。

 

「お迎えに参りました、ラミリス様。其方が例の方ですか? 宜しければ、御一緒にどうぞ」

 

原初の緑(ヴェール)、ミザリーだ。

この時間軸で見るのは初めてだな。

 

「お、ミザリーじゃん。久しぶり! ギィは元気?」

 

ラミリスはミザリーに俺の記憶にある通りの気安い調子で挨拶をする。

 

「──私如きが主様の心配をするなど、畏れ多き事で御座いますゆえ……」

 

「あ、そ。あんたも相変わらずね。まあいいけど」

 

そう言って、パタパタと門の中に飛んで入って行くラミリス。

 

過去の俺も気負う事なく、その扉を潜る。

俺と三柱の悪魔たちも、その影の中で、静かに牙を研ぎ澄ませた。

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