【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第一章 魔王達の宴と崩れゆく計略

重々しい地響きと共に巨大な両開きの扉が完全に閉ざされ、広間は外界から隔絶された完全な密室となった。

 

静寂の中、広間の中央に進み出たクレイマンが、まるで悲劇の主人公のような芝居がかった身振りで長々とした演説を打ち始めた。

 

俺――未来のリムルは、過去の俺の影の中から、その滑稽極まりない作り話の全容を呆れ半分で―――そして少しの懐かしさも覚えながら聞いていた。

そしてそれは、俺と同じく影のネットワークに潜伏している三柱の悪魔娘たちも同様だった。

 

クレイマンが並べ立てた主張は、時系列を巧妙に歪め、自分にとって都合の良いように事実を継ぎ接ぎした荒唐無稽なものだった。

 

要約するとこうだ。

ユーラザニアの獣王カリオンこそが全ての黒幕であり、新参者の俺を唆して魔王を名乗らせるよう仕向けた。

その証拠に、俺の町には獣王国の軍勢が駐留している。

さらに、俺たちがファルムス王国を挑発して戦争を引き起こし、それを口実に人間たちを虐殺した上で、カリオンの支援のもとに魔王を僭称した――と。

 

『……おいおい。いくらなんでも話が飛躍しすぎだろ。そもそもなんで誇り高い事で名の通ってるはずのカリオンが、新参のスライムにそんなことを持ち掛けるんだよ。誰も信じないだろ。こんな話』

 

(奴なりに必死に考えた理論武装なんだろうさ。あのタイミングでジュラの大森林への不可侵条約が撤回されたことと結びつけて、俺たちが魔王間の協定を破ったと印象付けたいわけだ)

 

俺たち二人が内心で辟易していると、テスタロッサが優雅な、しかし絶対零度の冷たさを伴う思念を響かせた。

 

『ファルムスごときをリムル様が裏から挑発した、ですって? 随分とリムル様を安く見積もったものですわね。あのような小国、リムル様がその気になれば、小細工などせずとも一瞬で灰燼に帰すというのに』

 

『アハハ! ホントだよね! それに我が君の言う通り、あんな作り話はここにいる魔王たちだって誰も信じてないのが丸わかりじゃないか!』

 

カレラも心底可笑しそうに笑っている。

俺たちの密かな呆れをよそに、クレイマンの演説はさらに熱を帯びていく。

ここで奴は、顔を覆い、さも無念であるかのように声を震わせた。

 

「皆様……私はこの恐るべき陰謀を、我が忠実なる配下、ミュウランからの決死の報告によって知りました。ですが、彼女は……そこのリムルという卑劣なスライムによって、無惨にも殺害されてしまったのです!!」

 

『はぁ!? 役者かよ!』

 

過去の俺が、内心で盛大にツッコミを入れた。

それもそのはずだ。

 

『あいつ、ミュウランが死んだって本気で思ってやがるのか? ヨウムと一緒にファルムスに向かって、ピンピンしてるってのによ』

 

(まあ、そこは俺が徹底的に偽装工作を施したからな。擬似的な心臓を与えて助けただけじゃなく、あいつの盗聴魔法に介入して偽の音声信号を流し込んだんだ)

 

『ああ、そうだったな。確か、未来の歴史通りに俺がミュウランを殺害したように見せかけるために、音声まで流した上で、クレイマンの持っている抜け殻になった本物の心臓を破壊してやったんだったか』

 

(その通り。だからクレイマンからすれば、俺がミュウランを殺したのも、その直前の出来事も、全部自分が直接盗聴して確認した「揺るぎない真実」だと思い込んでるわけさ)

 

『なるほどな。お前の流した偽の音声を完全に鵜呑みにして、こんな大舞台で得意げに被害者ぶって悲劇の演説をしてるってわけだ。というか未来の俺の時も同じような事を言ってたのか?』

 

過去の俺が呆れ果てたように尋ねてくる。

 

(ああ、そうだな。ある意味懐かしさを覚えるよ)

 

俺が淡々と事実を返すと、ウルティマも面白がって会話に混ざってくる。

 

『こうして見てると、このクレイマンってつくづく魔王の器じゃないよね。』

 

過去の俺はひどく複雑な、憐れみすら混じった念を返してきた。

 

『……なんだか、クレイマンが可哀想になってきたな』

 

(……ああ。あんなに必死に喚いてる姿も、その大半はあいつに刷り込まれた精神支配の影響だからな。……忘れるなよ、過去の俺。俺たちがここに来た本当の目的は、あいつを叩き潰すことじゃない。首に巻きついた糸を引きちぎって、あいつ自身を助け出すことだ)

 

『……わかってるよ。相棒』

 

一切の証拠能力を持たない妄言──それも、自分たちが仕組んだ偽装工作に完全に踊らされているだけの滑稽な演説──を涙ながらに語るクレイマン。

過去の俺はもはや、その姿に冷ややかな感情しか抱けなくなっていたが、その奥底には、確かに一滴の哀れみが滲んでいた。

 

クレイマンの妄言は止まらない。

カリオンの裏切りを知ったミリムが、クレイマンを想うあまり激怒し、単独で獣王国へ宣戦布告してカリオンを討ち取ったのだという。

その後、ミリムはクレイマンの悲しみに寄り添い、彼を頼りにしてくれるようになった――などと、吐き気を催すような美談へとすり替えていく。

 

『カリオンが『行方不明』じゃなく『死亡』したと断言してる時点で不自然極まりないが……まあ、本人があそこに立ってるからな』

 

過去の俺は、フレイの背後に控えるライオンの仮面を被った大柄な男へと、気取られないようにチラリと視線を向けた。

 

名指しで『死んだ裏切り者』扱いされているカリオン本人からは、ピリッとした明確な殺気が漏れ出している。

 

クレイマンは最後に、自分を謀殺しようとした俺とカリオンの繋がりを示す証拠を掴むために、自らの軍勢を動かしたのだと正当性を主張した。

 

「――以上が、事の顛末でございます。皆様、どうかこの場で、魔王を僭称するそこの痴れ者に相応しい粛清を!」

 

そう言って、クレイマンはさも自分が正義であるかのように誇らしげに演説を締めくくった。

 

広間に重たい静寂が降りる。

 

魔王たちはこの長々とした退屈な演説を、それぞれの態度でやり過ごしていた。

ディーノのように完全に寝落ちしている者もいれば、ダグリュールのように目を閉じて沈黙を貫く者もいる。

発議者の説明が終わるまでは口を挟まないというルールがあるにせよ、よくもまあここまで付き合ってられるものだ。

 

過去の俺は、席に座ったまま静かに息を吐いた。

そして、影に潜む俺へ向けて、静かに、だが確かな決意を込めた思念を送ってきた。

 

『…未来の俺。お前の時にどうやってこの場を切り抜けたかは知らないが……ここからは、俺のやり方でやらせてもらっていいか?』

 

(ああ、もちろんだ。ここはお前の舞台だからな、好きにやれ。全部任せるよ)

 

俺が一切の迷いなくそう返すと、過去の俺はフッと口角を僅かに吊り上げ、魔王に相応しい不敵な笑みを浮かべた。

 

「発議者からの説明は以上です。それでは次に、来客よりの説明となります」

 

進行役を務める青髪のメイド――レインの視線が、過去の俺へと向けられる。

 

全ての魔王の視線が集中する中、過去の俺は極めて自然体で、悠然と立ち上がった。

 

クレイマンは「さあ、どんな見苦しい弁明を聞かせてくれるのか」と言わんばかりに、口元を歪めて勝ち誇った笑みを向けてきている。

だが、過去の俺はそんなクレイマンの顔など一瞥もせず、真っ直ぐに円卓の上座――最古の魔王、ギィ・クリムゾンだけを見据えた。

 

そして、広間の全員が予想だにしなかった言葉を、平然と放った。

 

「なあ、最古の魔王殿」

 

「……何だ?」

 

突然自分に話を振られたギィが、面白そうに目を細める。

 

「手っ取り早く済ませようぜ。要するに――俺がここでそいつを倒せば、俺が魔王を名乗ることを認めてくれるってことでいいんだよな?」

 

そのあまりにもストレートで、不敵極まりない問いかけに、広間の空気が一瞬で凍りついた。

 

弁明も証拠の提示も後回しにして、まずは「力で証明するから認めろ」という、魔王の宴に相応しい、だが新参者が最古の魔王に対して口にするにはあまりにも大胆すぎる宣言。

 

(……おいおい。俺の時も結構ぶっちゃけたけど、いくらなんでも話が早すぎないか?)

 

俺が影の中で思わずツッコミを入れると、悪魔娘たちは大歓喜していた。

 

『フフ……素晴らしいですわ。 あの自信満々な道化を無視して絶対者へ交渉を持ち掛けるなんて、さすがはリムル様です』

 

『アハハハ! 最高! アイツ、完全に空気扱いされて顔がピクピクしてるよ!』

 

『いいねえ、力で黙らせる。私たちのやり方とそっくりじゃないか!』

 

テスタロッサ、ウルティマ、カレラの三柱は、過去の俺の王者のような振る舞いにすっかり魅了され、興奮した思念を飛ばしてくる。

 

一方、見事にスルーされた形になったクレイマンは、一瞬怒りに顔を赤く染め上げたが、すぐにそれを隠して勝ち誇ったような醜悪な嘲笑を浮かべた。

 

「ククッ……ハハハハ! 弁明すら放棄していきなり暴力を口にするとはな! それはつまり、私の語った真実が図星であり、反論できないと自ら認めたということだろう!? ギィ! 魔王達の宴(ワルプルギス)の場を暴力で汚そうとするこのような野蛮なスライム、即刻粛清すべきだ!」

 

自らの都合の良いように解釈し、勝ち誇ったように喚き散らすクレイマン。

そのひどく滑稽な姿に対し、過去の俺は肩をすくめて盛大なため息をついた。

 

「……やれやれ。俺が反論できないから図星だって? ならば、そのお粗末な妄想の穴を、一つ一つ指摘してやるよ」

 

過去の俺はそう言い放つと、末席からゆっくりと歩みを進め、広間の中央──全魔王の視線が交差する円卓の中心へと悠然と移動した。

そして、顔を真っ赤にしているクレイマンを正面から見据え、冷ややかに告げた。

 

「だいたい、お前の話は根底から破綻してるんだよ。その長ったらしい主張を裏付けるための物的な証拠が、何一つとしてないじゃないか。全部『死に際のミュウランの証言』ってやつに頼りきりだろ? ──そのミュウランなら、今は俺の保護下にある」

 

「……は?」

 

クレイマンの口から、間抜けな声が漏れた。

それは魔王たちにとっても予想外の反論だったのか、目を閉じていたダグリュールが僅かに目元をピクつかせ、つまらなそうにしていたロイも訝しげに眉をひそめる。

 

「な、何を馬鹿なことを……! 嘘をつくのもいい加減にしろ! 手元で保管していたあの女の心臓が塵となって崩れ落ちるのを、私はこの目でハッキリと見たのだ! 命が尽きたのは間違いない!!」

 

激昂し、顔を真っ赤にして喚き散らすクレイマン。

その姿に、過去の俺は口角を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。

 

「ああ、そりゃお前が『そう勘違いするように』細工してやったからな。俺がお前の呪縛から解き放った上で、『擬似的な心臓』を作ってミュウランに移植したんだよ。おまけに、俺がミュウランを殺したように聞こえる偽の音声まで流し込んでやったってわけだ」

 

「に、偽の……音声、だと……?」

 

「お前が後生大事に持っていたミュウランの心臓は、ただの空っぽの抜け殻さ。それを俺が遠隔でぶっ壊して塵にしてやったんだ。結果、お前は自分の手元にある心臓が崩れたことと偽の音声を真に受けて、まんまと勘違いして踊らされてたってわけだ」

 

事実を淡々と、しかし容赦なく突きつける過去の俺。

 

影のネットワークでは、悪魔娘たちがこの極上のエンターテインメントに喝采を送っている。

 

「ば、馬鹿な……! そんなこと、あり得るはずが……ッ! 私の、この私の目を誤魔化したと言うのか……!?」

 

ワナワナと震え、後ずさるクレイマン。

その余裕のない態度は、先程までの自信に満ちた姿とは打って変わって酷く滑稽だった。

過去の俺は、狼狽するクレイマンに向かって、さらに冷たく研ぎ澄まされた刃のような言葉を突きつけた。

 

「そもそもな、クレイマン。俺はお前が裏で何を企んでいようが知ったこっちゃなかったんだ。だが、お前は俺の国に手を出した。ファルムス王国を裏で操り、俺の仲間たちを傷つけようとした。”それだけ”は、今ここで落とし前を付けてもらおうか」

 

黄金の瞳が怒りを伴ってクレイマンを射抜く。

 

「俺たちはお前と違って、お前が裏で糸を引いていたっていう『決定的な証拠』と『証人』を、きっちり揃えてここに来てるんだよ」

 

その宣言に、広間の空気が再びピリッと張り詰めた。

クレイマンの顔色が一気に青ざめ、他の魔王たちの目にも明確な興味の色が宿る。

反撃の狼煙は、今、完全に上がりきったのだ。

 

「ふ、ふざけるな! さては貴様、ミュウランの死体に悪霊でも取り憑かせたな! なんと卑劣な真似をする奴だ!」

 

追い詰められたクレイマンが、必死に取り繕おうと荒唐無稽な言いがかりを叫ぶ。

だが、過去の俺は冷ややかに鼻で笑い、心底軽蔑したような視線を向けた。

 

「死体に悪霊? ……流石、部下の心臓を人質にして脅迫する発想の持ち主は、思いつく言い訳も悪辣だな」

 

「なっ……!」

 

過去の俺の言葉に図星を突かれ、あまつさえ下等生物と見下していた相手から明確な侮蔑を向けられたことで、クレイマンは屈辱に顔を歪ませた。

 

「ええい、黙れ黙れ! 暴風竜の威を借りなければ何もできない分際で、魔王であるこの私を愚弄するか、下等なスライムの小物がッ!」

 

怒髪天を突く勢いで吠えるクレイマンに対し、過去の俺は微塵も動じることなく、スッと目を細めて冷酷な笑みを深めた。

 

「へえ……。なら、その『下等なスライム』を、お前の力で直接排除してみろよ。ここはお前が望んだ魔王達の宴(ワルプルギス)の舞台なんだからな」

 

過去の俺が低く、凄みのある声で挑発を放つ。

そして、言葉を切ると同時に、背後へとスッと視線で合図を送った。

 

その僅かな意図を完璧に汲み取り、シオンとランガが音もなく、かつ圧倒的な存在感を放ちながら過去の俺の左右へと並び立った。

 

「リムル様を愚弄した罪、万死に値する。その首、このシオンが叩き落として差し上げましょう」

 

「グルルル……! 我が主の敵め、その薄汚い肉片すら残さず食い破ってくれるわ……!」

 

シオンは愛刀である大太刀『剛力丸・改』の柄に手をかけ、冷酷で狂暴な笑みを浮かべて殺気を叩きつける。

ランガもまた、主の横で威風堂々たる姿を顕現させ、クレイマンの喉笛を噛み砕かんばかりの低い唸り声を上げた。

 

過去の俺の挑発と、それに呼応した配下たちの圧倒的な戦意。

その一連のやり取りを、上座のギィは玉座に深く腰掛けたまま、時折口角を吊り上げながら黙って聞き入っていた。

 

弁明よりも先に力での決着を提案し、その上でクレイマンの作り話を完璧に論破してみせた過去の俺。

その立ち振る舞いに確かな「強者」の気風を感じ取ったのだろう。ギィはついに玉座の背もたれから身を離し、広間に響き渡る声で告げた。

 

「――スライム。いや、リムルと言ったか。お前からの先ほどの問いへの答えだがな」

 

ギィの言葉に、広間の空気がピタリと止まる。

そして、彼は高らかに宣言した。

 

「ここにいる俺たちが、見届け人だ。お前がクレイマンに勝てたなら、魔王を名乗る事を許そう」

 

そう宣言するギィは、内心で冷徹な計算を巡らせていた。

 

(弱者に魔王の名は相応しくない。頭数ばかりが無駄に増えたが……そろそろ、本物の魔王達による支配の時代が始まるべきだろう)

 

十柱にまで膨れ上がった今の魔王の中には、クレイマンのような「格落ち」が混ざってしまった。それを淘汰し、真なる強者だけを選別するための舞台として、この新参者のスライムはうってつけの劇薬だったのだ。

 

「ギ、ギィ!? 本気で言っているのか!? この私を差し置いて、こんなどこの馬の骨とも分からんスライムに……ッ!」

 

「黙れよ、クレイマン。文句があるなら力で示せばいい。俺たちは『魔王』だろう? 自分の身の潔白も、自らの力も、全て実力で証明してみせろ」

 

クレイマンの抗議を、ギィは冷酷な一瞥だけで叩き落とした。

もはや、口先だけの言い訳が通用する空気ではない。

魔王達の宴(ワルプルギス)のルールに則り、勝者が全てを得て、敗者が全てを失う。単純明快な弱肉強食の舞台が完全に整ったのだ。

 

「……フン。よかろう。そこまで言うなら、この私が直々に引導を渡してやる!」

 

先程まで狼狽していたはずのクレイマンだったが、ギィの宣言を受けて逃げ場がないと悟り、逆に腹を括ったのか。血走った目で過去の俺を睨みつけ、醜悪な笑みを浮かべた。

 

「思い上がるなよ、スライム風情が。貴様がどれほど小細工を弄そうと、絶対的な力の差というものを教えてやる。私には、まだ最強の手駒が残っているのだからな!」

 

クレイマンはそう叫ぶと、これ見よがしに指を鳴らし、背後へと声を張り上げた。

 

「来い、ミリム! 私の障害となるこのふざけたスライムどもに、貴様の力を見せつけてやるのだ!」

 

その命令に従い、感情の消えた虚ろな瞳のまま、一人の少女がゆっくりとクレイマンの隣へと歩み出る。

破壊の暴君(デストロイ)――ミリム・ナーヴァ。

最強の魔王が、俺たちを蹂躙するための「手駒」として、無機質な足取りで眼前に立ち塞がった。

 

だが、そんな光景を前にしても、過去の俺は微塵も怯むことなく、心底呆れたように大きなため息をついた。

 

「……散々偉そうな口を叩いておいて、結局ミリムの力に頼りきってるだけじゃないか。自分で引導を渡すと言いながら、俺に勝てないって認めてるようなもんだぞ」

 

「何を馬鹿なことを! 勘違いするな、ミリムは自らの意思で私のために戦ってくれているのだ!」

 

クレイマンが叫ぶと、ミリムは感情のない虚ろな瞳のまま、機械的な動作で小さく首を縦に振った。

 

「さらに、私の戦力は彼女だけではない! 来い、ピオーラ! そしてナインヘッド!」

 

クレイマンが声高に命じると、空中が不自然に歪み、狂気的な造形をした恐るべき殺戮人形の『ピオーラ』が姿を現した。さらに彼の背後からは、強大な妖気を放つ三本の尾を持つ幻獣『九頭獣(ナインヘッド)』がその巨躯をヌルリと現す。

 

ミリムを含め、強力な手駒を次々と盤面に並べ立て、クレイマンは勝利を確信したように醜悪な笑い声を上げる。

 

しかし、過去の俺はその光景を見て、逆に口角をニヤリと吊り上げた。

 

「へえ……。ミリムだけじゃなく、魔獣や人形まで引っ張り出してくるとはな。随分と賑やかに手駒を並べたじゃないか」

 

「フン、何とでも言え。盤上の駒の数も実力のうちだ。強大な戦力を用意できぬ自身の無能さを呪い、後悔しながら死ぬがいい!」

 

「いや、別にいいんだよ」

 

過去の俺はそう言って肩をすくめると、円卓をぐるりと見渡し、他の魔王たち――そして上座のギィへと視線を向けた。

 

「こいつが『手勢の数も実力のうち』だのと言って、これだけ手駒を引っ張り出してくるなら……俺も、少しばかり配下を追加して頭数を合わせても文句はないよな?」

 

俺の問いかけに、魔王たちはそれぞれの反応を示した。

ギィは面白そうに口角を吊り上げて「勝手にしろ。面白ければそれでいい」と即座に許可を出し、ダグリュールは黙って顎を引き、ロイは鼻で笑って興味なさそうにそっぽを向く。

ディーノに至っては「お、なんか面白くなってきたじゃん」と身を乗り出してきた。

 

「……?」

 

クレイマンが訝しげに顔を顰めたその瞬間。

過去の俺は、足元に広がる自身の『影』へと視線を落とし、小さく顎を引いて合図を送った。

 

(――待たせたな。出番だぞ、お前ら)

 

その思念による呼びかけと同時に、俺は悪魔娘たちを覆っていた完璧な隠蔽結界を解き放ち、彼女たちの存在を影から解き放った。

 

ズンッ……!!

 

突如として、白亜の広間をかつてないほど濃密で異常な魔素の嵐が吹き荒れた。

過去の俺の足元から漆黒の影が間欠泉のように噴き上がり、その深淵から三つの人影が音もなく浮かび上がる。

 

「まったく、あの下劣な顔を見るのはもう限界でしたわ。」

 

「あーあ、やっと出番? 待ちくたびれちゃったよ」

 

「やっと我が君の役に立てる時が来たね」

 

純白の髪をなびかせ、深紅の瞳を妖艶に細める美女――テスタロッサ。

紫髪を揺らし、無邪気で残酷な笑声を響かせる少女――ウルティマ。

そして、黄金の髪をかき上げ、好戦的な笑みで首をポキリと鳴らす美女――カレラ。

 

悪魔界の頂点に君臨する最恐の存在、原初の悪魔。

絶対的な力を持つ三柱の悪魔が主の影から這い出るようにして過去の俺の前に並び立ったのだ。

 

その三柱が姿を現した瞬間――ワルプルギスの広間を支配していた空気が、文字通り凍りついた。

 

「なっ……!?」

 

先程まで目を閉じていたダグリュールが驚愕に両目を見開き、怠惰の極みであったディーノに至っては完全に眠気を吹き飛ばしてガタッと席から立ち上がった。

 

「おいおいおい……嘘だろ……? 冗談キツいぜ……」

 

ディーノの引きつった声が、静まり返った広間にやけに大きく響く。

いつもは冷静なレオンでさえ、その端正な顔立ちを険しく歪めて驚愕をしている。

 

「……なぜ『黄(ジョーヌ)』がここにいる!? 私の領地を散々脅かしておきながら、一人の魔人の配下に下ったとでも言うのか……!?」

 

「げ、原初だと……!? あの三柱が……!?」

 

「あり得ない……ギィと同格の存在が、なぜ……」

 

ロイが顔面を蒼白にさせると、天空女王(スカイクイーン)であるフレイもまた、普段の冷静さを完全に失って震える声を漏らした。

 

その後ろでメイドに扮して控えていた『真なる魔王』ルミナス・バレンタインでさえも、隠しきれない驚愕に目を見張っている。

 

だが、誰よりも劇的な、そして最も剣呑な反応を示したのは──最古の魔王であり、この世界の調停者たるギィ・クリムゾンだった。

 

「──ッ!!」

 

先程まで玉座に深く腰掛け、余裕の態度を崩さなかったギィが弾かれたように身を乗り出し、覇者の瞳に明確な怒りと焦燥を宿して過去の俺を睨みつけた。

 

「ブラン……ヴィオレ、それにジョーヌだと!?」

 

「あら、ギィ。私たちの事はちゃんと名前で呼んで欲しいわ。『テスタロッサ』とね」

 

ギィの叫びに対し、テスタロッサは優雅な微笑を浮かべてさらりと訂正した。それに続くように、ウルティマとカレラも嬉々として口を開く。

 

「そうだよ。ボクにだってリムル様からいただいた『ウルティマ』って名前があるんだから!」

 

「我が君は本当に素晴らしいお方だよ。私にも『カレラ』という名前を与えてくれたからね」

 

「……名前まで、与えられただと?」

 

その事実がどれほど異常なことか、自身も同じ原初であるギィには痛いほど理解できた。

 

(ハッ……面白い冗談じゃねえか。あの我が強いやつらが名付けられて、ヤツの配下に下っただと?)

 

流石の彼も一瞬だけ虚を突かれたように言葉を失ったが、すぐに信じ難い現実を噛み砕くように目の前の魔人へと獰猛な視線を送った。

 

「おい、スライム……これは一体どういうことだ……?」

 

世界の均衡を維持する役目を持つギィにとって、原初三柱の受肉と一勢力への集中は、到底看過できる事態ではなかった。

だが、その怒気に満ちた凄まじい剣幕に対し、過去の俺はひらりと片手を上げてみせた。

 

「悪いが、詳しい説明はこれが全部終わってからだ」

 

過去の俺は涼しい顔でそう言って、軽く指を鳴らした。

 

瞬間――広間の中央の空間が歪み、過去の俺とクレイマン、そしてその従者たちを丸ごと包み込むように、透明で強固な『隔離結界』が瞬時に構築された。

 

内部でどれほど強大な魔力がぶつかり合おうとも、外部の広間には一切の余波を逃さない戦闘用の亜空間。

それを、なんの事前動作も詠唱もなしに、息を吐くようにやってのけたのだ。

 

「なっ……!?」

 

原初たちの登場によって度肝を抜かれていた魔王たちの間に、さらなる戦慄が走った。

 

「…無詠唱での空間隔離だと? しかも、あの原初三柱の凄まじい妖気を完全に遮断する規模の多重結界を、一瞬で……」

 

魔王バレンタインとして振る舞うロイが、蒼白な顔のまま信じられないものを見る目で声を震わせる。

 

一方、魔王レオンはその端正な横顔の裏である種の安堵を感じていた。

 

(……ギィから聞いてただの魔人ではないとは思っていたが、最初に声をかけたとき、あの場で事を構えることにならなかったのは正解だったな)

 

もしあの時、僅かでも敵対的な接触をしていれば──原初を三柱も従え、ギィと同格の術理を無詠唱で操るこの得体の知れぬ怪物と、自分は望まぬ全面衝突へ足を踏み入れていたかもしれない。

 

(この不気味さだ。あそこで下手に突いていれば、どう転んでいたか分かったものではない)

 

冷徹な現実主義者たるレオンは、あの時の己の判断が結果として最善であったことを、静かに噛みしめていた。

 

驚愕するロイの背後で、メイドとして控える真なる魔王ルミナスも、優雅な所作の裏で鋭く目を細めている。

 

ただでさえ神話級の怪物を三柱も従えているという異常事態。

その上で、主であるスライム自身もまた、魔王たちを凌駕しかねない魔法技術を平然と見せつけたのだ。

それは、過去の俺が配下に頼っているだけの存在ではないと明確に知らしめる、完璧なデモンストレーションだった。

 

そして誰よりも――最古の魔王であるギィ・クリムゾンは、笑みすら消し去った鋭い眼光で過去の俺を観察していた。

 

(……あの結界。俺が使っている術式に酷似しているな。だが、俺はこいつの前で一度もあの魔法を見せたことはないはずだ。一体どういうことだ……?)

 

原初を三柱も従える異常性に加え、自らの手の内すら見透かされているかのような不可解な現象。

世界の調停者である彼にとって、目の前の得体の知れないスライムは、もはや単なる面白い新参者から、明確な『警戒すべき未知の脅威』へと完全に格上げされていた。

 

過去の俺は、完成した結界の出来栄えを確認するように軽く周囲を見渡すと、再び冷徹な視線をクレイマンへと戻した。

圧倒的な存在たちが放つ異常な空気を前に、広間の中でただ一人、その意味と『原初の悪魔』という存在の真の恐ろしさを全く理解できていない男がいた。

クレイマンである。

 

「な、なんだその禍々しい妖気は……! 幻だ! 貴様、我々魔王の目を誤魔化すために、くだらん幻影の魔法を……ッ!」

 

絶対的な力の差を感じ取り、ガチガチと歯の根を鳴らして後ずさりながらも、クレイマンはなおも虚勢を張って喚き散らした。

だが、三柱の悪魔娘たちはその滑稽な姿など完全に視界から外し、ただ一人――ミリム・ナーヴァへと熱を帯びた視線を向けていた。

 

「ふふっ。我が主の無二のご友人たるミリム様を傷つけるわけにはいきませんが……あの『破壊の暴君』と全力でお相手できるというのは、本当に胸が高鳴りますわね」

 

テスタロッサは優雅に口元を隠し、うっとりとした微笑を浮かべる。

 

「アハハ! 手加減なしで思いっきり遊んでいいんだよね! 楽しみ!」

 

ウルティマが無邪気に笑い、背中からまがまがしい闘気を立ち昇らせる。

 

「……やれやれ。あんな魔王くずれ相手じゃ欠伸が出るところだったけど、ミリム様の相手をさせてもらえるなら話は別さ。存分に暴れさせてもらうよ」

 

カレラが好戦的な笑みを深め、首をポキリと鳴らした。

 

彼女たちがただそこに立ち、戦意を滲ませただけで、クレイマンの切り札であるはずのピオーラと九頭獣(ナインヘッド)は本能的な恐怖に縛られ、ピタリと動きを止めて小刻みに震え始めていた。

 

過去の俺は、戦う気満々で場を支配する最強の悪魔娘たちを背後に従え、完全に腰が引けているクレイマンへともう一度、冷ややかに言葉を投げかけた。

 

「さて。これでこっちも、お前の言う『盤上の駒』とやらを追加させてもらったわけだが。文句はないな、クレイマン?」

 

いよいよ、言葉による牽制は終わりを告げた。

ここからは、互いの存亡と誇りを懸けた、真の『宴(ワルプルギス)』の幕開けである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ!忌々しいスライムめ!やれっ!ミリ―――――」

 

クレイマンがミリムに指示を出そうとした――その時。

 

「シオン!」

 

過去の俺が短く、鋭く名を呼んだ、その刹那だった。

 

「はっ!」

 

クレイマンの視界から、紫苑の髪の悪鬼の姿が完全にブレて消えた。

 

「なっ……!?」

 

驚愕で目を見開く間すら与えない。

シオンは一瞬にしてクレイマンの完全な死角へと入り込み、その無防備な横っ腹に向けて、一切の容赦のない拳の雨を降らせた。

 

ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

一瞬のうちに叩き込まれた、六十発を超える凄まじい拳の連打。

 

「ごべぁッ!?」

 

結界内部の空気が震えるほどのけたたましい打撃音と共に、クレイマンの身体はくの字に折れ曲がり、カエルのように無様な悲鳴を上げて床を何十メートルも削りながら吹き飛んでいった。

 

ピオーラと九頭獣が主人の突然の被弾に動きを止める中、シオンは拳についた埃を払うようにパパンと手を打ち鳴らし、クルリと過去の俺の方へ振り返った。

 

「……よろしいのですか?」

 

やってやったという清々しい顔をしながら尋ねてくるシオン。

 

(……そういうのは、殴る前に確認するもんなんだけどな)

 

過去の俺は引きつった笑いを浮かべながら、内心で激しくツッコミを入れた。

俺の時も同様だったが、やってしまったものは仕方がない。

 

「……まあ、いいか。ランガ! そっちの九頭獣の相手をしろ! 絶対に殺すなよ! シオン! その人形とクレイマンの相手をしろ! クレイマンには後で色々と用事があるから、半殺し……いや、四分の三殺しぐらいで止めておけ!」

 

過去の俺の指示を受け、ランガとシオンは共に凄絶な笑みを浮かべて力強く頷いた。

 

「承知いたしました! クレイマンは、私が責任を持って四分の三殺しにいたします!」

「仰せのままに、我が主よ!」

 

主の命を受け、シオンは嬉々としてピオーラへと突撃し、ランガもまた三本尾の幻獣へと咆哮を上げて飛びかかった。

 

その背後では、全身をボロボロにしながらも再生能力によってフラフラと立ち上がるクレイマンの姿があった。

突然叩きのめされた屈辱によって、先程まで彼を支配していた原初の悪魔たちに対する本能的な恐怖は完全に吹き飛んでいた。血走った両目に底なしの憎悪を宿し、狂ったように激昂する。

 

「ふ、ふざ…けるな……! 貴様ぁぁぁぁああ! ミリム! その忌々しい悪魔共ごと、スライムを塵一つ残さず消し飛ばせぇッ!!」

 

怒り狂うクレイマンの金切り声が、張り詰めた空間を切り裂く。

その命令を受けたミリムは、相変わらず虚ろな表情を浮かべてはいたが――その瞳の奥には、強者たちとの戦いに対する無邪気な期待が隠しきれずにウズウズと漏れ出していた。

ワクワクとした高揚感が、その小さな体からあふれんばかりの闘気となって立ち昇る。

 

ミリムは爆発的な魔素を推進力に変え、音を置き去りにする弾丸のような速度で真っ直ぐに突っ込んできた。

 

迫り来る理不尽な暴力の化身。

それに対し、過去の俺と三柱の悪魔娘たちは瞬時に散開し、完璧な陣形を組んで応戦の態勢をとる。

ミリムという暴威を迎え撃つ悪魔娘たちへ向け、影の中から俺は気負いのないアドバイスを送った。

 

(テスタロッサ、ウルティマ、カレラ。相手はあのミリムだ、ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷一つ通らないからな。手加減なんて考えずに、思いっきり全力でぶつかっていって大丈夫だぞ。それに、あのレベルの達人との戦いは、お前たちの近接戦闘術を極限まで磨き上げるのに有益な機会になるはずだ。しっかり動きを観察して、死なない程度にしごいてもらえ)

 

その言葉を聞いた瞬間。

三柱の悪魔たちの瞳に、底知れぬ歓喜と狂気の光が煌々と灯った。

 

『フフ……我が主のお墨付きをいただけるとは。ならば遠慮なく、極上の稽古をつけていただきましょう』

 

テスタロッサが優雅に腕を振るうと、魔法によって具現化された真紅の『鞭』が空間を打ち据え、鋭い破裂音を鳴らした。しなやかに蠢くその鞭は、彼女の洗練された殺意そのものだ。

 

『思いっきりやっていいんだね! じゃあ、ボクも本気出しちゃうよ!』

 

ウルティマの両手には、魔法で具現化された二振りの『短剣』が握られていた。その鋭い刃には、彼女自身のスキルによって付与された凶悪な『毒』が、触れるもの全てを腐食させる紫色の瘴気となって纏わりついている。

 

『ハッ、最高だね! ミリム様相手に手加減なしで全力で斬り合えて、おまけに腕まで磨けるなんて、こんなに滾る舞台はないさ!』

 

カレラは魔法で無骨な『刀』を創り出すと、それを片手で豪快に構え、獰猛な笑みと共にミリムへと切っ先を向けた。

 

絶対的な強者であるミリムを前に、一切の恐れを抱かず、極上の娯楽を楽しむように固有の武器を構える原初の三柱。

そして、彼女たちと共にミリムを迎え撃つ過去の俺。

白亜の結界内で、極限の力と力が、今まさに激突しようとしていた。

 

その直後、ミリムの姿がブレた。

 

「――ッ!」

 

過去の俺が『智慧之王(ラファエル)』の思考加速と未来予測を全開にしていなければ、その最初の一撃に反応すらできなかっただろう。

空間を削り取るような爆音を置き去りにして、ミリムの小さな拳が俺の顔面へと迫る。

間一髪で首を逸らして躱すと、拳の風圧だけで結界内の空気が悲鳴を上げ、後方の床が大きく抉れ飛んだ。

 

「おっと! よそ見してる暇はないよ!」

 

俺を通り抜けようとしたミリムの死角から、ウルティマが紫色の軌跡を描きながら躍り出る。

二振りの短剣がミリムの首筋と脇腹を同時に狙うが、ミリムは空中で姿勢を捻り、その凶刃を躱してみせた。

だが、ウルティマの刃から放たれた毒の瘴気がミリムを包み込む。

 

「……」

 

ミリムがニヤリと笑みをたずさえながら魔気を爆発させ、瘴気を一瞬で吹き飛ばす。

しかし、その隙を完全に読み切っていたのはカレラだった。

 

「もらったァ!!」

 

狂気を孕んだ声と共に、カレラが魔力で創り出した無骨な刀を大上段から振り下ろす。ミリムの小さな体を両断せんとする、圧倒的な質量と速度を伴った斬撃。

 

ガキィィィィンッ!!

 

けたたましい衝撃音が広間に響き渡る。

ミリムは、カレラの渾身の一撃を、なんと左腕の多重結界で受け止めていた。

 

(マジかよ、あれを片手で止めるか……!)

 

過去の俺が驚愕する中、カレラは全く怯むことなく、むしろ歓喜に表情を歪めてさらに刀を押し込む。

 

「ふふっ、本当にけた違いの強さですわね。ならば、これはどうかしら?」

 

ミリムがカレラを弾き飛ばそうと力を込めた瞬間、テスタロッサの真紅の鞭が蛇のように這い寄り、ミリムの右腕と胴体を鋭く縛り上げた。

 

「捕まえましたわ。さあ、リムル様。今です!」

 

テスタロッサが魔法を乗せて鞭を引き絞り、ミリムの動きを一瞬だけ封じる。

 

「任せろ!」

 

過去の俺は抜刀し、黒炎を纏わせた刃でミリムへと斬りかかった。

ミリムの防御を崩すための、死角からの猛連撃。

しかし、ミリムは縛られた状態のまま、力任せに右腕を振り払った。

 

「――なっ!?」

 

鞭を通じてテスタロッサが逆に大きく引っ張られ、姿勢を崩す。その反動を利用してミリムは俺の剣撃を難なく蹴り落とし、そのままの勢いで俺の腹部に重い前蹴りを叩き込んできた。

 

「うおっ……!?」

 

ラファエルの自動防御と多重結界を何枚も貫通し、身体がひっくり返るような衝撃が過去の俺を襲った。過去の俺の脇腹は半分が消し飛んでいた。

 

その脇腹を『無限再生』で補修しながら過去の俺はミリムに対して小声で不満を述べる。

 

「なんつー威力だ…。というかちょっとぐらい手加減してくれよ…」

 

だが、この破壊の暴君(デストロイ)との激突は、悪魔娘たちにとって絶望ではなく、極上の『学び』だった。

 

吹き飛ばされたテスタロッサは空中で華麗に体勢を立て直し、ウルティマとカレラも即座に次なる攻撃へと移行する。

 

「なるほど……力任せに見えて、力の流し方や重心の置き方が極限まで洗練されていますわ」

 

「うんうん! 無駄な動きが一つもないね。真似してみよっと!」

 

ミリムの理不尽なまでのパワーと速度、そして隠しきれない武術の冴え。

それを相手に、三柱の悪魔たちは傷を負うどころか、スポンジが水を吸うように近接戦闘の技術を吸収し、その動きを刻一刻と洗練させていく。

太刀筋が鋭くなり、ステップの無駄が消え、連携の精度が跳ね上がっていく。

 

ミリムもまた、洗脳された演技を装いながらも、その口元を微かに吊り上げていた。自分に本気でぶつかってくる、いくら叩いても壊れない「遊び相手」たちとの戦いに、内心で大歓喜しているのが手にとるようにわかる。

 

超高速で交錯する刃、鞭、そして拳。

強烈な魔素の衝突が閃光となって結界内で明滅し続け、しばらく戦闘が続いた――その時だった。

 

突如、過去の俺と、影の中に潜伏している未来の俺の脳内に、緊迫した『思念伝達』が割り込んできた。

 

『くっ! リムル様、未来のリムル様、少々マズイ事になりました』

 

通信の主は、ユーラザニアの地でクレイマン軍を迎え撃つ総大将を任せているベニマルだった。

普段は堂々としている彼にしては珍しく、その念には明確な焦りの色が混じっている。

 

(ベニマルか。どうした、そっちの戦場で何か起きたのか?)

 

俺は目の前の激戦に気を配りつつ思念を返す。

 

ワルプルギスという魔王たちの盤上から遠く離れた戦地で、一体何が起きているのか。

熱狂渦巻くミリムとの超絶戦闘の裏側で、事態は誰も予想しなかった新たな局面へと突入しようとしていた――。

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