【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

64 / 66
第八章 凱旋の祝祭と希望の天空城

魔王達の宴(ワルプルギス)での怒涛の夜を終え、俺と過去の俺、護衛を務めたシオンと原初の三柱、そして我が盟友である暴風竜ヴェルドラは、無事に我が国――魔国連邦(テンペスト)へと凱旋を果たした。

 

空間転移で街の入り口付近に降り立ち、見慣れた表通りへと足を踏み入れた、その瞬間だった。

 

「――ッ!!」

 

ざっ、という衣擦れの音が、巨大な波のように通り全体に響き渡った。

見れば、テンペストのメインストリートを埋め尽くすほどの夥しい数の住民たちが、両脇に綺麗に整列し、ピタリと息の合った動きで一斉に平伏し、深く頭を垂れていたのだ。

 

ゴブリン、ホブゴブリン、オーク、リザードマン、ドワーフ、エルフ。

種族の垣根を越え、何万という民たちが、帰還した主――つまり『リムル・テンペスト』の帰還を祝うためだけに、一糸乱れぬ完璧な姿勢で傅いている。

 

「な、なんだこれ……!?」

 

過去の俺が思わずギョッとして足を止める中、平伏する群衆の最前列――テンペストに残った幹部陣が並ぶ中央から、一人の悪魔が優雅な足取りで進み出た。

 

漆黒の執事服に身を包んだ、原初の黒、ディアブロだ。

 

ディアブロは俺たち二人の前で恭しく片膝をつき、まるで神に祈りを捧げるような、ひどく陶酔しきった声で祝辞を述べ始めた。

 

「リムル様。魔王達の宴よりのご無事の帰還、心よりお慶び申し上げます。……そして、新たなる魔王の座――『八星魔王(オクタグラム)』へのご就任、誠におめでとうございます。我が主の偉大なる御名が世界に轟き、真なる絶対者として君臨されるこの日を、我ら一同、身が震えるほどの歓喜と共にお迎えいたしました」

 

ディアブロの美声が通りに響き渡ると同時に、平伏していた住民たちからも「おおおおおっ!!」「リムル様、万歳!!」という地鳴りのような歓声が巻き起こった。

 

俺の背後にいたシオンは「ふふんっ、当然です!」とばかりに自慢げに胸を張り、共に帰還した原初の三柱も、この熱狂を興味深そうに眺めていた。

 

「これはこれは……リムル様の御威光、留守の間にも些かも衰えていないようですわね」

 

テスタロッサが紅の瞳を細めて呟くと、隣でウルティマがぴょんと飛び跳ねながら手を叩いた。

 

「わっ、すごい! みんなリムル様のこと大好きなんだね!」

 

凄まじい熱狂と、あまりにも完成されすぎた出迎えの儀式。

それを前にして、過去の俺は完全にドン引きしたような、冷や汗をだらだらと流した顔で呟いた。

 

「い、いつ練習したんだよこれ……。俺たち、帰るって連絡したのついさっきだぞ……?」

 

絶対におかしい。

いくらなんでも準備が早すぎるし、住民たちの息が合いすぎている。

 

すると、過去の俺の隣を歩いていたヴェルドラが、ビクッとあからさまに肩を揺らした。

 

「ク、クアハハハ! 我にはさっぱりわからんな! まったくもって忠義に厚く、感心なことよ! きっと日頃の訓練の賜物であろう、うむ!」

 

目を泳がせ、明後日の方向を向きながら、わざとらしい高笑いで誤魔化そうとする暴風竜。

そのあまりにも下手くそすぎる芝居に、俺は呆れ半分でツッコミを入れた。

 

「誤魔化すなよ。お前が裏でこっそり、ディアブロに俺たちの動向を横流ししてたんだろうが。……美味いプリンで買収されて」

 

「ゲェーッ!? な、なぜそれを知っているのだ未来のリムルよ!?」

 

図星を突かれたヴェルドラが、バッとこちらを振り向いて狼狽する。

 

「俺の時も全く同じだったからだよ。お前の行動パターンなんてお見通しだ。思念か何かで、ディアブロとずっと連絡を取り合ってたんだろ」

 

「ヴェルドラ、お前ってやつは……! ディアブロもディアブロで、なんて餌で魔王の宴の極秘情報を買ってんだよ!」

 

過去の俺がやれやれと頭を抱え、深いため息を吐き出す。

だが、その口元はどこか嬉しそうに緩んでいた。

 

俺も同じ気持ちだった。

色々あって歴史は大きく変わったが、プリン一つで買収されるお調子者の盟友も、俺たちのために全力を尽くしてくれる配下たちの姿も、何一つ変わっていない。

その事実が、たまらなく心地よかった。

 

「さあ、いつまでも突っ立ってるとディアブロが一生喋り続けそうだからな。とりあえず、みんなに労いの言葉をかけてやってくれ、『八星魔王』様」

 

「あ、ああ! そうだな!」

 

俺に促され、過去の俺はコホンと一つ咳払いをして、歓喜に沸く自身の民たちへと力強い一歩を踏み出した。

それは、数々の嵐を乗り越えた新たなる魔王が、自身の居場所たる愛すべき国へと帰還した、最高に誇らしい瞬間だった。

 

労いの言葉を終えた過去の俺だったが――ふと足を止め、ジト目で目の前の悪魔を見下ろした。

 

「ところで、ディアブロ」

 

「はい、リムル様。なんなりと」

 

うやうやしく頭を下げるディアブロに対し、過去の俺はチクリと釘を刺すように問い詰める。

 

「こんな立派な出迎えを完璧に用意してくれたのは嬉しいが……お前、ファルムス王国での作戦はちゃんと上手く行っているんだろうな? まさか、俺の歓迎の準備にかまけて、あっちの重要任務を放り出したりはしてないだろうな?」

 

ファルムス王国との和平交渉。

それは、過去の俺がセンナとディオン、そしてヨウムたちと共にディアブロへ全権を託した極秘かつ最重要な任務だった。

 

過去の俺の鋭い指摘に、ディアブロは悪びれる様子など微塵も見せず、むしろ恍惚とした笑みを深めてみせた。

 

「クフフフフ……。ご心配には及びません。ファルムスの件は、このディアブロが滞りなく、かつ完璧に進行させております。全ては偉大なるリムル様のご意志のままに……この歓迎の準備など、作戦の合間の余暇に手配した些事に過ぎませんよ」

 

「よ、余暇って……これだけの大規模な準備を……」

 

(相変わらず、こいつの有能さと狂信っぷりは底知れないな……。まあ、俺の知る歴史でもファルムスの件は完璧にこなしてたし、全く心配は要らないだろうけど)

 

涼しい顔でとんでもない業務量をこなしている原初の黒に、過去の俺は頬を引きつらせて若干引いている。

俺は内心で(慣れろ、過去の俺)と密かに思いながら、俺の時と変わらない主従のやり取りを微笑ましく見守っていた。

 

「そういえば、ディアブロ」

 

そこで、それまで少し離れた場所からこのやり取りを眺めていたテスタロッサが、優雅な足取りで会話に割り込んできた。

 

「随分と気合の入った出迎えですわね。リムル様の凱旋を祝うのだから、これくらい盛大で当然とはいえ……人間の国での退屈なお使いの身で、少しばかり点数稼ぎが過ぎるのではないかしら?」

 

「あはは! ボクたちがワルプルギスでリムル様のすっごくかっこいい活躍を特等席で見てる間に、せっせと裏方でお出迎えの準備、ご苦労様!」

 

ウルティマが露骨に自慢げな笑みを浮かべて煽ると、ディアブロのこめかみにピキリと微かな青筋が浮かんだ。

そこに追い打ちをかけるように、カレラも好戦的な笑みを深める。

 

「そういうことだね。ディアブロがちまちまと人間の国を乗っ取るお遊戯をしている間に、私達はミリム様を相手に最高に愉しませてもらったよ。……せいぜい退屈なお使い、ご苦労だったじゃないか」

 

リムルの傍に仕える名誉を独占した三柱からの、容赦のないマウントと挑発。

だが、ディアブロも黙って引き下がるようなタマではない。彼は極めて冷酷で、底意地の悪い笑みを深めてみせた。

 

「クフフフフ……。おや、リムル様の護衛という大任を与えられながら、結局は未来のリムル様の御手まで煩わせた無能が何か仰っていますね? 私はリムル様より直接賜ったファルムスの掌握という最重要任務を完璧にこなしているというのに……。まあ、貴女方にはこの御方の偉大さをただ傍で見守るだけの『観客』がお似合いでしたね」

 

「……なんだって?」

「ふふっ、聞き捨てならないわね」

「ふぅーん。ケンカ売ってるのかな?」

 

主の寵愛と己の有能さを巡ってバチバチと火花を散らす、原初の悪魔たちによる容赦のない煽り合い。

 

一触即発の空気が漂い始めた配下たちの様子に、過去の俺は「帰ってきて早々、なんでお前らはそう血の気ばっかり多いんだよ……」と盛大に頭を抱え込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

表通りの凄まじい熱狂からようやく解放され、俺たちは見慣れた執務室へと場所を移した。

 

「さて、我も色々とやることがあるからな! あとはよしなに頼むぞ、盟友よ!」

 

ヴェルドラはそう言い残すなり、上機嫌で引き上げていった。

嵐のような一日がようやく終わり、執務室に残された俺と過去の俺は、深くソファに腰を下ろした。

 

「はぁ〜……なんか、ワルプルギスで魔王たちの相手をしてた時よりも疲れた気がするぞ……」

 

過去の俺がスライムの姿に戻り、机の上でデローンととろけながら深い安堵の息を吐く。

無理もない。魔王になったばかりで前代未聞の宴に放り込まれ、帰ってくれば国を挙げての狂信的なパレードだ。精神的な疲労は計り知れないだろう。

 

そんな俺たちの前で、早速淹れたての紅茶をテーブルに並べていくディアブロとシオン。

そして、正面の来客用ソファには、俺に促されて着席した原初の三柱――テスタロッサ、ウルティマ、カレラが優雅に腰を下ろしてくつろいでいた。

 

だが、紅茶を淹れる二人の間では、何やら不穏な――しかし見慣れたやり取りが交わされていた。

 

「クフフフ。シオン殿。ワルプルギスでのリムル様の護衛という大任、まさか粗相などしておりませんよね? 私がファルムスへ向かっている間、万が一にもリムル様の御身に危険が及ぶような真似があったとすれば……」

 

「と、当然です! 私と原初の御三方で、リムル様を完璧にお守りしました! むしろ他国の魔王たちに、リムル様の偉大さをこれでもかと見せつけてやったのです!」

 

ディアブロが涼しい顔でチクリと刺すと、シオンはムキになって胸を張り、自身の活躍を誇張気味に主張する。

 

「おや? そうは仰いますが、リムル様からは微かな疲労の気配が感じられます。護衛でありながら主に気苦労をかけるとは、秘書としては減点対象では?」

 

「なっ!? ディアブロ、貴様……よくもそんな口を……!」

 

バチバチと火花を散らし始める第一秘書と第二秘書。

 

(相変わらずだな、こいつら……)と俺が苦笑していると、過去の俺が「まあまあ、二人ともその辺にしてくれ」と制止に入った。

 

「シオンもテスタロッサ達も、あのアウェーな空間でよく俺を庇ってくれたよ。助かった」

 

「ははっ! もったいないお言葉です!」

 

過去の俺に褒められ、シオンの機嫌がコロッと直る。

 

「……それより、ディアブロ」

 

過去の俺はスライムの姿から人間の姿へとポンッと戻り、真剣な表情で漆黒の悪魔へと向き直った。

 

「表通りでも少し聞いたが、ファルムス王国での作戦の進捗について、今の現状を報告してくれ。センナとディオンを伴ってのファルムス入り、順調に進んでいるか?」

 

過去の俺が問いかけると、ディアブロは紅茶のポットを優雅に置き、うっとりとした笑みを浮かべて恭しく一礼した。

 

「クフフフフ。ご心配には及びません、リムル様。作戦は現在、私が描いた『絶望の喜劇』の通り、一寸の狂いもなく進行しております」

 

ディアブロは悪びれる様子など微塵も見せず、むしろ主からの問いかけに歓喜するように、悠然と現状を語り始めた。

 

「私は道中、移動の合間を縫って、センナとディオンの二柱に今後のファルムス国内での『役割』を完璧に叩き込んでおきました。現在、彼らはファルムス王都において、エドマリス王の側近や貴族たちの動向を監視しつつ、ヨウム殿を英雄として引き立たせるための『舞台装置』として、水面下で極めて優秀に立ち回っております」

 

「ふむ……。あいつら、ちゃんと仕事してるんだな」

 

「ええ。何より彼らは、リムル様から直々に『名』と『肉体』を賜った上位魔将(アークデーモン)。並の人間や貴族の浅知恵など、彼らの前では児戯にすら劣ります。私がここに戻り、リムル様の凱旋を祝うためのほんの僅かな時間など、彼ら二人で王都を掌握しておくには十分すぎる余裕がございます」

 

ディアブロのあまりにも自信に満ちた報告に、過去の俺は「ほんの僅かな時間って……そのために何万人の住民を動員してるんだよ」とツッコミを入れつつ、少しだけ安堵したように息を吐いた。

 

「わかった。お前がそこまで言うなら、あっちの状況は確実にコントロールできてるんだろうな。……で、具体的に今、ファルムス王都はどういう状況になってるんだ? あの『生かして帰した三人』は、ちゃんと仕事してるか?」

 

過去の俺の問いに、ディアブロはどこまでも冷酷で、底意地悪い笑みを深めた。

 

「ええ、極めて従順に、私の描いた台本通りの『狂言回し』を演じておりますよ」

 

ディアブロは、まるで出来の良い玩具の働きを語るかのように、クフフと喉の奥で笑った。

 

「あの三人は王都へ帰還した後、すぐさま国の重鎮たる貴族たちを王城に招集し、あの夜に平原で起きた『真実』を語りました。自分たちの軍勢二万が、ただの一度も抵抗できずに暴風竜とリムル様の手によって蹂躙され……そして、リムル様の慈悲によって蘇生されたのだと」

 

「……それで、貴族どもの反応は?」

 

過去の俺が身を乗り出して聞くと、ディアブロは馬鹿な生き物を嘲笑うように目を細めた。

 

「当然、信じるはずがありません。二万の軍勢が一度死んで生き返ったなどという御伽噺、強欲で平和ボケしたファルムスの貴族どもには理解の範疇を超えていますからね。彼らはエドマリス王が恐怖で発狂したか、あるいは我々魔物に洗脳されたのだと疑い、王が提示した『無条件降伏と莫大な賠償金の支払い』を頑なに拒否しようとしています」

 

「あー……まあ、そうなるわな。俺だって逆の立場なら『こいつ何言ってんだ?』ってなるし」

 

過去の俺がやれやれと頭を掻く。

 

「ですが、エドマリス王と大司教レイヒム、そしてラーゼンの三名にとって、あの絶対的な死の恐怖は魂に焼き付いています。彼らは貴族たちからどれだけ罵倒されようとも、リムル様への恐怖から決して要求を曲げず、必死に降伏を訴え続けている……。現在、王都の会議室は、責任を押し付け合って醜く喚き散らす貴族たちと、絶望に涙する王という、実に滑稽で素晴らしい地獄絵図と化しております」

 

(なるほど。順調に内部分裂を引き起こしてるな)

 

俺は紅茶を一口啜りながら、ディアブロの完璧な工作に感心した。

 

「そこで、センナとディオンの出番というわけだな」

 

俺が口を挟むと、ディアブロは嬉しそうに頷いた。

 

「左様でございます。あの二柱には現在、貴族たちの派閥争いを水面下で『煽る』役割を与えております。強硬派の貴族には『今なら王を引きずり下ろして自分が実権を握れる』と囁き、穏健派には恐怖を植え付ける。そうして国内を完全に二分し、取り返しのつかない内戦状態へと誘導するのです」

 

「ふふっ、見事な手腕ですわね」

 

紅茶のカップを優雅に傾けながら、テスタロッサが感心したように口を開いた。

 

「人間の浅ましい権力欲を刺激し、国を内側から食い破らせる。……無駄がなく、実に美しい盤面の支配だわ」

 

「お、おい……内戦って、それじゃあ一般の民衆が巻き込まれちまうじゃないか!」

 

テスタロッサの物騒な称賛に、過去の俺が慌てて身を乗り出す。

だが、ディアブロは落ち着き払った声でそれを制した。

 

「ご安心ください、リムル様。それこそが、ヨウム殿を『新たな王』として君臨させるための最大の布石なのですから」

 

ディアブロは指を一本立てて、悪魔的な笑みを深めた。

 

「国が二つに割れ、愚かな貴族どもが私欲のために争い始めた時。民衆は絶望し、誰かに助けを求めるでしょう。そこに、リムル様と親交があり、テンペストとの和平の道筋を持った『英雄ヨウム』が、私やセンナ、ディオンという『恐ろしい魔物』を従えて颯爽と現れるのです」

 

「……ヨウムが、争いを鎮める救世主になるってことか」

 

「その通りです。愚かな旧体制の貴族たちを退け、民衆の圧倒的な支持を得て、ヨウム殿がファルムスの新たな王となる。そうすれば、ファルムス王国は名実ともに、リムル様の意のままに動く強固な友好国へと生まれ変わります」

 

完璧な計画だ。

俺の知る歴史でも、ディアブロは(途中で少し面倒な横槍が入ったものの)自身のシナリオを見事に完遂し、ヨウムを王座に就かせた。

しかも今回は、俺が名付けた『センナ』と『ディオン』という有能なアークデーモンが二柱も現地で工作を行っているのだ。

 

(今回は手勢が充実してる分、元の歴史以上にスムーズにファルムスを掌握できそうだな)

 

俺が内心で太鼓判を押していると、そのエグすぎる乗っ取り計画の全貌を聞かされた過去の俺は、少しだけ顔を引き攣らせていた。

 

「……お前、本当に悪魔だな。いや、悪魔なんだけどさ」

 

「最高の賛辞、痛み入ります」

 

恭しく一礼するディアブロに、過去の俺は「まあ、向こうが仕掛けてきた戦争だし、同情する気はないけどな」と割り切ったように息を吐いた。

 

「とりあえず、ファルムスの件はお前と……ええと、センナたちに全権を任せる。俺たちに手出しさせるなよ?」

 

「クフフフ。お任せを。リムル様方に煩わしい後処理など、一切させるつもりはございません。私はただ、リムル様が思い描く理想の世界を、この手で形にするだけですから」

 

ディアブロの報告に、俺たち二人は満足げに頷いた。

これで西側諸国に対する最大の懸念であったファルムスの件も、完全に片付いたも同然だ。

 

「よし。これでようやく、本当に落ち着けるな」

 

過去の俺が、大きく伸びをしながらソファに背中を預ける。

 

ワルプルギスでの魔王たちとの外交、そしてファルムス攻略。

いくつもの死線を越え、歴史の分岐点を見事に乗り越えた今、いくつかの懸念はあるものの、この時代の魔国連邦(テンペスト)の未来も見通しが立ってきたといえるだろう。

 

俺はカップの紅茶を飲み干し、ふっと懐かしむような笑みをこぼした。

 

「なるほどな。おおよそ、俺の時と同じ経過だな」

 

俺がそう呟いた瞬間。

紅茶のポットを片付けていたディアブロの動きがピタリと止まり、その切れ長の瞳が爛々と怪しい光を放った。

 

「ほう……?」

 

ディアブロは優雅な足取りで俺の前へと進み出ると、うっとりとした表情で恭しく胸に手を当てた。

 

「未来のリムル様の世界でも、やはり私がファルムスの事後処理を担当したのですね。……クフフ。実に興味深い。よろしければ、未来の歴史ではどのような展開を迎えたのか、ぜひこの私めにお聞かせ願えないでしょうか?」

 

自分自身の『別の時間軸での活躍』という知的好奇心を大いに刺激されたのだろう。

ディアブロの狂気的なまでの探求心に満ちた眼差しに、俺は少しだけ苦笑した。

 

すると、隣で聞いていた過去の俺も「おっ、俺もそれ聞いてみたいぞ」と身を乗り出してきた。

 

「どうだったんだ? 今のディアブロの話だと、かなり陰湿でエグい内部分裂を仕掛けてるみたいだけど」

 

「ああ、基本的な筋書きは今回と同じだったよ。エドマリスが恐怖で喚き散らし、貴族どもが信じられずに内輪揉めを始め、そこへヨウムが英雄として現れる。……ただ、少しだけ『過程』が違ったな」

 

「過程?」

 

過去の俺が首を傾げるのに合わせて、俺は当時の記憶を掘り起こし、ゆっくりと口を開いた。

 

「まずは知っての通り、俺の歴史では2万のファルムスの軍勢は蘇生させず、皆殺しにしたんだ。結果として、ラーゼン、エドマリス王、大司教レイヒムの三人は捕虜になってな」

 

「ああ、なるほど。それで?」

 

「ファルムスの内情を探るために、シオンにその三人の尋問を担当させたんだが……その……」

 

当時の、あのトラウマになりそうな光景を思い出し、俺は思わず言葉に詰まった。

視線を泳がせ、横で背筋を伸ばして控えているシオンをチラリと見る。

 

「……シオンのやつが、スキルを使って生きたままの『肉塊』…としか言えない状態にして、木箱に詰め込んじまったんだよ。もちろん、意識はあるし痛みも感じる状態のままで」

 

その言葉が執務室に落ちた瞬間。

 

「……は?」

 

過去の俺は完全に顔面から血の気を引き、ギギギ……と錆びた機械のように首を回して背後のシオンを見上げた。

 

当のシオンはというと、過去の俺からの視線を「賞賛」と受け取ったのか、得意げにふんすっと豊満な胸を張った。

 

「ふふん! 未来の私は素晴らしい仕事をしたようですね! リムル様に仇成す愚か者どもには、それくらい当然の処置です!」

 

「いや、当然って……生きたまま肉塊って、お前……エグすぎるだろ……」

 

過去の俺がドン引きして震え上がる一方で、それを聞いていた悪魔たちの反応は全く逆だった。

 

「クフフフフ……! なんと。肉体をそこまで破壊しながら、命を散らさず苦痛だけを与え続けるとは。シオン殿、貴女のその尋問手法、実に芸術的かつ合理的ですね。素晴らしいインスピレーションを受けました」

 

ディアブロは心底感心したように目を輝かせ、シオンに向かって拍手すら送っている。

 

「ええ! 私の料理(スキル)の腕にかかれば当然です!」

「クフフ。ぜひ今度、その素晴らしい技術について詳しくご教授願いたいものです」

「構いませんよ! ディアブロは生意気ですが、見どころはありますからね!」

 

過去の俺の恐怖をよそに、恐ろしい話題で謎の意気投合を果たし始める第一秘書と第二秘書。

さらに、ソファで話を聞いていたウルティマも瞳を輝かせた。

 

「わぁっ! シオンってば、面白いこと思いつくんだね! ボクも今度、悪人相手にそれ試してみたいなー!」

 

「少し手間がかかりそうだけど、相手の絶望した顔を見るにはちょうどいい方法じゃないか。シオン、私にも後で詳しいやり方を教えておくれよ」

 

カレラまでが好戦的な笑みを浮かべて身を乗り出してくる。

 

(ダメだ、これ以上こいつらに危険な技術を共有させたら、テンペストの倫理観が崩壊する……!)

 

俺はコホンと一つ咳払いをして、戦慄している過去の俺へと視線を戻した。

 

「……で、その肉塊になった三人を前にして、ディアブロはどう動いたのかって話なんだが」

 

「お、おう。想像するだけで頭が痛くなってきたけど……聞かせてくれ」

 

「あいつはまず、その箱詰め状態からレイヒムとラーゼンの二人だけを元の姿に戻してやってな。その上で、自身の持つスキルを使って、まだ肉塊だったエドマリス王を含めた三人を完全に『服従』させたらしい」

 

「うわぁ……。死ぬより恐ろしい目に遭わされた上に、心まで支配されたのか……」

 

過去の俺が顔を引き攣らせる。

 

「そこからがディアブロの真骨頂……というか、悪魔的なところでな。あいつ、わざわざその『生きた肉塊』のままのエドマリス王を、ファルムスの王城まで運び込んだんだよ」

 

「は!? 王城に!? そんなものを!?」

 

「ああ。当然、城に集まっていたファルムスの貴族どもは、変わり果てた王の姿を見てパニックになった。そこでディアブロは、ヨウムを通してこう宣言させたんだ。『王は暴風竜ヴェルドラの逆鱗に触れ、呪いを受けてこんな姿にされてしまった。だが、テンペストの協力があれば元に戻すことができる』ってな」

 

俺の言葉を聞き、ディアブロは「ほう……」と感心したように目を細め、口元に手を当てて深く頷いた。

 

「そして、貴族たちが固唾を飲んで見守る目の前で、テンペストの完全回復薬を使って…まぁ実際はディアブロの仕業だったんだが、肉塊だった王を一瞬で元の姿に戻すっていう……劇的なパフォーマンスをやってのけたんだ」

 

「げえっ……」

 

「これによって、ファルムスの貴族どもは『暴風竜とテンペストの恐ろしさ』と、『それを鎮めて王を救ってくれた英雄ヨウム』という図式を、圧倒的な事実として脳裏に焼き付けられた。……これが、俺の歴史でディアブロが仕掛けた『絶望と救済の喜劇』の全貌ってわけだ」

 

俺が語り終えると、執務室はしばしの静寂に包まれた。

 

「……なんというか」

 

過去の俺は深く、深いため息を吐き出し、ソファに深くもたれかかった。

 

「俺がやった『皆殺しからの蘇生』も相当エグいと思ってたけど……お前の歴史のディアブロがやった作戦の方が、精神的なダメージと悪辣さで言ったら上をいってる気がするぞ……」

 

「クフフフフ……! 最高の褒め言葉です、リムル様」

 

ディアブロはまるで極上の芸術作品を鑑賞した後のような、ひどく陶酔しきった表情で自身の両腕を抱きしめた。

 

「恐怖というキャンバスに、救済という名の絵の具を塗りたくる……。未来の私が描いたその筋書き、実に美しく、そして完璧に理にかなっている。ああ、惜しむらくは、私自身がその素晴らしいパフォーマンスを特等席で観劇できなかったことですね」

 

「いや、お前が自分でやったことだろうが……」

 

俺と過去の俺は顔を見合わせ、全く同じタイミングで呆れたようにツッコミを入れた。

 

「ただな……この後一つ、かなり厄介な問題が発生したんだ」

 

俺が少しだけ声を潜め、真剣なトーンで告げると、執務室の空気が再びピンと張り詰めた。

 

「問題? ディアブロがそこまで完璧にやってたのに、何が起きたんだ?」

 

過去の俺が身を乗り出す。

 

「ルベリオスの暗部……『七曜の老師』と呼ばれる連中が、俺たちの計画に横槍を入れてきたんだ。あいつら、ファルムスに戻った大司教レイヒムを暗殺した挙句、それを『悪魔(ディアブロ)の仕業だ』という悪評として流しやがった。テンペストとディアブロを非道な悪魔として仕立て上げることで、ヨウムを王にする計画そのものを根底から妨害してきたんだよ」

 

その瞬間。

ピキッ、と。

執務室の空気が、文字通り凍りついたような錯覚に陥った。

 

「…………ほう?」

 

先程までうっとりと芸術を語っていたディアブロの顔から、一切の表情が抜け落ちていた。

漆黒の悪魔の瞳の奥に宿るのは、絶対零度の怒りと、底なしの殺意。

主の偉大なる計画に泥を塗り、あまつさえ自分に罪を擦り付けた「七曜」という存在に対する、純粋なまでの殲滅の意志だった。

 

それは、ディアブロだけではない。

 

「……あら。随分と身の程知らずな人間どもがいたものですわね」

 

「ボクたちのリムル様の邪魔をするなんて……絶対に許せないね」

 

「……面白いくらい愚かじゃないか。まとめて次元の彼方へ消し去ってやろう」

 

テスタロッサ、ウルティマ、カレラ。

三柱の原初の悪魔たちからも、ディアブロに同調するように、空間を軋ませるほどの恐るべき殺気と覇気が漏れ出していた。

四柱の原初が同時に放つ、純度百パーセントの激怒。

 

「ちょ、待て待て! お前ら全員ストップだ!!」

 

過去の俺が必死に両手を振って四人の悪魔の制止に入った。

 

「まあ落ち着けお前ら。これはあくまで『俺の歴史』での話だ」

 

俺は慌てて原初たちを宥めつつ、さらに致命的な事実を口にした。

 

「厄介なのはそれだけじゃない。七曜の奴らは、レイヒムを殺しただけじゃなく、ヒナタにも嘘の情報を吹き込んで、俺と再び対決するように巧妙な情報操作を仕掛けてきやがったんだ」

 

「ヒナタを……!? あの俺を追い詰めた冷酷な騎士団長が、他人の嘘にそう簡単に乗るのか?」

 

過去の俺が信じられないというように目を見開く。

 

「ヒナタにとって、七曜の一人である『グラン』は、彼女がルベリオスに身を寄せた頃の師匠でもあったからな」

 

俺はため息混じりに、彼女が嵌められた背景を語った。

 

「七曜は、そのかつての師弟関係や、彼女の持つ『人類を守る』という責任感を悪用したんだ。ヒナタは交渉のためにテンペストを訪れたんだが、師匠からの言葉と、レイヒム暗殺という捏造された事実……それらを巧妙に組み合わせることで、ヒナタが俺と戦わざるを得ない状況へと、完全に誘導したってわけだ」

 

「うわぁ……クソだな、その七曜って連中」

 

過去の俺は心底嫌悪感を露わにして顔を顰めた。

かつて自分を殺しにきたヒナタに対する警戒心はあるだろうが、それ以上に、師弟の信頼を利用して裏で糸を引く七曜のやり口が、俺たちの最も嫌う卑劣な手段だったからだ。

 

「ああ、本物のクソ野郎どもだよ。おかげで俺の歴史じゃ、ヨウムの計画が一時的に頓挫しかけた上に、ヒナタ率いる聖騎士(クルセイダーズ)とテンペストの間で、血みどろの全面衝突に発展しかけちまったんだからな」

 

俺の言葉に、過去の俺はゴクリと固唾を飲んだ。

ワルプルギスという最大の危機を乗り越え、ファルムスも掌握し、ようやく一息つけると思っていた矢先に突きつけられた、ルベリオスの暗部という新たな脅威。

 

「……未来のリムル様」

 

静まり返った執務室の中で、ディアブロが一切の感情を排した、氷のように冷徹な声で口を開いた。

 

「一つ、確認させていただいてもよろしいでしょうか」

 

「……どうした?」

 

そのあまりに静かで、一切の感情の底が見えないディアブロの態度に、俺は少しだけ警戒しながら問い返した。

 

ディアブロは一切の無駄がない動作でスッと立ち上がり、狂気を孕んだほどに澄み切った笑みを浮かべた。

 

「未来のリムル様がお話しされたのは、あくまで『別の時間軸』の出来事。……ということは、この現在の時間軸において、その『七曜』という不快な害虫どもは……いまだルベリオスの暗部で、のうのうと息をしているということですね?」

 

「あ、ああ。俺たちが歴史を変えたとはいえ、あいつらが勝手に死ぬわけじゃないからな。当然、まだルベリオスの奥深くで健在だ」

 

俺が頷くと、ディアブロは恭しく、しかし絶対的な殺意を込めて深く一礼した。

それに合わせるように、背後の三柱も冷酷な笑みを深めて立ち上がる。

 

「では、リムル様、未来のリムル様。このディアブロに、今すぐルベリオスへと赴く許可を。リムル様方の完璧な計画に泥を塗り、あまつさえそのヒナタという人間を利用してリムル様に刃を向けさせようとするその愚物ども……私が直々に、一人残らずその魂を根絶やしにしてご覧に入れます」

 

「ええ、私も手伝いましょう。魂ごと消し去って差し上げます」

 

「お前ら絶対ストップ!! まずは最後まで話を聞け!!」

 

一瞬にしてルベリオス滅亡の算段を立て始めた四柱の原初に、過去の俺が再び必死の制止の声を上げた。

 

「気持ちは分かる! 俺だってそんな卑劣な奴らは許せないし、お前の計画を邪魔されるのは腹が立つ! ……だが、今お前らが集団でルベリオスに乗り込んで暴れ回ったら、それこそルミナスとの国交や、ヒナタとの関係が完全にぶち壊しになるだろうが!」

 

「おや? そのような脆弱な者たちとの関係など、リムル様の憂いを断つことに比べれば些事かと。それに、誰にも気付かれぬよう、事故に見せかけて処理する手段などいくらでも――」

 

「ダメだって言ってんだろ! お前ら、絶対途中で楽しくなって派手にやらかすタイプだろ!」

 

過去の俺に詰め寄られ、ディアブロは「むむ……」と心底残念そうに肩を落とし、他の三柱も不満げにソファへ腰を下ろした。

 

俺は過去の俺の的確なツッコミに内心で拍手を送りつつ、暴走しかけた悪魔たちをなだめるように口を開いた。

 

「過去の俺の言う通りだ。今はまだ動く時じゃない。それに……七曜の奴らに関しては、すでにワルプルギスで『極上の手』を打ってあるんだよ」

 

俺の言葉に、過去の俺とディアブロが同時にこちらへと視線を向けた。

 

「極上の手? ……ああ! もしかして、ルミナスに直談判したアレか?」

 

過去の俺が思い当たった事があるといったリアクションで頷く。

 

「ああ、あの時取り付けた二者会談のことだ。直近で開かれるその会談の場で、直接この問題に触れる予定だ」

 

俺が今後の段取りを明かすと、過去の俺は「なるほど」と深く頷いた。

 

「ルミナスに直接、自分の国の暗部が勝手に動いて腐ってるって事実を突きつけるわけか」

 

「そういうことだ。ルベリオスのゴミ掃除は、ルベリオスの主にやらせるのが一番角が立たないからな。俺たちがあの国と正式な国交を結ぶための、向こうからの『誠意』を見せてもらう絶好の機会にもなる」

 

俺はそこで言葉を区切り、未だに少しだけ名残惜しそうに(殺意を燻らせて)立っている漆黒の悪魔へと向き直った。

 

「だから、ディアブロ。七曜の件は俺たちで完全にコントロールする。お前は余計なことに気を回さず、今はファルムスの計画にだけ集中してほしい。……できるな?」

 

俺が真っ直ぐに見据えて告げると、ディアブロはピタリと動きを止め、やがてその瞳から底冷えするような殺意をスッと引かせた。

代わりに浮かび上がったのは、底意地の悪い、極めて悪魔的な歓喜の光だった。

 

「……クフフフ。未来のリムル様は、神すらも盤面の駒として扱い、勝手に自滅する舞台を整えるおつもりなのですね。流石はリムル様。私などの浅はかな暴力とは次元が違う、完璧で、実に残酷な筋書きです」

 

ディアブロは感服したように深く息を吐き、優雅な所作で恭しく胸に手を当てて深く頭を垂れた。

 

「承知いたしました。では、七曜の愚物どもに関しては、リムル様方が用意された滑稽な自滅の喜劇を高見の見物と洒落込みましょう。……私はご命令通り、ファルムスの完全掌握のみに全力を注ぎます」

 

「ああ、頼んだぞ。七曜の厄介な横槍がなくなるなら、俺の歴史の時よりもずっとスムーズにヨウムを王にできるはずだからな。向こうにいるセンナたちと協力して、完璧に仕上げてくれ」

 

ようやく本来の役割と忠誠に意識を戻してくれたディアブロに、俺と過去の俺は揃ってホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――場面は変わり、獣王国ユーラザニア。

 

豊かな自然に囲まれた美しい王都――その中心にある豪奢な王宮の一室に、ワルプルギスを終えたばかりの面々が集結していた。

 

本来ならミリムの領地である『忘れられた竜の都』へ帰還するところだが、今後の陣容や方針を急ぎ擦り合わせるため、無傷のまま残ったユーラザニアの王宮が一時的な会談の場として選ばれたのだ。

 

「……はぁ。まさか、俺の魔王としての最後の宴が、あんなデタラメな夜になるとはな」

 

獅子王(ビーストマスター)カリオンは、大きな椅子に深く腰を沈め、大きなため息と共に天井を仰いだ。

魔王の座を退いたとはいえ、その屈強な肉体から放たれる覇気は健在だ。

だが、その顔には隠しきれない疲労と、ある種の清々しさが入り混じっている。

 

「本当にお疲れ様でした、カリオン様。……ですが、無事にご帰還されて、我ら三獣士一同、安堵しております」

 

筆頭である黄蛇角のアルビスが、主の無事を心から喜ぶように恭しく酒杯を差し出す。

 

その後ろでは、白虎爪のスフィアと黒豹牙のフォビオも、誇り高き主の顔を見てホッと肩の荷を下ろしていた。

 

カリオンはアルビスから杯を受け取ると、苦笑しながらそれを一気に呷った。

 

「ああ、心配かけたな。……だが、俺が魔王の座を降りてミリムの配下になるって決断は、間違ってなかったと痛感してるぜ。上には上がいるってのは分かってたつもりだが、あの未来から来たリムルの底知れなさは、冗談じゃ済まされねえ」

 

「ええ、同感ね」

 

カリオンの言葉に同意したのは、優雅に足を組んで果実酒を傾けていた天空女王(スカイクイーン)のフレイだった。

 

彼女もまた、今回のワルプルギスで自ら魔王の座を退き、ミリムの軍門に降ることを選んだ元魔王だ。

 

「ギィの絶対の結界すら意にも介さず貫通してくる異常な空間支配。そして、あの暴風竜を完全に手懐けているという事実。……あれほどの力を前にして、無闇に魔王の肩書きにしがみつくのは賢い選択とは言えないわ。クレイマンの件を見れば、それは明らかでしょう?」

 

フレイが冷徹に分析すると、部屋の隅で腕を組んで目を閉じていた屈強な男――竜を祀る民を束ねる神官長ミッドレイが、重々しく口を開いた。

 

「ワシらも表向きはクレイマンの軍勢へ協力しているふりをして戦場へ出向いたものの……結果として、リムル殿の配下たちの動きは我々の予想を遥かに超えておったな。あの国は、主だけでなく配下の一人一人に至るまで、異常なまでの成長速度と力を持っておる」

 

ミッドレイはカッと目を見開き、三獣士の面々を真っ直ぐに見据えた。

 

「カリオン殿、フレイ殿がミリム様の陣営に加わった今、我ら竜を祀る民と貴殿らは『同じミリム様を戴く同胞』ということになる。これからは共に手を取り、領地の運営と、新たなる『八星魔王(オクタグラム)』の一角としての軍備を整えねばならんな」

 

「おう、もちろんだ。……リムル達のおかげで王都にも被害はなかったしな。これなら、すぐにでもミリムの領地と連携して、強固な体制を築けるはずだ」

 

カリオンが力強く頷き、アルビスたち三獣士も「我らも全力で新体制を支えます!」と一斉に臣従の意を示した。

かつての魔王たちが結束し、巨大な一つの勢力として生まれ変わる。

その歴史的な会談が真面目な空気で進行する中――。

 

「わはははは! なんだかよくわからんが、みんな一緒になるなら楽しいのだ! これからよろしく頼むぞ、カリオン、フレイ!」

 

部屋の中央で、山盛りの果物を両手いっぱいに抱えながら、破壊の暴君(デストロイ)たるミリム・ナーヴァが無邪気な笑い声を上げた。

 

「ミリム……あなたね、少しは自分の陣営がどれだけ巨大になったか自覚しなさいな。私とカリオンの領地を合わせれば、管理する民の数も領土も膨大なものになるのよ?」

 

「む? そんな難しいことはフレイとカリオンに任せるのだ! ワタシはリムルと遊ぶ約束をしたから、早くテンペストに遊びに行きたいのだ!」

 

口の周りを果汁で汚しながら、ミリムは未来のリムルと交わした約束を思い出して目を輝かせている。

そのあまりにマイペースで緊迫感のない主の姿に、フレイは小さくため息を吐き、カリオンとミッドレイは顔を見合わせて苦笑した。

 

「ま、そういうことだ。お前ら、ウチの新しいボスは見ての通りだ。細かい内政は俺たちでしっかり回していくぞ」

 

「ははっ! 承知いたしました、カリオン様!」

 

ユーラザニアの王城に、かつてないほど和やかで、しかし確かな結束に満ちた笑い声が響く。

 

その和やかな空気を静かに引き締めるように、アルビスがスッと一歩前へ出て口を開いた。

 

「――皆様、少々よろしいでしょうか。一つ、ご報告しておきたい事がございます」

 

どこか張り詰めた、真剣な声色。

それに反応し、果物を頬張っていたミリムがピタリと動きを止め、カリオンとフレイもスッと為政者の表情へと戻った。

 

「どうした、アルビス。改まって」

 

カリオンが不思議そうに眉を寄せると、後ろに控えていたスフィアとフォビオ、そしてミッドレイも、何事かとアルビスへ鋭い視線を向ける。

 

アルビスは、居住まいを正し、静かに、しかし確かな熱量を帯びた声で語り始めた。

 

「カリオン様がミリム様と戦われた際、私は避難民を引き連れ、テンペストにて『未来のリムル様』とお会いする機会がございました。その折、あのお方は、かつて辿ったという『未来の光景』を、我々に直接見せてくださったのです」

 

「未来の光景だと……?」

 

カリオンが眉を動かす。

アルビスは深く頷き、その鮮烈な映像を思い起こすように目を細めた。

 

「はい。あのお方の歴史では、残念ながらユーラザニアの王都は一度、完全に破壊されてしまったとのことでした。……ですが、あのお方はこう仰ったのです。『今の歴史は俺が変えた。だから、これからお前たちが見る光景は、さらに素晴らしいものになるはずだ』と」

 

アルビスは一呼吸置き、核心に触れる。

 

「その映像の中のユーラザニアは、テンペストの全面的な支援によって、以前にも増して見事な再建を遂げておりました。ミリム様が統治される広大な領土の、まさに中心たる帝都。そしてその中央には、天空を貫かんばかりの超高層の『魔王城』がそびえ立っていたのです」

 

「……天空に届くほどの、城ですって?」

 

フレイが驚きに目を見開く。

空を統べる彼女にとって、それほどの建造物は想像を絶するものだった。

 

「左様です。そして、その玉座の間には、ミリム様と共に……今とは比較にならぬほどの強大な覇気を纏い、真なる魔王として『覚醒進化』を遂げたカリオン様とフレイ様の姿がございました」

 

「なっ、俺たちが……『覚醒』……!?」

 

「私も、進化していたというの……?」

 

カリオンとフレイが同時に絶句する。

魔王としての格が一段階上がった己の姿。

それは、武に生きる彼らにとって何よりも衝撃的な報告だった。

 

「傍らにはミッドレイ殿も控えておられました。そしてもう一人……」

 

アルビスの声が、少しだけ緊張を帯びた。

 

「そこには、我ら三獣士をも遥かに凌ぐ、相当な力を持つと思われる『見知らぬ女性幹部』の姿もございました。ミリム様方が揃い踏みする光景は、まさに世界の覇者と呼ぶに相応しい、圧倒的な威厳に満ちていたのです」

 

その映像に関しては三獣士にとって極めて重大な事柄も含まれていたのだが、それについてはスフィアとフォビオと事前に示し合わせ、この場での報告は見送ることに決めていた。

そんな内心はおくびにも出さず、アルビスは静かに言葉を結んだ。

 

アルビスの報告が終わり、部屋に重厚な沈黙が流れた。

未来のリムルが見せた『本来の結末』と、それを踏まえた上で、今この瞬間から始まる『さらに輝かしい未来』。

 

その可能性を聞かされた一同の胸には、かつてない高揚感と、新たなる主君への深い畏怖が静かに、しかし熱く湧き上がっていた。

 

アルビスの口から語られた、あまりにもスケールの大きな『未来の自国』の姿。

そして、自分たちが至るという『真なる魔王への覚醒進化』という信じがたい事実。

 

数秒の深い沈黙の後――最初に静寂を破ったのは、カリオンだった。

 

「……マジかよ。俺たちが、覚醒……」

 

カリオンは己の大きな両手を見つめ、やがて、腹の底から湧き上がるような低い笑い声を漏らした。

 

「クックック……はははははっ! なるほどな! 俺たちは壁を感じて魔王の座を降りたつもりだったが……ミリムの傘下に入って泥水すする覚悟を決めりゃ、まだその先の領域へ行けるってわけか!」

 

獣の王の瞳に、かつてないほどのギラギラとした闘志と野心が再び燃え上がる。

己の武の限界がまだ先にあると知らされ、奮い立たないはずがなかった。

 

「ええ、本当に驚きね」

 

フレイもまた、優雅な笑みを浮かべながらも、その鋭い瞳には隠しきれない歓喜の色を宿していた。

 

「天空に届くほどの魔王城……。未来のリムル様は、私の好みを実によく分かっていらっしゃるようね。それに、己がさらに上の領域へ至るなんて……魔王の座を降りたのは、私たちにとって『終わり』ではなく、本当の『始まり』だったということかしら」

 

「当然だ!!」

 

二人の元魔王の歓喜に、竜を祀る民の神官長ミッドレイが力強く腕を組んで割り込んだ。

 

「偉大なるミリム様にお仕えするのだ! 従属する我々がさらなる高みへ至り、ミリム様の威光を世界に知らしめるのは必然の理! 未来のワシがその場に立っているのも、日々の鍛錬とミリム様への信仰の賜物というわけだな!」

 

ミッドレイが熱弁を振るう中、最も目を輝かせていたのは、他でもない彼らの主であるミリムだった。

 

「おおおおおおっ!!!」

 

ミリムは持っていた果物をテーブルに放り出し、バンッ! と勢いよく立ち上がった。

 

「なんだかよくわからんが、すっごくかっこいいお城が建って、カリオンもフレイもめちゃくちゃ強くなるのだな!? それに新しい仲間も増えるのか!? わはははは! 未来のワタシの陣営、最高に面白そうではないか!!」

 

両手を天に掲げて無邪気に飛び跳ねるミリム。

圧倒的な暴力の化身でありながら、まるで新しいおもちゃを買ってもらえると知った子供のようなはしゃぎっぷりだ。

 

その主の姿に苦笑しつつ、カリオンはふと気になったようにアルビスへ視線を向けた。

 

「で、アルビス。お前が見たっていうその『見知らぬ女性幹部』ってのは、どんな奴だったんだ? 心当たりはないのか?」

 

カリオンの問いに、アルビスは少しだけ申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「私にも全く見覚えのない御方でした。ですが……その身に纏う妖気と魔力は、底知れぬほど深く、美しく……間違いなく、我ら三獣士を遥かに凌ぐ次元の実力者であることは間違いありません。いずれ、何らかの縁でこの陣営に加わることになるのかと」

 

「……なるほどな。未来の俺たちが覚醒し、ミッドレイがいて、さらにそんな得体の知れない強者まで加わるってか」

 

カリオンはニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、拳をバキバキと鳴らした。

 

「未来のリムルの国も大概だが、ウチの陣営も相当にヤバい武闘派集団になりそうだな」

 

「ええ。そうと決まれば、こんなところで呑気にしている暇はないわね」

 

フレイがスッと立ち上がり、ふと、計算高い為政者の笑みを浮かべた。

 

「アルビスが見た未来のビジョン……その見事な天空の魔王城は、テンペストの全面的な支援があってこそ建てられたものよ。私たちだけで闇雲に作るより、確かな技術を持つ者たちに頼るべきだわ」

 

「お? ってことは、最初からテンペストに協力を仰ぐってことか?」

 

「ええ。幸い、ユーラザニアの王都は無傷で残っているのだから、未来の歴史よりも早く、そしてさらに素晴らしい城を建てる地盤はあるわ。リムル様の国へ、正式に魔王城建設の技術支援と協力を要請しましょう。……なにせ、私たちの主はあの方の『マブダチ』ですし、交渉の切り札には困らないもの」

 

フレイが流し目でミリムを見ると、カリオンも「違いない」と声を上げて笑った。

 

「確かに、あいつらの国の建築技術は化け物じみてるからな。ドワーフの王とも懇意にしてるらしいし、『専門家』に任せるのが一番手っ取り早くて確実だな」

 

「むぅ……他国の力を借りるというのは少々業腹だが……ミリム様に相応しい至高の魔王城を築くためならば、それも致し方あるまい」

 

ミッドレイも腕を組んで渋々ながら、しかしミリムのためとあっては反対する理由はなかった。

 

「おおおおっ!! そうだな! リムルの国のゲルドやドワーフたちなら、素晴らしい城をあっという間に作ってくれるはずなのだ!」

 

話がまとまったのを見て、ミリムが両手を天に掲げて無邪気に飛び跳ねた。

 

「よーし! そうと決まれば、さっそくテンペストに遊びに行って、リムルに直々にお願いしてくるのだ! ついでに美味しいご飯も食べさせてもらうぞ!」

 

「あ、こらミリム! まだ国としての正式な要請の書状が……ってもう聞いてないわね。はぁ……」

 

呆れ果てるフレイをよそに、「わはははは!」と笑いながら飛び出していく破壊の暴君。

その後ろ姿を見送りながら、カリオンやアルビスたちも、これから始まる途方もない大事業と、テンペストとの新たな協力関係への期待に満ちた、明るい笑い声を響かせた。

 

未来のリムルがもたらした、一つの『可能性のビジョン』。

それは、魔王の座を降りたカリオンとフレイの心を完全に救い上げ、新たなる八星魔王・ミリム陣営を、かつてないほどの強固な結束と希望で結びつけることになったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。