【転スラ】 〜双星の智慧と新たなる理想郷~   作:Hyades

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第七章 奇跡の反魂と紡がれる絆

「少しの間だけ、この天幕を消させてもらうぞ」

 

俺の魔力が周囲の空間に干渉し、俺たちを覆っていた巨大な仮設テントの天幕が、まるで初めから存在しなかったかのようにスッと透過し、完全に消失した。

遮るものがなくなったことで、円卓を囲む俺たちの視界が突然パッと開ける。

そこに広がっていたのは、昨日までの激戦の舞台――見渡す限りの湿地帯の泥濘と、気を失ったまま横たわり、あるいは力なく座り込んで天を仰いでいる三十万ものオークたちの姿だった。

 

視界が完全に開けたことで、円卓を囲んでいた全員が息を呑んだ。

そこには、泥濘に伏して眠りこける三十万のオークたちの姿と、凄惨な戦いの爪痕が広がっていたからだ。

 

だが、俺はその惨状には目もくれず、戦場の一角――あらかじめ意図的に空けておいた、広大なひらけた空間へと視線を向けた。

 

(シエル、頼むぞ)

 

俺が心の中で呼びかけると同時に、頼もしい相棒の声が脳内に響き渡る。

 

《お任せください。確保しておいた対象の魂および肉体の情報、すべて欠損なく揃っております。

――これより、事象の再構築および大規模反魂蘇生魔法、起動します》

 

その声と同時だった。

俺が視線を向けていた何もない空間に、突如として眩い金銀の光が弾けた。

それは複雑怪奇な幾何学模様を描く巨大な魔法陣となり、湿地帯の一角を天を衝くような光の柱で包み込んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

「この途方もなく神々しい魔力は……!」

 

リザードマンの首領や過去の俺が驚愕の声を上げ、席を立ち上がる。

 

「信じられません……。これはまさか、死者を呼び戻す反魂の秘術……!?」

 

常に穏やかな微笑みを絶やさない森の管理者たるトレイニーでさえ、その美しい顔に驚愕を張り付かせて立ち尽くしていた。

ベニマルやハクロウたちも、神の御業としか思えない圧倒的な魔力の奔流を前に言葉を失い、オークの将軍たちに至っては畏敬のあまりガタガタと震えてその場に平伏している。

 

だが、真の驚きはそこからだった。

 

光の柱の中で無数の光の粒子が舞い踊り、それが徐々に物理的な『形』を成していく。

最初に光の中から崩れ落ちるように姿を現したのは、無数のオークたちだった。

だが、彼らはここにいる三十万のオークたちとは違う。

極限の飢えの末に狂乱し、同胞たちの胃袋に収まり『共食いの犠牲』となって命を落としたはずの者や、俺の攻撃によって犠牲になった者、戦いの中で運悪く命を落とした者たちだ。

欠損していたはずの肉体は寸分の狂いもなく完全に復元されており、彼らは自分たちがなぜ生きているのかわからず、呆然と自らの無傷な両手を見つめていた。

 

光の奔流は止まらない。

続いて顕現したのは、オークの大軍の進軍ルート上で為す術もなく蹂躙され、理不尽に命を奪われたゴブリンたちや、ジュラの森に住まう名もなき魔物たちだった。

誰もが死の直前の恐怖すら忘れ去ったような、安らかな表情で泥濘の上に立ち尽くしている。

 

そして――最後に光の粒子が集束し、顕現した一団の姿に。

 

「あ、あ……」

 

俺の背後で、泥濘の上に硬い金属音が鳴り響いた。

ベニマルの手から太刀が力なく滑り落ちた音だった。

生き残った者たちの長として、復讐という重い鎖を背負い張り詰めていた彼の赤い瞳が、限界まで見開かれたまま小刻みに震えている。

 

「嘘だろ……。そんな、こんな奇跡が……」

 

うわ言のように呟きながら、フラフラと引き寄せられるように一歩前へ踏み出すベニマル。

 

その横では、シオンが両手で口を覆い隠したまま、泥濘に膝から崩れ落ちていた。

常に強気で勇ましい彼女が、今はまるで迷子から親を見つけた子供のように、ボロボロと大粒の涙をこぼして声にならない嗚咽を漏らしている。

 

いつも冷静沈着で、何事にも動じないハクロウでさえ、見開かれた目から止めどなく涙を溢れさせていた。

 

「おお……おおおお……。若……皆が生きて……」

 

彼は己の剣の柄を強く握り締め、かつて命を落としていった教え子たちの姿を前に、ただ深く深く、祈るように頭を垂れることしかできなかった。

 

さらには、常に影に潜み、どんな時でも感情を殺し尽くしているはずのソウエイまでもが、いつの間にか音もなく姿を現していた。

彼は微かに震える唇をきつく噛み締め、その切れ長な瞳を潤ませながら、ただ真っ直ぐに前を見つめている。

 

彼らの視線の先――赤や青、紫の髪を持つ、圧倒的な妖気を纏う屈強な戦士たち。

それは、豚頭魔王の侵攻の最初の犠牲となり、地図から消え去ったはずの『大鬼族(オーガ)の里』の同胞たち三百名の姿だった。

 

さらに、その集団の先頭で、周囲の状況を鋭く見回している男女のオーガ。

 

一人は、ベニマルと同じ燃えるような赤い髪と、威厳に満ちた立派な髭を蓄えた屈強な戦士。

そしてその傍らで、戸惑うように寄り添うのは、シュナに生き写しの淡い桜色の髪を持つ、気高くも優しげな女性。

 

豚頭帝の前に散ったはずの、大鬼族の族長と、その妻――ベニマルとシュナの、父親と母親の姿がそこにはあった。

 

 

 

「あなた……私たち、たしかあの時に……」

 

桜色の髪の女性が、震える声で夫の腕にすがりつく。

族長もまた、自らの両手を見つめ、信じられないというように呟いた。

 

「俺は一体……。たしか、里を無数のオーク共に襲撃され、俺は皆を逃がすために最後まで残って……」

 

その深く響く声は、紛れもなくベニマルの父親のものだった。

 

「父上! 母上ッ!!」

 

たまらず、ベニマルが泥濘を蹴って駆け出した。

 

復讐という重荷を下ろし、大鬼族の若き族長として気丈に振る舞っていた彼が、今はただの息子のように顔をくしゃくしゃにして両親へとしがみつく。

 

突然、凄まじい妖気を纏った見知らぬ魔人に抱き着かれ、大鬼族の族長と妻は一瞬身構えた。

大鬼族(オーガ)特有の筋骨隆々とした巨躯ではなく、洗練された人間のように引き締まった体躯。

おまけに、身に纏う妖気は自分たちオーガとは比べ物にならないほど高密度だ。

 

だが、その燃えるような紅い髪と、自分によく似た力強い瞳の輝きに、族長はハッと息を呑んだ。

 

「その姿……いや、その気配は……。まさか、我が息子……なのか?」

 

「はい! 俺です、父上……ッ!」

 

ベニマルが涙ながらに力強く頷くと、族長は震える大きな手で我が子の顔を包み込み、母親もまた愛息の背中をきつく、きつく抱きしめ返した。

 

「おお……我が息子よ、生きておったか……! だが、なんという事だ。あの未熟だったお前が、これほどまでに澄み切った、強大な妖気を纏うようになるとは。一体、何があったのだ?」

 

不思議そうに、だが誇らしげに問う父親。

しかしその横で、母親が周囲を慌てて見回し、すがるような目でベニマルを見つめた。

 

「あなたの妹は…あの子は無事なのですか……!?」

 

愛娘の姿がこの場に見当たらないことに気づき、顔色を変える母親。

ベニマルは涙を拭い、両親を心の底から安心させるように力強く頷いてみせた。

 

「ご安心ください、母上。妹…シュナも無事に生きています。俺たちが暮らす新しい村で、大事な留守を預かってくれているのです」

 

「おお……我が娘も無事か! ああ……よかった、本当によかった……っ!」

 

愛娘の生存を知り、母親は安堵のあまり再び泣き崩れ、族長も天を仰いで深く、震える息を吐き出した。

 

「しかし、我らが再びこうして大地に立っているこの奇跡といい、お前たちのその姿といい……一体誰が、これほどの真似を……」

 

不思議そうに問う父親へ、ベニマルは背後で静かに見守っている過去の俺と、未来の俺の方を振り仰いで言った。

 

「俺たちは生き延び……そして、あちらにおられる偉大なお方、リムル様に救われました。そして、生き延びた皆がリムル様から名を与えられ、大鬼族から『鬼人(キジン)』へと進化したのです」

 

「な、名を……!? これほどの力を与える名付けを、一族の生き残り全員に行ったというのか!?」

 

ベニマルの言葉に、族長、そして周囲で呆然としていたオーガの戦士たちが一斉に驚愕の息を漏らした。

 

遠目に見やれば、少し離れた場所ではハクロウがかつての教え子たちに囲まれて男泣きに咽び、シオンが同郷の友人たちと抱き合って子供のように声を上げて大泣きしている。

ソウエイもまた、かつての隠密部隊の仲間たちと、わずかな視線と頷きだけで深い喜びを静かに分かち合っていた。

 

その感動的な再会をいつまでも見守っていたい気持ちは山々だったが、俺たちにはこれからやるべき大仕事が残っている。

俺はベニマルとその父親――大鬼族の族長が言葉を交わしているところへ、ゆっくりと歩み寄った。

 

「再会の邪魔をして悪いな、族長」

 

「む……。貴方様が、ベニマルの言っていた未来の……」

 

族長は、ベニマルからある程度の事情を聞いた直後だったのだろう。

俺の姿を認めるなり、その巨体を折って深く深く泥濘に平伏しようとした。

隣にいた妻も、夫に倣うように慌ててその場に跪く。

 

「我ら一族の命の恩人にして、死の淵から魂を呼び戻してくださった神の如き御方……! この御恩、大鬼族一同、未来永劫忘れることは――」

 

「ストップ、ストップ。そういう堅苦しい挨拶は抜きで頼む。蘇生については完全に俺の自己満足でやったことだから、恩に着る必要はないさ」

 

俺は慌てて族長の肩を掴み、その巨体を引き起こした。

 

「状況が飲み込めなくて混乱してると思うが、手短に説明するぞ。……ついさっき、お前たちの里を襲った豚頭魔王(オーク・ディザスター)との戦いが終わったところだ」

 

「なんと……あの、おぞましい化け物と圧倒的な数の軍勢を、すでに退けたと……」

 

「ああ。そして今、あの天幕が消えている場所で、このジュラの森の今後を決める『戦後処理の会議』を開いている最中なんだ」

 

俺が視線で円卓の方向を示すと、族長はそこに向かい合って座るリザードマンの首領や、ひどく怯えきったオークの将軍たちの姿を認め、その鋭い眼光を驚きに見開いた。

 

「これから、あそこにいるオークたち三十万の処遇を含めて、森の全種族がどうやって生きていくかを決めなきゃならない。そこでだ……族長。あんたには、大鬼族の代表として、あの円卓の席に座ってもらいたい」

 

俺の唐突な提案に、族長だけでなく、隣にいたベニマルも少し驚いたように表情を動かした。

 

「ベニマル。お前たち四人は、とりあえず俺たちの側として会議には出てもらいたい。今後どうするかは落ち着いてから相談しよう。だが、蘇生した大鬼族の今後のためにも、族長には代表として会議に出席してもらいたいんだ」

 

俺が真っ直ぐに意図を伝えると、ベニマルはハッとして、深く納得したように頷いた。

族長は、大きく成長した我が子と俺の顔を交互に見比べた後、その威厳ある顔を力強く引き締め、静かに、だが確かな覚悟を持って深く一礼した。

 

 

 

 

奇跡のような再会に沸き立つ湿地帯。

長きにわたる絶望が嘘のように、あちこちで涙と歓声が交差する。

その感情の爆発が落ち着くまでには、当然それなりの時間が必要だった。

俺と過去の俺は急かすような無粋な真似はせず、彼らの気が済むまで静かにその光景を見守り続けた。

 

やがて、皆が涙を拭い、それぞれの心に事実を飲み込んで現実へと意識を戻し始めた頃合いを見計らい、俺は再び空間に干渉して円卓の周囲に仮設の天幕を復元した。

 

ピリッとした空気が、再び天幕の中に満ちる。

円卓の席には、先ほどまでのメンバーに加えて新たな顔ぶれが加わっていた。

 

上座に並んで座る俺と『過去の俺』。

進行をサポートする森の管理者、トレイニー。

リザードマンの代表である首領。

そして、大鬼族(オーガ)の代表として並んで座る、鬼人へと進化した若き族長のベニマルと、蘇生を果たしたばかりの大鬼族の族長。

末席には、自分たちが犯した罪の重さと、神にも等しい奇跡を目の当たりにして、先ほどよりもさらに小さく縮こまっているオークの将軍(オークジェネラル)たち。

 

「さて……。色々と想定外の事態というか、未来の俺によるトンデモない奇跡も挟まったが……これでようやく、本当の意味で当事者全員が揃ったな」

 

円卓を囲む参加者全員の顔ぶれを確認し、議長である過去の俺がコホンと小さく咳払いをして沈黙を破った。

全員の視線が、上座の銀髪の少年へと集中する。

 

「話し合いを再開しよう。まずは、今回の会議の最大の議題である……この森に残された、三十万を超えるオークたちの処遇についてだ」

 

その言葉に、末席のオークジェネラルたちがビクッと肩を跳ねさせた。

彼らの顔には明らかな死の恐怖と、何より自分たちのしでかした取り返しのつかない罪への絶望が張り付いている。

自分たちは許されるはずがない。

ここで一族もろとも処刑を宣告されても、文句は言えない。

そんな悲痛な覚悟が痛いほど伝わってくる。

 

「……初めに言っておく。俺はお前たちの罪を問うつもりはないし、処罰するつもりもない」

 

その言葉に、天幕の中が水を打ったように静まり返った。

リザードマンの首領が驚きに目を丸くし、トレイニーが興味深そうに目を細める中、最初に激しい反応を示したのは、当のオークジェネラルの一人だった。

かつて王の右腕として部隊を率い、後に亡き王の名である『ゲルド』を受け継ぐことになる屈強な戦士だ。

 

「お、お待ちください! それはあまりにも道理が通りません!」

 

彼は泥濘に額を擦り付けんばかりの勢いで身を乗り出し、血を吐くような悲痛な声で叫んだ。

 

「我らはジュラの森を荒らし、あまつさえ大鬼族の皆様の里を焼き払い、同胞すらも喰らいました! いかに呪いがあったとはいえ、決して許されるべき罪ではありません! どうか、我らに相応の裁きを! 我らの首を差し出しますゆえ、どうか残された民たちだけは……ッ!」

 

死して罪を償うことこそが、唯一の贖罪。

そう信じて疑わない彼らの叫びを静かに受け止め、過去の俺はゆっくりと首を横に振った。

 

「いや、お前たちは裁かない。裁けないんだよ。……だって、お前たちの王が、お前たちの罪を全部引き受けて逝ったんだからな」

 

「我らの……王が……?」

 

「ああ。俺はあいつを喰う時、最後に約束したんだ。『お前たちの罪は、俺が喰ってやる』ってな」

 

過去の俺は、かつて胃袋の中で対話したオーク・ディザスターの、不器用で優しかった本来の姿を思い出すように目を細めた。

 

「だから、お前たちの罪は、もう俺が全部喰っちまった。……俺が罪を問わないと言っている以上、お前たちがこれ以上死んで詫びる必要はないんだよ」

 

その言葉を聞いたオークジェネラルは、まるで雷に打たれたように目を見開き、やがてその大きな目からボロボロと大粒の涙を溢れさせた。

 

「我らの罪を……王とともに……」

 

「だから、お前たちはもう自由だ。勝手に死ぬことは許さない。お前たちの王が命を懸けて守りたかった命なんだから、しっかり生きて、王の願いを叶えてやれ」

 

過去の俺が力強く言い切ると、オークジェネラルたちは泥濘に顔を擦り付けんばかりにして慟哭した。

声を上げて泣きじゃくる彼らの姿に、ベニマルたちも毒気を抜かれたように静かに目を伏せている。

 

その様子を静かに見つめていた大鬼族の族長が、深く息を吐き出して口を開いた。

 

「……我ら大鬼族の命と魂を救い上げてくださった御方が、そう仰るのです。なればこそ、我らがこれ以上、彼らに恨み言をぶつける道理もありませぬ」

 

族長は、かつての憎き仇であるオークたちへ真っ直ぐに視線を向け、威厳ある声で言い放った。

 

「豚頭(オーク)の将よ、顔を上げよ。我らが主の海より深い慈悲に報いるためにも、我らもまた、過去の遺恨はこの泥濘の底へと沈めようぞ」

 

「おお……大鬼族の長殿の仰る通りですな」

 

リザードマンの首領もまた、深く頷きながら言葉を繋いだ。

 

「リムル様は、我らのみならず、敵であった貴殿らの命すらも等しく救い上げられた。これほどの御方の前で、これ以上血を流し合うことなど恐れ多くてできませぬ。我らリザードマンも、オークへの怨恨をここに捨てることを誓いましょう」

 

被害者である両部族の代表から掛けられた、思いがけない赦しの言葉。

それを受けたオークジェネラルたちは、もはや言葉にならない感情に顔を歪め、ただひたすらに泥に額を擦り付けて震えることしかできなかった。

 

 

だが、オーク達の感情の波が少し落ち着いたところで、リザードマンの首領が重々しい口調で、避けては通れない悲痛な現実を口にした。

 

「しかし、リムル様。彼らの罪を許したとはいえ……現実問題として、彼らには帰るべき豊穣の土地もなく、この三十万の飢えた民を満たす食糧もありません。このまま放っておけば、いずれまた飢えに苦しみ、他者の領地を荒らすか、飢え死にするのを待つのみとなってしまいますぞ」

 

「首領殿の言う通りです」

 

ベニマルもまた、冷静な声でそれに同意した。

 

「いかに我らが遺恨を捨てようとも、彼らが飢えを抱えたままであれば、遅かれ早かれ同じ悲劇が繰り返されるでしょう」

 

その容赦のない、しかし反論の余地がない正論を突きつけられ、オークジェネラルたちはハッとして顔を上げた。

彼らの顔には再び、どうしようもない現実に対する絶望が色濃く浮かび上がっていた。

どれだけ罪を許されても、物理的な「飢え」という現実問題が解決しない限り、彼らに生きていく術はないのだ。

 

「その件については、俺から一つ提案があるんだけど……聞いてくれるか?」

 

過去の俺が、重苦しい空気を振り払うように真っ直ぐに首領、そしてオークジェネラルたちを見据えて切り出した。

 

「提案……でございますか?」

 

「ああ。お前たちオークと、リザードマンやオーガ達、それに俺の村のゴブリンや、ジュラの森に住む魔物たち……全員で『多種族同盟』を結ぶんだよ」

 

過去の俺の口から飛び出した壮大な提案に、天幕の中の全員が息を呑んだ。

 

「同盟……我ら、すべての種族で?」

 

「そうだ。ジュラの大森林は途方もなく広く、資源も豊富だ。だが、それぞれの部族が縄張りを主張して争っていては、いつまで経っても豊かにはなれない。だから、全員で協力して森の恵みを分け合うんだ」

 

過去の俺は、身振り手振りを交えながら具体的なプランを語り始めた。

 

「オークの強靭な体力と腕力は、森を開拓し、道を作り、建物を建てるための労働力として大いに役立つはずだ。リザードマンには水産資源の確保と水路の管理を頼みたい。俺たちの村は農業や技術の拠点になる。そして、森の管理者であるトレイニーさんたちには、森で食べられる植物や資源の知識を教えてもらう」

 

「なるほど……。それぞれの種族の長所を活かし、互いの弱点を補い合うというわけですね」

 

トレイニーが感心したように頷く。

 

「そうすれば、三十万のオークを養うだけの食糧も、いずれ確実に生産できるようになる。当面の食糧についても、俺の村の備蓄と、森の恵みを分け合えばなんとかなるはずだ。……どうだ? 悪い話じゃないだろ?」

 

過去の俺の提案は、彼らにとってまさに暗闇に差し込んだ一筋の光だった。

だが、オークジェネラルはまだ信じられないというように震える声で尋ねた。

 

「我らのような罪深き者に……そこまでしてくださるというのですか?」

 

「罪はもう無いって言ったろ。それに、俺はゲルドに『お前たちの飢えは俺が満たしてやる』って約束しちまったからな。男が一度口にした約束を破るわけにはいかないだろ?」

 

過去の俺が照れくさそうに笑うと、隣に座る俺も思わず口を挟んだ。

 

「これから先のことについては未来から来た存在である俺が保証してやるよ。その同盟は大成功して、オークたちはジュラの森になくてはならない最高の働き手になる。お前たちが作った街道や建物のおかげで、俺の国はめちゃくちゃ豊かで楽しくなるんだ。だから、何も心配せずに俺たちの仲間になれ」

 

未来の姿である俺のその言葉は、彼らにとって何よりの「確証」となった。

オークジェネラルは、もはや言葉にならない感情に顔を歪め、そして今度こそ、絶対的な忠誠と感謝を込めて深く平伏した。

 

「おお……おおおお……!! 我らオーク一同、この命に代えましても、リムル様に永遠の忠誠を誓います!! 我らの血肉は、すべてリムル様のために!!」

 

末席にいた他のオーク将軍たちも、一斉に彼に倣って泥濘に額を擦り付ける。

 

「リザードマンも、異存はございません。我らもまた、リムル様を盟主と仰ぎ、共にジュラの森の未来を築いていくことを誓います!」

 

首領が立ち上がり、力強く宣言する。

 

「大鬼族も同じく。我ら一同、リムル様の手足となり、この森を守り抜くことを誓いましょう」 

 

族長とベニマルが並んで深く頭を下げる。

 

「ふふっ。では、ここにジュラの大森林における『多種族同盟』の成立を宣言いたします。そして、この森を統べる新たな盟主として……リムル様を推挙いたしますが、皆様よろしいですね?」

 

トレイニーが微笑みながら問いかけると、天幕の中に割れんばかりの歓声と同意の声が響き渡った。

 

こうして、オークロードによる未曾有の災厄は完全に終結し、ジュラの大森林に新たな秩序と、強固な絆で結ばれた多種族同盟が誕生したのである。

 

「よし、会議は無事にまとまったな。……それじゃあ、この三十万の大移動に向けた具体的な段取りは任せるぞ、『俺』」

 

「えっ、ちょ、お前は手伝ってくれないのかよ!?」

 

上座でホッと一息ついた俺が立ち上がると、過去の俺が慌ててスライムの姿に戻り、抗議の声を上げた。

 

「俺はあくまで未来からの助っ人だ。ここから先は、この時代の『俺』が自分でやり遂げなきゃ意味がないだろ。それに、これだけの大所帯を連れて帰ったら、リグルドやカイジンたちがどんな顔をするか……その楽しみを奪うわけにはいかないからな」

 

「うっ……! 確かにあの人数を押し付けたら、リグルドが過労で倒れそうだけど……!」

 

頭を抱える過去の俺の肩をポンポンと叩き、俺は円卓の皆をゆっくりと見渡した。

そして、わざと少しだけ声を落とし、真剣な表情を作る。

 

「皆、最後に一つだけ重要な事を伝える必要がある」

 

俺の言葉に、少しだけ緩みかけていた天幕の空気が再びピンと張り詰めた。

 

「えっ、な、なんだよ? まだ何かヤバい問題でも残ってるのか?」

 

過去の俺が震え声で尋ねる。

 

「新たなる脅威の兆しでございますか……?」

 

ベニマルや大鬼族の族長がスッと目を細め、いつでも戦えるよう身構えた。

リザードマンの首領も緊張に喉を鳴らす。

末席のオークジェネラルたちに至っては、「やはりただで許されるはずがないのだ」と再び顔面を蒼白にし、息を呑んで硬直してしまった。

 

そんな過剰に緊張してしまった皆の様子に、俺は思わず苦笑してしまった。

 

「いや、そんな物騒な話じゃない。特にオークたち……お前たちにとっては、何よりの朗報だ」

 

「我らに……朗報、でございますか?」

 

リーダー格のオークジェネラルが、戸惑ったように顔を上げる。

 

俺は彼らの目を真っ直ぐに見据え、はっきりと告げた。

 

「豚頭魔王(オーク・ディザスター)となったお前たちの王……ゲルドだが。あいつは死んじゃいないぞ。俺が魂を保護した」

 

「「「――なっ!?」」」

 

天幕の中が、本日最大級のどよめきに包まれた。

オークジェネラルたちは一瞬何を聞かされたのか理解できず、ポカンと口を開けたまま呆然と俺を見つめている。

 

過去の俺も「えっ!? あいつ喰ったの俺だけど!?」と驚いて跳ねているが、まあそこは未来の俺の介入(シエルの超絶技巧)があったからこその奇跡だ。

 

「ゲルドはすべての罪を背負って消滅するつもりだったみたいだが、あいつがあまりにも立派な覚悟を持ってたんでな。惜しくなって、俺の権能で魂ごと丸抱えして保護させてもらった」

 

「お、王が……生きて、おられる……!?」

 

「ああ。あいつの魂は今、ちょっと特殊な隔離空間の中で、俺の『ダチ』のところで元気にやってるよ」

 

真実を告げられたオークジェネラルたちは、わなわなと分厚い唇を震わせ、ついに顔を覆って大声を上げて泣き崩れた。

先ほどの赦しの時の涙とは違う。

かけがえのない主君が、魂だけでも救われていたという事実に、純粋な喜びと安堵が爆発したのだ。

 

「ただし」と、俺は少しだけ釘を刺す。

 

「今はまだ、あいつも新しい役割を与えられたばかりで忙しいし、お前たちをあいつのいる空間に連れて行くことはできない。だから、すぐには会えない」

 

「そ、それで十分でございます……ッ! 王の魂が救われ、どこかで健やかに在られるというだけで……我らはどれほど救われたか……!」

 

オークジェネラルは泥まみれの顔をぐしゃぐしゃにしながら、何度も何度も俺に向かって拝むように頭を下げた。

 

「お前たちがこの同盟でしっかり働き、誰も飢えることのない立派な国を築き上げれば……いずれまた、あいつと再会できる日も来るだろう。だから、その日を胸を張って迎えられるように、精一杯生きろよ」

 

「は、ははぁっ!! 必ずや……必ずや、王に顔向けできる立派な国を、リムル様と共に築き上げてみせます!!」

 

力強く誓うオークたちの姿に、リザードマンたちも、大鬼族の面々も、温かく、そして深い共感の入り混じった眼差しを向けていた。

 

これで本当に、俺がこの時にやるべきことはすべて終わった。

 

 

 

 

翌朝。

 

湿地帯には、ズラリと地平線の彼方まで続く三十万のオークの大行列ができていた。

 

その先頭で、スライム状態の過去の俺が、次々とオークたちに『名付け』を行っている。

 

「よし、お前の部隊は山の名前だ。お前は……」

 

「ははぁっ! ありがたき幸せ!」

 

「はい、次! お前たちの部隊は川の名前な。お前は……」

 

魔物にとって『名付け』とは、名付け親の魔素(エネルギー)を分け与え、対象を強制的に進化させる秘術だ。

通常であれば、三十万もの魔物に名付けなど行えば、いかに俺でも魔素が底を突き、干からびて死ぬか、良くて数ヶ月の強制スリープモードに突入してしまう。

 

だが、過去の俺は倒れる気配もなく、まるで工場のライン作業のように次々と三十万の大軍に名前を与え続けていた。

 

少し離れた場所からその様子を眺めながら、俺は当時の『大賢者』とのやり取りを懐かしく思い出していた。

 

(あの時、俺も「二十万に名付けとか絶対に死ぬ!」ってビビってたっけな。

でも、大賢者の説明を聞いて納得したんだよな)

 

世界の法則に基づいた当時の『大賢者』の演算によれば、今のオークたちは豚頭魔王(オーク・ディザスター)の影響下にあったことで、体内の魔素量が一時的に「異常増大」している状態なのだ。

 

この増幅した魔素は、放っておけば時間とともに大気中へ霧散して消えてしまう。

だが、その魔素が消えてしまう前に『名付け』を行えば、オークたちの体内にある「増大した魔素」そのものを進化のエネルギーとして消費し、肉体に定着させることができる。

 

つまり、進化に必要な莫大なカロリーを彼ら自身の余剰エネルギーで賄えるため、名付け親である俺の魔素はほとんど消費されない。

だからこそ、三十万という数の名付けを「安全に」行うことができるというわけだ。

 

「おおお……力が、力が湧いてくるぞ!」

 

「飢えが……嘘のように消えていく……! これが、猪人族(ハイ・オーク)の力……!」

 

名を与えられたオークたちは、次々とその巨体を柔らかな進化の光に包み、より引き締まった理知的な姿へと変貌を遂げていく。

進化に伴い魔素が固定化されたことで、彼らを狂わせていた極端な飢餓感も完全に消え去ったようだ。

 

「しかし、三十万人の名前を考えるのも大変だな……。ゲルドに将軍たち、あとは山とか川とか海の名前を適当に割り振って、大賢者にオートマティックに処理させてるんだったか」

 

俺が呟くと、脳内でシエルが《はい。当時の私は、部隊ごとに共通の規則性を持たせた記号的な名付けを併用することで、マスターの思考リソースの消費を最小限に抑えつつ、安全性を極限まで高めていました》と、どこか誇らしげに答えた。

 

狂気と飢えに苦しんでいた豚頭族(オーク)たちが、立派な『猪人族(ハイ・オーク)』へと生まれ変わり、新たな秩序の中に組み込まれていく。

 

(……よしよし。これで食糧問題の応急処置も、彼らの戦力化もバッチリだな)

 

当時の『大賢者』の有能なサポートと、過去の俺の頑張りを見届けながら、俺は満足げに微笑んだ。

 

 

 

 

三十万のオークたちへの『名付け』という大事業を過去の俺(と大賢者)に任せ、俺は少し湿地帯の中を見回ってみることにした。

 

泥濘に足をとられながら歩いていくと、昨日までの血生臭い地獄絵図が嘘のように、あちこちで活気に満ちた光景が広がっていた。

皆、新たに結ばれた『多種族同盟』の最初の試練――三十万の胃袋を満たすという途方もないミッションに向けて、すでに全力で動き出しているのだ。

 

「そっちの荷車はこっちへ回せ! 女子供のオークから先に食糧を配給するんだ!」

 

「ははっ、若様!」

 

よく響く声で指示を飛ばしているのはベニマルだ。

彼の周囲には、蘇生したばかりの三百名の大鬼族(オーガ)たちが集まり、テキパキと物資の運搬や炊き出しの準備を進めていた。

つい昨日まで殺し合いをしていた相手のために働くなど、普通なら反発が出てもおかしくない。

だが、彼らの顔に不満の色は一切なかった。

 

「おお、未来のリムル様。見回りですか」

 

指示を出していたベニマルの横から、巨体を揺らして族長が歩み寄ってきた。

その後ろからは、仕留めた獲物の解体を凄まじい手際でこなしていたハクロウと、大きな鍋を力任せに運んできたシオンもぺこりと頭を下げてくる。

 

「皆、休まなくて大丈夫なのか? 蘇生したばかりだし、無理は……」

 

「お気遣い痛み入ります。ですが、一度死の淵を見た我らにとって、こうしてまた同胞たちと汗を流せること自体が至上の喜びにございます」

 

族長は豪快に笑い、それから少しだけ目を細めて遠くの大行列を見やった。

 

「それに……かつての敵とはいえ、今は同じ主君に仕える同胞。彼らのあの飢えに苦しむ姿を見せられては、武を重んじる大鬼族として見過ごすわけにはいきませぬ。我らの命を救ってくださったリムル様へのご恩返し、まずはこの炊き出しで示させていただきましょう」

 

「そうか。頼もしいよ、族長。……ベニマルたちも、親父さんたちが戻ってきてくれて本当に良かったな」

 

「……はい。未来のリムル様には、いくら感謝してもしきれません」

 

照れくさそうに笑うベニマルたちと別れ、俺はさらに水辺の方へと足を向けた。

 

そこでは、リザードマンたちが彼ら本来の地の利を完璧に活かし、凄まじい勢いで食糧の調達を行っていた。

得意の泳ぎで湿地帯の深みに潜っては、巨大な魚や水棲の魔物、食べられる水草などを次々と水揚げしていく。

 

「もっとだ! もっと獲るのだ! 我らリザードマンの意地を見せよ!!」

 

「「「オオオオオッ!!」」」

 

泥まみれになりながら、誰よりも先頭に立って網を引き上げているのはガビルだった。

以前のような軽薄で傲慢な態度は鳴りを潜め、今はただ己の過ちを少しでも取り戻そうとするかのように、文字通り粉骨砕身の勢いで働きまくっている。

 

「未来のリムル殿!」

 

俺の姿を見つけると、指示を出していた首領と親衛隊長が慌てて駆け寄ってきた。

 

「見事な連携だな。これなら当面の食糧はなんとかなりそうだ」 「はっ。我らにできることは、この水辺の恵みを少しでも多く集めることくらいですからな。それに、愚息(ガビル)があのように率先して働いておりまして……」

 

首領が泥だらけのガビルを見やりながら、嬉しそうに、そして少しだけ申し訳なさそうに目を細める。

 

「あいつ、すっかり顔つきが変わったな。……良い跡取りになりそうだぞ、首領さん」

 

「もったいないお言葉。リムル殿の海より深い御心に触れ、ようやく己の小ささに気が付いたのでしょう。これからの我らリザードマンは、あの愚息も含め、身命を賭して多種族同盟のために尽くす所存です」

 

大鬼族(オーガ)たちもリザードマンたちも、それぞれが己の役割を理解し、信じられないほどの熱量で未来へと歩み出している。

彼らの間にはまだ言葉を交わすほどの交流はないが、この「共通の困難」を共に乗り越えようとする連帯感が、確実に彼らを一つに結びつけようとしていた。

 

(……この世界のジュラの森は、俺のいた歴史よりもずっと早く、そして強固にまとまりそうだな)

 

青空の下で活気づく彼らの姿を眩しく見つめていた俺だったが、ふと、この時代にまだしばらく滞在するにあたって、一つ『今のうちに手回ししておかなければならない事』を思い出した。

 

俺は周囲の活気に紛れるようにして、食糧運搬の指示を出していた大鬼族の族長と、水辺で網を引き上げ終えたリザードマンの首領の二人へ、周囲に悟られないよう静かに声をかけた。

 

「族長、首領さん。ちょっと今、いいか?」

 

二人は俺のただならぬ(といっても努めて平静を装ったつもりだが)気配を察したのか、すぐに作業を配下たちに任せ、急いで泥を払って俺の元へと歩み寄ってきた。

 

「はい。いかがなさいましたか、未来のリムル様」

 

「何か我らにご用命でございましょうか」

 

「ああ。他の連中には聞かれたくない、少し内密な話があってな。ちょっとこっちへ来てくれ」

 

俺は二人を伴って、炊き出しや荷運びの喧騒から少し離れた、湿地帯の静かな一角へと場所を移した。

そして念のため、周囲に極小の『音波妨害』の結界を張り、誰の耳にも俺たちの声が届かないように空間を完全に遮断する。

 

「結界……ですか。よほど重要なお話なのですね」

 

族長が鋭い眼光を少しだけ細め、背筋を伸ばして身構える。

リザードマンの首領も、ゴクリと緊張に喉を鳴らして姿勢を正した。

 

「そんなにガチガチに緊張しないでくれ。これは過去の俺にも関係ある話だから、『思念伝達』を4人で繋ごう。少し待ってくれ」

 

俺がそう言って意識を集中させると、遠く離れた場所で絶賛ライン作業中の『過去の俺』へと念話が繋がった。

 

『ん? なんだ未来の俺? こっちは今、怒涛の名付けラッシュの真っ最中なんだけど』

 

(悪いな、ちょっと今後のことで重要な話があってさ。そっちの作業の手を止めさせちまうか?)

 

『いや、名付けの演算処理と名前の割り振りは「大賢者」先生がほぼ全自動でやってくれてるから、話を聞くくらいなら大丈夫だ。で、どうした?』

 

過去の俺からの応答を確認し、俺は目の前に立つ族長とリザードマンの首領の意識も、この不可視の通信網へと引き上げた。

 

脳内に直接響く過去と未来、二人のリムルの声。

族長と首領は一瞬だけビクッと肩を揺らして驚いた様子を見せたが、すぐに状況を理解し、真剣な眼差しで力強く頷いた。

 

(……繋がりましたな。我らへの内密なお話、謹んで承りますぞ)

 

(ええ。いかなる重大な内容であろうと、我ら二名、心して聞かせていただきます)

 

脳内会議の場に集った、過去の俺、大鬼族(オーガ)の族長、リザードマンの首領。

三人の意識が完全に俺へ向けられ、息を呑んで次の言葉を待つ姿勢に入ったのを確認してから、俺はゆっくりと本題を切り出した。

 

「実はな……俺の歴史だと、俺はこのジュラの森に、魔物たちが種族を問わず豊かに暮らせる『国』を建国することになるんだ」

 

俺がそう切り出すと、脳内に繋がった過去の俺が『あー、そういえば前にそんなこと言ってたな。

俺が国をねぇ……』と、名付けの作業をこなしながらも納得したような念話を返してきた。

 

「ああ。そこで本題なんだが……その俺の国を運営していくにあたって、あんたたちの部族の中に、将来国の最高幹部や、絶対に欠かせない重要な重職に就くことになる連中がいるんだ」

 

「我らの部族から……未来のリムル様の国の、最高幹部が?」

 

「それは、一体誰なのでしょうか?」

 

族長とリザードマンの首領が、ゴクリと息を呑んで問い返す。

俺は彼らの目をしっかりと見据え、包み隠さずに名前を挙げた。

 

「リザードマンからは、ガビルとあいつを慕う百名ほどの部下たち。それから、親衛隊長と親衛隊の中から彼女を慕ってついてくる者たちだ」

 

「本当ですか!? 愚息については以前、未来のリムル様からお見せいただいた光景からそのような予感を感じ取っておりましたが、まさか親衛隊長までもが!?」

 

まさかの人選に、首領が目を丸くして驚愕の声を漏らす。

 

「そして大鬼族からは、すでに俺が名付けて『鬼人』へと進化した六人……ベニマル、ソウエイ、シオン、ハクロウ、シュナ、クロベエだ。あいつらは、俺の国の軍事や内政を支える、代えの利かない柱になる」

 

「おおお……我が息子たちが、リムル様の国の柱石に……!」

 

族長は驚きとともに、深い感銘を受けたようにワナワナと肩を震わせた。

 

彼らの反応を受け止めつつ、俺は深く頭を下げた。

 

「俺は今回の歴史でも、彼らを俺の国の中核として迎え入れたいと思っている。……これから多種族同盟をまとめ、森の復興や開拓を進めていかなきゃならない一番大変な時期に、各部族の優秀な人材を根こそぎ引き抜くような真似をして、本当に申し訳ない」

 

一国の主、それも種族の長に対して、これから一番働き手が必要なタイミングで最高戦力と次期リーダー候補を寄こせと言っているのだ。

いくら命の恩人とはいえ、あまりにも図々しい要求であることはわかっている。

 

「もちろん、最終的には彼ら本人の意思を確認して決めることだ。俺が無理やり連れて行くようなことは絶対にしない。だけど……もし彼らが俺の元へ来ることを望んだ時は、族長として、快く送り出してはくれないだろうか」

 

俺は真っ直ぐに頭を下げたまま、二人の返答を待った。

不可視の念話のネットワークの中に、重く、そして真剣な沈黙が降りた。

 

 

(……)

 

(…………)

 

不可視の念話のネットワークの中に、重く、そして真剣な沈黙が降りた。

無理もない。

彼らにとって、ベニマルやガビルたちは部族の未来を担う宝だ。

それを「俺の国のために譲ってくれ」と言っているのだから、いくら俺が恩人でも即答できるわけがない。

 

俺が内心で冷や汗を流しながら待っていると、やがて――。

 

(……クックックッ、カッカッカッ!)

 

(ふふっ、はははははっ!)

 

緊張感に満ちた沈黙を破り、族長とリザードマンの首領が、脳内で突然愉快そうに笑い声を上げた。

 

「えっ?」

 

俺が思わず声に出して間抜けな反応をすると、族長は現実の肉体でも深く、そしてどこまでも誇らしげに頭を垂れた。

 

(未来のリムル様。貴方様は、我ら大鬼族を少し買い被りすぎでございますぞ。……恩を売られたから、などという小さな理由で我らが頷くとお思いですか)

 

(え、あ、いや……)

 

(我らは武を尊ぶ大鬼族。命の恩人であるという以上に、貴方様がベニマルたちに名を与え、その魂の格を底上げするほどの『真の強者』であられるからこそ、彼らは心から貴方様に忠誠を誓っているのです。我らの一族の若者が、貴方様のような偉大なる王の右腕となる……。大鬼族にとって、これほどの誉れはありませぬ!)

 

族長の力強い念話に続き、リザードマンの首領もまた、深く頷いてみせた。

 

(我らリザードマンも同じ思いにございます。あの未熟な愚息や親衛隊長が、貴方様のような大いなる御方の国造りに携わり、柱として頼りにされる未来があるのならば……親として、そして族長として、これほど喜ばしいことはありません)

 

二人は顔を見合わせ、そして俺に向けて力強く宣言した。

 

(いずれ建国されるというリムル様の国……我ら両部族の宝である若者たちを、どうか末永くよろしくお願いいたします!)

 

(彼らが自らの意思で貴方様の元へ行くと言うのなら、我らは万雷の拍手をもって、喜んで彼らを送り出しましょう!)

 

彼らの底抜けに真っ直ぐな忠誠と親心に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。

本当に、この森の魔物たちは義理堅くて、気持ちのいい連中ばかりだ。

 

「……ありがとう。二人とも、本当にありがとう」

 

俺は心からの感謝を伝え、それから念話の先――ずっと黙って話を聞いていた『過去の俺』へと意識を向けた。

 

(……と、二人は快く承諾してくれたが。当の『俺』はどうだ?)

 

『え? 俺?』

 

(ああ。将来のお前の国の最高幹部を、未来の俺が勝手にスカウトしちまった形になるけど……お前自身は、あいつらをこれからも自分の元で預かって、一緒に国を作っていく意思はあるか?)

 

俺が真っ直ぐに問うと、過去の俺は『大賢者』による名付けのオートマティック処理の裏側で、少しだけ照れくさそうに、けれど力強い念話を返してきた。

 

『……正直言うとさ。あいつら有能すぎるし、俺の村のような器には収まりきらない連中だから、いつかそれぞれの部族に帰らなきゃいけないのかなって、少し寂しく思ってたところなんだ』 

 

(俺……)

 

『でも、お前がそこまで言うってことは、俺が建国する国にとって……いや、俺自身にとって、あいつらは絶対に欠かせない「最高の仲間」になるってことだろ?』

 

(ああ、間違いない。お前がどんな絶望的なピンチに陥った時でも、絶対に背中を預けられる『最高の家族』になる)

 

俺が太鼓判を押すと、過去の俺はふっと笑うような思念を伝えてきた。

 

『なら、文句なんてあるわけないだろ。……俺からも改めてお願いするよ、族長、首領さん。

いつか必ず、あいつらが存分に力を発揮できる、誰もが笑って暮らせる最高の国を作ってみせる。

だから……あいつらを俺に預けてくれ!』

 

過去の俺の力強い宣言に、族長と首領は改めて深く頭を下げた。

 

こうして、未来の俺の介入によるちょっとした『事前スカウト』は、当事者たちの深い信頼と絆によって、この上なく円満にまとまったのだった。

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