プロローグ
常人の視界ならば足元すら見えないだろう暗闇の中。
少女がひとり、まばゆく光る携帯端末を操作していた。迷宮管理協会の公式サイトにログインすると、探索者専用の動画配信機能を立ち上げる。
「魔術【接続】起動、視界リンク。──配信開始」
何事かを呟くと、目の周りに輪が浮かび、魔術が発動したことを示す。
再び端末の画面を見やれば、簡素なタイトルと段々と増える視聴者の数が。
「五月一日、七時四十五分。第二百八十四回。竜狩りを目的に十七層を探索」
:おつ
:乙
:あやめちゃんおはよ〜
:今日も竜狩りかな?
:やっぱこれがなきゃ一日が始まらん
名を
このJP-120迷宮は、全二十層から成る洞窟型の迷宮だ。出現モンスターはドラゴン系。とはいえ上層は下位種の蛇系しか出ないため、田舎にも関わらず探索者養成学校が遠征に来たりする。
深く潜るほど通路は広く強固になるが、上層は狭いうえ、蛇は天井や壁面に張り付き奇襲する。
視覚認識が困難ゆえ、パーティを組み索敵役を複数採用するのが常道だが、この迷宮に潜りじきに二年となる彼女には慣れたもの。敵の出現地点と奇襲地点は把握している。彼女自身の気配察知能力と併せ、死角はほぼないと言えるだろう。
不要な戦闘を避けつつ、どんどん奥地へ進んで行く。蛇系なら移動速度だけで引き離せるため、上層は容易に抜けられるのだ。
問題は中層以降。リザードマンと飛竜の出現。遠距離攻撃を持つ彼らは撒きにくく、ゆえに時間が掛かる。だが、ある難所を使うならば話は別だ。
一層から十五層を繋ぐ大穴。一気に下層へ降りられるこの道を使えば、面倒な接敵を避けられる。モンスターは出現するが飛竜とそれに騎乗したリザードマン。遠距離攻撃は逸らし彼らを足場にすれば、やれないこともないのだ。
:えッ、ここ降りるの??
:初見か?いつもこんなんだぞ
:I can fly!
:落ちるー!!
:一人称視点だからめっちゃ怖ぇ‥‥
コメント欄の喧騒などなんのその。
行く先に敵影が見えた頃、ただ一言呟いた。
「魔術【力の発露】」
掌に魔力が集まると、弾けたように出力される。
最もお手軽な遠距離攻撃だ。単純な魔力出力ゆえ、その強弱は籠める魔力量に左右される。豆鉄砲にも砲撃にもなり得る可能性を秘めているのだ。
狙うのは飛竜。【力の発露】は直線にしか飛ばないため避けられるが、あやめの直下、足場になるよう動いて貰えればいいのだ。頭を踏まれグェッと呻いた飛竜は放置し、それに騎乗するリザードマンを相手取る。倒す必要はない。ここから落とせば勝手に死ぬのだから。
佩びた鉈を振り抜き一閃。リザードマンが持つ魔術【
リザードマンが落ちると同時、飛竜が宙返りをしながら全方位へ向けた【力の発露】にてあやめを強制的に落とす。飛竜から落ちながらも、より多くの魔力を籠めた【力の発露】で両翼を撃ち抜きつつ、さらに下へと向かう。
:この子一度もまばたきしないんだけど!?
:そりゃ目ぇ閉じたら死ぬもん
:多分【
:一般人気が一番高いあれか
「ん? あれは‥‥」
穴の底、薄らと光る何かが見えた。
青色の炎のように見えるそれは魔術【誘引】によるもの。精神を惹きつけ指示に従わせる魔術だ。従順な相手に対しても、戦意を昂らせたり感情を抑制したりといった使い方がある。しかしこの迷宮に【誘引】を使うモンスターは存在しない。つまるところ、これは。
「異常個体か、半年ぶりだな!」
異常個体とは、モンスター同士の闘争や探索者が殺し損ねたモンスターから発生する、通常種の上位に位置するものだ。通常種を従えたり、特異な魔術を使うことがある。
今回の異常個体はリザードマン。先ほどのものより優れた体躯。指揮する飛竜は百を上回り、掲げた槍の
「魔術【情報観測】起動、目標:異常個体のリザードマン」
これは、その名の通り対象の情報──自己を定義する名前と種族、健康状態、スタミナ、魔力総量の五項──を得る魔術だ。今回得られた情報は以下の通り。
NAME:イグ SPECIES:亜型人類/人型ドラゴン
健康状態:良好
スタミナ:万全
魔力総量:5.072/4.811
:名前持ちのモンスター?
:異常個体は名前持つんだよ
:種族もおかしくね?何だよ亜型人類って
:何にせよ強敵だろうさ
:でもあやめちゃん異常個体十四体倒してるし‥‥
:ちなみに前回の異常個体討伐は五ヶ月前だぞ!
イグが独特な鳴き方をすると、【力の発露】を構える竜の群れ。落下中のあやめに狙いを定め、イグの合図により一斉に放たれた。
足場はない。回避は不可能。ゆえに
斉射とはいえ、互いの攻撃がぶつからないよう僅かな間を開けて放たれている。その感覚は一秒にも満たないものだが、あやめならば秒間三度は鉈を振れるため、全ての攻撃を砕くことは不可能ではない。
しかし魔力出力を砕くというのは非常に困難な行為で、無意識の内に形成している"魔力を束ねる核"を、その魔力と同量以上のパワーで的確に破壊しなければならない。核を破壊できたなら魔力は霧散し、残存魔力が攻性を帯び吹くことだろう。
鉈を振り、襲い来る魔弾をひたすら捌いてゆく。百や二百どころの数ではない。繰り返し放たれるそれを、斬り殴り時に魔術を使い砕き続ける。そして、およそ七百の【力の発露】を捌いた辺りで砲撃が止まる。
「魔術【リザードマンの皮膜】」
魔力の皮膜を形成し、空気を捕まえ減速する。
あやめが降りたのは地面、十五層だ。飛竜たちは飛んだままだが、イグだけは相対するように【竜爪の槍】を構えている。
「正々堂々勝負しましょう、ってか? あんだけ撃ってきたくせによく言うよ」
:一回引いた方がいい気もするけど
:けど逃げ場ないしなぁ
:ま、あやめちゃんならヤれるだろ
:今!!ここで!!やるんだ!!!
はぁ、と息を吐いたあやめは、鉈と手斧を構えながら答えた。
「いいぜ、ぶっ殺してやるよ」
Topic:迷宮、モンスター、迷宮管理協会
これらがどういうものか、何者なのか、考える意味はない。
知らない方が、幸せなこともあるだろう。
どうしても知りたいと言うのなら、迷宮に潜るといい。