翌日のこと。
あやめはいつも通り配信を始めると、装備の最終確認を行いながら挨拶する。
「五月二日、七時四十五分。第二百八十五回。ヌシの竜を従えに二十層へ向かう」
:乙
:おつ
:あやめちゃん隷属魔術使えるんだ
:武器新調したの?
「この剣と鞭は、一番最初に協会から支給されるやつ。ヌシはぶん殴って従える」
探索者登録に際して、協会から武器が支給される。数打ちの品ゆえ、初心者が乱暴に扱い早々に壊れることが多い。しかしあやめは鉈と手斧という愛武器を最初から所持しており、支給品を家の倉庫に仕舞うと、昨日まですっかり忘れていたのだ。
そして、今回の目的。即ち、ヌシたる竜の隷属。
モンスターを従える手段は二つあり、一つは【魅了】【封印】【契約】の支配魔術御三家。もう一つは、力による制圧。前者の場合は確実でなく、魔術を解除される可能性を踏まえ却下。後者もまた確実でないが、一度下せばよほど情けない姿を晒さない限り、反抗する可能性は限りなく低い。ゆえにあやめは殴るのだ。
「昨日のあれは本当に想定外だったからね。荷物持ちとして、雑に強くて私について来れる仲間が欲しいんだ」
:だからってボスドラゴン従えようとする???
:竜を荷物持ちにするとかゼイタクダナー
:おい待て初期武器で突撃は無謀過ぎんだろ
:あやめちゃんならヤれるっしょ(現実逃避)
「それじゃあ、剣の試し斬りしながら行くよ」
一通りの説明を終えると、断りを入れさっさと駆け出すあやめ。
昨日と同じく大穴へ直行する。蛇を察知すると抜剣し、相手から認識される間もなく斬り捨てる。凄まじい切れ味、というよりは技術の問題。魔力外郭が薄い箇所を的確に捉え、攻撃している。
この剣はバスタードソードゆえ、本来の用途は斬撃より刺突や打撃である。しかし、鉈というそこそこの技術が必要な武器を使用していたあやめにとって、力任せに得物を振るうというのは性に合わない。無論、技術ある暴力というものも理解しているが、それはそれだ。
ともかく、凄まじいのはあやめの技術であり武器ではない。先述したように数打ちの品であり、長年使い込まれた市販品の鉈や手斧にすら劣る。つまり、壊れやすいということだ。それを悟ったあやめは、剣と鞭へ対策を施す。
「魔術【ロリー・ポリーの外郭】」
米国産の魔術だ。対象の周囲へ球場に魔力を展開し、物理・魔力を問わずあらゆる接触を拒絶する。これの形状を変化させ、対象に沿うよう調整すれば、武器の形通りの膜を張ることができる。
とはいえ、ここまで手間をかけるくらいなら、【竜爪の槍】のような武器を形成する魔術を使った方がいい。そうしないのは、武器の性能が悪くともある程度は技術で補えることと、魔力の消耗を限りなく抑えるためだ。物体の形成よりは防護膜の生成の方が魔力消費は少なく、維持もまた同様である。
そうして準備を整えたあやめは、今度は鞭を手に、いつも通り大穴へと身を投げた。
すぐさま飛んで来るのは、さながら昨日の再現の如く、飛竜とそれに騎乗したリザードマンだ。投槍器に【竜爪の槍】を番え、飛竜の【力の発露】の弾幕に合わせ投擲する。
「当たるかよ」
小さく呟きながら、鞭をしならせる。
直撃する魔弾を見極め、それらを撃ち落とすように鞭を大きく振るうと、返す縦の一閃で【竜爪の槍】を割断する。あやめは、自分の両脇を通り過ぎる残骸を尻目に【ロリー・ポリーの外郭】を硬質へ調整すると、複雑な形状のまま固まった鞭の鋒をリザードマンの脳天へ突き刺した。
飛竜の背に着地し、その頭部を素早く掴むと、あやめは魔術を発動する。
「魔術【封印】」
飛竜の瞳から光が消え、ガクンとバランスを崩すがすぐに復帰する。そのまま、ゆっくりと高度を落とし始めた。
【封印】は、対象の精神を深く沈め肉体を操作する魔術だ。いわゆる隷属魔術の一つで、モンスターの隷属に用いられる。今回の本命はヌシゆえ、体力温存のためこのような処置を取ったのだ。
「少し休憩かな」
飛竜の背に寝転びながら、あやめは武器の感触を思い返す。
剣はいいものだった。鉈と違い、力任せに振り回すだけで最低限の効果が発揮できる点は特にいい。
対して鞭は、面白く威力もあるが使いにくいものという印象。小さな力で大きな威力を生み出せるのが鞭の利点だが、相応に扱いが難しい。先ほどは魔術により形状を固定することで刺殺したが、下層やヌシの竜に対しては、そもそも鱗や外皮を貫けないだろう。打撃により砕き、そこに斬撃や刺突、魔術を通すのが常道なのだから。
これらのことから、剣をメインに据え、鞭は雑兵の掃討や弾幕の迎撃に用いるのがベストだろう。
五分ほど経ち。
快適な空の旅を終えると、乗って来た飛竜を殺す。十五層へ降りたあやめは、ヌシの寝所たる二十層へ移動を開始する。
ここから先、出現するのは地竜だ。モグラのような外見だが、その生態はまったく異なる。彼らは乾燥に強く、体内に水分を貯蓄する器官がある。この水分を魔術により操り、地中から獲物を捕らえる。
戦闘は避けたいところだが、地竜は視覚や嗅覚がほとんど機能しない代わりに魔力察知能力が高く、魔術を使わずとも発見される。奇襲を避けるために相手の位置を見つけなければならないため、地竜が生息する層に居る間はジワジワと精神を削られる。
そんな五層を一時間ほどで駆け抜けたあやめは、久しぶりにJP-120迷宮の理不尽さを感じていた。
蔓延るのは、モンスターの中でも屈指の強さを誇るドラゴンたち。
中層の遠距離攻撃地帯を抜けたと思えば、より上位の怪物が罠を張り巡らせている。
たとえ奥地へ進んだとて、この迷宮における頂点が待ち構えているのだから。
それは、鱗を有していなかった。
それは、脈動する剥き出しの
それは、一対の脚で立ち、ギョロついた瞳で侵入者を睨み付けた。
総討伐者、僅か二十七名。
内、単独討伐者、七名。
地竜の上位種。
Topic:魔術【情報観測】対象:アームストロング
NAME:no name SPECIES:不定/悪性
健康状態:良好
スタミナ:万全
魔力総量:12.779/12.712