挨拶代わりのつもりか。
アームストロングは、僅か一秒ほどで口腔内に魔力弾を形成すると、大雑把に照準をつけ射出した。その威力を見るため回避を選択したあやめは、しかし着弾の衝撃に吹き飛ばされる。
それは【力の発露】ではなく、アームストロングが有する独自の魔術。
アームストロングが放つ砲撃。ゆえに【大砲】と呼ばれるこれは、長距離射程の狙撃砲だ。弾速、破壊力。そのどちらとも高水準であり、その余波だけで人を殺せる。あやめが冷や汗を垂らしながら振り返れば、大きく抉れた地面が。直撃したら木っ端微塵だろう。だが。
「その魔術‥‥単一式だな?」
単一式とは、その効果が一つの魔術だけによるのものを指す。例えば【力の発露】は、それだけで"魔力を任意の形状で放つ"という効果を発揮している。
複合式、要は二つ以上の魔術を用いるものは、【輝く結晶】に【爆ぜる魔力】を付加した閃光弾もどきなどだ。なお、これはあやめのオリジナルであり、単純に【爆ぜ眩む魔結晶】と命名された。
そして重要なのは、これらの違い。それは、魔術を形作る"核"の個数である。
単一式なら当然一つ。複数式なら、用いた魔術の数だけ核がある。
この核は基本的に安定しており、外部からの干渉がなければ魔術の効果を発揮し続ける。これを砕き魔術を無効化したのが、飛竜の弾幕を切り抜けた時の手段だ。
しかし魔術を砕くと、残存魔力が爆ぜ、砕いた者すらダメージを負う。前回は残存魔力すらかき消す魔力で相殺したためそうした被害はなかったが、【大砲】を相殺できるほどの魔力をあやめは有していない。
動きを止めたあやめに対し、アームストロングは再度【大砲】を放つ。
直撃すれば死。されど回避する予兆はなく。剣を構え、着弾の瞬間、振り抜く。
その核を確かに捉えた一撃は、魔弾を
アームストロングは、残心するあやめに追撃することすらなく、唖然と、もしくは興味深げに観察する。
:は?????
:マジかよ
:アームストロング相手とかイカれてんだろ
:この子十四歳だよね??
:つーか今のって
:今、弾き使った?
──"弾き"の技術は、
核に対し、核を形成する魔力と
言葉にすればそれだけだが、刹那の内に飛来する魔術が単一式か否かを見抜き、核の魔力量を観測し、迎撃する武器や魔術にそれ未満の魔力を籠め、核に命中させる。この四工程を実践で行える者が居なかったため、理論上可能と銘打たれた絶技なのだ。
「なあ、アームストロング。私、お前に会うの二回目なんだぜ?」
:え
:そうなん?
:見たことないけど
あやめは一時期、配信に使う【接続】の魔力消費すら惜しみ、配信をせずに迷宮へ潜っていた。探索を始めて一年も経っていない頃のことだ。あやめにとってリザードマンは勿論、飛竜や地竜すら狩れる相手でしかなく、ゆえに奥地へと赴いたことがあった。
「あの時だけだよ、私の持つ能力すべてを"逃げ"の一手に注ぎ込んだのは」
あの無様な逃走劇を忘れたことは一度たりともない。
背に焼きついた傷跡は恥と憤りの念を呼び起こす。
屈辱の日々を過ごした。ひたすらに鍛え、限界を伸ばし続けた。
そして今、ここに立ち、向かい合っている。
「お前を下して、この迷宮を発つ」
魔術を発動する。
【健体】【健腕】【健脚】【ロリー・ポリーの外郭】。
そして、虎の子を一つ。
「霧崎 あやめ、参る」
魔術により強化された肉体は初速から時速六十キロを越え、瞬く間にアームストロングの眼前へと躍り出た。防護膜を硬質へ寄せた剣は、その重さと速さを併せ、分厚い魔力外郭すら貫通する超火力の武器へと変貌している。狙うのは眼球だ。まずは視覚、次いで手足。最後に首を落とす。
絶死の一撃。竜鱗を持つ種だろうと断ち切れるそれを、しかしアームストロングは対応してみせた。魔力外郭を一点に集中。魔術【断絶】による強力な防護壁を展開。攻撃は僅かに逸れ、目尻に浅く傷を残すに止まった。
「魔術【爆ぜ眩む魔結晶】」
カッと光が弾け、双方の視界を純白が埋め尽くす。覚悟していたあやめは元より、混乱の最中にあるアームストロングもすぐに慣れ反撃に転じるだろう。だが、この僅かな差──もしくは思考の段階の差が、明暗を分けることとなる。
僅か一秒の溜め。魔術【フルスイング】による破壊力と吹き飛ばし効果の付加。魔力浸透率を遥かに上回る出力の付加により剣にヒビが入ることすら気にせず、魔力外郭が薄いところ──
対するアームストロングは、防衛本能が働いたのだろう。迸る魔力と殺気に、全方位へ向けた魔力出力を行う。壁や天井に亀裂が入るほどの出力だ。あやめも外郭を形成しているとはいえ、耐えられるほどのものではない。反射がゆえの全力。堪らず後退するあやめに、その様を隙と見たのか。密かに備えていた【大砲】が放たれた。
【大砲】は一秒前後の溜めが必要な攻撃ゆえに、アームストロングは魔力の出力を事前に済ませておくようにしている。これにより、コンマ四秒ほどで射出が可能となる。
「それが欲しかったんだ」
誘ったのは、あやめの方であった。"弾き"によるカウンター。絶技を成功させるどころか、狙い通りの方向へ、アームストロングの顔面へ向け返す。卓越した魔力察知能力の恩恵だ。
アームストロングは咄嗟に頭を逸らし、魔弾を回避する。だが、致命傷をこそ避けたものの、左腕から側腹部にかけて深く抉れる。絶叫を上げると、【力の発露】を無数に展開し、通常のそれより遥かに破壊力の高い魔弾を乱雑に放つ。
土埃が舞う中、壁の奥に隠れていた魔力結晶の輝きが辺りを照らす。
アームストロングは攻撃を取り止めると、残る魔力を自然回復力の強化へと回しながら、辺りを見回した。魔力察知能力が機能しないためだ。先の弾幕の残滓が蔓延り、あやめの位置確認すらままならない。
──だが、死んだだろう。
魔力消費、疲労、そのどちらもかなりのものだ。そこにこの崩落。まともな人間が生き延びれるはずがない。アームストロングは断定する。警戒を打ち切り、体を休めるため踵を返そうとした、その瞬間。
土埃を切り裂き、鞭を手にしたあやめが突貫する。
抉れた傷跡を目標に、【ロリー・ポリーの外郭】を先端だけ硬質へとシフトした音速の一撃が見舞われる。筋肉へ深く侵入したその一瞬、【爆ぜる魔力】による内部からの攻撃が、心臓へと命中する。
「あ゛ー、クソ。ギリギリだったな」
崩落からの脱出と反撃。アームストロングの油断。最後の一撃の心臓への命中。本当にギリギリの戦いだったと、そう思い返しながら自己の状態を確認する。魔力は半分ほど損耗。全身に擦り傷と打撲。額を深く切ったらしく派手に血が出たが、既に止まっている。
対してアームストロングはどうだ、と倒れ伏した巨躯の上から見下ろしながら、額へ手をつける。左腕と側腹部の抉れた傷は元より、心臓の損傷とそれに伴う出血が酷く、魔力も枯渇寸前であるため再生能力の強化もままならない。
「魔力は分けてやる、死ぬなよ。何のためにここに来たと思ってる」
魔術【奉納】による魔力の譲渡を行おうとした、その時だ。
アームストロングが体を起こす。あやめは反射的に飛び降りると抜剣し、魔力を巡らせ魔術の予兆を警戒する。だが、魔力が底をついたアームストロングにそんなことはできるはずもなく。一歩、一歩と崩落した壁へ近づくと、輝くものを──魔力結晶を口へ含む。
【情報観測】による観測結果。その魔力の値が、僅かに回復する。それだけじゃない。自己治癒の魔術を使ったのだろう。肉体の欠損を魔力でコーティングしつつ、良好な状態へ確実に近づいている。スタミナこそ回復しないものの、魔力さえあれば魔術で殺せる。
──さらには。
NAME:no izdufjbhsjbaoj
「へぇ、これは‥‥」
変異の兆候だ。膨大な量の魔力を取り込んだり、何らかの外的要因により異常個体は発生する。異常個体の多くは、自己を定義する名前と種族を持ち、外見や身体能力も通常の種とは大きく異なる。一心不乱に結晶を食い続けるアームストロングの背には、小さな結晶が芽生え始めていた。
NAME:HXDROX
芽生えた結晶は、やがて六本の魔力貯蔵器官へと変貌。
鱗の代わりに、体表に魔力攻撃を減衰させる結晶鱗を形成。
爪と牙はより強固なものへ生え変わり、損傷は再生を終えている。
あやめへと向き直った"ソレ"は、より強く生まれ変わった己を示す名を自らつけた。
NAME:カグラ SPECIES:クリスタル・ドラゴン
健康状態:良好
スタミナ:万全
魔力総量:14.883(89.298)/14.883(89.298)
ニィ、とあやめは口角を吊り上げる。
かつて敗走した強敵。
それを下すに留まらず、今度は己に打ち克つため進化した。
これ以上の幸福があろうか。
堪らず、あやめは吼えた。
「私に仕えるに申し分ない格好じゃないか! カグラ!」
Topic:力の獲得
モンスターの殺傷に伴い、彼らは魔力を放出する。これを摂取すると、無意識のうちに巡らせる魔力の外郭と内郭が強固なものとなり、肉体は強靭に、保有する魔力の上限も拡張される。複数人が場にいた場合、最も近くにいるものに多くの魔力が流れる。また、これらのルールは人間同士、モンスター同士の闘争にも適応される。魔力を取り込みすぎた個体は、異常個体に変異することがある。