本日、五月五日はあやめの誕生日だ。
今年で十四歳となる。探索者になり二年の節目だ。
今日ばかりは探索を休み、我が家たる祖父母宅でささやかなパーティーを開いていた。
「あやめちゃん、お誕生日おめでとぉ」
「今年で十四か。早いもんだなぁ」
和やかな雰囲気の祖父母。間延びした声と穏やかな笑みには、警戒心や敵意を抱きようもない。
「ありがとね、ばあさん、じいさん」
身内だからか、彼らだからか。
あやめも迷宮探索時の雰囲気は鳴りを潜め、柔らかな笑みを浮かべ対応している。
「キュ、──ィ」
独特な音域の声を出すのは、先日から新たな仲間に加わったクリスタル・ドラゴンことカグラ。祖父母からも家族として迎えられ、さながら飼い犬の如き扱いを受けている。そのことを
なおカグラは、あやめの内から限定的に顕現しており、小型犬程度のサイズに収まっている。
「ああ、そうだね。それじゃあ、食べようか」
ここは食卓。ちゃぶ台の上には、ケーキやら揚げ物やらが所狭しと並べられている。湯呑みに入れられた緑茶で小さく乾杯すると、各々が自由に食べ始める。
あやめはまず、唐揚げを手に取った。
一度噛み締めれば、じゅわ、と滲む肉汁が旨い。カグラも気に入ったようで、ゴロンゴロンと転がりながら喜びを表現している。‥‥いや、これは肉汁が熱くて悶えているだけだろう。
次に刺身を一切れ。減塩醤油とわさびを少しずつ付け、米の上で少し切ってから口へ運ぶ。その勢いで米も含めば、酢飯ほどではないものの、やはり刺身に米は合うと確信を抱く。
ここでポテトサラダをひとつまみ。荒潰しの食感がこれまた面白い。枝豆やコショウのアクセントもまたよし。少々くどくなってきた口の中を、お吸い物で洗い流す。そうして再び、唐揚げへ手を伸ばす。これぞ完璧なループというものだ。
そうしてしばらく食べてる内、だんだんと腹も膨れてきた。そろそろケーキを食べようと、余ったものたちにラップをかけ台所へやっておく。
「あやめちゃん。
「うん、今持ってくるね」
食卓から、襖を一つ、二つと越え、やってきたのは仏間だ。鴨居にかけられたモノクロの遺影たちに見守られながら、仏壇の前に正座する。チーン、とお鈴を鳴らすと手を合わせ、小さく語りかけた。
「母さん、父さん。私、十四歳になりました。夢はまだ遠いけど、着実に近づいていると確信しています。‥‥だからどうか、見守っていてください」
仏壇に供えていた二つのケーキを手に取ると立ち上がり、踵を返す。
「‥‥私もじき、そちらへ向かいます。夢を見て、お待ち下さいな」
しゃく、と苺を噛みちぎる。へたごと口の中へ消えていったそれは、へたの苦味が良いアクセントとなり、程よい甘さとなって口内に広がる。
「ん、おいしいね」
「そうだなぁ、ケーキなんて久しぶりだからなぁ」
スポンジにフォークを刺し、縦に切り取ったそれを口へ運ぶ。甘すぎず、世間一般に言わせれば薄味だろうそれを、みな美味しそうに食べている。祖父母は単に生活習慣病対策。あやめは、強化された味覚が面倒な反応を起こすことがあるのだ。彼女の場合、特に甘味が。
探索者特有の疾患というものだ。あやめの場合は、一時的な味覚の麻痺やその延長による全身の一時的な麻痺。割と致命的がゆえに、食事には気を遣っている。
「そろそろ私、お風呂行ってくるよ」
「あい。滑んねぇよー気ぃつけろよぉ」
脱衣所へ向かうと、ぱっぱと服を脱ぎカゴへ放る。
流し場に入ると、自分とついてきたカグラに湯をかけ風呂に浸かる。
「あー‥‥気持ちー‥‥」
「ィ、、──?」
「うん? ああ、そうだとも。私は生涯を迷宮探索に費やすと決めているが、二番には家族との時間を置いている。めでたい日くらいは、こうして一緒にいるさ」
パシャ、と顔に湯をかけると風呂から出て、流し場で体を洗う。カグラのことも洗ってやりながら、これからの目標について語る。
「いいか、カグラ。あと一年で海外に行けるようになる。それまでに、私たちそれぞれがクリスタル・ドラゴンを無傷かつ単独で討伐できるくらいにはなりたいな」
「!? 、、──キ」
「そのためにまず、狩場の迷宮を変える。狙うのはボス格だけ。都会に出て、迷宮を渡り歩く方式に変えようと思う」
「キュウ、イッ、、?」
「そう。前回やったように【大砲】でぶち抜きながら進む」
あやめにとって年齢とは、今やタイムリミットと化していた。
それ即ち、全盛期で居られる時間。今はまだそれが更新されているとはいえ、いつ衰退が始まるか、恐ろしくて仕方がないのだ。ゆえにあやめは生き急ぐ。早急に強くなり、全盛期にベストコンディションをぶつけ、目的を確実に達成する。これは、そのための効率的レベリングだ。
泡を流し、風呂を出る。
バスタオルで体を拭きながら、現状に思いを馳せる。
今のあやめは、魔力操作技術を除き、カグラに負ける程度のスペックしかない。最低限、より高みへと昇るだろうカグラと同じ程度にはなりたい。
ただ、前よりは状況は好転したと言えるだろう。カグラという頼もしい友ができたこともそうだが、翌日、より印象深いことが起こったのだ。
何せ市販品の鉈と手斧しか武器がない状況から、"彼ら"が専用の武器を鍛えてくれるというのだから。さらには"彼ら"のポストをあやめに与えうえで、迷宮探索に関連する事案ならば、その正当性が認められる限り協力を惜しまないとまで言ってのけた。
「しかし、本当に何なんだろうね、アイツら」
「──ィィ、──」
「うん、そうだね。せっかく最高の誕生日だったんだ。余計なことは、考えなくても良いよね」
鏡を見つめながら、思い返す。
挨拶に来たと笑った、あの不気味な男を。
「"執行人"とか言う、
Topic:未成年の探索者登録
この世界の日本の成人が十五歳という前提。
十二歳以上、保護者からの同意、本人の強い意思、通常より厳しい実力審査、月一回のカウンセリング、あらゆる迷宮資源の持ち出し不可、入退場の報告など、さまざまな制限が課される。未成年のそれは、多くの場合、単なる興味や将来の予行演習を目的としたもの。厳しい制限は、無茶な小遣い稼ぎや子供を鉄砲玉のように扱う他者の存在を懸念したもの。ゆえに、積極的に奥地へおもむき怪物を狩る狂人の存在に一切の問題はない。
また、あやめは両親が他界しているため、保護者は祖父母(母方)となっている。