第1話 こんなの僕のデータにないぞ!
「このダンジョン……僕の計算によれば、クリア確率は988%といったところですね」
〇聞いたことねえパーセンテージ
「やべミスった、98%ですね」
〇こいつまさかと思うけど%記号とゼロ混同した?
俺は
最近――というか今日、ダンジョン探索を配信するダンジョンライバーとしてデビューした男だ。
「待機してくださっていた皆さん、ありがとうございます。初めまして、九条博士です。今回は自己紹介も兼ねる形で、ダンジョンをさらっと探索していければと思います」
〇うおー始まった
〇まんまガリ勉って感じのビジュでいいね
〇学ラン似合ってる
「ふふ、ありがとうございます。事務所からこれ支給された時は、本当に着るのかとびっくりしましたけどね……」
〇びっくりした……?
〇え、年いくつ?
〇HPだと確かに二十歳だったな
「サイトを見てくださっている方もいるみたいですけど、二十歳ちょうどです。なのでこの学ランは……ええと……はい、私服です」
〇私服wwwwwww
〇私服学ラン男でデビューしていいのか……
もともとは個人で配信活動をしていたが、紆余曲折あって、こうして事務所所属のライバーとしてデビューさせてもらった。
事務所は超大手までとはいかないが、知名度は十二分にある。
証拠に、今日がデビュー日だというのにコメント欄に人がいる。
なんてすごいんだ……感動が止まらない。
「コホン。デビュー日にしくじるわけにはいきませんから、ポーション類は十分な量を用意しています。装備もある程度は厳選済みですし、その他に緊急脱出用装備までばっちりです」
〇うおおお顔がいい!声もいい!
〇ダリアもいい若手入るようになったなー
〇今時ユニットじゃなくて完全単独でデビューなのも珍しいな
今コメント欄に流れてきた『ダリア』というのが、俺が所属する事務所の名前である。
『ダリア』は、ダンジョン探索ライブ配信に特化した配信者事務所だ。
他のゲーム配信などはめったにやらず、所属するライバーはひたすらにダンジョン探索を敢行している。
〇また新人ダンジョン配信でつか
〇今回は死なないといいね
――だから、こういう冷たいコメントが出てくるのも想定内である。
ダンジョンというのは、モンスターが出てきたり危険なギミックが発動したりと、命の危険には事欠かない。
ダリアでは発生したことがないが、配信探索中の死亡事例だってあるにはあるのだ。
〇死亡事例があってもそれ以上に恩恵があるしなあ
〇ダンジョン配信市場がデカすぎます!
〇あと配信だけじゃなくて技術面もデカい
そうそう、ダンジョンで採れる各種資源は、人類の既存の技術を大きく変えるだけの力があった。
世界各地にダンジョンが突然現れたのは五年前だが、それから多くの技術が発展してきたのだ。
〇ボディアーマーだけ進化しすぎて銃と刃物の価値が下がったとか聞いたな
〇今使ってる投影ウィンドウもぜーんぶダンジョン素材のおかげ
〇美容製品の質だけ上がり過ぎて昔と顔面偏差値が違いすぎる
〇寿命は全然変わってないのなんやねん
……気づいたらコメント欄が全部説明してくれていた。
なんて便利な連中なんだ。
まあとにかく、ダンジョン探索は命の危機があったとしてもリターンが大きいのだ。
しかし国が主導すると時間やら手間やらがかかり過ぎてしまう(実際にそれで日本はダンジョン探索で他国におくれを取っている)。
そこで、俺のようなダンジョン探索を行う民間人の需要が爆増したのである。
説明終わり。
「しかし、ツブの反応がありませんね……このままでは皆さんにお見せする第一戦がエリート相手になってしまいます」
〇ツブ?エリート?
〇ツブは小型モンスター、エリートは特定の層に出現する強敵のこと
〇それも知らずにダリアの配信を?
〇すみません、ビジュが好みだったんで来ただけで、ダンジョンはそんなに詳しくなくて……
〇素人ときたか……こりゃイチから教えてやらなきゃな
〇グヘヘ、懇切丁寧に用語をレクチャーしてやるよ
〇口調と実態で治安に差があり過ぎるだろ
なんか初配信なのにコメント欄が異界と化しつつあるな。
まあダリアはダンジョン配信ばっかりやってる異常者の集団と言われているぐらいだ。
事務所単位で応援してくれている人たちは、そりゃダンジョン探索に自然と詳しくなる。
「さて、なら僕からも説明をしましょうか。この阿佐ヶ谷ダンジョンは最も安全なDランクとされています。出現するモンスターもおおむね把握されており、ダンジョンライバーの登竜門として有名ですね」
言いながら、薄暗い洞窟のような空間をまっすぐ進んで行く。
手元のマップは、ダンジョンに入る際に渡された公式のものだ。
最短ルートや採取量重視ルートなどが記載されている。
今回はあくまで顔見せなので、最短ルートで中層手前ぐらいまでさくっと攻略する予定だ。
「この曲がり角を曲がれば、第四層のエリートが出現するはずです」
先ほどコメントが説明してくれていたが、エリートというのは特定の層に必ず湧いて出てくる強敵のことだ。
人類は何度もダンジョンの探索を繰り返すことで、内部構造の把握だけではなく、敵対的生命体の出現にも一定のパターンがあることを把握している。
第四層のエリートはロックゴーレム。
ロックといってもただの岩ではなく、地上では採取できない特殊な素材だ。
これを加工して作った麻雀牌は数百万円するらしい。
そのままもらえるわけではないにしろ、結構な稼ぎである。
当然今回は、俺も討伐を狙う。
それ用の装備を組んできたしな。
「では皆さんお楽しみください、完璧な計算によって討たれるロックゴーレムの姿を……!」
そんなことを言いながら、曲がり角の向こう側に飛び出す。
そこにはゴミ山みたいに、ロックゴーレムの残骸が積み上げられていた。
「……あれ?」
〇これがロックゴーレム?
〇その死体やね
〇無理やりバラされてるのか?
〇人間業じゃねえな
「どういうことでしょう……エリートがやられてるのは、データ的には別にいいんですけど……これは人間にできる倒し方ではありませんよね……一体何が?」
〇データ的にはいい←何語?
〇データ関係ねえだろ
〇冒頭のミスといい馬脚を露すのが早いんだよ
「いやいや、エリートの素材が得られるのはいいじゃないですか、データ的に」
しゃがみこんで、とりあえずロックゴーレムの残骸を拾い集めようとする。
引き裂かれた、あるいは粉々にされたという他ない有様だ。どうなってるんだろう。
そこで俺は、ピタリと動きを止めた。
探索経路上の前方から、ドタドタと足音が聞こえてきたのだ。
ダンジョンの壁に反響するそれは、通常の攻略ではありえない騒音である。
〇……なんか聞こえますけど
〇ダンジョンを走り回るってなると迷惑系の奴らか
〇あるいは厄介事だよなあ
俺は立ち上がってリュックを背負いなおすと、装備を展開する。今回は手堅く短剣と手持ち盾だ。
果たして予想通り、視界に飛び込んできたのは、何かから逃げている途中の人影だった。
「そ、そこの人、逃げて……!」
明るい茶髪を振り乱して走ってくる、必死の形相の少女。
普通にしてたらちょっとギャル(死語)っぽいだろうか。
……なんか見覚えのある顔だな。知り合いとかじゃなくて、なんか本当に見かけた記憶がある。
〇同業者か
〇いやこれカスミンじゃね
〇『ミラージュ』の若葉カスミ?おい結構な先輩だぞ
そうだ! ダンジョン探索配信の参考例にこの人の配信を見たことがあるんだ。
え、ていうか『ミラージュ』って超大手事務所じゃん。
データキャラとして、失礼がないようにしなきゃ。
「初めまして、若葉カスミさん。僕は……」
「ちょちょちょそういうのいいから!」
若葉カスミさんは猛スピードで俺の横を通り抜けていった。
理由は明白。
彼女の後を追ってきた、ダンジョンの道を丸ごと塞ぐほどの巨大なワイバーンが、姿を現したからである。
〇え、エリートワイバーンじゃん……
〇デッカ
「四層エリートって翼竜種じゃないはずなんですが……」
「見たら分かるでしょ!? 下の層から来ちゃったんだよ!」
え、えぇ~……
下つったって、ワイバーンって十五層とかじゃないと出てこないでしょ。
あっやば。
こういうときに言えっていうセリフがあったな。
眼鏡型のカンペをスクロールして……あったあった。
「――こ、こんなの僕のデータにありませんよ!?」
〇初配信で言うセリフか?
〇データキャラの寿命短すぎるだろ
コメント欄は大盛り上がりである。
ふざけないでほしい。データに本当にないんだよ。
俺のデータどころかダンジョンの情報すべてが集積されてるマザーデータベースにもねえよこんなん。
〇データキャラ配信でこんな展開になることある??
〇外れ値に喜べよ
〇言ってる場合じゃなくない?
そう! 言ってる場合じゃない!
なぜならワイバーンがこっちに突っ込んできてるから!
「しかし、今の僕は回復増強耐久ビルド! 僕の計算によれば……耐えながらダメージを蓄積させ続ければ、たとえレアキャラ相手でも勝ち目はあります!」
俺が前に一歩進み出て、短剣と盾を構えると同時。
『キシャアアアア!』
ワイバーンはその場で器用に回転し、長い尾をこちらに叩きつけてきた。
構えた盾が尾の一撃で粉砕され、そのまま俺の顔面を捉える。
「ひでぶ!」
顔面をぶん殴られ、俺はダンジョンの地面にごろごろと転がった。
眼鏡のレンズにビシッとヒビが入り、画面表示が切れる。
オイ! 全然十五層のレベルですらない! 新品の盾を一撃ってもうそれ中層レベル!
「ちょ、ちょっと……ああもう!」
背後へ逃げ去っていたはずの若葉さんが、慌てて引き返してくる。
口から長い舌をのぞかせるワイバーン相手に、二人で立ち向かう構図だ。
「逃げてって言ったのに……! あいつ、私よりレベル上なんだけど! 勝てっこないってば! 大体、地下ダンジョンでなんで竜が飛んでるわけ!? 飛ぶっていうかもう浮いてるだけじゃん! これ解明したら空飛ぶ自動車がいよいよ完成じゃん!?」
うるさいなこいつ。
パニックになってるんだかなってないんだかわかんねえよ。
〇データキャラ的には逃げる一択じゃない?
〇初配信で死亡とか見たくないから逃げよう
〇これダンジョンキーパー呼ばないとだめでしょ
視界の片隅では、コメ欄もほぼあきらめムードだった。
……おいおいふざけてるのか。
初配信で敗走なんて、ダリアの看板に泥を塗れるかよ。
俺は深く息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
短剣は役に立たん。その辺に捨てておこう。
「ねぇもう逃げよう! ダッシュすれば逃げ切れるって! し、死んじゃうよ……!?」
「いいえ、逃げたりしませんよ。というより逃げる必要がありません。僕はデータ至上主義ですから」
バックパックを地面に下ろし、邪魔な前髪をかき上げ、学ランのボタンを全部外す。
そして眼鏡だったものを放り捨てると、俺は拳をぐっぐっと何度か握った。
息を吸い、切り替える。
切り替えるというより、蓋を外す。
「だからこそ……データ通り、この拳でブチのめすッ!」
「!?」
〇誰?
〇急に人格変わった?
「現れろォォォォッ!! 『ライトフィスト』・『レフトナックル』!!」
叫んでから、ダンジョン探索用デバイスを起動する。
表示される今の装備一覧には目もくれず、メニューから『ビルドプリセット』を選択。
第1ビルドを選択すると、俺の身体に光が通り、装備が一新される。
両手に顕現するは武骨なプロテクター、『ライトフィスト』・『レフトナックル』(命名俺)。
単純な打撃力を上げるだけでなく、個人活動時代に厳選を重ねたこの装備は、ダンジョン産の素材を用いて何度も強化とリセットと強化を繰り返してきた代物だ。
それは厳選されたクリティカル発生率・クリティカルダメージ率という数字が証明している。
「どれほど強固な身体であろうとも、クリティカルを連打されれば、生き物は死ぬよなぁ!」
「連打……もしかしてそれ、クリティカル確定ビルド……!?」
クリティカルというのは――通常の攻撃をはるかに上回る威力を、人類の物理法則を捻じ曲げて発生させる不思議現象のことだ。ダンジョン産素材を用いた装備や、ダンジョンで直接回収された兵器類だけがこの概念を有している。
いわゆる『会心の一撃』というやつだ。
これに関しては科学的解析が全く進んでいない。
クリティカルに関連する数字は発生率とダメージ率。
つまり『どれくらいの確率で発生するか』『発生した場合どれほどの倍率のダメージを与えるか』である。
ダンジョン探索において、クリティカルの発生は大きな武器だ。
なにせ全然厳選してない20%とか30%とかでも、人間のパンチでコンクリートを砕けるようになるのだ。モンスターに対抗するすべとしてはうってつけである。
「当たらずとも遠からずだ! 俺のこのビルドはクリティカルが連続で出るごとにその倍率を底上げしていく! 最終的にたどり着く領域は……ダメージ率4000%オーバー!」
「…………よ、よんせん?」
〇は?
〇お茶吹いた
〇それもうちょっとした爆発ぐらいの威力があるんじゃ……
「あっ、あ、ありえないでしょ! そんなダメ率、クリティカル発生率と共存できるはずない!」
「その通りだ! 代償として俺のクリティカル発生率は、28%!」
「に↑じゅうはちぃ!?」
若葉さんの声は面白いぐらいにうわずっていた。
「ふざけないでよ! 二回連続クリティカルの時点で確率は8%を切ってる! 仮に八回連続出すなら……端数切り上げて約0.0038%! これパチンコビルドじゃん!!」
うおっ計算速っ!
データキャラより計算速いのやめてよ。
「誰がパチンコだ。『確率の向こう側ビルド』と呼んでくれ」
「うるさいよ! 仮にそう呼ぶとしても、向こう側に行きすぎだよ!」
もはや悲鳴すら上げる若葉さん。
俺は彼女を落ち着かせるため、ワイバーンとにらみ合いながらも穏やかに言葉を紡ぐ。
「確かにこの構築はクリティカル発生率に懸念を抱えている」
「懸念とかじゃないと思うけど!?」
「安定感があるとは言えないだろうな」
「安定感に乏しいでもまだ足りないよ!?」
〇全負け
〇正論相手に当たり判定がデカ過ぎる
コメ欄まで俺に対して非難の嵐だ。
まあ確かに、普通に考えるならそうだ。
しかしデータキャラはここからが違う。
「けどな、クリティカル率が不足してるっていうなら――」
「い、いうなら?」
息を吸って。
腹の底から叫ぶ。
「気合とでかい声でカバーするんだよッッ!!」
〇は?
〇は?
〇なんて?
「…………はい?」
顔を引きつらせて、カスミさんがか細い声を上げる。
その隣から、俺は大地を踏み砕き加速。
一気にワイバーンとの距離を詰めた。
「うおおおおおおおおおおッ! 弾けろ確率! 輝け計算力!」
プロテクターが展開し、腕に沿う形で背後へと火を噴く。
単なる防具ではない。これは内部に装填された固体燃料を用いて加速する近接戦闘用装備!
このプロテクターはクリティカルが発生しなくても、小さな車が突っ込んだ時ぐらいの威力が出せる!
「うるあああああああああああああアアアアアッ!!」
ワイバーンは完全に虚を突かれている、もう遅い。
雄たけびを上げながら、拳を振り下ろす。
生じたのは単なる衝突音ではなく爆発音、そしてクリティカル特有の甲高い閃光音。
「データを用いて計算し! 相手を解析し! 掌握し! 最適解を導き出すッ!」
力を込めて殴り、殴り、殴り、殴る。
直撃するたび、余波でダンジョンの地面に亀裂が走り、粉塵が煙となって巻き起こる。
だがまだ砕けちゃいない、流石はエリート――だから砕けるまでブチこむッ!
「そして最後には――圧倒的な力で破壊するッッ!」
六発目のパンチでエリートワイバーンの頭部がメシャっと音を立ててひしゃげる。
七発目のパンチで巨体が丸ごと地面に叩きつけられた。
爆音と破壊音がまぜこぜになってダンジョンを揺さぶる。
振り上げた八発目の拳。
こいつで決まりだ!
「これが、データの力だァァァァァァァ――――――ッ!!」
爆音並びに八度目の閃光音と同時。
地面ごとエリートワイバーンの身体がひしゃげ、砕け、そして炎を吹き上げて四散した。
「……うそ、勝っちゃった」
呆然としてる若葉さん。
彼女はしばらくワイバーンの死体を見つめた後、ハッと思い出したようにこちらを見た。
「……あ、メガネ」
「ん? お、そういや忘れてたな」
俺は足元に落ちていたメガネを拾い上げると、スチャと顔にかける。
レンズが片方割れていて画面表示もノイズまみれだが、決めゼリフだけはきっちり暗記済みだ。
燃え盛る炎に照らされる赤い空間の中。
こちらを見ている若葉さんと視線を重ねて。
俺はメガネを、クイッと指で押し上げた。
「フッ、これにて
「無理無理無理無理無理」